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魂集め
◆ OP ◆
「おや? ここに置いてあった箱を知らないかい?」
煙管から紫煙を吐きだしながら、蓮が片眉をつりあげた。
会場の一画、必要な道具などを集め置いている場所で、彼女はしばし周りに視線を投げ遣っていた。
「はあ、箱ですか?」
のんびりとした声でそう返したのは、三上事務所から手伝いと称して駆り出された中田。
「そういえば先ほどダンボールなんかをいくつか持っていかれた生徒さんが」
鉢巻を巻くには少しばかり頼りないその頭髪を、中田は軽く撫でつける。
蓮は中田の頭髪に一瞥してから、わずかに表情を曇らせて、そして大きな溜め息を吐いた。
「ああ、なるほど。……確かここには玉入れ用の玉が入った箱があったんだよね」
「ええ、そうですね」
うなずくと、中田は会場を指差した。そこでは、今まさに玉入れが行われている。
蓮はその賑やかな光景を確かめて、それからゆっくりとグラウンド横を確かめる。
そこには、確かにダンボール箱が数個置かれてあった。
「……ああ、やっぱり」
面倒くさげに呟いて紫煙を一筋吐き出す。
「どうなさったんです?」
訊ねると、蓮はその眼光をゆったりと細めて中田を見遣る。
「ひとつだけ、魂を封じこめた箱があったのさ」
「はあ?」
「万が一、人手が足りなかったらって思ってね。保険の意味もこめて、人手となる使い達を連れてきてたのさ」
「はあ、どういう意味でしょう」
話が見えないとばかり、中田は大きく首を捻った。
「つまり、精霊やら魂魄やらを封じこめた箱をひとつ持ってきてたのさ。それはちゃんと術を施した後に開けるなら問題はないけど、不用意に開けると、中に封じこめてあるモノが全部逃げ出しちまうってわけさ」
返された蓮の言葉に、中田はようやく理解を示して手を打った。
「ああ、なるほど! ようするに、その魂魄やら精霊やらが勝手に逃げ出してしまったってわけですね」
のんきな口調でそう述べる中田に、蓮はかぶりを振って溜め息を吐く。
「中にはちょっとばかり面倒な奴なんかもいてね。……この会場には一応結界を張ってあるから、外部に逃げ出していくって事はないだろうけど」
「では、早目にそれを回収しなくてはいけませんね。分かりました、ちょっと本部にかけあってみます」
うなずき、わたわたと駆けていく中田の背中を、蓮は「やれやれ」と呟きながら見送るのだった。
「と、いう事なんだよ。悪いけど、面倒事になってもなんだしね」
運動会という、活動的な空気で満ち溢れている場には、とてもではないが似つかわしくない雰囲気で、蓮は目の前の七人に笑みを見せた。
どうにもまったりとした空気の感じられる煙管からたちのぼる紫色の煙が、一筋、空気の中へと溶けこんだ。
◆ 調理室 ◆
「……そんな事いわれても、ねえ」
シュライン・エマが、隣を歩くシオン・レ・ハイの顔を見遣りつつ首を傾げた。
「集める方法とか、道具とか……その前に、魂っていうのがどういう形状をしているのかだって、分からないんじゃね……」
「私はガチャポンのこれを持ってきましたよ」
シュラインのため息の意味を察する事もなく、シオンはのんきな笑顔を見せ、コンビニ袋一杯につめたガチャポンのケースをゆらゆらと揺らす。
「これに一個づついれていけば、ガシャポンの玉みたいで面白いじゃないですか!」
「ガシャポンって……」
シオンが浮かべている満面の笑みを横目に確かめて、シュラインは小さくかぶりを振った。
「とにかく、蓮さんに指示された場所は三箇所だけなんだし、私はひとまず田辺さんがいるっていう調理室に行ってみようかって思うんだけれど」
「ああ! 私も田辺さんのところに行こうと思ってました! 美味しい匂いにつられた魂さんが大勢いるかもですし」
「あら、そうなの? じゃあちょうど良かったわね。ここは共同戦線でいきましょう」
白色のハチマキに触れつつ、シュラインはにやりと口許を緩める。それをうけて、シオンもまた白色のハチマキを撫でつけた。
「頑張りましょう、シュラインさん!」
シオンの端正な顔に力強い笑みが滲む。シュラインは、しかしそのシオンの笑みの裏に潜む思惑を、見逃しはしなかった。
(競技ついでに、田辺さんのお菓子をお裾分けしてもらいましょうね……!)
