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<東京怪談・PCゲームノベル>


江戸艇 〜舞台裏〜



 ■Opening■

 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だが、彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。

 その艇内に広がるのは江戸の町。
 第一階層−江戸城と第二階層−城下町。
 まるでかつて実在した江戸の町をまるごとくりぬいたような、活気に満ちた空間が広がっていた。





 ■迷子の大迷惑■

「まずいわー!!」
 を捨て台詞にだんご屋を出て行くはた迷惑の権化――紫桔梗しずめは、しかしその手にしっかとだんごの串を握っていた。
 昨夜、この世界の馬小屋に召喚され、夜中中ずっと町を徘徊した彼はちょっとばかり小腹が空いていたのである。
 壊した町木戸の数は手足の指を足してもまだ足りず、まして睡眠妨害してしまった人の数など数えようもない。歩く大迷惑はそのだんご屋に入ると10皿も頼んだだんごを、全部しっかり平らげた挙句、隣で食べていた人間の分にまで手を出した。
 その結果がこの捨て台詞ときたもんだ。
 しかし誰も彼を咎められる者などない。
 それは彼が『上様』と呼ばれるゆえ、では決してなかった。
 齢69にしてこのボディーはまだまだ現役の無頼漢である。
 とにもかくにも彼は金も払わず店を出た。
 この時代は店よりも屋台が多い。橋の袂に江戸前寿司の屋台を見つけてしずめはどっかと椅子に座ると、そこに並んだ握り寿司を片端から食べ始めた。
 途中、後ろを通りかかった甘酒屋を呼び止めて、甘酒を喉の奥へと流し込み、江戸前握りを一口。それを何度となく繰り返して全部飲み・食べ尽くすと、彼は憤怒の形相でのたまった。
「えぇい、まずいわぁ〜!」
 要約すると、足りんわ〜、という事になるのかもしれない。或いは目の前にあってゆく手を阻む邪魔者と勘違いしたのかもしれない。しかしそれに、どんな間違え方だ、などとは突っ込んではいけない。それが慌てん坊将軍の慌てん坊将軍たるゆえんなのだから。
 とはいえ、そんな事、店の者達には知りようもない事である。
 しずめの傍若無人っぷりに、呆気に取られていた江戸前寿司の店主が、勇気を振り絞って言った。
「あの、お代……」
「まずいったら、ま・ずーい!!」
 しずめはまるでちゃぶ台でも返すように屋台をひっくり返してみせた。
 彼の破壊した扉の数、推定52枚(注:1000枚で0リセット)。一方、彼にちゃぶ台返された屋台の数、32件。今にも扉と並ぶ勢いである。ちなみにこれは余談だが、彼が無銭飲食を働いた件数は53件にのぼる。――閑話休題。
 やっと腹がいっぱいになったのか、はたまた食べることに飽きてしまったのか、彼はふと、江戸城天守閣を目指して突き進み始めた。軍隊アリもかくや、と思われるほどの惨状を彼の進んだ道無き道に残しながら。





