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■魔物たちのプレゼント■
「それ」達は、何の前触れもなくあらわれた。
◇
起きたとき、寒い、と思わずからだを震わせた。
けれどマンションの管理人である以上、布団の中に再びもぐってぬくもりを楽しむなんてことはできない。
牙道エオは観念して、顔を洗い、着替えをし───身支度の最後に欠かせぬこととして、サングラスをかけた。
───わたしの、鎧。
これがあるからこそ、瞳の中に弱い色があるのをさとられないですむのだ。
大抵は。
この魔都・東京では摩訶不思議なことが起こることも多いが、ことエオが管理をしている高層マンション「空の扉」においては、特に、と言ってもよかった。
場所が悪いのかエオの血筋が引き寄せるものなのかは分からない。
が、よくどこかの空間との間にひずみができ、よく分からない現象が起こったりする。
それはいつもまったく前触れもないものではあったが、あまり深刻な「空間」に繋がることは滅多にないので、それだけが救いだった。
「牙道さん、おはよ」
住人達の憩いの場に行くと、443号室の住人である眞宮紫苑がそこにいた。彼がここに訪れてきたのは、そう前の話ではない。
ただ、人を寄せ付けない部分はあるものの、反面どこか人を惹きつける何ががあるらしく、少ない住人のほぼ半分と仲良く話しているのをよく見かける。
「おはよう、眞宮さん」
彼がサングラスをしているのは───自分と違う意味合いのことだとは熟知のうえ。
否、世の中の殆どの人間がそうだろう。
けれど、彼に妙に親しみを覚えるのは、そのせいもあるのかもしれない───どこか感覚のズレているエオは、そんな風に思っていた。
「寒くなったわね」
「そうか?」
ここのところ宴会続きなのだが、まだ紫苑が酔ったところをエオは見たことがない。今朝も、けろっとした顔で憩いの場に設置してある自動販売機で買った飲み物を飲み、窓からの景色をたのしんでいるようだった。
「そういえば、もうすぐ冬だからな」
思い出したように、そんなことを言う。
エオは少し首を傾けた。
「寒さを感じないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど。寒さに強いのかな俺」
その言葉に含まれたたくさんの意味に気づかず、エオは「そうなの」といつものように相槌を打つ。
今夜もまた、宴会をするのだろうか。
たずねようとして、エオはぴくんと身体をすくませた。空間の───ひずみが、ひらく。
その感覚は、エオにしか分からないことだ。
「? どうした? 牙道さん」
エオの様子に気づき、眉をひそめて紫苑は立ち上がる。
「ひずみが、ひらいたの。でも、この感じ───いつもの、感じじゃなくて。寒気のする、なにかが、」
がしゃあん───!!
エオの言葉を砕くように、二人から離れた位置にあった自動販売機、そのすぐ前の「空間が割れる」音がした。
同時に、ゆらりと気味の悪い動きを見せながら「歩いてくる」、緑色の、緑色の液体をかためただけの人型の───魔物たち。
「! 眞宮さん、さがって」
紫苑は、一般人だ。何らかの能力は持っているのかもしれないが、「こいつら」にそれが通じるかは分からない。
だが、逆にエオをかばうように前に出た紫苑の、いつもと明らかに違う顔つきに───エオは、おどろいた。
サングラスを通して、かすかに、細めた瞳が見える。エオが知っている、紫苑の顔ではない。
それは、
彼の───「殺し屋」としての、顔。
しゅっ───
音がして、エオは我に返った。
紫苑が取り出していたコルトパイソンの銃口から放たれた音が、エオの耳に残響としてはりついた。
(え───?)
なにが、おこったの?
その じゅうは どこから いつから?
まみやさんは、わたしが
まもらなくては
いけない のに
「牙道さん」
呆然とするエオに、何事もないように紫苑がたずねてくる。
「人型だから人の急所狙ったけど、あいつら蚊ほども感じないらしい。弱点とか、分かるか?」
「ぇ、」
「心臓、眉間、額、喉。とりあえずその四つは駄目だった。牙道さん、心当たりはあるか?」
「ま───まって」
そうだ。
今は、動揺している場合ではない。
ほかの住人もいるのだ、護らなくてはならない。明らかに、この「緑色の液体」からは殺意を感じる。
その前に、倒してしまわなければ。
エオにも、それなりに戦闘経験はある。殺気を探知していく術も身につけている。
「これ」達は倒さなければならない。
───ふと、左の脇腹が熱くなった。
「な」
なんだって───。
そんな顔をして、紫苑がエオを見下ろしている。
今。
なんの前触れもなかった。
人型だから、攻撃してくるときも人と似たような行動があると思っていた。
なのに、「それがなかった」。
手をのばしたりも、こちらに直接接触する動作は見られなかった。
空気すら、動かなかったのだ。
では、
なにが・エオのわきばらを・えぐっていったの・だろ・う
「? どうしたの、眞宮さん。まって、もう少しで思い出しそうなの。この感じ───」
そこで、エオはふたたびかたまった。
このかんじ、どこかで、むかしどこかで、たしかに。
そう、エオはたしかにむかしにも、こいつらにあったことが、ある。
でも。
それを思い出したのは、「今えぐられた」から。
ぽた、
思い出したように、脇腹から血がしたたりおちる。
同時に襲う、ふかい痛み。
「っ───!」
くずおれそうになるのを、エオは歯を食いしばってこらえた。
「大丈夫か? クソ、楽しんで戦闘ってわけにもいかなくなったな」
そう───この窮地にも眉ひとつ動かさず、紫苑はむしろ戦闘を楽しもうとすらしていたのだ。それを邪魔したこと、そして───紫苑の目の前で、エオを傷つけた罪は重い。
(そう。「この俺の目の前で」怪我人を)