(はい! というか、むしろ、田辺さんのお菓子を目的に……!)
田辺がいるという調理室に向かう途中、二人はアイコンタクトで意思を通じ合わせた。
一方、ガッツポーズをとっている二人の横を、眉根を寄せ、思案顔をした少年が過ぎて行く。
少年の名は守崎啓斗。啓斗は、その思慮深げな緑色の眼差しで前方を睨み据えるように見つめ、時折小さなため息のような息を吐いている。
「魂って……手で摘める程度の大きさなんだろうか……いや、あるいは等身大なのかもしれない……」
独りごちて首を傾げて歩く啓斗には、目的地を同じくしているシュラインとシオンの姿は見えていないようだ。
そのハチマキの色は、黄。
(……! ちょっと、ねえ。あの子、調理室に向かってるんじゃないかしら)
足早に歩いていく啓斗を、シュラインの視線ががっしりと捉える。
(そうかもですねえ。あ、ハチマキ、あれは黄龍チームのですよ)
シオンがのんきにうなずいた。
(……急ぐわよ!)
穏やかに微笑んでいるシオンの腕を掴むと、シュラインは急ぎ、足を進めた。
◆ 中庭 ◆
「あー。運動会びよりだよなぁ」
中庭に向かいながら、守崎・北斗は大きなあくびを一つつく。
北斗の言葉通り、空には雲ひとつ見当たらない。文字通りの秋晴れだ。
どこまでも青く澄み渡った空を一望しつつ、乾いた芝生の上に腰をおろして首を鳴らす。
「霊が行きそうな場所っつったら……」
呟き、体育館倉庫の方に目を向ける。
「じめじめした所、好きそうだしなぁ……。俺には理解できねぇ場所だがな」
そう続けて肩をすくめると、倉庫へと向けた視線をそのまま中庭に伸びる木立ちへと向けた。
手入れの届いた中庭は日当たりも良く、行き渡る風は心地良い温度を伴って北斗の頬を撫でていく。
中庭には、桜の樹が数本たっていた。伸びやかに空を目指す枝の上、鳥が数羽並び、羽を休めていた。
――――と、北斗の頬がわずかにゆるむ。
「中庭にいらしたのは、今のところ、きみ一人だけですねえ」
不意に聞こえたその声にも、北斗は振り向こうとはせず、ただ小さな笑みを洩らす。
「うん、まあね。こんな明るい場所に霊が寄ってくるとか、あんまり考えないだろうしな」
うなずく北斗の視線が捉えているのは、桜の枝に宿っている白い羽のような光の塊。
北斗の隣で男がひとり、足を止めた。
「ハハ、まあ、そうでしょうねえ。……でも、きみの読みは正しかったようだ」
北斗の隣でのんびりと笑うのは、和装に眼鏡をつけた詫助だった。
◆ 倉庫 ◆
競技に用いるために機材が運び出された倉庫内は、がらんとして広く、そして静まりかえっていた。
長時間こもっていれば息の詰まりそうなほど、空気はじっとりと湿っていて、重い。おまけに、時折そこかしこにぼんやりと瞬く淡く黒い光のようなものが飛び交っているのが見える。
「ああ、……やっぱりここに多く寄ってきているね」
笑みを浮かべつつ倉庫内を一望しているのは、黒いハチマキを巻いている壮年の男。名を城ヶ崎由代という。
由代の言葉にうなずきながら、愉悦気味に目を細ませている少年は十里楠真雄。倉庫内の暗闇にあってもなお、その赤い双眸は輝きを失う事はない。
「何となく、ここかなって思って来てみたんだけど……勘が的中して、嬉しいな」
未だ少年と呼ぶに相応しい年齢ながら、真雄の浮かべる微笑は艶然としていて、ひどく大人びている。
由代は真雄の声を耳にすると、ゆっくりと真雄の顔に視線を向けた。
「おや、キミも玄武チームなんだね。僕と同じだ」
柔らかな笑みを浮かべてそう述べる由代に、真雄は小さく笑って「よろしく」と返した。
「あ、そうだ。ええと、中田さんっていったっけ?」
由代との挨拶もそこそこに、真雄は後方でこちらの様子を窺っている中田を確かめ、声をかける。
