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<東京怪談ノベル(シングル)>


知音に贈る

 秋になってほんの少し涼しげになった気候は夏の間ただでさえ苦手な早朝に輪をかけてその重苦しい熱気を払いのけ、セレスティ・カーニンガムをようやく解き放つ事となった。
 とは言っても、早朝に弱いのはどの気候であろうとも変わる事無く、本日も目覚めはそんな時間を過ぎていて、それでも夏よりは多少早かったのか部下や使用人が次々と主の部屋を訪れ、スケジュール管理などの用事を口にして去って行く。
 考えてみれば夏には殆どそのスケジュールは起きた時に目が入る位置に書き置きされている事も多かったろうか、普通ならば主人の部屋に無断で入る事は許されないが、その眠りを妨げるのはもっと許されることではない。
 結果、伝えなくてはいけないスケジュールはなんらかの形でセレスティの自室に残されていたのだ。


「セレスティ様、本日はどちらへ?」
 事務的ではあるがどこか静かな運転手の言葉が車の最後尾に座っているセレスティへ、無線の電波となって伝わる。
 今日という日の職務も手際良く片付け、自ら買い物へと出かけたセレスティはこの賑やか極まりない東京でも更に目立つ、高級にも程があるリムジンで名だたる菓子店、書店、そして名品が見つかるという穴場的で有名な骨董品店を行き来していて。店の前に一度、車を停めさせたかと思えば何故か気が乗らないのか、それとも考えがあるのかすぐその場を立ち去っていた。
「ええ、少し…贈り物を購入したいのですが…。 なかなかどうして、良い所がありませんね…」
 運転手にまでそう言ってしまうのは相当悩んでいるという事だろう。声は曇り、細めた蒼い瞳は多少の影が潜んでいて、きっちり着こなした正装の胸元には細い指が置かれている。

 贈り物、それはある意味どのような人間でも迷うもので、例えそれが会社に勤めるサラリーマンや学校に通う学生でも誰かに何かしら贈ろうと思えば数時間。多くて数日悩む輩も居るのだ。
 ただ単にセレスティとそれらの人物を区分けしてしまえば、つまり贈ろうと思う物のスケールだろうか。先程から候補に上がる品は全て常人には頭の痛くなるような値の付く品ばかりなのがから。

「良い所というと…? セレスティ様ならばよく行かれそうな場所かと存じておりましたが…」
 贈る物と好みとでは勝手が違う。そのせいで気に入った店には行くが途中で違うと感じたセレスティはまた別の場所へ、と言ってしまうのだから同行している運転手も主の気分が悪くなったのではないかという不安が脳裏を過ぎってしまう。
「いえ、確かに私個人としては今までの場所は好んでおります。 ですが…贈り物となるとどうでしょう…?」
 元々スケールの大きな贈り物を平然と渡すセレスティだ。それを自らわかっている節もある為、悩むのは贈る相手の反応だろう、この分だと相手も気を弱らせて受け取ってもらえない可能性もある。
 ついでに言うのならば菓子関係ならまだしも、セレスティの好む稀覯本、絵画、骨董等普通に贈れば大抵の者には使用する機会すら無いのだから。
「服…などどうですかね? それなら着てくださるでしょうし」
「お召しになるものですか…。 ならばお相手様のよく好まれる物を贈っては如何でしょう?」
 ふと、零した運転手の一言にセレスティの思考は贈る相手の好む物を模索しだす。
 服、といえば自分にとっては正装のようなかっちりとした西洋服だ。だが贈る相手はどうだろう、西洋服を好んで着ているだろうか。
「和服…ですね。 呉服問屋に行って下さい」
 答えは否だ。元々セレスティが着る服は常人には着辛いものがある、そんな物を贈るよりはどうせなら相手の普段着、或いは出かける時にでも着ていける物がいいというものであり。
 了解しました、という運転手の言葉を片耳で聞きながらセレスティは満足げに口を綻ばせる。
 どんな形が良いだろうか、柄はどんなものを選ぶか、最早それは和服という形式ばかりの固い物からセレスティ独自の奇抜な発想に変化しつつ、リムジンは次第に大きな古き良き和風の建物へと向かっていった。


