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<東京怪談・PCゲームノベル>


止まない雨〜渦

 雨は嫌いではない。自身が水気を帯びているからだろうか、むしろ心地良いくらいだ。けれど・・・この雨は違う。重苦しい負の気を含み、濡れた体からわずかだか気を奪う。
 どこかで水気が穢されている。
 アルスーンの名において・・・いや、退魔師・天城鳳華の名において元凶を絶たなくては。これ以上、人々に害が及ぶ前に。





「へぇ〜陰陽のバランスが…」
 道場で一汗流してきてスッキリしたのか、ずいぶんと明るい表情で玉鈴が言った。
「そう。水の気がけがれて、陰の力が強まったんだ」
 緋翠はそう言うとおもむろにテーブルの上のコップに水を注いだ。皆の視線が集まる中、風もないのに水面はうごめき陰陽の印えお結んでいく。池に浮かんだものと同じく奇妙に歪んでいた。
「へぇ。こんなの初めて見た」
 感心する玉鈴。その隣で、晶も興味深そうにコップをのぞきこんでいる。元々「そっち」の方面には疎い二人だから、はっきりと目に見える現像が珍しいのだ。
「喜んでる場合か。お前らの目でも紋様がわかるくらいにコトが進んでるんだよ」
「あ、そうか」
「で?緋翠はどうしたいんだ?」
「もちろん、出動する。理由がわかってるんだ、対処するべきだろ」
 途端に、晶の口から盛大なため息が漏れた。
「…タダ働きかよ〜」
「仕方ないだろ。誰かが依頼してくるの待ってたら、その前に日本が沈没しちまうぞ」
「へいへい…」
「ところで緋翠、どうやってその水の気を祓うんだ?」
 玉鈴の問いに、緋翠はう〜んとうなった。
「それなんだよなぁ。俺の力じゃ日本全国なんて広範囲をカバーできないし」
「それ、取れば?」
 左腕のバングルを指すと、彼はまた困った顔になった。
「バカ、そんなことして暴走したらどうすんだ。誰が止めてくれるわけ?」
 確かに、その戒めのバングルを外して自身の力を解放すれば、穢れの元を特定するなんて簡単かもしれない。けれど自分で制御できないのに、その後のことまで責任をもてない。以前に開放したときだって、再びバングルを付けるのにどれだけ苦労したことか。
 ――とはいえ、このままでは埒が明かない。どうしたものかと思ったその視界に、ふっと瑠璃が入った。
「瑠璃」
「?」
 ツカツカと彼女に近付き、その手を取り指を絡ませる。瑠璃はキョトンと緋翠を見上げている。
「ちょっと、『力』借りるよ」
 その言葉にうなずいて、瑠璃が目を閉じる。緋翠も目を閉じた。
 絡まった指から『力』が伝わって、今までより強い『力』になる。体が熱くなって、けれど頭は冴えてきて。閉じたまぶたの奥に、うっすらと何かが見えてくる。もう少しでハッキリと見える・・・という所で。
「何やってんだお前らぁぁ〜っ!!」
 晶の飛び蹴りが炸裂して・・・全ては霧散した。
「てめっ・・・緋翠!俺がちょっとトイレに行ってる隙に俺の瑠璃ちゃんに手ぇ出すとはいい度胸じゃねぇかっ!!」
 しっかりと腕に瑠璃を抱き込んで晶がわめく。たまらないのは緋翠だ。もう少しで穢れの元が見えたのに邪魔されて、おまけに飛び蹴りまで喰らわされて。
「だーれがお前の、だ!せっかくもう少しだったのに!!」
「もう少しで、何だよ?まさかちゅーしようかと思ってたんじゃねぇだろうな!そんなこと許さねぇぞっ!!」
「ちがーうっ!!」
 ギャンギャンとわめきだした晶と緋翠から離れて、瑠璃は玉鈴の隣に移動した。彼は苦笑を浮かべつつ二人を見ている。
「瑠璃も大変だな」
「そうでもない」
 あっさりと答える瑠璃。ふと、何かに気付いたように目を開き・・・急に玄関へと向かった。
「瑠璃?」