見れば、中田の隣には青年が一人、立っている。真雄はその青年のハチマキを確かめた後、しばし思案してから由代の肩を叩き、伝えた。
「ボク達以外にも、この場所が気になったひとがいるみたいだよ」
真雄の言葉に、由代は肩越しに後ろを見遣り、そして、恐らくは真雄と同じ事を思ったのであろう――意味ありげに頬を緩め、笑んだ。
「――やあ。キミもこの場所が気になって来たクチのようだね」
笑みを浮かべた表情は、一瞬の後にはいつもと同じ、穏やかで優しい笑みへと変わっていた。
由代に声をかけられた青年は、すっと伸ばした背筋を真っ直ぐに正し、丁寧な所作で頭をさげてから口を開けた。
「物部です。……この場所には、何か悪質な霊の気配を感じ、来てみたんですが……」
名乗った後、真言は由代達の向こう――倉庫の奥に目を遣って、口をつぐむ。その頭に巻かれたハチマキの色は、由代や真雄とは異なり、青龍のそれを知らしめた色をしていた。
「ああ、そうなんだよ。僕達も、物部くんと同じ気配を感じてね。……放ってはおけないと思って、来てみたんだ」
由代は真言に向けてそう述べると、表情を一変、眉根を寄せた苦々しいものへと変えた。
「競技とか得点とか関係なく、とりあえずはここをどうにかしなきゃねって、城ヶ崎さんと話してたんだ。キミも、ボクたちと一緒に、ここを鎮めようよ」
真雄は、由代の言葉をうけてそう続ける。
真言は、二人の思惑になど気付きもせずに、辛辣な表情で、かすかにうなずいた。
「祓ってもいいとは云われてないから、手当たりしだいに封じ、集めていく事になりますよね。……俺も、出来るだけの事はします」
真言の言葉に、由代と真雄は、ほんの一瞬、視線を合わせてニヤリと笑んだ。
◆ 調理室 ◆
運動会が終わった後に行われる打ち上げ用にと、黒衣のパティシエ・田辺聖人はひとり忙しく調理室を右往左往していた。
さすがに、生ケーキの類いは数を用意するわけにはいかない。そもそも、果たしてどれだけの人数が顔を出すのかも知れないその場所に、過不足のあるケーキを出すなど――。田辺の、菓子職人としてのプライドが、それを許すわけもなかったのだ。
よって、今、彼が手掛けているのはほとんどが焼き菓子の類いである。クッキーにパイ、パウンドケーキ。どれもが、本来であれば見目に派手さのない品物ではあるのだが。
「――――あぁ! ほら、また新しいクッキーが焼けてきましたよ!」
完成品が続々と並べられるテーブルに張りついて、シオンは幸福感で充たされた表情でクッキーを凝視している。
「ああ、ああ、これだけの数があれば、1、2……きっと一週間は食べる物に困らずに済みますよ」
「へえ、そうかい」
キラキラと目を輝かせているシオンの後ろで、田辺が腕組みをして仁王立ちになった。
「なんだったら、この先ずっと腹減らさずにいられるよう、俺が手を貸してやろうか」
田辺は満面に怒気を浮かべてシオンを睨み据えている。が、対するシオンはといえば。
「ええ?! 本当ですか?! ぜひ、お願いします!」
感動で目をウルませて、田辺の視線を受け止めた。
「ハァ……違うのよ、シオン。邪魔だって言われてるのよ。……田辺さん。うるさくしちゃって、ごめんなさいね」
今にもシオンに挑みかかりそうになっている田辺に、シュラインが軽く頭をさげる。
「競技の内容は聞かされているのかしら? 私達、会場内に逃げ散らばった魂魄の収拾にまわっているの」
「ああ、聞いてる。っていうか、あっちの少年から、さっき話を聞いてるしな」
シュラインの言葉に、田辺は後ろ手に啓斗を指差した。
啓斗は調理室を一周した後に、時折部屋の片隅に向けてボソボソと何事かを語りかけている。そうして語りかけた後は、ゆっくりと手を伸ばし、それを袋の中へと収めていくのだった。
