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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


■大食いクローンのおんぶ障害物競走■

「あれ? どうしたんですか、兄さん」
 草間零がふと兄、武彦の頭に大きなこぶを見つけたのは、とある秋の日である。
 こんな日は川原でバーベキューをして、焚き火をしたりサツマイモでも食べあいたいね、とか話していたときだ。
「ああ、これなあ。朝起きたら出来てたんだ」
 俺そんなに寝相悪かったのかなあ、とこぶを武彦が撫でた、その時。
 こぶが、ぽんっという音と共に弾け、あたりにもうもうと煙が舞い上がる。
「なっ、なんですか、これ!」
「なんだなんだ!?」
 煙はすぐおさまった───ものの。
 そこにぽつんと───何から何まで武彦そっくりの、「武彦」が立っていたのだ。武彦の、目の前に。
「お、お、お、俺が───」
 いる、と取り乱す寸前のところへ、ひょいと彼の生涯の宿敵である、生野英治郎(しょうの・えいじろう)がにこにこ顔で現れた。
「貴様、こんなときにもどこから現れるんだ一体!」
「あれぇ、解説聞きたくないんですか?」
 解説、と、いうことは。
「また、お前の仕業かっ……てここ暫くはお前との接触はさけてきたはずなんだが」
「いえいえ、だからこそ、ですよv そこが私とあなたのお互いへの愛情の深さの差ですv」
「俺にお前への愛はない!」
「まあまあそう照れずに♪ それでですね、これは武彦と零さんへのプレゼントですv きっと私のことも何か事情があって避けなくてはならなくて、淋しい思いをしているだろうなあ、そうだそれなら家族を作ってさしあげよう、と。
 あ、因みにこれ、『双子種(ふたごだね)』と申しまして、頭にくっついてこぶみたいになるんですけど、一定時間が経てばちゃんとこうやって『何から何までその本人と同じクローン』が出来上がるんですよね♪ ただ───」
「ただ、なんだ」
 そう言う武彦の目が据わっている。そういえばゆうべ、窓の鍵を閉め忘れていたかもしれない。その時に侵入されて───いたかも、しれない。いつもなら起きる武彦のはずなのだが、相手が英治郎ならば起きなくても不思議はない。
 そんな宿敵の微笑む曲者な笑顔を見つめていると、彼はにっこりと、言った。
「まだまだ改良の余地があるんですねえ。見て御覧なさい、せっかく零さんが作っておいた料理まで……」
「!?」
 見ると、話している間に零とクローン武彦の姿が、ない。
 クローン武彦は冷蔵庫を漁っており、零が必死でそれを「今月の家計に響きますから〜っ!」と涙声でとめようとしている。
「どういうことだ英治郎! 俺はあんなに大食漢じゃないぞ!」
「ええ、だからですね、なんにでも欠点というものはございまして。何から何まで本人と同じではあるんですが、異常に食欲があって、胃袋も底がないんです」
「す……すぐに解毒剤をつく」
「作ってありますが、渡してあげませんv」
 な。
 にこにこ顔の英治郎。そんなに最近避けてきたのを根に持っているのか。
「ど、どうすれば渡してくれるんだ」
「そうですねえ……今、運動会をやっていますよね? もうすぐ打ち上げですが、私も申請してきておりまして、『おんぶ障害物』競争なんですがね、それに参加して頂きまして、見事完走された方には、それを差し上げましょう♪ あ、大丈夫です武彦、貴方だけではなく、貴方の仲間達も今頃同じ目にあっているはずですからv」
「き、貴様はっ……クローンは本体の命令をきくのかっ……?」
 必死に怒りをおしこめる武彦である。
「そうですね、基本的にはまっさらな状態ですからなんでも聞きますよ。ただベースとなる性格が出てくるとは思いますけれど。そうしたら、今はまだ喋れない状態ですが、喋ったりもしてくるでしょうね。身体能力は本体と全く同じ。食欲だけは物凄い。さて、自分のクローンに次に挙げる障害を乗り越えるように仕込むのもよし、知恵を入れるのもよしです。まあ、完走すれば大丈夫ですから♪ あ、因みにおんぶをするのは本体で、つまりはクローンを背負って本体が走って頂きます。武彦は構いませんよ? 参加しなくても。そのかわり、応援をクローンに仕込んで、一緒に皆さんの応援をしてあげてください。ちゃんと応援したりビデオにとったりカメラを使ったりしないと、解毒剤は差し上げませんからね」
 そして英治郎が挙げた障害とは。