「よくも出してくれたな」
エオを、というよりも。
自分が同じ場にいて、誰かが傷つく。そんなことは、超一流の腕を持つ眞宮紫苑にはあってはならなかった。紫苑自身がゆるすことではない。
「眞宮さん……『ひとさしゆび』よ」
荒く息をつきながらも、エオは記憶の底からこの魔物の急所を引きずり出した。それを言っただけで、紫苑にはなんのことかが分かる。改めてぺろりと唇を舐め、
「了解」
短くこたえ、銃口を向けたと思った時には一番近くまでのろのろと歩み寄ってきていた魔物一体の人差し指を吹き飛ばしていた。
よくも、と言ったわりには淡々と───次々と、狙いを少しもたがわず一度もはずさず、魔物たちを屠ってゆく。
(殺気すら、出さないで)
冷たくも見える紫苑の横顔を、座りながらも自分も銃で魔物たちを撃っているエオは、ちらりと見る。片手は、脇腹の血を押さえていた。脇腹───そうだ、気をつけなければならないのはもうひとつ、あった。
「───」
左の二の腕をえぐられ、血が滴り落ちるのにも紫苑は構わない。致命傷でも戦闘不能になる傷でもない。それは、紫苑に言わせれば「かすり傷」。だから、無言で銃を撃ってゆく。
「眞宮さん、言うのが遅れてごめんなさい。これ……あいつらの攻撃方法は、わたし達の息」
「息?」
また一体、魔物が倒れ、消えてゆく。
「そう……わたし達の呼吸にあわせて、空気として口から体内に入り込んで───『中からえぐるのよ』」
「ああ、なるほど」
それでか。
殺気もない、という点では紫苑はこの魔物たちと同じ。
だが種を明かされれば納得がいく。相手の息から入り込むなら、殺気も武器も必要がない。
「牙道さん、息、止めててくれないか? 攻撃しないでもいいから。そうだな───」
敵の残りの数を見て、はかる。
「30秒でいい」
「、───分かったわ」
一瞬、空間からわらわらと出てくる魔物たちを相手に、そんなに短時間ですませようとする紫苑の気が知れなかった。
だが、彼なりに何か考えがあるのだろう。
エオは銃を持ったほうの手で、口元をおさえ、息を止めた。
待っていたように、紫苑の手が今までよりも素早くなる。彼も息を止めているのだろうか、攻撃を受けずにただただ魔物たちだけが彼の手で屠られてゆく。
「見えた!」
紫苑に対し、どんな態度を取っていいのか分からなくなっていたエオは、その声にふと顔を上げた。そこには、魔物たちの親玉と思われる、ひときわ大きな緑色の液体の───人型の、かたまり。
そうか───紫苑には、見えていたのだ。
空間の奥、恐らくは一番最後に出てくるであろう親玉の姿が。
なんて───目が、いいのだろう。
気づけば、エオは肩の力を抜いていた。
親玉もそして、紫苑の手で───消えていった。
◇
「無茶、するのね。案外」
救急箱を探してそれを手に戻ってきた紫苑に、エオが微笑みを向ける。紫苑にとっては普通のことだったので、彼にはそんなことを言うエオの気持ちが分からない。ただ、
「そうでもないさ」
と笑った。
「さ、傷の手当てするから服、この部分だけ破ってもいいか?」
「ええ。でも、眞宮さん」
「ん?」
隣に座り、見返してくる紫苑は、「普段」の彼の顔つき。
闘える理由を聞こうとも思った。何故、あんなに───「能力」などではなく、まるで人間向きの戦いなのか、とも。
けれど、
(眞宮さんは眞宮さんだわ。新しい面を見たからって、わたしの中で彼に対する想いの何が変わるわけでもない)
それが恋に変わる想いに発展するものだとは、自分では露ほどにも気づいていないエオも相当にズレているものだが、とにかく彼女は。
(それなら、これから眞宮さんの『新しい面』も少しずつ、ゆっくり知っていけばいいんだわ)
そう思うと、今回の魔物たちが彼女に「紫苑の新しい面を知ることのできるきっかけ」という、些か荒っぽいプレゼントを持ってきたような気がしてならないから、自分の感覚もおかしいのだろうかと一瞬思ってしまう。
動揺していた気持ちを、静かにしずめて彼女は微笑んだ。
「眞宮さんの怪我の手当てのほうが、先よ」
「ああ、こんなのはかすり傷だから」
「じゃ、わたしのもかすり傷だわ」
「いや、結構血が出てるし、場所が場所だし、痕が残ったら大変だろ?」
「それなら、眞宮さんも同じよね」
エオの気遣いが、紫苑には分からない。だからそんな問答をしているうちに次々に、今日も平和に起き出してきた住人達が二人の姿を見て、後にこんな噂を立てたことが、二人の耳に届くのはもっとずっとあとの話だった。
『実はうちの管理人と443号室の住人は、互いに血を流すほどの派手な喧嘩をするほど仲がいいらしい』
結局、どちらが先に治療をすることになったかは、定かではない。
《END》
**********************ライターより**********************
こんにちは、ご発注有り難うございますv 今回「魔物たちのプレゼント」を書かせて頂きました、ライターの東圭真喜愛です。本当はもっとカッコいい(はず)のタイトルを考えていたのですが、オチがこのようになったので、あえて、童話のようなタイトルではありますがこのタイトルのほうが希望が持たせられていいかな、と。
また、噂がどこからどんなふうにお二人のお耳に入るのか───少々興味がありますが(笑)。
お二人の幸福を祈りつつ。
ともあれ、ライターとしてはとても楽しんで、書かせて頂きました。本当に有難うございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも魂を込めて書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
【執筆者:東圭真喜愛】
2005/10/29 Makito Touko
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