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激安！キノコ狩りツアー
「零、ちょっと来い」
そう言われて、掃除をしていた手を止めて草間・武彦（くさま・たけひこ）に近付いた零（れい）は、草間から一枚のチケットを受け取った。
「キノコ狩りツアーですか？ ……わ！ 何ですか、これ！ 凄い安いじゃないですか！」
「この前、依頼者からお礼にと貰ったんだ。俺は忙しくてなかなか行けないから、お前にやるよ。友達でも誘って行って来い」
草間の言葉を聞きながら、零はチケットに書かれたツアーの内容を読む。旅館のすぐ裏にある山でキノコ取り放題！ 旅館には露天風呂もあります。取ったキノコは食べるも良し、持ち帰るも良し。一泊二日三食付きでお一人様五千円！
「何でこんなに安いんですか？ 写真で見る限り、旅館も新しそうなのに」
「あー、まあ、何と言うか……交通がちょいと不便なのと、周りを森に囲まれてあまり景色が良くないのとで、人気がないらしいんだ。だから、激安ツアーで人を呼ぼうってことらしい」
「そうなんですかー」
「山には松茸なんかも大量に生えてるそうだしな。売ったら小遣い稼ぎにもなるんだろうなぁ」
言って、煙草に火を点ける草間の前で、零はチケットに目を輝かせると、早速友人を誘うために足取りも軽く興信所を出て行った。そんな零の後姿を見ながら、草間はゆっくりと煙を吐き出す。
「……言えねぇよなぁ……旅館が売れない理由が、幽霊の集まる土地だから、なんて……」
溜め息交じりの言葉は、誰に聞き取られることもなく、紫煙の中に消えていった。
突き抜けるような青空。ゆるりと流れる白い雲。上々の天気の下で、犀刃・リノック（さいふぁ・―）は満足気に旅館を見上げた。木造の落ち着いた雰囲気のその建物は、柔らかな暖かさを覚える。
「なかなか良い旅館じゃないですか。ねぇ、零さん」
「そうですねー。ね、兄さん」
「何で俺まで……行かないっつっただろうがよ……」
「いいじゃないですか。仕事も丁度終わったことだし。ねぇ、零さん」
「そうですよ。温泉は皆で楽しまないと。ね、兄さん」
良いながら、リノックはさり気なく零のバッグを持ち、旅館に向かって歩いていく。その目にはどこか悪戯っ子のような光が宿っており、草間はいまいち妹に頭の上がらない自分に情けなさを覚えた。
「来たくなかったから押し付けたなんて言えるかよ……」
「兄さんー？ 何してるんですか？ 行きますよー？」
がっくりと肩を落とす草間に、旅館の玄関に着いた零が手を振る。その姿を見ながら、ここで何とか理由つけて帰っても、後で何やかんや言われるんだろうと思うと、嫌なことは先に終わらせておいた方がいいかとも思う。
「ほらー、草間さーん？ 早く行きましょうよー」
と、いうより、リノックからは何だか逃れられないような気がして、草間は一つ盛大な溜息を吐くと、諦めたように足を動かした。
「お部屋はこちらになります」
物腰の落ち着いた仲居に案内されて、部屋に入ったリノックと草間は、中を見て感心したように息を吐いた。
「純和風って良いですねぇ」
「ああ……予想外だ」
「幽霊が出る旅館って触れ込みの割には、随分立派じゃないですか。ねぇ、草間さん」
リノックににっこり笑って言われて、草間は驚いて持っていたバッグを取り落とす。
「……知ってたのか」
「噂では。それに、気付く人は気付きますよ。これだけ妙な気配に囲まれてたら」
言って、リノックは自分の持って来た荷物をテーブルの傍に置くと、座椅子を引いて草間に座るよう促した。それに草間が恐る恐る座ると、リノックも対面に座って、二つの湯飲みに備え付けの茶を注ぐ。そして片方を草間に渡し、もう一つに口をつけると、一息吐いて笑顔を見せた。
「行くのも嫌だし、捨てるのも下さった人に悪いし、大方、処分に困って零さんに押し付けたんでしょうけど」
「……いや、あいつも喜んでたし、押し付けたわけでは……」
「でも、草間さん的には押し付けたんでしょう？」
全くその通りの言葉に、草間はグウの音も出ない。そんな草間にリノックは肩を竦めた。
「まあ、そこら辺は草間さん自身もちゃんと来ましたから、良しとしましょうか」
何とか許しを貰えたらしい草間がほっとしたところで、部屋のドアが軽くノックされた。リノックが返事を返し、ドアを開けると、入って来たのは零だった。
「兄さん、リノックさん。キノコ狩りに行きません？ すぐ裏の山で沢山採れるんですって」
「へぇ、良いですねぇ。行きましょうよ、草間さん」
「お、おう」
リノックにぎこちなく返事を返した草間が重い腰を上げると、何も知らない零はにこにこと嬉しそうに玄関に向かって行く。その背中に多少の罪悪感を感じつつ、草間は次に来る出来事を想定しては表情を暗くした。
キノコが大量に生えているという山にやって来た三人は、一時間程経ったが今のところ何の支障もなく、順調にキノコを採っていた。
「凄いですね！ こんなに沢山のキノコがあるなんて」
「でもなかなか松茸は見つからないものですね。ねぇ、草間さん」
「あ、ああ、そうだな……」
