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<東京怪談・PCゲームノベル>


『Blue Butterfly』〜最終夜、立木家〜


 ☆プレイヤー選択  
 
  → 神納 水晶

 ☆モード
  → 学者モード ON →Hard Normal Easy
  → 戦闘モード ON →Hard Normal Easy
  牧師モード OFF


□■□■□■ 【Start】 ■□■□■□


 蝶が、赤へと変わる。
 月が、赤へと変わる。
 狂気を帯びた空気が、
 殺気を帯びた空気が、
 赤く全てを包み込む。

 歌が聞こえる
 儚くか細い歌声は
 中性的だ・・・。

 『終わりのない中進みましょう
  終わりがないから進みましょう
  見えぬのならば、それは闇夜のせい
  暗く落ち込む闇夜のせい
  光が無いのは終わりのないせい
  この世界は全てが繋がり
  始めは終わりへ
  終わりは始めへ
  無限に繋がる世界の中
  何処へとも知れず、進みましょう』


 □ scene T
 
 降り立ったのは真っ赤な望月村。
 ついこの間までは青が支配していたのに・・・。
 甘美なまでの青。
 むせ返るような青。
 あまりの艶やかさに、思わず息も忘れてしまうほどに青かった。
 それなのに今日は赤かった。
 まるで血を巻き散らかしたかのように・・赤い。
 おぼろげだった月はギラギラと輝き
 あんなにも儚げに舞っていた蝶々は赤い死のダンス。
 まるで全てが違う望月村。
 あまりの殺気に目も眩みそう・・・。
 「・・・水晶・・・。」
 背後から、驚きとも絶望ともつかぬ声がかかる。
 振り向いた先、赤く顔を照らされた・・。
 「冬弥・・。」
 「来んなっつったよな・・・!?」
 語尾に力がこもる。
 今にも泣き出しそうな顔で、冬弥はじっと暁を見つめていた。
 「頼むから・・・帰ってくれ。」
 か細い声でそう言うと、冬弥は唇を噛んだ。
 「心配しなくても俺は大丈夫だから・・・」
 「どこに大丈夫だって言う保証がある!?俺は・・・」
 視線が望月村に注がれる。
 その横顔は、悲しげだ。
 悪い事をしているとは思っていない。それでも、心が痛んでしまうのは仕方のない事だった・・・。
 「俺は、お前を守れると、言い切れない。」
 「冬弥に守ってもらおうなんて、俺は思ってない。」
 「それでも・・・」
 「俺はむざむざ殺されたりしない。」
 水晶はそう言うと、冬弥の腕をそっと取った。
 「絶対、帰ってくるから。」
 何かを言いかけて、冬弥は言葉を飲み込んだ。
 その代わりにポケットから小さなネックレスを取り出した。
 ヘッドに丸い小さな石をあしらったとてもシンプルなものだった。
 「お守りだ。」
 冬弥はそう言うと、そっと水晶の首にそれをつけた。
 胸元で、真っ白な石が揺れる。
 けれどそれは月の光を反射して赤くぬらりと光る。
 「さんきゅ。」
 「・・帰って来いよ。」
 「あぁ、約束する。」
 そう言って歩き出す水晶の足元。
 壊された地蔵がぼんやりと見送る。
 バラバラにされた地蔵はおとなしく。
 無言の入り口はなぜか寂しく。
 それでも真っ赤に濡れる望月村に、余分な言葉など不要。
 言葉は想いを伝えるもので、この場所では想いは伝わらない。
 だから誰も言葉を紡がない。
 ただ奪われるだけの命だと、悟っているから・・・。


■ scene U

 真っ赤に染まる望月村。
 蝶も月も空も地面も、真っ赤に染まる。
 蝶々が赤いのは“贄”の血を吸っているから。
 月が赤いのは蝶々の血を吸っているから。
 空が赤いのは、月が赤く光り輝いているから。
 地面が赤いのは、真っ赤な血で濡れているから。
 ぬらぬら、ぎらぎら。
 この村は鉄の臭いがする。
 つんと鼻につく、独特の臭いがする。
 その一つ一つの香りに、誰とも知れぬ人の命が宿っている。
 今はもう消えてしまった命。
 儚く脆く、どこかへと消えていってしまった命・・・。


