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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


 五行霊獣競覇大占儀運動会エキシビョンゲーム【ドロケイ ― 君を見つけたい ―】


 それはいつだったか?
 ―――わからない。
 忘れた。
 それだけの時が経った?
 ううん、時は関係無い。
 時とは関係無い場所に居る。
 前は寂しかった。とても寂しかった。寂しくって、どこか透明になってしまいそうだった。
 違う。透明になった。透明になったんだ。
 周りとは違う自分。
 自分は違う。
 見えないモノが見えた。他の人には何も見えなかったモノが見えた。
 だから自分は違う。
 違う、は、排除される。
 違うから排除される。
「やーい、狐の子ぉー」
「狐の子ぉー」
 見えないモノを見、聞けないものを聞く私は狐の子、そう化け物扱いされた。
 違う。違うよ。私は人間だよ。
 ………………人間だもの。
「でもお前を人間扱いしてくる者は人間の中には居ないよ」
 私の前に現れた神隠し。
「私とおいで。私もずっと独りで寂しかったんだ。おまえとなら私はずっと一緒に居られる」
 神隠しは私を欲してくれた。
 きっと私の事を欲してくれる人は人の中には居ない。
 だから一緒に行こう。この神隠しと。
 私は神隠しの手を握った。
「ねえ、私は人間。化け物の恰好をしなくとも大丈夫?」
「大丈夫。おまえはずっと狐の面を付けているじゃないか」


 私は狐の面を付けている。
 ―――それは私の心の面。


 あたしは綾瀬まあや。
 彼女の、その神隠しの歌はだからきっとあたしには聞こえた。
「闇の調律師よ、あの子を連れて行く気かい?」
「そうね。だってあの子は人間だもの」
「そうだね。おまえよりもよっぽど人間だ」
「そう。あたしよりもよっぽど人間。だからあたしは助けたい」
「でもおまえには無理だね。心の欠けが大きすぎるおまえには無理だ。あの子を救えない」
「そうね。でも知っている人たちなら、どうかしら?」
 まあやは美しく妖艶に微笑んだ。



 五行霊獣競覇大占儀運動会。
 その運動会が盛り上がる中で碧磨蓮の前に立つ。
「あら、久しぶりだね、闇の調律師」
「ええ、蓮さん。実はあたしからこの運動会に出場している人たちにゲームを申し入れたいの」
「ゲーム?」
「ええ。あたしからの挑戦状。あたしとこの子、それから皆さん(NPCたち)からの即席チームと、選手代表チームとでドロケイをやりませんか? エキシビョンゲームとして」
「ドロケイ? ああ、泥棒チームと警察チームに別けて、泥棒チームは逃げて、警察チームは逃げる泥棒チームを捕まえる遊びだね」
「はい。あたしたちは泥棒チーム。そして選手たちは警察チーム。あたしたちが逃げ切れば、このゲームに出た選手たちの取得した点数はゼロ。でもあたしたちを全て捕まえれたら、出た選手たちにあたしから賞品を出します。どうかしら? 特にこの子は今はあたしの音楽のせいで姿を保っているけど、あたしがその力を解けば、この子は神隠しだから、見つけるのは困難よ? そう簡単には勝たせないつもり。賞品出すのあたしだし」
 蓮は悪戯っぽくウインクするまあやに妖艶に微笑む。
「面白い。ではこちら側(NPCたち)から見繕った数人とあなたとそっちの神隠しの泥棒チーム。そして選手たちの警察チームでドロケイをやりましょう。場所はどこでやるの?」
「ああ、それなら心配無いわ。何だか面白そうだからあたしが場所は提供してあげる♪ その子たちにぴったりで、時には大苦手な場所をね」
 そうしゃしゃり出てきたのは紫陽花の君。物語を自由に形作れる能力を持つ少女。うつろぎな性格の彼女はどうやら今回はまあやの手助けをするようだ。
 そうして今ここに五行霊獣競覇大占儀運動会エキシビョンゲーム、ドロケイが始まる。



