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季節外れの夏雪
「……鷹崎さんっ、この氷、有ると寒いんですが」
「……おや」
少し肌寒くなってきた中。昼下がりの骨董品店。
いまだ店の中に鎮座していた巨大な氷の塊を眺めて、店主の鷹崎は頭をかいた。
この氷は、鷹崎がふらりと旅先から持ち帰った物であり、夏場には削ってかき氷などにしていたのだが。
「流石に、もう時期じゃないかなあ…」
「ですっ、もういい加減に外に出しましょうよう…」
居候の店番少女…文音が氷をぶんぶんと指さして言う。幼い少女のようにふくれっつらをする彼女に苦笑をこぼして、しかたないね、と鷹崎が氷を抱えて外に出たところで。
「……?」
店の戸口にぼんやりと佇む少年を見つけて、彼は首を傾げた。
「お客さんかな?」
銀の髪に青い目をした少年で、自分とは正反対だなあなどとどうでも良い事を考えながら、鷹崎は彼に声をかける。
「……?………、…あれぇ?ここ、どこぉ…?」
少年は少し考えて、鷹崎に問いかけるように呟いた。
鷹崎の動きが少し止まる。
「………」
「………?」
「……とりあえず、中に入るかな?といっても、今はかき氷とお茶くらいしか出せないんだけれども」
しばし無言の応酬を続けた後に、鷹崎が少年に問いかけてみた。
言われた少年の顔が、ぱあっと明るい物になる。
「かき氷…?わぁいっ!…俺、大好きだよっ!冷たくて、甘くって…」
「それは何よりだよ。この季節には少々寒いかもしれないけれどね。とりあえず…俺は鷹崎 律岐と言うんだけれど。名前を聞いても良いかな?」
少年は大きく頷いた。
「俺、“くりゅーあきら”だよ。宜しくね、律岐クンっ」
「ああ、宜しくね。あきら君、で良いかな?」
鷹崎はにこやかな笑顔を浮かべて彼を店内に招き入れた。
「文音くーん、今年最後のかき氷だよー」
鷹崎ののんびりした声に店の奥から文音がひょい、と顔を出す。あきらを目にとめて、その目を丸くした。
「かき氷、ってこれからですか?……良いですけど…」
「シロップは何味がいいかな?」
あきらを店の奥の、畳貼りの一角に有る座布団に座らせて鷹崎が和服の袖をまくる。
アイスピックを握りしめ、氷を削りだした。
「そうだなぁ、シロップは…イチゴ……?あるぅ?」
あきらが少し甘えたように問いかける。
それに笑って答えて、鷹崎は頷いた。
「勿論有るよ」
切り出した氷を削氷機に放り込み、蓋を閉めた鷹崎を見て、あきらが首を傾げる。
「俺ね、かき氷って好きなんだけどあんまり食べた事ないんだぁ。その、ゴリゴリする…の、うちに、なくって…」
「おや、そうなのかい?ふむ…。確か奥の物置にいくつか有ったような…。良かったら、一つ持っていくかな?」
「え、いいの?」
ぱっと表情を輝かせたあきらに、鷹崎は頷いた。
「かまわないよ。ただ、食べ過ぎるとお腹を壊すから、気をつけるようにね」
赤いシロップをかけられたかき氷を手渡して鷹崎は念のため釘をさす。
「…分かってるよー…。わあい、おいしそう…」
あきらはほにゃ、と何とも言えない表情を浮かべた。
きーんと鳴る頭にめげず、夢中で皿のかき氷を減らしていく。
「俺、なんか、ずっと歩いてたからお腹すいちゃったぁ…。おかわり、…しちゃ駄目ぇ?」
伺うように見られて鷹崎は苦笑した。
「駄目だよ。もう大分寒くなってきているから、それ以上食べると冷えてしまうだろう?」
えー、と口を尖らせる少年と、その背後で鷹崎を責めるような視線を送ってくる文音とに彼は軽く吹き出すと、人差し指を立てて見せる。
「それに、お腹が空いているなら、何か別のおいしい物を食べた方が良いんじゃないかな」
「あ、だったら、昨日焼いたケーキとかお菓子が有ります。取ってきますね」
