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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


動く万年筆

「おやいらっしゃい。何か探し物でも?」
 リリン……と鈴の音が店内に響き、客が来たことを告げる。
 店の商品を眺めつつ一服していた碧摩・蓮は、視線を客へと向ける。
 蓮の問いに客は少し困惑気味に首を振って否定すると、ディスプレーされていた万年筆を指さした。
「あぁ、あれが気になって来たのかい」
 蓮は客の示す万年筆を見て、面白そうに笑みをうかべた。
「あの万年筆は勝手に動き出すっていう代物だよ。紙に文字を書きだしたり、箱から飛び出して転がっていたり。どう動くのかは決まってないみたいだがね」
 タバコの煙をふぅーっと吐き出すと、蓮は言った。
「あんたはこれに呼ばれたみたいだし、持って帰ってみないかい?お代なら何が起きたか聞かせてくれるだけで十分さ」

【1】
「……ふうん、面白そうだね」
 碧摩・蓮の説明を聞いた男性は静かに笑みをうかべた。
「散歩の帰りにここに寄ってみて良かったよ」
 バリトンの響きを持った低い声。身を纏う柔らかい雰囲気。そして珍しい一品を見て目を輝かせる様子はまるで少年のような……蓮の前にいる人はそんな中年の男性であった。
「それで結局のところどうするんだい?」
 そんな中年の男性、城ヶ崎由代を見ながら、蓮は近くのイスに優雅に足を組んで座る。
 由代は蓮の問いに万年筆を見ていた目を彼女へと向けると、もちろんと笑みをうかべた。
「喜んで引き受けさせてもらうよ。興味深い一品だからね」
「そうかい。じゃあこの箱に入れていきな。その万年筆が入ってた物だよ」
 蓮は由代の返答を聞いて何か意味ありげに笑みをうかべると、どこからか万年筆がぴったり収まるサイズの箱を取り出した。
 蓮から万年筆の箱を手渡されると、由代はディスプレーから万年筆を取らせてもらい、手にとってじっくりと観察を始めた。
「良く使い込まれたものだね。作られた年代は……五十年ぐらい前のものかな?手にしっくりと馴染むね」
 万年筆の本体は黒で、金色の縁取りがされているものであった。だが、良く使い込まれたためだろうか、黒塗りの塗装は光沢を失っており、縁どりは所々剥がれていたり、サビのようなものがついている。
「詳細はよく知らないけどね。大事に使われてたようだよ」
 万年筆をじっくり観察している由代の姿を見ながら、蓮は煙管を取り上げた。
 そんな蓮の様子を見ながら由代は、ふーん……と生返事をしつつ万年筆を箱にしまうと、顔をあげた。
「まあ後は家に帰ってからゆっくり万年筆の動きを追ってみることにするよ。万年筆の意思をゆっくりと聞いてやりたいからね」
「それがいいだろうね」
 蓮はテーブルに肘をつき、手に顔を乗せた状態でにやりと笑んだ。
「ま、頑張りな。その万年筆のお代が払えるぐらいにね」