 1.その「本人の組」の鉢巻である食べ物との引換券にもなっているものを使わないこと(青龍組→ブルーベリーパイ、朱雀組→イチゴのショートケーキ、黄龍組→フルーツポンチ、白虎組→サツマイモクッキー一袋、玄武組→ココアムース)。
 2.障害は次の順番になっている。パンの海越え→お菓子作り→野菜ミックスジュース一気飲み→ハンバーガー早食い、今のところはこれだけである。これらを手伝ってはいいが、邪魔はせず、かつ食べ物の魅力に負けないようクローン達を指導すること。
 3.とにかく完走すること。

「どれもこれも食べ物関係ばっかじゃないか!」
「だから、障害なんですよ♪ 頑張ってくださいね〜v」
 ひらひらと、去ってゆく……英治郎を、「避けていた」ことを後悔しつつ、零の悲鳴を背中に聞きながら武彦は見送り───そして、仲間達にも教えてやろう、と、とばっちりを食ってしまった哀れな仲間達に連絡を取ったのだった。



■クローン達よ、理性を抱け■

「皆さん、なかなか上手にクローン達を教育してきたようですね♪」
 うんうん、と嬉しそうに頷きつつ、英治郎は武彦のとばっちりを受けた気の毒な5人の犠牲者達とそのクローン達───由良・皐月(ゆら・さつき)、シュライン・エマ、シオン・レ・ハイ、梧・北斗(あおぎり・ほくと)、菊坂・静(きっさか・しずか)を満足そうに見ていた。
 一方、武彦は自分のクローンに応援の旗を持たせ、彼らに円陣を組ませていた。
「みんな、連絡したとおりに伝わってるな?」
 こくん、とうなずく5人+5人。
 中には恨めしげに英治郎をちらちらと見ている者もいたが、今は解毒剤が先決とこみ上げてくる怒りを抑えているようである。
「それじゃあ、アナウンスがそろそろ入る頃だから、頑張って完走してくれ。頼んだぞ」
 真剣というより、必死に思える武彦の口調と表情である。
 それを楽しそうににこにこと見ているものだから、英治郎という謎人間は本当に意地が悪い。
『間もなく、「おんぶ障害物競走」を開催いたします。参加者の方は、スタート地点に至急お集まりください───』
 間を狙ったように、アナウンスが入る。
 なにやらスタート地点と思われる線が引いてある両端に背の高いポールのようなものが設置されており、それを利用して黒幕が垂れ下がっている。
「間違いなく、この向こうは食べ物地獄でしょうね」
 こうなっては腹をくくるしかない、と色々な意味で思っているシュラインが、隣で、食べ物の匂いを逸早く察したような目の輝きを見せている自分のクローンを、なんともいえない複雑な気持ちで見やる。
「また三十路男! ……いいわ、完走さえすればこっちの勝ちなんだから」
 そうしたら、覚えてろ。
 明らかにそんな意思を含んだ瞳で、皐月がちらりと英治郎を自分のクローン越しに見る。
「でも、ドーベルマンがん……どっぺるげんがー? じゃなくてよかったです。私はもう、自分の前に自分が現れたときにはドキドキが止まらなくて、慣れるまで大変だったんですよぅ」
 と言うシオンだが、そのわりにはマイお箸を使って器用に芸を見せている、彼のクローンである。
「自分と同じ顔が近くにあるなんて落ち着かねーな……つか、俺だけ抜かして他全員見事に白虎組って何の因縁だよ。まー、今回は目的が目的だからあんま気にしねーけど」
 北斗の言うとおり、何の因果か、彼だけが玄武組。他4人は白虎組だった。
「そういえば、そうだね」
 静は軽く屈伸しつつ、ね?というふうに自分のクローンを見る。彼はこのクローンにはひらがな読みで「しずか」と名づけていた。
『そうだね、でもこういうのも面白くていいんじゃないかな?』
 同じく屈伸をしているクローンのしずかが流暢な喋りを披露する。
 そうこうしているうちに、位置について、という声がかかった。
 全員、自分と同じ体重のクローンを背中に負ぶう。
「よーい」

 パァン!

