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想いの数だけある物語
――イヤこれは幾ら何でも道徳上マズイでしょう！
四方神結は荒地に佇み、空を見上げていた。
陽光は厚い雲に遮られ、少女の気持ちを鏡に映したかのように、どんよりとした曇り空だ。吹き荒ぶ風にスカートと赤いリボンで結った長い後ろ髪を揺らし、未だあどけなさの残る風貌は憂いを浮かび上がらせている。そんな彼女の背中に気さくな男の声が飛び込む。
「おい、こんなとこに立ってたらスカートの中が下から丸見えだぜ？」
「えっ！？」
結は慌ててスカートを押さえると、眼下に黒い瞳を向けた。視界に広がるのは倒壊した町の跡だ。何らかの地殻変動に因るものか、少女の立つ先に地面は無く、深く沈み込んでいたのである。当然、彼女とて訪れて直ぐに見た訳だから知らない訳がない。ただ、滅んだ町跡から視線をあげ、空を眺めていたから、その事実を忘れていたのだ。尤も、だからと言って下からスカートの中を見上げる者など皆無なのだが‥‥。頬を愛らしく膨らまし、肩越しに振り向くと抗議の瞳を向ける。
「もぉ、誰も覗く訳ないじゃないですか！」
「そうか？ こんな風除けもない荒野に突っ立ってたらよ、勢い良く捲れ上がる様子が見えたけどな」
風に優麗な銀髪を揺らし、リュークスは端整な風貌に悪戯っぽい笑みを浮かべた。少女は頬を染めると、慌ててスカートの尻を押さえて踵を返す。
「‥‥み、見たんですか？」
「気にするなよ、減るもんじゃないぜ？」
「気にしますよ！ もぉ、リュークスさんとなんか出会わなきゃ良かったです」
「そりゃないぜ。二人だったからここまで来れたんじゃないかよ」
確かに、あのままだったら――――。
■だから私は――ｔｒｉａｎｇｌｅ ｒｈａｐｓｏｄｙ＜旅の果て編＞
少女は一人、荒い息を吐きながら闇の中を駆け抜けていた。
黒いポニーテールに弧を描かせ、背後を振り向く。視界に映るは夥しい数で迫る巨大な昆虫の化物共だ。その中には空中を滑空し、複眼に映る得物へと強靭な顎の洗礼を叩き込もうと、結を目掛けて急降下するモノもいた。
「ハァ、ハァ、魂鎮めッ！」
刹那、急降下した蜻蛉の化物が少女を目前にして失散する。緑色の体液と赤黒い肉片が結を中心として球状に滴り落ちてゆく。ふと、走り続ける彼女の肌に、化物の体液が飛び散っていた。
「え？ れ、霊力が、弱くなって、来ているの？ はッ！」
息を弾ませる少女の前方で、大地が砕けると共に百足のような化物が姿を現わす。結は両足に力を込めて立ち止まると、左腕を前に突き出し、青白い光の粒子が手の中を流れてゆくと共に半透明の弓を模る。疲労の浮かぶ端整な風貌の中、瞳を研ぎ澄まし、声を紡ぐ。
「‥‥魂裂きの矢ッ！」
弓から一本の矢が放たれ、それは百足の化物を目前にして幾つもの細い閃光と化し、平べったい躰に鉄槌を下した。少女は次の呪文『魂鎮め』で降り注ぐ肉片と体液から身を防ぐ、が――――。
「え？ 封印術が‥‥き、きゃあぁぁッ！」
既に幾多の激闘を繰り返し、霊力は悲鳴をあげていたのだ。彼女を護る結界は能力を果たせず、濁流の如き、夥しい化物の躯が降り注ごうとしていた。脳裏に一枚の置手紙が浮かぶ。
――こんな事なら、逃げ出さなきゃ良かった‥‥でも‥‥。
「疾風怒涛ッ！！」
突如、少女の頭上を突風が吹き抜け、体液と肉片が吹き飛ばされた。諦めていた瞳をゆっくりと開く中、再び男の声が飛び込む。
「こっちだ！ 早くッ！」
そう。これがリュークスさんとの出会い――――。
「しかしよ、結は物好きだよな」
リュークスの声に少女の記憶は現実へと引き戻された。
「え？ どうしてですか？」
