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<白銀の姫・PCクエストノベル>


イレギュラーの決断

■オープニング

「真咲誠名さんだったよね、ひとつ頼みがあるんだけど――聞いてくれるかな」
 ………………邪竜の巫女ゼルバーンと重なるその力、是非僕に貸して欲しいんだ。
 レベルや経験値は関係無い。ただ特定の役目に雁字搦めに縛られていない、自由意思でいられるままに保持している、その性質の力が欲しい。
 どうだろう?

 にこりと笑い手を差し出してきたその相手。
 黒崎潤と言っていた。…草間武彦曰く、底の知れない冒険者。本来なら――こんな寄り道を承諾する訳がないだろうと思えた相手なのだが、何故か真咲誠名が何者かに――邪竜の巫女ゼルバーンに捕らえられていた事を聞き、協力を請われると――素直に受けていた。
 受けていたその理由。…それは、囚われていると言う誠名に関して思うところがあったからなのか。
 知らぬ相手でも、予感か何かがあったのか。
 役に立つ要素として。
 …誰にとって?

 それは。



 取り敢えずジャンゴに戻ってからな。
 誘われた真咲誠名はそう言っている。
 が、僕はなるべく早くアヴァロンに戻りたいと思ってるからと黒崎潤は返答を急がせる。
 真咲誠名の様子は変わらない。
 ただ、俺の助力が欲しいなら、現実世界に待たせてる奴に無事を知らせてくる時間くらい待つんだな、と。
 真咲誠名はそれだけを黒崎潤に返している。
 それ以上の目立った反応は――まだ、見えない。
 …黒崎の誘いをどうするつもりなのか、そこまでは――わからない。


■兵装都市ジャンゴにて

 そんな訳で。
 何はともあれジャンゴに戻った一行は、真咲誠名救出、と言うルチルアに依頼されたその目的は果たしたと言う事で、またそれぞれ、冒険に旅立っていた。
 …ただ、様々気懸かりが残っているが故か、皆が皆散り散りになったと言う訳でもなく、まだ共に居る面子が少なからず居た。
 例えば救出された当の真咲誠名。
 それから、セレスティ・カーニンガム。
 綾和泉汐耶。
 シュライン・エマ。
 …その、四人。