【2】
 アンティークショップ・レンから真っ直ぐ家に戻った由代は、早速自分の書斎に行くと、万年筆の入った箱を取り出した。
「万年筆の箱まで残っているとは、余程大事にしていたんだろうね」
 万年筆の入っていた箱は、木で作られているものであった。木の種類は分からないが、良い物を使っているのだろう。長い年月をかけて培われた、渋みと趣が感じられる、しっかりとした一品である。
「……?名前が書いてあったのかな?」
 箱をひっくり返してみると、そこには墨で書かれた文字があった。時間の経過により薄れてしまったのか、はっきりとは見えないが。
「ふむ……読めそうにないな……」
 頑張って解読をしようと試みたが……どうやら読めないものは読めないらしい。箱に書かれた文字の解読を断念すると、由代はかぱっと箱を開け、中から万年筆を取り出した。
「この万年筆は……吸入式なのか」
 くるくると万年筆を回して見ていた由代は、万年筆の構造をチェックしていると……インクが切れていることに気がついた。
 机の引き出しからインク壷を取り出すと、由代はインクを吸入するためのボタンをみつけ、万年筆の構造に従ってインクを吸入する。
「これで書けるはずだな」
 インクの吸入が終わると、由代は慣れた手つきで万年筆を持ち、手近にあった紙にそのペン先を滑らせようとした。が、そのときである。
「!?」
 とん、とペン先が紙に触れた瞬間、万年筆がまるで誰かの手によって動かされているように、一人でに動き出したのは。
 由代の手を離れて動き出した万年筆は、くるくるっと紙の上にいくつもの円を描きだす。
「……?」
 何を意味しているのかが全くわからなかった由代であったが……円が紙の端に書かれているのを見て、次の瞬間あぁ、と納得した。万年筆はインクのノリを確かめるために、試し書きをしたのだと。
 試し書きを終えた万年筆は、慌てたように紙の上部へ移動すると、さささっと文字を描きはじめた。
「えーと……ど…う…か…に…げ…な…い…で……話…を……聞…い…て…く…だ…さ…い?」
 万年筆が描く文字を目で追いながら、由代は声に出して読んでいく。
「どうか逃げないで話を聞いてください、か。ああ、もちろんそのつもりだ」
 万年筆の言いたいことが判明した由代は、そう書いた万年筆にそう言って頷いてみせた。万年筆の意思をゆっくりと聞くために、自分はこうして持って帰ってきたのだと。
 由代は早速話を聞こうと万年筆を見つめた。また何か書き出すだろうと。だが、万年筆は返事を伺うように斜め空中でペン先を紙の上につけたまま止まり、動こうとしない。
「ん?どうかしたのかな?」
 動かない万年筆に、どうしようかと思い始めたそのとき、また万年筆が何かを書き出した。
「……駄……目…で…し…ょ…う…か? なるほど、そうか」
 由代は段々小さくなっていく控えめな文字に、そうか、とある可能性に思いついた。
 先ほどと全く変わらない万年筆だが、どこかしょげた様子に見えるそれを由代は手にとると、「ゆっくりでいいから話を聞かせてもらえないだろうか?」といつもの調子で紙に筆を滑らせる。すると……
「ああ、やっぱりそうだったのか」
紙には「ありがとうございます」の文字が並んでいた。どうやら万年筆と会話をするには、筆談でなければならないようだ。
「筆談には筆談をか。では話を聞こうかな」
 こうして、由代と万年筆の筆談が始まった。