「・・・ここか」
 突然、一瞬だけ発せられた強い『力』の発生源。
 ごく普通の民家の前に立ち鳳華は眉をひそめた。今も確かにこの家から気は感じるが先程に比べるとずいぶん弱くなっている。奥の方から叫び声というか、争う声も聞こえる。何か、起きているのだろうか?
「・・・・・・・・・・・」
 かすかな、けれど人間にしては強めの「気」が近付いていく気配を感じた。誰か、出てくる。


 家の外に強い気を感じる。この強さは人間のものではない。一体何がそこにあるのか?確かめるべく扉を開けた瑠璃の顔面は、一瞬にして水びたしになった。
「!?」
 目の前にはこちらに手の平を向けて立っている銀髪の女性。その瞳から、彼女が少なくともこちらに警戒心を向けているのはわかった。
「・・・・・・・・・」
 瑠璃もそっと、脇に立ててあるほうきを手に取った。


「ん?なんか聞こえないか?」
 玄関の方から、音が聞こえる。バシッとかドカッとか、あまり穏やかでない音だ。
「そういえば、瑠璃が出てって、まだ戻ってきてないな」
「・・・・・・・・・」
 嫌な予感がして外に出る。すると。
「あっ!?」

 
 
 瑠璃と銀髪の女性が雨の中で戦っている。瑠璃は武器にしているほうきを持っているし、彼女も剣を構えている。それも、尋常じゃない力を秘めた。
「あ〜っ!てめ、何してやがるっ瑠璃ちゃんに手ェ出すなん・・・ムガッ」
 またもわめいて場をめちゃくちゃにしそうな晶の口をふさいで、こちらを睨みつける女性を緋翠をキッと見つめ返した。
「おーい、これ以上その子に傷を付けようもんんあっら、この野獣が黙ってないぜ」
「・・・・・・・・・・・」
「どーゆう経緯で戦っているからは知らないけど、お互いに武器は置け。話し合おう、高等生物らしく」
「・・・・・・・・・」





 居間に通して、髪を拭くためのタオルと温かいコーヒーを差し出すと、鳳華は小さく「すまない」と言った。
「強力な『力』を感じて立ち寄ってみたら・・・誰か出てきて驚いて、とっさに仕掛けてしまった」
「気にしてない。僕も驚いたし」
 瑠璃の言葉に、鳳華もフッと微笑んだ。
「それで・・・何してたんだ、あんたは?」
 緋翠が問う。
「仕事をしようと思って。僕の水をこのまま穢されたままにはできないから」
「あんた・・・退魔師か」
「へぇ、よく知っているね。さすが、裏世界にも通じているだけのことはある」
「なんだと、ケンカ売ってんのかっ」
「晶、お前は黙ってろ話がややこしくなる」
 初対面の女性にバカにされたのが気に入らないのか、年下にたしなめられたのが気に入らないのか、晶はふくれっ面になっいぇ瑠璃の隣に腰かけた。
「場所、わかるのか?」
「もちろん」
 緋翠の問いに軽くうなずくと、鳳華は両手を前に差し出した。差し出された両手の平に、小さな水玉がいくつも生まれる。フワフワと浮かび上がったそれは淡く発光しながら宙を舞い、やがて一つの大きな水の球へと収縮していく。
「うわ〜・・・」
 誰からともなく、少し間の抜けた感嘆の声が漏れた。
 水球の中心に、黒く淀んだモノが生まれる。それは球の中で螺旋を描き、少しずつ球の中を侵食していく。やがて水球は全て淀んだ水にむしばまれ、最後にパチンと弾けた。
「・・・・・・・・・」
 鳳華の言葉を待つ四人を尻目に、彼女は顔色一つ変えず立ち上がり、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「・・・ここは、何でも屋だったね」
「そうだけど」
「それでは、依頼しよう。内容は、東京タワーまでの同行及び、水気の穢れを祓う手伝い。メンバーは」
 彼女の白く細い指が、ゆっくりと2人の少年を指差す。
「その2人」
「えぇっ!?」
 指名された2人は、あからさまに嫌そうな反応を返した。無理もない、だって指名されたのは緋翠と・・・そして、晶だったのだから。
「なっ・・・なんでこの組み合わせなんだよ〜!?こんなムカつく野郎と一緒なんて冗談じゃないぜっ」
 晶が叫べば、緋翠も黙っていない。
「それはこっちの台詞だ。こいつバカだからなんの役にも立たないぞ?天城さん。置いていった方がイイと思うけど」
「それは依頼主が決めること。つべこべ言わないで、来なさい」
「・・・・・・・・・・」





