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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


借り物競争inNAT



■Opening■


 パーン――。

 高らかにピストルの音は鳴り響いた。
 各チーム一斉に走り出す。
 借り物競争がスタートしたのだ。
 この借り物競争で借りてくるものはどのチームも同じ。


 『ばってん羊お手製ぬいぐるみ』


 紙に書かれたその文字に誰もが困惑し誰もが同じ事を考えた。
 ここで超激レアアイテム『ばってん羊お手製ぬいぐるみ』を持っている人間を探すぐらいなら、ばってん羊本人から奪取した方が速いに違いない、と。
 ばってん羊。バイオテクノロジーによる遺伝子組み換え実験の失敗作として廃棄された産業廃棄物。その見た目は草食獣だが実際は肉食である。二足歩行し、背中にバズカーを背負い、両手には二挺のリボルバーを握って、好敵手の訪れを今か今かと待ちわびる。体長150cm。見た目はもこもこの羊毛に覆われた可愛い羊。孤高の羊。一匹狼、されど羊。だが右目は戦いの中で失ったのか十字の傷を持つ。故にばってん羊。見た目以上に俊敏な動きを持ち体術にも優れている。単独行動を好み、つるむのを嫌う。知能レベルはかなり高いという噂だ。
 彼の生息地は東京23区外自然保護区域、通称NAT。
 各チーム、NATへ向けウェストゲートへと走り出す。
 果たして『ばってん羊ぬいぐるみ』を手に、一番最初にあのゴールテープを切るのは誰だ!?





■Ready go!■

【黒組のばあい】

「うわぁ! 羊さんのぬいぐるみ!?」
 銀髪をツインテールにした小学生にあがったばかりくらいの女の子が、青みがかったその灰色の目をキラキラと輝かせてその紙を見ながら言った。
「べう、欲しい!!」
 ベルナベウ・ベルメール。女の子は自分の事をべうと呼ぶのだ。
「うーん。これは借り物競争だから貰ってくるんじゃなくて借りて来るんだよ」
 べうの目線まで下りるようにしゃがんで、彼――藤堂樹留は何とも困惑げな笑顔で、それでも諭すように言った。
 しかし樹留の紫色の瞳にはふぐかたこのように頬をふくらませたべうの顔が映っている。
「やだ。絶対欲しいもん。大丈夫。べう海賊だから略奪も出来るもん」
「うーん……」
 樹留は苦笑いを浮かべながらぽりぽりと人差し指で自分の頬を掻いた。
「じゃぁ、直接ばってん羊さんから貰ってこようか」
 実は最初からそのつもりではあったのだが。
「えぇ!? 会えるの? ばってん羊ちゃんにも会えるの!?」
 べうの円らで大きな目が更に大きく見開かれた。期待に満ち溢れた目だ。
「彼からなら、略奪もありでしょう」
 樹留はにっこり微笑んだ。
 べうは喜色満面ではしゃいでいる。
「わ〜い! ばってん羊ちゃんにも触ってみた〜い! ふわふわもこもこかなぁ? おんぶしてくれるかなぁ?」
「さぁ? それはどうだろう?」
 樹留は困ったように首を傾げる。
「行く行く! あ、でも、ちゃんと準備していかなくちゃ」
「そうだね」
「あのね、あのね、ロープぽんって投げてぐるぐるってやるの」
「うんうん」
「べう、頑張る!」



