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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


■猫置一幕■



 突如トラック内に置かれた五色の小部屋が二つずつ。
 色の数に合わせて五色、競技の都合上十個らしい。
 それを見る草間と蓮。
 彼らの周囲にはよくぞこれだけと思わせる数の猫が色別の首輪とリボンをつけてもぞもぞと動き回っていた。無論猫達は各色ごとの特大ケージの中。
 その数きっかり三十匹。
 ……一度逃亡され、ついでとばかりに競技になった猫達である。

「で、これが本来の競技か」
「色々競技が追加されてるし、簡単にしたけどね」

 さて、どういう形かと言えば参加者は順に一匹ずつ猫を小部屋に入れていく。
 中は見えず、置いておけるのは一匹だけ。入れるのは五回。
「……つまり?」
「先に猫が居ればそれを押し出す、というわけさ」
 煙管をここでもふかす蓮を羨ましそうに眺めながら、ゴミが増えるからと喫煙を非難された草間は小部屋を改めて見る。
 自動的に先に置かれた猫は出て行くのかと思えば小さな猫用扉が下に。本気で出て行くのだろうか。脱走するような猫達が?
 まあその辺りは色々変わった技能持ちも多いこの運動会、気にするまでも無いのだろう。
「で、六匹なのに五回なのはどうしてだ」
 深く追及はせずにもう一点の疑問だけを口にすると、蓮はあっさりと一言。

「予備」


** *** *


「――て、事だ。質問は無いな?」
 周囲に溢れる猫の声。
 その中で一人だけ人間の声が――つまりは審判である草間の声であるけれど、彼が確認するのに参加者一同はそれぞれに頷いた。
「猫を小部屋に送る順番は次の通りだ」
 競技得点表を兼ねる紙に目を走らせて草間が言う。
 しかしなんとも周囲の賑やかな競技とは対照的な事である。

「崎咲里美、梧北斗、天慶律、櫻紫桜、シュライン・エマ」

 割り当てられた色のリボン猫のケージ傍に立つ面々がそれぞれに猫を見た。


** *** *


(後で携帯灰皿でも渡しに行こうかしら)
 シュラインの視線の先には草間武彦。
 競技中であるし、声をわざわざかけるような事はしないけれど彼の様子が気になるのだ。日常の中でも時に見かける仕草、というか。
(煙草、吸いたいのね)
 落ち着かない視線だとか、無意識にだろう懐を探る動作だとか、小さく動く唇さえシュラインにはお見通しなのだ。どれもこれも、微かに地を叩く靴先さえもが喫煙を望むちょっとしたアピールだと解る。というか手元に煙草が無い訳ではないのに吸えないのは尚更厳しいだろう。
(やっぱり後で渡しましょうか)
 ちょうど顔を向けた草間に少し首を傾げて笑って見せた。
 それにしても、と見下ろすのはケージの中の猫達。白いリボンをひらひら躍らせる自色猫だけでなく、他の参加者達の傍にあるケージの中で気侭に過ごす猫達も含めて眺めるのだけれど知らず表情が緩む緩む。壮観、と言えるが時折聞こえる鳴き声がまたシュラインの心を和ませるのだ。
(なんて幸せな空間なのかしら……)
 口を閉じたままで「んー」と鳴く猫の姿に口元を綻ばせつつ、それでも一見思案する様子にしか見えないままシュラインの胸中は猫で溢れ返るこの地味な競技にそこはかとなく悦っていたり。
「幸せそうだなシュラインの奴」
 彼女の内心を多少なりとも推測するのは相変わらず煙草を求めてやまない草間武彦。
 彼の小声の呟きはシュラインの聴力を持ってすれば拾えてもおかしくはないが、今回に限っては猫で溢れる空間に惑わされて彼女には聞こえなかった。やれやれと肩を竦める審判様である。


** *** *


 ピッ!
 ピッ!ピッ!
 ピッピッピッ、ピピッ!

 参加者達の側には『出口』と書かれた猫用扉。
 つまり逆方向から見えない位置で猫を入らせるのだろうけれど、初っ端から一同は奇妙な沈黙に包まれているのは何故だろう。

 ピッピッピッ!
 ピピッピッピッピー!