 東京タワーは、奇妙な程に静まり返っていた。この辺りは他の場所よりも雨量が多かったらしく、水は膝まで来ている。この状況では客も見込めないと踏んだのだろう、休日の昼間にもかかわらず休業の札が出ていた。
「あいかわらず、たっけぇなぁ・・・」
「やめてくれ、晶。田舎くさい」
「うっせぇな」
 鳳華はそんな2人を無視して、どんどん建物に近付いていく。ガラス戸から見える部屋の中は、電気も点いておらず薄暗い。当然のことながら、鍵がかかっていた。
「どうすんだ?」
「好都合だ」
 ペタリと、右手がガラス戸につけて目を閉じる。ジワリと手の平が熱くなったかと思うと、向こうでカチリと音がした。何事もなかったかのように戸を開けて中へ入っていく彼女の後ろ姿に、2人は目を白黒させた。
「何をしているの?早く来なさい」
「はっはい〜」
 降り続く雨と、重く垂れ込めた雲で、今の東京の空は昼でも薄暗い。それも照明の点いていない室内となれば暗さは倍増だ。展眺台の、静寂と暗さはそれだけで心を不安にさせた。
「不気味・・・だなぁ・・・」
 しみじみと、辺りを見回しながら晶が呟く。奥にあるろう人形館の入り口も薄暗くて、ただでさえ一種のお化け屋敷のようなそこが、正真正銘のお化け屋敷に思える。
 入り口に飾られている血の通っていない、有名人の顔をマジマジと眺めた。本当に、人間そっくりである。
「この辺りが、一番強い霊力を感じる。きっとどこかに、穢れの中心がある」
 鳳華が呟き、その付近を探し始めた。2人もそれを真似て探索を開始する。静かなその空間に、雨の音だけが響く。時折、遠くの方から雷の音も聞こえた。
「・・・・・ん?」
 ふと、それが緋翠の視界を掠めた。窓近くの、手すりの上。木彫りの人形・・・いや、菩薩像が置かれていた。子供の忘れ物・・・にしては、その菩薩像はあまりにも神に似ている。
「なんでこんな所に・・・」
 軽い気持ちで取り上げた。瞬間。
「!!」
 すぐ近くで、大きい稲光、そして雷鳴。一瞬館内も明るくなった。
「す・・・げぇ音〜・・・」
「落ちたかな、今の?」
「ちょっとビックリした・・・・・」
 全員の視線がおもわず窓の外に移る。断続的に雷は響いている。
 完全にそちらへ意識が向いていたから、さすがの晶もその気配には気付けなかった。ガタリと、背後で重いものが動く音がして振り返ると。
「うわっ!?」
「晶!」
「!!」
 歴史的大スターが・・・いや、その姿を模したろう人形が、晶へ襲いかかってきたのだ。固いろうで作られているはずなのにその動きは素早く晶の動きを封じ込め、首へと手を伸ばしてくる。
「くそっ・・・なんだコレ、離せっ!!」
「ったく・・・世話が焼ける・・・!」
 鳳華が目を細め、どこから出したのか剣を構える。そのまま滑るようにろう人形たちへと歩み寄りその体を一体残らず切り裂いた。バラバラと崩れ落ちる残骸の中心で、晶が失いかけていた空気を必死に取り戻していた。
「大丈夫?」
「サ・・・サンキュ、天城サン。びっくりした〜・・・なんなんだよ、今の?」
 気付けば、ろう人形館の中からも、ガタゴト音がしている。今の様子から考えるに、ろう人形たちが動き出しているのだろう。
「うわっ!?」
 今度は窓際の緋翠から悲鳴が上がった。そちらに視線を向けて、2人は息を呑む。
 淡く発光しながら宙に浮く菩薩像。そしてその背後の窓の向こう。まるで洗濯機の水槽の中のように水が激しく渦を巻き、今にもガラスを破ってこちらへ入り込んできそうなくらい荒れ狂っている。
「ひ・・・緋翠!なんだよそれ!説明しろよ!!」
「できるわけないだろ!こっちが聞きたいって!!」
 物言わぬ菩薩像。けれどその背に背負うどす黒い渦と重苦しい空気が、まるで彼女の怒りを表しているかのように思えた。
「・・・なるほど」
 鳳華が呟いた。
「水気の穢れの原因は、それか」
 神聖なはずの菩薩像がまとう、強烈な負の気。それが水気を狂わせているのだろう。原因さえわかれば話は早い。
「祓うぞ、緋翠」
 剣に気を溜めつつ鳳華が声をかける。緋翠もうなずき、ポケットから札を取り出した。
 2人の正の気に警戒したのか、菩薩像は光を強め、水の渦がガラスを破らんと体当たりをしかけてきた。
 幾体ものろう人形たちも、とうとう入り口を抜けロビーへと出てきた。標的はもちろん、鳳華たちである。
「うわわ、来たっ!」
 晶の声がうわずる。
「鳳華さん、晶、俺が呪を唱える時間稼ぎを・・・!」
「了解」
 2人はうなずき、向かってくるろう人形たちへと構えた。その殺気に気付いたのか、彼らはいっせいに飛びかかってきた。驚くほどの俊敏さで。
 もちろん、それでも戦闘体勢に入っていた2人には大した敵ではない。鳳華は次々と斬り伏せ、晶も殴り飛ばしていく。誰一人、奥で術を結んでいく緋翠には近寄れない。
 突然、ミシッという音が聞こえて鳳華が振り向く。強烈な渦の衝撃に耐え切れなくなってきたのだろう、大きなガラス窓にヒビが入ってきていた。
『―――まずい・・・・』
 まだ緋翠の術は歓声していない。今のこの無防備な状態であの渦に襲われたら・・・。
「晶、ここは任せた!」
 ろう人形の相手は晶に委ねて、素早く緋翠の元へと駆け寄る。彼女が彼の傍に到着するのと同時に、ガラスが音をたてて砕け、大量の水が流れ込んできた。
「――――――――!!」
 一瞬、彼女の瞳に強い光が宿り、次の瞬間に濁流はろうのように固まった。もちろん、誰も流されてはいない。
「・・・っいくぜ、天城さん!」
「やっとか・・・遅い!」
 緋翠のそのかけ声と共に、鳳華も大きく剣を振り上げた。
「化け物め、浄化しろぉっ!!」
 緋翠のかざした札から、鳳華が振り上げた刃から、光の洪水が生まれた。その洪水はあっという間に濁流も、ろう人形も、そして菩薩も飲み込んでいく。
『ギャアアアアア!!』
 耳をつんざくような、悲痛な叫び声がどこからか響き、菩薩像の体に大きなヒビが入った。
『オル・・・オルェェ・・・!!』
 恨みがましい声と共に、像が木屑へと崩れ落ちていく。全てが粉へと変化して、そして・・・後に静寂が残った。
「や・・・やった・・・」