【赤組のばあい】

「ばってん羊ねぇ……名前だけなら可愛い感じだけど、どうも違うっぽいね」
 どこか苦笑を滲ませながら壮子真人はその色素の薄い茶色の髪を掻きあげて呟いた。
「面倒くさいなぁ」
 隣でその紙を覗き込んでいた瑞樹東亜が本当に面倒くさそうな顔でそっぽを向く。その黒い目はまるで逃げ出す機会を伺っているようにさえ見えた。
 それを知ってか知らずか真人は傍らを振り返る。
「僕としては生態データなんか集めてみたいくらいだけど……どうしましょう?」
「これは借り物競争なんだよな?」
 東亜が確認した。
「ですねぇ」
 真人は頷いた。
「なら、奴からぬいぐるみを奪ってきたチームからゴール近くで借りるってのはどうだ?」
 何につけ面倒ごとを嫌う彼らしい意見である。
「それはいいアイデアですけど……」
 真人は考え深げに腕を組んで首を傾げた。
「ですけど?」
「一つだけ問題がありますね」
「何だ?」
「誰も取ってこれなかった場合はどうします?」
 勿論、可能性は決してゼロではない。敵は『あの』が付くばってん羊なのだ。
「でも、奴に近づくチームの邪魔をするよりは妙案ですね。どこかのチームのお手伝いをして、奴からの奪取はそのチームにお任せしましょう。そして美味しいところだけ頂く、と」
「そうだな」
「僕はついでに生態データを集めよう。あ、敵チームから奪取する為の罠を用意しましょう。どうせNATからCITYにはこのウェストゲートが一番近いですからね」
「……あぁ」
「ベトコン並みのやつを」
 真人はにっこり微笑んだ。
 ベトコン。南ベトナム民族解放戦線――Vietnamese Communistの略称。かつてベトナム戦争に於いて米軍を苦しめた彼らのゲリラ戦に於ける様々なブービートラップは、時に戦車をも撃沈させるほどのものであった。ちなみに、戦車を撃沈させたのは巨大な落とし穴という何とも古典的なものであったが。
 それよりも、彼は一体何を撃沈させようというのか。これはあくまでも運動会ではなかったのか?
 東亜は真人を振り返り、彼にとって至極重要な事を尋ねた。
「で、誰が穴を掘るんだ?」
「…………」



【白組のばあい】

「シュラインさん、こっちですよ」
 シオン・レ・ハイは軽々と木を登りながら、下に立っているシュライン・エマに声をかけた。
 そこには彼の寝床兼見張台があるのだ。危険地帯とも言われるNATに寝床。
「…………」
 シュラインはシオンを半ば途方に暮れたように見上げた。NATのことならお任せくださいと胸を叩いた彼である。
「はい、シュラインさん。これをどうぞ」
 どうやら寝床兼見張り台から取ってきたらしい、木を下りてシオンは何やら差し出した。
「これは?」
「手袋です。私が作りました! 怪我をしないように」
 シュラインは何とも複雑そうな顔で手袋を受け取った。
「私もツタを使って移動しないとダメ?」
「この方が速くて安全です」
 シオンが自信たっぷりに胸を張って言った。
「そ・そう……」
 シュラインは手袋を手にため息を吐く。それから気を取り直して尋ねた。
「それで、ばってん羊はどの辺に出没するかわかるかしら?」
「それはマンイーターさんに教えてもらいます」
 シオンが言った。
「マンイーター……」
 シュラインはぼんやりその名を口にした。
 それはばってん羊と同じくNATに住む産業廃棄物の一つ、食人花の総称であった。よりにもよって、人を食う花に、ばってん羊の居所を聞くというのか。それは羊が狼に道を尋ねるようなものではないのか。
「大丈夫です。お友達ですから。バナナも用意してきました」
 シオンはにこやかに言ってバナナを取り出してみせた。
「バナナって……マンイーターは肉食植物じゃ……」
「見てください! マンイーターさんの為に白の鉢巻も用意しました!」
 シオンは嬉しそうである。
「そ、そう……」
 シュラインの視線がどこか明後日の方を彷徨った。
「ま、何とかなるかしらね」
「はい」



