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<東京怪談ノベル(シングル)>


【夏の砂浜】



□■□

 輝く水面、輝く砂浜
 楽しそうにはしゃぐ笑い声・・・。
 夏の太陽が照りつける砂浜は、美しく・・・


 「だぁぁぁぁっ!!!あきぃぃぃぃ〜〜〜〜っ!!なにボサっとしてやがんだっ!さっさと仕事しやがれっ!!」


■□■

 「ったく、本当に冬弥ちゃんは情緒がないなぁ〜。」
 「情緒云々言ってる場合じゃねぇだろっ!おら、焼そばがこげるっ!ほらほら、早くっ!!」
 「はいはい、分かりましたよ。ワカリマシタってば。そんなに焦らせないで・・・あ〜、ほら、こぼしちゃった。」
 「あ〜じゃねぇ!あ〜じゃっ!!あ・・、申し訳ありません。もう少々お待ち下さい・・。」
 「も〜、本当にごめんね?この人、ちょっとボケてるから〜。そー、天然さんってヤツ??」
 「だぁぁっ!!俺か!?俺のせいなのかっ!?あぁぁあ〜〜なんで俺、こんな事してんだぁ〜〜!!!」
 「ほら、うっさいよ〜。も〜、とっとと焼そば売っちゃおうよぉ〜。」
 「大体からして、全ては貴様のせいだ!き・さ・ま・のっ!」
 「は〜い。人のせいにするのは良くないと思いまぁ〜っす!」
 「うるっせぇっ!・・・はぁぁぁ〜〜。何で俺、こんな事してるんだ・・・??」



  ・・・・・遡ること一週間前・・・・・



 「はぁ?海の家の手伝い?」
 「そう。俺の知り合いが経営してるんだけど・・・そこの旦那さんが倒れちゃって・・。」
 「また、そりゃ大変だな。」
 梶原 冬弥はそう言うと、桐生 暁の目の前に真っ白なティーカップを置いた。
 その中からは仄かに紅茶の甘い香りが漂い・・湯気が一筋宙で揺れていた。
 「でね、俺に手伝ってくれって頼まれたんだけど、1人でやるのもなんだし・・ねぇ、冬弥ちゃん、手伝ってくんない?ちゃんとバイト代出すからさぁ。」
 暁がウルウルとした瞳を冬弥に向けた。
 「お願いv・・・駄目、かな・・・?」
 「・・・仕方ねぇなぁ。」
 盛大なため息と共に、冬弥は頭をかいた。
 なんだかここで見捨てたら後々が良い気がしかなったからだ。
 困った人は、基本的には見捨てて置けない性質なのだ。
 「本当!?冬弥ちゃん、ありがとう〜〜〜!!だから大好きっ!!」
 暁は喜びを全身一杯で表現すべく、冬弥に抱きついた。
 「・・・だぁぁぁっ!!引っ付くなっ!!!!」
 ・・・この時まだ冬弥は知らなかった。
 暁がペロリと小さく舌を出している事に・・・。



  ・・・・・そして、今現在に時は戻る・・・・・


 「ってーか、旦那さんが云々っつーか、ピンピンしてたじゃねぇかよっ!」
 「あ〜、復活したんじゃん??」
 「嘘をつけ嘘をっ!ただの旅行じゃねぇかっ!旅行に行くがためにここを俺らに託したんじゃねぇかっ!」
 「復活祝いじゃん?」
 「だぁぁっ!!日本語をしゃべれ!日本語を!俺の質問に答えろっ!」
 「俺はバリバリ日本語です。」
 「くそっ。あ、はい、いらっしゃいませ〜。はい、焼そば1つですね?かしこまりました〜。」
 「すっかりいたについてんじゃん。」
 「誰のせいだっ!だ・れ・のっ!」
 「も〜、ちょっとは楽しまなくっちゃ損だよ〜。」
 「この状況下でどーやって楽しめっつーんだよ!」
 「んー、例えば・・・ナンパ・・・とか・・・??」


