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闇風草紙 〜戦闘編〜
□オープニング□
夜の闇に目に鮮やかになびく金。従えるは目つきの悪い男ばかり。こびりついた血のように赤い瞳をギラつかせ、少年が闊歩している。
「くそっ！ 面白くねぇ」
明らかに機嫌の悪い声。反射的に取巻きの男が口の端を引きつらせた。
「楽斗様、今日いい酒が入ったって情報が――」
口にした瞬間、男の額に固いものが当った。楽斗の革靴。黒光りだけが男の視線に入る。
「あ…あの楽斗……さ」
「うるせぇ！ のけろ！！」
バカな奴だと周囲の人間がほくそ笑んでいる。蹴り上げられ、額から血を流した男。楽斗の靴を舐めんばかりに這いつくばった。
「そうだ。ウサ晴らしに協力しろや」
美しさすら感じる凶悪な笑み。懇願しようと近づいた男が仰け反る。
「そ、それだけは！ や、やめーーーー」
良くしなる指先にたくさんの指輪。炎を象った入れ墨を隠すように、腕を高くあげ一気に振り下ろした。
逆巻く炎。
蔦のように絡み合い、逃げる男を捕らえた。焦げる髪の匂いと溶ける化繊の服。地獄絵図を垣間見た取巻きは、笑っていた口元を凍らせた。あれは、これから先の自分の姿だとようやく気づく。肌を焼かれ転げ回り叫んでいる男の背を慌てて着ていた服で叩いた。
男の命を消さないギリギリの線で、炎は消えた。楽斗はつまらなそうに泡を吹いている男を蹴飛ばすと、視線を廃ビルの間からもれる光へと向けた。鮮やかな色と音楽とともに、僅かな隙間を人々が流れていく。その中の一点に少年の目が固定された。
「――未刀…。くくくっ、面白くなるぜ！！」
少年の目には笑顔を浮かべたターゲットの姿。そして、横を共に歩いている人物の姿。
「笑ってる奴を痛めつけるのは楽しいんだぜ。未刀よぉ〜」
運命は未刀に「苦しめ」と命じた。
□赤い焔 ――麗龍公主
料理を作るのは好きだが、それを食べてくれる人が喜んでくれなければ意味がない。
「別によかったのに……」
「私が作る料理には肉が入っておらぬからの。未刀には力をつけてもらわねば」
「…え、いや、だから…別に――」
困った表情で、額を掻いている未刀に微笑む。本当は嬉しいのを知っている。食事のあと、満足そうな目をしていた。長い間忘れていた感覚を取り戻すかのような、密やかで少し照れた様子は可愛い。
「ふふふ、これだから世話を焼きとうなるのじゃ♪」
「りゅっ…龍華！？」
腕を取って思いきり引っ張ると、未刀は私の腕のなかに納まった。すでに人通りのない道。ざわついた大通りからは、もう随分と遠ざかっている。工事現場の赤い回転灯が、夜の帳を揺らしているだけだ。
「誰も見ておらぬ、安心せい」
顔を夜目でも分かるほど真っ赤にして、未刀が腕を擦り抜けた。
「残念、もう離れてしまうのか？」
「……龍華はいつも僕を困らせるんだな」
未刀が苦笑した。
「困らせてはおらぬよ？ それとも、こんな風にするのは嫌かの？」
ちょっとうな垂れて見せると、未刀は慌てて頭を振った。
「そんなこ…な――」
会話が止まる。私にも分かる、ひどく攻撃的な気。発現してる気配に覚えがあった。未刀と視線を合わせる。
互いに頷いて、工事現場のなかに入った。夜半過ぎで、人通りもまばらとはいえ、通り過ぎる車や歩行者もいる。巻き込んではいかぬし、見られては未刀が困るだろう。
私と未刀の背後を追うように、気配も柵の中へと入ってきた。おそらくはこんな場所だからこそ、攻撃適所と考えたのかもしれない。力を存分に使って戦いたい――そんな思想を持つ青年。
「楽斗っ！ あんたなのかっ」
未刀の視線の先、金の髪がビル風になびいていた。
「よぉ…理由、分かってるよな？」
「……力、力――あんたはいつも、力を得ることばかり考えてるのか？」
楽斗の顔が闇から現われた。口角をあげ、目を細めた。
「嬉しいこと言うじゃねぇか。忘れられてはなかったようだな」
「何をするつもりだ……」
「くっ…バカな台詞を吐くもんだぜ、未刀ぃ」
低い笑い声が剥き出しの鉄骨に反響した。楽斗が腕を横へと伸ばす。手の平は旻天の暗闇に向かって広げられた。
際だって明るい炎が吹き出す。未刀は無意識に、私を背に庇った。その腕を嬉しく思ったが、そこは久しぶりの邂逅。楽斗に向かって声を投げた。