「んもー誘導についてきてくれなきゃ駄目じゃない」
「…・・・いや、猫にそりゃ無理じゃねぇの?」
「だよなぁ」
「反応はしているんですけどね」
 リズミカルに吹き鳴らしていた笛を下ろして里美が声を上げるその内容。男子高校生三名がそれぞれにコメントするのにシュラインは苦笑し、草間はまた煙草を求めるように唇を動かした。
「ていうかさ、猫をどうする競技だと思ってんだ?」
「え?猫さんたちを一匹ずつ小部屋に誘導するんでしょ?」
「違う、いや違わない、のか」
「方向は間違っていないわね」
「誘導出来るなら問題無いですよ」
 でも『入れる』って言い方は可哀想な感じだよね、と続く言葉を聞きながら一同がそれぞれに意見する。紫桜が視線を向けるのは、黄色いリボンの今は臨時白組猫その二な猫達。
「でも、笛で誘導出来るのかな」
 独り言のように彼が言うのは先程からの猫達の反応で。
「笛の音がする度に目を丸くしてるよなぁ」
 肩に青リボンの猫を乗せて律も同じようにケージを見る。
 それぞれの傍に居る組色リボンの猫達が皆、里美の笛の音が響く度にきょときょとと目を見開いて耳を動かしていたのだ。確かに、と北斗とシュラインも同じようにケージを見。
「うーん、まったくもう」
 軽く唇を尖らせて、里美は扉を開けてあるケージへと足を戻した。
 猫達の前まで来ると腰を落として覗き込む。
「笛が鳴ったらちゃんと一緒に来ないと駄目じゃない」
「言って解るもんか?」
「話せば解ってくれるわよ☆」
 満面の笑みを返されて、一同は「そんなものか」と半信半疑で居たのだけれど再度里美が立ち上がり小部屋へと笛を吹きつつ歩き出す。その後にするりと一匹がケージから出るのをそれぞれが見た。
「マジか……」
「頭良いじゃねぇか猫」
「普通の猫なんでしょうか」
「どこのコなのかしらね」
「俺は知らん」
 参加者、審判、それぞれが見送る中で里美の誘導に従って黄色いリボンをふりふり尻尾もふりふり一匹の猫が用意された小部屋を挟んで向こう側に歩き去る。
「はい、到着♪」
 ほどなく笛の音の代わりに里美の声がして、それで「ああ入ったんだな」と知れたけれどもそこはかとなく不思議な――ごく普通の猫とでも意思疎通は充分に可能なのだなぁと思わせつつ首を傾げさせる一番手・崎咲里美の行動であった。


 実は今回一番体力勝負なのではないかと思われる三下忠雄が相変わらずの雰囲気でクリップボードにペンを走らせる。猫が入った小部屋を念の為に記録しているのだ。
 無論、参加者からは見えないが書き込んだら草間に合図。
 次、どうぞ。
「ほれ次」
 それを見るより先に草間が手を上げた。報われない。

**

 里美に続く二番手は梧北斗。
 懐っこい猫を一匹ケージから出しておいて、先に動く里美を眺めていたのだが楽しそうな彼女の笛吹き誘導に入れた気合が抜けそうだった。
 しゃがんだままの彼の隣で黒いリボンを時折気にしながら猫も大人しく蹲っている。その見るからに満足ですという調子の顔付きを横目で見ながら手はその背中をゆっくり撫でているが本人半ば無意識だ。なかなかに見事な撫で方。
「まさかマジで笛に誘導されるなんてなぁ」
 呆れているのか感心しているのか、それとも驚いているのか。
 自分でも解らないままに言葉を洩らしながら撫でていた一匹を抱き上げて小部屋へ向かう。一見片腕で抱えて無造作なのだけれど、見ていた他の者達はそれぞれに微笑んだ。
 本人も、気付いていないだろうけれど。
「凄くそろーっと抱き上げてましたねー」
「そうね。今もほら、猫が楽になるように抱き抱えて」
 女性二人の言葉が北斗に聞こえていれば、彼は随分と照れ臭い思いをする事になっただろう。幸いその言葉が出る頃には北斗は小部屋の向こうで猫を送り出しており、再び姿を現す頃には無論言葉は残っていたりしないのだから。
「マジであの猫賢いな!行く部屋言ったら自分で入ってったぜ」
 朗らかに戻って来た、その遣り取りを知らない北斗。
 彼の頭越しに草間が三下の合図に頷いていた。