 「ここが・・・立木家か・・・?」
 水晶は1つのお屋敷の前に立っていた。
 恐ろしいまでに大きく広いお屋敷の前。
 あまりにも大きなその扉に、思わず言葉を忘れて立ち尽くす。
 「とりあえず、道は此処に続いていたし・・・入ってみるか。」
 そう言って扉に手をかけようとした途端、扉はひとりでにスーッと開いた。
 音も立てずに、そっとそっと、内側に開く扉。
 その中には一人の少女がいた。
 ちょこりと畏まって、頭を下げている少女・・・。
 『ようこそいらっしゃいまして、お客様。』
 そう言って、微笑む少女の外見は、一夜に見た浮世と、二夜に見た浮音にそっくりで・・・。
 「お前・・。」
 『初めまして。浮葉(うきは)と申します。』
 ゆっくりとお辞儀をする、浮葉の肩から零れ落ちる、漆黒の髪が目に痛く。
 「浮世と浮音とは違うのか・・・?」
 『浮世は蕪木家に仕える者。浮音は楠木家に仕える者。わたくしは立木家に仕える者ですわ。』
 二夜目と同じ台詞・・・。
 それでもほんの少し変わっているのは、この人が浮世でもなく浮音でもなく浮葉だから・・・。
 『其、同のようで異なる者。異なるようで同なる者。』
 「またそれか・・・?」
 『言葉は存在。言葉は心。言葉は全てを紡ぎだし、言葉は全てを破壊する。』
 「だから、それはなんなんだ・・・?」
 『伝える手段は言葉。隠す手段も言葉。けれどもここでは伝えも隠しもしません。儀式にいるのは血と魂。言葉はなんの価値もない。』
 ふわり、浮葉が微笑む。
 その瞳の奥は微塵も微笑んでいない。それどころか、殺気が酷く伝わってくる。
 それでも・・・なんとなく分かる。
 彼女の役目は今ここで自分を殺す事じゃない。
 なぜだかそれだけは解る。
 多分そう、きっと・・・。
 けれど言葉の意味はよく分からない。
 浮葉の言葉はどこか遠くて近く、回りくどいようで的を得ていて・・・。
 ぐちゃぐちゃに絡まる頭の中で、浮葉の穏やかな声が呼びかける。
 『さぁ、お客様。あまりお時間がありません。貴方はここではありませんから。』
 「それはどう言う・・・」
 すっと、浮葉は水晶の体を押しやった。
 一つの扉の向こうに、すっと、本当に優雅に軽やかに押した。
 浮葉の見た目は病的に細く、か細い腕は今にも折れてしまいそうなほどだ。
 それなのに押された時の力は凄まじく、思わず扉の向こうに押しやられてしまう。
 『儀式の魂よ、永遠に。』
 パタリと扉が閉まる前、浮葉の瞳が真っ赤に染まる。
 赤く赤く・・まるで血でも流し込んだかのように・・・。
 『お気をつけて、お客様。』
 にこっと、口の端を持ち上げる。
 その唇すらも、ぞっとするほど赤く染まり・・・。

