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熱闘! 棒倒し
『それでは次の競技を紹介します』
広大な会場中に流れる響・カスミ(ひびき・かすみ)のおっとりしたアナウンス。さすがは音楽の教師というべきか、その声はマイク越しにも耳に優しい。
『プログラムナンバー五番、棒倒し。この競技は全チーム対抗です……』
会場内の各所に付けられたスピーカーから甘い美声が響く。しかしその内容の剣呑さに声に聞き惚れられる者はいなかった。
『各チーム自陣の中央に棒を立て、盾となる選手達がそれを支えます。また特攻部隊の選手達は、敵チームの盾を振り切りながら、棒へとよじ登りこれを引き倒します。最終的に自陣の棒を倒さず守り抜いたチームが一位です』
ここまでは以前まではよくあった、ごくごく普通の『棒倒し』である。近年保護者の批判の声などで廃止された学校は多いものの、一昔前までは全国の各高校で競技されていた。
だが、問題はその続きだった。
『各チーム盾となる選手は無制限、特攻部隊は六人までとします。守備・攻撃の手段は自由ですが、原則として棒自体への能力使用、武器の使用は禁止となっています。また敵チーム選手への攻撃は、殺さない程度であればOK。なお万一の際に救護ブースには、優秀な外科医陣が待機しています……』
要するに武器さえ使わなければほとんどなんでもアリという事である。PK等で棒を動かすのは不可だが、自分自身が飛ぶことは禁止でない。おまけに敵選手への攻撃が可となれば、どんな事になるか目に見えている。
一瞬誰もが参加をためらって選手集合場所から離れかけたが、その後カスミが口にした一言で、ほとんど全員踵を返してきた。
『なお、この競技は全員参加です。棄権者には大会委員長から特別なペナルティが課されます』
碧摩・蓮(へきま・れん)から課されるペナルティ、それもわざわざ『特別な』と付けるもの。それを覚悟して棄権する者は、どうやらあまり多くはないようである。
『それでは競技をスタート致しますので、選手の皆さん準備をお願いします……』
カスミがそうアナウンスするとすぐ、会場に五本の棒が立った。どのチームも『支え役』は屈強な筋肉自慢の男ばかりであった。
――パァン……
競技開始の号砲が、会場内に高らかに鳴り響く。と同時に何人もの選手らが自陣から敵陣へと駆け出した。
「よしっ……行くわよぉ〜!!」
真っ先に飛び出したのは白虎組の神崎・こずえ(かんざき・こずえ)。長い髪を翻し颯爽と、敵陣の中へと飛び込んでゆく。
向かう先はお隣の玄武組、その陣地の中央には漆黒の太い棒がどっしりと立てられている。
「まずはかく乱……すべてはそれからね。みんなっ! あたしの足についてこれる!?」
挑発的な言葉と共にこずえは、玄武組の陣地を走り回る。『盾役』の選手の間を抜けて、まっすぐに棒へと近づいてゆく。
「ちょっ……きゃああぁ!」
「誰か止めろ!!」
四方から襲いかかる手と足を、器用にかわしながら距離を詰める。棒まであと二メートルに近づくと、こずえは「えいっ!」と強く大地を蹴った。
「なっ……!?」
空中へと跳ね上がり、こずえは一人の選手の肩へ飛び乗る。そしてそのままそれを踏み台にして、更に高い空へと身を躍らせた。
――ターーーン……
華奢な足が漆黒の太い棒を思い切り蹴りつける。白い靴が棒に弾かれ宙をくるりと回転し地に下りてくる。
「う〜ん、やっぱダメかぁ……」
呟いて、こずえは棒を見上げため息をつく。
高さ五メートルの棒はそれ自体、かなり重い上に『支え役』が大量にいる。いくらなんでもこずえの蹴り一つでは、簡単に倒れたりはしなかった。
「まあわかってたことではあるけどね……さすがにちょっと甘く見すぎてたかな?」
ぺろりと舌を出して薄く笑むと、こずえは胸にかかる髪を払いのけた。
「さぁーて……これからが本番よ。目いっぱい引っ掻き回すんだから」
「う〜ん、やるねぇ……」
奮闘するこずえの勇姿にそんなのんびりした感想を漏らしたのは、黄龍組『特攻役』の内山・時雨(うちやま・しぐれ)だった。顔も声も雰囲気もらしくないが、本人曰く『女性』であるらしい。あまり運動向きだとは思えないシャツとパンツ姿で薄く笑んでいる。
「イキがいいね。あれなら使えそうだよ……五代さん、しばらくはあの子等と行動を一緒にしてみないかい?」