**

「で、次は?」
 草間の声に俺だ、と律が立ち上がってケージから猫を一匹抱き上げる。
「乗ってる猫じゃねぇの?」
 肩の猫が器用に姿勢を変えてバランスを保つのに目を丸くしながら北斗が問うのに「ん」と一瞬怪訝そうに目を向けてから律も北斗の疑問に思い至った。
「ああ――こいつな、先に別競技でも俺の肩乗ってたから」
 残しちまう、と笑いながら先程の北斗に負けず劣らずの優しい手つきで青リボンの猫を抱えて小部屋へ向かう背中を見送りつつ若者二人。
「いいなあれ」
「そうですね。肩は凝りそうだけど」
「だよなぁ」
 金髪が揺れるのと尻尾が揺れるのと、青いリボンが揺れるのと。
 見ながら紫桜と北斗が言い交わすのにシュラインが控えめに笑って肩を揺らした。

**

 自然な動作で踏み出した紫桜が歩く後に赤いリボンの猫が続く。
「次は俺ですね」
 なんとなく、若侍とその従者の様相を呈している、というのは言い過ぎだろうか。
 里美の例もあるので別段不思議でもないのだけれど、ケージから一匹、と足を向けた途端に自発的に出て来られて一同目を瞬いた。
 揃って見守る前で赤いリボンの猫はするりと紫桜の足元に身体を寄せて一回りしてから彼を見上げて鳴く。さあ行きましょ、と言っているんだよと誰かが言えば信じてしまいそうな流れだ。
「ついてくる、のかな」
「あーいいいい。部屋に入れば問題無い」
「投げ遣りは駄目ですよ草間さん」
「武彦やる気ねぇな」
 里美と北斗が口々に言うのに顰め面の草間。
 それを見てシュラインが苦笑するのをぼんやり眺める紫桜に、いつの間に腰を下ろしたのか座り込んだ律が親指を小部屋へと振った。
「いいから行っとけよ。そいつら賢いから大丈夫だろ」
「……そうですね。そうします」
 しばし思案して小部屋へ。
 付き従う猫がきちんと座って紫桜を見上げるので、膝をついて頭から首へと撫で下ろしながら入る部屋を示し。
「頼んだぞ」
 話しかければ返事の代わりに耳がぱたりと大きく振られて猫が動いた。

 猫がどの部屋に入ったか記すべくクリップボードにペンが走る。と。
「ああー!俺の猫になにすんだよ!」
 上がった叫びにそれが滑った。きゅきゅーっと景気良く滑る音。
 慌てる三下と小部屋を挟んで参加者達。
 思わずといった様子で北斗が口を開いていた。

「いやお前の猫じゃないし」
「そういうルールよ梧君」
「猫さんが帰ってくるよ?ほら」
 律、シュライン、里美と順に北斗を宥める……というか、当人も解っているが思わず口をついて出たらしい。その叫びの後に里美が示した通り、紫桜が小部屋を迂回して戻って来る後ろから猫用扉を押し開けて出た黒いリボンの猫がとぼとぼと歩いて来るところだった。歩く姿もどことなく元気が無い。
「ええと、すいません」
「謝る事じゃねぇよ。つい、な」
 先に戻った紫桜と北斗が並んで見る。
 猫は、尻尾を垂らして視線も地面から殆ど動かないまま北斗の元へとやってきた。
 それでもきちんと座って北斗を見上げる姿が「叱ってくれろ」と言わんばかりで、萎れたヒゲだとか、微妙に伏せた耳だとか、挙句に小さな小さな音でクゥと鳴かれては誰が怒れようか。いやいやそもそも猫の所為でもなく北斗の所為でもなく紫桜の所為でもなく、更には北斗が怒る筈もなく。
「よしよし、お前は頑張ったよ」
 小さな子を慰めたり、誉めたり、そんな時と同じように優しく手を伸ばして撫でてやる。力の無い様子でされるがままの猫だけれど、実はお子様受けも良い北斗の慰めにかかればじきに僅かながら元気を取り戻して彼の手にぐいぐいと頭を擦りつけた。
「うん。ちゃんと俺の言った通りの部屋に入ったんだもんな。偉いぞ」

