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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


徒な二人三脚

「一時間後に始まる二人三脚には、同じ組の方との出場は禁止いたします」
無数に設置されているスピーカーからこのようなアナウンスが流れ出し、会場は騒然とした。一体どういうことなのか、出場者たちは説明を求めている。
「二人三脚に出場を希望される選手は別の組の誰かをパートナーに選んで、相手の承諾を得てください。なお、この競技において順位に応じて加算される得点は、二人三脚の主導権を持っている側のみに振り分けられることとなっております」
たとえば青龍組の誰かと朱雀組の誰かがペアを組んで一位を取っても、点が入るのは青龍もしくは朱雀一方だけというわけだ。これは、鉢巻を巻いているほうに権利があることと決められた。
「敵の味方をしろなんて、見つけられるわけないだろ」
「でもそこを引きずり込むところが、知恵の使いどころってわけだ」
「もしくは、敵の有力選手を無理矢理捕まえてわざと一位になるのを妨害するって手もあるな」
自陣の得点を重ねるか、もしくは敵の戦力を削るか。二人三脚の仲間集めの狙い目はあらゆる角度から計算することができた。また、勝負とはまったく関係なしに組の離れてしまった者同士が、仲良くパートナーになる場合もあった。
「パートナーの決まった方は、本部まで報告に来てください」
響カスミのアナウンスを聞いた出場者たちが、ぽつりぽつりと本部に集まりだした。

「なんで、どうして同じ組の奴と出ちゃいけないんだ?」
一人分しか点が加わらないのなら誰と出ようが変わらないだろうと門屋将太郎は本部へ異議を申し立てる。運悪く苦情受付係となった草間武彦は「本部内禁煙」という張り紙を睨みつつ吸いたくてたまらないという風にライターをいじりながら
「いや・・・まあ、それは諸処の事情で、なあ」
「事情ってほどのことでもないんだろ?実は」
「・・・・・・」
「ま、実行委員長があの碧摩さんだからなあ」
「すまん」
小枝を刈るのに、手近にあったからと大鉈を持ち出してくるようなところのある壁摩蓮。さらにつけ加えるならば手が滑ったと言いながらわざとその鉈をこちらへ振り下ろしかねない碧摩蓮。さわらぬ神に祟りなしとばかりに将太郎は適当なところで引き下がっておく。それに、引きが去らなければペアを見つけている時間がなくなってしまう。
「さあて、誰と組むかな」
少し立ち止まるとすぐに冷たい風が吹いてきて身震いを誘う。将太郎は腰に巻いていたジャージに袖を通しながら目ぼしい相手を物色した。
 なにしろ自身はかなりの長身である。そのために歩幅もかなり大きく、万が一女性でもペアに選ぼうものなら三歩で転ばせかねない。男でも恐らく、注意が必要だ。
「練習もろくに出来やしねえ、転ぶのは違いねえだろ」
こういうとき体が大きいのは厄介だ。小さいものが壊れてしまわないよう、気をつけなければならない。生まれつき将太郎にそうした細やかな心配りができていたならば、現在のようには恐らく育たなかっただろう。
「俺が転んでのしかかっても壊れないような、頑丈な奴はいねえかな」
こういう考えの元に、現在の将太郎は形成されていた。
「・・・お」
黒かったり茶色かったり、時に赤かったりする色とりどりの頭の中に将太郎はもこもこと揺れ動く巨大なやぎの頭を発見した。あんなやぎが生身で、運動会の会場を闊歩しているはずはない。将太郎の唇から笑みがこぼれる。

