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徒な二人三脚
「一時間後に始まる二人三脚には、同じ組の方との出場は禁止いたします」
無数に設置されているスピーカーからこのようなアナウンスが流れ出し、会場は騒然とした。一体どういうことなのか、出場者たちは説明を求めている。
「二人三脚に出場を希望される選手は別の組の誰かをパートナーに選んで、相手の承諾を得てください。なお、この競技において順位に応じて加算される得点は、二人三脚の主導権を持っている側のみに振り分けられることとなっております」
たとえば青龍組の誰かと朱雀組の誰かがペアを組んで一位を取っても、点が入るのは青龍もしくは朱雀一方だけというわけだ。これは、鉢巻を巻いているほうに権利があることと決められた。
「敵の味方をしろなんて、見つけられるわけないだろ」
「でもそこを引きずり込むところが、知恵の使いどころってわけだ」
「もしくは、敵の有力選手を無理矢理捕まえてわざと一位になるのを妨害するって手もあるな」
自陣の得点を重ねるか、もしくは敵の戦力を削るか。二人三脚の仲間集めの狙い目はあらゆる角度から計算することができた。また、勝負とはまったく関係なしに組の離れてしまった者同士が、仲良くパートナーになる場合もあった。
「パートナーの決まった方は、本部まで報告に来てください」
響カスミのアナウンスを聞いた出場者たちが、ぽつりぽつりと本部に集まりだした。
「違う組の誰かとペアを組め、か」
日和とは同じ組だから無理だな。羽角悠宇はスポーツドリンクを飲みながら、巨大な得点版を見上げた。中間得点発表では悠宇の所属する黄龍組は最下位となっている。このままではどう頑張っても勝てそうにないので、点を伸ばさなければ。それとも、足の速い奴を捕まえて加点を阻むか･･･。
「人の邪魔をするって、なんだか嫌な気持ちになるわね」
「ん？あ、ああ、そうだな」
まるで心中を見透かされたかのようにタイミングのいい初瀬日和のセリフ。慌てて悠宇は同意する。そういえば日和は、スポーツを見ればチームは関係なくいつだって負けているほうを応援している。決して、勝っているチームに負けろとは言わない。
「悠宇くんと一緒に走ってくれる、誰かを探しましょうよ」
「そうするか」
ぶっきらぼうに頷く悠宇。
普段、人前での悠宇は日和に対し無愛想と呼べるほどに感情を伏せて付き合っている。本来の自分を出すことは照れくさくてたまらないから、隠そうとしているのだ。それなのに、勘の鋭い奴に限って悠宇の本心を見破ってしまう。
「悠宇くん、なんか楽しそうだね。どうしたの？」
「うわっ！」
背後から沸いて出たような十里楠真雄に肩を叩かれ、悠宇は飛び上がる。日和に心を読まれたときの数倍驚いて、心臓が爆発しそうだった。
「そんなにびっくりしないでよ、声かけたボクが傷ついちゃう」
「傷つくってなあ、おい！」
わざとだろうお前絶対わざとだと悠宇は真雄を睨みつける。しかし真雄はいつもと変わらない一目には軽薄そうな、しかしどこか癖のある笑みを顔に貼りつけていた。
「ボクも中間発表を見にきただけなんだよ。･･･と、ボクのところも悠宇くんたちのところも変わんないね」
真雄の所属は玄武組、黄龍組とは十点差の四位である。
「このままじゃ負けちゃうから、なにか競技に参加しなくちゃなあ」
「･･････！」
これ見よがしに目の前へ投げられた独り言に、悠宇は警戒の信号を出す。しかしおっとりとした日和は悠宇の合図に気づかず、渡りに船と誘いを持ちかける。
「十里楠さん、それじゃ二人三脚なんてどうですか？ちょうどペアの人を探していたところなんですよ」
「お、おい、日和」
悠宇が止めようとしたのも間に合わない。
「二人三脚？そういえばさっき放送がかかってたね。うん、面白そうだ」
真雄はにこやかに日和の誘いへ乗っていた、いや、日和のほうが真雄の誘いに乗せられたというべきか。
「なあ、悪いけど･･･」
まだ時間はあるし、他の誰かを見つけるつもりで悠宇は断りを挟もうとした。の、だが。
「日和さんみたいに可愛い人と組めるなんて光栄だなあ」
と、真雄が日和の手を引いて選手登録へ向かおうとしたものだから悠宇は思わず
「ちょっと待て！組むのは俺だ、俺！」
周囲が振り返るほどの大声で宣言していた。
「･･･あ」
叫んだ後でしまった、と後悔しても時は既に遅く、真雄はしてやったりという顔で悠宇のほうを振り返っていた。赤い瞳は、楽しそうに笑っている。
最初から真雄に仕組まれていたような気がすると、悠宇は不平を繰り返していた。一体どこから悠宇と日和二人だけの相談に真雄が加わっていたのだろう。
「お前、あの勘違いもわざとだろ」
やることなすこと全部わざとだろうと悠宇はしゃがみこんでレースの順番を待っている真雄の髪をくしゃくしゃとかき回す。天然の振りを装いペアの相手を間違えて、悠宇に断れなくさせたのだ。絶対、間違いない。
「悠宇くんは疑り深いねえ。本当に間違えたんだって、どうして信じてくれないの？」
「普通男と女がいて、ペアを組むなら男選ぶだろ」
