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隣に立つ人
勇愛の家の神社の境内で、くるみはひとり剣を振るっていた。
つい先日手に入れたばかりの武器。くるみのピンチを救い、勇愛を助ける力となってくれた剣だ。
あの時は確かに、強い力になってくれた。
けれどあれ以来一度たりとも、剣はその役目を果たさなかった――紙すらもまともに切れない、そんなありさまなのだ。
とはいえ、元来がどちらかといえば戦いとは遠い場所にいたくるみは、その事実をそう深くは考えていなかった。
武器を手に入れたということだけで、勇愛の力になれると思っていたのだ。
だが。
「もう仕事にはついてこないでね」
つい、数日前のことだ。
勇愛に呼び出されたくるみは、そんなことを言われた。
「どうして!?」
前々からついてくるなとは言われていたが、それでも大概、最後は折れていれくれたのだ。
武器を持っていなかったころならまだしもなぜ、今?
「前回の事件のこと、忘れたわけじゃないでしょ?」
「それなら、剣があるもの。大丈夫!」
その前回の事件で、くるみは剣を手に入れたのだ。確かに危ないこともあったけど、最終的には、剣はくるみたちを助けてくれたではないか。
くるみの反論に、勇愛は大きなため息をつく。
「でもあれ以来、剣の能力は発動できないし、紙すらも切れないでしょう?」
「それは……」
勇愛の言葉は正しい。
正しいからこそ、くるみはその時は、引き下がった。
けれどただ引き下がるつもりなど、カケラもなかった。
ゆえにくるみは、剣の特訓を始めることにしたのだ。
いくら広いとはいえ自宅では少々問題があるため、勇愛の家の神社の境内を借りて。
幸いにも勇愛の母親はくるみの特訓に反対する気がないらしく、くるみの特訓にいろいろと協力をしてくれている。
現在くるみの特訓相手になっているのも、勇愛の母親が作ってくれた霊力の塊だ。
あの時……剣は、敵の妖力を吸い取って力にしているようだった。
その力を使いこなせるようになれば、もっともっと、勇愛の力になれる。勇愛の危険を減らすことができる。
今までは、察知能力を理由に無理やりついて行っていたが……いや、勇愛の性格を考えれば、力を得てもやっぱり、無理やりついていくことになるのかもしれないが。
無理やりだろうがなんだろうが、一緒に行く以上、守る力は少しでも多いほうが良い。
これまでは守られてばかりで、戦闘に関しては足手まといになることの方が多かったが、この剣を使いこなせれば……戦闘面でも、勇愛を助けることができる。
「がんばろう〜!」
なかなかうまくいかない特訓に疲れつつも、くるみは自身に宣言した。
* * *
窓から外を眺めて、少し視線を下に向ければ、境内で剣を振り回しているくるみの姿が目に入る。
くるみの必死の様子を見ながら、父から言われた言葉を思い出す。
あの剣は、むかし父が追ったとある事件の時、ターゲットとなっていた組織が保持していたものだそうだ。
出所は不明。
またあの剣は特定は波長を持っているのか、誰にでも扱えるものではないらしい。
それだけではない。蔵と剣には、強力な封印が施されていた。……にも関わらず、くるみは蔵の中からそれを持ち出してきているのだ。
おそらく。
くるみは感知能力だけではなく、他に隠された能力があるだろう。
父は、そんなふうに言っていた。
「隠された、力……」
それが悪いとは言わない。
けれどそれがなければ、くるみが戦う術を持つことはなかったはずだ。
戦う術を持つということは、身を守る方法を得ると同時に、危険に近づくということでもある。
「勇愛ちゃん?」
開いた扉に、勇愛はぱっと背後を振り返った。
「ノックしたんだけど……」
「ごめんなさい。考え事をしていたから」
笑みとともに返すと、くるみもにこりと笑顔を見せる。
「疲れたよ、勇愛ちゃん〜」
パタパタと小走りに近づいてきたくるみは、勇愛が返事をする間もなく抱きついてきた。
甘えたくるみの様子に思わず、手が伸びる。
大切な大切な彼女が。一生懸命にやっていることを、手伝いたいと、思う。
その先にあるものを考えなかったわけではないけれど、頭に浮かんだ時にはもう、声にしていた。
「前に使った時のこと、覚えてる?」
頷いたくるみの頭を撫でながら、続ける。
「その時のことを思い出して。そうすればきっと、使えるよ」
「勇愛ちゃん……。うん、ありがとう。やってみるね!」
すぐにも境内に飛び出していこうとするくるみを追いかけて、勇愛もともに外へと向かった。
くるみは剣を手にして、静かに、前を見据えていた。
訓練用のターゲットである、霊力の塊を見つめて、静かに意識を集中している。
剣に据えられた赤い宝石が次第に、光を帯び始める。
「えいっ!!」
振り下ろされた剣が、見事に霊力を吸収し、同時に霊力の光を切り裂いた。
「やったーーーっ! やったよ、勇愛ちゃんっ!」
くるりと振り返るが早いか、くるみが勇愛に抱きついてくる。
「勇愛ちゃんのおかげだよ。ありがとう〜」
本当に使えるとは、思わなかった。
いや、思わなかったわけではない――けれど、こんなにあっさり使えるとは思わなかった。
「これだったら大丈夫でしょ? これからも一緒に行くから、ね!」
仕事についてきて欲しくはない。
くるみに危険なことはして欲しくない。
そう考えているはずなのに……なのに、くるみのその言葉は、なぜだか少し、嬉しかった。
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