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<東京怪談・PCゲームノベル>


東郷大学奇譚・嵐を呼ぶ学園祭 〜夕方・夜の部〜

〜 宴・本番 〜

 東の空にあった日が空のてっぺんまで昇り、西に傾きかけても、学園祭はまだまだ続いていた。

 いや、むしろ、東郷大学「らしい」学園祭は、これからが本番と言ってもいいだろう。

 比較的――あくまで比較的、だが――落ち着いていた昼間とは異なり、逢魔が時を経て、夜のとばりが辺りを包む頃になると、日のあるうちは猫を被り、その本性を隠していた連中が、徐々にその真の姿を現し始めるのだ。

 この大学に集う天才や奇才や変態たちが存分にその力を発揮できる年に一度の場。
 そこに居合わせるリスクは限りなく高いが、不思議や刺激を求める者であれば、それに十二分に見合うリターンを得られることだろう――。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 芸術の爆心地 〜

 どうして、俺はこんなところにいるんだろう?
 ぼんやりと、守崎北斗(もりさき・ほくと)はそんなことを考えていた。





「で、そこの川を下ると、こんなヤツがいてだなぁ」
 そう言いながら「絵日記」と称する怪奇現象のスクラップブックを開いたのは、笠原和之の師であり、少なくとも二年ほど前まではこの大学の教員を務めていた比嘉惣太郎である。

 自ら描いた絵に吸い込まれ、二年間ほど混沌の中を彷徨っていた彼は、何とその間の出来事の数々をわざわざ「彼特有の画風にて」記録していたのであった。

「こんな恐ろしい化け物がいたなんて……それで、先生はどうなさったんですか?」
 感動している和之には悪いが、彼の「絵日記」に何が描かれているのか、北斗にはさっぱりわからない。
 そんな彼にわかることはただ一つ。
 惣太郎の絵も、和之の絵と同様、いや、あるいはそれ以上に、精神衛生上よろしくないと言うことである。

「うむ、とっさに近くにあったこのような植物の葉っぱをむしり取ってだな」
 新たなページ、新たな絵、そして新たな衝撃。
 しかし、その衝撃を衝撃として認識するには、すでに北斗の神経は麻痺しすぎていた。

 なにしろ、あの講義棟の事件の後、まだショックが抜けきらぬうちに前衛芸術部の倉庫に連れ込まれ、一時間近くもこうしてこの二人につきあわされているのである。
 前半三十分は惣太郎の失踪以降に製作された和之の作品の披露、後半三十分は惣太郎の混沌世界探検記。
 どちらも甲乙つけがたい、拷問にも使えそうな悪意なき精神攻撃ショーである。

 辛いものを食べ続けると舌が麻痺するように、脳みそも麻痺するということを、北斗は初めて知った。
 そして、例え舌が麻痺しても確実に胃にはこたえるように、脳みそが麻痺していても、もっと深い場所、例えば魂のようなところに確実にダメージが蓄積していくことも。

「さすがは先生! そんな手があったなんて!」
 目の前にいる和之の声すら、もはや明後日の方向から聞こえるように感じられる。

 帰ろう。
 今すぐここを出て、家に帰ろう。
 家に帰って、布団をかぶって寝てしまおう。
 悪夢が去るまで。春になるまで?

 そんなことを考えて、北斗がこの場を離れようとした、ちょうどその時。

「っと、そろそろ時間だな。どうせ今年も出てるんだろう」
 時計を見て、惣太郎が不意に「絵日記」を閉じた。
「そうですね。それじゃ、そろそろアリーナの方に行きましょうか」
 そう答えて、和之も席を立つ。

 北斗がぼんやりとその様子を眺めていると、二人は北斗の方を見て、苦笑しながらこう言った。
「どうした、疲れたか? まだまだここには見るものがたくさんあるぞ。
 例えば、これから始まる『学内最強団体決定戦』とかな」
「私も前衛芸術部の代表として出場するんですよ。もちろん北斗さんも見に来てくれますよね?」