 新品とは言いがたい畳の淡い香り、綺麗に張り替えてある障子、そして段になって置いてある着物の展示物と店主であろうか、セレスティのリムジンに暫し驚いたように目を見開き、それでも客が来たと微笑み、趣きのある店内から出てきた着物の女性は長い黒髪を結っていていかにもこの店の人間といった風に秋色の簪と一緒に車椅子と共に車から降りた客人とその付き人に頭を下げる。
「ようこそ、おいでやす。 こないな所に素敵なお客様が来ると思うてませんでしたから色々ご用意は出来てはりませんけど、どうぞごゆっくりしていってくれなはれ」
 セレスティ自身の雰囲気やリムジンなどといった高級車から本来贔屓してもらっている客と重ねたのだろう、女主人は予約してくれれば好みの品を用意して待っていたという苦笑を浮かべセレスティと車椅子を押す運転手を店内に招き入れた。
「それでお客様、どのような反物をお探しでっしゃろ? 大抵のご希望には添えられますと思いますさかい遠慮無くお言いつけくださいな」
 普段が着物ではなく洋服の類であるセレスティにとって知識として和服はあるものの、どの反物がどう良いのかは着ていない為理解はできない。その為か目にとまるのはどれも美しい柄の入った女性物の反物で。
「あらぁ、素敵な方への贈り物でっしゃろかぁ?」
「ああ、いえ。 贈り物ではあるのですが…男性物で」
 良い生地はないのでしょうかと見回すも、ディスプレイされているのは一目を惹く女性物ばかりで、セレスティの言葉に微笑んだ女主人が奥の方にある男性物の反物を持ってくれば矢張り多少地味な物しか置いてはいない。
「男の人の着物はどうしても地味になってしまうんどす。 ただお召しになる方によって反物の織りに拘られるとか…その辺は贈られる方はどうでっしゃろ?」
 柔らかく聞かれて相手がどうだっただろうと首を捻る。何しろ本当に知識だけなのだ。
「その辺は…ですが一番身につけるのに心地よい反物を…そうですね二反頂ければと」
「二反ですか? 反物は一巻きで作れますえ?」
 同じ柄を選ぶのか、それとも違う柄を選ぶのか女主人にはまだわからなかったが一番良い物を買うとなると流石に一着にした方が金銭的に無難というのが常人の考えである。
 しかも同じ柄ならば尚更、無駄になるのではないかと商人である事も忘れ聞き返してしまうのだ。
「ええ、でも贈る相手の方が日本人身長より大きいと思うので」
 あっさりとそう答えたセレスティに女主人はまた瞬きする。
 どうやら背の高い外国人慣れしていないのだろう、小声で着物はフリーサイズだと告げようとし、あまりにも想像が追いつかなかったのか、口を噤む。
「ええと、そうでしたらええ大島紬がありますえ、それにしてはどうでっしゃろう?」
「はい、その辺はお任せします。 あとは形なのですが…」
 とりあえずは話を進めなければならない。女主人は男物の少ない色のバリエーションをセレスティに見せながら。
「贈り物どしたらアンサンブルなんかええどすよ? お客さんの贈り先の人に来て頂いて採寸してから……どうでっしゃろ? 素敵やと思うんどすけれど」
 訛りの声がうっとりと話すのは相当な着物好きか、或いはセレスティか、彼の連れてくる客に大いに興味があるのか。
 定かではないが知識だけという状態のままいいように頼むより着物に詳しい人物に委ねた方が良いとセレスティは少し首を捻った後。
「お心遣い感謝致します。 ではそれで。 贈り主には後日向かって頂くので」
 納得が行ったところで運転手が代金支払いの為に女主人と話す。その間セレスティは暫し美しい日本の美をその目で楽しんでいたが。
「ああ、ええと、せれすてぃ…様。 これウチのお店の広告ですのん、受け取っておくんなはれ。 もうすぐで西洋のお祭やさかいに作ってみたんえ? またいらっしゃってくださいなぁ」
 多少セレスティの名前が発音し難いのか、たどたどしく差し出されたカードは緑色の和紙で出来た広告、というには惜しい物だ。しっかりと浮き彫りで店の地図と一筆を肉筆で書かれた店の名前等も洒落た出来となっている。

「有り難う御座います。 では是非、また」
 車椅子の入るスペースが設けられたリムジンに乗り込み店先まで挨拶に来た女主人に微笑みかければ相手も頬を染めながら女性らしい白い手を小さく振って深く頭を下げた。
「そういえば…グリーティングカードの時期でしたね…」
「セレスティ様?」
 こっそりと子供のように先程手渡された緑色の和紙を見て微笑めば、意外と大きく聞こえていたのか運転手は静かに動き出す車内に主が次に思いついた事柄はなんなのだろうとふいにその名を呼んでしまう。
「いえ、そろそろクリスマスのカードが出てくる筈ですから少し寄り道して買っていこうかと思いまして」
「では何処かの画廊にでも走らせましょうか?」
 画廊に置いてある物は絵画だけではない。いや、寧ろそれだけであったとしても画家自身が居る場合も少なからずあり、オーダーメイドで発注するというのもセレスティにとっては日常的な事だ。
「多少大きいと言われている文具店で良いですよ。 今回は少し飾りのついた物も見てみたいのです」
 いつもならばカードも送る人数、団体が多い為一流と呼ばれる所で作らせている。
 にもかかわらず今日手にしたグリーティングカードの作品とまでは呼べないがどこかしら工夫を凝らしたその作りに、案外親しい友人にならば偶には様々な仕掛けのしてあるカードの中一つ一つにセレスティ自身が一筆を施し、贈るというのも良いのかもしれないと。
 走らせるリムジンが都内一の大きな文具店に付き、それでも矢張り似合わない車種と格好、優雅な仕草でその場に降り立った財閥の主は、また好奇の視線を浴びる中で堂々と店に入り、まるで何か大切な物を見定めるように店内のカード売り場を覗いては一枚一枚自らが選び、心に留まったカードを数枚購入していったのだった。

 まだ贈られていない贈り物。そして色とりどり、工夫を凝らした仕掛けや春に向けて種のついている物、呉服問屋で手渡された物のような紙が特殊な物と様々な顔を持つカード達。
 着物はきっと、贈られた主は恥ずかしげにしながらも受けとってくれるだろう。
 そう思いながら、これからクリスマスへ向けての時間、職務を着実にこなしながら贈る人物達がどういう顔をしてセレスティが選ぶには珍しい、愛らしく飾り、中にはオルゴールの仕掛けなども施したカードを受けとるのだろうと一日一日、机に置かれた真新しい飾りに羽ペンを走らせ、彼は微笑むのであった。


END