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<東京怪談・PCゲームノベル>


江戸艇 〜舞台裏〜



 ■Opening■

 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だが、彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。

 その艇内に広がるのは江戸の町。
 第一階層−江戸城と第二階層−城下町。
 まるでかつて実在した江戸の町をまるごとくりぬいたような、活気に満ちた空間が広がっていた。





 ■Welcome to Edo■

「何や、お前」
 遊女の世話をする禿の女の子が場違いを咎めるような口調で言った。どこか相手を小ばかにした風に聞こえるのは、その上方喋りのせいだろうか。
 小袖を粋に着流した、見た目はその禿と同い年くらいの少年が眉尻をわずかにあげて睨み返した。
「いきなり不躾なやつじゃな」
 腕を組み、ため息混じりに呟く。こちらも負けず劣らずの生意気な口ぶりであった。
「子供の来るとこちゃうで」
 まるで追い払うみたいに禿の子が言う。
 ここは花町。女が男に春を売る場所である。ともすればそんな場所で確かに子供は場違いであろう。余程、この禿のような事情がなければ。
 しかし子供はムッとしたように言い返した。
「おぬしも子供じゃろうが」
 確かにそうである。禿の子は両手の平を空に向けて肩を竦めてみせた。
 やれやれといった顔がふと、合点がいったようなそれに変わる。
「あ、迷子かいな」
「違うのじゃ」
 子供は答えた。とはいえ、半分くらいは図星だろう、事実屋敷への道はさっぱりわからない。
「しゃーない。うちが案内したるわ」
 そう言って禿の子は子供の手を引いて歩き出した。
「うちは、楓。あんたはん、名前は?」
「本郷源じゃ」
 子供が答えた。
 見た目は確かに少年然としていたが、彼女はれっきとした女の子であった。


 ◇◇◇


 楓に連れられて一軒の茶店にやって来た。楓の所属する茶店らしい。吉原などは遊女が遊里から出る事を禁止しているが、同じ公娼でも京都の島原などでは、門番に届けを出せば勿論見張りの付き添いは付くが、外に出る事が許されている。当然、岡場所も似たり寄ったりで、比較的緩やかなところも多くあった。
 茶店の三和土で「ここで待っとり」と言われて源は暫くそこに立っていた。しかし物珍しさと好奇心が手伝ってつい奥へ上がってしまう。
「……これで材木の値段も上がりますな」
「うむ」
 障子戸の向こうから聞こえてきた声に、ふと源の足が止まった。ただならぬ雰囲気は、とても茶店で語られるような内容とも思えずに耳をそばだてる。
 と――、
「源はん? どないしたん?」
 突然、背中から声をかけられ源は飛び上がりそうになった。楓の気配に気づかないほど神経は障子戸の向こうに注がれていたのである。
「あ、いや、この線香はなんなのじゃ?」
 源はその場を取り繕うように廊下に置かれた線香を指して尋ねた。
「あぁ、それは揚げ代の線香や」
「へぇ〜」
 楓の説明を聞きながら、源はその場を急いで立ち去った。その背に障子戸がわずか開けられるのを感じながら。
 そうして線香と揚げ代の関係についてあれこれ説明を聞いていた源は、遊里を出て暫くしてから楓に尋ねた。
「ところで楓殿」
「何や?」
「さっきの部屋の客は何者じゃ?」
「え? あそこは確か……材木問屋の角屋はんやと思たけど」
「材木問屋……」
「それがどないかしたん?」
「いや、ええのじゃ」
 怪訝な顔をしている楓に、源は手を振って笑みを返した。