 憐れな着ぐるみ、いや大会のマスコットであるてらやぎくんはその運命のために
「あっ・・・や、やめてくださいっ」
大会を見に来た子供たちから、情け容赦なく暴力を振るわれていた。皆力は弱いのだけれど、殴る蹴るとやりたい放題である。もちろん、てらやぎくんとその中身が憎いわけではなく単純に面白いからであった。
「お願いです、お願いだからやめて・・・」
その光景を眺めていた将太郎は、なんだか浦島太郎にでもなった気分だった。しかし、やぎの竜宮城とはどこにあるのだろう。
「おーい、子供、そのへんで止めてやれ」
いいかげんにしないと泣くからな、と将太郎は子供たちをてらやぎくんから引き剥がし、追い払う。しかし着ぐるみの中身は既に泣いており
「あ・・・ありがと・・・・・・ございますっ・・・」
しゃくりあげながらも健気に将太郎へ頭を下げた。
「気にすんなって」
将太郎は元気づける風を装いつつてらやぎくんの肩を叩き、さりげなく着ぐるみの強度をチェックする。かなり分厚い生地で作られているようなので、通気性は悪そうだがかなり頑丈そうである。これなら転んだとしても、いいクッションになりそうだ。
「なあ、お前これには替えがあるのか?」
「え?あ、はい、一応黒やぎくんバージョンも・・・」
「そうか」
ということは多少砂埃にまみれても構わないというわけだ。
 今度こそ将太郎は、音が出るほどにニヤリと笑った。しかしその顔は、てらやぎくんの狭い視界からは見上げることができなかった。
「なあ、てらやぎくん」
「は、はい?」
「お前、黄龍組だろ?俺と一緒に二人三脚出ようぜ」
「え、でも僕はこれから・・・」
着ぐるみを脱いで編集長の手伝いをしなければ、という中身の言葉を無理矢理に途中で遮る。
「てらやぎくんは大会のマスコットだもんな?たまには競技に出て、みんなを楽しませなくちゃなあ」
恐らく、いや間違いなく将太郎はてらやぎくんの中身を知っていた。そして承知の上で、参加を脅迫していた。
「マスコットの宿命といえばやっぱり博愛だ、自分のチームより他のチームのために頑張ってこそだ。てわけで、二人三脚の得点は俺のものでいいよな」
「あ、ああの・・・」
「万が一できないなんて言おうものなら」
将太郎は終始笑顔であったが、その一瞬だけカネダモードへ切り替わる。
「一生その着ぐるみが脱げなくなるようなことぶちまけてやる」
てらやぎくんの、いや、三下忠雄の歯がカチリと鳴った。震えようとしたのだが、それすらできないほど恐ろしかったのだ。生気の抜けた首がふらりと前へ落ち、自然に着ぐるみが頷く形になる。
「そうか、協力してくれるか」
承諾を受けた途端に将太郎はいつもの陽気さを取り戻す。しかしこちらの顔も、表情と本心とをうまく使い分けられるので、注意が必要であった。
「ま、そんなに気合入れることもねえ。どうせこういうのは参加することに意義があるんだからな」
結果は気にするなと言われつつも、着ぐるみが新たな脅迫を受けていると感じているのは気のせいではないだろう。証拠に、さっきから将太郎は励ます振りをしつつやたらにてらやぎくんを撫でまわしている。これはいざというとき、てらやぎくんを掴み引きずって走れるようにだろう。
 てらやぎくんの心に広がった暗雲をあざ笑うかのように、今日の空はよく晴れていた。