後ろに立つ青年を振り返って、時雨はそう静かな口調で言った。その声に伸びをしていた青年が「……ぁ?」と首を傾げて返事をする。
ティーシャツにジャージパンツ姿の彼は、同じく黄龍組の五代・真(ごだい・まこと)。スタート直後から準備運動をする、やる気なのかどうだか不明な男――いや、時雨の言葉に促され玄武組の方へと向けた瞳には、やる気のなさなどかけらも見えなかった。ポキポキと指を鳴らし『戦場』を楽しげに見つめる目には勇ましい好戦的な光が宿っている。
「……おお! あそこだな? おっしゃあ! 行くか……守りの皆、この場所は任せたぜ!!」
『盾役』の連中へと言い捨てて、真は玄武組に向かい走り出す。
「おおおおお!」
叫びながら敵陣へと突入し、手に握った『何か』を素早く投げる。
「うっ……」
「きゃあっ!」
悲鳴を上げあちこちで、玄武組の『盾役』が倒れていく。地面に伏す彼らは皆一様に両手で脛の辺りを押さえていた。
「いっ……てぇ…………」
「卑怯だ! 『武器使用』だぞ!!」
無事だった選手が抗議し審判へと叫ぶ。
「……なんだ? 誰が武器使うって?」
面倒臭そうに近づいてきた審判の草間・武彦(くさま・たけひこ)が言った。
「こいつだ! なにか投げたぞ!!」
「……おう、五代。お前んなもん隠し持っていたのか?」
意外そうな口調で訊く武彦に、真は右手の中の物を見せた。それは直径四、五ミリ程の砂利粒、どう見ても武器には見えない物だ。
「砂利?」
「ああ、これに念を込めたんだ。グラウンドに落ちてるもんだしこれは、武器のうちには入んない……だろ?」
そう言って手を握り、真はそれを地面を向けて投げた。ビシッと鈍い音で砂利粒が土の中にめり込んで穴を穿つ。
「……だな。それはただの能力だ、『武器使用』のうちにはならないだろ。問題なし、そのまま競技続行。ただしそれ、首だとかは狙うなよ」
「……ったりまえ。足しか狙わねえよ」
背中を向ける武彦に答えると、真はくるりと後ろを振り返る。「武器使用だ!」と抗議した選手は、彼を避けて遠くへと逃げていた。
「……ったく、無駄に時間使ったぜ」
再び敵を倒そうと身構えて、彼は広がる景色に目を見開いた。
「……嘘…………だろ?」
身体の細い時雨が文字通り敵を薙ぎ払い投げ飛ばし屠っていた。華奢な女性相手でならばまだしも、一応女性(であるはず)の時雨が、軽々とごつい男の手を掴み使い飽きた玩具のように放り投げるのは、戦闘慣れしている真でさえ、そう呟くくらいに」衝撃だった。
「内山サン、相当のつわものだな……まっ、だけどおかげで道開けたな」
にっと笑い深呼吸をひとつして、真は薄くなった『盾』へと飛び込んだ。自分の身体――主に両手両足――に、念を込め強引に走る、走る。
「うりゃあああああ!」
弾丸並みの突進で、真は一気に棒に迫り駆け上る。踏み台にされた選手が何人か、悲鳴をあげその場で転げまわった。
「うおおおおお!!」
驚くほどの速さで、真は棒をどんどんとよじ登っていく。『支え役』の何人かが手を伸ばし、そのうち一人はよじ登り止めにきたが、容赦のない真の蹴りに弾かれ、哀れにも地面へと落ちていった。
「おっしゃ! オレのド根性、見せてやるぅ〜!!」
ガシッと頂上近くに抱きついて、真が大音声でそう叫ぶ。同時に更に足に念を込めたのか、その身体がどんどん重くなっていた。
「くうぅ……」
急激に増した負荷に、『支え役』の選手が悲鳴を上げる。それでも粘って耐えようと頑張ったが、そこに再びこずえの襲撃が来た。
「えいっ!!」
ただでさえふらつきかけていたのに、これ以上は耐えられるはずもない。玄武組の棒は激しい音を立てながら地面へ倒れていった。
――ずうううぅん……
巨大な棒が倒されていく、地響きにも似た低い音を耳にして、白虎組のもう一人の『特攻役』、冷泉院・柚多香(れいぜいいん・ゆたか)は「ほぅ……」と呟いた。
「素早いですね。もう一チーム脱落? これは私も急がないと駄目ですね……」
呟いてまぶたを伏すと髪が、漆黒から深い青へと変わる。そして不意に全身がゆらりと揺れ、陽炎のように歪んで形を変える。
「クフォォォォォ……」
そして彼は一瞬で、巨大な蒼い竜へと姿を変えた。
「うわっ! なんだよあれ……」