  パタリ

 扉は閉じられた。
 かたくかたく・・・。


□ scene V

 『愛しているから染め上げて
  憎んでいるから染め上げて』

 そこは長く伸びた廊下の中央だった。
 右へ左へ、ずっと遠く、見えなくなるまで廊下は続いていた。
 「どっちかに行けば反対の方に行くのは時間がかかってしまうな・・・。」
 ひらり、ふわり。
 目の前を一羽の蝶々が通り過ぎる。
 その羽は真っ青で・・・。
 この村に似つかわしくないほどに純粋な、透けるような真っ青だった。
 赤の世界で青は儚く浮く。
 けれど本来なら冷たい色のそれは、暖かく光り輝く。
 ひらり、ひらり。
 目の前を行ったり来たりする。
 そしてその蝶は右側へとほんの少し進んだ。
 そしてそこで立ち止まり、ふわり、ひらり。
 「俺を、誘っているのか・・・?」
 水晶は少し考えた後で、蝶の方に体を向けた。
 ひらり、ふわり。
 蝶々は上下に僅かに動きながら、それでも真っ直ぐ進んで行く。
 廊下の端へ、端へ・・・。
 水晶はハタと足を止めた。
 二夜で、蝶華が言った言葉が胸を掠めたからだ。
 『Blue Butterfly』と言い残していった青年・・・さっきソレを冬弥に聞いておくべきだったか?
 いや・・でも・・・まぁ、ここまで来てしまったのなら仕方がないか。
 水晶は顔を上げた。蝶々と視線がぶつかる。
 フワリフワリ、蝶々はまるで待っていたかのように飛び始めた。
 いや、待っていたのだろう。
 水晶を何処かへと誘う為に・・・道先案内人が蝶々なんて、素敵じゃないか。
 まるで御伽噺の国だ。
 ただここが、何でも叶う夢の国なわけじゃなく、一歩間違えば死に通じる世界だと言うことを抜かせば・・・。


■ scene W

 『何も変わらぬと知りながら
  それでも止められぬは運命』

 蝶々が止った先は小さな小部屋だった。
 張られた障子が外から入ってくる月明かりを吸収して仄かに赤く染まる。
 「ここに入れって事なのか?」
 そうはきいてみるものの、蝶々はなにも語ってはくれない。
 もちろん、水晶だってソレを望んでいるわけではない。
 呼吸を整えると、そっと手をかけた。
 ゆっくりと障子をスライドさせる・・・。
 むせ返る、薔薇の香り。
 「・・・薔薇・・・?」
 小首をかしげた瞬間、ひゅんと、風を切る音がした。
 ほぼ反射的に体をそらせる。
 中から鎌のようなものが伸びてきて、水晶の鼻先を掠める。
 「・・なんだ・・・!?」
 水晶はすべる様に部屋の中に入った。
 むせ返る、薔薇の香り。
 その合間に香る・・死者の香り。
 足元が濡れる。
 ビチャリと、不快な生暖かさで・・・。
 鎌を持った女性と目が合う。
 虚ろな瞳には何も映っていない。ただ、ぼんやりとこちらを見つめている。
 その顔には見覚えがあった。
 蝶子か、蝶華か・・・あるいは・・・。
 「っち・・・!!」
 視界の端で、鎌の先がこちらに襲い掛かってくるのが見えた。。
 左掌からすっと日本刀を抜き出す。
 キィン
 刀と鎌がぶつかり、甲高い不快な金属音を発する。
 刀に絡まりついた鎌を、投げ捨てる。
 長い鎖につながれた鎌は、歪んだ放物線を描きながら彼女の元に戻っていった。
 「どうなってんだ・・・!?」
 再び鎌が襲って来る。
 それを難なくかわすと、部屋の隅まで走った。
 ピチャピチャと足元で水が跳ねる。
 ただの水ではない事は、解っていた。
 下を向けば・・・幾人とも知れぬ亡骸が横たわっているのだから・・・。
 水晶はひとまず様子を見る事にした。
 下手に動いて返り討ちにあったら元も子もない。
 相手の瞳を見つめる。
 その瞳には何も映っていない。
 相手の行動が読めない・・・つまりは、どう攻撃が出て、どちらに避ければかわせるのかがまったく読めない。
 先を読むのではなく、その場その場での機転が大事・・・と言うわけか。
 面白い。
 水晶はふっと微笑むと、すぐに気を引き締めた。
 相手の手が微かに動く。
 右か・・・左か・・・?
 振り上げられる鎌。ギリギリまで見定めて・・・右だ!右から来る!
 水晶は左にかわすと、少女の方に走った。
 鎖に繋がれた鎌が少女の元に戻ってくるよりも早く、水晶の日本刀は少女のわき腹を切りつけていた。
 驚いたように、水晶を見つめる瞳・・・。
 少女は鎌が戻ってくるとすぐに、庭の方へと走り出して驚異的な速さでそのまま見えなくなっていった。
 怪我をしているにもかかわらずあの速度・・・。
 「・・・はぁ・・。」
 ほっと一息をつき、日本刀を仕舞おうとした時だった。
 背後に凄まじい殺気を感じ、水晶は振り返った。
 ・・・天井から降りてくる、先ほどと同じ顔の女の子。
 何故だか分かる。
 この子が“胡”なのだと・・・。
 危ないと思った時にはすでに遅かった。
 キラリと光る刀が、水晶に振り下ろされる。
 ・・・不思議と痛みはなかった。
 ただ、体を刃が通り抜けていく感じはした。
 ・・・・・・・・・・・?
 水晶は立っていた。
 まるで何もなかったかのように。
 思わず自分を見つめる。
 服も破れていない。それどころか、痛みさえもない。
 どうして・・・?
 目の前にいた少女が、すっと水晶の脇をすり抜ける。
 そしてパタパタと走っていった・・・。
 「なんだ・・・?」
 水晶は首をかしげながらも、少女の後を追おうとした・・・。
 パラリ
 その時何かが落ちた。
 足元に散らばる・・・これは、冬弥がくれたネックレスだ。
 もしかして、冬弥はこれを・・・。
 『身代わり』
 その言葉が浮かんできて、赤く色づく。
 「あいつ・・・。」
 水晶はギュっと唇をかみ締めると、切れたネックレスを拾い上げ、胡蝶の後を追った。