 ダンジョンからの帰還途中、何故か誠名に助力を求めていた黒崎潤は――ジャンゴに戻って来てからはひとまず別れて行動する事を望んでいた。誠名に時間の猶予を与える為もあるのか――真咲さんがどうするか決めてくれるまで取り敢えず別行動をしているよ、一応ジャンゴに来たなら用が無い訳じゃ無いし、それまでアヴァロンには向かわないから――ジャンゴから離れるつもりはないから、とだけ言い置いて。
 また、それを受け草間武彦が――シュラインの密かな思惑同様監視と言うつもりも兼ねているかもしれないが…こちらもひとまず黒崎と同行している。
 …武彦はその別れ際、黒崎の用ってのは恐らく『例のアイテム』の入手だろとは言っていた。…実際、黒崎がこの段になってジャンゴでわざわざ動きたがる用がある、となるとそれくらいしか無いかもしれない。
 武彦の言う『例のアイテム』、それは所謂セーブ用のアイテムである。
 レベルや経験値と装備品、そして場所等を記憶させたまま保持しゲームを中断も、そして『死』んでしまったりしても一度記憶させておいたその時点の状態から再開もできるセーブシステムはこの『白銀の姫』にも一応存在した。…但し、個人ステータスや位置の座標等ゲームシステムの範囲内になる個人的な部分だけしか記憶されるものではないが。例えば邪竜復活等、ゲーム全体に関るイベントとして引っ繰り返された砂時計をそのアイテムで止める事は出来ない。
 基本的にはジャンゴをはじめ各都市にそれ用の固定施設がありそこでセーブはするものだが、冒険を進めて行けば――敵は強くなる、ダンジョンは長く複雑になる、都市施設からはどんどん離れる、自然、回復施設やセーブ用施設は滅多に無くなってくる――と、だんだん中断するのが難しくなってくるものである。…だからと言って何もしないでただ中断してしまえば、次に再開する時にはまたジャンゴから――つまりは一からやり直しになってしまう。
 そこで用意されていたのが『記録の碑石』なる、任意の場所で一度だけセーブが可能になるアイテムだ。一応購入可能なものではあるが…確実に稀少品に分類される。そもそも売っている店がゲーム『白銀の姫』始点でもあるジャンゴのみ、更にはその売っている店の店頭に売り物として当のアイテムを並べさせるまでに幾つかの条件をクリアする必要があり、更には売ってもらえるようになったとしても価格が頭一つ飛び抜けて高額、ついでに店頭に並ぶのは極少数の数量限定、一人のプレイヤーが一度に所持出来る数も三つまで、と、所持条件が結構厳しい。…まぁ、それ一つでアイテムを使用したプレイヤーのパーティすべてに効果があるのでそれでも充分と言えば充分なのだが。
 このアイテム、敵モンスターが落とす事もある事はあるらしいのだが――それもそれで条件が厳しい。種族や強弱関係無くランダムで誰でも落とす可能性があるので特に狙えるものでもなく、落とす確率はやたらと低く設定されている。…そうなると条件を満たしての購入の方がまだ確実と言える。事実、モンスターが落としたのを拾ったと言う話は殆ど聞いた事が無い。そもそもレベルのせいか黒崎にはモンスターが殆ど近寄って来ないのだから…黒崎の場合は他のプレイヤーにも増してこちらの入手方法の方が難しい。
 それもあってか、黒崎は時間のロスを激しく嫌う節がありながらも――時々、気まぐれとも思えるタイミングで始点でもある筈のジャンゴに戻ってくる。それは――表面的には同行しているプレイヤーの都合に合わせているようでもありながら、結局、自分の用事がある為に戻ってきている訳だ。…この『白銀の姫』が現実世界の存在を取り込むようになってから――不正終了を繰り返すようになって異界化してから、このアスガルドを攻略する為の難易度――この異界内で自由に動く為の難易度は元々のゲームとしての難易度より各段に増している。そうなるとこのセーブアイテムは無いよりあった方が良いのは確か。黒崎の場合レベル的な懸念はまず無いだろうが、その時々の所持品や居場所についての条件はさすがに他のプレイヤーと変わらない。稀少品をイベントアイテムを入手したら、特別なフィールドにステージに到達したら――出来るだけこまめにセーブしておいて然るべき。
 黒崎のジャンゴでの用事の内、取り敢えず武彦らも承知しているのがこの『記録の碑石』の件になる。他にも何かあるのかまでは知らない。他は…以前知恵の環で調べ物をしていたり女神ネヴァンを連れ出した事しか見た事は無いし、何か他にもジャンゴで特別な用事があるのなら…黒崎はそこは同行している面子には隠し切っている事になるのだろう。
 ともあれ、黒崎と武彦の二人と別れた四人は、所在無く道端で話し込んでいる事になる。黒崎に誘われて以来何処か難しそうな顔で考え込んでいる誠名の様子を窺っている部分もあったかもしれない。
「やはり黒崎君のお誘いが気に懸かってらっしゃるので?」
 そんな姿を見ていて、ぽつりと問うセレスティ。
 と、いやまぁそれもそうなんですが、と誠名は肯定とも否定とも付かないあやふやな反応を返す。黒崎の話と言うより――それ以上に、何か気になっているような。
 誠名の表情は相変わらず難しそうなまま。
「…と言うより…あの兄さん、『何者』だ?」
 あの兄さん――黒崎潤と言う冒険者。…そんな誠名の疑問に、少し考えてからセレスティがすぐ返す。
「冒険者とは伺っていますが。曰く前回の不正終了に巻き込まれたにも関らずこのアスガルドで生き延びてらっしゃると。ただ、その際にプレイヤーデータが何らかの理由で変質してしまったのか外の現実の世界に戻れなくなってしまったと…確かそうでしたよね?」
 科白の最後でシュラインに振るセレスティ。その話に関しては草間武彦が黒崎当人から聞いている為一番良く知っている――即ち、今ここに残っている面子では殆どの場合で彼らと同行しているシュラインが一番事情に詳しい事になる。
 受けてシュラインも頷いた。
「大筋ではセレスさんの言う通りです。だけど…それだけで済むとも思えないの。…何て言ったら良いのかしら、まるで別の存在が彼の中に居るみたいにプレイヤーが知り得ない情報を彼自身が知ってる…と言うより確信として動いてるみたいなところがあって。…前は無自覚の内に、って感じだったんだけど最近は…無自覚じゃなくて自覚的にそうしてる風もあって…」
 こちらもまた考えながら、呟くように言うシュライン。問われた事に答える形だが、答えると言うより実際疑問点を口に出してみて自分で確認しているようでもあり。…そう、シュラインは黒崎潤の事は気にはなっているが、具体的に何がどうとは言い切れない為――余計に心配になりもしている。