 ―――――――――――五行霊獣競覇大占儀運動会エキシビョンゲーム【ドロケイ ― 君を見つけたい ―】


【ゲーム開始前】


「さて、と、どうにも面白い展開になってきましたね」
 口元に手を当ててふふんと微笑んだのはセレスティ・カーニンガムだ。
 彼はリーディング(視力がほとんど無い彼はしかし、書籍や情報保有物の無機物に触れる事で読み取る事が出来る)によって読んでいた本を閉じると、傍らに置いておいた杖を手に取り、それを持つ手に力を込めて立ちあがった。
「ふに、セレスティさん?」
 セレスティのお土産の温泉饅頭を口いっぱいに頬張りながらどんぐり眼を瞬かせて、スノードロップは立ちあがったセレスティに小首を傾げる。
「どうしたんでしか?」
「参加するんですよ、このエキシビョンゲームにね」
「ふえ? だって、ドロケイでしよ?」
 珍しくもっともらしい事を言う虫。
 だけどその疑問ももっともだ。ドロケイとは逃げる泥棒を警察が追うゲーム。ずっと走り続ける者もいれば、ひっそりと隠れている者もいる。
 延々と警察チームは走らされる訳になるのだから、このゲームは足が不自由なセレスティには不利ではないか?
 しかし彼は実にスノードロップの心配をよそに楽しげに微笑むのだ。
「それぐらいのハンデがあった方が楽しめるというものですよ、スノー」
 悪戯っぽく言うセレスティにスノードロップはほやりと笑った。
「セレスティさんは色んな事を楽しむ鉄人さんでしね♪」
「だってどうせなら、楽しむが勝ちでしょう、スノー」
「はいでし♪」
 ごくん、と温泉饅頭を飲みこんで、スノードロップは笑い、そして両手で温泉饅頭を手に取ると、背中の羽根を動かして、それをセレスティの口元へと運んでいく。
「ささ、セレスティさん、どうぞでし! 武士は腹が減ったら戦はできずに、爪楊枝でし!」
 セレスティはくすくすと笑いながら、「はい」、と言い、ぱくりとその温泉饅頭を食べた。
 そして彼は「はい」、と手を上げる。
「そのエキシビョンゲーム。私も参戦いたしましょう」
 と、言ったのは同時だった。シュライン・エマと。
 挙手したのは二人。
 セレスティ・カーニンガムとシュライン・エマ。
 綾瀬まあやは肩にかかる黒髪を優雅に払う。
 すさまじく不敵に微笑んで。
「敵として不足は無し。がんばらないとね、草間さん。ハードボイルドな探偵がゲームとはいえ負けるわけにはいかないもの。逃げるなんてもってのほか。ねぇー、シュラインさん♪」
 仔猫が捕まえたネズミを弄ぶようにほくそ笑むまあやにシュラインも大げさに両腕を開きながら大きく肩を竦める。
「私が他の男の人を追いかけても良いの?」
 軽く上目遣いで自分を見ながらそう言うシュラインに武彦は苦虫を噛み潰したような顔をする。
 そんな武彦に大げさにまあやは口元を両手で隠して騒ぎ立てる。
「まぁー。まぁー。まぁー。最低ぇー。女のシュラインさんにそこまで言わせるなんて!」
 ほろり、と涙を一滴流すシュライン。
 顔を片手で覆う武彦の肩にぽむ、と手を置くセレスティ。
「逃げられませんよ、草間氏」
「おまえまでやめろよ。こんな物をかぶれるか」
 ひょいっ、と、赤白帽を投げて、右手の伸ばした人差し指で回す武彦にしかし、セレスティはとてもにこやかに美しく微笑んだ。そう、きっと天使のふりをして人の前に悪の誘いをしに来る悪魔はこのように微笑むに違いない。
「そうですね。ハードボイルドを気取るキミがそんな物をかぶるなんて絶えられない屈辱でしょうね。そして私かシュライン嬢、この二人に捕まるのもまた、ハードボイルドなキミには絶えられない屈辱でしょうしね。そう、逃げられるはずがありませんものね、キミが。私とシュライン嬢から」
 子どもをあやすようにそう言うセレスティの言葉に、武彦の顔がぴきぃ、っと引きつった。
「ちょっと、待て。俺がおまえらから逃げ切れないとでもいうのか?」
「おや、逃げ切れるとでも?」
 意地悪そうに目を細めるセレスティ。
 ますます武彦は子どものように意固地になる。
「面白い。逃げ切ってやろうじゃないか」
「決まりですね♪」
 にこりと微笑むセレスティ。
「ええ、決まりね♪」
 同じく満足そうに微笑むシュライン。
 その二人の表情に武彦はさらにまとめて苦虫を5、6匹まとめて口の中に放りこんだような表情をしたが、時既に遅し。ここけで引けばさらに男が廃る。
「くぅそぉ。絶対に俺はおまえらには捕まらんぞ」
 火のついていない煙草を口にくわえて、そして武彦はそろりそろりと逃げ出そうとしていた三下を見つけると、どしどしと音がするような足取りで三下に追いついて、嫌がって逃げ出そうとする彼の首に片腕を回して警察チームが集まる方へと連れて行く。
「まあ、八つ当たりだわ」
「八つ当たりですね」
 横目でお互いに視線を合わせあって、二人でくすりと小さく肩を竦めて笑いあう。
 それから二人はまあやに視線を投げかけ、まあやはこくりと頷く。
「と、ではこの五行霊獣競覇大占儀運動会エキシビョンゲーム・ドロケイの説明をします。泥棒チームはあたしたち運動会スタッフチーム。それで警察チームがセレスティさんとシュラインさん。能力は使って自由。ゲームをする場所は」
 まあやが紫陽花の君を見る。
 紫陽花の君は水色の日傘をくるくると回して、小さく傾げさせた顔ににこりと花が咲き綻ぶような楽しげな笑みを浮かべる。
「ええ、場所はあたしがご用意するわ。物語の世界、夢の世界。そんな世界を追いかけっこ。それは、どこかあの子たちに似ているのかもね?」
 まあやは肩を竦め、片手をひらひらと振った。
「余計な事は良いわ。とにかくゲームステージ管理、任せたわよ?」
「ええ」
 くるくると日傘を回す紫陽花の君からセレスティとシュラインに視線を戻して、まあやは説明を続ける。
「で、捕まえた人たちを待機させる場所だけど…」と、彼女が言ったその時に、ちりーん、と澄んだ風鈴の音。
 その純粋な硝子の音色が溶け込んだ空気がわずかに揺れ動いたそこに何時の間にか一匹の黒猫がいる。
「猫さん?」
「ああ、そうだとも闇の調律師。少女からの言伝だ。どうぞ、庭園を、と」
 両目を細めて自分を見る猫にまあやは「まあ、素敵」、と喜んだ。
「では、捕まった人たちの居場所並びにセレスティさんとシュラインさんの休憩場所は庭園を」そう宣言して、それからまあやは猫を見る。
「少女さんにありがとう、そうお伝えください。とても嬉しかったと」
「ああ、伝えておくよ」
 そして猫の姿は消える。
「ではゲーム開始。泥棒チームは各々逃げて、警察チームはその10分後にゲームスタート。ああ、でもこのゲームには更なる隠しキャラが居て、その子は色んな妨害行為をしてくるからお気をつけを」
 にんまりと悪戯っぽく笑うまあやにセレスティとシュラインは顔を見合わせる。
 そうして、ゲームスタート♪
 警察チームは現れた巨大な扉の向こうに次々に消えていって、そして最後にまあやが神隠しの少女を連れて、その扉を、くぐった。