「楽斗か、久しいの。じゃが、その焔。残念ながら未だに行き場を知らぬと見ゆるの」
「んだとっ！！」
「本当の事を言ったまで。揺らぐのは風のせいか？ それとも、この優しき力を持つ未刀のせいか？」
「うっせぇっ！！ これ以上言うと、あん時のお礼をさせてもらうぞ」
「龍華……。楽斗、もう分かっているだろう。僕はあんたにこの力を渡す気はない。もう昔の僕じゃないんだ」
「へぇ〜女にほだされて、逃げる気力も失ったかよっ！ 試してやるぜっ！」
楽斗が腕を振り上げた。周囲から一斉に黒服の男達が無数に現われた。
「お優しい未刀様には、餌食になる輩必要だよなぁ――！！」
両手を一閃し、楽斗が機先を制した。
唸る炎。空気を喰いながら、赤く夜空を焼く。
未刀の手には光の剣。炎をちぢに散らしながら応戦ていた。私は無駄に多い敵を未刀に近寄らせないために、彼の周囲に傾国元禳の結界を張り巡らせた。
力加減が難しい。ただ、未刀を守るだけならいいのだが、楽斗と違い明らかに力の弱い男達。傷つければ未刀が悲しむ……。
「これは…防御力が落ちるかの…」
細心の注意を要す。楽斗と未刀の戦いが続いている。私は見守った。
「――――華っ！」
楽斗を虎視していた未刀の視線が、唐突に自分に向けられた。確かに私の名を呼んだ。
背後に鋭い殺気。
黒服のなかでも高い能力を持つ者の一撃。ぎらつく刃。
辛うじて避けたが、太腿をナイフが霞めた。
「くぅ……」
未刀の声がなければ、避けられなかったかもしれない。
「龍華っ！ ご…めん」
愛しい人の声が近づく。
「もう、僕を守らなくていい……決着をつける」
悲しげな青い瞳に強い意志が光る。未刀は楽斗の攻撃を避け、胸元に一気に攻め寄った。未だ見えぬ刃は、楽斗の体を貫いた。
「ぐっ……これは――」
「この刃では人を切ることはできないんだ……。願わない限り」
「くそっ、力が抜ける」
楽斗が膝をついた。劣勢と見るや、黒服は一斉に闇に散った。楽斗は唇を強く噛んだ。血が滴る。
「なんで、いつもお前なんだ……。俺のお袋を殺した罪人のくせにっ！」
「…え？ 僕があん…た……の？」
へたり込んだ楽斗が上目遣いに睨んでくる。鉄骨に寄りかかって立っていた私を、未刀の腕が支えてくれた。そっと私を座らせる。
「父上が関係しているのか……」
「そうだと言ったらどうするつもりなんだっ！ ああん？ また闇に葬るつもりか！ 太陽の下を衣蒼が歩くために」
私は楽斗の言葉の先を読んだ。
「楽斗…おぬし、もしかして…。いや、連河家が…か？」
「…暗躍していたのはあんたなのか」
金の髪が乱れている。舌打ちし、闇を睨む楽斗。吐き捨てるように口を開いた。
「光は衣蒼。闇は連河……。お前の親父に聞け。そして、知れ……お前の罪をなっ！」
楽斗は這いずるように体を起し、その場を後にした。私は呆然と背を見送る未刀に寄り添った。
「僕はやはり…罪人……なのか」
私は何も言わず、立ち尽くしたままの未刀を抱き締めた。
此の世で一番大事な人を。
近い内に、彼は行くだろう。父親の元に。
私はその時、どんな手助けをしてやれるのか――。
いや、すべきではないのかもしれない。ただ、優しく大きく見守っていよう。
抱き竦めた体が、わずかに震えているのを知っているから。
□END□
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
＋ 1913 / 麗龍・公主(れいりゅう･こうしゅ) / 女 / 400 / 仙女＆死神【護魂十三隊一番隊隊長】
＋ NPC / 衣蒼・未刀(いそう･みたち) / 男 / 17 / 封魔屋（逃亡中）
＋ NPC / 衣蒼・仁船(いそう･にふね) / 男 / 22 / 衣蒼家長男
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■ ライター通信 ■
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ライターの杜野天音です。いかがでたでしょうか？
龍華の未刀を思う心をすごく嬉しく思います。甘いだけでない面をもっと出せていけたらと思います。では、今回はありがとうございました(*^-^*)
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