 スタートの音と共に、黒幕が外された。
 目の前には、特設会場ともいうべき見事なまでの食べ物障害コースがつくられていた。
 今5人+5人の眼前に広がっているのは、美味しそうな、焼きたての様々な種類のパンの海である。
 ごくり、と一斉にクローン達が唾を呑み込んだ。
 ここでまず、わずかながら差を見せたのはシオンと静である。
 クローン・シオンのほうは白鉢巻で目隠しをしていたし、クローン・しずかのほうはハンカチでマスクをし、目を閉じていたから多少なりとも食べ物の誘惑から逃れられたのだ。
 二人がクローン達を背負い、えっちらおっちらパンを踏まないように進んでいる頃、シュラインは、事前に英治郎に「障害物のパンは多少もらってもいいのか」等確認をしていたため、躊躇なくクローンに、
「よろしくね」
 と声をかけながら、パンを数個クローン・シュラインの手に持たせ、誘惑に負けそうになっている「彼女」を「食べるとパンやお菓子を食べる権利がなくなるから競技終了まで我慢しましょ」と優しく諭してなんとかシオンと静のあとを追う。
 だが、残りの二人も負けてはいなかった。
「先に色々あるんだから一箇所に足を止めないで。よし、もうこの際だからここのパンだけ食べてよし! でもゴールしてからのほうが堪能できると思って三十路男にたかること考えながら進む!」
 皐月の激励(?)に、「わかった!」とはりきってパンを何個か口に入れながらパンの海をこえていく、クローン・皐月。
 北斗のほうもまた、パンを食べさせることでは同じだったが、こちらもシュライン同様事前に「体力がさすがにもたなくなるだろうし食べる時等にはおんぶから降ろしてもいいかどうか」と英治郎に聞いていたのが幸いし、自分は先に向こう側へ渡り、
「いいかーっ、早くしないと先に行った奴らに全部美味いモン食われちまうからほどほどにな!」
 と声援しながら、クローン・北斗を文字通りパンの海に泳がせながら進ませた。



 パンの海の次は、お菓子作りである。
 ここでは大場狂わせが生じた。
 なんと、一位をとっていたシオンが、誘惑に早くも負けたのか、白鉢巻を取って食べ物引換所、と大きく墨で書かれた場所に軌道を変えたのである。
「あっ、そっちは駄目です! それは最後のお楽しみですっ!」
 自分ですらいつもお腹を空かせていて今にも食べ物の誘惑に負けそうな彼である。クローン・シオンの食欲はもしかしたら、他のクローン達よりも強かったのかもしれない。
 シオンとクローン・シオンがそうしているうち、静は着々と、様々な材料が用意されている中から申し合わせたように、「これもってて」「抑えてて」とまるで双子かコンビさながらにスムーズに作っていく。恐らく、事前に相当の訓練と打ち合わせをしたのだろう。
 シュラインはプチパンケーキという、簡単に出来るものをチョイスしたため、一番最初に作り上げ、次へと進むために再びクローン・シュラインを背負う。
「このお菓子なら食べてもいいから、少しずつ食べるのよ」
 丁寧に指導して、クローン・シュラインがうなずいて小さくちぎって口に入れるのを見届け、ここで彼女が先頭に立った。
 このとき応援席で、
「いいぞ、シュライン!」
 と思わず叫んでしまった彼女の恋人であり婚約者である武彦に、じろりと他の参加者達から冷やかしやら恨みがましい視線やらが飛んだのは言うまでもない。
 意外にもここで、シュラインとほぼ同時に北斗が続いた。
 彼は料理はヘタだったのだが、シュラインの作っているところを、お菓子作りの場に辿り着いた時点からしっかりと見ていて、みようみまねで作ったのである。
 ───出来上がりは、コメントを控えるが。
「ここでの採点は、うまさじゃねーしな」
『出来上がれば充分だろ』
 意気揚々と北斗とクローン・北斗はお菓子作りの場を後にする。
 一方、皐月のほうは流石に慣れたもので、
「つまみ食いは生クリーム程度でね」
『お腹がすいて限界! ちゃっちゃと作って次にうつりましょ。好きなだけ飲めるんでしょ?』
 とやり取りをしながら、飾りつけはシンプルでも見栄えのいいものにし、見事に美味しそうなショートケーキを作り終え、北斗のあとに続く。
 それでも焦らない静たちがアップルパイを作り終えたころ、ようやくシオンたちが戻ってきた。
「ふう、危うく競技からはずれるところでした」
『挽回するには「あれ」しかありません!』
「リズムに乗って〜、」
『GOです!』
 次には好きなだけ飲み物が飲めると言い含めたのだろう、クローン・シオンはシオンと息を合わせ、頭のてっぺんから足の先まで少しも狂いなく、どこかの部族の踊りと佐渡おけさを混ぜたような、見ていて誰もが笑い転げてしまうような踊りでリズムを取りつつ、最も簡単にできるお菓子、べっこう飴を作った。
「考えたな、シオンのヤツ」
 武彦も感嘆してしまう。なにしろべっこう飴は、レンジさえあれば、あとは砂糖と水だけの材料で数分で作ることができる。まさに貧乏道を極めた者の見事な選択と言えた。
「とはいえ、べっこう飴も捨てたものではありませんからねぇ。残っていたら、分けてもらいましょうか」
 にこにこ顔の、英治郎である。