 ――その心温まる場面の外では着々と競技が進行しており。

 ピッ!と笛の音と一緒に肩を叩かれて北斗が振り返ると里美がにっこりと笑っていた。
「二巡目ですよー♪」
 楽しそうに言われて慌てて立ち上がる北斗。早々に戻ってきた猫をもう一度しっかり撫でてやる事は忘れなかった。


** *** *


 開始からの経過を三下が書き終える頃には青いリボンの猫が萎れた様子で猫用扉から出て律の元に辿り着いていた。記入が遅いと言うなかれ。彼は雑用の多さに腕の筋肉さえ疲弊気味であるのだから。

「よ、おかえり」
 先の北斗の時と同じく尻尾を力無く垂らす青いリボンの猫に殊更軽く声を掛ける律である。綺麗な蝶結びに隠れてしまいそうな程に項垂れて蹲る猫を覗き込んで見ても小さな声で鳴くばかり。ちなみに今度は北斗が律の猫を押し出す形になった。
 思わず肩に乗る猫へと顔を向けて、それからポケットを探る。
 取り出すのは勿論エサ小袋。がさと口を開けるのに微かに猫の耳が動く。けれどそれだけで顔は上がらない。
「そんなに落ち込むなよ」
 しゃがみこんだ姿勢で頭を傾けて思わず声をかける。
 律の優しげな声音に猫もようやくくるりと丸い大きな瞳を覗かせたのだけれど、それが気のせいか潤んでいるように思われて危うく律はくらりとバランスを崩しかけた。肩に乗った猫が一度飛び降り、戻った猫と一緒によろけた律を見上げて咽喉の中で鳴く。ぱたと小さく揺れる尻尾の先。
「……う」
 恐ろしい物を見るように二匹を凝視する天慶律。
 しかし彼は恐れているのではない。いや、猫を恐れてはいない。しかし誘惑に負ける事だけは何よりも恐ろしい。しばし無言で二匹と一人は見詰め合い「あー!」と声を上げて頭を掻き毟る律の姿を周囲が静かに見ていた。
 なんとなく解る。そして葛藤も予想出来る。
「もう、可愛いな!俺の決意が揺らぐだろ」
 やけっぱち風味でぶつくさ零しつつ開けたエサをざかざかと手に出して食べさせる。仲良く頭を突っ込む二匹の姿を幸せそうに眺めながら律はまだ何か零しているのだけれど。
「ダメだ。エサ代だってかかるし」
 そうねぇと冷静に頷くのはシュラインだ。
 エサ代予防接種代猫砂代他、一匹飼うだけで大層な出費になる。律の苦悩は充分に理解出来た。
「耐えろ俺。ここでこの誘惑に負けるわけにはいかないんだ!」
 でも可愛いんだよなぁと空いた手で決意の握り拳を作ったかと思えばのたまう姿に誰も突っ込んだりは出来ない。

**

「おかえりなさーい」
 どこまでも明るく朗らかに。
 律が連れて行った二匹目と遭遇したらしい、黄色いリボンの――臨時で白組その二を担当している猫がしょげ返って戻ってくるのをあっけらかんと里美が出迎えた。
「部屋の中寒くなかった?」
 のほほん笑顔を向けられて猫がつられたように声を上げる。
 にゃあと鳴く音も軽く、うんうんと頷く里美にまた猫が鳴き。
「最初のコか次のコか、どっちかは解らないんだねえ」
「こっちからは見えないものね」
「ですよね」
 白いリボンの猫を一匹、ずっと抱っこしているシュラインが隣から猫を覗き込む。
 その指が耳元を擽るのに目を細める黄色いリボンの猫。同じように里美も手を伸ばすとシュラインが抱いている猫が大きく尻尾を振った。
「ヤキモチかな?」
「あら、それは嬉しいわ」
 よしよしと抱き抱える猫を撫でるシュラインに笑って里美も戻ってきた猫を撫でる。ふかふかと柔らかな毛が温かくて冬毛だなぁとふと思う。
 紫桜が再び赤いリボンの猫を従えて――まさに従えてと言うに相応しく猫もなんとなし気合の入った歩き方に見える――小部屋へ向かった。