眼鏡をはずし、門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)は空を見上げた。白虎組の陣地から宙を舞い、こちらへと向かってくる長い影。
「…………竜!? そんなバカな。だってまだ……」
イボイボ付きの健康サンダルを手に、将太郎は声をなくし立ち尽くす。しかし竜が自陣の棒に巻きつき、倒そうとするのを見て我に返った。
「……っ! アイツひょっとして選手かぁ〜!?」
そう、よく見れば竜の右角には、白い鉢巻らしきものが付いている。
「……やっぱそうだ。じゃあ撃退を…………っつってもアレじゃあなにしても、ダメージなんか与えられなくねーか!?」
将太郎――正確には彼の持つ副人格『カネダ』――の能力を利用した毒舌弱点攻撃をしようにも、相手の目を覗きこめないのでは――竜は頭を上に撒きついていて、地上の彼には尻尾側だけ見えている――読心術の発動もかなわない。もちろん健康サンダルで叩いてもダメージなど与えられるわけもなく、そもそも竜の尻尾まででも相当な距離があってとても手など届かない。
「くっ……これまでか? いや、諦めねえぞ! みんな気合を入れて棒を支えろ!!」
予想外の敵に困惑し動転する『支え役』の肩を叩き叱咤する。癒しの手の力で挫けかけていた心に、再び戦う気力が戻ってきた。
「大丈夫だ、特攻隊を信じろ! あいつらが白の棒を倒すまで、粘りきれば俺達の勝ちなんだ!!」
もちろんまだ倒れた棒は一つなのでそれだけでは一位にはなれないが、今はまず窮地を乗り切ることが一番に大切な事だった。
「アレ以外の敵は寄せ付けねえぜ! だからみんな、死ぬ気で棒支えろー!!」
そう叫んで再びサンダルを手に、将太郎は敵を撃退し始めた。読心術で知りえた弱みを暴き、怯んだところをサンダルで攻撃する。
「うらぁっ! そこ、内緒でへそくり五万。隠し場所はベッド脇の人形だ……そっちは浮気。出張と偽って、愛人とのんびり温泉ってかぁ……」
だが将太郎の奮闘もむなしく、朱雀組の棒は次第に傾ぎ大地へと倒れてゆくのであった。
玄武組の棒を倒した後に、こずえが向かったのは青龍組だった。先程と同じように勢いよく『盾役』のど真ん中へ飛び込んだ。
「……じゃあ、私らも」
時雨と真もそれを追いかけて共に青龍組の陣地へ向かっていく。が、その途中蒼竜に変身した柚多香の姿に気付いて動きを止めた。
「なっ……あれ…………!?」
「これはまた手強そうな……先にあそこを潰す方が得策かね」
くるりと方向を変え今来た道を、二人は駆け足で元に戻っていく。
「あんなのアリか!? 反則じゃあねえのかよ……」
「どうだろうね。ただ、あれが『本性』なら、一応ルールの中じゃあないのかな?」
この競技で禁じられているのはただ、『武器の使用』と『棒に能力を使う事』。『変身』はそのどちらでもないのだから、審判がスルーするのも当然だ。
真だってそれくらいわかっている。わかっているが叫ばずにはいられない。「なんであれが反則じゃあないんだ」と。
「……ったく、あんなのが来たら勝ち目はないぜ。さすがにあの結界も壊さ
れるんじゃねえ?」
「さあ、どうだか。あの天使もああ見えて、それなりに力があるようだから……」
彼らの陣地である黄龍組は今、『盾役』の天使の結界に護られている。外見こそ若く優面だがイスターシヴァ・アルティスはセラフィムで、結界や治癒などに関してはずば抜けて高い力を持っている。そして彼は今その全精力をかけ、自陣を強い結界で護っていた。
「じゃあいけるか?」
「そりゃあ私等次第じゃあないのかい? そもそもあれが来る前に棒を倒しゃ、そんな心配する必要ないんだし……」
「……ああ、そーだな。んじゃあここは頑張って、白虎組の棒を沈めに行くか!」
やたら目立つ竜のご利益なのか、白虎組の陣地には青龍組と、朱雀組の『特攻』が揃っていた。『盾役』と『特攻役』が各所で乱れ争い、陣地内は激しい戦場となっている。
白虎組の『盾役』は大半が、力のない文科系選手だった。ともかく敵を倒して勝つ作戦で、やたら『特攻役』に力を入れすぎたため、『盾役』は戦闘能力のない弱い奴ばかりになってしまったのである。そのためどこの乱闘も『盾役』と『特攻』が、複数対一人の構図――しかも『盾役』が劣勢――だったが、唯一人陸・誠司(くが・せいじ)だけが複数の『特攻役』と互角に戦っていた。