 ミックスジュースまでくると、既にどのクローン達も流石に「食べたい、飲みたい」と身体全体のオーラで伝えてくる。
 この時点では、シュライン、北斗、皐月、静、シオンの順である。
 マラソンでよく見かける台に様々な色のジュースが高さ30センチ、幅20センチほどの特注ジョッキの中に入っていた。
「どれでも好きなものを取ってくださいね〜♪」
 いつの間に武彦の隣から移動していたのか、英治郎がそこに立っている。
 ちぎったパンの最後の一切れを食べ終えたクローン・シュラインは飲むために降ろされ、どれにしようか、と見定めている。
「多分、中には美味しくないものも入っていたりするのかもしれないけれど……」
『喉渇いてるし、野菜ジュースは元々好きだから平気よ』
 そしてクローン・シュラインはシュラインと相談し、一番香りも見た目も「普通」な緑色の青汁っぽいものを選んだ。
『うん、美味しい。普通の野菜ジュースに蜂蜜とレモン汁が入っている感じ』
「よかった。じゃ、次にいきましょ」
 シュライン達はそう言って再び本体がクローンをおんぶし、最後の障害である早食い会場へと走る。
 次についた北斗とクローン・北斗は悩まず、
「どれでも同じだろ」
『だな』
 と、手近にあった黄色いジュースを飲む。一瞬、うっという顔をしたクローン・北斗だが、
『バナナ味が濃すぎ』
 と英治郎に文句を言っただけでシュラインの後を追う。
「さーて、残りは三つですよー」
 バナナ味が濃い、となにやらメモ帳に書き付けてから、英治郎は次に見える皐月に声をかける。
 ここではぐっとこらえ、それでも恨めしい顔つきをしながら、皐月とクローン・皐月は赤いジュースを選んだ。
「どう? それトマト?」
『かっ……からいっ!』
 思わず目に涙をためて叫んだクローン・皐月だが、それでも全部飲み終えたあとだというのが流石だ。
 どうやら、トマトにタバスコを大量にミックスしたものだったらしい。
 じろりと英治郎をまた睨みつけておいて、皐月達が次へと向かう頃、静とシオンが辿り着く。
 静とクローン・静は焦らずじっくりと残りの二つを見ていたが、うーんと考えこみ、
「先にどうぞ」
『どうぞ、シオンさん達』
 と、順番を譲った。
「あっ……ありがとうございます! このご恩はいつか必ず」
『飲みます!』
 シオンが瞳をうるうるさせて静達を見つめている間に、クローン・シオンが橙色のジュースを一気に飲み干す。
「さ、次にいきますよ! まってましたの早食いです!」
『はい! なんだか涙が止まらないのが気になりますが、食べ物優先です!』
 シオン達は、気になる言葉をのこして走っていったあと、静達は残った紫色のジュースを一気飲みした。
「あんまり馴染みのない香りだけど……なんだろう?」
『紫芋とわさびが入っているみたいだよ』
 美味しくなさそうな顔をしながらも、冷静に判断する、クローン・しずか。
 そして、彼らもまた次のコースへとうつる。
 そのあとを、台を会社の部下の者たちに片付けてもらいながら、英治郎も何か企んでいるときの、いやに嬉しそうな笑顔で小走りに向かったのだった。