「でも、ダンスとかなら女の子だろ？楽しくやるなら女の子のほうがいいに決まってる」
その証拠に、この間日和さんも男の人と映画を見に行ってたしねえと真雄は悠宇の動揺を誘う。それがまた何気なく上手いものだから、悠宇も自然にひっかかってしまう。
「男って、誰だ？俺は最近映画なんて見てないぞ」
「誰って言われてもねえ･･･結構かっこいい人だったよ」
「思い出せ。学校の奴か、それとも日和の入ってるオーケストラの誰かか」
声は抑えていたが、その分語気は荒かった。どこの誰か判明したら、ただでは済まさないという凄味さえ感じられる。
「えっと･･･」
ちょっと待ってよとわざと悠宇をじらし、じらしてからようやく真雄は種明かしをした。
「ああ、そういや日和さん、その人のことお父さんって呼んでたなあ」
友達にしちゃ随分老けてるなって思ったんだよねと真雄、その隣で無駄に冷や汗をかいた悠宇は走る前からぐったりと疲労する。
「･･･お前、やっぱりわざとだろ」
「なにが？」
本当に人をからかうのが上手い人間は、しらを切るのも上手い。なにがあっても本音は吐かないという決意を胸に、綺麗に笑う。
「こいつと組んだこと自体は、多分失敗じゃなかったんだけどなあ」
真雄は大体なにをやらせてもそつなくこなす。多分、誰かから真剣に一番を狙いたいから協力してほしいと頼まれていればそのとおりにしただろう。その点では、真雄をペアにしたのは玄武組への妨害というよりその他の上位組に点を取らせないためと言えた。
「そろそろボクらの走る番だね。日和さんにカッコイイとこ見せなくちゃ」
しかし、妨害を画策した悠宇自身が一番の被害者に思えてもくる。はあ、とため息をついて悠宇はスタートラインに立った。
「あ、次は悠宇くんと十里楠さんの番ね」
普段は観劇用に使っているオペラグラスを覗いていた日和は、膝の上に置いていたカメラを手に取った。うまく撮れるかはわからないけれど、せっかくの大会だからと悠宇に貸してもらったのである。
「えっと、ズーム機能は、と･･･」
慣れないカメラを相手に四苦八苦する、もともと機械はあまり得意ではない。ピントが合っているのかどうかを確かめているうちに、スタートのピストルが鳴ってしまった。
短距離走とは違い、二人三脚はあっという間に競技が終わってしまうことはない。慈善に練習を積んでいたならともかく、初対面同士ならばどんな大逆転が起きても不思議ではない種目であった。どのペアも、ぎこちなくもたついている。
「悠宇くんたちはどこかしら」
二人の姿を探すと、黄色い鉢巻のペアと四位争いをしていた。あら、と日和は意外な気がする。悠宇も真雄も運動神経はよさそうだったから、もっと上位にいると思っていたのだ。
「きっと、同じ黄龍組の人を応援してるのね」
その気になれば追い抜いていけるのに、励まそうとしてわざとゆっくり走っているのに違いない。足がもつれているのもきっと、スピードを落とすためなのだ。
「すごい。悠宇くん、ああいう演技とかって苦手だと思ってたのに」
写真に撮っておかなくちゃと、日和はカメラを構えてシャッターを切る。グラウンドを一周する競技だから、目の前に来るまでには多分、使いこなせるようになるだろう。
その頃演技ではなく本当に足を躍らせている悠宇は、なんとか真雄のおしゃべりを止めさせようとしていた。
「いい加減、真面目に走れ！俺と日よ･･･初瀬のことなんてどうでもいいだろ！」
「どうでもいいのなら答えてよ。いつからつきあってるの？告白はどっちから？そもそも、どこで知り合ったのかな？」
「なんでお前に教える必要があるんだ！」
いいから走れ、と怒鳴ると教えてくれたら走るよと返ってくる。そうしている間に、後ろから来た青い鉢巻のペアに抜かれてしまった。
「ほーら、また抜かれた。日和さんに格好悪いところ見せてもいいの？」
名前に反応して日和のほうを見ると、見学席の日和は自分が貸したカメラを構え、二人が目の前へ来るのを待っていた。このままだとみっともないところが写真で一生残ってしまう、と思うと緊張してますます足がうまく動かない。
「駄目だねえ悠宇くん、それじゃ日和ちゃんに嫌われちゃうよ」
「誰のせいだ！」
もうやけになった悠宇は、真雄と息を合わせることも煩わしくなり、いつものペースで思い切り走り出してしまう。転んだって構うものかという勢いであった、しかし転ぶことはなく、それは悠宇の足運びへ即座に対応することのできた真雄の柔軟さのおかげであった。
「いやー、足速いんだね、悠宇くん」
その速さに合わせているお前はなんなんだと言いたかったが、口を挟むとまたどんな言葉が飛んでくるかわかったものではないので、悠宇は耳を塞いでいた。なにを言われても答えないというのが一番だと、ようやく気づいたのだ。
「悠宇くん、十里楠さん、頑張って！」
しかし耳を塞いでいたのでは日和の応援も聞こえない、そのことに気づいたのはゴールに飛び込んだあとだった。
見学席へ戻ると、お疲れ様と日和が二人分のタオルとスポーツドリンクを用意して待っていてくれた。サンキュ、と手を伸ばそうとしたのだが日和が差し出したスポーツドリンクを先に取ったのは悠宇ではなく真雄のほう。