【青組?】

 うねうねと触手が2人に巻きついて、慌てたシュラインをシオンは大丈夫となだめた。
 しかし暴れるなと言われてこの状況に平静でいるのは難しい。彼らを引き寄せたそこにはグロテスクな赤色をしたラフレシアのような巨大な花が、その中央に鋭い牙のようなものを光らせて大きな口を開けていたのだから。
 しかしシオンは満面の笑顔だ。
「こんにちは、マンイーターさん。はい、おみやげです」
 シオンはそう言って、マンイーターの口の中に持っていたバナナを投げ入れた。
 マンイーターは咀嚼するように口を動かし、それからペッと皮だけ吐き出す。それからまるでしおれたようにくったりしてしまった。2人を触手が地面に下ろす。
「…………」
 シオンはお利口さんですねと花弁を撫でて褒めていた。
 ――それはちょっと違うんじゃ……。
 シュラインは内心でちょっぴり思ったりもしたが敢えて言葉には出さなかった。
 するとシオンがショックを受けたようにうろたえた。
「はっ!? マンイーターさん、その青い鉢巻……」
 マンイーターの口元に青い鉢巻が引っかかっていたのだ。
「…………」
「マンイーターさんは青組だったんですね」
 シオンが寂しそうに呟いた。今にも涙を流さん勢いだ。
「……まさか青組…マンイーターに襲われたんじゃ……」
 シュラインはぼんやり呟いた。視線が心なしか宙を泳ぐ。
「うぅっ。仕方ありません。私たちは敵同士です」
 シオンがまるで自分に言い聞かせるように言い放った。
「青組の人たち、無事、逃げられたのかしら……」
「行きましょう、シュラインさん」
 手の甲で涙を拭ってシュラインを促す。
「ばってん羊の居場所はわかったの?」
 シュラインはあまり深く考えないようにしながら尋ねた。
「西多摩コミューンの辺りにいるらしいです」
 シオンが答える。
「どうしてそれを?」
 尋ねたシュラインにシオンは一枚の紙切れを差し出した。どうやら鉢巻と一緒に口元に引っかかっていたらしい。
「マンイーターさんが教えてくれました」
 シュラインの脳裏に何かが過ぎっていった。もしやこれは青組の……。しかしそれ以上は怖くて確認出来ずに彼女は呟いた。
「まさかね……。でも、彼が同じチームで良かったわ」



