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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


買い物競争!


●――0

「スタート地点は、ここ、アトラス編集部の入ってるビルのエントランスだ」
 けだるげにそう告げるのは、もはや誰も探偵とは呼んでくれない、草間・武彦だ。審判なので仕方なくそこにいるという空気がありありと出ている。マルボロを吸っているところを見ると、金につられたのではないかという気もしないではない。
「エントランスを抜けると、この町のいろんな場所にこういう青い封筒が隠してある」
 普通サイズの、何の変哲もない封筒を掲げてみせる。
「この中に入ってるカードには、何かの品物の名前が書いてある。たいてい、どこかの店で買えるものだから安心しろ。要は、それを持ってここまで戻ってくればいい。無論、早ければ早いほどいいわけだがな」
 たとえばこんな感じだ、と草間は持っていた封筒を開け、中から一枚のカードを取り出した。その内容を見て、少しの間かたまった。
「……『アンティークショップ・レンの店先にあるちょっと呪われてる壺』、だと。……まぁ、例外もあるがたいていは害のない普通に買えるものばかりのはずだ」
 目があさっての方を向いている。
 と、アナウンスが響いた。
『皆さん、準備はよろしいですか? 制限時間は17時。それまでに、品物を持ってここまで戻ってきてくださいね』
 響・カスミだ。なぜこのビルのアナウンスが出来るのかは謎だが、目下の問題はそれではない。



●――1

 ビルのエントランスには、6人の選手が一列に並んでいた。
『なお、街中を歩くことになるため、はちまきは例外的に額につけていなくても良いものとします。ただし、身体の外側につけ、参加していることがわかる状態にしておいてください』
 カスミの放送が、やさしい声音で競技のルールを告げる。
『封筒は人数分より多く用意してありますから、足りないと言うことはありません。ただし、手にした封筒は、中身を見てから変更することは出来ません。かいてある品物が、どれだけ自分の苦手なものでも必ず責任を持って、がんばってくださいね』
 無責任なことをポロリと言った。
「何でもありとは聞いてたけど……買い物、ねぇ」
 パラ、と手帳をめくり、崎咲・里美が呟いた。
「ともかく封筒を早く見つけたほうが有利よねー。目的が分かれば、対策も立てられるし。うん、ガンバろー」
 言葉とは裏腹にのんびりした口調である。
 シュライン・エマが「何も言うな」とばかりにうなずきながら武彦の肩を叩く。
「シュライン……頑張れよ」
「武彦さんもね」
「あぁ。俺にはマルボロがついてる」
 やはりそれにつられたらしい。
「――そうだ、武彦さん。1つ聞いておきたいんだけど」
「何だ?」
 なぜかあたりをはばかるように武彦が周囲を見渡した。シュラインは首をかしげ、
「たとえば、要求されたものが本や洋服なら、事前に連絡を入れておけば時間短縮になるわよね。それは反則になるのかしら?」
「えーと、ちょっと待てよ……」
 武彦はあわててそばのカバンに入っていた小型の辞書程度の大きさの本をぱらぱらとめくり始めた。「電話、電話……」と呟き、やがてシュラインに向き直る。
「いや、大丈夫だ。この競技にはその行為は容認されているらしい。気づいたもん勝ちってことだ。ただ、運が良いか悪いかもかかってくるがな。」
 あのぶ厚い本は大会の規則マニュアルだったらしい。
「そう……。ありがとう」
 武彦に礼を言うと、シュラインはそっと天に祈るのであった。
「もしかして実費、なのか……?」
 スタートラインに立ちながら、物部・真言は頬をかいた。何でもありの運動会だということは聞いている。しかし、実費で買わせたどう考えても自分には不要なものを、そのあとにどうすれば良いというのか。本や生鮮食品ならともかく、女物の洋服などがあたってしまった日には、捨てるのはもったいないし、プレゼントする相手も思い当たらない。
「――もらえる限り、領収書を取っておくか」
 多少のタイムロスは仕方ない。何しろ守るべきは自分の生活だ。フリーアルバイターの身で、このような出費は痛すぎる。
 一方、葛生・摩耶はお金の心配はほとんどしていなかった。彼女の商売が商売なため、そうそう金には困らないのである。ちなみに、ビルの外には彼女の愛車、ヤマハのTMAXが駐車してある。
「――ん、あなたも玄武?」
 隣の少年の額にも、自分と同じ黒い鉢巻が見えた。
「あ、うん。つーかさぁ、俺そんなにお金持ってねえよ……。どうしよう、最高級何とか、とか当たっちゃったら」
 梧・北斗は思いの丈を一気に吐き出すとがっくりと肩を落とした。摩耶はふっと笑って、
「大丈夫よ。同じチームのよしみで少しなら貸してあげられるから」
「マジで?」
「嘘はつかないわよー。勝つためだし。利息は……トイチでどう?」
「遠慮しときます」
 金の貸し借りはするものじゃないと改めて思い知る北斗であった。彼の得意分野はやはりゲームだ。格闘ものやリズム系、さまざまあるが、身体を動かすタイプのものだと勝利がだいぶ近くに見える。
「ゲーセンの景品だといいなぁ……」
 つい呟くと、隣にいた相澤・蓮が反応した。
「なんだ、坊主もゲーセン狙い? 俺もだぜ」
 普段と同じスーツを着て、制服を着た北斗と並んでいるというのは不思議な光景だ。
「実はさ、さっき財布見たら2900円しか持ってなかったんだよね。これより高いものが当たったら……店員さんに頼み込んで値切るしかねえや」
 言ってからからからと笑う。
『では、カウントダウンを始めます。――5,4,3……』