 がくない、さいきょう、けっていせん?
 その言葉の意味はよくわからないが、とりあえず、促されて立ち上がってみる。

 二人はそんな北斗の様子を見て顔を見合わせると、それぞれ北斗の右手と左手を掴んだ。
「ったく、元気がないぞ少年」
「さて、行きますよ北斗さん」

 かくして、北斗はあたかも「捕まった宇宙人」のような状態で、アリーナまで連行されるハメになったのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 激闘! 学内最強団体決定戦 〜

 アリーナにたどり着いてから、数分が経って。
「で、この『学内最強団体決定戦』ってのは、いったい何やんだよ」
 ようやく少し元気を取り戻した北斗は、隣に座る惣太郎にそう尋ねてみた。
「各団体の代表が、その団体の活動に関係のある方法で戦うのだ。
 まあ、百聞は一見にしかずだ、見ていればわかる」
「そんなもんかねぇ」
 プロレスのリングを四倍に引き延ばしたようなでかいリングを見ながらそんなことを話していると、いよいよ最初の試合が始まった。

「第一回戦第一試合は、猿回し部と悪の美学研究会の対決です!!」
 のっけから、何ともとんでもないカードである。

 猿回し部の選手は、迷彩服を着てサングラスをかけたどちらかというと軍人っぽい見かけの男。
 その前方には、完全武装の猿数匹がきちんと整列している。

 対する悪の美学研究会の選手は、時代劇に出てくる悪徳商人のような人相の男が一人。
 特に武器のようなものも持っていなければ、仲間がいる様子もない。

「これで、どうやって戦うんだ?」
 素直な疑問を口にする北斗に、惣太郎はにやりと笑った。
「まあ見てなって」

 試合開始を告げるゴングの音とともに、早速猿回し部の選手が動く。
「総員、構え!」
 その合図で、猿たちが一斉に背中の銃――まさか、本物ということはあるまい――を構える。
「ってーっ!!」
 このかけ声で、猿たちが一斉砲火を放ち、一気に勝負を決める、はずだった。

 が。
 何を思ったか、突然猿たちはくるりと向きを変え、猿回し部の選手に銃口を向けたのである。
「な、なんだお前たち、こっちじゃない! あっちを撃つんだ!!」
 予期せぬ事態にパニックを起こす猿回し部の選手に、悪の美学研究会の選手が悪党そのものの笑みを浮かべてこう言いはなった。
「兵隊の待遇というのは大事ですなあ。
 少し多めの食料と寝床、そして若いメスザルを提供するということで、話はついてるんですわ。
 さ、わかったら撃たれる前に降参したらいかがです?」
 肝心の猿が寝返ってしまっては、猿回し部に戦う術はない。
 猿回し部側のコーナーから即座にタオルが投げ込まれ、試合はこれにて終了となった。

「猿回し部は猿で戦い、悪の美学研究会は悪知恵で戦う。
 まあ、基本的にはこんな感じだ」
 なるほど、確かにこれは聞くより見た方がわかりやすい。
 北斗もようやくこの大会のルールを理解し……そこで、ある嫌な予感に襲われた。
「……ってことは、和之は?」
「決まってるだろう。絵で戦うんだよ」





「一回戦第五試合は、小規模団体連合と前衛芸術部の対決です!」
 そのアナウンスを聞いて、久良木アゲハ(くらき・あげは)は頭を抱えた。
 なんだかんだで「小規模団体連合」の助っ人をやることになってしまった彼女であったが、まさか一回戦から顔見知りと、それもよりにもよって和之と当たるとは思ってもみなかった。

 和之の方もそれに気づいたらしく、少し怪訝そうな表情を浮かべている。
「おや? あなたは……」
「別人です」
 一応口元だけは隠しているので、完全に顔バレすることはない……はずだったのだが、さすがにこれでごまかすのには無理があるかもしれない。
 和之は全く納得していない様子だったが、やがて、ぽつりと一言こう言った。
「別人ですか。それなら、手加減は無用ですね」

 そして。
 試合開始のゴングが鳴るのと、和之がスケッチブックを開いたのとは、ほとんど同時だった。
 そのスケッチブックの中から、頭の八つある巨大なムカデのようなものが飛び出してくる。

 試合が決まったのは、その直後だった。
「そこまでっ!」
 リングの上に残されたのは、事態を把握できずに呆然と立ちつくすアゲハと、奇声を上げている巨大ムカデのみ。
 肝心の和之本人は、ムカデを出した反動でリングの外に押し出されてしまっていたのだった。