【黄組?】

「…………」





■Trap! Trap!! Trap!!!■

「あれがばってん羊ですか。羊のくせに肉食獣」
 のんびりとした口調で真人は腕組なんぞし、仁王立って呟いた。
「とか言ってる場合か?」
 傍らで東亜が若干の焦りを滲ませる。しかし真人はのほほんと首を傾げてみせた。
「どうして奴はこっちに向かって猛スピードで駆けてくるんでしょう?」
「どうしてこの状況でそんなに落ち着いて説明的なセリフを吐けるのか、の方が俺は不思議だ」
 という彼も、どっこいどっこいではなかろうか。ただでさえNATという場所は、自然保護区域といえば聞こえはいいが、その実、遺伝子操作され手に負えなくなった異形の産物などが蔓延る危険地帯であるのだ。中でも西多摩コミューン近辺はAクラスの危険地域ときている。こんなにまったりしていられるような場所ではない筈なのだ。たぶん。
 しかし2人は軽装で武蔵野のブッシュの中に立っていた。自分たちに向かって走ってくるばってん羊を見つめながら。
 彼らを見つけたばってん羊は突然彼ら目掛けて突進を開始したのである。今のところ理由は不明。
「理由がわかればこちらも動きやすいじゃないですか」
 真人が言った。逃げるにしてもどちらに逃げればいいのかわからないのが現状なのである。とは、さすが大学教授。しかし理詰めの論とは大抵の場合、現実世界では机上の空論となることの方が多い。
 東亜は呆れたように言った。
「いい事を教えてやろう、戦略とは戦いが始まる前にしておくことだ」
「真理ですな」
 真人はふむと頷いた。そのインテリの目には、言われるまでもない、という色がありありと映っていたが、それでもそれを口には出さなかった。やはり、インテリの余裕であろうか、しかし大人げないとは、14歳のガキが言うセリフでもあるまい。
 しかしそれに気づいた風もなく、或いは机上の空論に現実をぶつけてやる事こそが自分の使命と感じたのか――たぶん、それは絶対にありえないだろうが、東亜が続けた。
「更に戦術とは、権変の才と刹那的な判断力を要する」
「しかし僕が求めているのは、戦いに於ける勝利などではありません!!」
 真人はきっぱり言い切ってみせた。彼が多くの時間を費やして追究するものは、自らの知識欲を満足してくれる謎とその答えだけなのだ。
「……言い切っちゃったよ、この人」
 東亜はがっくりうな垂れた。
「何故、ばってん羊は僕たちに向かって走ってくるのでしょう」
 真人は首を傾げている。ささやかな疑問ほど、世の中難解であることが多い。
 しかし、それに東亜は重い口を開いた。
「もう一ついい事を教えてやろう。俺は既にその解を導きだしている」
「なんですって!? その解とは何なんですか!?」
 真人は目じりを吊り上げて東亜を睨んだ。自分のわかりえぬ答えを彼は既に導き出しているという事実が、彼に少なからぬ嫉妬心を煽っていたようである。
 東亜はゆっくり『それ』を指差した。
 ばってん羊の後ろを1人の少女が猛スピードで追いかけていた。ばってん羊は追いかけられている。だから逃げている。
「しかし、あれではばってん羊が猛スピードで走っている理由だけで、ばってん羊がこちらに向かっている理由はわかりませんよ」
「いや、それもちゃんとわかっている」
 東亜はそう言って力いっぱい地面を蹴ると、木の枝を掴んでその上にひらりと飛び乗った。
 それとほぼ時を同じくして、ばってん羊は真人の前に急停止した。
「え?」
 真人が驚くのも束の間、ばってん羊は横に退く。
 次の瞬間、飛んできたロープが真人の首に巻きついた。
「ぐえっ」
「……見事な人身御供だな」
 木の上で東亜はぼんやり呟いた。そうなのだ。ばってん羊は後ろから追いかけてくるべうの投げ縄をかわす為に、真人達に向かって走っていたのである。
 木の枝や変わり身の術ではすぐに追尾が再開されるが、間違って捕らえたのが人間となれば話は別だろう。それだけロスタイムを要する筈である。ましてやハンギングときている。追っ手のロスタイムを計算してばってん羊は真人たちを人身御供に選んだのだろう。
 さっさと逃げ去るばってん羊の背を東亜が見送っていると、カウボーイ宜しくロープを振り回し、あまつさえ真人の首に巻きつけた少女がやってきた。
 黒組のべうである。
「もう! 邪魔しないでよね! もうちょっとで羊ちゃんをくるくるってして、捕まえられたのに!」
 べうは憤然とした面持ちで、腰に手をあててて言い放った。しかし子供特有の甲高い声で浴びせられる怒声を真人は殆ど聞いていなかったに違いない。首を絞められ、既に失神寸前なのだ。
 さっさと解いてやれよ、と東亜が呆気に取られていると、べうの傍らに1人の少年が現われた。樹留である。
 刹那、真人の首を絞めていたロープがバラバラになった。
 どうやって切ったのか、恐らくは樹留が切ったのだろう、東亜は小さく肩を竦めた。
 真人は突然肺へと流れ込んできた大量の空気にむせ返ったのか咳き込んでいる。
 樹留は木の上に立つ東亜を見上げると人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「赤組さんですか?」
「あ、あぁ、まぁ……」
 東亜が頷く。
「まだ、そちらもぬいぐるみはゲットしていないようですね」
「あぁ」
「べうさん。羊を追いましょう」
 樹留が傍らのべうを振り返った。
「うん! べう、絶対捕まえる!」
 べうが握り拳を作って力強く言い放つ。
「では」
 軽く頭を下げて樹留はべうと共にばってん羊の消えた方へと走り去った。
「…………」
 まるで台風一過のようである。
 ばってん羊が想定したロスタイムぐらいは時間を稼いでやってしまったのだろうか、木の上から飛び降りて東亜が尋ねた。
「……で、答えはわかったかい?」
 真人は首筋をさすりながら、地の底を這うような恨みのこもった声音で言った。
「……許さない。ばってん羊……」
 余程、自分が人身御供に使われた事が気に入らなかったようである。彼のプライドは意外に高い。
「あ、そう……」
「ただの肉食獣と侮った。悉く生態データを集めた暁にはジンギスカンにしてくれる……」
「……まぁ、それについては出直す事をお薦めするけど」
「…………」
「彼を知り己を知れば百戦危うからず、だろ。準備してから出直せば?」
「そうだな。今は運動会の真っ最中だった」