 そして、戦いの火蓋は切って落とされた。



●――2

「まずは封筒を見つけるわけね……」
 エントランスを抜け、シュラインは繁華街へと歩き出した。歩くといっても、その歩みは若干速めで、冷静に見える彼女もやはり競技には燃えているのだとわかる。
 それに、封筒がなくなっては困るわけだから、風に飛ばされやすいところには置いてないだろう。
 そういうわけで、時折しゃがみこんだりして植え込みのそばを見ているシュラインは、なにやらなくし物をした人のようであった。
 が、ようやくそれらしきものが見えた。郵便ポストのすぐ近くの植え込みのそば、こぶし大の石で押さえてある青い封筒だ。
「これね……」
 ようやく見つけた封筒だ。なのに、なぜかシュラインはその封筒をすぐに手放したいという思いに駆られた。俗に言う「いやな予感」である。けれど、この封筒を見逃したら次がいつ見つかるか分からない。どんなものを買ってくればいいかが早く分かればわかるほど、対策も立てやすいはずなのだ。
 シュラインは、常識的考えを信じ、封筒を開けた。出てきたカードに書いてあるのはわずか一行。

「品物:アンティークショップ・レンの呪われ…一風変わった壺」

 ジョーカーだった。



 足取りも重く、件の店へとやってくる。大体、大会の実行委員長でありすべての災いの原因が、この店だったのではなかったか。そんなところが指定してきた品物だ、まともなものであるわけがない。
「おや、来たね」
 店の主は、いつものようにキセルをふかしながらシュラインを迎えた。シュラインが手にしていた青い封筒を目に留めると、おや、という顔をして立ち上がる。
「あんたがその封筒を当てたのかい。運がないねえ」
 けらけらと無責任に笑う。
「だが、残念なことにそこに指定していた一風変わった壺は、ついさっきめでたく売却が決まっちまってね。悪いんだけど、別のものを持っていってくれないかい? もちろんこっちのミスだから、お代はとらないよ」
「別のもの、ですか?」
 一瞬希望を持ったシュラインだが、
「こっちの、呪われ……一風変わった赤い靴なんかどうだい。持っているだけで踊りだしたくなるって代物なんだけどね」
 次の一言に打ちひしがれることになる。
「他には何かありませんか?」
「そうだねえ……。このブレスレットは手癖が悪くなるし、このサングラスは昼を夜に見せる、あの一風変わった水差しは、少しでも水がこぼれると暴れだすし、こっちの革張りの本は……やめたほうがいいね」
 聞いてるだけで頭痛がしてくる。彼女だけに任せてはいられない。シュラインも店をぐるりと見渡す。
「あら、あの小箱はだめかしら?」
 運びやすそうな大きさだし、怪しげな装飾もされてはいない。
「ああ、あれだね。ちょっとしたのろいを封じてある小箱だよ。ふたさえ開けなければただの箱さ。あれにするかい?」
「そうね」
 ただの相槌としての言葉だったのだが、
「そうかい、じゃああれをもっていってもらうとするか」
 店主は口笛でも吹きそうな勢いで踏み台を持ってくると、その箱を大切そうにおろした。小さな箱なのに、ずいぶんと重そうに持っている。
「そんなに重いんですか?」
「あぁ。なにしろ呪いが封じてあるからね。なに、開けなけりゃただの見た目より重い小箱だよ」
「……そうなの」
 ふいに、徳川家康公の言葉を思い出した。
 曰く、人生は重い荷を負って険しい道を行くが如し――