 かくして試合は終わった……が。

「うわっ! ムカデがこっちに来る!!」
「何だ!? 切ったら増えたぞ!?」
「ぎゃあぁ! 口から糸を吐いた!?」

 暴走して客席に乗り込んだ巨大ムカデ駆除のため、大会は十数分間に渡って中断された。





 その後も、アゲハは着実に勝ち進んだ。
 陸上部の投げる砲丸とハンマーをかわし、声楽連合のガラスというガラスを叩き割る超音波シャウトに耐え、ついに準々決勝まで勝ち残った。

 ところが、その辺りから、急に「小規模団体連合」の面々の態度がおかしくなってきたのである。

「えーと……次、俺が出ますから、アゲハさんは休んでて下さい」
「大丈夫ですよ。まだまだ行けます」
 なぜか、急に選手交代を申し出るもの。

「ここまで来たら、もう十分だと思うんだけどなあ」
「そんなことありませんよ。まだまだ上は狙えます」
 突然、「もう十分」などと弱気なことを口にし始めるもの。

 やはり、これは何かがおかしい。
 まるで、誰もがこれ以上勝ち進むことを望んでいないようでさえある。

 そんな中、一人だけはっきりとそのことを批判してくれる者がいた。
 先ほどの、「創作料理研究会」の女子学生である。
「そんなこと言っちゃダメですよ。アゲハさんは私たちのために頑張ってくれているんですから」
 彼女は仲間たちを一喝すると、アゲハの方に向き直ってにっこりと微笑んだ。
「特製のスープです。これを食べて、次も頑張って下さいね」





 準々決勝の相手は、優勝候補の一角とも噂される強豪・諜報部だった。
 代表の七野零二は格闘術や銃器の扱い、心理戦に長け、ここまで全く危なげなく勝ち上がってきている。

 今度ばかりは、さすがに厳しい戦いを覚悟しなくてはならない。
 気を引き締めて、アゲハはリングに上がり――その瞬間、不意に視界がぼやけた。

 がくりと、その場に膝をつく。
 身体が動かない。力が入らない。立っていられない。

 ――まさか?

 どうにかこうにかリングサイドの方に視線を向けると、先ほどの女子学生が目に涙をいっぱいためて何度も何度も謝っていた。

 ――謀られた。

 先ほどのスープに薬が混ぜられていたことは、ほぼ間違いない。
 それにしても、一体何のために……?

 アゲハは懸命に立ち上がろうとしたが、かえってバランスを崩し、そのままうつぶせに倒れた。
 身体がとてつもなく重く、もう腕を持ち上げることすらできない。

 当然、この状態で試合などできるはずもなく、試合は諜報部の不戦勝となり、アゲハは直ちに担架で担ぎ出されるハメになった。

「諜報部をヘタに追いつめると、何をバラされるかわかったモンじゃないんだ。
 あなたには本当に悪いことをしたと思っている。でも、こうするより他なかったんだ」
 本当に申し訳なさそうな「小規模団体連合」の面々の顔を見ていると、なんだか怒る気も失せてくる。

 そこへ、対戦相手となるはずだった零二が歩み寄ってきた。
「君とは正々堂々戦ってみたかったが、あいにく我々も負けられない理由があるのでね」
 そう呟いた彼の顔は、どことなく寂しげだった。





 そんなこんなで、今年の「学内最強団体決定戦」は終了した。
 優勝は「暴動鎮圧用パワードスーツ」を駆る風紀委員会で、昨年から二連覇。
 準優勝はこれまた「試作型歩行戦車拾弐号」を駆る戦術兵器研究会で、こちらも二年連続の準優勝である。
 その一方で、大会中の「観客を含めた」負傷者は例年を大きく上回ったと言われているが、その実態は定かではない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 再会、大ボケ幽霊 〜

「学内最強団体決定戦」を観戦し終わった後、北斗はようやく和之と惣太郎の天災芸術家コンビから解放された。

「ったく、ひどい目に遭ったぜ」
 一時間以上に渡って「精神汚染芸術」の集中攻撃を受けたあげく、「学内最強団体決定戦」会場では怪生物に襲われ、超音波攻撃に巻き込まれ、流れ弾やらビームやらドリルやら手裏剣やら電撃ネットやらそういったほぼありとあらゆるもの対処することを強いられたのだから、いかにタフな北斗でも、疲れないはずがなかった。

「とっとと帰りてぇ気もするけど、今帰ったらただひどい目に遭わされに来ただけになっちまうよなぁ……それもつまんねぇなぁ……」

 そんなことを考えながら歩いているうちに、北斗はいつの間にか中庭にたどり着いていた。

 ステージジャック対策に設置されたというサブステージであったが、今は人影もまばらでステージ上にも幽霊のように影の薄い男しか――。

 ……幽霊?