「…それに、黒崎くんの使う技や言動からすると…邪竜の『眷属』と言うより『それ自体』に関係高そうだから…真咲さん――誠名さんのプレイヤーとしてのデータがゼルバーンの能力と重なるとなると…誠名さんを誘った事にも何か…そちらに関係する意味も感じられそうな気がするし…」
「言えてますね。当のクロウ・クルーハが彼の中に居る…そうとでも考えれば色々腑に落ちそうな事も多いかもしれませんか。…邪竜の覚醒を必要な事と確信していたり…してらっしゃいましたし」
 そんな考えをしてらっしゃった方は…彼以外は居ませんでしたしね?
 と、少し前の出来事を思い返しながらセレスティ。邪竜覚醒。堕星の遺跡で起きるイベント。不正終了へのカウントダウンが始まる第一のイベントフラグ。阻止すべく動く女神。覚醒が必要と言う黒崎。…まるで逆。
 その上――クロウ・クルーハとなればこのアスガルドでは諸悪の根源の如き役回り。そんな存在の影が薄らとでも付き纏っていれば…シュラインが黒崎の身を案じるのもわからないでもない。…黒崎は元々ゲーム内のNPCではなく、いち冒険者の筈なのだから。
「…ただ、そのクロウ・クルーハは――巨大な邪悪竜としてアスガルドに他に存在してるんですよね? 私たちも見ているし黒崎くんも実際に対峙しているし…傍で見ていて、一応、別の意志で動いてる…とは思えたわ」
 だからこそ彼の中にクロウ・クルーハが居る、とまでは言い切れないと思うの。
 考え込みながらそこまで言うシュライン。
 そうですね、と汐耶も頷いた。
「ルチルアちゃんとゼルバーンの場合は同じキャラクターだったんだから…彼女――彼女たちと同じようなものと考えるなら、この場合は一応違う事になりますね。他のキャラクターとして存在して、しかも別々に動いているとなると…何か関係はしていても、黒崎君の中に居る――在る『何か』はクロウ・クルーハ本体であるとは限らない…」
「ま、そうは言っても俺みたいなのが居る以上、他のキャラクターを内包するのはルチルア=ゼルバーンみたいな同一存在としての形だけ、とは一概には言い切れないと思うがな」
 俺の場合は…どうやらレベルはともあれ基本能力やら性質のデータがゼルバーンとダブってるんだろ、ならあの黒崎もそれと同じで能力やら性質の方がクロウ・クルーハとダブってる、って事が無いとは言い切れない。
 だろ? と確認するよう誠名が言い出す。
 が。
 途端、何処か納得行かないと言いたげな三人の視線が誠名に集中する。
 シュラインが口を開いた。
「でも私たちが見るに、誠名さんに黒崎くんみたいな違和感…は無いの」
 客観的に見て置かれている状況が似ているにしても、誠名さんの場合と黒崎くんの場合とでは…対象キャラクターが違うと言う事以上に、決定的に何かが違うと思えるわ。
「?」
 シュラインの発言に訝しげに目を細める誠名。が、考えるよう小首を傾げながらだが――汐耶もすぐシュラインに同意。
「そうですね。能力や性質がそちら側でも、性格や――私たちへの対応と言うか、内面の方はそのまま、現実世界のままの誠名さんがそこにいらっしゃるように見えます」
 と、汐耶に続けてセレスティも当然のように同意した。
「ええそれは確かに。檻を開ける前に確かめた件からしても私は言い切れますし、私の錫杖で傷付いてしまった時の態度も確り君そのものでしたしね。ダンジョンでの誘導の際も…何故そんな情報を君が知っているのかは不思議でしたが、知っていると言う事に君自身も途惑っているようでしたし…特に『別の存在』になっているような…『君ではない』ような感じは少しもありませんでしたしね」
「…黒崎の兄さんは『そう言う事』がある訳か」
 確認する誠名に、ええ、とセレスティが頷く。
「…彼は、何をするにも――自分自身に対してあまりに迷いが無いんです」
 普段皆さんと軽口を叩いていらっしゃる、見た目通りの少年らしい時から――プレイヤーとして本来知っているとは思えないデータを元に、手段を選ばず冷徹に行動する時でさえも。それに、外に出たいと言う一つの目的に向かって邁進している割には、言動が何処か取りとめの無い印象を受けます。いちプレイヤーの立場から見ると突飛とさえ思える行動を当然のように取る事もありますし。…その上に、彼は今このアスガルドに居る我々は『ゲーム上のデータである』事を必要以上に強く意識しているような節があるんですよね。まるで…自分は元から造られたプログラムであると考えの深い部分に刷り込まれているような。ほら、女神の皆さんはそれぞれの形でそう自覚してらっしゃる節があるでしょう? そうですね…黒崎君から感じられるその辺りの感触は特にアリアンロッドさんと近い気もしますね? 自分はとある事を知っている、それは知っているのが当然の事、では何故当然なのか、それは当然と設定されているから…それで説明を付けて話を終わりにしてしまう感じです。
 シュライン嬢の仰るようにクロウ・クルーハと深く関係がありそうな言動――クロウ・クルーハ側としか思えない言動を取っているように感じられる事も多いですよね。…創造主への反発らしきものまで時折聞こえてきますし。…それは現実世界の元々の黒崎君はどんな方であるか我々は知りませんが…元々、冒険者としてこの『白銀の姫』で遊んでいた方であるなら、外に出たいというのはわかりますが…それでも、いえ、そうだからこそ、言葉の端々から窺える考え方がちょっと腑に落ちない気がするんですよ。
 小首を傾げながら、セレスティ。
 と、それを聞いた時点で誠名が小さく肩を竦めていた。
「…俺も少しは変な感じありますけどね?」
「そうなんですか?」
「ちょいと耳を澄ますと洗脳でもする気かワレって感じの天の声が微かに聞こえてきますよ。微かな声なんで気が付かない内はそうでもないですが、一度気になってしまうと結構うるさい声がね」
「…え?」
「ま、その件より…まずは何処か落ち着けそうな場所で休憩しませんかね?」
 それから話の続きはしましょうって事で。
 誠名のそんな科白に、だったら勇者の泉にでも行きませんか、と汐耶が提案。…確かに、こんな道端で立ち話をしていても埒が開かない。汐耶の提案はすぐに呑まれた。
 そんな訳で結局、四人は勇者の泉に向かう事になる。
 …考えてみれば元々、誠名救出にはここから動き出したと言えるので――そこへ向かうと言うのなら始点に戻って来た事にもなる。ついでに黒崎&草間との待ち合わせ場所も基本的にこの場所だ。
 特に打ち合わせてはいないが――逆に打ち合わせて居ないからこそ、今回もそうなるだろう事は言わずとも知れている。



