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<東京怪談ノベル(シングル)>


ゆっくりと、ゆったりと 〜世界の謎〜


 人生では、時に解けない謎に対面する。これを神の試練だと思う人もいるだろう。更なる飛躍の前のジレンマだと考える人も。解けない謎に向かう人の気持ちは様々、それでも大抵の人がそこに超越的な何かを求める。そうでもしないと生きていけないからだ。『何故自分は生きているのか』これも解けない謎の一つ。
 何を思って買ったのか分からない本を並べ眺めて、俺は思案に暮れていた。
 ここで神様を出すのは……ちょっと気が早いかな。
 見慣れない題名見慣れない内容。題名からして面妖だ。一瞬でも興味を覚えたから買っているんだろうけど、どうしてこんな本に興味を抱いたりしたんだろう。
 掃除したばかりの本棚をちらりと見ると、まだまだ興味深い……というか、何でこんな本が在るのか分からない本が出てきた。「悪人のアメとムチの使い分け」「悪役俳優によるダメージの与え方講座」怪しいタイトルのオンパレード。他にも探せば見つかるような気がする。悪人。悪役俳優。ワル。ヤクザ……
 悪、悪、悪。
 俺は『悪』ってことに憧れていたんだろうか・・・?
 『悪』にしか学べない心理学もあるとは思うけど、それにしたってこの量は尋常じゃない。そもそも心理学の参考として買ったのかも謎だ。興味本位で買ったのかは……ますます謎。
 「何だこの共通点」
 ぽつりと呟く一言。
 買った覚えのない本に見られる一つの奇妙な共通点。それは謎を深めることにはなっても謎を解く鍵にはなってくれない。本を様々な角度から見てもそれは同じ。分かっているのに俺はまじまじと本を見詰めた。どうにかして謎が解けないだろうか、どうして自分がこの本を買ったのか、持っているのか理解できるようなヒントはないだろうか……。
 謎を謎のままにしておくことは、気持ちが悪かった。ああ、そうか。だから人は神様を持ち出すんだな。
 ―――――とにかく、何もかもが全く分からない。
 これらの本を買ったのは、本当に「俺」なんだろうか……。
 「俺であって、俺じゃない奴……かな」
 独り言は独りの空間に虚しく響き渡るだけ。
 俺であって俺ではない。こんなこと、独り言でもなければ口にはできないだろう。けれどその予感は……恐怖といっても良い、それは、俺の中にたえず渦巻いているものだった。
 妙なことを考えているってことは分かっている。誰しも自分の予想していないような自分を感じることはあるよ、知り合いのカウンセラーならこう言うかもしれない。でもそうではないんだ。そういうことじゃない。俺は、自分と全く違う別の人格が在ることを感じている。予想というよりも予感というよりも……確信にも似た強い気持ちで、俺は自分の考えを信じていた。
 ソイツは俺とは違って読心術を悪用する。気持ちを読んだ相手に対して、甚振るように精神的ダメージを与えるような。それが唯一最高の楽しみと笑うような、そんなヤツ。
 ……どうして、そんなことが分かるんだろう。
 自分でもそう思う。ぼんやりとした不安であるはずのそれが何故か細部だけは鮮明で。きっとその鮮明さが俺の予想を確信に近づけている。何故、俺はこんなことを知っているのか分かっているのか。どうして気のせいだろうと笑い飛ばせないのか……
 けれど、恐らく俺の予想は正しい。そしてその予想は新たな恐怖の予感を連れてくる。


 ―――――そのうち、俺を支配し俺として振る舞い、日常に溶け込むのではないだろうか。
 と。


 薄いカーテンから覗く光が強いものになってきた。
 「あ」
 呟く。
 「営業の時間だ」
 時計が営業時間開始を告げていた。
 自分のことを考えるのは終了、とりあえずは業務として他人のことを考えなければならない。数冊の本を一箇所に重ね、俺は自室を出た。


 「先生、俺は不幸になりたくないんだ」
 今日一番の来談者は、先週と同じことを口にした。先々週もその前も、彼、三下忠雄は口走る。不幸になりたくない、不幸になりたくない。呪文のように繰り出されるそれが人間として劣っているとは思わない。問題なのは、
 「そうなんだ」
 「気をつけているはずなのに毎日が辛いんだ。不幸な気がして」
 多分、ここだろう。長い日のうちの一つ二つが不幸だからといって、それが二十四時間の全てを占めるわけではない……と考えることが彼にはできない。
 けれど、俺の感想は言えない。言うべきではないからだ。
 カウンセリングの初歩はとにかく話を聞くこと。自分の意見は二の次。というよりも自分の意見は口にしてはいけない。経験を積めばケースバイケースで対応することも可能だけど。とにかく初歩は話を聞くこと。そして話を聞いた後でこう言うんだ。
 『君はどう思うの?』
 結局、俺たちは人の背中を押してあげることしかできない。
 自身に生まれた謎を自分で認識して向き合うこと、その手伝いをしているだけだ。事実、自分に生まれた謎は結局自分で解決するしかない。何故なら、
 何故なら、詰まるところ世界は自らが決定しているから、だ。


 ―――――じゃあ、俺は……?
 俺に生まれた謎は、別人格の話は、結局のところ俺がどうにかしないといけないんだろうか。その場合の「俺」って、「俺」なのかな……。これは試練か、通過点なのか、それとも……
 どうなんだろう、誰が答えてくれるんだろう。誰が背中を押してくれるんだろう……?


 ―――――なあ、あんたはどう思ってる?
 俺は誰かに問いかける。三下と一緒だ。誰かに聞いて欲しくてどうすれば良いのか教えて欲しくて、背中を押して欲しくて。
 俺より上にいる「誰か」は今も俺を見ている。見下ろしている。見下している。それは神様かもしれないし、もしかしたら……それは「俺」自身かもしれない。とにかく誰かは「俺」を見ている。それは痛いくらいに感じている。
 そうして、その「誰か」きっと、謎を追いかけて追い詰めようとして押し潰されそうになっている、目下の俺に向かってこう言うんだろう。
 『それで、君はどう思う?』
 と。




++ ++ ++ ++ ++ ++ ++
ありがとうございます。今回は核心に迫る部分もあるとのことで、いつも以上に緊張したのですが、
自分なりに良く書けたかな……と思います。良い緊張感でした。ありがとうございました。