 さて、ラストは味噌ラーメン、ハンバーガー、塩おにぎり、ミートソーススパゲティ、大福の早食いである。時間は15分間。その間にどれだけたくさんのものを食べられたかでも採点に入る。
 因みに、それぞれにお茶や麦茶、水などの飲み物も用意されていた。
「さて、皆さん。まだですよ、まだ食べては駄目ですよー」
 ここでも英治郎が、おんぶから降ろされたクローン達を、設置したカウンターに座らせ、その脇に本体の人間達を立たせておいて、最初の食べ物である、湯気の立っているラーメンを置きつつ、犬達にするような「おあずけ、おあずけ」というジェスチャーをしている。
 やがて全員が席に着き、時間をはかってから、彼は言った。
「そろそろジュースの効き目が出る頃ですね。じゃ、スタートしましょうか」
 なんだって。
 ラーメンを「もう待てない」状態で見つめているクローン達の隣にそれぞれ立っている5人が、一斉にそんな瞳で英治郎を見る。
「まさか、さっきのジュースって」
「何か入ってたの!?」
「あー、そういうことか。もっと選べばよかった!」
「わ、私が飲んだのは一体なんだったのでしょう。まさか、もっとクローンが増えるとかでは」
「予想はしていたけど……残り物には福があるっていうから、一応最後にしてみたんだけど」
 シュライン、皐月、北斗、シオン、静が頭を抱えたり不安そうにしたりしている中。
 それぞれのクローン達に、変化が現れ始めた。
『なんだか……眠いわ』
 それでも食欲で眠気を凌いでいるクローン・シュラインが、しきりに眠気と闘っている。
『うっ……い、胃が苦しくなってきた』
 クローン・皐月が、まだ何も食べていないのに、既にお腹がいっぱいになりつつあるといった感じでお腹をおさえる。
『なんかめっちゃめちゃ腹減ってきてたまんないんだけど』
 今にも味噌ラーメンの箸に手をつけそうな、よだれを我慢しているクローン・北斗。
『なみ、涙が滝のようです、止まりませ〜ん!』
 だくだくと両目から涙をこぼし、視界があまり見えていない状態のクローン・シオン。
『んー、舌の感覚がなくなってきたかな。そこだけ麻痺してる感じだよ』
 恐らく味覚にも変化がでているであろう、クローン・しずかがそれほど困ったような顔をせず、静と英治郎の双方を交互に見つめている。
 なるほどなるほど、となにやら手帳にメモを書き付けておき、英治郎は満足そうにうなずいて、顔を上げた。
「速攻で作ってみた新発明の野菜ジュース各種を競技の野菜ジュースと変えてもらったんです。どんな症状が出るかは皆さんの運次第でしたが、ね♪ それではスタートをかけますよー」
 ブーイングが出る前に、英治郎の片手が挙がり、パァンとスタートの合図が鳴り響いた。
「食べるしかないわ。ゴール後はゆっくり、たくさん食べられるからもうちょっと我慢して、ここは早食いでお願いね」
 シュラインが、眠気覚ましに何かないかとポケットを探り、見つけた眠気をスッキリとばすガムを見つけ、それを各種のものを食べる間に噛ませつつ早食いさせることにした。
「お腹がいっぱいって、そういう効果のジュースだったってことか。仕方がない、順位なんか最初からどうだっていいんだから、食べれそうな量だけ時間いっぱい食べて。三十路男のネタにひっかかった挙句リタイアだけは却下!」
 皐月が、ぐっと箸を握らせる。
「ええと、確か事前に確認してある中に、早食いでも『本人』が協力してもよかったんですよね。私も食べます」
 シオンが、クローン・シオンと共に箸を握り締める。もちろんマイお箸だが、クローンにも似たようなお箸をおそろいのように作ってやっていたらしい。先ほどからクローン・シオンが持っていたのは、いわば二膳目のマイお箸だったのだ。
「ラッキー、メチャクチャ腹減ってきたなら手伝うことも心配ねーみたいだし。料理の入れ替えとか協力してやっからな!」
 北斗は最初の辺りとは打って変わり、目を輝かせている。
「味覚が変わったり分からなくなっても、食欲が変わらなければ一応、有利には入るのかもね。よし、じゃあ食べ始めようか、しずか」
 静は冷静に微笑み、クローン・しずかを促した。
 味噌ラーメンはわりと早めに、用意されていた分がなくなった。
 次のハンバーガーでは多少差が出始め、塩おにぎりがなくなる頃にはだいぶ差が開き始めていた。
『すごく美味しいから、もう少しゆっくり食べたいわ、本当なら』
 眠気と闘いつつミートソーススパゲティに取り掛かっているクローン・シュラインだが、ちょっとでも子守唄を唄えば眠りに入ってしまいそうだ。お腹がくちくなってきているぶん、だんだんと食べる手も遅くなってくる。
『確かに。レシピを教えてもらいたいわ、これ』
 味噌ラーメンの時からクローン・皐月が思っていたことを、クローン・シュラインの言葉を聞いて同意する。彼女は一口一口、ため息をつきつつ満腹と闘っていた。
『こんなに美味しいものが食べられるなんて、幸せですっ!』
 たまに間違って薬味をつまんでしまったりする、よく目が見えない状態のクローン・シオンだが、シオンが自分もうれし泣きをしつつ食べ、かつ食べ物の場所をその都度教えてやっているため、なんとか保っていた。
『わりぃ、俺のこの一皿でミートソースは切れたみたい。次は最後の大福かな。まだまだいけるぜっ♪』
 皿の山に空になったミートソースの皿をカチャリと置き、ぺろりと余裕顔で唇をなめる、クローン・北斗である。
『皆みたいに美味しく感じられればもっと楽しめたんだけど、この競技自体も楽しいからね』
 こちらも北斗にはわずかに劣るものの、ほぼ同じ速さのクローン・しずか。
 そして大福もきれいになくなると、それぞれの食べ物のカウントの結果が英治郎によって発表された。
「早食いでの第一位はー、味噌ラーメン53杯、ハンバーガー120個、塩おにぎり48個、ミートソーススパゲティ60皿、大福219個のクローン・北斗さん。
 第二位はー、味噌ラーメン50杯、ハンバーガー118個、塩おにぎり50個、ミートソーススパゲティ50皿、大福190個のクローン・しずかさん。
 第三位はー、味噌ラーメン38杯、ハンバーガー99個、塩おにぎり38個、ミートソーススパゲティ38皿、大福150個のクローン・シュラインさん。
 第四位はー、味噌ラーメン40杯、ハンバーガー100個、塩おにぎり21個、ミートソーススパゲティ25皿、大福132個のクローン・シオンさん。
 第五位はー、味噌ラーメン28杯、ハンバーガー68個、塩おにぎり32個、ミートソーススパゲティ14皿、大福62個のクローン・皐月さんです。
 はい、こちらのカウントシートを持って野菜ジュース一気飲みまでの採点が既に出ていますので、そちらと総合する係りの方へ皆さん手渡してくださいねv」
 どやどやとそれぞれのクローン達と、シートを見つつそちらへ向かう、5人。
 待っている間、クローンと5人達はそれぞれに、邂逅を交わしていた。
「わりと頑張ったわよね。うん、競技の感想としては満足だわ」
『レシピは忘れずもらっときましょ』
 冷静に今までの自分達の競技はどうだったかを考えたりしている、皐月達。
「本当、色々と大変だったわよね。ご苦労様」
『こちらこそ。でも眠くて……。ゆっくり眠りたい……そのあとたくさん食べたいわ』
 ねぎらいの言葉をかけてやり、今にも眠りそうな、シュライン達。
「ああ、あの大福の味……そして味噌ラーメンのスープの味、塩おにぎりは馴染み深いなりに美味しかったですし、ミートソースも最高でした! ハンバーガーもピクルスがとても効いていて実に美味しかったですね」
『涙、やっと止まってきました。これでいくらでも間違わずに食べられます! 美味しいものが食べられて、生きるって幸せなことですね!』
 感激しまくっている、シオン達。
「んー、わりとイケたかな? でも完走してホッとしてゆっくりじっくりこうして見てみると、俺はこんな無愛想じゃねーって思うんだけど。けど、俺ってやっぱすごいよな♪」
『鏡を見て言ってると思えよ。つか、俺のお陰だろ!』
 妙なところで張り合っている、北斗達。
「よく頑張ったね」
『うん、静のおかげだよ』
 頭を撫で、抱きついたりしているのは静達。
 そうして係りの者に渡してから5分ほど待つと、アナウンスで「おんぶ障害物競走順位発表」が流れたため、5人とクローン達は時間の間に用意された表彰台へと向かった。