シュラインは啓斗の動きを確認し、しばし思案顔で目を細ませた後、急ぎ足で啓斗の傍へと近寄った。
「……ねえ、啓斗くん。それ、少し見せてくれる?」
声をかけると、啓斗はゆったりとした、しかし隙のない動きで振り向き、シュラインの顔を見た。
「はあ……どうぞ」
差し伸べた袋は、田辺から分けてもらったビニール袋だった。なんの変哲もない袋だが、その中には焼き菓子のかけらと、浮遊する小さな光の塊がひとつ、収められていた。
「やっぱり、そうやって集めていくしかないわよね。――――思っていたよりも、案外小さいのね、魂魄って」
「はあ。でも、姿を見せてこないだけで、結構大きなのもいますよね」
シュラインの言葉にうなずくと、啓斗は再び調理室の中を一望した。
「大きなもの……? 何かしら。……精霊の類い、とか?」
啓斗はシュラインの呟きに、わずかに首を傾げて息を吐く。
「さあ? 集めてみたら、分かってくると思いますけど」
そう言い残すと、啓斗はシュラインに向けて丁寧に頭をさげ、シュラインがいる位置とは逆の方向へと向かって行った。
啓斗の背中を見つめ、シュラインはしばし考える。
「……ここは調理室なのよね。……器具は、」
独りごちて、調理室の中をゆっくりと確かめる。
あるのは、菓子を作るための様々な器具。ボール、泡だて器、木ベラ。
雑多に置かれたそれらが気になったのか、シオンが几帳面に整理している。ボールを引っくり返すと、その中に隠れていた魂魄がひょいと飛び出していく。シオンは慌ててそれを捕まえると、いそいそとガシャポンの玉の中へと移し変えていく。
「……本当にガシャポンにいれてるのね……」
半ば感心したかのような息を吐きながら、シュラインは、ふと田辺の横に並ぶオーブンへと目を向けた。
「……オーブン」
呟き、小さな唸り声をあげる。
そして。
「分かったわ。シオン、ポイントポイントで探すわよ」
「え? ポイント?」
シュラインの言葉に顔をあげたシオンの手には、ガシャポンがふたつ握られていた。
見れば、いつの間にか、啓斗は調理室を後にしていたようだった。
◆ 中庭 ◆
「……何してるんだ、北斗」
調理室を後にして中庭へと移動した啓斗は、中庭の桜によじ登り、枝に腰掛けて何やら談笑している北斗を見つけた。
北斗は聞き慣れた兄の声を耳にすると、枝に足を引っ掛けた状態でぶら下がり、にまりと笑みを浮かべて応える。
「いやあ、精霊っつうの? 結構面白ぇんだ、これが。話してみるとさ」
頬をにまりと緩めながら啓斗の前に差し伸べるのは、てのひらサイズの人の型をした青緑色に光る精霊だった。
「おまえ……それ、精霊か」
啓斗の言葉に、北斗はくるりと回転を加えつつ枝から降り立った。
「兄貴は? え、何? 場所を移動しながら探してるわけ? え、それってアリなんだ」
「移動してはいけないという規定は説明の中には無かったはずだ」
「ふうん? ま、いいけど。どうせ、あれだろ。兄貴のこったから、魂だのに会ったところで、色々説教かまして回ってんだろ」
「……説教というわけではない」
北斗の言葉に、啓斗はむっつりと口をつぐんで弟の顔を睨みつける。しかし弟は兄の眼光など意にかけるでもなく、てのひらから肩へと移動した精霊の髪を指の先でちょいと触れ、満面の笑みを浮かべた。
「ま、いいや。んじゃ、俺もちょっと移動してくっかな。確か調理室で菓子職人がご馳走作ってるとかなんとか言ってたよな」
「ご馳走ではなく、焼き菓子だ」
啓斗は田辺から譲り受けた焼き菓子の一つを北斗の前へと差し伸べ、述べた。北斗はそれを受け取って口に運び、表情を輝かせてきびすを返す。
「んじゃ、俺ぁ調理室に行ってくるわ。兄貴は? 倉庫にでも行くのか?」
問われ、啓斗は力強くうなずいた。