 一件落着!と喜んでいるわけにもいかなかった。なんせ、観光名所東京タワーは大きく窓が割られ、ろう人形館の人形たちは無残に壊され、あまつさえ水浸しになっているのだ。
 こんな所にいるのを誰かに見られては困る。三人は、一週間ぶりに晴れてきた空をむしろ避けるかのように、コソコソと帰路についた。





 この事件は、これで終わらない。
 そんな確信が鳳華にはあった。
 水気の穢れを生み出していた、あの菩薩像。あれだけの強い負の気を封じ込められた像なんて初めてみた。ましてや、神の一種である菩薩を形取った・・・それだけで神気を生む像に負の気を封じるなんて、並大抵の者にできることではない。
 それだけの力がある者が、たった一回戯れで事件を引き起こした・・・・・・とはどうにも考えにくい。おそらくこれは、最初の一手に過ぎない。きっとまた事件は起きる。
『―――まぁ、その時はまた祓うまで・・・』
 その時にはまた、彼らにでも依頼しようか。ボンヤリと、そう思った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4634/天城・鳳華/女性/20歳/退魔・魔術師】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、初めまして叶です。
このたびはゲームノベルを発注いただきありがとうございました!

凛々しく美人なイメージだったので、ちょっと予想以上に男性的な感じになってしまいましたが・・・。
楽しんでいただけると幸いです!

またご縁がありましたらよろしくお願いします。
有難うございました!!