** *** *


 今度は北斗の連れて行った黒リボン猫に押し出される形になったらしい黄色(臨時白扱)リボンの猫が先に戻った猫と同じくションボリと微妙に項垂れて戻っていく。
 その向こうで「お疲れさま」と笑顔で迎える里美を見遣って草間は周囲を見回してみる。トラック内を利用しているのだが、周囲の喧騒とは比べ物にならない静けさと穏やかさ……これは競技と言えるのか?
 点数がある以上はれっきとした競技であるのだろうけれど、参加者達のまったりとした猫との触れ合い祭的な空間を見るとなにやらそれすらも疑わしく。
(かわいいだろうとは思うが)
 考える草間の前、三巡目の律が再び肩に乗せ直した猫と仲良くもう一匹を連れて小部屋へ向かう。
 顔ごと向けて見送っていればじきに律がぐるりと回って姿を現して、それと同時に猫用扉を押し開けて出て来た猫一匹。その首を飾るのが白いリボンであるのを見て彼は日頃の習慣だろうか、頼れる彼女へと視線を向けた。
 シュラインは――蕩けるような笑顔で猫を抱いている。
 煙草を咥えていれば間違い無く落として蓮にでも叱り飛ばされていただろう草間が見る前で、垂れた尻尾も哀しく出て来た猫がシュラインの傍に寄る。草間の位置からは猫の顔は見えないが、代わりにシュラインの顔はよく見えた。やたらと幸せそうだ。
『誘惑に負けそうだったの』
 と半ば夢想するように語られた猫部屋の話を突然に思い出す。
 同じだ。
 あの時と同じ顔だ。
 気遣わしげに紫桜が草間を見ながら通り過ぎて小部屋へ向かったけれど、それさえも気付かないままシュラインを彼は見ている。
 細腕がしょげ返って寂しそうな様子の猫を抱き上げて、二匹まとめて抱っこ。
 よしよし、だとか、気にしなくていいのよ、だとか。猫達に頬を寄せながら言うのが聞こえる。
 うっとりと、微かに目元さえ染めて猫を抱き締めるシュライン。
 順調に猫を送り出し、更にはいまだ他の猫を追い出してもいない紫桜が目の前を再び横切るのも気にならず、審判である筈の草間は微妙な嫉妬心というか対抗心を抱きつつ彼女を見ていた。
 どちらに嫉妬しているかといえば、言わずもがな。

「解りやすいぜ武彦」
「報われないよなホント」
「うーん写真に残してあげたいくらい良い顔だね」
「……そうですか?気の毒に思えるんですけど」
「そう?生き生きしてて良いと思うな私は」
 北斗と律がそれぞれに猫を撫でつつ好きに言う後ろでは、笑顔を絶やさない里美の言葉に戻った紫桜が戸惑いがちに言葉を返して。
 競技とは違う所で注目を(参加者からのみであるが)浴びている二人である。
 それもシュラインが自分の番だと気付くまでの話であったけれども。


** *** *


 四巡目ともなればだいたいの部屋に猫が居るのだろうか。
 それぞれが猫を連れて行くたびに誰かしらの色のリボンをつけた猫がしょげ返って戻って来、誰もがその都度猫を撫でたり抱き締めたり話しかけたりエサをあげたりと各自の方法で慰めて。
 実際に居る場所を把握しているのは三下だけであるが、あるいは三下自身も溢れる競技競技競技と続く疲労で朦朧としている可能性が高かった。

「でもこれでかなり入れ替わったんじゃないですか?」
 ここにきて二匹出て来た紫桜が、しょげ返り蹲ってか細く鳴く猫達を撫でながら言う。彼自身も「運が無かったな」と猫を慰めるように撫でながら少しだけしょんぼりした空気を纏っていたり。
「数は、確かめれば順位も解るけど」
「面白くねぇしな」
「だよな」
 活発な口調で律と北斗が交互に話して頷き合う。
 確かにね、と相変わらずシュラインが白リボンの猫を抱いたまましゃがみこんでいる隣で再び里美が笛を吹きつつ猫の誘導を開始した。