 

 ――――――――――――――――――
【シンデレラ】


 セレスティとシュラインは扉をくぐる。
 そこにあるのは小さな世界。物語の世界。
 セレスティはふむ、と頷く。
「どうやらここがゲーム世界のようですね、シュライン嬢」
「ええ」
 シュラインは物珍しそうに辺りを見回す。
「どんな世界なのかしら? 日本ではないようだけど」
 小首を傾げる彼女にセレスティは街の人を指差す。
「RPGの基本ですね」
 シュラインは苦笑した。
 にこりと笑うセレスティは杖をついて歩く。
 まずはこの世界がどこなのかを知らねばならない。そしてこの世界に居るのが誰なのか?
 街の人々の会話から知れたのは今夜城で舞踏会が開かれる事。
 そしてその舞踏会で王子はお妃を決めようとしている事。
 街の多くの娘たちがこぞってお洒落をしている事。
 それから………
「継母と義姉たちに苛められる娘、ね」
 シュラインはくすりと笑う。
 シンデレラの世界だ、ここは。
「シュライン嬢は誰だと思いますか、この世界は?」
「そうね、零ちゃあたりかしら? とてもそれは似合うと思うのだけど」
「そうですね」
 セレスティがくすりと微笑んだのは愛らしく健気な零にはその役が良く似合っているように思えたから。
「さてと、それではどのあたりで彼女を捕まえましょうか? 出来ることなら愛らしい零嬢のシンデレラ役を最後まで見ていたい気もするのですがね」
 ああ、でも幸せになる前には苦労に耐えねばならない。意地悪な継母や義姉たちの苛めの標的に彼女をしておくのも忍びない。
「大丈夫。零ちゃんは強いし、それに武彦さんよりもしっかりとしているあの子ですもの。逆にぴしゃりと継母や義姉たちを窘めているんじゃないかしら? だらしが無い、って」
 セレスティは苦笑しながら肩を竦めた。
「まあ、零嬢ならばそれが苛めとも気づかずに言いつけられた仕事をこなしてそうですがね。完璧に。彼女は素直ですから」
 ひょいっと肩を竦める。
 紫の薔薇でもあればそれを零嬢に贈るのも悪くは無いかも。しかし生憎とここにはそれは無いようだ。
 苦笑したのは今の自分はドロケイで警察チームとして泥棒チームを追っているというよりも何だか娘の学芸会でも見に来た父親のような気分だったから。
 父親、という物を連想して当然の如く頭に浮かんだのは武彦の顔。
「でも、武彦さんがここに居たらさぞかし機嫌が悪いでしょうね」
 どうやらシュラインも同じ事を考えていたらしい。
 きっとさぞかし眉間に皺を寄せて、煙草を普段よりも多く吸い出すに違いない、と二人で笑いあう。
「やれやれ。妹離れのできない兄上を持って零嬢も大変ですね」
「本当にね」
 二人でまた笑って、そして保護者代理としてとりあえずシンデレラに会いに行く事にした。
 シンデレラの家はすぐに割れた。
 どうにもRPGのように会話にさえ耳を澄ましていれば情報は簡単に得られるらしい。
 街の片隅の屋敷。その屋敷の裏口に立ち、シュラインは中を覗き込んだ。果たしてそこに居たのはとてもシンデレラらしい、確かにこのシンデレラ、という物語がぴったりの人物で、その灰だらけの姿を見て、隣でセレスティは楽しそうにくすくすと笑いだす。
 シュラインは苦笑。
「そんなに笑ったらかわいそうよ、セレスティさん」
 シンデレラ、はそんなセレスティの笑い声を聞いて、そちらを見、そしてものすごくショックを受けたような顔をして大きな瓶の陰にその身を隠した。
 そんな愛らしいシンデレラにセレスティは朗らかに両目を細める。
「かわいらしい事この上なしですね。そんな姿を見ていると本当に初心な生娘のようですよ、三下君」
 そう、セレスティの目の前にいるのは零ではなく、この物語の主人公、この世界に逃げてきたために、この世界に溶け込んだのは三下だったのだ。
「うぅぅ。どうして僕ばかりこんな目にぃ〜〜〜」
 まるでこの世の不幸をその身に一心に背負っているかのような暗く哀しげな声でそう嘆く三下にセレスティは優しく微笑む。まるで天使が憐れな子羊の前に舞い降りて、天啓を与えるが如く。
「大丈夫。だからこそ、この物語はキミのために用意されたのではありませんか。普段恵まれぬキミに美味しいお料理と綺麗なドレス、優雅な舞踏会を楽しんでもらうために。そしてほら、最後には王子様が迎えに来てくれますよ」
 右手の人差し指一本立てて本気で言っているようにしか見えないセレスティに、こちらも本気で泣き出す三下。
「そんなのはごめんですよぉ〜〜〜。ってか、これが広く知れ渡っている子ども版のシンデレラならまだましですけどぉ、本当は残酷な〜っていう方のシンデレラだったら僕は耐えられませんよぉ〜」
 ひょいっ、と、シュラインもセレスティも肩を竦める。二人はこの世界が零のために用意された世界だと思いこんでいた時にふと思ったのもその事だった。確かにこの世界がそれだったら零をとっとと捕まえて、保護せねば、と。でもそれが三下だったのなら………
「何か問題でも?」
 パンにイチゴジャムを塗っても問題は無いよね? とでも訊かれたような気軽さで小首を傾げたセレスティに三下は今度こそ本気で泣き出した。
「ちょっとセレスティさん!」
 くすくすと笑いながらシュライン。
「いいですよぉ。いいですよぉ。どうせ僕なんてそんな苛められ役キャラなんだぁ〜〜〜」
 ええ、そうですね。と、笑顔で出かかった言葉は飲みこんでセレスティはひょいっと肩を竦めた。
「冗談ですよ、三下君。それではキミを逮捕」と、言いかけた所でぶぅーんとその場の空気が震える。
 そこに現れたのは三角帽子をかぶって、ローブを身に着けた魔法使い。でもどこかそれの様子がおかしいと思ったのは、その気配が知っている気配だったからだ。
 セレスティがしまった、と思ったのは、その気配に思い至り、そしてまあやの言葉を思い出したから。隠しキャラが居て、それが妨害をしてくる。
 果たしてそのキャラとは???
「キミは、かわうそ?」
|Д゜) 魔法使い!
 にやりと笑ったかわうそ?は魔法の杖を振るう。
 ぶぅん、世界が低いうなりをあげて、そして突然にかぼちゃの馬車がそこに現れて、かわうそ?はさらに魔法の杖を振るって三下をそのかぼちゃの馬車に入れて、自分は御者台にテレポーテーションした。
 次いでかぼちゃの馬車が走り出す。
「セレスティさん、どうするの?」
 小首を傾げながらそう訊いてくるシュラインの表情はしかし穏やかだ。焦っている様子はまるで無い。
 それを見据え、セレスティは右手の人差し指でさらさらの前髪を掻きあげて、
「やれやれ。一応は魔法が解けるシンデレラタイムの終わりと共に三下君の悪夢の時間も終わりを迎えさせてあげる予定でいたんですがね」
 さらり、と銀糸のような美しい前髪が再び額の上に落ちると共に井戸の水が吹きあがった。
 そしてそれはまるで生きているように水の蛇の姿を取って、憐れなネズミを丸呑みするようにかぼちゃの馬車を丸呑みする。
「そういえばかぼちゃの馬車の馬はネズミでしたかね?」
 優雅に微笑むセレスティ。
 三下は水の蛇の腹の中できゅぅー、と気絶していた。