 ◇◇◇


「あれが、ばってん羊さん! かっ…かわいいです!」
 それがシオンのばってん羊に対する第一印象であった。
「あのふわもこ……触ってみたいわね」
 それがシュラインのばってん羊に対する第一印象であった。
 2人とも、ばってん羊の凶暴さに対するそれは何一つない。見た目に騙されているのか、はたまた、高台から見下ろしている余裕というやつだろうか。
「でも、額に巻きついてるのは黄色の鉢巻ね」
「何ですって? ばってん羊さんは黄組なんですか?」
「まぁ、この借り物競争には参加してないはずだけど……それとも青組と同じく……?」
 シュラインの脳裏に一抹の不安が過ぎっていった。
「ずるいです」
 そう言ってシオンはばってん羊を見下ろす。
 そのばってん羊は武蔵野のブッシュを軽やかに走っていくところだった。まるで何かに追われているように。
「ばってん羊を追ってるあれは黒組かしら?」
 シュラインが眉間に皺を寄せて目を凝らす。
「羊さんが追われているんですか?」
 意外そうな口ぶりでシオンが言った。
「羊の方が一枚上手のようだけど……そろそろ一つ目のトラップにかかる頃ね?」
 ばってん羊が草わらを駆け抜ける。そこには彼らが用意したいくつものトラップが仕掛けられているのだ。
 トラップ自体はスプリングスネアーと呼ばれるような単純なものが殆どだ。対象がトリガーに触れると、しならせていた若木と連動して対象を捕縛する。
 とはいえ、そんなものでばってん羊を捕縛出来るとは思っていない。それで捕まえられるのなら、今頃とっくの昔に掴まって、どこかの生物学者のモルモットにされているところだろう。
 だから、それらは単純な囮でしかない。
 欲しいものはばってん羊本人……もとい、本羊ではなく、彼が罠に対し変わり身の術で残す、ばってん羊お手製ぬいぐるみの方だったのだから。言うなれば、それらのトラップはその為の布石なのである。
「さすがです!」
 シオンが感嘆の声をあげた。
 ばってん羊が見事な体捌きで罠を躱し、更には倒れてきた木なども木っ端微塵に粉砕してみせたからである。
 二つ目、三つ目と順調に躱されていった。
 その様を2人で高台から見守っていると、ふと秋風が北からの冷たい風を、何やら食欲中枢を刺激する芳しい香りを伴って運んできた。
「あ…何かいい匂いがします」
 呟いたシオンにシュラインが振り返る。
 シオンはまるでその芳しい香りに誘われるように高台を下り始めていた。
「ま、まさか、ダメよ! そっちは……」
 シュラインが何かに思い当たったように慌ててシオンを止めに走ったが、シオンは既に『その事』を忘れているようであった。職業、貧乏人。空腹は永遠のお友達。そんな彼を、最早止められる者などなかったのである。
 諸刃の剣とは、時に自らをも傷つける事がある危険な剣であった。