「どうしたんですか？ 兄さん。さっきから何だか元気がないですよ？」
未だ暗い表情の草間に、零が心配して顔を覗き込む。それに慌てて「何でもない」と返す草間だが、零は首を傾げたままだ。
「もしかして、キノコ狩り、嫌でした？」
「いや、そんなことは、ないが……」
もごもごと言い難そうにする草間に零が悲しそうな顔になる。そこにリノックが割り込んだ。
「大丈夫ですよ、零さん。草間さんは単に暗い山が怖いだけですから」
「そうなんですか？」
「……そういうことにしといてくれ……」
投げやりな草間に零はとりあえず納得したのか、「兄さんって結構弱虫ですねー」と言いながら、どんどんと山の奥へと進んで行く。その後ろをリノックが草間を見てにやにやと笑いながらついて行った。草間はそんな二人に帰郷への思いがどんどん強くなる。
「このまま何事もなく終わればいいんだが……」
「そうは行かないのが、草間さんなんじゃないんですか？」
リノックはこの旅館に来てからにこにこと笑いっ放しだ。ここが幽霊の多い土地であることは知っている筈なのに、草間にとっては何が楽しいのか判らない。リノックとしては妹のように可愛い零が楽しそうにしているのと、いつもはハードボイルドを決めている草間がオドオドしているのが面白いだけなのだが。
「きゃっ！」
と、そのとき、目の前でキノコを採っていた零が声を上げて立ち上がる。慌てたようにリノックの背中に隠れ、今まで自分がしゃがみ込んでいた場所を指差した。
「ひ、人の手が！」
「何だと？」
零の言葉に目を向ければ、そこにはにょっきりと生えた白い手があった。地中から伸びた手がひらひらと揺れ、がっと土を掴む。そして、その手の持ち主が土を盛り上げ、這い出して来た。リノックが即座に攻撃に移れるよう、構えを取る。だが、ずるりと這い出して来た髪の長い女は、顔を隠した前髪の間からリノックたちを見止めると、「あら？」と首を傾げた。
「キノコ狩りの方？」
「え？ あ、はい」
親しげに問われて、思わず普通に返したリノックに、草間が慌てて背中を突付く。
「ああ、ごめんなさいね、お嬢ちゃん。ビックリさせちゃって」
「い、いえ……あ、あの、幽霊さん……ですよね？」
「そうー。私、幽霊。この先の旅館の前でねぇ、事故死したの。十年くらい前かしらー。ごめんねー。土の中で寝ると、湿気が丁度よくて肌に良いもんだからー」
幽霊に美肌も何もないと思うのだが、カラカラと笑う明るい女の幽霊に、三人は呆気に取られて、言葉も出ず思わず顔を見合わせた。散々怖がっていた草間はあまりの拍子抜けに居心地悪そうに頭を掻く。
「こんな幽霊もいるんですね……」
「全くですね……」
ぽつりと呟く零に、リノックは込み上げてくる笑いを堪えながら答えた。そんな三人に、幽霊は近所のお節介オバちゃんの如く気さくに話しかけて来る。どこぞのホラー映画の幽霊のように長い髪で顔を隠した、何とも怖い姿の幽霊なのに、その性格のギャップがまた逆に怖い。
「あなたたち、キノコ狩りしてたんでしょう？ 松茸は採ったかしら？」
「いえ、採ってません。探してるんですけど、なかなか見つからなくて……」
「でしょうねぇ。地元の人にしか判らないような細かい場所に生えてるからねぇ。何なら教えてあげましょうか？」
「ホントですか！？ 是非教えて下さい！」
既に慣れてしまったのか、松茸の群生地を教えてくれるという幽霊に、零は何の不安も無くテコテコとついて行く。
「零さんは順応能力が高いですねぇ」
「高過ぎだ……」
楽しげなリノックの言葉にはぁーっと長い溜息を吐いた草間は、やっぱり来なければ良かったと、心の底から思った。
その夜。零が幽霊と共に採って来た大量のキノコを様々な料理に代えてもらい、三人はその味に舌鼓を打っていた。
「美味しいですねー！ 松茸なんて初めてです」
「良かったですね、零さん。草間さんも、来て良かったでしょう？」
「ものすっごい疲れたがな」
言いながら、松茸の土瓶蒸しを飲む草間だが、その言葉の割には嫌がってないのが判る。零も久しぶり、というか初めてと言っていい豪華な食事に、心の底から幸せそうにしていた。
（たまにはこんなのんびりした時間もいいよね）
そんな二人の顔を見ながら、リノックはにっこりと笑って松茸を頬張った。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【1565／犀刃・リノック／男性／18歳／魔導学生】
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■ ライター通信 ■
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毎回参加有難う御座います。ライターの緑奈緑です。
今回はキノコ狩りツアーに参加して頂き、有難う御座いました。
そして遅延申し訳ありませんでした……
でも頑張って書きましたので、楽しんで頂けていれば幸いです。
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