 +++


 三下の赤白帽を取る。
 しかしそれでこの世界が終わる事は無かった。
「あら、この世界は終わらないのね。という事はまだこの世界には続きが?」
 小首を傾げるシュライン。
「でもシンデレラは三下君だったし、魔法使いはかわうそ?君。後は主要な登場人物といったら………」
「継母に義姉。それから王子ですね」
「その誰かが?」
「もしくは全員、ですね」
 セレスティは肩を竦める。
「じゃあ、舞踏会が次のステージなのかしら?」
「そういう事です」
 かわうそ?が落としていった魔法の杖を手で弄びながらセレスティはにこりと笑った。
 その笑みに何かしらを感じたシュラインがにこりと微笑む。
「何を考えているのかしら、セレスティさん?」
「いえ。この世界が続くのなら、シンデレラが存在しないと。そうでしょう?」
 と、言うが早いかセレスティは魔法の杖を振る。
 そうすればシュラインは真紅のドレスを着ていて、セレスティは魔法使いのローブを身にまとっている。
 シュラインは耳まで真っ赤だ。
「ちょ、ちょっとセレスティさん…」
「似合っていますよ、シュライン嬢」
 さらり、と前髪を揺らして小さく傾げた美貌に笑みを浮べたセレスティにシュラインは「もう」、と小さく呟いたが、その表情はまんざらでもなさそうだった。
 舞踏会へと向かう。
 華やかな曲が夜に広がり、美しく着飾った女性たちと、今宵の舞踏会に呼ばれた貴族の紳士たちが言葉を交わしている。
 城の赤絨毯を優雅にセレスティにエスコートされて、そこに立ったシンデレラ。シュライン・エマ。
 その彼女に寄ってくる女性たち。
「ちょっとシンデレラ、あなた、こんな場所で何を?」
「言いつけた仕事は済ませたの?」
 早口でいくつもの文句を口走る彼女らにシュラインは大きくため息を吐き、それから物怖じしない性格で彼女らが口にした矛盾点を言おうとした、その時に、しかしセレスティはひょいっ、と軽やかに魔法の杖を振る。そうすれば彼女らはまるで夢遊病のように城から出て行った。
「ありがとう、セレスティさん」
「いえ。この場所にあのような輩は無必要ですので。ここの主役はキミですしね、シュライン嬢」
「え? あの、セレスティさん」
 そんなご機嫌そうな笑みを浮べて………
 シュラインは苦笑する。
 それから緋色の椅子がある方を見る。
 果たしてそこに居たのは、
「武彦さん?」
 緋色の椅子に苦々しそうに座るのは武彦だ。
 セレスティは嫌そうな顔を武彦がするのにも関わらずにくすくすと笑い、シュラインも必死に笑いを我慢しながら、セレスティの服の裾を引っ張る。
「笑ったら失礼よ、セレスティさん」
 ますます武彦は嫌そうな顔。
 そして彼は不貞腐れたような動きで右手を軽く上げる。と、曲が変わる。
 緩やかなテンポの曲。
 そうしてそこに居る全員が輪となって、ダンスが始まり、
|Д゜) これが次のゲーム
|Д゜) ダンスで最後まで踊りきって、王子様を捕まえて!
 と、どこからともなく現れたかわうそ?が教えてくれる。
 ひらり、と尻尾を振って、かわうそ?は音楽団の一員、チェロ奏者となって音楽を奏で出す。
 シュラインはひょいっと肩を竦めた。
 それから思春期の少女のような上目遣いでセレスティを見る。
「セレスティさん、わかっていたんでしょう?」
「ええ。紫陽花の君が考えそうな事ですからね。悪意としても、善意としてもね。それに彼女はキミを気に入っているらしいですし」
 シュラインは大きくため息を吐く。
「これは善意として受け取っておけばいいのかしら?」
「ええ、間違いなく」
「だけど武彦さんはあんな格好をさせられて不満そう」
 横目で武彦を見て、また笑う。
 顔を歪める武彦。
「ハードボイルドが形無しね」
「でも、これだって彼への善意かもしれませんよ?」
 ウインクするセレスティにシュラインはまた苦笑した。
 音楽は催促するようにテンポが速くなる。
 シュラインは肩を竦める。
「行ってくるわ」、と輪に入った。
 ルールはいたって簡単。
 男女でテンポが慌しく変わる音楽でダンスを踊り、その音楽にあわせて踊りきる事ができれば、次のダンスを踊れる。しかし失敗すればそこでゲームオーバー。
 シュラインは優雅にドレスのスカートを持ち上げて、そしてお辞儀。
 相手の手を取って、踊る。
 ちらりとシュラインは踊りながら武彦を見る。
 彼はもの凄く嫌そうな顔をする。
 シュラインは、ちょっと不満………
 ………いや、大いに不満。
(もう少し、この私のドレス姿にときめくとか、なんかしてくれてもいいのに)
 曲は速くなったり、遅くなったり。
 しかしこれは別に彼女にとっては苦ではなかった。
 彼女は歌が上手い。だからリズムを取る事は上手だし、それにこっそり大型自動二輪免許所持する彼女は運動神経だって悪くは無い。
 故に………
「簡単よね」
 彼女はひょいっと肩を竦める。
 最後の一曲を彼女は踊りきろうとしている。
 しかし、ふいにどこかからか飛んできたあの茶翅のアイツ。
 それまで流れるように動いていたシュラインの身体が固まる。
 がたぁ、どこかで音がした。
 セレスティは目を細め、こっそりと魔法の杖を振った。アイツは、その魔法で美しい歌を詠う小夜鳴鳥(ナイチンゲール)に変わる。
 美しい歌が、空間に広がった。
 砂糖菓子が水に溶けるように。
 それでシュラインははっとする。
 その美しい歌にあわせて彼女は軽やかに踊りを立て直した。
 自分からリードする。相手を。
 しなやかに身体で詠うように踊りをし、そこに居る全員がそのダンスに心と目を奪われ、
 そうしてもう一度、小夜鳴鳥が澄んだ鳴き声をあげる。
 それが、終わりであった。この最後のダンスの。
「王子様。シンデレラでございます。どうでしょうか、一曲?」
 ひらり、とスカートの裾をわずかにあげて優雅にお辞儀。
「ゲームは終わりだろう?」
 ぶっきらぼうに言う彼にシュラインがふふん、と意地悪そうに笑う。
「さっき心配して立ちかけてくれたでしょう?」
 無論、武彦は嫌そうな顔をして、
 そしてセレスティは魔法の杖をヴァイオリンに変えて、音色を奏で出す。
|Д゜) はわぁ、かわうそ?も負けない
 流れ出す音楽にシュラインは小首を傾げて瞼を瞬かせた。
「ほら、早く。観念なさい」
 差し出した手を、武彦は握った。

 