 そうして白組が、自ら仕掛けた罠に飛び込み自滅の道を歩まんとしていた5分ほど前に遡る。
 黒組の2人はばってん羊を追いかけていた。
 基本的に追い掛け回しているのはべうである。どちらかといえば樹留はそのお手伝いをしているようだった。
 黒組の追尾を振り切るために、ばってん羊は自ら白組が用意したトラップに飛び込んだのである。それは勿論、彼には全て躱自信があったからだ。
 その通りにばってん羊は軽々とトラップを躱していった。
 結果として、ばってん羊が引いたトリガーでトラップは後ろを走るべうを襲うことになったのである。
 しかしべうは殆ど罠に引っかからなかった。樹留がフォローしているからである。
 故にべうはばってん羊に一点集中。見事な連携プレイと言えた。もしかしたら、赤組や白組の邪魔が入らなければ、黒組が一番にぬいぐるみをゲットしていたかもしれない。
「待てぇぇぇぇぇ〜〜〜!!」
 べうはロープを振り回しながらばってん羊を追いかけた。ばってん羊は今が運動会とわかっているからか、それとも相手が丸腰だからか、銃火器を使っての応戦をしてくる事はなかった。恐らくは後者であろう、ばってん羊はアンフェアを好まない。――閑話休題。
 ばってん羊は更に白組の仕掛けた罠へと足を踏み入れた。
 それべうが追いかける。
 木の枝にチキンがパン食い競争よろしくぶら下がっていた。
 さすがに疲れたのか、ばってん羊がチキンに手を伸ばす。
 べうはそこに隙ありを感じてロープを投げた。
 それも計算の内だったのだろう、わざと作った隙である。ばってん羊はひらりとロープを躱してみせた。
 べうの投げたロープはその向こうへ飛んでいく。
 ぶら下がるチキンの罠にひっかかったのは、ばってん羊だけではなかった。いや、ばってん羊はひっかかった振りをしただけだが。
 シオンである。
 これは余談であるが、このチキンの罠を仕掛けたのはシオン本人である。
 べうのロープはシオンを捕縛した。
 シオンは後一歩のところで自分が自腹を切って用意したチキンを取り損ねたのである。
「もう! 邪魔しないでよね!!」
 べうが地団太を踏みながらシオンに駆け寄った……その時である。
 地雷が炸裂した。
 というのは多少の語弊があるだろうか。
 そこには黄色い絨毯が敷かれていたのである。
 バナナの皮という恐るべき地雷の絨毯が。
「キャー!!」
 悲鳴をあげてべうが滑った。
 その先にシオンがいる。
 べうはシオンにぶつかって止まった。
 べうの運動エネルギーが余すことなくシオンに伝達される。
 シオンはバナナの皮を滑った。
「のぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!」
 そうしてシオンはそのまま崖に後頭部をぶつけて止まったのだった。
「大丈夫?」
 樹留がべうを抱き上げる。べうは半べそかきながら言った。
「うん、べう大丈夫。でも羊さん見失っちゃった……」
「大丈夫。それはすぐに見つけられるから」
 樹留がにっこり笑うって請け負うと、べうの顔が見る見る内に嬉しそうに綻ぶ。
「うん!」
 一方、シオンである。
「大丈夫?」
 シュラインが声をかけた。
 シオンはどこか虚ろな顔をして。虚空に一生懸命手を伸ばしながら言った。
「うっ……チキンの幻影が見えます……」
 パタリ。



 その一部始終を見ている者達があった。
「あれは使えますね」
 真人が呟いた。
「そうだな」
 東亜が頷いた。


 ◇◇◇


 樹留の言うとおり、ばってん羊はすぐに見つかった。彼がどんな業を使ってばってん羊の居場所を知りえているのかは謎だったが、べうは大いに喜んで得意のロープを投げた。
「えいっ!!」
 さすがに鬼ごっこにも辟易してきたのか、飽きたのか、或いは人身御供がみつからなかっただけなのか、ばってん羊はとうとうそれを出した。
 ばってん羊お手製ぬいぐるみ。
 べうの投げたロープが見事に巻きついてそれを捕らえる。
 しかしそこでべうは「やったぁ!!」とは喜ばなかった。
 ぬいぐるみなんかよりも、動く方が欲しくなっていたのである。
「べう! 絶対ばってん羊ちゃん捕まえる!」
 それに樹留は苦笑を滲ませながら天を仰いだ。まさか、子供1人をこんな場所に残していくわけにもいくまい。
「しょうがないですね……」