 ■サンバと産婆■

 別に深い理由があるわけではない。世の中とはそういうものなのだ。少なくともしずめはそうであった。人は時にそれを気まぐれと呼ぶ。
 江戸は江戸城を中心に螺旋構造をしている。つまり天守閣に向かうには渦巻状になっている濠を辿ってぐるぐる回らなければたどり着けないのだ。しかし、ぐるぐる回らなければ目的地にたどり着けないというのは彼の好みに大いに反していた。まっすぐ目的地に直進。これのみである。
 江戸城から町へ出る時は、上から下へ向かっていたので、壁を突き破っても基本的に問題はなかったが――勿論、別の問題はあったが――町から城へはそうはいかない。土塀を突き破れないからだ。まっすぐ進むには濠を泳ぎ、塀をよじ登っていくしかないのである。
 まるで蜘蛛の如くしずめは壁をよじのぼって江戸城天守閣を目指した。
 やがて庭までたどり着いたところで、彼を見つけた若年寄畑倉が、血相変えて駆けてきた。
「上様ーー!!」
 それを煩わしげに追い払う。手の甲を軽く振っただけで、畑倉は庭の池まで飛んでった。
 しずめは更に突き進む。
 ドアは押して開けるもの。少なくともしずめに引くとか退くとかいう言葉はない。勿論、扉だけではなく、壁も押してまかり通る。
 江戸城の壁も襖も障子戸も、全部そうして進んでいたしずめだったが、ふとそこで何やら思い出したように足を止めた。
 ――そうだ! サンバに参加したかったのだ。
「えぇい! サンバじゃ! サンバの用意をせい!」
「はっ? 産婆……でございますか?」
 畑倉が不思議そうに首を傾げた。何故突然産婆なのか、畑倉にはさっぱりわからない。
 要領を全く得ないといった顔の畑倉に、しずめは焦れたのが業を煮やしたように怒鳴りつけた。
「サンバはサンバじゃ! 今すぐ用意せい!」
 彼らの間に意志の疎通など全くない。しかし畑倉は額を地面にくっつけて平伏した。
「ははぁ〜」
 そうして駆け去るその背を見送って、更にしずめは思いつきだけで言い放った。
「祭りには花火が付き物だ。花火を作るぞ!」
「えぇ!? 上様御自らでございまするか!?」
 側近筆頭成原が目を丸くしたが、しずめは意に介した風も無い。
 かくて城内に花火師が呼び集められた。
 花火師らが花火の準備をしている間、しずめは城の者達にサンバの指導を始めた。
 上裃姿の者達が腰を振ってサンバの練習をする。あまり見ていて楽しそうな光景にも見えない。男どもが腰を振っても華が足りないのだ。
 しずめは自分の思い描いていたものと違うそれに苛立ったのか、やっぱりそれも気まぐれだったのか、突然天守閣によじ登り始めた。
 側近たちがハラハラと見守る中、彼は祭りをやっていないかと町を見渡す。
 だが、それらしいものは見当たらない。
「ちっ」
 舌打ちを一つしてしずめは天守閣から庭へ飛び降りた。そこに小さなクレーターが出来る。そこへ畑倉が馳せ寄ってきた。
「上様ー! 産婆を用意しましたー」
「遅いわぁ〜!」
 しずめは畑倉を手の甲で払った。畑倉は再び池に落ちる。
 そこにキセルを咥えたばばぁが立っていた。
「!? 貴様っ!?」
 覚えていた、といえば嘘になる。彼が人の顔を覚えるなど滅多にないことだからだが。しかし、体の方が覚えていたらしい。
 キセルを咥えたばばぁ。彼女は因縁の好敵手――梅。
「サンバはどこじゃー!!」
 しずめが怒鳴った。
「ここじゃ」
 梅はのんびりと答えた。
「何をいうか!?」
「ひっひっひっふー」
 梅が産婆のリズムを唱えた。
「ちっがーう! サンバのリズムはこうじゃ!!」
 しずめが腰を振って見せるのに、しかし梅は静かに続ける。
「ひっひっひっふー」
「違う! 違う! こうじゃ!」
 しずめは梅の周りを一周するようにサンバを踊ってみせた。
 だが、梅は相変わらず産婆のリズムだ。
「ひっひっひっふー」
「こうじゃー!!」
「ふん。男如きに産婆の呼吸がわかってたまるか」
 梅が煙を吐き出しながら言った。
 しずめの怒りのボルテージが最骨頂へのぼっていく。
「えぇい! 頭が高いわぁー!」
 しずめは言葉で勝てぬと思ったのか、ごり押しに出た。
 力でねじ伏せるべく掴みかかろうとする。
 しかし、ばばぁは小さかった。その上梅が呆れたように袂にあった大石に腰を下ろしてしまったものだから、しずめは思いっきり空振って、そのまま勢い余って梅の頭上を飛び越えてしまった。
 勢いよくその後ろの壁に激突する。
 壁の方が脆かった。
 しずめは壁を突き破ると、その向こうの濠に落ちた。
 しかし本人は若干その事に気づいていなかった。
 辺りに梅の姿がなくなっている。その事が重要なのだ。
「どこに行ったぁ〜!?」
 天下無敵の迷子親父はその天性の方向音痴をフルに発揮して江戸城を後にした。
 こうして江戸城の脅威は去ったのだった。

