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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『紅葉の舞う頃に』



木枯らしと呼ぶには少し早い、深まり始めた秋の風が山を下り、街中を吹き抜け、海の上に広がって行く。
ほんの些細な通行者に過ぎなかった其れは一人の男が微睡む部屋の窓を鳴かせて目覚めの時を告げた。
起きて、起きて。急かすように囁き掛ける風の音に応えてセレスティ・カーニンガムは静かに両眼を開いた。薄い目蓋の狭間から現われた蒼い瞳は海色の宝石を嵌め込んだように聡明で神秘的な光を放っている。
真っ暗だった視界が開けても元々視力の乏しいセレスティには闇が多少晴れただけの状況で物の確かな輪郭や自分の置かれている立場を理解する事は難しい。
日の光は重たいカーテンで遮断されて部屋に入り込む事を許されず、時刻を知らせる事も出来ない。
セレスティは枕元に置かれた時計に手を伸ばし掛けて其れを止め、そして其の近くにあった銀色のベルを手に取ると、数回鳴らして自らの起床を外部へと知らせた。
暫くすると控えめなノックの音と共に年若いメイドが些か緊張した素振りで部屋の中へと入って来た。『今朝は洋食と和食、どちらになさいますか?』。幾度と無く繰り返された言葉は今日ばかりはセレスティに遮られて最後まで紡がれる事は無かった。
「今は何時ですか?」
「今、ですか?は、―――――はい。今は丁度午前十一時を回った所です」
「モーリスは何処に?」
「モーリスさんなら先程朝食を済まされて何時も通り庭園の方に向かわれましたが・・・・・・」
「呼んで下さい」
其の言葉にメイドは瞬く間に顔を蒼褪めさせて頷いた。モーリス・ラジアルは此の屋敷の庭園設計者であり、医師でもある。起きて行き成り彼を呼べと謂う事は体の不調を訴えているのと同じ事なのだ。少なくとも彼女はそう信じていた。
血相を変えて部屋を飛び出し遠ざかって行くメイドの足音を聞きながら、セレスティは寝酒の残っている自分の脳内を整理し始めた。昨夜。そうだ、確か昨夜。
『紅葉の綺麗な場所があるそうですよ』
昨夜、寝酒に付き合ってくれたモーリスの言葉が蘇る。自分は其の言葉に酷く興味を惹かれて、詳しい話を急かしたのだ。
『近々見に行きましょうか。少し遠出になりますが気分転換に良いでしょう』
『其れなら明日は如何でしょうか?勿論モーリスが良ければですが』
『では決定ですね』
明日とはつまり今日である。だが、寝酒も手伝ってかセレスティは深い眠りについてしまい、早く起きる事が出来なかった。基本的にセレスティの活動時間帯は昼を過ぎた辺りからなのだ。日の出始めた時分に外を徘徊する事は先ず無い。
然し、だからと言って寝過ごして良い理由にはならないだろう。セレスティの胸中に芽生えた不安は責任感の侵入を許し少しずつ確かな形を成して行った。
「ご主人様。モーリスさんをお連れ致しました」
「どうぞ。入って下さい」
ドアの向こうから先程のメイドの声が聞こえ、セレスティは快く迎え入れた。開け放たれた扉の枠の中、メイドの隣で白皙の美貌を備えた美青年が穏やかな笑みを称えている。
モーリスはセレスティの方へと歩みを進めると、表情と変わらず温厚な声で朝の挨拶を交わした。奇跡のように美しい二人を見て、ほうっと無意識にメイドの唇から恍惚の溜め息が洩れる。だが、メイドはすぐさま自分の不謹慎さを戒めて、失礼します、と言い残し部屋の外へと出て行った。
「態々私をお呼びになるなんて何処か体の具合でも……?」
「いえ、そうでは無いのですが…今日は紅葉を見に行く約束をしていたでしょう。其れなのに随分と遅く起きてしまい、モーリスが気分を害しているのではと思いまして」
其れを聞くとモーリスは我が主の余りに顕著な態度に驚いたように何度か瞬いて、小さく笑いを零した。何か変な事を口走ったかと当惑するセレスティを見るとモーリスは咳払いを一つして、改めて口を開いた。
「構いませんよ。元々夕刻を過ぎた頃から出掛けようと思っていましたので。昼間の強い日差しは辛いでしょうし。其れより何事も無くて良かった…メイドさんが蒼褪めた顔で呼びに来たので何かと思いましたよ」
モーリスの言葉にセレスティは安堵の息を吐き出すとすみません、と苦笑混じりに謝罪した。先程のメイドにもちゃんと説明しなくてはいけませんね、と言うとモーリスがまた少しだけ笑った。



セレスティは普段通りに食事を終えると、普段通りに書斎に篭もり、普段通りに仕事を始めた。
急ぐ仕事でも無かったのだが、思わぬ所で時間が空いてしまったので有効活用しようと思いついたのだ。
『其の場所は夕方になるとライトアップされてとても綺麗なんですよ』
モーリスの言葉を思い出すとパソコンのキーを打つ指も自然と軽くなる。仕事を差し引けば久々の外出だ。無意識に心が浮かれるのをセレスティは隠す事が出来なかった。
セレスティが目を覚ましてからアナログ時計の秒針が十二の文字を通過する事、約四百回弱。
長いようで短い其の時間はセレスティの期待を膨らませるには充分だった。約束の時間が訪れるとセレスティはそそくさとパソコンの電源を切って、自室に戻り出掛ける支度を始めた。
冷たくなってきた外気に備えて長い外套を羽織る。不自由な足をフォローしながらの着替えと言うのは中々厄介なもので、外套が机の端に引っ掛かって其の上に乗っていた一つの小瓶が転がり落ちた。
「此れは…」
拾い上げた其の中にはハート型の小さな青い貝殻。旧友の人魚が欲しいと言って聞かなかった、あの。