□ scene X

 『絶望のふちに追いやられて
  悲しみの底に堕とされても』

 走って走って、着いた先はあの、望月村の入り口だった。
 少女の足元で、うずくまる冬弥の姿。
 「冬弥!」
 近づいてみると、冬弥は右肩から左脇にかけて酷い出血をしていた。
 その下を赤い水が濡らして行く。
 全てが赤く染まるこの村で、それでもそれは絶望を含んだ赤だった。
 少女は冬弥の顔をくいと見やると、そのまま抱き上げた。
 そして、肩に担ぐ。少女の力とは思えない・・・。
 「おい、どこに連れてく気だよ・・・。」
 少女が・・・胡蝶が水晶の瞳を見つめる。
 濁った赤い瞳は、夢の中の少女とよく似ていた。
 けれど、夢の中の少女のように感情が浮かんでいるわけではない。何も映っていない瞳は酷く残酷だ。
 胡蝶は何も言わずに、くるりと向きを変えると、水晶の脇をすり抜けて庭へと走って行った。
 「おい・・・まっ・・・くそっ!」
 水晶は再び胡蝶の後を追って走り出した。


 着いた先は、原っぱだった。
 風が吹く。
 生暖かく、薔薇の香りを含みながら。 
 どこから香るのかは分からない。
 ただ、望月村全体が薔薇の香りの中に沈もうとしていた。
 先ほどまでの鉄臭さはなくなり、むせ返るような、甘い甘い・・・。
 胡蝶の後姿が、一つの扉の中に吸い込まれてゆく。
 近寄ってそれに触れる。
 冷たく硬い感触。
 石だ・・・。
 この村にはあまり似つかわしくないそれを、水晶は押し開けた。
 その先に伸びるのは地下へ続く階段だった。
 赤い光が、開いた扉から差し込み、ほんの数歩先を照らしてくれているがその先はまったく見えない。
 ふと見ると、壁には松明が1本かかっていた。
 それをおもむろに手に取ると、水晶はポケットからライターを取り出した。
 なにかに使えるかと思って入れておいたのだが・・まさかこんなところで使うとは。
 備えあれば憂いなしとはこの事だ。
 水晶は松明を持つと、足を踏み出した。
 ヒンヤリと冷たい風に乗って、甘い甘い薔薇の香りがする。
 それは段々と濃さを増し・・・。
 むせ返るような甘い薔薇の香り。
 息苦しいほどに甘美な・・・。
 階段の半ばで、下のほうに明かりが見えた。
 ボンヤリと壁に映る橙色の光・・・。
 水晶は呼吸を整えると、その先に進んで行った・・・。