□■□

 シンプルな水色の水着に真っ白なパーカーを羽織っただけの姿で、暁は煌く砂浜に繰り出していた。
 整った外見は人の目を引き寄せ、その場の空気を一変に変えてしまう・・・。
 暁は少し歩いて立ち止まり、周りを物色し始めた。
 そして・・・直ぐに一組のグループに目をとめた。
 多分女子大生なのだろう。先ほどから、チラチラと暁の方を見ている・・・。
 「ねね、そこのオネーサン達。」
 暁は人の良い笑顔でそのグループの一人に近づいた。
 金に近い茶色の髪を1つに束ねて、白いビキニを着、そのグラマーな小麦色の身体を惜しげもなくさらしている。
 「あら、坊や、かわいらしいわね。」
 「オネーサン達のが可愛いよw」
 「あら〜。」
 「可愛いだって〜。」
 クスクスと、大人特有の少しだけ気取った笑い声。
 「それで僕、どうしたのぉ?ママとはぐれちゃったぁ?」
 甘めの顔立ちの、ショートカットの女の人が、甘い声を出す。
 「うん。そー、ママとはぐれちゃったの。」
 ついと、細く白い指が、暁の金の髪を優しく撫ぜる。
 「ふふ、それじゃぁ、寂しいでしょ〜?」
 「お姉さん達が捜してあげよーかぁ?」
 「うん。それじゃぁさぁ、お姉さん達、焼そば食べない?」
 「焼そば?」
 「そー、超美男子が売ってるんだよ〜。俺の友達〜。」
 暁が冬弥のいる屋台の方を指差す。
 「え〜、僕、そこのお店の人??」
 「どーかな?俺はただの迷子だからぁ〜。」
 「じゃぁ、とりあえず見に行ってみよっか?美形だったら焼そば6つ。」
 「もし不細工だったら?」
 「坊やが今日一日私達と遊ぶってどう?」
 暁はにやりと不敵な笑みをたたえると、頷いた。
 「いーよ。いくらでも。」


■□■

 「と〜おやっちゃん。」
 一生懸命焼そばを作る彼にとって、その声は夏の夜の蚊と一緒だった。
 つまりは、聞いただけでイラっとするもの・・・。
 「〜〜〜こんの、クソあきぃぃぃぃぃぃっ・・・・!!!!テ・メ・エ・はっ!!!!店ほったらかしてどこほっつき・・・。」
 「わぁ、すっご〜い!超美形じゃん!」
 「え〜〜〜、びっくりぃ〜。」
 「おにーさん、お名前は??」
 ・・・その瞬間、冬弥はフリーズした。
 所謂、画面は固まってるし、ポインターは動かないし、とりあえず強制終了しないといけない状況である。
 「あり?冬弥ちゃん?おーい・・・??」
 ひらひらと、冬弥の目の前で手を振ってみるものの、電源を落としてしまった状態の冬弥には反応する事が出来ない。
 「もしかして冬弥ちゃん、心配停止しちゃった?」
 そう言って、暁は冬弥の心臓に手を当ててみた。
 その時、冬弥の電源が入った!!
 「貴様はっ!!なんだ!?仕事さぼってナンパか!?なにハーレムつくってやがんだこんちくしょー!!」
 「も〜、冬弥ちゃんってば、心配し・な・い・でっ♪」
 「心配してんじゃねぇっ!!!」
 「大丈夫、冬弥ちゃんが一番だよっ??」
 「そんな順序もいらねぇっ!テメェはっ!仕事しろよ仕事っ!!」
 「だぁからぁ、仕事してんじゃん!」
 「どこがだ!?一ミリもなにもしてねぇじゃねぇかよっ!客に焼そば売るのも俺!会計するのも俺!焼そば作るのも俺!なんだ?!俺か!?俺しかいないのかっ!?」
 「まーまー、冬弥ちゃん、落ち着いて!ほら、ドードー。」
 「どーどーじゃねぇっ!大体からしてこれは俺じゃなくお前に・・・」
 「も〜、お客さんが怖がっちゃうでしょ〜!」
 暁はそう言うと、先ほど連れてきた女子大生グループを見やった。
 「焼そば6人前。冬弥ちゃん、ほら、早くっ。」
 「へーい。」
 冬弥は盛大なため息をつくと、タッパーに焼そばを取り分けた。
 「おまちどーさま。」
 「はい。ありがと〜wwまた来てねぇっ☆」
 暁が極上の笑顔を見せる。
 営業スマイルは完璧だ。
 「・・・暁にはそれがあるからな。」
 「ん?なにが?」
 「外面の良さ。」
 「・・俺ってば、喧嘩売られてる?」
 「非売品を勝手に買うな。褒めてんじゃねぇか。」
 「・・・冬弥ちゃんの褒め言葉には棘がある気がするのは・・・」
 「お前の妄想だ。」
 暁はむぅっとむくれると、冬弥の背中にパンチした。
 「ぼーりょくはんたーい。」
 「暴力じゃないよ〜!それは冬弥ちゃんの勝手な妄想でぇ〜す!」
 ・・・日は傾き、熱い太陽は水平線に浸かってゆく・・・。