 五巡目。最後だ。

 結局あの笛で全部誘導したな、とぼんやり思って見送る紫桜の手は相変わらず猫達を撫でている。換毛期は過ぎていたらしくたいした抜け毛もなくひたすらに柔らかく温かな毛並みに指を通し出すと半ば惰性で撫で続けてしまうらしい。この辺り、大抵の動物に共通している点だ。
「ああ……可愛いわ」
「確かに愛想はいいよな」
 幸せです、と思い切り表現して抱っこしている猫に頬を寄せるシュライン。
 そっけない調子で北斗が彼女に応じるものの、彼は彼で競技開始からずっとあれこれ猫を撫でたりしているのでそのそっけなさの裏にあるものが知れる。
「犬とはまた違う可愛さがな」
 律は相変わらず葛藤しているらしい。肩に乗る猫が頭を下げるのに耳を掻いてやったりしつつ、犬がでも猫もいやしかし、と終わらない問答を一人で展開しがちだ。
「皆楽しそうね」
「そうですね」
 戻ってきた里美の言葉に相槌を打って、紫桜が見る先ではシュラインが押し出された白リボンの猫をまた抱き上げて慰めていた。なんとなく競技より猫との触れ合いを重視している気がする。いや、ちらりと見た草間の顔付きからすればそれで正解だろう。
「崎咲さんは、結構猫が出て来てないですよね」
「そう?あ、そうかも☆」
 笑顔にもバリエーションがあるのだと自ら示す里美に紫桜もつられて少し笑った。

**

 誰も追加で猫を部屋に送らないという事だから、自分の行動で後は数を確認するだけだ。
 白いリボンも愛らしい猫を下ろすとシュラインはこれまでの四匹同様に丁寧に撫でる。絶妙の力加減であるのか咽喉を鳴らす猫にある程度付き合って撫でてから小部屋へと送り出した。
「いってらっしゃい」
 何となく、で選択した部屋は他の参加者と重なっていて猫は今の一匹以外戻ってしまっているのだけれど、競技は競技。きちんと送り出す。
 とはいえ彼女の中で「猫と戯れる」と「競技」を秤にかけた時にどちらに傾くかは――あえて言うまい。和んだその微笑が彼女の精神状態を見事に表している事であるし。
「さて、と。後は結果を待つだけね」
 発表まで猫達を抱っこして待ってましょう、と足取りも軽く戻るシュライン。
 携帯灰皿はかろうじて忘れてはいない。


** *** *


「あー……結果はこう、だが面倒だな見てくれ」
「いきなりかよ!」
「やる気ねえなおい!」
「武彦さん……」
「誰がいつどの部屋に入れたかなんて説明より見る方が早いだろうが!」
「確かにそうですけど、最初から言うからですよ」
「まあまあ、解りやすいなら良いじゃないですか♪」
 口々に突っ込んでくる参加者達に圧されながらも草間が差し出した三下による猫出入の記録は、線が無駄によたっていたが清書させられたらしく結果の表示のみ。
「この空白は誰も選ばなかった?」
「ああ」
 一同が覗き込む。
 律やシュラインの連れた猫も一緒に覗き込んだ。

『1:律 →北斗→  →里美→  :里美
 2:  →エマ→  →紫桜→律 :律
 3:里美→  →  →  →  :里美
 4:  →  →エマ→  →紫桜:紫桜
 5:紫桜→  →  →エマ→里美:里美
   北斗       律
 6:  →紫桜→  →北斗→エマ:エマ
 7:  →  →北斗→  →  :北斗
         里美
 8:エマ→  →律 →  →  :律
 9:  →律 →  →  →北斗:北斗
      里美
 10:  →  →紫桜→  →  :紫桜』