「自警団の組織された街にいたんだろ？ 普通、この世の中で離れたりするかよ？ 俺だったら意地でも街から離れたりしないぜ？」
「う、うん‥‥」
――何も言うな。おまえの気持ちは俺が受け止める！ だから今は、何も言うな！
――女同士ですもの、結さんを見ていれば、分かるわ。夫に好意を抱いているのね‥‥。
結は俯くと肘を抱き、瞳を閉じて身を固めた。
自警団の隊長は奥方様がいるのに三角関係になったなど言える訳がない――――。
「まぁ、言いたくなきゃ構わねぇがよ。何か悩んでんなら相談に乗るぜ？」
「‥‥うん、ありがとう」
――時折垣間見せる彼の優しさが救いだった。
「本当だぜ？ 悩んでいるなら言えよな。言った方がスッキリするって！ なぁ？」
――こ、この人‥‥なに瞳を好奇心で爛々とさせて‥‥前言撤回ッ！
「リュークスさんには、ぜーったい教えてあげませんッ！」
ぷいッと顔を背けた時だ。少女は瞳を見開き、眼下の一点に視線が絞られた。結は戸惑いながらもリュークスを呼び、ゆっくりと指先を向ける。
「あれ、研究所、ですよね？」
「あん？ あぁ、間違い無いぜ！ すげぇな、この廃墟で独特の建物は健在かよ」
――研究所。
地上に溢れ、人類を脅かす実験生物に、力が無い者達でも対処する手掛かりがあるかもしれない。でも――――。
「よしッ、行ってみようぜ」
「え？ 待って下さい！ もう直ぐ夜ですよ！ モンスターが活動する刻です！」
結は慌ててリュークスを止めた。しかし、彼は相変わらずの微笑みを浮かべると、「なら収穫を待ってな。食事なんか用意してくれると嬉しいぜ★」なんてウインクしながら告げると、そのまま駆けて行ってしまったのである。もう、空は茜色に染まっているというのに‥‥‥‥。
「遅い‥‥遅すぎます‥‥」
結は膝を抱えて彼の帰還を待ち続けていた。既に夜の帳は降り、周囲には昆虫の化物の蠢く耳障りな音も聞え、廃墟の奥深くに身を潜めていても不安が胸を絞め付ける。少女は焚き火に砂を掛け、腰をあげた。
「やっぱり、私も行ってみよう」
霊力は回復している。結は胸元に両手を当て、静かに瞳を閉じると、霊との交信を試みる。リュークスの居場所が予め分かっていれば研究所内で無駄な霊力を使わずに済む。
「‥‥分かりました。有り難うございます」
黒い瞳を研ぎ澄まし、少女は研究所へと急いだ。迫り来る昆虫の化物を次々と血祭りにあげ、一際目立つ建造物に身を滑り込ませた。そこは完全なる闇の中。しかし、ライトを照らす事は命取りだ。結は再び霊との交信を行った。
「え？ 危険、ですか？ ‥‥っ！？」
刹那、物音が天井から響き渡った。少女の瞳に映るのは落下して来た黒い塊だ。彼女の霊能力は複数を一度に行使する事が出来ない。僅かなタイムラグに強襲され、結は短い悲鳴と共に巨大な塊に覆い被された。シャカシャカと動く巨大な触覚と強靭そうな大きな顎が映る中、黒い塊は口から粘液を滴らせ、小さな躰を汚してゆく。不意に甘い香りが漂い、意識が朦朧として来た。
「あれ？ これって‥‥身体が、動かな、い‥‥」
●死を覚悟した刻
――い、ゆい‥‥おい、結‥‥。
「‥‥ガゾック、様？」
小さな呟きと共に意識を取り戻すと、視界にぼんやりと映ったのはリュークスの姿だ。少女は慌てて視線を逸らし、聞かれていまいかと焦った表情を見せる。だが、反応が無い所を見ると、聞かれていないようだ。安堵の息を洩らした刹那、自分の置かれた状況を理解した。壁に背を預け、腰を降ろした状態なものの身動きが取れない我が身。そして、闇の中で淡い光を放つのは、身体中を汚した化物の粘液だ。
「‥‥ごめんね。助けに来たのに捕まっちゃって」
視線を逸らしたまま、結は力無く青年へと謝った。フッと彼が笑みを浮かべたような気がする。ずり、ずり、と壁伝いに耳障りな音が響き、少女はゆっくりと瞳を流す。視界に映ったのは、同じく身動きが取れないままのリュークスが粘液で拘束された両足を掻いで近付いて来る姿だ。
