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心霊写真激写スポット
ぱさっぱさっと、紙が落ちるような音がアトラス編集部内に静かに響いていた。編集長である碇・麗香(いかり・れいか)のデスクには、何十枚もの写真の山が出来ている。そしてそれを戦々恐々と見ているのは、今日も不幸そうな顔をした三下・忠雄(みのした・ただお)であった。
「はい、終り」
「あひゃあー!」
碇の声に、三下が奇妙な叫び声を上げる。デスクの上にある写真の山は、二つの箱の片方のみに入れられていた。その一つには『採用』の文字が、もう一つには『没』の文字が書かれている。そして写真の山は『没』の方に出来ていた。『採用』の箱には一枚も入っていない。
「もっといい写真、撮って来れないの?」
「無理ですー! これが限界なんですー!」
「言い訳無用。……そうだ。そういえば心霊写真を撮るのに最適な場所があったわね」
おうおうと泣く三下に構わず、碇はデスクの引き出しの中から一枚の地図を取り出した。その地図を三下に無理矢理持たせる。
「そこはね、良いも悪いも関係なく幽霊の多い場所なんですって。何でも、霊感のない人間でも何十枚と心霊写真が撮れるそうよ。そこならあなたでも迫力のある心霊写真が撮れるでしょ」
「嫌ですー! そんなところに行ったら死んじゃいますー!」
地図を持ってガタガタと震える三下に、碇はにっこりと笑ってカメラを押し付けた。
「行ってらっしゃい」
「むしろ俺と一緒にいる方が、霊が寄って来ちまうんじゃねーかと思うんだけど」
ぼそりと呟く悟・北斗(あおぎり・ほくと)に、三下は青ざめた顔からもっと血の気を引かせて、持っていたカメラをしがみ付くように抱きしめた。
「そそそそんなこと、いい言わないで下さいよぉぉ」
「ま、変なのが来ても俺が退治してやるから、気楽に行こうぜ。……俺で何とかなれば」
頼もしい言葉に付け足された一言に、三下があひぃーっと奇声を上げる。そんな三下に背を向けながら、北斗は悪戯っ子のように舌を出した。
「しっかし、変な森だなぁ。確かに良いのも悪いのもごちゃ混ぜって感じだな」
言って、周りを見渡す北斗の目に、鬱蒼と生い茂る木々が映る。踏みしめる足の感触も何だかフワフワしていて、地面一面に苔がびっしりと張り付いているのに気付いた。これでは周囲の湿度が異様に高いのも頷ける。これで蒸し暑かったら最悪だったのだが、有難いことに日の光の入らない森は肌寒いくらいだ。ぐるりと見渡して、北斗は未だ震えている三下に振り返った。
「撮るなら悪霊以外だな。あいつら、絡むとしつこくってさー」
ずんずんと奥に進む北斗を、三下がビクつきながら追いかける。すると、その横から二人を伺うように半透明の人々が現れた。それに北斗が足を止め、三下に意地の悪い笑みを向ける。
「選り取りみどりじゃん」
「ええうわははいひー」
北斗に肯定なのか否定なのか判らない言葉を返す三下は、ガタガタと震えるだけでカメラを向ける気配はない。そんな三下に北斗は呆れたように肩を竦めて、三下の手からカメラを取り上げた。
「おまえ、そこ立ってろ。撮ってやるから」
「えひぃー!?」
ほいほいと三下を顔が半分潰れた男の前に立たせる。男はぼーっと立っているだけだったが、三下はその顔を見た瞬間、失禁でもしそうなくらい怯えた表情で仰け反ると、バタバタと北斗の背に隠れ、引き千切れんばかりに首を横に振った。
「何だ? 嫌なのか?」
「嫌に決まってますぅー!!」
「しゃあねぇなぁ」
幽霊だけ撮るのも味気ないんだけどなぁ、と思いつつ、北斗が顔の潰れた男を撮ろうとしたとき、後ろから三下の叫び声がして、北斗は怪訝そうに振り返る。
「何だよ」
「あたああたあたまにあたまになんかがー!」
バタバタと腕を振り回し、完全にパニックになって要領の得ない言葉を発する三下に片眉を上げ、北斗がふと目線を上げると、そこには一匹の黒猫がいた。三下の頭にちょこんと座って黒猫が尻尾を振ると、その尻尾が二つに分かれる。それを見て、北斗が驚いたように目を丸くした。
「へぇ、猫又かぁ。珍しいな。猫又がこんなところにいるなんて」
言って、北斗が猫又の鼻先に指を寄せると、猫又はくんくんと鼻を動かして、北斗の指先を舐めた。そんな懐っこい行動に北斗の目が、そして強張っていた三下の身体も緩む。
「か、噛み付いたりしませんよね……?」
「大丈夫だろ」
北斗の言葉に三下が恐る恐る猫又に手を伸ばした。ゆっくりと脇に手を差し入れ、そろそろと下ろす。くるんと目を丸くして小首を傾げる可愛らしい猫又の仕草にほっと安堵した三下が、猫又に顔を近づけた、瞬間。
それまで大人しくしていた猫又の毛が逆立ち、薄い茶色だった目が金色に光ってぎょろりと大きくなった。ぼんっと身体が膨らみ、手からはジャキンッと鋭利な爪が飛出る。
「ギシャアァァァッ!」
「ぎにゃあああああっ!!」
ぐわっと巨大な口を開けて、三下に向かって牙を向けた猫又に、三下が悲鳴を上げて白目を剥く。そしてそのままの体勢で後ろに倒れる三下の手からするりと抜け出した猫又は、三下の腹の上に座り、満足そうに毛繕いを始めた。
「……おまえなぁ……」
呆れたように呟く北斗に、猫又は目を細めて首を掻く。それを暫く見つめた後、北斗はおもむろにカメラを構え、シャッターを切った。
「あら、可愛い」
碇は戻って来た三下と北斗が撮った写真、正確には北斗一人が取って来た心霊写真の束を選定したところで、最後の一枚に手を止めた。それは気絶している三下の腹の上で気持ちよさそうに眠っている猫又の写真だった。
「はぅ! そ、それは!!」
「可愛いだろー。猫又が」
「そうね、可愛いわね。猫又が」
自分が森に行った早々気絶してしまっていた事実をバッチリ写した写真に焦る三下に、北斗がにやにやと笑って言うと、碇もにっこりと笑って答える。そしてその写真を『採用』の箱に入れると、かぱりと蓋を閉めた。
「えぇ!? 採用しちゃうんですか!?」
「そうよ。たまにはこういう和やかな心霊写真もいいでしょ?」
言って、『没』の箱を三下に渡した碇は、「ああ、そうそう」と三下に笑みを向ける。
「今回の写真、これは悟くんが撮って来たもので、あなたが撮って来たものではないから、あなたは自分で撮った写真が採用されるまであの場所に行き続けなさいね」
「えええええっ!? な、何でですかー!?」
「お黙り。気絶してたあなたが悪いのよ」
ぴしゃりと言う碇に、三下が『没』の箱を持ったまま、へなへなと崩れ落ちる。その肩をぽんと叩いて、北斗は「まあ、頑張れ」と声をかけた。
北斗は暖かくなった懐に満足したが、三下は未だ不幸の沼から抜け出でることは出来そうになかった。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5698/梧・北斗/男性/17歳/退魔師兼高校生】
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ライター通信
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ライターの緑奈緑で御座います。毎回ご参加有難う御座います。
それなのに遅延してしまいまして、まことに申し訳ありませんでした。
頑張って執筆致しましたので、楽しんで頂けていれば嬉しいです。
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