「たぁっ! てやっ! せぇいっ! はあぁ…………とうっ!!」
八極拳や八卦掌を使い一瞬で何人もを攻撃し、精鋭揃いであるはずの『特攻役』を、見事棒の周囲から隔離している。
「……やるな」
「まともに組むときついね。あっさりと突破をするにはちょっと、手強すぎる相手なんじゃないかい?」
構えも技も隙がなく真っ向から戦えば確実に、かなり時間をロスさせられる相手だった。
「どうする?」
「あんま時間ねえんだけどな……」
朱雀組の棒は傾き始め、倒されるのは時間の問題だった。そうなれば次の標的に自陣の棒が選ばれないとは限らない。
「……荒っぽくていいなら手段はあるよ」
そう言って時雨は真を見た。
「どんなだ?」
尋ねる真に薄い笑みで答えると、時雨はぐるりと大きく肩を回した。
朱雀組の棒が倒れる音と、味方の『支え役』たちの上げる声。敵を倒し撃退するかたわらで、その二つを耳に入れて誠司は、「これでうちの一位は確定かな?」と、声には出さずひっそりと呟いた。
「……ああ、終わりだ」
「なんだ、うち四位かよ……」
がっくりと肩を落とし退いてゆく朱雀組『特攻役』の選手達。その中にはついさっきまで誠司と戦っていた者も二人程いた。
(頭数が減って楽になったな……これならいっぺんに片を付けられるかも)
その気持ちが油断だったわけじゃない。彼は決して気を緩めていなかった。
だが確かにその瞬間彼の目は、すぐ前の敵だけを見つめていて、その隙ともいえぬ隙を突きそれは、誠司の頭上を風の様に抜けていった。
「……なっ…………!?」
黒い影が空を切り、すぐ近くを通り抜け消えてゆく。まるで弓から放たれた矢のように、まっすぐに棒へと向かっていく影。
「……しまった!!」
叫んだ時には遅い。彼はすでに『支え役』を踏み台に、棒の傍に着地をし終わっていた。
「よっ……ほっ……とっ……」
手足に念をこめつつ、真は棒をよじよじと登ってゆく。もう二度目ということもありさっきより、ずっと早く頂上にたどり着いた。
「うしっ! これで勝ちは確定したな……」
念で身体の重さを水増ししつつ、真は青龍組の方へ目を向けた。青棒に爪をかける蒼竜が、遠目ながらもはっきりと見えている。
「もらったぜ!!」
そう叫びながら彼は、棒と共に地面に倒れていった。
――ずうううぅん……
腹に響く低音が、ほぼ同時に二つの場所から起こる。そして彼の宣言通りに『勝ち』は、黄龍組のものに確定された。
『それでは結果を発表します……』
疲れ果てた選手にスピーカーから、棒倒しの成績が流される。響き渡るアナウンスはあくまでもカスミらしいおっとりした甘い声。興奮をしているのか口調には、ほんの少し熱っぽさが滲んでいた。
『一位、黄龍組。二位は二チームで、白虎組と青龍組になります。以下繰り下げで四位が朱雀組。五位が玄武組ということになります……』
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組 / 順位】
★0196/冷泉院・柚多香(れいぜいいん・ゆたか)/男/320歳/萬屋 道玄坂分室 室長/白組/二位
★1335/五代・真(ごだい・まこと)/男/20歳/バックパッカー/黄組/一位
★1380/天慶・律(てんぎょう・りつ)/男/18歳/天慶家当主護衛役/青組/二位
★1522/門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)/男/28歳/臨床心理士/赤組/四位
☆3206/神崎・こずえ(かんざき・こずえ)/女/16歳/退魔師/白組/二位
★5096/陸・誠司(くが・せいじ)/男/18歳/学生兼道士/白組/二位
★5154/イスターシヴァ・アルティス/男/20歳/教会のお手伝いさん/黄組/一位
☆5484/内山・時雨(うちやま・しぐれ)/女/20歳/無職/黄組/一位
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■ 獲得点数 ■
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青組:二十点/赤組:零点/黄組:三十点/白組:二十点 /黒組:零点
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