「厄介なものがいるとすれば間違いなく倉庫だろうしな」
「いいけど、仮に”厄介ななにか”が倉庫にいたとして、で、兄貴はどうにか出来るわけ?」
北斗の何気ない一言に、啓斗は再びむっつりと口を閉ざす。
兄のその仕草が楽しいのか、北斗は頬を緩め、ひらひらと手を振った。
「残念だけど、組が違うんだから、手伝うわけにもいかねえしなあ。あー、兄貴が心配だ。とてもじゃねえけど見てらんねえ! ってことで、俺ぁ調理室に行ってくら」
明るい笑顔でそう言い残し、北斗は調理室に向けて歩き去っていく。
呆然と見送る啓斗に、北斗の肩の上で、精霊が小さな手を振っていた。
◆ 倉庫 ◆
倉庫の暗闇の内を飛び交っていた暗い光は、由代や真雄、真言の見ている前で、見る間にその数を増していく。
光は尾びれを引いて飛び、その尾びれは時折ちぎれてまた新しい光へと変容していくのだ。逆に、二つの光が交じり合い、ひとつの光へと変容していくものも見られる。
「そういえば、中田さん。この倉庫って、過去に何か変わった事があったりとかしなかった?」
倉庫の内部には入ろうとはせず、あくまで入り口より向こうに陣取っている中田に目を向けて、真雄はわずかに首を傾げる。
中田は「はぁ」と曖昧な唸り声をあげた後に手帳を開き、そこにしたためてあったメモ書きをつらつらと読み上げる。
「実際に死者がでたりといったような事件は皆無です。が、それに代わり、噂がいくつか」
「噂?」
真言が眉根を寄せて中田を見遣る。
「ええ。例えば、”肝試しと称して立ち入った数名の内、一人が忽然と姿を消した”」
「忽然と? ここは密室だろう?」
由代が問えば、中田は安穏とうなずいてメモ書きの続きを読み上げる。
「”以来、肝試しと称して立ち入れば、――ああ、いやいや、それ以外にも、うっかり立ち入れば、必ず行方不明者が出る”という、噂がある場所のようですよ」
何の事はなしにそう告げる中田に、真雄は興味深げな表情でうなずいた。
「……なるほどね」
「恐らく、この場は現世とは異なる場へと通じているんだろう。その入り口との波長が合ってしまった者が、現世とは異なる世界へと引きずりこまれる」
真雄に続き、真言がゆっくりとそう述べる。告げながら持ち上げた右手は、飛び交う暗い光と重なると、その箇所だけがすうと溶けいりそうになる。
「異なる世界、ねえ。……なら、これらはそういった者達の魂かなにかなのだろうか」
由代が述べると、真言はしばし思案した後にかぶりを振った。
「いいや、多分……多分、そういった者達の残留思念や遺恨……そういった負の感情が、今回散らばった魂魄を寄せ集め、重なり合っているんだと思う」
「重なり合ってるっていうか、互いに食い合ってるみたいな感じに見えるけどね」
真雄は肩を竦めてそう述べると、由代の顔を見遣り、笑んだ。
「とにかく、競技時間が終わっちゃう前に、これらをどうにかしなくちゃだよね。城ヶ崎さん、どうする? ボク無力だから、あなたの手伝いにまわらせてもらうよ」
「ふむ……そうだな。残念ながら、実は僕も、さほどには役に立てそうにない」
そう返すと、由代は真言の顔を真っ直ぐに見据え、辛辣そうな表情を浮かべる。
「物部くん。僕達はキミのサポートにまわる。周りの、比較的弱めな魂魄達は僕達が集めて対処するから、キミは、あの、中心にある核をどうにかしてくれるかい?」
「……核」
由代の言葉に、真言は由代が示した場所に視線をやった。
そこでは、互いに食い合い、巨大さを増した漆黒の塊が、まるで王者のごとくに鎮座していたのだった。
その周りを囲うように、無数の魂魄が飛びかっている。
「……分かった。俺が、あの核らしいものをどうにかして確保する」
「任せたよ」
真言の肩を軽く叩くと、由代は真雄に目を向け、頬を緩めた。