「あっ、北斗さんじゃないですか!」
 まさかと思う間もなく、幽霊――三沢治紀の方から、北斗の方に寄ってくる。
「実はさっきメインステージの方でネタをやったんですけど、どうもお客さんの反応がいまいちだったんですよ」
「だろうな」
 さわりの部分を見ただけだったが、相変わらずレベルはほとんど上がっていないことを、北斗はすでに知っていた。
 これでは、いつまで経っても大観衆を笑わせることなどできそうもない。
 そのことは治紀も自覚しているらしく、彼は申し訳なさそうな顔をしてこう言った。
「それで、できればもう一度北斗さんに手伝ってもらいたいんですけど」

 実は、北斗は一度治紀と組んで「どつき漫才」をやったことがある。
 もちろん、素手で幽霊をどつくことはできないので、ツッコミには北斗特性の煙玉を使う。
 その特殊効果がウケて、その時はそれなりにいいところまで行ったのだが、結局最後は過激なツッコミを入れすぎたせいで舞台が崩壊してしまい、強制終了と相成ってしまったのだった。

「そういや、そんなこともあったな」
 あれをまたやってみるというのも、なかなかいいかもしれない。
 それに、今はもうだいぶ暗くなってきているから、煙玉に混ぜて閃光弾なんかも使ってみたら面白いだろう。
 当然、やる場所はサブステージではなくメインステージで、なるべく人の集まっている時間がいい。

 と、なれば。

 学園祭でも最大のイベントの一つであるミスコン。
 その直前より他に、狙うべき時間はない。

「よし、それじゃミスコン前にでも飛び入りで一発やってみるか!」
 北斗がそう答えると、治紀は嬉しそうに頷いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 バトル・オブ・ミスコン 〜

 東郷大学学園祭の中でも、最も注目されるイベントの一つが、メインステージで行われる「ミス東郷大学コンテスト」である。

 とはいえ、このイベントが注目される理由は、実はそう単純ではない。

 このミスコンは、ステージジャックを狙う連中の格好のターゲットなのである。

 ミスコンの時にステージジャックをすると目立つので、ステージジャックが多発する。
 ステージジャックが多発すると、ミスコンを見に来た人間以外にも、ステージジャック目当ての野次馬が集まるようになる。
 野次馬が集まると、注目度が上がるので、ますますステージジャックに狙われる。

 このスパイラルを数回繰り返したところに、今日のにぎわいがあるのであった。





 そして、今年のステージジャックの一番槍は、なんと北斗と治紀の「忍者&幽霊コンビ」だったのである。

「さて! 皆様ミスコンが始まるのを心待ちにしていらっしゃるようでございますが、あいにく準備が終わるまでにはまだしばらくの時間が必要なようでございます」
「っつーわけで、それまで俺たちの漫才でも見て暇をつぶしてもらおうかと!」

 とは言ったものの、別に台本があるわけでもない。
 とりあえず客層のことも考えて、北斗は無難な形で話を切り出してみた。
「で、ミスコンだよ。治紀も楽しみだよな?」
「いやあ、僕はちょっとこういうのは」
「そうか? 男ならたいていのヤツは興味あると思うんだけどなぁ」
「いやいや、僕は『妹萌え〜』とか、そういう趣味はありませんから」
 ボケのクオリティーは……まあ、相変わらずといえば、相変わらずである。
 かくなる上は、やはりツッコミの激しさで笑わせる、もしくは驚かせるしかあるまい。
「そりゃミスコンじゃなくてシスコンだろ!」
 ツッコミとともに、景気よく煙玉をばらまく。
 ついでに閃光弾による光のツッコミも追加すると、見守る大勢の観衆から驚きの声が上がった。