文音がぱっと立ち上がって、店の奥の台所へと向かったのを見送って、やはり女性は年下に甘い物なのだねえと鷹崎が苦笑した。
「あ、俺、甘い物…すきだよー…」
嬉しそうな笑顔を浮かべてあきらが店主の言葉を拾い上げる。
彼はその顔に浮かべた苦笑を、もうひとつ深い物にすると、あきらの頭をぽすぽすと撫でて見せた。
「……?」
「俺も、意外と年下には甘いのかもしれないねぇ…」
不思議そうに首を傾げるあきらにというより、とくに誰に言うでも無しに呟いて、鷹崎が溜息をこぼす。
「…?…律岐クンー?」
「いや、気にしなくて良いよ。…と、ほら、そろそろお待ちかねのお菓子も来たようだしね」
首をひねるあきらと、苦笑する鷹崎の耳に文音の足音が聞こえてきた。
「お待たせしましたっ。クッキーと、パウンドケーキですよーっ!」
「……また、限度を知らずに大量に持ってきたねえ君は」
扉を勢いよく開けて入ってくる、物凄い量の菓子を抱えたその文音の姿に鷹崎は呆れたように溜息を吐いた。
「だ、だって…お腹を空かせていらっしゃるでしょうし、つい…!」
「つい…で食べ過ぎて、お腹を壊してもアレだろうに…」
鷹崎は苦笑して、ふと窓の外を眺める。その横であきらはといえば、クッキーの小包を開けて、早速その中身に取りかかっていた。
「………そういえば、すっかり忘れていたんだけれど。君は迷子だったね…?」
暮れかけた空を眺めて、はた、と鷹崎が呟いた。
文音が「あ」とばかりに口を開ける。
「…そうだ、ここ、どこだっけぇ…?」
あきらの言葉に、鷹崎は軽く眉間に指を添える。立ち上がって、部屋を出て、すぐに風呂敷包みを持って戻ってきた。彼は懐からもう一枚、畳まれた風呂敷を取り出し、文音の菓子を包みにかかる。
「とりあえず、約束した削氷機と、このお菓子はお土産だね。……文音君、俺はちょっとあきら君の家を探しに彷徨ってくるよ。留守は頼むね」
文音が笑って頷く。
「……?律岐クン、…俺の家を一緒に探してくれるの?」
「流石に放って置くわけにも行かないだろう?ほら、暗くなる前に帰れるようにしよう」
鷹崎は笑って、あきらを促す。あきらが一つ大きく頷いて、文音に手を振った。
「気を付けて帰ってくださいね。それから、良かったら是非また遊びに来て下さいっ」
彼女が笑って手を振り返したのに満足したのか、あきらは靴を履き、のんびりと歩き出していた鷹崎の後を追ったのだった…。
※ ※
「所で、君はどっちから来たのかな?」
「…うーん、…あっち…?……じゃなくて、そっち…?」
「何で疑問形なのか聞いても良いかな…。……今日中にたどり着けるだろうか……」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5201/九竜・啓/男性/17歳/高校生&陰陽師】
【NPC/鷹崎律岐/男性/24歳/骨董屋店主】
【NPC/藤本文音/女性/17歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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九竜・啓様
はじめまして。新米ライターの日生 寒河です。
この度は骨董屋にご来訪頂き、誠にありがとうございました。
少々かき氷にも寒い時期になってしまいましたので、お詫びにクッキーなども添えさせて頂きました。
そして、啓様のご来店か、あきら様のご来店かがわからず、口調などからかってに判断し、あきら様にご登場頂きました。申し訳有りません。
口調などの不備が無い事を祈りつつ、それではまたお会い出来る日をお待ちしております…。
日生 寒河
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