「ありがとう、日和さん」
「･･･なんでお前が取るんだよ」
「だって二人分じゃない。ボクだって走ったんだから、もらっていいんでしょ？」
それはそうなのだが、なんとなく複雑だ。悠宇はあらためて日和からスポーツドリンクを受け取るとこっちは譲るものかと隣の席に腰掛けた。すると、真雄はまるで嫌がらせをするように逆隣りへと座った。
「･･････」
ここで文句を言うと独占欲剥き出しだねとかなんとか言われる気がしたので、睨んでおくだけにする。
「二人とも、途中からいきなりスピードが上がったから私びっくりしました。最初は後ろのほうだったのに、終わってみたら三位なんてすごいですね」
「悠宇くんが頑張ったからね」
「十里楠さんこそ、悠宇くんと同じくらい足が速かったですよ」
悠宇を閉めだして、日和と真雄とで話が弾んでいる。普通の悠宇なら面白くないところだったが、今は真雄と関わるほうがしんどいので、ただ黙ってスポーツドリンクで喉を潤す。二人の会話には耳だけを貸していた。
「カメラ持ってたけど、写真はちゃんと撮れた？」
「いえ･･･このカメラ、悠宇くんのなんです。私は使いこなせなくって」
「へえ、仲がいいんだね。こんな高そうなものをぽんと貸してくれるなんて」
悠宇くんは誰にでも優しいんですよ、と引っ込み思案のはずの日和が声を立てて笑っている。真雄には性別を問わず、人の心を懐っこくさせるなにかがある。それは、不機嫌な悠宇にも感じられた。さっきからさんざん真雄にからかわれているけれど、どうしても徹底的に嫌いになることはできないのだ。
多分、この世で真雄を憎むことのできる人間というのは、真雄のほうから憎んだ相手だけだろう。
「･･････」
悠宇は真雄を見た。真雄は日和のほうばかりを向いていると思っていたが、悠宇の視線にすぐさま気づき、にこりと笑う。
「それにしても、本当に」
突然、少しだけ真雄の声が大きくなった。これは日和だけにではなく、悠宇にも話しかけているのだと知らせているようであった。
「本当に二人は仲良しでいいね」
純粋に羨ましがられ、日和と悠宇は思わず顔を見合わせる。そしてほとんど同時に顔を赤くして、同じタイミングで目をそらす。
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」
照れてしまってうまく声が出てこない。飄々とした人間から急に真っ直ぐなことを言われると、普段ならうまくかわせるはずの言葉に躊躇する。
「本当だよ。二人を見ているとなんだか、からかいたくなっちゃって困るな」
日和はようやく、本来の内気さを取り戻したらしく真っ赤な顔で俯いて返事をしない。もっとも、仲がいいことを肯定も否定もできないので黙っているしかないのだけれど。
「ねえ、悠宇くん」
「なんだ？」
こいつ、警戒するほど悪い人間ではないのかもしれない。ようやくに悠宇は、真雄へ心を許しかけていた。その矢先へ。
「今度、ボクにも日和さん貸してよ」
「･･････駄目だ！」
やっぱりこいつには油断できないと、すぐさま考えを改めた悠宇であった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 ／ 組 ／ 順位】
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生/黄組/順位なし
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生/黄組/3位
3628/ 十里楠真雄/男性/17歳/闇医者（表では姉の庇護の元プータロー）/黒組/3位（得点なし）
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■ 獲得点数 ■
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青組： ／ 赤組： ／ 黄組：10点 ／ 白組： ／ 黒組：
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■ ライター通信 ■
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明神公平と申します。
今回の運動会、違う組の人とも仲良く競技に参加できればなあと
思いこのような二人三脚に挑戦していただきました。
（足の引っ張り合いになった方もいらっしゃるかもしれませんが）
悠宇さまと真雄さまのペアは足の引っ張り合いというか、
どちらがどちらの足を引っ張ったのか微妙だったのですが
からかわれまくる悠宇さまはとても楽しく書かせていただきました。
今日の写真はいい記念にしてください。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
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