 ◇◇◇


「どないしたんや?」
 考え深げな源に楓が顔を覗き込む。
 2人は遊里を出て人気のない林道を歩いていた。
「材木の値を上げる方法を考えておったのじゃ」
「材木の値を上げる方法?」
 楓が不思議そうに首を傾げた。どこからそんな話が、とでも言いたげな顔付きだ。
 源は神妙な顔付きで「うむ」と頷いた。
 物価は需要と供給のバランスで決まってくる。値を上げるには需要を増やすか供給を減らすかのどちらかである。しかし材木など供給を減らしたところで米や食物のように必要不可欠というものでもないから、値が上がれば需要が減り全体の売り上げが下がるのがオチだ。材木の値が上がっても売れなければ商売としては成り立たない。
 つまり需要を増やすしかない。
「うーん。なんやようわからへんけど火事のたんびにおねぇはんらは走りまわっとるよ」
 楓が視線を明後日の方に巡らせて、その時の事を思い出すように言った。
「火事……」
 源が呟く。
 火事になればこの時代の建物は殆どが木造だから、嫌でも材木の需要が増えるだろう。
「それじゃ! さっきの材木問屋の話は火付けの……!?」
 言いかけた言葉を切って源は身構えた。
 彼女の常人離れした嗅覚が何かを嗅ぎ取ったのだ。
 源は反射的に楓を背負って走り出していた。
 その背を見送るように一人の男が木の影から顔を出す。
「子供が同心の真似事か……?」


 ◇◇◇


 火付盗賊改め先手頭屋敷前。
 北町奉行本郷源の守。それが源のここでの表向きの肩書きである。だが町奉行の仕事は警察機構だけではない。行政が占める部分の割合も大きいのだ。
 しかも今回の一件は火付けである。なれば町奉行より火盗改めの管轄だろう。何より動き回るにも情報を集めるにもこちらの方が都合が良かった。
 それ故彼女はもう一つ、別の顔を持つ。
 屋敷の門をくぐろうとしたところで彼女の足元に何かが転がった。石を包んだ紙のようである。
 源は拾って紙を開いた。
「禿のガキを預かった……」
 声に出してそれだけ読んで源は手紙を握りつぶす。誰かに喋れば、という脅しだろう。
 自分を見張る者の視線に気づいた。恐らくはこの文を投げた者だ。
 源がこのまま先手頭に仔細を報告すれば楓の命は保障しないという事か。
 源は奥歯をぎりぎりと噛んだ。
 人質をとる汚いやり方に怒りが収まらない。
 源は踵を返すと材木問屋へ歩き出していた。勿論、楓の救出が最優先である。


 ◇◇◇


 自分を監視する者を適当に撒いて源は角屋の裏口へ回ると勝手口から庭へ入った。縁側に面した座敷の障子の向こうに角屋主のひさぎがいるらしい事が匂いで読み取れる。
 しかし源は庭を横切って蔵の前に立った。この中から楓の匂いがするのだ。錠前はその怪力で叩き壊し、源は中へ入った。
 果たしてそこに楓が縄で縛られ倒れていた。
「大丈夫か?」
 走り寄って抱き起こすと楓が薄く目を開けた。
「源……」
「うむ。もう大丈夫じゃ」
 源は縄を解いてやる。
「歩けるじゃろうか?」
「うん……」
「なら、このまま番屋へ走れ」
「源は?」
「わしはまだ、やる事がある」
「…………」
「頼んだぞ」
「うん」
 楓が勝手口から出て行くのを確認して源は庭先に出た。
 源の気配に気づいたのだろう、角屋の若頭、柊が障子戸を開ける。あの時、岡場所で角屋の主と話していた男であり、あの林道で自分たちを付けねらっていた男だ。
「子供が同心の真似事かい?」
 柊はその優顔に人懐っこい笑みを浮かべてみせた。源が身構える。
「材木の値を上げるために火付けを企てただけでなく、それを知った幼い楓まで拉致監禁とは!」
「君が喋らなければ問題ない」
「えぇい、黙るのじゃ! 他の誰が見過ごそうとも、この桃花吹雪がしかと見届けたのじゃ!!」
 源はそう言ってもろ肌脱いだ。前回は絵師選びに失敗して何だかわからない絵になってしまったが、今回は刺青シールをしっかり仕込んである。
 柊はやれやれと肩を竦めて源に近づいた。
 子供と侮ったのだろう。
 やんわり伸ばされた柊の手をとって源はねじり上げる。
「うるさいな」
 そこへひさぎが現われた。源の足蹴にされている柊に不愉快そうなそれを眉間に寄せて言い放つ。
「子供の戯言に付き合ってる暇などないわ! 者共、やれぇ!!」
 ひさぎの号令と共に角屋の三下らが一斉に源に襲い掛かってきた。
 しかし獣人の血を引く源の前に角屋の三下では彼女の準備運動にすらならなかっただろう。
 瞬きにして5回。
 それで5人は地を這った。
 他の者共が怯むようにその場に固まる。
 源は一歩踏み出した。
 ひさぎが後退る。
 そこへ楓が呼んだのだろう、与力が先導した同心らが大挙してやって来た。
「御用だ! 御用だ! 御用だ!」
 それに源は着物をなおすと、こっそりその場を立ち去ったのだった。