【階段と硝子の扉】


 扉が開く。
 その扉の向こうは宇宙空間に存在する複雑に捩れた階段だった。
 その階段にはいくつか硝子の扉があり、そしてその階段の周りにはいくつもの透明な正方形の硝子の部屋が浮かんでいた。
「これはまた過酷な場所ですかね?」
 セレスティは苦笑を浮かべる。
「それで零嬢。あなたはだからどうしますか?」
 小首を傾げるセレスティに階段の途中に居た零は静かに顔を横に振る。
「私は全力で、逃げさせていただきます」
 セレスティもこくりと頷く。
「上等です、零嬢」
 零はにこりと微笑んで、それから階段のいたる場所に存在するうちの一つの硝子の扉を開いた。その向こうに横目で階段を上ってくるセレスティを見つめてにこりと微笑んで、消える。
 セレスティがそこへと到達する。
 苦笑しながらひょいっと片方の肩だけを竦めたのは、まずはその扉から彼女が居る場所へとは行けるとは思わないから。
 だけどまずは法則を見付けねばならない。
 その法則を見付けるために扉のノブに触れる。それはどこかのB級ホラー映画のようにノブに口が現れて、噛みつくとか、そういう事は無く、ノブもスムーズに回った。
 ただ、何かの仕掛けを見越してセレスティはリーディングを行う。彼は情報を保有する無機物に触れる事で、それが持つ情報を読み取れる。
 この世界そのものが情報を保有する無機物であるのだから。紫陽花の君に作られた。
 脳裏に浮かんだのはアルファベット。Rh。
 ―――Rh。確かそれは、
「………」
 そっと扉を奥に押す。蝶番の音は無く。
 そこに足を踏み入れる。既にもうそこが硝子の部屋。
 ………誰も居ない。
「やはりね」
 セレスティの居る部屋の硝子が砕け散る。
 落ちていくセレスティはしかし余裕だ。
 スーツの内側から取り出したのは水のペットボトル。それの蓋を開き、それから迸り出た水が鞭となって、その鞭がしなやかに階段を打つ。
 その衝撃を利用して彼はひらり、と優雅に着地するのだ。
 降り立った場所は最初に彼が出た場所とは違っていた。いや、そこは、
「私が先に降り立った場所の真上。そこに今私が居る? 面白い」
 見ればもうひとつの硝子の部屋も壊れている。
 零はひらりとスカートの裾を押さえながら空中で回転して、階段に着地する。セレスティから見れば彼女は天井の階段に立っているのだが。
 零から見ればセレスティも天井の階段の上に直立している。
 お互いに上を見る。
「どうやらこの階段の扉、部屋には法則があるようですね」
「はい。知りたいですか、セレスティさん。その法則?」
 くすりと笑う零。
「いえ。自力でそれを解いて、キミを捕まえてみせますよ」
「はい」
 にこりと笑い、零はスキップを踏むように階段を上っていく。そしていくつかの扉を無視して、ようやくひとつの硝子の扉の前に立って、それを開けて、その扉から離れた空間にある硝子の部屋に移動する
 ふむ、と頷いて、セレスティは階段を上っていく。
 硝子の扉は全て見た目は同じだ。それに違いがあるとは思えない。
 扉に触れようとして、そこで手を止める。
「セレスティさん。このゲーム、硝子の扉の数が残り一枚となったら、あなたの負けです」
 零の声が空間に響く。
 その言葉にセレスティは微苦笑を浮かべる。
「ふむ、なるほど。では、この扉は神経衰弱のように同じ場所へと続く扉が二枚ある、という訳では無いのですね。そして先ほど、零嬢が開いた扉。あれが閉じられた瞬間に違う扉と摩り替わった気配も無かった。そういう事ではない。だったらそこにある法則とは?」
 形の良い顎に手をやってセレスティは思考する。
 それはとても美しい水晶の結晶を削って作り上げた彫刻かのような美しさであった。
 零の開けた扉、硝子の部屋との繋がり。その法則。
 零の開けた扉から行ける部屋への扉。
 その繋がりは………
「扉に何か」
 あるのだろうか?
 セレスティが瞼を開ける。
 そこにあるのは画期的なアート。
 銀色の髪に縁取られた美貌には苦笑が浮かぶ。
「わずか数秒の間に。なるほど、この空間ではキミの気配は感じられないようになっていますか? やられましたね」
 右前足(手)に青のペンキがついた刷毛を持っているかわうそ?はにこりと微笑む。
 その良い笑みがかわいらしい。
|Д゜)かわうそ? 芸術家!
「ええ、なかなかにすばらしい芸術ですね。でも、他の所にやってもらいたかったのですが」
|Д゜)ノシ がんばってね♪
 ひょいっと尻尾をかわいらしく振ってかわうそ?は消えていく。
 それを見送ってセレスティはため息を吐き、硝子の部屋の中の零も苦笑を浮かべている。
