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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


徒な二人三脚

「一時間後に始まる二人三脚には、同じ組の方との出場は禁止いたします」
無数に設置されているスピーカーからこのようなアナウンスが流れ出し、会場は騒然とした。一体どういうことなのか、出場者たちは説明を求めている。
「二人三脚に出場を希望される選手は別の組の誰かをパートナーに選んで、相手の承諾を得てください。なお、この競技において順位に応じて加算される得点は、二人三脚の主導権を持っている側のみに振り分けられることとなっております」
たとえば青龍組の誰かと朱雀組の誰かがペアを組んで一位を取っても、点が入るのは青龍もしくは朱雀一方だけというわけだ。これは、鉢巻を巻いているほうに権利があることと決められた。
「敵の味方をしろなんて、見つけられるわけないだろ」
「でもそこを引きずり込むところが、知恵の使いどころってわけだ」
「もしくは、敵の有力選手を無理矢理捕まえてわざと一位になるのを妨害するって手もあるな」
自陣の得点を重ねるか、もしくは敵の戦力を削るか。二人三脚の仲間集めの狙い目はあらゆる角度から計算することができた。また、勝負とはまったく関係なしに組の離れてしまった者同士が、仲良くパートナーになる場合もあった。
「パートナーの決まった方は、本部まで報告に来てください」
響カスミのアナウンスを聞いた出場者たちが、ぽつりぽつりと本部に集まりだした。

 危ない危ない、と五代真は胸を撫で下ろす。放送を最後まで聞いていなかったら、てらやぎくんにまっしぐらでキャメルクラッチを食らわせているところだった。あの着ぐるみを捕獲して、無理矢理にでも参加を強制するつもりだった。
「しかし変な競技だなあ。同じ組の奴と出場しちゃいけないなんて」
参加したら一体どうなるのかという興味もあったが、大会実行委員長の姿を頭に浮かべると、ルールは破れないなと頭を振った。あの人を目の前にすると、人間も動物の一部なのだとつくづく感じる。生き物は絶対的な強者に対すると反抗の意を失ってしまう。
「ま、この運動会自体が妙じゃないんだ。普通じゃなくて、当たり前だよな」
さて、それでは誰を相棒に捕まえようかと真は頭を巡らせる。
 真っ先に浮かんだのは万能な草間武彦だった。しかし彼は運動会の審判を務めており、なにかと忙しい。そう見せかけて本部で煙草を吹かしていたりもするけれど、競技への参加は認められていないのだ。
「白虎組に加勢して、他の組をひきずり下ろすなら朱雀か青龍の奴をひきずりこんだほうがいいよなあ」
だが、得点争いが白熱している現在どちらかの組の誰かを勧誘しようものなら競技の前に一勝負始まる気配があった。本気で優勝を狙っている者ほど、真剣にペアの相手を検討しありとあらゆる手段で自分の仲間に引きずり込もうとしている。どちらかといえば競技は楽しみたいと考えている真、どうもあの気迫には辟易する。
「これならいっそ、のんきな連中を誘うべきかもな」
のんきといえば、はるか後方に置いてきぼりの形を食った玄武組。残りの競技すべてに勝利するなどという奇跡を起こさない限り、彼らの優勝は見えてこない。というよりもそもそも選手自体が競技の結果にさほど興味を抱いていない。
「よう、月神」
マイペースな玄武組の応援団、月神詠子がすぐそこのベンチに腰掛けて、さっきの競技に使用されていたルービックキューブでもの珍しそうに遊んでいた。障害物競走の途中で、前面を揃えろという無茶な命令に使われていたのである。
「五代真か」
詠子にはなぜか、人をフルネームで呼ぶくせがあった。
 アイボリーのTシャツに七分丈のジャージと傍目には薄ら寒い格好の詠子であったが、本人はそうでもないらしくコーヒーを飲みながらルービックキューブに熱中していた。一旦コツを掴むと早く、あっという間に六面体の色を揃えていく。
「大したもんだ」
心中で舌を巻く、真は過去二回ほどあのルービックキューブに挑戦しては一面しか揃えられず、いらいらして叩き壊してしまったことがあった。
「なにか用か」
目はルービックキューブへ落としたまま、真の顔を見ようともしない詠子。
「ああ、実はさ」
一緒に二人三脚出てくれないか、真はできるだけ腰を低くして頼んだつもりなのだが、詠子の答えはつれなく
「いやだ」
だった。どうやら、彼女の興味は真よりもルービックキューブにあるらしい。