■ scene Y

 『それでも信じようとした心
  全ては間違いだったと思い』

 橙色に照らされた部屋の中で、薔薇が大輪の花を咲かせている。
 その花びらはどれも真っ赤で・・・まるで血でも吸っているかのように本当に赤くて・・。
 それでも目が離せないのは、それが完璧なまでの美だから。
 美しすぎて怖くなるほどに・・・あまりにも、美しく花開いているから。
 その薔薇の花の向こうに、胡蝶と冬弥がいた。
 真っ白な長方形の箱を前に、胡蝶がその中を覗き込んでいる。
 あれは棺なのだろうか・・・?
 冬弥は胡蝶の足元でただ蹲っている。
 「・・ね・・・の・・・・から・・・・でね・・・。」
 ポソポソと、胡蝶の声が聞こえる。
 先ほどまでの殺気は消えうせ、時折小さな笑い声まで聞こえてくる。
 なんなのだろうか・・・?
 一体今、何が起こっているのだろうか・・・?
 そちらに、近づく。
 足元の薔薇を踏みしめる。
 そのたびに心なしか薔薇の香りが強くなっていく気がする。
 ・・何に向かって話しかけているのだろうか?
 その白い棺の中には何があるのだろうか・・・?
 棺の中が見え始める。
 徐々に徐々に・・・。
 「・・・な・・・なんだよこれ・・・。」
 白い棺の中、横たわる真っ白な肌の男の人。
 男の人の口元には血がついている。
 赤く赤く、その白い肌に良く映える・・・。
 それだけではない。
 その体は静かに赤い水の中に沈んでいた。
 ・・これは・・・全て、血・・・??
 その人の魂がもうすでに此処にはない事を、水晶は感じた。
 それはただの抜け殻だ。
 それなのに・・・体だけは凄く綺麗で・・今にも動き出しそうで・・・。
 「だからね、もう少ししたら、貴方は戻ってきてくれるわよね・・・?前は、戻ってきてくれなかったけど・・今回は・・・。だって、言ったのよ。」
 そっと胡蝶の顔を覗き込む。
 とても嬉しそうに話している、その横顔は先ほどまでとは打って変わって生気に満ち溢れている。
 「お父上が、言ったのよ。この儀式を続けていれば、貴方は戻ってきてくれるって。あのね、人を・・殺める事は、いけない事。でも、そんなの・・・。」
 すっと、瞳を伏せる。
 頬にうっすらと影がかかり、哀愁を漂わせる。
 「そんな事・・貴方の命の前では・・・掻き消えてしまうの。人を殺める苦しみも、悲しみも、貴方が還ってきてくれると思えば・・痛く、ないよ。」
 胡蝶の瞳から、パタパタと涙が落ちる。
 それは赤い湖の中に落ち、そして溶けて行った。


□ scene Z

 『何もかもを消し去ってでも
  拭えぬ罪は数え切れぬほど』

 「この儀式を続けていれば、貴方は還ってきてくれるって、お父上が言ったから・・・私は、何度も人を殺め、何人もの人を・・・。」
 じっと手を見つめる。
 ほんのり赤く染まっているのは、さっきも人を斬ったから。
 今足元で蹲っているこの人。
 それを、私が斬ったから。
 そう言えば、あのお友達はどうしたのかしら・・・?
 不思議ね。
 確かにあの人を斬ったはずだったのに、こちらの人が倒れていた。
 どうしてなのかしら・・・。
 確かあの時、パキって音がして・・・もしかして・・・。
 この人は、あの人の身代わりになったの・・?
 何か念をかけたものを使って・・・??
 そうだとしたら・・・この人は・・・なんて・・・。
 なんて真っ直ぐで純粋な人。
 “ソレ”しか、守る手段がないと思っているのね。
 自分の命をはってでしか、人を助けられないと思っているのね。
 それは確かに純粋で真っ直ぐだけれど、人の心を傷つける。
 貴方を犠牲にしてしまった事で、相手は心を痛めるのよ。
 ・・この人が、そうだったように・・・。
 私を止めようとして、蝶華に殺されて・・・。
 あの日の事は忘れない。
 貴方が私の元に来て、この村から助け出そうとしてくれた事。
 ねぇ、貴方と同じように、この人の心も澄んでいるのよ。
 だけどね・・・貴方が戻ってきてくれるのなら、この人を・・殺める事も・・・。


