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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


最後の花弁〜永遠〜

 白い壁。白い廊下。
 薬品の匂いと白衣が行交う通路を、私はひとつの病室に向かって歩いていた。手には大輪の花束。たくさんの花を抱えていないと不安で、足元がおぼつかなくなってしまうからだった。
「私が…私さえ……ちゃんと前を見ていれば――」
 後悔しても遅い。あれだけの事故でかすり傷さえなかったのは、都昏君が身を挺して庇ってくれたから。
「……ん」
 眉間に指を当てた。眩暈がする。二日経過した今も、頭の中で延々と繰り返される記憶。忘れられるはずもなく、忘れてはいけない場面だった。
 けれど現実として受け止めるには辛い。私にとって大切だと気づいた人のあんな姿は。
 目を閉じる。
 あの一瞬を後悔し、そして同時に、彼が傍にいてくれたことが嬉しい。都昏君がいなかったら、きっと私は助からなかっただろう。
 立ち止まってしまった私の脳裏に遡る光景。それはいつまでも鮮明だった。
 
 ――――回顧。

 最初に飛び出したのは明日奈だった。都昏の姿を目にして、他は何も見えていなかった。ただ、すぐに傍に行きたかったのだ。塀が邪魔して接近する車からは死角。そんな基本的なことさえ、考える余裕は明日奈にはなかった。

 明日奈は都昏に会いたかった。
 会って話したいことがあった。
 それは胸に抱いた想い。
 誰よりも強い――。

 気づいた時、車体は明日奈のすぐ横。体は本能的に避けるために動くが、間に合う距離ではなかった。
『えっっ! …ダ、ダメっ』
 声にならない叫び。
 恐怖で白濁する視界。
 それは明日奈の体を跳ね飛ばす激しい力によって、一気に黒へと変化した。
『明日奈ぁっ!!』
 都昏の声。彼の背から黒い羽が広がって明日奈を助けた。それはずっと人になりたいと願っていた都昏の、淫魔としての力の発現だった。
 都昏にとって、人としての普通を失っても、守らねばならないもの。

 それは明日奈だったから。

 理由などいらない。都昏の抱いていた戸惑いは消し飛ぶ。
 アスファルトの上に血を流した都昏が転がった。意識はすでになかった。明日奈は叫び続けた。愛しいと分かったばかりの人の名前を。
『いやぁーっ!! 都昏君っ!』

―――あれから7日。
 何度も通った病室の前で、彼の母親が立っていた。花瓶を手にしている。
「よかったら、この花を飾って下さい」
 都昏くんは私を助けてくれたからここにいる。初めて病室を訪れた時、恨まれても仕方ないと覚悟していた。けれど、会ったばかりの母親は優しく微笑んでくれた。
 室内に迎え入れてくれた横顔を見て、そのことを思い出した。
「都昏君はまだ?」
 少し疲れた様子の母親は、そっと彼の容態について話してくれた。怪我はもう大丈夫だということ。ただ、意識だけが戻っていないということ。恐らくは精気の消耗が激しいのだろうと。
「でも、それだけじゃないんです…きっとあの子自身、目を覚ますことを拒んでいるんですわ」
「……拒んでいる」
 医者ももう彼の心次第だと言ったという。
 だから、私は誓った。
 きっと目覚めさせてみせる。私が彼を夢の世界から、連れ戻すしかないと。
 こうして閉じられたままの瞼を見つめているだけなんて、悲し過ぎる。

 自宅に帰る母親を見送り、私は花瓶に生けた花をベッドサイドに置いた。それは自分自身への勇気づけでもあった。大好きな花が私の心を支えてくれている。
「都昏君」
 呼びかけても返事がない。夢の中のキミ。
「一緒に眠らせて下さいね。……すぐ傍に行きます」

 夢の中――。

 目を開けると、暗闇。赤い月が空に大きく昇っている。
「ああ…ここは都昏君の夢の中なんですね」
 呟いて、周囲を見渡す。空に昇る月以外何もない空間。ただ、細く白い石が敷き詰められた道が、私の前にあった。
 自然に足が目的地を見つける。それはきっと、彼が導いてくれているから。白い道は眠ったままの彼の心に続いているんだと、私は確信していた。

 しばらく歩くと、背もたれのある大きな椅子。木製のそれはこちらに背を向けて、道の真ん中にあった。
「都昏…君」
 呼びかける。返事はない。けれど、私は信じる。
「都昏君……私、会いに来ました。私はずっと答えを探していました。その答えがやっと出たんです」
「…………」
 やはり返事はない。無言のままの彼の吐息だけが聞こえた。
「私は貴方と一緒の世界にいたい。いけませんか? 私は貴方を支えていけるなら、きっとこの身が滅んでもいい」
「それじゃ駄目なんだっ!!」
 突然、椅子が激しく揺れた。立ち上がって、震えている背中。
 私はそっと近づいて、後ろから抱き締めた。
「! …僕は、きっとキミを滅ぼす。精気を貪って、きっとキミを――」
「それでもいいんです。でも、信じています。都昏君は私を大切にしてくれるって」
「明日奈…」
 くしゃくしゃになった端正な顔がこちらを向いた。腕の中で息づく確かな鼓動。私はそっと抱き締めた。彼の涙が頬に触れて熱い。

 それがとても嬉しかった。

       +

「う…ん……、ここは――」
 僕は目を覚ました。夕方特有のぼんやりとした光が眩しい。
 腕を動かそうとして、胸の上の重みに気づいた。心臓がドキリと音を立てた。あれは、夢ではなかった。
「明日奈……」
 夢に会いにきた女性。自分の胸の上で、未だ眠りの中にいる人。

 愛しい人。

 少しだるい上半身をベッドから起す。眠る明日奈は夕陽を受けてとても美しく見えた。
 僕は体を倒し、そっと明日奈の柔らかく閉じられた瞼に口付けた。
「……明日奈、僕はもう逃げない」
 瞼が開く。
 静かに広がって、僕の顔を確認すると涙がその瞳に溢れた。
「もう一度言うよ……僕はもう逃げない。僕は明日奈が誰よりも好きだから」
「つ…ぐれ……ん」
 白い頬を涙が伝う。
 幸せそうな明日奈の笑顔が、ふわりと花開いた。 
「私も貴方が一番大切です。伝えられて、心が届いて嬉し――」
 明日奈の言葉を遮って、僕は彼女を抱き寄せた。
 華奢な肩。甘い花の香り。
 そっと、淡く色づく唇に僕の唇を重ねた。

 開いた窓から吹き込む風。ベッドの脇に置かれた花束を、ゆるく揺らした。
 一枚の花びらが落ちる。
 僕等はまた、心迷い、悩む日が来るだろう。それでも傍にいると決めたから。
 決して。
 互いの心に咲く花は、きっともう散ることはない。ふたりにとって、それは最後の花弁。
 永遠を手にいれた者だけが見る。
 最後の――。


□END□

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ついに完結しましたね! ライターの杜野天音です。
本当に長い間お待たせしてしまって。でも、ずっと待っていて下さって本当に嬉しいです。
彼らのことは休んでいる間も気にかけていました。できるならば、私が最後まで書きたいと無理な願いを持っていました。こうして、互いの気持ちを確かめ合えた明日奈さんと都昏君を書けて、心から感謝しています。
彼らなら、どんな苦労も乗り越えて、しっかりと幸せになれると信じています。
では、次はラブラブノベルでもお待ちしています(*^-^*)
本当に、完結おめでとうございましたvv