「同じ組の奴とは出場できないんだ、頼む」
「どうしてボクなんだ、考えてもみろ。同じ組の連中はこの会場に五分の一、しかし違う組の奴は五分の四だぞ。確率から言っても、同じ組の奴を誘うより楽じゃないか。ボクが断ったって誰かいるに決まってる」
「・・・・・・あ、い、いや、そういうんじゃなくてな」
一瞬真は詠子の理屈に丸め込まれそうになったが、慌てて首を横に振った。物は言いようで、確かに五分の四から仲間を見つけるのは五分の一から見つけることよりたやすく感じられる。が、元々彼らは敵なのである。どれだけ数が多くても、味方になってくれるかどうかは非常に微妙な問題であった。
「お前、暇はあるんだろ?こんなところでルービックキューブやってるくらいだからな・・・そういや、知ってるか?このオモチャ、もっと難しいやつもあるんだぜ」
一般的なものは一面九枚のタイルで構成されているが、難度を増すと四×四の十六枚、五×五の二十五枚という巨大なルービックキューブもある。この間おもちゃ屋でバイトをしたときに見たので何気なく話題を振った真であったが、詠子はこの話に意外なほど興味を示してきた。
「それは本当か?やっぱり、ルールは同じなのか?」
「ああ、多分そうだよ。って、こんなのにいくつもルールがあってたまるか」
「どこで売っているのだ?値段はどれくらいだ?」
「・・・・・・」
ふと、真の心の中で天使と悪魔が戦った。天使は人にものを頼むときに交換条件など出してはいけないと言ったし、一方悪魔は目的達成のためなら手段は選ばないのが男ってもんだと真自身をたきつけた。勝ったのは言うまでもなく悪魔だった。
「月神。俺と二人三脚に出てくれたら、買ってやってもいいぜ」
「本当か?」
そこにいた詠子は普段みんなが知っているミステリアスな、中性的に不可思議な雰囲気をもった少女ではなく、好奇心の虜になったただの子供であった。一体、立方体パズルのなにがそんなに詠子を捉えて止まないのだろう。
「ああ、約束だ。その代わり、上位に入ったらの話だけどな」
契約には双方、報酬がつきものだ。腹黒いと言われるかもしれないがまあ、袖の下とすれば可愛いものだろう。
「よし、わか・・・・・・あ、いや」
難易度の高いルービックキューブに思わず二つ返事で承諾しようとした詠子であったが、真の策略に乗せられかけていると気づくと一応我を取り繕い、
「う、うん、まあ仕方ないな。ボクが出てやってもいいよ」
不承不承という態を装った。誰かの思い通りになることは、プライドが許さないのだろう。それでも得点が稼げるのならと真も芝居がかった口調を返す、俊足の詠子がペアになってくれるのなら、上位はもらったも同然だ。
「それはそれは大助かりだ」
「・・・で、五代真」
「なんだ?」
「その二人三脚というのはどんな競技なのだ?」
前言、やや撤回。真の胸には一抹の不安がわいた。まったく、詠子に関してはどこからどこまで説明いらずで、どこから説明が必要なのか見当がつかない。

 本部に二人三脚のペア申請を行ってから、出場までの残り時間を真は詠子への説明だけに費やしてしまった。本当なら二人三脚なんて競技は
「二人で片っぽずつ足を結んで、息を合わせて一緒に走る競技だ」
と言えば済むことなのだが、厄介な詠子は競技場のぐるりを囲んでいる出店のたこ焼きと焼きそばを頬張りながら
「なぜそんな必要があるのだ?」
「結ぶ足というのはどちらという決まりがあるのか?お互い右足同士を結んで、縦になって走ってはいけないのか?」
これまで誰も抱いたこともないような、奇想天外な質問で真を責めたてた。確かに、実際に二人三脚を見ずに説明だけ聞いていると不思議な競技に違いない。わざわざ不利な条件で走って、なにが楽しいのかと考えているのだろう。
「運動会ってのは、見ている連中も楽しむものだからな」
「人が戸惑ったり転んだりするののなにが楽しいのだ」
「まあ、そりゃ愛嬌ってやつだ」
首を傾げたままの詠子、目的地まで行くのにわき道へ逸れる必要はないと思っている人間には、こういう競技の面白さはいまいち理解できないのだろう。
「それに・・・・・・」
「いい加減勘弁してくれよ。練習する暇がなくなっちまう」
そうだ、他の練習をしている奴を見ればどんな競技かすぐわかると真は詠子を促して立たせようとした。けれど詠子は音を立ててジュースを飲み干し、さらには綿菓子に興味をひかれている。石のように重い腰は、五歳の子供より性質が悪かった。
「そんなに慌てなくとも大丈夫だ。人間、やればなんとかなるもんだ」
「それなら俺に説明を求めるなよ!」
周囲の目がなければちょっと、本気で泣きたいところだった。まさかここの店の料金まで真持ち、だなんて言い出したりはしないだろう。
「第一競技の前にそんなに食う奴があるか。腹痛くなるぞ」
「大丈夫だ。見ている連中が楽しむ競技に本気を出す必要もない」
「・・・人の揚げ足取りやがって・・・」
フランクフルトというやつを頼む、と上げかけた詠子の手を真はぐいと掴む。
「俺は本気で勝ちてえんだよ」
真剣な口調と表情に、飄々とした詠子もさすがに気を呑まれたのか大人しく頷いた。
「・・・だが、な」
真の視線をまっすぐに受け止めながらも詠子は、その肩の向こうに見える大時計の時間をしっかりと確認していた。時計の針が、カタリと動く。競技場全体に、本部からのアナウンスが響き渡る。
「間もなく、二人三脚がはじまります。選手の方は入場門へ集合してください・・・」
時間切れのようだな、と詠子はたこ焼きの最後の一個を口に放り込む。せっかくの気迫を腰からへし折られ、真は焼きそばの中に顔を埋める。甘ったるいソースの匂いと、香ばしい紅しょうがの匂いとが鼻をくすぐった。綿菓子とフランクフルトはどうやら、競技が終わってからのお楽しみ、ということになりそうだった。