 胡蝶の視線が冬弥の上で止る。
 じっと、何も言わずにただじっと見るめる・・。
 水晶はぐちゃぐちゃに絡まる頭の中で、それでもどこか落ち着いていた。
 今、目の前にいるこの子供を殺せば・・・冬弥は助かる・・・?
 そしてこの子供も思っているのだろう。
 今目の前にいる冬弥を殺せば・・・この人は戻ってきてくれるのだと。
 もう魂はないのに。
 何処かに行ってしまったのに・・。
 自分の心と、想いと、リンクする。
 大切な者を失って一番最初に思うことがソレだから・・・。
 なんでもする。どんな事でもする。
 だから・・どうか戻ってきて・・・。
 それが届かない願いだと知って、それでも願う。
 大好きだから、大切だから、置いて行って欲しくないと。
 「・・もう、解ってるんだろ・・・?」
 ビクリと胡蝶の肩が大きく上下する。
 恐る恐る振り向く・・・。
 少女のように、あどけない光。
 その光を含んだ瞳は無垢で、純粋で・・それでも、どこか孤独で・・。
 「もう2度と還ってこないって、解ってるんだろ?だったら・・人の未来を奪うな。」
 「いいえ・・還ってくるわ・・だってお父上が・・・」
 「父親がなんと言おうと、現実は・・・“コレ”だ。」
 胡蝶の視線が棺の中で眠り続ける青年に注がれる。
 そっと、その細い指で頬をなぞる。
 とても愛しそうに・・とても艶かしく・・・。
 「儀式は、ずっと続。未来永劫。・・・儀式が終わる度、何が残ったんだ?」
 はっとした瞳でこちらを見つめる。
 何も残らなかったはずだ。
 姉妹を手にかけ、人々を殺して、そして・・・。
 「この村を、呪うと誓ったわ。未来永劫、ここに舞い戻り、この村を・・・。」
 姉妹を手にかけさせられ、そして自分の命も絶たねばならなかった。
 「この村は私の宣言どおり呪われた。ずっとずっと、いつまでも・・・私は、何人もの姉妹を手にかけた。でもね、全然痛くなかったの。」
 「痛くなかった・・・?」
 「そう。心が、痛まなかった。村人達は狂ったように儀式を望む。姉妹達も、狂ったように人を殺す。そして私も・・・でも、これは全て私が望んだ事だから。」
 水晶は海歌の話を思い出していた。
 『当主は村のためだと言い・・子供達の手に刃物を持たせた。
  自身は何のためらいもなく贄9人を捧げ・・子供達は泣く泣く魂18つを捧げた。
  そして、当主の命令どおり・・立木の子供はその手を真紅に染めた。
  自分の命を絶つ時、立木の当主は高らかに宣言した。“二度とこの村には光が届かぬ”と。
  “未来永劫、いつまでも何度でも、蘇りこの儀式を続け続ける”と。』
 「私は、お父上から言われて・・魂を捧げたの。・・彼だけは、残して欲しいと懇願したわ。けれど・・・お父上は言ったの。儀式が成功すれば還ってくると。」
 胡蝶の瞳が曇って行く。雨が降るほんの少し前の空のように。
 「馬鹿ね。還ってくるわけないじゃない。儀式の最後は、私の命を捧げる事。誰も、還っては来ないの・・・誰も・・・。」
 ふわりと微笑む。
 それは、痛々しいまでに精一杯の笑顔だった。
 「解ってた。でも、解りたくなかった・・・だって・・・。」
 ポロリと胡蝶の瞳から涙が零れ落ちる。
 傍らに置いてあった鎌を掴み、思い切り振り上げる。
 その切っ先の先には・・・冬弥が・・・。
 「危ないっ!!」