●――3

「誰が1位になるんでしょうかね、草間さん」
 のんびりとした声音で言うのは、アナウンス役の響・カスミだ。今まで建物の放送室を借りていたのだが、ゴールの瞬間は実況中継したいらしく、放送用具一式を持ってエントランスへ降りてきたのだ。運動会らしい本部テントの下に並ぶ機器。ただし建物の中なのだが。
「誰だろうな……ん、誰か来たみたいだぜ」
 草間はタバコを携帯灰皿に押し付けた。一応審判だ。反則をしていないか、ちゃんとゴールしたかなどを見なくてはならない。うーんと目を凝らして、草間は思わず瞬きをした。日本男児の夢が走ってくる。
「メイドさん、ですかね?」
 響にもその姿が見えてきたようだ。紺のワンピースに白く清潔なエプロンをつけた姿の、彼女は崎咲・里美だ。道行く人が5人中3人の割合で振り返る。
「どうやら、一位は白組、崎咲さんのようです! ラストスパート……あっ、危なく転びそうになりながらゴールイン! いま、ゴールしました。ちなみに、カードを草間さんに見せてもらえますか?」
「あ、はいはい〜」
 走りこんできた崎咲は、審判である草間に封筒を渡した。中には確かにメイド服の文字。
「よし、問題なしだ」
 草間が封筒にはんこを押した。
「――あ、続いてやってくるのは、なんだか重たそうな荷物を持った少年、梧君ですね!」
 書店のロゴの入った紙袋を、顔を真っ赤にしながら運んでくる。ゴールすると、まるで解き放たれたように紙袋を放して床に座り込んだ。
「封筒を見せてくれ」
「はい……なぁ、この品物決めたのって誰だよ」
 封筒の中の紙には、本を3kg分と書いてある。ひょい、と持ってみて、草間はうなずいた。
「合格だ。梧は2位な」
「なぁ、誰だってば」
 無視されたかと思い梧がさらに草間に問うと、彼は口の動きだけで答えた。曰く「俺に聞くな!」。
「続いて、――あれは、葛生さんのようです。見たところ、品物を持っているようには見えませんが……」
 スタートしたときとほとんど荷物が変わっていないように見えたのだが、1つビニール袋を提げていた。不思議と、先にゴールした二人よりも精神的にも肉体的にも疲れていないようだ。審判の草間に袋を渡す。
「これよ。ゲーセンの景品。ぬいぐるみと、あとストラップ。はい、封筒」
 要求されていた品物は、ゲームセンターの景品であった。ぬいぐるみとストラップ。袋を見てみると、ストラップは1つではない。
「あ、なんかみんないろいろがんばってくれちゃってねー。1つあげようか?」
「……いや、いい」
 草間が硬派に首をふるが、
「いいなーっ、俺、その封筒引きたかった……」
 先にゴールしたはずの梧が妙にがっかりしている。
「さて、これで上位3位は決まってしまったわけですが……、あ、見えてきました。あれは男性二人、ということは、相澤さんと物部さんですね。激しいデットヒートを繰り広げています! 物部さんは背中に大きなテディベアをくくりつけて、対する相澤さんの荷物はスーパーのビニール袋1つのようですが、その割には全身ぼろぼろですねえ……」
 響ののんきな実況をよそに、二人は最後の力を振り絞っていた。エントランスの自動ドアが開くや否や、身を中にこじ入れてラストスパートをかける。
「ここまで来て負けられるか……っ」
「くっ……」
 抜きつぬかれつ、かなりいい勝負だったが、勝敗を決めたのは相澤のスーパー袋だった。手を前に振り上げた瞬間、袋がゴールのラインを突破したのだ。肩で息をしながら座り込む二人のカードを、草間が確認する。相澤がスーパーの特売品。なるほど、おばちゃんたちに揉まれてきたのだろう。満身創痍もうなずける。そして物部は、特大テディベアだった。彼にもっともにあわない品物があたったといっても良いだろう。メイド服は抜きにしての話だが。
「ってことは、相澤が4位、物部が5位だな」
 事務的な口調で草間が告げると、とたんに相澤の顔がショックにゆがんだ。
「な、3位以内にはいってないの? 俺……」
「残念ながら、あと一歩遅かったな」
「……そうか」
 同じように惜しいところで得点を逃した物部だが、妙にすがすがしそうな顔をしている。テディベアがそんなに欲しかったのだろうか。
「さて、残るはシュラインだけなんだが……」
 草間が少し心配そうに呟いた。
「そういえば、まだアンティークショップ・レンのカードを引いた人って、いないわよね」
 何気なく葛生が呟いたが、それはすぐに確信へと変わった。シュラインがひいたのは、ババだ。
 皆の予想を裏切らず、身も心も疲れ果てましたという顔でシュラインが現れたのは、試合終了の15分前であった。
「お帰りなさい、シュラインさん」
 響のアナウンスがしんみりと建物の壁に跳ね返った。
「カードと、品物を確認しても良いか?」
「……えぇ」
 少しやつれたのではないだろうか。シュラインからは覇気というものが失われていた。品物は「アンティークショップ・レンの呪われ……一風変わった小箱」となっている。元は壺だったのが、打ち消し線がひかれて訂正されているのだ。
「呪われ……一風変わった小箱なのか、それは」
「ええ。あけなければ呪いが開放されることはないんですって。ただ、封印されているから、密封状態だととにかく重いのよ」
 何度開けてしまえという衝動にかられたことだろう。皆、シュラインの男気に涙を禁じえなかった。例えるなら彼女の心境はセリヌンティウスのために走るメロスのようなものだっただろう。
「――でも、残念ながら6位なんだ」
「……そう。でも、たどり着けたから良いの」
 確かに、これで時間内に戻ってこれなければ悲劇だろう。箱を開けてしまっても誰も彼女を責められまい。
「はい、そういうわけで『買い物競争!』これにて閉幕です。皆さん、お疲れ様でした〜」
 やっぱりのんきな響のアナウンスで、ともかくもこの競技は終了となったのだった。
 葛生が、参加賞といわんばかりに皆にストラップを配る中、呆然としているシュラインの肩を、草間がトン、と叩いた。