 一人と一匹、もしくは二人が呼吸を合わせて練習する時間はほとんどなかった。てらやぎくんの動作が、中の人間のせいで非常にのろく、本部へ辿りついて受付を済ませるのが精一杯だったのだ。二人の名前を書いて提出した直後に、選手入場のアナウンスがかかったくらいである。
「いいか、最初は俺の左足から。つまりお前の右足からだぞ」
「は、はい」
一で右足、二で左足ですねと表情に似合わず真剣なてらやぎくんの口振り。もっとも、中身の心情に合わせてマスコットの顔色までもが変化していたら可愛らしいマスコットの意味はないだろう。中の人間がどれだけ顔面蒼白でも、てらやぎくんはのほほんと笑っているのだ。
「お前は着ぐるみなんだからな。引っ張られたって痛くない、転んだって痛くない、蹴飛ばされたって痛くないんだぞ」
聞いているとまるで、引っ張られることも転ばされることも蹴飛ばされることも予定の範疇にあるようだった。けれど、右足左足で頭が一杯の中身にそこまでの見通しができているわけもない。
 先の組がスタートのピストルで駆け出していくのを見送り、自分たちの順番が近づくにつれ、てらやぎくんの中身は緊張が昂ぶり、ついに妙なしゃっくりまで始めてしまった。
「ひっ、ひっ」
「うるせえなあ、なんとか止めろよ、それ」
「だ、だめで、ひっ。びっくり、ひっ、しな、ひっ、いと、止まりま、せん」
「・・・・・・」
試しに将太郎は適当な方向を指差し碇編集長だ、と叫んでみた。けれどこれには効果がなく、逆に編集長が見ているのかと中身をさらに緊張させてしまっただけだった。
「おい、順番が来るぞ」
「す、すいま、ひっ、ひっ」
緊張もここまで来ると、泣いているのか笑っているのかわからない。フライングだけはするなよと心の中で祈りつつ、将太郎は二人の足を結んでいる黄色い鉢巻を何度も確かめる。着ぐるみの足が太すぎたので、途中でほどけないかどうか心配だった。
 そしていよいよ将太郎とてらやぎくんの順番が回ってきた。他の組と同じように前へ進み、スタートラインへ並んだつもりなのだが、てらやぎくんというのはどこへ行っても目立つもので、観客席が沸いた。サービス精神旺盛な将太郎はてらやぎくんの肩を叩きながら
「手くらい振ってやれよ」
するとてらやぎくんは最早将太郎のロボットと化していて、なすがままにそのヒヅメを振り回す。競技が終わった後で今の行為を聞いても多分、覚えていないだろう。
「位置について、よーい」
審判の声がかかる。将太郎はてらやぎくんの肩の辺りを掴むと、前方を睨みつける。
 ピストルの音が鳴った。一、というかけ声と同時に将太郎は右の足を思い切り前へ踏み出す。てらやぎくんも一歩目はうまく足が出た。さらに次のかけ声と同時に今度は逆の足、二人の結ばれている足を前へと運ぶ。
 びりり。

 妙な音がした。
「い、今の音はなんだ?」
一二、一二と息を合わせながら将太郎はてらやぎくんに訊ねる。やっぱり、鉢巻が短すぎたのだろうか、いや、てらやぎくんの返答は違った。
「股のところが破けました」
「や・・・!?」
本来マスコットであるてらやぎくんは可愛らしく歩くために足が短く作られている。そこへ将太郎との二人三脚、大きな歩幅に対応しようと思い切り足を開いたがために縫い目の部分が裂けてしまったのだ。
「お前、途中で分解とかしねえだろうなあ」
「それは大丈夫そうなんです、けど」
そんなに急がないでくださいとてらやぎくんが悲鳴を上げる。今度はどうしたと将太郎が遅れ気味のてらやぎくんを振り返ると
「頭が、頭が取れます」
いつの間にか将太郎が掴んでいたのはてらやぎくんの肩ではなく、角のところだった。最初はちゃんと生地を掴んでいたのだけれど、段々と後頭部まで手が上ってきて、さらに上の耳を引っ張り、角が持ちやすいからという理由で無意識にそこを引っ張っていたのである。おかげでてらやぎくんの首の付け根から、中身の髪の毛が覗いていた。
「お、お前、もっと速く走れ」
「無理です、よう」
「無理でも走れ!」
こんなところで着ぐるみをばらばらにして、幼い子供たちに余計なトラウマを与えたくはないと将太郎は焦って角を引っ張る。しかし薮蛇な行為でますます頭がずれてしまう。
「・・・仕方ねえ」
これは最終手段だと思っていたが、使うしかないようだ。将太郎は観念すると、てらやぎくんの胴回りへ腕を回すと
「うりゃ!」
気合と同時にその白い丸々とした体を肩へ担ぎ上げた。ただし、二人の足は未だに鉢巻で結びつけられているので、てらやぎくんの左足は不自然に引っ張られ伸びている。足は地面につけたまま、体は将太郎の肩の上という非常に無理な体勢を強いられた中身は悲鳴を上げる。
「痛い、痛いです」
「我慢しろ、ちょっとの辛抱だ」
それでも痛いですと中身がしつこく騒ぐものだから将太郎は段々面倒になってきて、肘鉄砲を一発、てらやぎくんへ食らわせた。するとそれがうまく顔面かみぞおちの辺りに命中したらしく、以来てらやぎくんはくたっと大人しくなってしまった。
「よし」
今がチャンスとばかりに将太郎は全力疾走、最下位だったはずがどんどんと他のペアを追い抜き、最後の最後で先頭を走っていたペアをも追い越してゴールテープを切った。まあ、要するに、どれだけ息の合った二人三脚でも一人の全力疾走には敵わないということである。
 将太郎がゴールした後、あれが二人三脚と呼べるのかどうか審議が始まりかけたのだけれど、こちらは大会実行委員長の
「面白かったからいいよ」
その一言で認められてしまった。委員長の言葉には絶対服従なのだと、先に服従しておいた将太郎は感謝を贈る。