□■□

 太陽が真っ青な海に浸かり、その周囲を淡いオレンジ色に染め上げる。
 真っ白な砂浜も赤く染まり、幾分暑さが和らいでいた。
 暁と冬弥の影が、砂浜に黒く伸びる。
 「やっぱ、夕方になるとそれなりに涼しいね〜!」
 「そーだな。っつーか、すっげーー疲れたっ・・・!!」
 「あはは☆オツカレサマw」
 「誰のせいかなぁ〜!?」
 「人のせいにしちゃダメだってば〜!」
 「お前が言うなっ!お・ま・え・がっ!!」
 「だぁってぇ〜!」
 「だってじゃねぇっ!」
 「・・・あっ・・・!」
 ふっと、暁の視界に小さなピンク色のものが飛び込んできた。
 波打ち際に光るピンク色の・・・。
 暁は膝を折るとソレを拾い上げた。
 「ねねっ!冬弥ちゃん!ほら、貝見つけた〜!」
 「あ〜、桜貝じゃねぇか。」
 「へへ、あげるね。ほら、手出して??」
 冬弥の手に、桜貝がハラリと落ちる。
 「・・さんきゅ・・。」
 「ねー、ほら、結構色々落ちてるよっ!わ、なんか懐かしーっ!ガラスの丸くなったヤツもある!キレー・・・。」
 波に撫ぜられ、七色に光るガラス。
 「集めよ集めよ〜v」
 暁は嬉しそうに、ガラスの一つ一つを丁寧に拾い上げて行く。
 その横顔を、オレンジ色の夕日が照らす。
 「手ぇ切んなよ〜?」
 「分かってる・・・ッ・・・ってぇ・・・指切った・・・。」
 「あ〜、ほら、言ったそばから。ったく、仕方ねぇなぁ。」
 冬弥はため息をつくと、Tシャツの袖の部分を乱暴に引きちぎった。
 そして、暁の手を取ると、傷口部分にそっとあてた。
 「血が止まるまで、こーしてろよ。」
 「う・・・うん。」
 「痛いのか?」
 「いや、痛くはないよ。」
 「そーか。」
 ポンと、冬弥は暁の頭を優しく撫ぜた。
 「冬弥ちゃん、服・・・」
 「あー、きにすんな。服なんて買えばいーし、別にどうって事ないだろ。」
 冬弥はそう言うと、暁の隣に腰を下ろした。
 寄せては引く、波をつかむ事は難しい。
 ・・・つかめないと、知っているから・・誰も追わないのだろうか?
 浜辺には冬弥と暁の姿しかない。
 時折遠くから子供の甲高い笑い声が聞こえるより他は、波の音しか聞こえてこない。
 「・・・ねぇ、冬弥ちゃん。」
 「なんだ?」
 「此処で死んだ人、いっぱい居るんだろーねぇ。」
 「さぁな。」
 「苦しいケド、海に還れたんだね。」
 「生命は海から誕生したしな。」
 「でも、苦しかっただろうね。・・・一瞬だけでも、苦しくて、もがいて、ふっと、楽になって・・・」
 思わず、本当に思わず・・・冬弥は暁の腕を取っていた。
 どこかに行ってしまいそうなほどに、暁の瞳は儚く輝いている。
 「・・・だいじょーぶっ。俺は自由な鳥さんだから〜♪」
 暁がおどけた口調で言い、少しだけ小首をかしげる。
 「鳥って・・・。」
 「空を、飛んで・・・どこにでも、行けるじゃん?」
 「どっかに行きたいのか?」
 その問いに、暁はただ小さく微笑んだ。
 その先は・・・言ってしまえば痛いもので、言葉に出さない限りは・・・まだ耐えられる鈍い痛みだったから。
 「鳥だったら、まだ良い。直ぐ近くにいるから・・・ただ、海はやめろよ。」
 冬弥が苦々しく言い、暁の腕を放した。
 「どうして?」
 「海には、触れられないから・・・。」
 寄せては引く波。
 触れては指の隙間から逃げ去ってしまう。
 永遠に続く、鬼ごっこ。
 夕日が、海に飲み込まれてゆく。
 ふっと暁は小さく微笑んだ。
 空と海は、混じりあう。
 海の青さは空の青さ。空の青さは海の青さ。
 どちらも手に入れる事の出来ない・・・青・・・。
 「・・・とーやっちゃんってば、俺に触れたいと思ってたんだ〜?」
 「・・はぁっ!?」
 「だぁってぇ、さっきそー言ったじゃん!海には触れられないから、海はやめろよって!」
 「いや、そんな事は・・・言ったっちゃぁ言ったケド・・・」
 「やぁん☆冬弥ちゃんの、エ・ッ・・・」
 バキっと、頭を殴られて思わず涙目になる。
 「いったいなぁも〜!」
 「うるっせぇっ!!!」
 「ったく、しょーがないなぁ。ほら、お触りはちょっとだ・け・・・」
 ペシリと再び頭を叩かれる。
 「ったく!おら!帰んぞ!さっさとしろ!さっさと!!」
 「も〜、冬弥ちゃんってば、せっかちさんだなぁ〜。」
 暁は立ち上がった。
 そして、少し前を歩く冬弥の腕にしがみ付いた。




 空はやがて、闇に没する。
 海もやがて、静寂に沈む。
 ・・・月だけが明るく全てを包みこむ。
 




          〈END〉