蓮は、言っていた。
今回のこの競技の結果は、各自が集めてきた魂魄のその総数で決するのだ、と。
◆ 調理室 ◆
数多の焼き菓子を作るため、しかけてあったオーブンは数台に及んでいた。
今、シオンが見つめるその先で、最後のオーブンが焼きあがりを知らせた。
「出来た! 出来ましたよ、聖人さん!」
オーブンの前で目を輝かせていたシオンの呼びかけに、田辺はハンカチで手を拭いながら歩み寄ってくる。
「ああ、いい具合だ」
焼きあがったのは、内側に渋皮つきの栗とマロンペーストを包んだパイだった。
田辺はその一つを割って中の様子を確かめると、半分をシオンに向けて差し伸べる。
「見張りしててくれた礼だ」
「ほ、本当ですか?! わ、私、私、感激ですっ!」
感激に目を輝かせ、シオンはそれを嬉しそうに頬張った。
「ところで、おまえ、シオン。彼女の手伝いとかしなくてもいいわけ?」
「ふぇ、ふぇふだひ?」
田辺の言葉に、シオンはシュラインの姿を確かめる。
シュラインは、オーブンやガスコンロに群がっていた炎属性の精霊などを集め終え、今はシンクの下などを確かめていた。シンクを開けるたびに、何やら念仏のようなものを唱えている。
「ここの調理場は、俺が使う前にちゃんと掃除させといたから、シンク下とかにはいねえと思うが」
「な、何が」
田辺の言葉に、シュラインは過敏に反応して振り向いた。
「は? いや、あんたがさっきから異常に気にかけてる、茶ば」
「キャァァァ!」
ガイン
シュラインが投げつけたカップが田辺の顔に直撃する。
「あ、魂、見つけましたよ!」
田辺の顔にぶつかり、落下したカップの中から、ふよふよと魂が飛び出した。シオンはそれをそっと捕まえると、うきうきとガシャポンの玉の中へと入れた。
「こんちはー。なんか手伝えるような事とかないっすかー。……って、あれ? どうしたんすか、そいつ」
調理室のドアを数度ノックした後に入ってきたのは、中庭から移動してきた北斗だった。
北斗は調理室の床に倒れこんでいる田辺の傍に近寄ると、手近にあった棒で田辺の頭を軽く叩き、首を傾げた。
「こいつ、あれっすよね。パティシエの田辺とかいう人。なんで寝てんすか。やる気ねえ人だなあ」
告げて、カカカと笑う。
◆ 倉庫 ◆
暗く光るそれらは、互いが互いを食み、取りこみ、重なって、やがて人間ほどの大きさを成した。
人間と同等ほどの大きさへと変容したそれは、真言が祝詞を紡いでいる間に、ついに影ばかりの人間の姿となった。
真言は目前で禍となったそれを真っ直ぐに見捉えて、休む事なく言葉を成していく。
その横では、由代が宙にシジルを描き出していた。日頃描いているものよりも大分力を抑え目に描き出したそれは、倉庫内を漂う魂魄を引き寄せて捕らえるためのものだ。
真雄は由代の後ろに控え、ゆったりと睫毛を伏せていた。が、伏せていた眼差しをゆっくりと起こすと、その視界に映りこんだ魂魄が一斉にその動きを制限された。
「ところで、真雄くん。ちょっといいかな」
シジルの力で魂魄を捕縛していた由代が、ふと手を止めて真雄を見る。
「どうしました?」
真雄もまた手を止めて由代を見上げる。
「うん。……今ちょっと気になったのだけれど、蓮さんが封じていた魂魄っていうのは、全部でどのくらいの数があったのだろうね?」
「うん。ボクもそれを考えてた」
「関係のない霊も紛れこんでいた場合は……さて、どうしたものかな」
「ボク達には、それを判別する術はないしね」
「……」
「……」
由代の言葉に、真雄は笑みを崩す事なくそう返し、首を傾げる。
「……蓮さんに見せれば、その辺の判別もつくか」
「そうですね。――――結構な数になってしまいそうですが」