 結果は、というと。
 第一位、梧北斗。
 第二位、菊坂静。
 第三位、シュライン・エマ。
 以下はシオン・レ・ハイ、由良皐月と続いた。
 北斗の決め手となったのはやはり早食いで、その前にもお菓子作り、そして野菜ジュース一気飲みでの素早さだったようだ。
 静とシュライン、そしてシオンと皐月は非常に競っていたのだが、事前に目隠しなどをした用意の周到さ、お菓子作りでの見事なコンビネーション、野菜ジュースでの知力(策略とも言うが)、早食いでの結果がものをいい、静が二位を競り取った。
 シュラインが非常に評価されたのは全体的な落ち着きとクローンへの丁寧な指導、何が起きても臨機応変に動いた行動力と頭脳だった。
 シオンは事前に目隠し、それに早食いでの本人とのコンビネーション、そしてお菓子作りの踊りにあわせた時間のなさのわりに美味しいべっこう飴を作ったことで非常に惜しかったのだが、やはり打ち合わせが足りなかったのか、お菓子作りの時に引き換え券の場所に行こうとしたこと、大幅にそこで遅れてしまったことがわずかに後れを取ってしまった。
 皐月は全体的にとてもまとまっている、という評価が多く、特にお菓子作りでの手早さ、てきぱきとした指導の仕方、何が何でも完走だけはするという意思の強さ、一番運の悪いジュースを飲んでしまったにも関わらず早食いに最後まで参加したことが多くの票を得たのだが、やはり早食いでの食べた数で惜しくもラストを飾ることになった。
 そのかわりシオンは「ユーモア賞」、皐月は「最高根性賞」というものをもらった。
 結果、全員が一位から三位、そしてユーモア賞に最高根性賞のメダルをもらい、ようやく引き換え券として鉢巻をそれぞれの食べ物にかえてもらい、武彦と英治郎の待つ応援席へと戻ってきた。
「で、」
 たん、と皐月が英治郎の前に立つ。
「まああれよ生野さん」
 朗らかに笑ったかと思うと、