「んー……もうこんな時間か」
 由代は窓の外の景色を眺め、椅子に座ったまま身体を伸ばした。いつの間にか日は傾き、綺麗な赤に染まった夕焼け空が見える。
 机の上に散らばった筆談後の紙を見て、由代は一息ついた。すごい枚数になったなと眺めつつ。
「明日も動くのかな?この万年筆は」
 紙に字を書き途中のまま、机上にころんと転がってしまった万年筆を見て、由代は独り言を言いながら万年筆の使用後の手入れを始める。
 万年筆との筆談でわかったことは、どうやらこの万年筆には持ち主の意思ではなく、持ち主そのものの霊が憑いているようである、ということ。また、名前を高林静雄と言い、自分の娘と孫と一緒に暮らしていた男性であるということ、つまり年配の男性、ということである。
「二、三のことがわかるまでにここまで枚数を使うとなると……もう少し紙を用意しておく必要があるな」
 万年筆を箱にしまい、紙を集めてとんとんっと纏めた由代は、書かれた内容を見ながら苦笑する。  
 今日の筆談がこのように膨大な量になってしまったのは、高林の雑談が多かったためである。どのくらいの期間が過ぎているのか分からないが、おそらく、長い間誰とも話せずにいたためだろう。話したいことがたくさんあること、話し相手がいること、何より話せることが嬉しくてついつい筆が進む、といった様子だったのだ。由代が万年筆を使った時間は、実はとても少ない。
「あぁ、インクも買い足しておかなければいけないな」
 我ながら手間と時間のかかる依頼を受けてしまったものだ、と由代は微苦笑しつつ、万年筆の箱に蓋をした。
 そして、翌日。
 由代が朝食を終え、部屋に戻ってくると……
「朝からすごいはりきりようだね……」
万年筆は箱の蓋を跳ね飛ばし、昨日と同様に活き活きと文字を綴っていた。
 紙を用意しておいて正解だったな、と由代は思いつつ、書かれていく内容に目を通し始める。
「これは……日記かな?」
 昨日の日付から始まり、天気が書かれ、改行したところから本文が始まっている。
「今日は久しぶりに人と話すことができた。生前も人と話すことは楽しいものだと思っていたが、死んでから人と話すということはそれに輪をかけて楽しく感じるものだ。不思議な感じはするが、貴重な体験である……」
 つらつらと書き綴られていく日記を見ながら、由代は追加の紙を差し出した。万年筆は自分で紙を取ったり捲ったり、ということができないようなので。そして、ふむと考え込む。
「昨日もそうだが……これだけの文字数を戸惑いなく書ける、そのうえ日記を書くのにも慣れている、ということは……文字を多く書く職業に就いていた人なのか……?」
 由代の頭に、新聞記者、小説家、詩人……といろんな職業がうかんでくる。どの職業も文を書くことを生業にしている職業である。
 日記を書き終わると、万年筆は直立に立ち、まるで自分の書いた原稿をじっくり読み直しているかのような様子をしていた。
 由代は新しい紙を出すと、直立していた万年筆をささっと滑らせた。「質問してもいいですか?」と。
 万年筆は「何でしょうか?」と記してから由代の手に取りやすいように向きを変えた。
 由代は万年筆を手に取ると、昨日と同じように万年筆との会話を始めた。
「高林さんはどんな職業に就いていたんですか?」
「昔は役所に勤めていました」
 返って来た見当外れの職業名に、由代は小さく唸った。
「困ったな……これでは万年筆が何をしたいかわか……ん?」
 由代はそこまで言いかけて、ふと口を噤んだ。そして、何かを思い出したのか、ポン、と手を打った。根本的な質問を忘れていた、と。
 返事を待っている様子の万年筆を手にとり、し忘れていた質問を紙に記した。
「あなたがなぜ万年筆になったのか、経緯を話してくれないか?」
 由代の質問に、万年筆は何か思案しているのかしばらく固まっていた。だが、先ほどの由代と同様に何かを思い出したのか、「あ」と記すと、さささーっと紙の上を滑り出した。
「話すことができて嬉しかったので、そのことをすっかり忘れていました。すみません」
 少し恥ずかしそうにする万年筆に由代は笑みをうかべると、先を促した。「僕も忘れていたので気にしなくていいです」と書いて。
「わたしがなぜ万年筆になったかと訊かれると困るのですが……自分が死んだと思った次の瞬間、枕元に置いてもらった万年筆からの視点に切り替わりました。自分の死に顔を見ることができるとは思いませんでした」
 由代は「なるほど」と相槌の言葉を書くと、腕を組んだ。理由は定かではないが、高林は気付いたら万年筆になっていたのか、と。
「ですが、なぜ万年筆になってしまったか、わかるような気もするのです」
「?」
 万年筆が紡いだ次の言葉に、由代は怪訝な顔をする。わかるような気もする、とは一体……?
 そんな由代の様子を汲み取ったかのように、万年筆は続けた。
「わたしは物心がついた時から日記を書いていました。幼少の頃はさぼりもしましたが、大人に近づくにつれ、それはご飯を食べることと同じぐらいに、日常生活に取り入れるようになりました」
 しみじみと語り出す万年筆に、由代は返事をせず、日記を書いていた、という言葉から次の言葉の予想を立てていた。おそらく、高林の魂が万年筆へと移ったのは……。
「ですが、最後の一週間は床に伏せっていたので日記を書くことができませんでした……。わたしにはそれがとても心残りだったのです」
 そこまで書くと万年筆はこころなしか由代を見上げている態勢をとった。そして……
「どうしても自分の手で、病床の期間、最後の日の日記を書きたいのです!どうか力を貸していただけないでしょうか……?」
由代の手に、まるで頭を下げたように万年筆の柄が触れた。
 万年筆の願いがどれほど切実なものか伝わった由代は、しばらく考え込んでいたが……ふいに万年筆をすっと持つとさらさらと文字を記した。
「わたしで出来ることがあれば協力します」
 由代の答えをおっかなびっくり待っていた様子の万年筆は……返答が来ると同時に由代の手を離れて、紙に大きな文字で嬉しさを表記した。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
 紙の上にくるくると輪を描きながら踊るように滑っていく万年筆を見て、由代は微笑をもらした。