FIN.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組 / 順位】

【2836 / 崎咲・里美 / 女性 / 19歳 / 敏腕新聞記者 / 白虎組 / 1位】
【5698 / 梧・北斗 / 男性 / 17歳 / 退魔師兼高校生 / 玄武組 / 2位】
【1979 / 葛生・摩耶 / 女性 / 20歳 / 泡姫 / 玄武組 / 3位】
【2295 / 相澤・蓮 / 男性 / 29歳 / しがないサラリーマン / 黄龍組 / 4位】
【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター / 青龍組 / 5位】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 / 白虎組 / 6位】

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■          獲得点数           ■
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青組:0 / 赤組:0 / 黄組:0 / 白組:30 / 黒組:30

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、月村ツバサです。
今回は「買い物競争!」にご参加くださりありがとうございました。
かなり運任せで、皆さんのプレインが届いてから早速くじ引きで品物と順位とが決定し、あとは、どういったいきさつでそのようになったかを考えていくというかき方にしてみました。
いかがでしたでしょうか。
皆さんの希望を裏切ってばかりの品物になり、これはこれで面白いなぁと思いやり直しはしなかったのですが、裏目に出ていなければいいのですが。
通し番号の2が個別ノベルとなっております。
ほかの皆さんの苦労してる姿もぜひ見てみてくださいませ。

>シュライン・エマ様
本当に受難というか、申し訳ないです。大穴である呪われ……一風変わった品物があたってしまいました。
壺を持ち運ぶのはつらいだろうということで小箱にしてみたのですが、やはり小箱でも一筋縄ではいかないようです。
こんな結果になりましたが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

2005/11/08
月村ツバサ