 …暫し後、勇者の泉。
 何処かに落ち着いてから話を続けよう、そう誠名が言った当の話の続きを聞くなり――テーブルに着いている一同はまた思案顔になる。
「…それって…何て言うか、システムそのものの『声』っぽくないですか…?」
「ええ…それに、誠名さんが閉じ込められていたあのダンジョンの性質とも…印象が重なるわよね…」
「そう、ですね…いちキャラクターの思考と言うより、その内側…マシンが実行したシミュレーションの出力が科白の形になっているだけ、とでも取った方がしっくり来そうな…」
「御三方でもそう思うよな? …もしこれで邪竜の巫女の能力やら性質…ひょっとしたら『意志』までが強弱ともあれ殆どそのまま俺のトコに来てるとなると――ちょいと根本的に考え改めなきゃならねぇ気がするんですが」
 如何なもんでしょうかね?
 …洗脳する気かワレって感じの天の声。誠名の言うそれは――セレスティの錫杖に触れただけで手を灼かれた事により自覚した後、己のステータスを見ながら今までの自分の行動を色々思い返していた時に気付いた事。ダンジョンのデータが頭に流れ込んで来た時等、ゼルバーンと重なる(と思しき)能力を行使している時に、音量としては微かにだが明瞭さとしては比較的はっきりと、だが殆どの場合で途切れがちのノイズ混じり、そして抑揚の無い男とも女とも取れぬ自動アナウンスめいた声が繰り返し聞こえていたと言う。
 特に『異常確認…修復を開始…失敗』と何回も何回も。そして――忘れた頃に『修復不能』、そして――『不正終了時…ゲームの再構築中ならばシステム復旧作業が可能と判断…積極的な介入によりそれを実行する』。何度思い返しても一文として意味が取れるのはその程度。他にはデータ削除やらプロテクトの存在がどーたら、バックアップデータが云々と、脈絡無く様々流れ込んでくる感じだったらしい。それらの声が重なり過ぎてノイズに聞こえるのかもしれない、誠名はそうとも言っていた。
「…誠名さんの仰るその『声』の意味を素直に取るなら、この『白銀の姫』のゲームプログラムを走らせているマシンシステム自体が…私たちがしているように――この異界アスガルドに対して何らかの意図を持った働き掛けをしているって事になるんでしょうか」
 もしそうなら――『異界の原因』の可能性はひとつ減らせますね、と汐耶。…つまり少なくともゲームプログラムを走らせているマシンの方はこの異界を何とかしなければと判断している――少なくともマシン自体の方は『異界の原因とは明確に別』と言う事になる。
「で、マシンシステムがこちらの世界で行動する為の窓口が邪竜の巫女ゼルバーン、となればしっくり来そうですか…。女神の皆さんはゲームの根幹プログラムとお伺いしましたが、この仮定通りであるなら…ゼルバーンが女神と似ていると思えた事にも納得が行きそうです。いえそれどころか…そうなってくると、彼女はむしろ女神より上位の存在とも言えそうですね?」
 そして、修復…となればゲームを正常な形に戻そうとしている?
 まだ不確定ながらも、仮定から導き出される事を次々口に出してみるセレスティ。
「…でしたら、ゼルバーンも本当は『敵』ではないと言う事になりますか?」
 このゲーム『白銀の姫』を正常な形に戻す事が出来るのであれば、少なくとも現在アスガルドと現実世界の両面で起きているこの騒動は――終息するだろう。
 が。
 それでは何か肝心な事を忘れてはいないか。
 気付き、シュラインが声を上げる。
「…でもちょっと待って、マシンシステム自ら働き掛けている窓口になるゼルバーンの行動が…不正終了を起こす事…そしてその最中にプログラムを修復しようとしている…となると、中に取り込まれてる現実世界の人たちの事なんか全然考えてない事にならないかしら? そもそもマシンの立場で考えるだろう大掛かりなシステムの復旧…修復方法って――異常部分を削除…バックアップに取っておいたコピーをまるごと上書きして本来のプログラムとして走らせる事じゃない?」
「…そうなると、今現在私たちが居るこのアスガルドを造り出しているプログラムは――何の躊躇も無くまるごと削除されてしまう事にもなりますね? …幾らNPCの皮を被っていても相手の本性がマシンシステムなら、中に取り込まれた現実世界の人を助けてから…なんて言うこちらの言い分を理解する筈も無いでしょうし、意志が芽生えた女神の皆さんも…『異常』と判断されて然るべきでしょうね…」
 汐耶はぽつりと続けると、はぁ、と小さく息を吐く。その理屈で行くなら――確かにそれでこの『白銀の姫』に絡む騒動は終息するかもしれないが、それに伴う犠牲が半端ではないし、心情的にもあまり見過ごしたくはない。そして同時に――それで確実に騒動が終息すると言い切れる訳でもない。
「………………むしろクロウ・クルーハよりゼルバーンの方が厄介な存在になるのかもしれませんね?」
 後々の事まで考えますと。言って、セレスティも小さく溜息。
 と、誠名もまた溜息を吐いていた。
「『レベルや経験値は関係無い。ただ特定の役目に雁字搦めに縛られていない、自由意思でいられるままに保持している、その性質の力が欲しい』――何となく黒崎の兄さんの狙いはわかったな」