 このなかなかのリアクションに、治紀の方もますますノってくる。
「電車もあんまり興味ないですしねぇ。ノッチアップとかやってますけど」
「それはマスコン!」
「ああ、そういえばネッシーっていなかったんですよねぇ」
「それはネス湖だろ! って、そもそもいつの話をしてるんだよっ!!」

 微妙なボケに過激なツッコミ、そして派手な演出。
 その絶妙のコンビネーションが大観衆を魅了……するかと思われた、まさにその時だった。

「見つけたぞ!」
 不意に、ステージ脇から現れたGジャンを着た少女――いや、不城鋼(ふじょう・はがね)が、北斗に殴りかかってきたのである。
「うわっ!? な、なんだいきなりっ!?」
 どうにかこうにか身をかわす北斗に、鋼は怒りを露わにしてこう叫んだ。
「とぼけるな! さっきはよくも俺をあんなわけのわからないところに放り込んでくれたな!?」
 もちろん、北斗にはそんなことをした覚えはない。
「な、なに言ってんだよ!? 俺はそんなことした覚えは!!」
 北斗はそう弁解しようとしたが、鋼は全く聞く耳を持ってはくれなかった。
「やかましいっ!
 どうせそうやって客の目を引き寄せておいて、その隙に別働隊が参加者を拉致する計画だろ!」
 濡れ衣の上に、また濡れ衣。
 しかし、それが濡れ衣かどうか判断する材料をもたない観客たちからは、一斉に責めるような視線が浴びせられる。
「だああっ! そんなワケねぇだろ!? 治紀も何とか言ってくれよ!」
 その視線に耐えかね、たまらず治紀に弁護を頼んだ北斗だったが、これは完全な失敗だった。
「そんな! 北斗さんがそんなことをする人だったなんて!!」
「だああっ! こんなところでボケるなあぁっ!」
 ものの見事に墓穴を掘ったところで、鋼が再び大声を出す。
「まだ言い逃れするつもりか!? こうなったら力ずくでも……!!」

 状況は、明らかに悪い方へ悪い方へと転がっている。
 とはいえ、こんなところで誘拐犯の汚名を着せられたまま逃げるわけにもいかない。
 北斗は救いを求めて辺りを見回し――ステージ脇に止められていたトレーラーが、ゆっくりと動き出そうとしているのを見つけた。
 確か、あのトレーラーは、ミスコン参加者の控え室代わりになっていたはずだ。
 それが動き出したということは――どうやら、参加者を拉致する計画自体は、実際にあったらしい。
 だとすれば、一緒にそれを阻止することこそ、濡れ衣をはらす一番の方法だろう。

「お、おい、あれっ!」
 北斗の声に、全員の視線がトレーラーに集中する。
 トレーラーは慌てて逃げようとしたが、たちまち野次馬に囲まれて身動きがとれなくなってしまった。





 トレーラーの逃走が阻止されたのを見て、鋼は安堵の息をついた。
「悪党連合」の本部を叩けなかったのは心残りだが――もっとも、あの状態で本部が無事だとも思えないが――なんにせよ、連中の計画を阻止することだけはできそうだ。

「さあ、ここを開けてもらおうか」
 すっかり観念したのか、鋼に言われるまま、トレーラーの扉が開く。
 けれども、そこから降りてきたのは、ミスコンの参加者などではなかった。

「こんなこともあろうかと、試作機を一台借用しておいたんだよ。もちろん無断でな」
 トレーラーから降りてきたのは、なんと、昼間見たものとよく似た真紅のパワードスーツだったのである。
「さあ、痛い目を見たくなかったら道を空けてもらおうか!」
 パワードスーツの操縦者の声に、野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 このままでは、トレーラーの逃走を許してしまう。

「逃がすかよっ!」
 鋼はトレーラーの前に回り込もうとしたが、機動力で勝るパワードスーツに行く手を阻まれる。
「ちっ」
 とりあえず一度蹴ってみたが、びくともしない。
 見たところ、昼間見た実験機のような武装はないようだが、強度と出力に関してはほぼ同等、もしくはそれ以上のようだ。
 だとすれば、これをどうにかするのは、相当難しい。