「ち、ちょっと、何を‥‥」
思わず素っ頓狂な声をあげ、結は青年を見つめた。ずり、ずり、と尚も近付き、遂に肩が触れ合うと、リュークスが穏やかな微笑みを浮かべる。
「死ぬ気はないが、どうせ死ぬなら最後は甘いムードで死にたいね」
「はぁ？ からかわないで下さい‥‥って、なに？ あの〜」
そのまま青年の顔が近付き、息すら感じられる距離まで迫った。ふわりと彼の銀髪が揺れると共に瞳を閉じた甘いマスクの唇が触れようとする。結は戸惑いながらも瞳を閉じた。
このまま死んでしまうなら望みを叶えてあげても――――。
刹那、轟音と共に前方の壁が砕け散った。僅かな灯りが洩れ、閉じ込められていた室内にコンクリートの破片と埃が舞い漂う。人影の肩に装着されたライトが少女を照らし、結は眩しさに瞳を細めた。
「‥‥四方神？」
懐かしい聞き慣れた低い男の声が飛び込んだ。
「‥‥ガゾック、様？ ‥‥どうして」
「どうしてじゃない！！ 探したんだぞ！ ったく、勝手に飛び出して餌にされちまいそうになるとはな！ シャイラだって心配しているんだぞ！ どうしておまえはッ」
――奥方様が？
ブンブンと結の身体を揺らし、ガゾックは怒りを露に声を響かせた。少女は夢でも見ているかのように呆然とする中、口を開いたのは傍で苦笑するリュークスだ。
「取り込み中に悪いんだけどさ、助けるなら急いでくれるかな？」
刹那、褐色の肌に浮かぶ眼光が鋭さを増す。
「‥‥四方神、誰だこの男は？」
「あぁ、気にしないでくれ。俺は結を助けた旅の道連れだからさ」
「ゆ、結だと？ 何を気安く名前で呼んでいるんだ貴様は！ 四方神、おまえもおまえだ！」
――ガゾック様？
遂には両手で二人をそれぞれブンブンと揺さぶる始末だ。流石は屈強な豪腕といった所か。しかし、何時までも叱られている場合ではない。
「‥‥ガ、ガゾック様、モ、モンスターは？」
「粗方始末した。兎に角、脱出するぞ。いいか、未だ日の出まで間がある。一気に街まで駆け抜けるぞ！ 貴様も力があるなら四方神を守りながら付いて来い！」
三人は夥しい屍の連なる道を、更なる屍を積み重ねて自警団の組織された街まで駆け抜ける。ガゾックは体力に限界が無いかの如く、長剣を薙ぎ振るい捲り、ここぞというタイミングでリュークスが一撃必中の技を叩き込み、結は霊力を駆使して化物達に洗礼を浴びせた。朝日が昇り始めた頃には誰もが疲労を感じていたが、街までの道程は安全だ。次の夜までに無事辿り着いたのである。
●噛み始める四つの歯車
「結さんッ！」
シャイラは強制送還された少女を瞳に映し出すと、たおやかな身のこなしで走り込んで来た。長い金髪が舞うと共に力強く抱き寄せ、結を母性の象徴がぎゅッと絞め付ける。
「心配したのですよ！ 何も言わずに出て行くなんて酷いじゃありませんの！ 気に病む心は分かります。でも、だからって‥‥」
しなだれ掛かるようにシャイラが優麗な肢体を崩すと、結もそのまま膝を着いて身を任せた。嗚咽を洩らし、気品漂わす風貌をクシャクシャにする若い女に、少女は素直に謝る。
「ごめんなさい‥‥居た堪れなくなって‥‥」
「これ以上は何も仰らないで良いのよ。だから、もう居なくなったりしないで」
――こんなに心配してくれるんだ‥‥。私の気持ちを知っているのに‥‥。
一頻り泣き終えると、シャイラは聖母のような微笑みを浮かべ、リュークスを暖かく迎え入れてくれた。ガゾックも道中で彼の能力は評価できると自警団に招き入れたのである。
「リュークスさん、良かったですね。あなたが望んだ安全な街ですよ」
結が青年へと顔を向けると、彼はニヤニヤと微笑みながら、シャイラを瞳で追っていた。次第に少女の顔色が訝しげに変容する。