 黒崎の言った科白をそのまま繰り返してから、誠名は紅茶のカップに口を付けている。…黒崎の狙い。誠名のそんな科白を聞きながらも、シュラインは自分の割り当てになる置かれたカップに目を落としたままでいた。…懸念故か彼女はまだ、カップの中身より考える方が先のよう。
「…黒崎くん、誰か、明確に消去したい対象がいるのかも…」
「だな。…それも邪竜の巫女の力で出来る『消去』で特に頼りにされるような用途となりゃ――システム関連じゃねぇ。当のゲームの方で設定されてる消去能力がその分を超える訳ねぇもんな。データの消去や初期化となりゃ一見万能っぽいが――それもシステムが許した範囲内である以上、どう考えてもシステムの何かに致命的なダメージを与えられるたァ思えねぇ。…つぅとゲームの中にある『異常』の方の何か――もしくはゲーム外…現実世界の何かって事もあるか?」
「私もそこが気になってるの。その『異常』と見るだろう部分…黒崎くん、システムと言うより…この異界として成り立っている根本に対し何かを仕掛けるつもりかも、とも思うのよ」
 そうなると…彼自身も心配だけど、事によると取り込まれた一般人の救出もままならないって事に繋がるかもしれないから。…不正終了が起きる起きないに関らず。
「…異界の根本――核霊か」
「そう言えば、今回の件でそちらを考えた事はあまりありませんでしたね」
「つっても、本当に核霊が目的で俺に話振って来たんだったら――エマさんもそこに関してだけは不安に思う必要無いだろうがね。…俺に設定された能力使って核霊消すのは――十中八、九無理だろうからな」
「…どうしてです?」
「そりゃな。『異界化してるゲーム内で設定されている力』で他ならねぇ核霊に手ぇ出せると思うか? …言わば核霊ってな異界のルールブックだぞ?」
 そしてそのルールブックは、どうやら『白銀の姫』ってゲームの世界をまるごと取り込んで異界化している訳だ。と、なりゃこの場の本来のゲームとしてのシステムくらいはとっくに核霊の手の内と思っておいた方が間違いない。そんな力で核霊に挑んでも――無駄に終わるが関の山さ。むしろ外の世界の存在である手前自身の手でやった方が余程可能性があるってもんだ。
「…」
 言われてみれば、そうかもしれない。思い、シュラインは沈思する。が、そうは言っても黒崎が『消去』に際し誠名の力だけを頼りにしているとは思えない。手段の一つとして一応声を掛けている――その程度のようにも思え。…そうなれば当然、懸念は払拭されはしない。核霊の消去、それは誠名に設定された能力を使ってどうこうできる問題では無いだろう、と言うだけだ。
 そこに至り、セレスティがふと口を開く。…異界の根本。核霊。そんな存在を考えるとなれば。
「では…そのルールブックは、今現在このアスガルドに対して…何をお考えでいるのでしょう? 何を望んで――何を求めてこの異界を創り出したのか。不正終了による無意味な繰り返しを何故起こしているのか…」
「もしくは…ルールブック自体に考える能力が無かったり、無意識の内に異界を創り出してしまった――って可能性はどうでしょう? だから今は中途半端なプログラムとして走るがままになっている…とか。…そもそも核霊って異界によっては存在しない場合もありますよね? この異界の場合ゲームがベースですから私たち側から見てもわかりやすい法則がある事が前提になっていますし…核霊と言える程のものは元々存在しない可能性も否定出来ないんじゃ」
 思いつくままにセレスティと汐耶が続ける。…が、結局どちらの説もまだ仮定に過ぎない。
「…まぁ、今の状態で核霊について談義してても埒は開きませんがね。その辺黒崎の兄さんはどう判断しているのかは知りませんが――」
 と、そこまで言ったところで、誠名は派手に嘆息。
「誠名さん?」
「…そもそも何で俺なんでしょうかね」
 邪竜の巫女のコピー的キャラクターに設定されたのが。
「それは――元々邪眼をお持ちだったりしますし、一度死んで生き返っているとか…当て嵌まりそうな条件が色々あるから…じゃないでしょうか?」
 ほら、神話の方で――島のケルトで邪眼と言えば巨人族フォモール王のバロールがもれなく名指しで付いて来ますし、クロウ・クルーハと言えば死を司る竜ですし、嘆きのディアドラにも死は付き纏いますしね?
 と。
 誠名のぼやきに対し、迷いなく汐耶が指折り並べ出すなり――ぱむ、と何事か思いついたようにセレスティが手を合わせた。何事? と誠名もそちらを見る。
「そうなんですよ。誠名さんはどうやら私と正反対の属性のようなんです」
「の、ようですが――それで?」
「あのぉ、私が触れても大丈夫でしょうか?」
「………………さぁ?」
「試してみても構いませんか?」
 と、セレスティは誠名に手を差し出す。それを見て、同じように誠名も手を差し出した。
「そりゃ構いませんが。痛い目に遭うならレベル的に俺の方だと思いますし…って大丈夫みたいですね」