「っきしょう、どうすれば……?」
 歯ぎしりする鋼の目の前で、トレーラーがゆっくりと動き出し……そして、いきなり止まった。





 トレーラーの動きを止めたのは、北斗だった。
 このままトレーラーに逃げられては濡れ衣をはらすのが不可能になると思って、とりあえずタイヤを手裏剣で撃ち抜いておいたのである。

 が。
「貴様! 裏切ったのか!?」
 パワードスーツの男にそんなことを言われて、結果的に疑惑がますます濃くなってしまった。
「裏切るもなにも、俺はもともとお前らの仲間じゃねぇっ!!」
 見事に目論見を外され、絶叫する北斗。
 そこへ、守崎啓斗(もりさき・けいと)が駆けつけてきた。
「どうした、北斗!?」
 ただならぬ気配を察知して駆けつけてきてくれたのだろうが、「どうした」と聞かれて一言で説明できるほど事態は単純ではない。
「どうしたもこうしたも、変なヤツにいきなり突っかかられるわ、誘拐犯の仲間にはされかかるわ、パワードスーツは出てくるわで……どうなってるのかこっちが聞きてぇよ!」
 北斗がそうまくし立てると、啓斗は鋼とパワードスーツの方を向いて……鋼と視線が合ったらしく、なぜか双方とも固まった。

「っ!?」
「お前はっ!?」

 ということは、ひょっとすると?
 北斗の疑問を肯定するかのように、鋼がこう尋ねてくる。
「……ってことは、別人か?」 
 これで、どうやら決まりのようだ。
「双子だよ。しかし、これでようやく謎が解けてきたな。
 兄貴、いったいそいつに何やったんだ?」
「いや……それは、だな」
 啓斗がここで言葉を濁すということは……鋼の言っていたこととも考え合わせると、おおかた講義棟の中に押し込んだりでもしたのだろう。

 二人がそんなことを話していると、鋼が明らかに苛ついた様子で怒鳴った。
「済んだことはいいから、こいつらの仲間じゃないなら手伝えよっ!」

 あれだけのことを、「済んだことはいいから」で流してもらえるチャンスは、恐らくこれをおいて他にない。
 となれば、二人にもはや選択の余地はなかった。





 戦場と化したステージ周辺。
 逃げまどう野次馬たち。
 そんな中、果敢にカメラを回し続ける者たちがいた。

 もちろん、スクープ映像部を初めとした報道各部の学生たちである。

「3カメ向こう回れ! こっちに固まるな!!」
「2カメはあのGジャンのコを追いかけろ! いい絵になるぞ!」
「誰かパワードスーツアップで! 操縦者見えないか!?」

 そんな中、荷物持ちとしてついてきていたアゲハは、一人どうすることもできずにおろおろしていた。

 このままでは、みんなが危ない。
 どうにかして助けなければ。

 でも、どうやって?

 アゲハが悩んでいると、不意に、誰かが彼女の隣に立った。
「『TG-236H』……高機動試作型か。あまり旗色は良くないようだな」
 どこかで聞き覚えのある声。
 振り向いてみると、そこには弓を背負った零二の姿があった。
「零二さん?」
 驚くアゲハに、零二は背中の弓と、銀色に鈍く光る矢を手渡しながらこう尋ねる。
「弓の扱いは?」
「それなりには」
「謙遜するな。それなり程度ではないだろう」
 今日初めて会ったはずの相手なのに、すでにそんなことまで見抜かれているとは。
「あの試作型は出力こそ高いが熱管理に大きな問題がある。
 この矢で背中の放熱フィンを射抜け。そうすればヤツの動きは鈍くなる」
 しかも、パワードスーツの弱点までしっかり調査済みのようである。
 その情報収集能力に改めて感心しつつ、アゲハは静かに弓を構えた。
「もし外せば、向こうはこちらの狙いに気づくだろう。おそらく、チャンスは一度きりだ」

 的は決して大きくないが、アゲハの腕前なら当てられないことはない。
 それよりも、問題は矢を放ってから命中するまでのタイムラグである。
 その間に振り向かれたり、大きく動かれたりすれば、せっかくのチャンスも水泡に帰す。