 しかし、台風の目はその場を江戸の町に移しただけなのである。





 ■さすらいの大決闘■

 江戸の町の片隅にある『梅の小町』は、梅の店である。
 その座敷の一室で彼は目を覚ました。
「ぷりんはどこじゃ〜!!」
 どうやら彼は今まで夢を見ていたらしい。どんな夢だったのかはこの煩い寝言からは想像もつかなかったが。
 見慣れぬ景色に飛び起きて、彼は珍しく過去を反芻した。彼が過去を振り返るなど滅多に無い事だ。余程気に入らない記憶がそこにあったと見える。
 彼がこの部屋で寝かされている理由。
 受け入れがたい屈辱だが、自分はあのしわくちゃばばぁに蹴りを入れられ失神させられたのだ。
 しずめは庭に出るといきなり夕方から花火を打ち上げた。

 『は』
 『た』
 『し』
 『じ』
 『よ』
 『う』

 見事な花火である。夜空なら綺麗に文字が浮かび上がった事だろう、残念ながら今は茜空であった。ついでにこれは余談だが、江戸時代の花火はオレンジ色一色しかない。
 庭先で上がる花火の音を訝しんで梅は庭へ顔を出した。
 しずめが庭先に身構えている。
 彼にとって梅は、最愛の妻を超えかねない強敵であった。
 梅は飄々と縁側に立ち、別段身構えるでもなくキセルを吹かしていた。
 ぷかりと吐き出した煙がドーナツの輪を作る。何とも優雅だ。
 しずめはじりと半歩間合いを確認するように右に動いた。
 けだるげに梅も右へ半歩動く。
 風が砂塵を伴って彼らの間を駆け抜けて行った。
 それを合図にしずめが一気に間合いを詰める。梅はその一撃を軽くいなしてしずめの後方へ回った。
 しずめが勢い余って縁側をぶち抜く。
 間髪入れずに梅の回し蹴りがしずめの後頭部を襲った。
「店を壊すな、このたわけが!!」
 しかし空中で放たれたそれは踏み込みが甘かったせいかしずめを沈めるほどの威力はなく、逆にしずめの怒りを煽っただけであった。
 庭先で再び2人は対峙した。
 睨み合う。
 陽は既に沈み、代わって空には月が昇っていた。
 しずめが咆哮をあげる。
 いつも先に動くのは彼の方だ。先手必勝というよりは、ただのせっかちなのだろう、待つという事が嫌いなのだ。
 しかし梅は小柄である為、標的としては小さくその上ちょこまかと動く為、捕らえきれない。
 飛び蹴りはやはり梅を飛び越え縁側をも飛び越えていた。
 座敷に転がり込む。
「だから、店を壊すな!」
 梅が怒声を張り上げた時だった。
 夜空に花火が打ちあがった。
「わしを入れんで祭りを始めるとは何事じゃー!」
 しずめが襖をぶち破る。祝1枚目。
 祭りの前に天敵の存在など霞む。所詮過去を見て生きるなど性に合わぬ男。
 彼はただ、前へ未来へ突き進む。



 かくて2人の勝負は水入りにて引き分けで幕を閉じたのだった。



 ■大団円■





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4621/紫桔梗・しずめ/男/69/迷子の迷子のお爺さん?】


異界−江戸艇
【NPC/江戸屋・梅/女/52/老婆役】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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