 ◇◇◇


 火付盗賊改めの裁判は先手頭屋敷の庭――こちらもお白州と呼ばれる――で行われる。その様相は殆ど町奉行と変わらなかったが、そもそも火盗改めは町奉行のような諸手続きを殆ど踏む事はない。即座に取り調べが出来るのがその特徴でもあったのだ。
 故に、ここでの知らず存ぜぬは殆ど意味をなさないといっても過言ではない。
 しかし、下男に縄尻を取られたひさぎも柊もそしてその三下達も、庭に敷かれたむしろの上に正座はしているが、そ知らぬ顔でそっぽを向いていた。
 証人席に座っている楓も子供なら、取調べている源もまだ子供と侮っているのだろう。
「身に覚えがありませんな」
 ひさぎはのんびり答えた。
 その他人を見下したような粘つく喋り方に源は憤然と持っていた扇子を袂に叩きつける。
「えぇい、まだ白を切るか……」
 業を煮やしたように立ち上がって、源は前へ一歩進み出でると凄んで見せた。
 だが彼らは相変わらず悪びれた風もなく横を向いている。
 源は一つおもむろに息を吐きだして、それからゆっくりと諸肌脱いだ。
 その刺青シールを彼らに見せ付けるように言い放つ。
「この桃花吹雪に見覚えがないとは言わせないのじゃ!!」
 ひさぎと柊とその三下共らが仕方なさそうにそれを振り返って目を剥いた。
 あの小童が、目の前の火盗改めと同一人物だったのだ。これでは知らぬ存ぜぬは通用しない。目の前にいるその人物こそが何よりの証人でもあるのだ。
「…………」
 ひさぎは諦めたようにうな垂れた。
 三下共もがっくりと頭を下げる。
「火付けを企てるだけでは飽き足らず、それを知った幼女まで拉致監禁するとは不届き千万。市中引き回しの上、打ち首獄門なのじゃ! 引っ立てぃ!」
 源が言い放った。
 同心たちがひさぎと三下たちを引っ立てていく。
 驚いたように源を見返していた楓に、源は袖を直すと笑みを向けた。
「源……」
「もう、大丈夫なのじゃ」
「うん! ありがとう!」
 楓が満面の笑みを返した。
 刹那、世界が白く光輝いた。
 目を開けていられないほどの強い光が源を包む。

 夢か現か現が夢か。
 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だけど彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。
 たまたま偶然そこを歩いていた一部の東京人を、何の脈絡もなく巻き込みながら。
 しかし案ずることなかれ。
 江戸に召喚された東京人は、住人達の『お願い』を完遂すれば、己が呼び出された時間と空間を違う事無く、必ずや元の世界に返してもらえるのだから。





 ■大団円■





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1108/本郷・源/女/6/オーナー 小学生 獣人】


異界−江戸艇
【NPC/江戸屋・楓/女/9/子役】
【NPC/江戸屋・柊/男/29/色男役】
【NPC/江戸屋・楸/男/48/恰幅のいい男役】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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