「・・・・・・あれ?」
気絶したてらやぎくんが目を覚ましたのは、本部の隅だった。着ぐるみのままここまで運ばれ、転がされていたのである。
「僕、なにしてたんですっけ?確か、なにか競技に出ていたような・・・」
どうやらあまりに強烈な体験をしてしまったがため、傍若無人な二人三脚へ突き合わされ走りながら体が壊れかけるという目に遭ったのだから当然だ、記憶がおぼろにしか残っていないようだった。
「気づいたか」
てらやぎくんがもぞもぞと動き出したのに気づいて、本部の側にいた将太郎が近寄ってきた。はあ、まあとかなんとかてらやぎくんは適当な返事をしておく。
「しゃっくり、止まったみたいじゃねえか」
「しゃっくり?」
ああ、そういえばそんなものが出ていた気もする。
「よかったな」
「はい」
それでは僕は仕事へ戻りますとてらやぎくんは少しふらつきながらも立ち上がる。股のところが破れたままなので、歩くたびに着ぐるみが妙な形で歪んで見えた。その背中へ向かって将太郎は会話を続ける。
「だけど、その気になればなあ」
「はい?」
てらやぎくんはなんですかと将太郎の言葉を待った。
「死ぬまでしゃっくり続けさせることもできるんだぜ」
しかし待っていた言葉は将太郎のものではなく、カネダモードの声だった。
「ひっ・・・・・・!」
極めて静かな、しかし凄味のある声にてらやぎくんのしゃっくりが復活したかと思われた。けれども実際はしゃっくりではなく悲鳴で、しかも悲鳴が最後まで上げきれず中身が失神してしまったのであった。
 結局てらやぎくんは、昼休みまで本部の隅に転がされていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組 / 順位】

1522/ 門屋将太郎/男性/28歳/臨床心理士/赤組/1位

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■          獲得点数           ■
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青組: / 赤組:30点 / 黄組: / 白組: / 黒組:

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回の運動会、違う組の人とも仲良く競技に参加できればなあと
思いこのような二人三脚に挑戦していただきました。
(足の引っ張り合いになった方もいらっしゃるかもしれませんが)
プレイングではどちらかというと、行動で振り回して
てらやぎくんを参らせる感じだったのですが、やっぱり着ぐるみなので
着ぐるみなりのピンチを書いてみたくなりました。
着ぐるみがいきなり目の前でバラバラになったら、やっぱり
幼児にはトラウマになると思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。