 ごすっ

 一発繰り出した拳が───英治郎ではなく、彼が絶妙なタイミングでタテにしたクローン・武彦の顔面にきれいに決まった。
 しかし構わず、皐月は腰に手を当ててまくし立てた。
「ちょっかいは草間さん! 私には声かけて見物側にしてよ! ほんと見るのは楽しそうなのに当事者はねえ……、……まぁいいや。でもね、クローンはさすがに見た目は人間だし、解毒剤でいなくなっちゃうって可哀想。その辺反省しなさい」
 おやおや、と、倒れたクローン・武彦に思わず駆け寄るクローン・シュラインを傍目に見ながら、英治郎は微笑む。
「皐月さんは、おかん風味ですねv」
「なんだってぇ!?」
 皐月が再度拳を繰り出そうとしたとき、まあまあ、と宥めつつ経験をいやというほど積んでいるシュラインが、彼女に同意する。
「生野さん、勝手に増やしたり減らしたり……良くないと思うの。生物なのだから世話が出来なくなればポイだなんて出来ないこと、わかってらっしゃるでしょうに。それとも何かフォローが? アフターケア、大事だものね」
 にこ、と、武彦ですら背筋に寒気の走るシュラインの笑顔である。
 英治郎は、うーん、と考えていたが、あとで考えれば、このしぐさもわざとらしかった。
「そうですねえ、解毒剤はこれこのとおり、ちゃんと人数分、武彦の分もいれて持ってきてはあるんですよね。でも皆さんの言うとおりです。もちろん考えてはありますよ? アフターケア」
 そして更に楽しそうな笑顔で、言った。
「解毒剤には、二種類ありまして。
 ひとつは、食欲は半分に失せて新発明の研究の『お手伝い』に目覚める作用のあるもので、こちらはクローン達は消えることはありません。こちらを選んでいただければ、私の妹のところに皆さんで住んでいただいても構いませんv
 もうひとつは、皆さんと合体し、まあ『双子種』の前の状態に戻るには戻るのですが、暫くの間、食欲がクローン並みのままという。
 皆さん、どちらがいいですか?」

 一瞬の沈黙の後。

「お前の研究の手伝いなんて、例えクローンだとしても死んでもイヤだぞ俺は!」
「クローンにも自由意志は、あるわよね」
「堪忍袋の緒が切れたぁ!」
「これ以上貧乏になりたくないですし、食欲が増えるのも困る気がしますし……悩みます」
「つーか、それってたいした解決になってねーって!」
 武彦とシュライン、皐月、シオン、北斗が口々に詰め寄ったり掴みかかったりする後ろで。
 一組、静とクローン・しずかは笑顔でほのぼのとした会話を続けていた。
「僕はこのままでも構わないよ? 兄弟が出来たみたいで嬉しいし」
『けど、僕本当に食べるよ? 食費とか大丈夫?』
「大丈夫だよ」
 そこに割り込んできた、本体達が巧みに逃げ回る英治郎を追いかけたり、真剣に悩んだり考え込んだり頭を抱えたりしている間、クローン達。
『自由意志はあるけど、基本的に食べ物さえあれば理性は保てると思うの』
『多分、だけどね。レシピが欲しいなあ』
『とりあえず、完走できたのですから喜びの踊りです!』
『なんか食い物ねーかな』
 クローン・シュラインは、未だのびているクローン・武彦の顔をタオルで冷やしてやりながら、考えつつ意見を言う。英治郎を追い掛け回している皐月をそっちのけで、レシピにこだわっているところは流石というところの、クローン・皐月。悩むシオンを無理に立ち上がらせ、一緒に練習した喜びの踊りを会場全員に披露し始める、クローン・シオン。もはやこのやるせなさをどこへぶつけたらいいのやら頭を抱えている北斗を放っておき、食べ物を催促しはじめるクローン・北斗。