■ scene [ 

 『残された道は一つしかなく
  それは時を越えた罪の継続』

 水晶は咄嗟に腰に下げていた短剣を投げていた。
 それは胡蝶の腕に深々と刺さり、パタパタと鮮血が細い腕を通して床に広がる。
 「冬弥っ・・・!!」
 鎌は冬弥の脇に突き刺さった。
 近づいて、呼吸を確認する。
 か細いが・・息はある。
 でもまだまだ出血は酷い。早い所どうにかしないと・・・。
 「儀式を続けたって何も残らない・・・。続ける必要は・・・」
 「あるわ!・・だって、どうすれば良いの?あんなにもたくさんの人の命を奪ったのに・・・あんなにも・・・。」
 涙が落ちる。
 「もう、どうする事も出来ないの。私には・・・。信じる事しか・・・出来ないっ・・・。」
 鎌を高々と上げる。
 迷いはなかった。
 視線を掠めるのは苦しそうな冬弥の横顔。
 時間がない・・・。
 迷っている時間なんてない。
 ぎゅっと唇をかみ締める。

 ・・・それは、本当に一瞬だった。

 胡蝶から繰り出された鎌を避けると同時に、右に飛んだ。

 そして回転しながら、左掌から日本刀を取り出した

 鎌が戻ってくる。

 それを避けて・・日本刀の切っ先をを胡蝶に向かって突きつけた。

 銀色に光り輝く切っ先は、真っ直ぐに胡蝶の華奢な腰に突き刺さった。

 「・・・いっ・・・。」
 苦痛に歪む胡蝶の顔。
 その瞳にはもう、戦意はない。
 その場に崩れ落ちる。
 鎌がカツリと床に当たり、そのせいで近くにあった薔薇がハラリと散った。
 ヨロヨロと、棺へ這って行く。
 腕の力だけで起き上がろうと、棺に手をかけた瞬間、棺が胡蝶の方に倒れた。
 真っ赤な血を浴びて、それでも胡蝶は棺を押しのけて青年の頬に触れた。
 髪に触れ、頬に触れ、唇に触れ・・・。
 「解ってた。でも、貴方と一緒にありたかった。ずっと、ずっと・・・。」
 むせる。
 血が、青年の横顔を濡らす。
 「貴方が・・初めて此処に来て・・私の部屋の、青い蝶々を・・・Blue Butterflyって言って・・・。だから私、その言葉が好きだった。・・綺麗な・・・。」
 この青年が、冬弥の言っていた・・・Blue Butterflyと言い残して消えた青年・・・。
 「綺麗な言葉・・って・・・。」
 胡蝶は口をつぐむと、青年の唇にそっと自身の唇を重ねた。
 それはまるで映画の中のワンシーンのようだった。
 もしくは、高価な絵画のようだった。
 甘く切ない・・・死者との接吻。
 胡蝶の瞳から、涙が流れ落ちる。
 そして、水晶の方を見つめる。
 何かを言いかけて口を開くが、声が出ないらしくただ弱弱しい視線を冬弥に注ぎ、何かを言いたげに再び水晶を見つめる。
 「冬弥・・・?」
 コクリと頷き、ふわっと微笑む。
 それは純粋な喜び・・・?
 胡蝶の意識が闇に溶ける。
 ぎゅっと青年の手を掴んだまま、すぅっと・・・。
 「胡蝶・・・?」
 その呼びかけに、もう答えてはくれなかった。
 ただ、その表情は穏やかに微笑んでいた。
 「・・い・・っつ・・・。」
 「冬弥!!」
 顔をしかめながら起き上がる冬弥に近づく。
 傷は・・・血が、止っている・・?
 「これは・・・」
 「あの子供が、出てきた。すげー悲しそうな顔して、謝って・・でも、最後に“大切な人と、未来を作って行ってください”って言って、笑ってた。」
 ザァっと、薔薇の花がいっせいに枯れ始める。
 「なんだ・・・?」
 グラリと地面が揺れた気がして、2人は顔を見合わせた。
 「・・・崩れる・・・!?」
 「ヤバイ!外に出ろ!!」
 水晶と冬弥は立ち上がると、一目散に階段を目指した。
 階段の前で、ほんの少しだけ立ち止まって2人を見つめる。
 枯れた薔薇の中で、固く手を取り合って・・・。
 チリリと服の中で何かが鳴った。
 これは・・・一夜の鈴だ・・・。
 水晶はほんの少し考えた後で、それを2人の方に向かって投げた。
 チリリと小さな音を発しながら・・鈴は2人のそばに着地した。
 それはまるで祝福の鐘のように・・・。
 「なにしてんだ!とっととしろ!ぺちゃんこにつぶれてぇのかっ!?」
 「解ってる・・・!!」
 走って出た先、空は青かった。
 けれど今までの青とは違い、澄んだ青だった。
 そして・・・太陽が優しく村を照らしていた。
 村が崩れ行く音が聞こえる。
 全ての念が、渦巻いていたものが、無へと還る・・・。
 「終わったな。」
 「・・・そうだな。」
 2人は顔を見合わせると、微笑んだ。