【3】
「この辺りのはずなんだが……」
 次の日の朝。由代は手にメモ書きを持ち、自分の知らない町を歩いていた。その理由はもちろん、万年筆に宿った高林の家を探すためであった。
 昨日書いてもらった地図を見ながら、由代はきょろきょろと辺りを見回すと……
「ここか」
ふと目に入った表札に「高林」と書かれているのをみつけた。
 由代はドアの近くにあるインターホンに近づくと、ボタンを押した。
 ピンポーンという音の後、程無くして、はーい、という女性の声と足音が聞こえてきた。そして、ガチャリとドアが開かれる。
「どちら様でしょうか?」
 ドアの向こうから現れた女性は不思議そうに由代を見て問う。
「はじめまして、城ヶ崎といいます。静雄さんが亡くなられたと聞いて、遅ればせながら訪ねさせていただいたのですが……」
「父の友人ですか。わざわざいらしてくださって、ありがとうございます」
 出てきた女性は高林の娘だったようだ。少し驚いたような表情をうかべた後、丁寧に頭を下げた。
 中へどうぞ、と女性の誘導に従い、由代は高林の家へとあがる。純日本風の木造の家は、しん……と静まり返っている。
 少し歩いたところで女性は部屋の仕切りである障子を開けると、部屋に入り、仏壇の斜め横の位置に腰を下ろした。
 由代も続いて部屋に入り、そして仏壇の前に行くと線香に手を伸ばした。
 線香を手向け終わり、女性へ視線を向けようとしたそのとき、仏前に供えられている一冊の本が由代の目に入った。
「これは……?」
「それは父が生前に書いていた日記です」
 高林が言っていたのはこれか、と思いつつ女性に断ってから由代は日記を手に取ると、ぱらぱらと中身に目を通す。達筆な文字で日常の出来事が事細かに書かれているものであった。
「父は病気で寝込むまで毎日欠かさず日記をつけていました。ちょっとした出来事も全部書き留めていたようで……父が死んでから初めて日記を読んだのですが、わたしのこともたくさん書かれていて驚きました」
見てないようで見ていたんですね、と女性は悲しさと嬉しさの混ざった笑顔をうかべた。
「そうでしたか……」
「本当は父の愛用していた万年筆もここに供えるつもりだったのですが、あまりにも奇妙なことが起こるので、親戚の方がお祓いをしてもらおうと持っていってしまって……」
「奇妙な現象?」
 そういうことだったのか、と由代は女性の話を聞いて納得した。父の形見の品である物をなぜ娘が手放したのか疑問に思っていたが……親戚に持っていかれて、売られてしまい、あの店にあったのかと。
 そこまで考えてから由代は、万年筆の奇妙な現象について知っていたが、この家でどんな動き方をしたのか興味があったため、女性に問ってみた。
 すると女性は一瞬躊躇った表情を見せたが……実は、と話し出した。
「父の書斎に置いておいたはずの万年筆が仏壇の前にあったり……子供の言うことなので本当かどうかはわからないのですが、万年筆が勝手に動き出した、と……」
 由代は女性の話を聞いて、蓮の話の通りだったのかと満足し、女性に適当な言葉を返した。そして手に日記を持って考えだした。奇妙な現象はあなたの父が最後まで日記を書きたかったためだと女性に教えるか、教えないか。
 由代が何やら考え込んでいるのを見て、女性は邪魔をしない方が良いと考えたのか、お茶を淹れてきますね、と言って部屋から出て行った。
 女性が部屋から出たところで、由代は万年筆を胸ポケットから取り出すと、メモ帳に今のいきさつを書いて、万年筆に問いかけた。娘に今の状況を教えるか否か。
 万年筆は由代の言葉にしばらく考え込んだ様子を見せた後、「言わない方が良いと思います」と答えた。
 言わない方が良い理由を万年筆は言わなかったが、由代はわかった、と返信すると万年筆とメモ帳をしまった。女性が帰ってくる足音が聞こえたので。
 女性はどうぞ、と由代の前に茶器を置くと由代の手にある日記を見た。
「その日記帳も父が寝込まなければ最後のページまでちょうど埋まったはずでした。半端になってしまったのが少し残念で……」
「本当ですね……」
 万年筆が日記を書くことの出来なかった期間の日記を書きたい、と強く願っていたのはこのためもあるのか、と由代は日記の後ろのページ数を数えた。
 由代は少し考えた後、ここに来る前に考えていた事を口に出した。
「いきなり不躾な事を言うようですみませんが……少しの間、この日記をお借りできないでしょうか?」
「え?」
 突然の由代の申し出にやはり女性は驚いたようであった。目を丸くして由代を見ている。
「静雄さんから日記のことをよく伺っていたので、いつか実物を読んでみたいと思っていたんです」
 何のために、と目で問いかけられているのを見て、由代は用意しておいた答えを言ってみる。
 女性はしばらく逡巡していたが……由代を改めて見た後、わかりましたと頷いた。
「父も友人の城ヶ崎さんに読んでもらいたいと思っていると思いますから」
 笑顔でそう言う女性に由代はほっと安堵すると、ありがとうございます、と笑顔で返した。断られたときのための発言も用意していたのだが、必要はなかったようだ。
「では残りの日記もお持ちしますね。少しお待ちいただけますか?」
 決めたが早く、女性はすっと立ち上がり部屋を出て行った。