 ◇◇◇


 一方、白組も、大量に張った罠の一つ、ハンモックの罠にばってん羊のぬいぐるみをゲットしていた。
 後はこれを持ってゴールするだけである。
 NATの、彼らが今いる武蔵野からTOKYO−CITYへは、ウェストゲートを使うのが一番の近道だった。
 しかし、そこには赤組の罠が仕掛けられていた。
 ちなみに落とし穴ではない。
 どちらも穴を掘るのを嫌がったからである。
 彼らがはったベトコン仕込の罠とは、スパイクボールと呼ばれるものだった。スパイクボールとは、草わらに走らせたテグスのトリガーと連動して、トゲの付いた鉄球が対象を襲うというものである。とはいえ、実際にトゲの付いた鉄球ではうっかり人死に出かねない。だから彼らは代わりにチキンの付いたゴムボールで代用した。
 それは誰もひっかからないような、わかりやすい感じで仕掛けられていたが、彼はあっさり引っかかった。
「あ、あんなところにチキンが」
 シオンである。
「のぉぉぉぉぉ〜〜〜!!」
 シオンはあっさり罠にひっかかり、檻の中に捉えられてしまっていた。
「大丈夫?」
 どこか疲れたようにシュラインが尋ねる。
「はい。私の事は構わずシュラインさんは先に行ってください」
「わかったわ。ゴールしたら迎えにくる」
「大丈夫です!」


 ◇◇◇


 ――数分後。
「見事にかかったのか微妙ですね」
 真人がしみじみ言った。
 檻の中は空っぽだった。しかしぬいぐるみが一つ置かれている。
「ぬいぐるみを残していってくれるとはな」
 東亜が肩を竦めつつ、檻の中からぬいぐるみを引っ張りだした。
「でも耳が長いですね。うさぎのぬいぐるみに見えますが……」
「いいんじゃないか。ばってん羊が作ったぬいぐるみなら。何でも。別に羊のぬいぐるみとは書いてないし」
「そうですね、行きましょうか」





 ■Ending■

 白組がゴールしたのは黄組がゴールしてから1時間後の事だった。あの黄色の鉢巻とこの結果から察するに、黄組は襲われたのではなく、あっさりぬいぐるみを借りられたと思われる。
 続いて赤組がゴールした。
 青組は途中で消息不明になり、現在、捜索隊が懸命に捜索中であるという。
 それを聞いてシュラインは、まさかね、と視線を泳がせたが、こうなっては、無事で見つかりますようにと祈ってやるほかない。
 黒組はばってん羊のぬいぐるみをゲットしたものの、ばってん羊との鬼ごっこに夢中だったようでタイムオーバーになってしまった。

「すみません。これはばってん羊お手製ぬいぐるみではありませんね」
 大会の実行委員の1人がぬいるぐみを確認して、赤組の真人に向かって言った。
「え?」
「縫い目が違います」
 実行委員はぬいぐるみの縫い目を指差しながら指摘した。
「縫い目なんてわかるかよ……」
 と呟いたのは東亜である。
「それにバカの称号が付いていません」
 実行委員が言った。
「バカの称号?」
 真人が首を傾げる。
「これがばってん羊お手製ぬいぐるみです」
 実行委員はばってん羊のぬいぐるみを彼らに見せた。白いふわもこの羊のぬいぐるみには、右目にばってん傷が付いている。そして、その腹には一枚の貼り紙。そこには達筆で『バカ』と書かれていた
「…………」
「それは私のお手製垂れ耳うさぎのぬいぐるみです」
 シオンがにこにこしながら顔を出して言った。「変わり身の術です」と何とも得意そうだ。力いっぱい罠にかかっておいて、変わり身も何もないだろう。
「…………」
「というわけで、赤組失格!」
 実行委員が宣言する。
「…………」

 かくて借り物競争は閉幕と相成った。





 ■大団円■





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組 / 順位】

【5742/荘子・真人/男/14/中学生兼客員教授/赤組/失格】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/白組/2位】
【3356/シオン・レ・ハイ/男/42/びんぼーにん +α/白組/2位】
【5458/ベルナベウ・ベルメール/女/7/自称海賊/黒組/失格】


【NPC/藤堂・樹留/男性/16/傀儡師(かいらいし)/赤組/失格】
【NPC/瑞城・東亜/男性/25/監察医/黒組/失格】
【NPC/マンイーター/両性/???/NAT在住モンスター/青組/失格】
【NPC/ばってん羊/男性/???/NAT在住モンスター/黄組/1位】


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■          獲得点数           ■
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赤組:0点(失格) / 青組:0点(失格) /
黄組:30点(1位) / 白組:20点(2位) /
黒組:0点(失格)

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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 運動会にご参加いただきありがとうございました。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などありましたらお聞かせ下さい。