□ scene \

 『愛しているから染め上げて
  憎んでいるから染め上げて
  何も変わらぬと知りながら
  それでも止められぬは運命
  絶望のふちに追いやられて
  悲しみの底に堕とされても
  それでも信じようとした心
  全ては間違いだったと思い
  何もかもを消し去ってでも
  拭えぬ罪は数え切れぬほど
  残された道は一つしかなく
  それは時を越えた罪の継続』


■ Last scene

 「確かに、もう望月村の気配はありませんわ。」
 東京下町夢幻館。
 夢と現実、現実と夢、そして現実と現実が交錯する館。
 その日訪れていたのは、夢への扉を管理する少女の住まう部屋・・。
 美麗はにっこりと暁に微笑むと、目の前に温かい紅茶を差し出した。
 「それにしても・・悲しいお話ですわね。」
 「そうだな。」
 「きっと未だに夢か現実の中を彷徨っていらっしゃるのでしょうけれども・・・。」
 長く“現実”にいなかった魂は夢と“現実”の世界を彷徨わなければならなくなる。
 “現実”とは少々逸脱してしまっているから・・・。
 「いつか“こちら”に来れると良いですわね。“あちら”の雰囲気が弱まって・・。」
 「ただ、一人じゃないからな。」
 水晶はそう言うと、紅茶を一口飲んだ。
 「もし宜しければ、またいらしてくださいね。事件だけではなく・・・美味しい紅茶をお淹れいたしますから。」
 美麗がふわりと穏やかに微笑む。
 「あぁ。気が向いたらな。」
 そう言って水晶は紅茶を飲み干すと、部屋を後にした。
 「・・おい。」
 「冬弥?」
 玄関に向かって歩いていると、ふいに後ろから名前を呼ぶ声がした。
 振り返ってみるとそこには冬弥が立っていた。
 「傷はもう良いのか?」
 「あぁ。」
 冬弥は頷くと、ほんの少しだけ遠くを見るような瞳をした。
 「あいつは・・・一人で中に入って行ったんだ。儀式を完成させないように、人の命を救うために・・けど、帰って来なかった。危ないからって言って、俺を外に残したまま。」
 そう言ってしばらく瞳を伏せる。
 長い睫が頬にうっすらと影を作り出す。
 「アイツは、蝶を殺しに行ったんじゃない。三蝶も相手にするのは大変だからと言って、胡蝶だけを目指して行ったんだ。」
 「それで殺された・・・と?」
 「そうとしか考えられない。儀式は、完成したのだから・・・。」
 ふっと、ため息をつく。
 そして水晶の瞳を見つめた。純粋に、真っ直ぐに・・・。
 「・・あの2人は、互いに・・・」
 「恋人同士だったんだろ?見れば解る。」
 「そうか。」
 「今はもう、一緒にいるんじゃないのか?」
 「・・・そうだな。」
 水晶はふっと微笑むと、じゃぁと言って、背を向けた。
 夢幻館の大きな扉を押し開く。
 日はまだ高い。
 太陽は、今日も眩しい。


       〈END〉


 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  3620/神納 水晶/男性/24歳/フリーター


  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード

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 ■         ライター通信          ■
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 この度は“『Blue Butterfly』〜最終夜、立木家〜”にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 第一夜、第二夜、そして最終夜とご参加いただきましてまことにありがとう御座いました!
 甘美な望月村には、甘美な悲しみを・・と思いながら執筆いたしましたがいかがでしたでしょうか?
 これで『Blue Butterfly』の物語は終わりを告げました。
 と、言いつつ番外を1編ほど考えているのですが・・あくまで番外ですのでもしお時間があればご参加ください☆

  それでは、またお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。