「ようやく家に着いたな……」
 あの後、女性は半年分の日記帳を持ってきてくれたのだが……流石に持ちきれないため、最後の日記を含めた五冊を借りてきた次第である。
 五冊の日記と言えども厚さがあるために重く、家に持ってくるまでに相当な苦労を要したようだ。由代の顔には苦笑がうかんでいる。
 そのまま玄関で休んでいても仕方ないため、由代はもう一度五冊の日記を持ち上げると書斎まで運んだ。
「すみません、ご足労いただいてしまって……」
「気にしなくていいですよ。それよりこれですか?最後の日記は」
 書斎の椅子に座ると、由代は胸ポケットから万年筆を取り出し、机の上に置いた。そして、万年筆が何かを書いている間に、五冊の日記の内の一つ、最後の日記を取り出して開く。果たして万年筆にこの日記が読めるかどうか疑問であったが。
 万年筆は少しの間逡巡していた様子だったが……何か意を決したように日記の開いたページの上に乗った。すると……
「懐かしいですね」
の一言を日記とは別の紙に書いて、再度日記の上に乗り、じっとしている。
 自分が書いたものだから読めるのか、それとも自分が愛用していた万年筆で書いたものだから見えるのか、その辺りに興味を持った由代だったが、おそらく真相はわからないだろう、と思いつつ、日記を読んでいたと思われる万年筆を手にとった。
「取り込み中のようですが失礼します。続きを書きたくなったら一筆言ってくれませんか。それまで僕は休憩することにするので」
 由代の言葉に万年筆は、「わかりました、ありがとうございます」と書くと、また日記を読み出したようであった。

【4】
 万年筆が由代のもとに来てから一週間が過ぎようとしていた。
「いよいよ最後のページですね」
「はい」
 由代の言葉に、万年筆はどこか緊張したような様子で返事をする。ようやく自分の遣り残したことが達成できるのだ、無理もないだろう。だが……少し寂しそうな感じも漂っている。
「由代さん、ここまで付き合ってくださってありがとうございました。何とお礼を言っていいのかわかりません」
「こちらこそ、いろいろと話を聞くことができて楽しかったです」
 さらさらと書き綴られるお礼の言葉に、由代も礼の言葉を返す。今日までいろいろと雑談をしてきて、ためになったことも多かったので。
 万年筆は由代の発言を聞いて嬉しそうにくるんと輪を描くと、言った。
「では最後の日記を書こうと思います。これ以外にもう思い残すことは無いので」
「わかりました。頑張ってください」
 由代がそう返事をすると、万年筆は最後の日記を綴りだした。

 どれぐらいの時間が過ぎただろうか?由代が見守る中、万年筆は最後の行へと筆を進めていき、そして……ぱたり、と日記の上に転がった。最後の一文字が書かれたために。
 ずっと様子を見守っていた由代は、日記の上に転がった万年筆をゆっくりとした動作で手にとると、別の紙にさらさらっと一つの文を書いた。「お疲れ様でした」と。もちろん、もう返事はないとわかっていたが。だが……
「本当にありがとうございました、由代さん」
「!?」
突然由代の目の前に年配の男性の姿が現れると、声と共にお辞儀をし、すぅっと空気に溶け込んでいった。
 突然の出来事に由代はしばらくの間、その場から動くことができなかった。驚いたためもあるが……生前の姿だったと思われる、高林の姿を、笑顔を見ることができたために。
 由代は万年筆を机の上に置いて一息つくと、高林が仕上げていった日記を手にして満足そうな笑顔をうかべた。

 翌日。高林家の仏壇には完成した日記と、静雄が最後まで愛用していた万年筆が揃えて供えられたのであった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男 / 42歳 / 魔術師】

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■         ライター通信           ■
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  はじめまして、月波龍といいます。
  まず始めに、納品が大幅に遅れてしまったことをお詫び申し上げます。
  予定よりも長い作品になりました。万年筆と由代さんのやり取りを書くのが楽しかったです。
  至らなかった点もあると思いますが、少しでも気に入っていただければ幸いに思います。
  また機会がありましたらよろしくお願いします。