 …手を差し出したまま衒いなくテーブルの上で握手するふたりのどちらにも特にダメージは無し。その事実に、セレスティは満足そうに頷いた。
「でしたら同行する事にも支障は無いですよね、錫杖や属性魔法に気を付ければ」
「そう来ます?」
「ええ。私としましては面白そうな能力をお持ちになった誠名さんとこれから一緒に行動できれば楽しいと思うのですが、どうでしょう?」
 にこりと笑い、セレスティ。
 誠名はうーん、と悩むような顔で苦笑する。
「俺も結局仕事の延長でここ来てるんで…ちょいと考えさせて下さいな」
「勿論。それで構いませんよ? 前向きに考えて頂けると嬉しいですけれどね」
「…なぁんか俺今日は妙にもてますね? …ところで総帥様以外の御二方はこれから?」
「そうね…私は取り敢えず、このままここで武彦さんと黒崎くんを待ってるわ」
 ここに来て漸くカップに手を伸ばしつつ、シュライン。
「私は…中間報告と溜まった仕事を片付けに現実世界に戻るつもりですけど」
 汐耶もすぐにそう続ける。
「…ですか」
「誠名さんは?」
「俺なぁ…どうするか…。やっぱ手前の置かれてる状況確り把握出来てねえ以上、今後の行動は何とも言いようがな…」
 どうも少し厄介な立場に置かれてる自覚はありますんで。手前の状況わかってねぇと仕事を継続するにも支障が出るだろうし…。実際、支障が出た結果、ゼルバーンに閉じ込められてた訳だしな。
 と、誠名がそこまでぼやいたところで、シュラインがカップを持ったまま改まって誠名を見る。
 黒崎くんの誘いの件についてなんだけど、と。
「…彼に力を貸す事になるかどうかは保留として、今のところ一緒に付いて行く事自体は問題無いようには思うの」
 武彦さん同様、連れと言うか行動見張ると言うか…。どちらかと言うとね、誠名さんには黒崎くんに、と言うより…武彦さんに力貸して欲しいなと、私の方は思っていたりするのだけれど。
「お礼に、落ち着いてから手料理御馳走…と言うのは駄目かしらね?」
 なぁんて。と、冗談めかして言うだけ言ってみるシュライン。
 つられたか、誠名も小さく苦笑する。
「ま、確かに草間さんの方が間違いなく信用は出来るよな」
 実際普段から世話になってるし。
 そちらさんの目的と俺の仕事もある程度合致するしな。
 …それに、姐さんの手料理ってのも捨て難い。と悪戯っぽく返す誠名。
 それらを聞きつつ、汐耶がふと口を開く。
「…現実世界と『白銀の姫』世界って混じり掛けてますよね」
「あン?」
「いえ、やっぱり情報足りないので推測なんですけど…誠名さんがあっちの眷族に設定された理由って…現実世界にはアリアンロッドのコピーさんいらっしゃいますし、誠名さんは現実世界でゼルバーンの存在に当たるって感じには…ならないかしら?」
 他の女神にもそんな存在出てくるか…もしくは既に居るのかもしれませんし。
 …戻ったら製作サイドも当たって見た方が良いわね?
 と、当たってみるべき場所を思いついたついでに呟きつつ、汐耶は目の前の珈琲に手を伸ばす。
 また新たな可能性が提示され、カップを傾けたまま誠名は暫し無言。
 そして。
「――…そーなるとそれこそ黒崎の兄さんは現実世界でのクロウ・クルーハに当たる訳か?」
「…」
 確かに、それもまた怪しくなる。
「ま、そうなると巫女に当たる設定の奴が欲しくなるのもわからないでもないけどな」
 王様は部下が必要な訳だろ。
 …特に明確な用事が無くても、邪竜としての『意志』とやらが影響してるとなりゃ無意識でそう思う可能性もあるだろうし。
「どちらにしろ、彼は――自分の事で手一杯の様子ですからね」
 …何であるにしろ、何か自分の為になる手段として誠名さんを利用したがっているのは明らかだと思います。それだけは確かでしょうとセレスティがぽつり。だろうな、と誠名もその発言にあっさり頷いた。それを見、敢えて利用されてその後に報復に出ると言う事も誠名さんだったら出来るとは思いますが――どうされます? とセレスティから改めて興味深げに聞き直される。
 続けて、汐耶も誠名を見た。
「誠名さんって独自のルールに則って動いてらっしゃる方だから当てにしてると大変だと思うんですけど…黒崎君その辺わかってて言ってるのかしらね? まぁ、どうするにしても誠名さんが決める事ですし…でもその前に、更科さん安心させるのも上司の勤めかなと思いますけど?」
 一応、ちくりと釘。
 と、誠名は汐耶の言うその件――現実世界に置いてけぼりになっている誠名の部下・更科麻姫の件についてもまた、ああ、と受けるだけは受けた。…黒崎相手にも時間稼ぎにそれを言い訳として出した事であるし、元々、その気ではある。
 …が。
 それにしては少々難しい顔のまま、誠名は中身を干したカップをソーサーに戻す。
「…ただな、実は色々聞いた今、目下一番気になってんのは…俺、そもそも現実世界に落ちるの可能かって事なんだけどな」
 ほら、今の話の流れからすると…黒崎の兄さんみたいに何かの加減でデータ変質起こしてる可能性が無いとは言い切れなくねぇ?
「…」
「…」
「…そう言う事は何だかんだ話す前に、先に試してみましょう」