首を傾げ、やはり笑みを浮かべる真雄の顔を確かめて、由代は小さなため息を洩らした。
真言が向かい合っていた魂魄は、人の形を成した後、金属音のような笑い声を響かせ、ぐにゃりと姿を歪ませた。
真言は紡ぎ終えた言霊を形として成そうと構え、歪みだしたその姿を睨み据える。
が。
影は大きく揺らぎ、真ん中からぷつりと分断したのだ。
「……この息は神の御息」
ぷつりと割れた二つの影を見据えて目を細め、真言はゆっくりと、確実に祝詞を紡ぐ。
金属音は大きく空気を震わせ、ざわと騒ぐ。
由代と真雄は倉庫内を漂っていた魂魄の全てを集め終え、中田が待機していた入り口付近へと移動していた。
「マズいかな」
「どうかな」
「マズくなりそうだったら手助けしに行こうか」
「でもきっと大丈夫だと思うよ。彼、力は確かみたいだし」
由代と真雄が交わしている言葉は、真言の辛辣な表情とは裏腹に、ひどくのんきなものだ。
対し、真言はといえば――――。
真言は、二つに分割した影の片側のみを捕縛出来ていた。二つが距離をもって離れてしまったがために、二つを同時に捕縛するという事は適わずにいたのだった。
残された側の影は、ケタケタと笑い声のような音を響かせて、その影の一部をぬうと伸ばした。
真言は急ぎ祝詞を成そうとしたが、影は見る間に真言の頭上へと覆い被さろうとしていた。
「――――!」
真言の表情に幽かな焦燥が滲む。
だがその次の瞬間には、影ははたりと勢いを失い、留まっていた。
「大丈夫ですか?」
真言に声をかけたのは、中庭から倉庫へと移動してきた啓斗だった。啓斗は手にしていた小太刀で影を打ち、その力を削いだのだった。
◆ ED ◆
蓮が七人を集め、競技が始まってから、ちょうど一時間の後。
戻ってきた七人が集めてきた魂魄の数々を確かめて、蓮は安堵の息をひとつ吐いた。
「じゃあ、結果を言うよ」
蓮は煙管で灰皿を叩きつけると、紫煙を一筋吐き出してから七人を順に見据えた。
「どうするかねえ。……ああ、そうだ。組分けでの発表にしよう。その方が分かりやすいだろう?」
そう続ける蓮に向けて、シュラインを始め全員が小さくうなずいた。
「まず、白。白虎は二人いたんだね。シオンが四つ、シュラインが三つの合わせて七つ」
ありがとうね。そう続ける蓮に、シオンがほくほく顔で微笑みを返す。
「続いて、青龍の真言。――ああ、寄り集まって大きくなったものと対峙するのは大変だったろう。努力点をかってやりたいところだけど、ああ、そういうわけにもいかなくてね。悪いねえ」
かぶりを振る真言に、蓮は艶然とした笑みと共にカウント1を告げた。
続き、蓮は視線を動かして啓斗を見遣り、やはり申し訳なさげにため息を洩らす。
「黄、黄龍の啓斗。あんたにも、真言と同じく、努力点をあげたいところだけど……」
「いえ。お気遣い、ありがとうございます」
蓮の言葉に対し、丁寧に頭をさげる啓斗に、蓮は頬を緩めてうなずいた。
「黄龍、三つ。――――最後に玄武。この組が一番人数も多かったようだね。集めてきた数もダントツだったわけだけれど――――」
中田が書いたメモ書きを確かめて、蓮はちらりと視線を持ち上げる。
見れば、蓮が告げるであろう言葉の続きを待ち侘びた顔で笑みを浮かべている者が三人。
蓮はふうと小さな息を吐き出すと、煙管を口に運びながら口を開けた。
「玄武。北斗が五つ。精霊ばかり寄せたんだね」
「俺が仲良くなったやつの友達だっつって、集まってくれたんだよな」
北斗はそう笑うと、肩に腰掛けている小さな友人と顔を見合わせて笑った。
「由代と真雄はどちらも七つづつ。……どれも小物ばかりだが、これは何か示し合わせでもしたのかい?」
「示し合わせるだなんて。僕達は今日初めて会ったんですよ?」
由代が安穏と笑い、
「ボクの力では、小さな魂魄にしか応じることは出来そうになかったし」