「‥‥リュークスさん？ 何を見ているんですか？ 視線が卑らしいですよ？」
「美人の奥方もいいな♪」
――はい？ あの時の行為は、やっぱりからかっていた？
結が唖然とする中、青年は少女に瞳を向けて微笑む。
「おいおい、なんて面してやがんだよ。あの夜も本気だぜ★」
スルリと首を滑り込ませ、リュークスは少女の頬に唇を当てると、そのまま走って行く。彼が向かった先はシャイラが消えた角。残された結は頬に手を当て、ただ呆然と立ち尽くすのみだ。
「おい、四方神！」
「は？ はい、ガゾック様ッ！」
その後、結は散々ガゾックに叱咤された。尤もな言葉の数々にただ俯いて詫びるしか術が無い。暫らく隊長の室内で少女が耐える中、壮年の男は精悍な風貌に困惑の色を見せる。
「‥‥なぁ、‥‥結、と呼んでも構わないか？」
「はい？ あ、構いませ‥‥ッ」
刹那、ふわりと結のポニーテールが揺れ、力強い腕に抱き寄せられた。
「無事で良かった‥‥結‥‥」
――！？
窓に気品あるたおやかな女性と見目麗しい青年が映り、少女は咄嗟にガゾックの背中に両手を回す。抱き締められている事に対する胸の高鳴りとは別の感覚が結を襲っていた。
――なに？ これって四角関係！？ そんなつもりじゃなかったのに‥‥！
窓一枚を隔てた二つの空間で、歯車はゆっくりと噛み合い、動き始めようとしていた――――。
「‥‥はい、結さん☆」
カタリーナは瞳を開くと、胸元に当てた一枚のカードを結に差し出した。
「結さんの履歴を更新いたしました。『世紀末の中、三角関係を苦に自警団を離れて旅立つ結。道中知り合った青年と研究所へ向かうものの捕われの身に。自警団隊長に救われるが、青年、隊長の奥方、隊長、結の想いが交錯する中、今度は四角関係！？』って感じです☆」
相変わらずな履歴ですね‥‥。と言うか、どろどろ？
「はい、ありがとうございます。なんか、更に泥沼って感じですね」
流石に二度目となると、何となく慣れたような気がするが、微妙な履歴の刻まれたカードを眺め、頬を染めて苦笑して見せる。
「それでは、結さん、ごきげんよう☆」
カタリーナが微笑む中、次第に大きくなる眩い閃光に、結は瞳を閉じた――――。
＜自警団を続ける＞ ＜目を覚ます＞
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
【3941／四方神・結／女性／17歳／学生兼退魔師】
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■ ライター通信 ■
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この度は継続発注ありがとうございました☆
お久し振りです♪ 切磋巧実です。
いかがでしたでしょうか？ 今回のＥＤ曲が被る部分を想像してみて下さい（笑）。しかし、まさか四角関係になってしまうとは！？ というかトレンディドラマまっしぐらですね。この関係をガゾックが知ればリュークスはどうなるのか？ いや待て、ガゾックだって潔白な訳じゃないぞ！ というか結さんはどうする！？ サブタイトルこのままだけど、「とらぷ」でいいのか？（笑）。
今回の霊力低下と戦闘シーンの能力発動演出は、物語世界の中と解釈して下さいね。
お気に召しましたら是非、続編をカタリーナにお聞かせ下さい。勿論、別の世界で物語を綴るのも自由です。
楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
それでは、また出会える事を祈って☆
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