■結局。

 で。
 セレスティとシュラインに半ば強制的に見送られつつ、元々現実世界に戻る予定だった汐耶に引き摺られ連れて行かれるような形で誠名もまた現実世界への帰還を試みていた。で、結果は――黒崎とは違い、あっさりと実行可能だったよう。すんなりと掻き消されるように誠名のその姿はアスガルドから消えていた。

 …取り直して――暫し後。
 シュラインの花飾りが少し色合いを変え始めた頃、再び誠名が勇者の泉に現れた。待っている面子も――誠名が消える前と変化無し。セレスティとシュラインの二人。別行動の黒崎と武彦はまだのよう。…『記録の碑石』とやらの購入条件と言うのは余程面倒なのかそれとも別の理由でか。
 近付いてくる誠名の姿を先に見付けたセレスティが、小さく手を上げふわりと笑う。
「普通に戻れましたか?」
「ええ。杞憂も杞憂だったみたいです。…向こうで綾和泉の姉さんにも確り会えましたし」
「よかった。…何処かゲームプログラムに変な風に取り込まれたりしちゃってたら、って二人で心配してたの」
 小さく安堵の息を吐きつつ、シュライン。…確かに今現在の『白銀の姫』、何がどうなってもおかしくない節がある。黒崎と言う外に戻れない前例、そしてシステムが剥き出しであるかの如き件のダンジョンの事もあり、現実世界に出ようとして消えても実は現実世界に戻れてはおらず、ゲームプログラムに直接取り込まれたりする可能性もあるかも――そんな洒落にならない懸念もあながち荒唐無稽とは言い切れない訳で。
 外で汐耶とも会えたと言うし、再び現れた無事な姿にはほっとした。
「…そりゃ御心配掛けました。とにかく、お待たせしましたって事で。ただ――そうは言っても黒崎の兄さんも草間さんの姿もまだ見えませんが」
「そうなのよ。…随分掛かってるなとは思ってるんだけど」
 ジャンゴに居るのならあまり遠出にはならない筈だし、懸念の黒崎が誠名との同行を希望している以上――そちらの心配も無いとは思うが、やはり少し気懸かりである。
「ところで…汐耶嬢にも釘を刺された事ですし、現実世界で麻姫嬢と連絡を取る事はされたと思いますが…どうやって言い訳されたんです?」
 と、まだ席にも着かない内にセレスティに問われるなり、誠名はふと黙り込みさりげなく目を逸らす。
「…」
「誠ー名ーさーん?」
「…いやその通り言っただけですって。麻姫に嘘ァ吐けませんからね。仕事で『白銀の姫』まで出向いたらちょいと厄介に巻き込まれて帰って来れなかったって。…ま、姿見せたらその時点でけろっとしてましたが。…いつもの事ですんでね」
「それだけにしては誠名さんの反応が面白いんですが?」
「…麻姫にゃ苦労掛けてる自覚はありますんで」
 あんまり突付かんで下さいよ、と苦笑。
 と、そこで――今度こそ待ち人二人の姿が勇者の泉に入って来た。
 黒崎潤と草間武彦。
 誠名がまだ椅子に着きもしない内の事。待たせたみたいだな、と武彦の声が先に飛んで来る。
 黒崎も、少し遅れて二人が座り一人が脇に立っているテーブルに近付いて来た。また一人減ってるけどひょっとして現実世界にでも帰ったの? 羨ましいね、と皮肉げに唇を歪めている。
 そして改めて誠名を見ると、静かに微笑み掛けた。…こちらの表情に皮肉の色はない。
「…決めてくれた?」
「その前に一つ聞かせてくれや」
 挑むように黒崎を見、誠名。
「――…兄さんは俺に何をさせたい?」
 この世界で俺に設定された力――邪竜の巫覡の力で何がしたい?
 ずばり訊く誠名に、黒崎は謎めいた笑みを見せる。が――その笑みは唇だけ。瞳の方はむしろ、笑みとは程遠く。
 氷面下に溶岩を隠したが如き眼差しだった。酷く冷たいその下に、暗い激情が抑え込まれているような。
「ディアドラをとってもバロールの魔眼をとっても――味方になれば頼もしいけど、敵に回せば脅威になる事は目に見えてるからね」
「それだけか?」
「ゼルバーンは絶対僕には靡かない。…目覚めた時から彼女の存在は邪竜の巫女として無意味極まりない。声を掛ける価値も無い。ルチルアの方ならまだしもね。でも真咲さんあんたは――草間さんやシュラインさんと同じ冒険者になる。この世界に囚われてる外の人間を現実世界へ解放する為に来たとも聞いてるしね。だったら…僕を手伝ってもくれるかも、って思ったんだけど」
「…まァ一部はあってるが――俺は結局失踪者捜索の仕事で来てるだけでね。依頼受けりゃ別だが誰彼構わず助け出そうなんてボランティア精神なんざ持ち合わせちゃいねぇ。増してやその為にこのゲーム自体をどうこうしようなんて大それた事考えちゃいねぇしな」
「僕はその『大それた事』をしようとしていると?」
「そうしなきゃお前さんは戻れない、って事なんだろ」
「…真咲さんがその『仕事』で捜している失踪者の中に、僕の名前は無かったかな?」
「…あったら、お前に会ったその時点で速攻で確認してるたァ思わねぇか?」
「そうか。確かにね。…じゃあ、僕の存在であんたを縛れはしない訳か」
「…まァそう逸るなっての。別に手伝わねぇとは言ってない。何だかんだ言ってもお前が知ってる事にはこちらから見ても価値がある。…お前を手伝うか否かってのァ、お前が俺の力でやりたい事が何かによるってのがある。取り敢えず――草間さんたちみたいに同行するだけなら支障はねぇよ」
 具体的に何させたいかってのは今んトコ話すつもりなさそうだしな。そう告げ、誠名は大仰に肩を竦める。
 と。
 黒崎は微かに、笑った。
 何か、諦めたようにも見える自嘲の笑み。
「…僕はどうしても外の世界に出たい。それもそうなんだけどね――僕にはどうしても赦せない相手が居るんだ。けど、それが誰だか…わからない。ただ、そんな存在が居る事だけは確かなんだよ」
 だから。
 最後まで僕の味方になってくれそうなあんたに助けて欲しい、だけなんだ。
 呟くようにそこまで言い、黒崎はその場から踵を返す。と、武彦がすかさずその背を呼び止めた。
「おい黒崎?」
「なるべく早くアヴァロンに戻りたいって言ったよね? 別件の用も済んだ事だし、真咲さんが決めてくれたなら――もう向かうよ」
 呼び止めた武彦に言って、黒崎はそのままそっけなくテーブルから離れていく。武彦にシュラインは慌ててその後を追おうとする。…目を離さない方がいいから。それに付いて行かなかったら彼は躊躇う事なく一人で行動するのが目に見えている。…総帥様はどうします? と誠名。それは私も行きますよと頷き、セレスティも席から立つ。
 が。
 その途中、誠名がセレスティのみならず――ちょっと、と武彦とシュラインも一時引き止めた。一応言っときたい事がある、と。
「奴にはああ言ったが――本当は、あった」
 …俺が仕事で預ってる失踪者リストの中に、黒崎潤の名前もな。
 つゥ訳で、あの兄さんも元々放り出せねえ対象の一つである事は確かでね。
 ただ、それを素直に言う気になれない感触があるんだよあの兄さんには。不用意に近付いたら危ねぇような感触が。俺があのダンジョンから助けられる時、檻越しに初めて黒崎を見たあの瞬間からもう、な。
 それに今の発言からしても――あれは俺を…邪竜の眷族…つかこう言っちまった方が良い気がする。…『手前の眷属――手前の巫覡と見なしてる』。
 三人だけに聞こえるよう小声でそれだけを告げてから、誠名は皆に先を促した。下手に止まっていては怪しまれ兼ねない。すぐに黒崎の後を追う。
 程無く、勇者の泉の外へ出た。先に外に出ていた黒崎の姿が待っている。
 …じゃあ、行こうか。衒いなくそう告げ、黒崎は『記録の碑石』でセーブしてあったアヴァロンへ至る霧の湖、ダム・ド・ラックと湖の怪物をやり過ごした後の場所――つまり船への、パーティメンバーの転移を実行。皆のキャラクターグラフィックがドット単位で解けその場から消滅し、目的の場所へと移動した。