真雄が妖美に笑って肩を竦める。
蓮は二人を見遣った後に真言の顔を確かめ、小さなため息を吐いた。
「まあ、結果オーライってところかい。合計30.……これで全部だ。助かったよ、ありがとう」
軽く頭をさげて煙を吐き出した蓮のその言葉で、競技はあっけなく終わりを告げた。
「イベントももうすぐ終わりだ。暇してる人がいるんなら、打ち上げの手伝いでもしてやんなよ。中庭で、茶の用意が始まってるから」
「田辺さんのお菓子ですね! ええ、私、喜んでお手伝いいたします!」
シオンがきびすを返して走り出す。
続き、残る六人もそれぞれの体で歩き出し、蓮は彼等の後姿を見送った。
――――さぁて、卦はなんと出るものかねえ。
独りそうごちて、ゆらりと眼を細めつつ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 / 白 / 魂の個数:3/2位】
【0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍) / 黄 / 魂の個数:3/3位】
【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍) / 黒 / 魂の個数:5/1位】
【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師 / 黒 / 魂の個数:7/1位】
【3356 / シオン・レ・ハイ / 男性 / 42歳 / びんぼーにん+高校生?+α / 白 / 魂の個数:4/2位】
【3628 / 十里楠・真雄 / 男性 / 17歳 / 闇医者(表では姉の庇護の元プータロー) / 黒 / 魂の個数:7/1位】
【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター / 青 / 魂の個数:1/4位】
順位結果:
1位 玄武組 合計/19つ
2位 白虎組 合計/7つ
3位 黄龍組 合計/3つ
4位 青龍組 合計/1つ
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■ 獲得点数 ■
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青組:0 / 赤組:0 / 黄組: 10/ 白組:20 / 黒組:30
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■ ライター通信 ■
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この度はご発注、まことにありがとうございました(礼)。運動会ノベル、お届けいたします。
今回はいつも私が書くノベルに比べ、多少はのんびりとしたものとなったかと思います。
コメディ風味……なんて思っていただけましたら、してやったりとガッツポーズをとるのですが。
点数を配分するというノベルは、今回が初の試みでした。
皆様のプレイング、それぞれの個性などが出ていらっしゃって、拝見していて非常に楽しかったです。
そういった個性、ノベルにも反映できていますでしょうか。
偶然のたまものなのか、複数人が重なった組は、即席ながらがっしりと協力タッグが完成できてしまうものとなっておりました。
楽しく書かせていただきました。楽しんでいただけましたら幸いです。
それでは、また機会がありましたら、お会いいたしましょう。
良い運動会の思い出を。
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