 その後、誰がどちらの解毒剤を使ったのか。
 はたまた、そのままどちらの解毒剤も使わなかったのか。
 それは、後ほど知るところとなる。
 
 それでもこんな受難の中、しっかりとカメラやデジカメ係をまっとうした武彦には、拍手を送らねばなかろう。後日、一同のもとに、大量の「おんぶ障害物競走」の写真が届けられたのだった。




《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝/白組/順位:なし
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/白組/順位:3位
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん+高校生?+α/白組/順位:なし
5698/梧・北斗 (あおぎり・ほくと)/男性/17歳/退魔師兼高校生/黒組/順位:1位
5566/菊坂・静 (きっさか・しずか)/男性/15歳/高校生/「気狂い屋」/白組/順位:2位
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■          獲得点数           ■
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青組: / 赤組: / 黄組: / 白組:30点 / 黒組:30点
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、生野氏による草間武彦受難シリーズ、第18弾です。
今回は、イベント中の運動会に参加ということでサンプルを書かせて頂いたのですが、集まった方々を組み分けしていて吃驚。まさかお一方を抜かして全員が白虎組になるとは。いえ、どうやってこのプレイングを生かしていこう、とそればかり考えていたので、正直あまり順位は気にしていませんでしたから、プレイングの通りに筋書きを決めた結果が半分、順位を決めたといってもいいです。残りの半分は、作っておいたあみだくじ(わたしよくこの手、使いますね)でどのPCさんがどの効果のジュースを引くか、で決まりました。
クローン、ということで解毒剤は作っても、やはり問題は残るだろう、と考えていたのであんな解毒剤のオチになりましたが。皆さんはどの道をいったのだろう、と考えると……やはりクローンものって難しいですね;
また、今回は個別の部分はなく、文章はすべて統一されています。御了承くださいませ。

■由良・皐月様:いつもご参加、有り難うございますv 順位的には賞をもらうだけとなりましたが、完走したあとのプレイングで笑わせて頂きました(笑)。今回は、お約束というか……クローン・武彦で防ぐことに相成りましたが(爆)。レシピはその後、もらっていったと思います。とても腕のよい料理人の作ったものばかりでしたのでv
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv ジュースの効果がなければ一位二位取っていたのでは、と思う丁寧なプレイングでした。す、すみません(爆)。恐らくシュラインさんならばアフターケアのことまで突っ込まれてくるだろうな、と予想していたのですが、笑顔が生野氏よりも東圭がコワかったです(笑)。
■シオン・レ・ハイ様:いつもご参加、有り難うございますv その後恐らくべっこう飴を生野氏が「ください」とか言ったと思いますが、踊りを披露しつつ……とラストの場面やお菓子作りのところを書いていて、笑ってしまった東圭です(笑)。OPを出した時のライター通信が分かりにくかったかもしれません;すみませんです;
■梧・北斗様:いつもご参加、有り難うございますv プレイングを読ませていただいて、一番「書きたい」と思った「無理矢理〜」の部分を書く機会がつかめなかったのが一番残念です;早食いのところで使おうかな、と思っていたのですが、効果のほうに目を輝かせるのでは、と思ったのでああなりました。お菓子作りで誰かの見よう見まねをする、というのはいい選択だったかと思いますv
■菊坂・静様:いつもご参加、有り難うございますv まさかのプレイングの書き方、意表を見事に突かれてしまいまして、思い切り笑ってしまいました(笑)。そのわりに是非使いたい、と思っていた出だしの「こんにちは〜」の辺りが使えなくて残念でした;それにしても静さん、食費はどこから……と一瞬心配になってしまった東圭です(笑)。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」(もっと望むならば今回は笑いも)を草間武彦氏に提供して頂きまして、皆様にも彼にもとても感謝しております(笑)。
次回受難シリーズは、もしかしたらクリスマスものになるかもしれませんが、予定ではちょっと早めに「大掃除もの」になると思います。まあ、予想通り、普通の「大掃除」ではないわけですが(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/11/12 Makito Touko