 それからもう一度瞼を閉じて、考え込む。
 扉の事を思い出す。
 二枚目の扉と一枚目の扉の事。二枚はまったく同じだった?
 いや、同じじゃなかったから、かわうそ?は塗った?
「そういう事です。キミもヒントもくれたようですね、かわうそ?君」
 自分の開く扉と零の扉に何の関係が?
 零が開けた扉。一枚目、二枚目。
 セレスティが開けた扉。
 かわうそ?は硝子の扉に色を塗った。それに意味があるのだろうか? 外見によってその法則が読み取れる………
 いや、おそらくそれはかわうそ?によるミスリード。外見は関係無い。思い出すべきは………
 ――――それが保有していた情報。
「Rh、でしたね。なら、これは………」
 セレスティは二枚目の扉に触れる。リーディング。Uno。
 RhとUno。
 それには繋がりがある。
「………共に、元素記号」
 硝子の部屋の中で零がくすりと笑う。
 セレスティは苦笑。
「私とした事がようやく気づきましたよ。なるほど、そういう事ですか。確かにこれは私向きの世界ですね。これは元素記号。私が開ける扉が保有するのは元素記号の名前」
 両目を柔らかに細めた零の唇が動く。
「それから?」
「キミが開けた扉がその同じ元素記号の扉なのか? ではそこまでこの世界は過酷? まさか。それで気になるのが数。元素記号には番号が存在する。そう、そこがキーなのではないのですか?」
 セレスティは優秀な生徒を指導する教師のようにすらすらとそれを口にしながら瞼を閉じて、両手の手の平を上へと向ける。
 彼が読み取るのはこの紫陽花の君によって作られた世界。
 そう、ここが彼女によって作られた世界、箱庭であるのであれば、やれる。
 セレスティの意識が世界の隅々にまで行く。膨大な情報量。しかしそれを一気に読み取る許容量がなければできない作業をセレスティはこなす。
「この世界に存在する扉は117枚。先ほどのマイナス1を含めれば、元素の数」
 零は頷く。
「別にこの世界の扉、それは元素の数で無くとも、元素の名前を扉が持たずとも良かったのでは? そう、だからこそそれには意味がある。つまり重要なのは番号と元素記号。神経衰弱のように同じ絵柄の扉とかを持つ世界ではない。それは一番最初に私は理解している。考え方を変えましょう。この世界は紫陽花の君が作り上げた世界です。つまりこの世界を解くには彼女の考え方を読めば良い。何故彼女はこの世界に元素を使ったのか? もしも私がそれを使うのであれば、それをギミックにした訳は元素番号。つまり零嬢が開けた扉の枚数、それが元素番号と考えれば良いのでは? 私ならばそうします。そう、そう考えれば零嬢が開けた扉は2枚目。2番目の元素はヘリウム。Heです」
 この世界に無限に続くかのような複雑にねじれた階段。
 その階段のいたる所にある硝子の扉。
「つまり私が開けなければならないのは、Heの情報を持つ硝子の扉」
 その全ての硝子の扉にリーディング。意識を走らせて、そしてそれを読み解く。
「見つけた」
 しかしその場所へと続く階段は複雑に絡み合って、まず普通に行けばそこへと行き着く事はできそうにもない。
 だけど普通でなければ?
 セレスティはひょいっと、軽く肩を竦めると、迷う事無く階段を上っていく。
 異次元の複雑に絡みつくその階段。
 一見しただけではとてもではないが、目指す扉になど行き当たれる訳が無いと、そう思えた。
 しかしセレスティはこの階段の迷宮を把握しているのだ。
 リーディング。
 この世界の事は、もう既に読み取っている。
 だから彼にはそれは普通の事なのだ。まるで何度もやったRPGの迷宮を簡単に通り抜けるように。
 空気が笑うような気配。
 階段が、変化する。
 セレスティが階段を上りきると共にそれはもう別の階段になっているのだ。
 入れ替わる階段。時空。
 だけどそれに慌てる事無く、彼はただ静かに瞼を閉じ、世界に意識を走らせる。
 リーディング。
 紫陽花の花の花言葉の如く、ただランダムに入れ替わっているかのようなこの次元の階段。
 しかしそれにすらも存在する法則を見つける事はセレスティには苦ではない。
 階段が、次元が入れ替わるその瞬間、彼は水を走らせる。
 水蛇は次元をも超えるかのように一瞬で目指すその扉のノブへと繋がる。
 それはこの入れ替わる次元の事を、その法則を理解していなければ、できない事。
 そしてその水蛇は硝子の扉を開けて、中に居た零の前で水分身、水が形作るセレスティとなって、零の前で優雅に一礼をして、恭しくその手を取り、口づけをした。