―――――あの子は今でも元気だろうか。

一人物思いに耽っていると微かなノックの音が強制的にセレスティを現実に引き戻した。セレスティは反射的に小瓶を自分のポケットに仕舞い込むと車椅子姿でドアまで近付いて行った。ドアの外には予想通りモーリスがセレスティより幾分シックな出で立ちで立っていた。
「其れでは行きましょうか」
セレスティは外套越しにポケットの小瓶を握り締めて、柔和な笑みを浮かべた。見た目には何の問題も無いのに何故だろう、期待が少し軽くなって口角が少しだけ重たくなったような気がした。


モーリスの言っていた穴場は屋敷からは離れた所に在り、二人はモーリスの車で其処へと向かった。車は渋滞に引っ掛かることもなく、順調に目的地へと辿り着き、ふとモーリスが零した『普段の行いが良いからですね、きっと』と言う一言にセレスティは失礼ながらも笑ってしまった。
駐車を許された近くの公園に車を停めて、モーリスはセレスティの乗った車椅子を押して歩く。風は冷たさを孕んでいるのに、着込んで来たおかげで寒さは其れほど感じずに済んだ。
暫く歩くと紅葉の木に囲まれた小道が見える。大人が四人も横に並べば通るスペースの無くなる細い道だ。脇には等間隔に並んだ紅葉の木がイルミネーションに照らし出されて赤く輝いていた。紅葉自体の渋さのある赤みは光と混じり合って昼間とは違う色合いを見せている。
赤いネオンとは一線を画す、血管を光に透かした色に良く似た、不思議な生命力を感じさせる輝き。生きているのだろうか、軽い錯覚を覚える。交互から照らす光がモーリスとセレスティを赤く染め上げていた。
「美しい…其れにとても綺麗な空気ですね」
「ええ。良い気分転換になります」
セレスティの瞳は紅葉の形や場所などは詳しく解らなくても光を感知する事なら辛うじて出来る。セレスティは自分の掌の中にある幾重にも重なった赤い光の帯を静かに眺めていた。
二人で小道を只管進んだ。時折ベンチに座るカップルや、散歩をしている老人が目に付くだけで他には赤い光が終わりも見えず続くだけ。其れなりに舗装されて浮き沈みは余り無いが曲がりくねった道は直線に続く道よりも体力を奪う。
言葉を交わしながら端から端まで往復し終える頃には空は真っ暗に染まり、二人の下にも疲労と謂う名の睡魔が訪れ始めていた。
「そろそろ帰りましょうか」
セレスティの提案にモーリスがそうですね、と返答を返そうとした時、一枚の紅葉の葉が浦と表を見せながらヒラヒラと舞い落ちてモーリスの肩に留まった。モーリスは其れを手に取ると紅葉を光に透かしながら思わせ振りに呟いた。
「知っていますか。紅葉の花言葉は、『美しい変化』と謂うそうですよ」
そう言ってモーリスは其の葉をセレスティに差し出した。指先で少しざらついた裏面の葉脈を辿る。期待していた血脈の鼓動は矢張り無かった。
美しい変化―――――ポケットの中の小瓶が熱を持つ。一度も其の姿をしっかりと見る事の出来なかった妖精の赤ん坊はもう立派な大人に成っているのだろうか。
一度は散った筈の力強く儚い、いとけない命。其れが何故だか無性に恋しくなった。
「モーリス。すみません、お願いがあるのですが…屋敷に帰る前に海に行っては貰えませんか?」
「海、ですか?ですが今頃の海は風も冷たくて余り過ごしやすいとは…」
「良いんです。お願いします」
モーリスはセレスティの真摯な口調に気圧されたかの如く、静かに微笑み頷いた。有難う御座います、白い息が闇に溶け出す。セレスティは渡された紅葉を真似してイルミネーションの光に透かした。

地上の僕から海底の君へ。
青い貝殻のお礼に今地上に存在する中で一番美しい一閃の赤い光を、贈る。






セレスティ・カーニンガム様、モーリス・ラジアル様。
この度はシチュエーションノベル(ツイン)をご依頼頂きまして有り難う御座います。
作者の典花です。
納品が遅れてしまい大変申し訳御座いません。パソコンの不調の為、今も知り合いのパソコンを借りて書いているところです。本当に申し訳御座いません。
紅葉と謂うテーマを頂いたのですが、実は近場に紅葉の立っている場所が無く、写真と記憶を辿りながらの作業で少しばかり手こずってしまいました。
前回のゲームノベルを気に入っていただけたようで嬉しいです。
またゲームノベルの制作を再開したいと思っておりますので、その時は宜しくお願い致します。
其れではまたのご依頼お待ちしております。有り難う御座いました。