 よく狙って。
 相手の動きを読んで。
 そして、できる限り早く。

 落ち着いて。
 落ち着いて。
 落ち着いて。

 三人が反撃に出たところを見計らって、アゲハは矢を放った。





 パワードスーツの攻撃を、鋼は必死でさばいていた。
 操縦者の技術がまだまだ未熟なせいか、パワードスーツの性能に本人の反射神経がついていっていないらしく、攻撃はきわめて単調なパンチやキックくらいしかこない。
 とはいえ、そのスピードと威力は人間の限界を遙かに超えており、一発でもまともに食らえば大変なことになるのは目に見えている。
「この……っ」
 もちろん、とても反撃に転じる隙などない。
 守崎兄弟も、鋼とパワードスーツの距離が近すぎることもあって、なかなか攻撃を仕掛けられずにいるようだ。
「はははははっ! おとなしく降伏すれば一緒に連れていってやらんこともないぞ!
 もちろん、鑑賞する側ではなくされる側として、だがな!!」
 勝ち誇ったような表情を浮かべるパワードスーツの男。
 それがなんとも腹立たしいが、その薄笑いを消してやるような術は――。

 と。
『危険! 危険! 放熱システムに異常、内部温度上昇中!
 操縦者の安全を最優先し、出力を低下させます!』
 突然、パワードスーツの内側からそんな声が聞こえてきた。
 それと同時に、いきなりパワードスーツの動きが鈍くなる。
「なっ……ど、どうなってんだ!?」
 男の顔から余裕の笑みが消え、攻撃からもかすかに残っていた正確さが綺麗さっぱり消え失せる。
 これなら、十二分に反撃に転じられそうだ。

 守崎兄弟に目配せして、一旦大きく後ろに跳ぶ。
 パワードスーツが追いかけてこようとしたところへ、すかさず左右から啓斗と北斗が足払いをかけた。
 すでに自重を支えることすら精一杯になりつつあるパワードスーツは、必死にバランスを取ろうとするも及ばず、無様に尻餅をついた。

 その顔面に、鋼が必殺の回し蹴りを叩き込む。
 自慢の装甲でも衝撃までは殺しきれなかったらしく、パワードスーツは思い切りその場に倒れ、後頭部を地面に打ちつけてそのまま動かなくなった。





 こうして、無事にミスコン襲撃計画は阻止された、のだが。

 実は、その後にもう一波乱あった。

 なんと、この騒ぎを聞きつけて、学長の東郷十三郎が自ら乗り込んできたのである。

 身の丈、軽く二メートル以上。
 齢七十歳を超えてなお、その全身には修羅の闘気と覇王の風格が充ち満ちている。

 風紀委員たちを従えて姿を現した彼は、パワードスーツとトレーラーから引きずり降ろされた「実行部隊」の二人を黙って見下ろし、一瞬の後に、構内全域に響くかというような声でこう一喝した。
「何だ、この惨状は! 貴様らそれでもこの東郷学園の学徒か!?」

 確かに、彼らがひどく叱責されても仕方のないことをしたのは、全員の意見の一致するところだ。
 けれども、学長による叱責の理由は、北斗たちが考えていたものとは全く違っていた。
「このような騒ぎを起こしたあげく、よりにもよって学外の者に不覚を取るとは!」
 この場合、学外の者、つまり北斗たちがどうにかしなければ、彼らの野望は果たされていた可能性は高いのだが、はたしてそれでいいのだろうか?
 その当然の疑問を、学長の次の言葉が吹き飛ばす。
「何事であれ、為した以上は必ず為し遂げよ!
 それこそ東郷大学に籍を置くものの務めと知れ!!」

 ことここに至って、一同はどうしてこの大学に「天才と奇才と変態」が大量に集い、そのまま純粋培養されていくのかをほぼ完璧に理解した。
 個別の生徒がどうの、個別の教師がどうのではなく、要するに、全てこの学長の思想のせいなのである。