【神隠しの少女】


 そこは夏祭りの会場。
 お囃子の音色。
 並ぶ屋台。
 そこの誰もが顔にお面をかぶっている。
 人間は、おそらくはいない。
 ここは物の怪の世界。
 物の怪のお祭り。
 しかしそれは人間の物と一緒。
「人間を真似た? それとも人間が真似たのでしょうか?」
 ふいに人がここへ紛れ込む事もあろうから。
 子どもらが、通り過ぎていく。
「さてと、それでどうやって彼女を見つけましょうか?」
 居場所がわからないと、見つけ様が無い。
 だったら………
「占いで行く末を決めるのも良いかもしれませんね」
 この世界では特に占いが力を持つのかもしれない。
 何故ならここは人の居場所は無く、故にそういう不思議な物の気配が空気に色濃く宿り、それが私の感覚を強くしてくれるから。
 屋台の手鏡屋。
 そこで鏡を一枚買う。
 それを懐に入れて、歩く。
 一番最初の辻。十字の道。縦道と横道が重なる場所。


『天神様のお社』


 それはふいに聞こえた誰の物でも無い声。
 辻の真ん中で立ち止まっていた私は、聞こえた声に従って、そこを目指す。
 天神様の社。
 蛍が飛び交うそこで、かごめかごめをする子どもら。
 真ん中の子があの神隠しの少女。
 杖をついて、ゆっくりと進む。
「「「「「「わぁー」」」」」」」
 子どもらは走っていく。
 彼女の背後に立つ。
 遠くから聞こえてくるお囃子の音色。
 それが物悲しい別の音色に変わった時、その神隠しの少女の昔が見える。脳裏に浮かぶ。
 狐の子。
 そう呼ばれ、阻害される日々。
「ああ、なるほど。だから狐の面ですか。ですが、その面が隠すのは、一体、どれなのですか?」
 私の声にもうずくまったままの彼女は立ち上がる事も、振り返る事もしない。
 だけど別に私は、それでも構わない。
「狐の子、そう呼ばれる事が、自分だけが異質な事が悲しくって、怖かったから、キミは仮面をつけて、神隠しの世界に消えた」
 彼女は動かないが、私は続ける。
「そうですね、こういうお話があります。とある人が見世物小屋に売り飛ばすために一つ目小僧の世界に行った。しかし一つ目小僧の世界では、二つ目の彼、人間の方こそが異質で、そして彼は逆に捕まって、見世物とされ、最後には彼は自分の方こそが異質だ、と、片方の目を潰した。つまり、人の価値観とかはその程度なのですよ。それはうつろぎで、不確かな物」
 私は呼吸を置く。
「キミを狐の子、と呼び排除した子どもたち。その年代の子どもは自分たちと違う所があれば排除する。それは、子どもの性」
 私は肩を竦める。
「いえ、人の性。価値観などは不確かでしかないのに、でも人はそれに重きをおいてしまう。だからキミがその世界に居たいのであれば、人が価値観でしか判断できぬのなら、パズルのピースを組み合わせるように、その価値観と個性が合う人間を見つけて、その輪の中に入っていけば良い。そう、キミが神隠しの世界へと入っていったようにね」
 彼女は動かない。
「だけどキミはまあや嬢に見つけられた。キミは人間だから。そう、キミは人間だ。帰ってきなさい。そしてキミの周りの人にキミという人間を見せてあげなさい。そう、子どもの世界だけではなく、人の世界は何事も自分から踏み込まねば変わらない。そして自分を隠すのではなく、一定の部分は見せる必要があると想うのです。自分が見せれば、人も見せてくれる。対等に立つ事の条件とはそういう事です」
 私は呼吸をおく。笑いかける、彼女に。
 そして手を差し出す。
 彼女の、背に。
「一度酷い目に遭うと、躊躇する気持ちもわかります。でも、キミは今一人ではない。助けようとする人がいる。まあや嬢もキミと同じだ。そして他の人も。私だって。そしてだから人は集まる。キミの周りにも人はいる。その人たちの助力でもう一度外へと目を向けてはどうでしょうか? もちろん、私もキミの味方です」
 彼女はゆっくりと立ち上がり、そして私の差し出した手を見、
 手を伸ばそうとして、
 でも指先が触れそうな場所で止めて、
 数秒躊躇って、
 それが彼女が勇気を振り絞るのに要した時間。
 私はそれを待ち続ける。
 微笑みながら。
 狐の面をつけた顔が、俯いていた顔が上がる。
 私を見る。
 私は頷き、そしてその手は私の手を握る。
「さあ、帰りましょう。キミの、人の世界へ」
 彼女は頷き、その瞬間に私たちがいる場所が、庭園へと変わる。
「お帰り。少女が待っている。こちらへ」