【イレギュラーの決断 了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業/白銀の姫ゲーム内クラス(指定あった人のみ)

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い/冒険者(魔法使いor学者系)

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書/冒険者

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/冒険者

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、公式外の登場NPC

 ■真咲・誠名
 ゼルバーンに囚われていたところを救出され今に至る冒険者。何故かゼルバーンと能力や性質的に重なる設定のキャラクターにされているらしい。アスガルドに来訪した目的は怪奇系始末屋としての仕事である失踪者捜索を進める内に『白銀の姫』が怪しいと判断した為(で、そんな中ゼルバーンに囚われたりしていたが有志の方々に助け出されて今に至る)

 ■更科・麻姫(名前だけ)
 現実世界に於ける真咲誠名の部下。

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。今回も発注有難う御座いました。
 いつもと比べ(汗)比較的早めのお渡しの気もします…が、現在残っている『白銀の姫』の期間を考えるとせめてこのくらいのペースで行かないとどうしようもない(いやもっと早くしないと)とは思っておりますのでそれを考えるとやっぱり漸くのお渡しになります…。
 …予告だと三回目クエストに当たる今回募る筈だったのは現実世界編だった筈なんですが、それを破って「怪奇系始末屋、拘束される」の続編めいた話で募らせて頂きました。
 毎度いきあたりばったりの思いつきで行動する奴ですみません(汗)
 取り敢えず、手前で広げた風呂敷(誠名に設定された能力の件等オリジナル設定な謎の分)くらいは期間中に何とか畳みたいと思っております…難しい気もしてますが…(滅)
 もしどうしようもなくなったら別の方法(PCゲームノベルとか)で何とか始末付けるつもりではありますけども(って先に逃げ道考えるなって感じですが/汗)

 ともあれそんな訳で、こんな事になりました。
 誠名は…御参加の皆様の面子が面子だったからか(笑)思ったより素直だったようです。つまりは結局、付いては行くようですが…黒崎に付いたと言うより草間さんに付いたような感じですね。
 ちなみにアヴァロン――ジャンゴの行き来があっさりのほほん出来るのはこんな理由でした。つまりは単にセーブ用のアイテム(稀少品・消費アイテム扱い)がありそれがダム・ド・ラック以後アヴァロン上陸手前で既に使ってあったと言う事だけです。

 今回は皆様全面共通のノベルになっております。相変わらず長いですが(…)楽しんで頂けていれば幸いです。
 以降、またお気が向かれましたらその時は。

 …次こそ現実世界編になります。します。はい。

 深海残月 拝