「左が部屋の番号。二段になってるのは矢印のある行のヤツがその巡目で上書きする形になった、て事らしい」
「右が最終的に残った猫の組の人ね」
「ああ」
「崎咲さんがトップですね」
「みたいね。結構残ったなー」
「俺ら揃って二位かよ」
「……結構綺麗に分かれてるな部屋」
 結果を見て会話する一同を眺めつつやれやれと肩を回す草間。
 シュラインが「お疲れ様」と微笑むのには頷いて。


 ――猫を従え抱き抱え肩に乗せ、地味ながらおそらく猫好きにはこの上ない至福の時間であっただろう競技はこうして終了した。


 と、言えたら良かったのだが一人、まだ終わっていない人物が居る。
 三下ではない。天慶律だ。
 猫達をケージに戻してリボンを外す、という作業。律儀に手伝う参加者達の中で彼は一人動きを止めた。肩に乗っていた猫。律が膝をつくとすぐさま飛び降りたその猫と彼は今見詰め合っている。
 くぅと口を開かずに猫が鳴く。
 青いリボンが丸々とした瞳に似合ってただただ愛らしいそのシルエット。
「だめだ、俺には……俺は犬を飼ってるから」
 でも、とすぐに考えてしまう。
 だがやはり一緒に飼うのは難しい。何よりも金銭面――特にエサ代なんかが洒落にならなくなる。
 耐えろ俺。
 多分そんな気持ちだった筈。
「ごめんな」
 シュラインや北斗が微妙に律と表情をシンクロさせつつ見守る中、名残を惜しむかのようにゆっくりと猫を撫でて、くぅ、ともう一度鳴く猫の頭をごくごく軽く叩くと律は、それを終いと立ち上がった。
 気持ちは「無理してでもバイト増やせばいける!」という心の声に従いたくなっているのだが実際そんな真似をすれば草間興信所と同じ台所事情になる。今だってかなり似ているのだからやはり叶わない話であった。

「やっぱり犬と猫は一緒に飼うの難しいですよね」
「色々かかるしね」

 そんな紫桜と里美の会話を聞きながらグランドを後にする律。
 彼が去るのを合図に他の人間達も競技場を後にする。
 律程ではないにしろ猫と名残を惜しむ者、あっさりと後にする者、笑顔で写真を取って行く者、審判に携帯灰皿を渡す者、それを受け取る審判……最後に残ったのはやはりと言うべきか三下忠雄であり。
 呆然と立つ彼の周囲には猫達がそれぞれのケージの中から元気良く声を上げて鳴いていた。
 やはり彼は、猫達に舐められている様子である。



 これにて、本競技終了。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組 / 順位】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/白/5位】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生/赤/2位】
【1380/天慶律/男性/18/天慶家当主護衛役/青/2位】
【5698/梧北斗/男性/17/退魔師兼高校生/黒/2位】
【2836/崎咲里美/女性/19/敏腕新聞記者/白/1位】

※発注順にて記載しています。

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■          獲得点数           ■
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青組:10点/赤組:10点/黄組:―/白組:30点/黒組:10点

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます。ライター珠洲です。
 長い文章を読んで頂きましてお疲れ様です……個別で猫配置を書く事も考えたのですが、折角だからとプレイングを一場面で描写して一括ノベルにしましたらずるりと長くなりました。個別部分はオープニングと猫配置の間の部分のみです。
 同じ場所に皆様いる状況ですので、折角だからと会話を所々に入れていますけれど口調等が違い過ぎる!という部分御座いましたらお知らせ下さいませ……!
 あと、二位の三名様の配点は「二位20点+三位10点」を三等分=核10点という形になっております。まんべんなく部屋に配置されてびっくりでした。

・シュライン・エマ様
 猫については、選ばれた部屋が後から他のPC様に選ばれてあれよあれよと言う間に猫が出て来てしまうという状態でした。ライターも驚きつつ確認したという。
 あとノベル内の結果表記部分では、苗字にて記述させて頂きました。ご了承下さいませ。
 さて、猫の毛は腹気が一番気持ち良いと思います。嫌がりますけどね!
 ……いえそうではなく、携帯灰皿ありがとうございます。草間氏きっと喜んで煙草をドカ吸いしたと思われます。適当な量で止めてあげて下さいな。