 待っていてくれた猫は歩いていく。
 狐の面をつけた彼女は私を見、私は頷く。
「行きましょう」
 そこにはきっと………
 私たちは一緒に猫についていく。
 そして少女がいて、彼女は私を見、隣の彼女に微笑んで、風鈴を見上げた。
 ちりーん。
 その音色は優しく、澄んでいた。
 晴れ渡る空の色の風鈴。
「この風鈴があなたの風鈴だ」
 猫が言う。
 彼女は風鈴を見、風鈴は鳴る。
「この風鈴の音色はあなたの心の音。あなたは悲しみを知るから、誰にでも優しくできるのでしょうね」
 少女は静かに言葉を紡ぐ。それは祈りのようにも私には聞こえた。
 彼女は自分の風鈴に触れ、風鈴は音色を奏で、狐の面は、静かに割れる。
 彼女の笑みが浮かぶ頬を流れたのは一滴のとても美しい涙で、
 そして風鈴は鳴り続けた。






【ラスト】


 庭園に用意されたテーブル。
 そのテーブルで皆は席に着き、お茶を飲んでいる。
 運動会の途中だが、まあ、休憩は大事。
「うむ。これは美味ぢゃ。少女殿、もう一杯もらえるぢゃろうか?」
 空のカップを出す嬉璃。少女は嬉しそうにそのカップにお茶を注ぐ。
 さて、ところでこの場所にいるのは捕まえられた泥棒チームの面々なのだが、しかし…
「ねえ、セレスティさん。セレスティさんが、嬉璃さんを捕まえたの?」
 温かそうな湯気を上らせるカップを両手で持ちながら小首を傾げるシュライン。
 喉から胸に落ちた温かみに満足げに微笑んでいたセレスティは「おや?」、と小首を傾げる。
「シュライン嬢が捕まえたのでは?」
「いいえ、私は、違うわよ。てっきりセレスティさんが」
「いえ、私もシュライン嬢が」
 と、いう事は………
 二人して嬉璃を見る。
 大人ヴァージョンの彼女は艶っぽい笑みが浮かぶ顔でぺろり、と舌を出した。
「もう少しお茶を楽しみたかったのぢゃが、まあ、しょうがない」
 そう言うが早いか、嬉璃は大人ヴァージョンから子どもヴァージョンへと。
 そして彼女は捕まえられた泥棒チームを解放させる事ができるルール、庭園の一角に置かれたテーブルを囲む線(チョークで書かれた)を、足で切って、
|Д゜) 泥棒チーム、解放!
 とのかわうそ? の宣言で、再び捕まえた泥棒チームは放たれて、
 後に残されたセレスティとシュラインはお互いに顔を見合わせて、苦笑を浮べあった。
「と、いう事みたいよ、セレスティさん」
「らしいですね。では、もうひと頑張りしますか、シュライン嬢。ああ、でもその前にもう少しお茶を楽しんで」
「そうね」
 頷くシュラインのティーカップに少女はくすくすと静かに笑いながらお茶を注いで、それにお礼を述べてシュラインはお茶を飲み、
 セレスティは猫と楽しく談笑した。



 【END】




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1883 / セレスティ・カーニンガム / 725歳 財閥総帥・占い師・水霊使い / 朱雀組】


【0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 / 白虎組】


【NPC / 風鈴売りの少女】


【NPC / 猫】


【NPC / かわうそ?】


【NPC / 綾瀬まあや】



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回はご依頼、ありがとうございました。^^


 子どもの世界、それを見据えた上でのその世界へのスタンス、入って行き方、どうあるべきなのか。それが込められたプレイングを読んだ時に、セレスティさんの真摯な想いがプレイングから感じられて、すごいと想いました。^^
 そうですよね。人間関係ってまずは自分を見せる事。そこから始まりますものね。
 勇気を出せば、その勇気に見合う何かが得られる。
 開けば、開いてもらえる。そうですよね。^^
 本当に人に対して真摯なセレスティさんが感じられて、すごく良かったと想いました。^^



 硝子の扉の世界。いかがでしたか?
 知能派であり、そして作られた世界の法則をも読み解く事のできるセレスティさんのかっこ良さを演出するために作られた世界であったりします。^^
 すごく書いていて楽しかったのです。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。