「悪党連合には、起こした騒ぎの大きさも勘案し、一ヶ月の間強制強化合宿を命じる」
 厳しいのか厳しくないのかさっぱりわからない処罰が言い渡され、二人が風紀委員に引き立てられていく。
 それを見送ると、学長は次に北斗たちの方に視線を走らせた。
「さて、そこの三人」
 真っ正面から見つめられているわけでもないのに、ものすごい眼力である。
「俺ら……か?」
 北斗が答えると、学長はおもむろに一度大きく頷いた。
「うむ。見事な戦いであった」
 どうやら、彼はこの戦いの最初から――いや、彼らの計画が動き出した頃から、全てを知っていたのだろう。
「なかなか見所のある漢よ。我が校はいつでもお主たちを歓迎しよう」
 それだけ言うと、彼は北斗たち三人になにやら入学案内のようなものを手渡し、残っていた風紀委員たちを引き連れて悠々と引き上げていったのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 逃げ道はどっちだ 〜

 かくして、悪党連合の計画は阻止された。

 ……が、それよりもっと厄介な問題がそのままになっていることを、守崎兄弟はよく知っていた。
 もちろん、あの講義棟の件である。

 講義棟の中が今も異次元になっている可能性は、限りなく高い。
 そして、啓斗が何らかの形でその一件に関与していることがすでに知られている以上、ここに長居をしていては、いつ何時再びあの騒動に巻き込まれるかわかったものではない。

 三十六計、逃げるに如かず。
 そう考えた二人は、学園祭のどさくさにまぎれて裏庭から逃げ出すことに決めた。





 裏庭にはほとんど人気もなく、節電のためか、ライトも多くが消灯したままになっていた。

 その暗闇の中を、啓斗と北斗はただひたすらに走った。

 ……と。

 不意に、後ろで何かが弾けるような大きな音が聞こえた。
 そのすぐ後に、湿った音とともに、啓斗の後頭部に「何か」が直撃し、そのまま張りつく。
「な……何だ?」
 嫌な予感に襲われつつ、啓斗が「それ」を引きはがしてみると……張りついていたのは、夜光塗料でも塗ってあるかのようにぼんやりと光る、全ての触手の先端が人間の手のような形になったイソギンチャクだった。
「……何だ、これは」
 呟く啓斗に、イソギンチャクは全ての手で一度Vサインを作り、それから一斉に啓斗の背後、やや斜め上を指さした。

 嫌な予感がする。
 絶対に振り返ってはならない、そんな気がする。

 だから、啓斗は振り返らなかった。

 しかし、北斗はつい反射的にイソギンチャクの指し示す方に視線を向けてしまい、たちまち真っ青になる。
「あ、あああ兄貴っ!! なんかものすごくヤバいことになってんだけど!!」

 まだまだ甘い。
 このイソギンチャクを見た時点で、その程度のことは推して知るべしだ。

「走るぞ、北斗」
 そう言うなり、啓斗はイソギンチャクを放り出して全力で駆けだした。
「ま、待ってくれよ兄貴っ! ええい、寄るなっこのナマモノめっ!!」
 後ろから、北斗の声と煙玉の煙、そして閃光弾の光が追いかけてくる。

 それでも啓斗は振り返ることなく、走って、走って、走って……。





 それから、どれくらい経っただろうか。
「なぁ、ここ、どこだろうな?」
 不意に、啓斗がぽつりとそう呟いた。

 すでに、背後にナマモノの気配はない。
 というより、背後にも、前方にも、何の気配もない。

 いったい、ここは、どこなのだろう?

「もう少し走れば、そのうち外に出られるだろう」
 啓斗はそう答えて、もう一度前に向かって走り出した。




 
 ところで。
 二人はナマモノの方に気を取られてすっかり見逃していたようだが、東郷大学の裏庭に向かう道には、実はこんな立て札があった。

「注意! この先『東郷大学七不思議 その四・丘バミューダ』
 原因不明の失踪事件多発中につき、無許可のものの立ち入りを禁ず」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2239 /  不城・鋼   / 男性 /  17 / 元総番(現在普通の高校生)
 0568 /  守崎・北斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)
 0554 /  守崎・啓斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)
 3806 / 久良木・アゲハ / 女性 /  16 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

・このノベルの構成について
 今回のノベルは、基本的に六つのパートで構成されています。
 今回は二、三、四、六番目のパートに複数の種類がありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(守崎北斗様)
「朝・昼の部」に引き続いてのご参加ありがとうございました。
 さて、北斗さんですが、前回巻き込まれ度が低かった分、今回は豪快に巻き込まれていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。