 朝に見た天気予報では、今日は一日晴天が続く予定だった。しかし、真の心境がそう見せるのかそれとも一時的なものなのか空はどんより曇っていた。額に巻いている鉢巻が黄色いはずなのに、色を失って映った。
「ふむ、なるほど。二人三脚とはああいう競技なのだな」
先に走り出したペアを見送りながら、詠子は納得するように何度も頷いていた。その納得をあと三十分でも早くにしてくれていれば、練習する時間があったのにと真は肩をがっくりと落とす。
「心配するな、五代真。さっきの気迫に免じて本気で走ってやる。ボクがついていれば百人力だぞ」
「わかった、わかった・・・。じゃ、お前のペースで走るからな。俺は合わせる側だ」
「なんだ、さっきまでのやる気はどうした。出るからには本気でやれよ」
いつの間にか、誘ったのはどっちなのかわからなくなっていた。やる気充分の詠子に思い切り背中を叩かれ、真は飛び上がる。手形が残るのではないかと思うほど痛かった。気合を入れるのにも、程がある。
「いいな」
「お、おう」
はきはきした怒鳴り声と、どこか芯の通らない返事を交わしているうちに二人の順番が回ってきた。それぞれの足を黒い鉢巻で結び、スタートラインに並ぶ。遠くのほうでゴールテープを用意する係員の姿がちらつき、順位を示す旗が翻っている。
「位置について」
ピストルを持った審判員が声を張り上げた。その声を聞いて、本当にぎりぎりのところで真の神経スイッチが切り替わる。
「よしやるぞ、月神」
「もちろんだ」
やっとのことで、二人の息が重なった。よーい、という声でぐっと後ろに引かれたのは真の右足と詠子の左足。
「スタート!」
の声で、互いのその足が強く大地を蹴った。

「うわあああああっ!?」
数秒後、真の心中には叫び声だけが渦巻いていた。本当なら声に出して叫びたいところなのだが、喋ると舌を噛みそうだったのだ。その瞬間はただ、詠子のスピードについていくことがやっとで、足並みを揃えるとか息を合わせるとかいう範疇ではなくなっていた。
 詠子はとんでもない足の持ち主だった。手を抜いて走っていてもそんじょそこらの陸上部に負けないというのに、真の意気に感じて本気で走るなどと言ったものだから国体レベルだ。それも女ではない、男の百メートル十一秒台を塗り替える勢いである。真も運動神経ならそこそこの自信はあるのだが、さすがに国体レベルと争ったことはなかった。
 序盤はなんとかついていくことができた。しかし中盤になると自分がどっちの足で駆けているかがわからなくなり、さらに終盤ともなると詠子にくっついている足だけがひきずられ、組んだ肩が抜けそうだった。
「つ、月・・・」
ゴールテープは目の前だった。だからつい真はもう勝った気になって、詠子にもう少しスピードを緩めるようにと声をかけようとした。が、それがまずかった。
「なんだ?」
猛スピードで走っていた詠子は、真に声をかけられ急に立ち止まった。勢いについていけず真はつんのめり、顔面から地面に突っ込んでいく。額と鼻の頭とをしたたかに擦りむき、ジャージの膝が盛大に破れた。
「おい、どうした。大丈夫か五代真」
「だ・・・・・・」
なんとか立ち上がろうとするのだが、足がもつれてうまくいかない。その間に追いついてきた朱雀組のペアが真たちを追い抜き、一位でゴールした。思わず、真は叫ぶ。
「最後まで走れ、月神!」
「うむ、わかった」
一つ頷くと躊躇なしに詠子は最後の数メートルを再び走り出す。最終的に真は、詠子にひきずられるような形で二位のゴールを果たした。
「に、二十点か・・・」
一応は加勢になったかと真はひりひりする鼻を抑えながら詠子に手渡された旗を見上げる。走った甲斐はあったと思った、だが、それ以上に心に刻まれたことは
「金輪際、月神とは走るものか」
という傷跡だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組 / 順位】

1335/ 五代真/男性/20歳/バックパッカー/黄組/2位

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■          獲得点数           ■
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青組: / 赤組: / 黄組:20点 / 白組: / 黒組:

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回の運動会、違う組の人とも仲良く競技に参加できればなあと
思いこのような二人三脚に挑戦していただきました。
(足の引っ張り合いになった方もいらっしゃるかもしれませんが)
これまで詠子さまをノベルに登場させたことはなかったのですが、
いざ書いてみると非常に面白い性格でした。
真さまとの噛みあわない熱血がとても楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。