コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


東郷大学奇譚・嵐を呼ぶ学園祭 〜夕方・夜の部〜

〜 宴・本番 〜

 東の空にあった日が空のてっぺんまで昇り、西に傾きかけても、学園祭はまだまだ続いていた。

 いや、むしろ、東郷大学「らしい」学園祭は、これからが本番と言ってもいいだろう。

 比較的――あくまで比較的、だが――落ち着いていた昼間とは異なり、逢魔が時を経て、夜のとばりが辺りを包む頃になると、日のあるうちは猫を被り、その本性を隠していた連中が、徐々にその真の姿を現し始めるのだ。

 この大学に集う天才や奇才や変態たちが存分にその力を発揮できる年に一度の場。
 そこに居合わせるリスクは限りなく高いが、不思議や刺激を求める者であれば、それに十二分に見合うリターンを得られることだろう――。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 微妙な二人 〜

 どうにかこうにか講義棟から脱出した後、守崎啓斗(もりさき・けいと)はまっすぐ前衛芸術部の部室へと向かった。

 あのナマモノの大発生は、どう考えても笠原和之の「作品」が原因に違いない。
 だとすれば、ここはなんとしてでも彼を見つけ出し、この後始末をさせるより他にない。

 ところが、啓斗たちが辿り着いたときには、すでに和之の姿はなかった。
「ここにはもういない、か」
 一応部室の中を見回してみたが、行き先がわかりそうなものはない。

 と、彼の後をついてきていた桐生香苗が、部室の中央付近を指さした。
「啓斗さん! さっきまで笠原先輩が作っていたオブジェがありません!」
 そういえば、さっきここに来たときには、確かに和之は何かを作っていた。
「恐らく、あれを置きに行って巻き込まれたんじゃないでしょうか?」
 巻き込まれた、なら、まだいい。
 ただでさえ和之の作品が一つあるところに、新たな作品が加わり、あまつさえ和之本人までもがその場に足を運んでいたとなれば……。
「巻き込まれたというか、それが引き金だった可能性が高いな」
 そう答えて、啓斗は大きくため息をついた。

 ともあれ、これであの騒動をどうにかする方法はなくなってしまった。
「しかし、どうしたものか」
 別にどうにかしてやる義理があるわけでもないのだが、和之の作品の購入の件についてもきっぱり断っておかなければならないし、なにより今回もひどい目に遭わされっぱなしというのはしゃくに障る。
 啓斗が考えていると、香苗がなぜか嬉しそうにこんなことを言い出した。
「まあ、先輩ならきっとそのうちけろっとした顔で戻ってきますよ。
 それまで、一緒にあちこち見て回りませんか?」
 なるほど、確かにそれも一理ある。
 それに、巻き込まれているのであれば、少しは頭を冷やしてもらった方がいいだろう。
「そうだな。そうしようか」
 啓斗はそう答えて、香苗の後に続いた。





 そして。
「この帽子とか、似合うんじゃないですか?」
「ん? だがこれは女物じゃないか?」
「まあいいじゃないですか。ちょっとかぶってみて下さい」
 いくつかの出店を冷やかしたり。

「この映画は……まさか?」
「あ、あのメイドさんみたいなのって、ひょっとして啓斗さんですか?」
「……ああ」
 メインステージで映画を見たり。

 そんな感じで、しばらくあちこちを見て回った後。
 二人は、あまり人のいない中庭に来ていた。

 すっかり閑古鳥の鳴いているサブステージが、薄暗がりの中にぼんやりと浮かび上がっている。
 香苗はそのステージ近くの椅子に腰を下ろすと、ちらりと啓斗の方を見た。
「あのー……啓斗さん?」
「何だ?」
 答える啓斗に、香苗はうつむいたままぽつりぽつりと話し始める。
「私、今まで男の人にドキドキしたことってなくて……。
 それなのに……その、私、さっきから、なんだかずっとドキドキしっぱなしで……」

 この状況でここまで言われれば、カンのいい男なら――いや、普通の男なら、だいたいの用件はわかりそうなものである。
 ところが、あいにく啓斗はその「普通の男」よりもはるかに鈍感だった。

 香苗はなおもちらりちらりと啓斗の方にたびたび視線を送っていたが、なかなか期待したような反応が引き出せないため、おそるおそるといった感じで言葉を続けた。
「これって、多分、啓斗さんだから、じゃないかと、思うんです……」

 百人中九十九人はわかるであろう、限りなく直球に近い好意の表現。
 だが、残念ながら、啓斗はその百人のうち残りの一人に属する人物だった。

「な、何言ってるんだろ私……」
 自分の言葉が完全に空回りしていたことに気づくと、急に気恥ずかしさが襲ってきたのだろう。
「ごめんなさい、今の話は忘れて下さいっ!!」
 そう言うなり、香苗はいずこかへと走り去ってしまった。

「……何だったんだ?」
 香苗の後ろ姿を呆然と見送りながら、啓斗は一言そう呟いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 扉の中には何がある? 〜

 香苗と別れた後、啓斗はもう一度講義棟の方へ戻ってきていた。
 和之が本当に巻き込まれているにせよ、そうでないにせよ、そろそろ何らかの動きはあってもいい頃である。
 そう思って彼は様子を見に来たのだが、動きがあったのは講義棟の中ではなく、むしろ外の方だった。

 講義棟の入り口という入り口の前に、「風紀」の腕章を身につけた風紀委員が立っている。
 近づいてみると、ドアには「都合により講義棟の一般公開は中止となりました」と書かれた紙が貼られていた。

 どうやら、騒ぎがあったことをかぎつけた風紀委員が、これ以上の被害を出さないために講義棟を閉鎖したらしい。
 まあ、それはそれでいいことではあるが……よくよく見ると、一般的に使われている入り口は全て閉鎖されていたが、なぜか奥まったところにある裏口までは、風紀委員の手が回っていなかった。

 代わりにそこにいたのは、「肝試し研究会」と名乗る人々だった。
「無事に110講義室から『勇者の証』を持ってこられた人には記念品を進呈しま〜す」
 裏口自体はさっぱり目立たないものの、積極的な呼び込みのせいか、時々挑戦者が現れ、裏口から講義棟の中へと向かっていたが……誰一人戻ってこないというのは、やはり、そういうことなのだろうか?

 啓斗はおそるおそる裏口に近づくと、意を決してドアを開け、中を覗き込んだ。

 中に見えたのは――まあ、十二分に予想できたことではあるが、本来あるべき景色ではなかった。
 それどころか、もし不用意に一歩でも踏み込んでいたら、恐らく啓斗も戻っては来られなかっただろう。

 裏口の扉を開けてすぐのところにあったのは、何と断崖絶壁だったのである。
 今までのパターンから考えると、落ちる途中でどこかに転移させられるのだろうから、そのまま墜落死ということだけはなさそうだったが、いずれにせよここから帰ってくるのは不可能に近いだろう。
 いくら肝試しと言っても、これはさすがに反則、レッドカードで一発退場のうえ無期限出場停止ものである。
「見てない見てない……俺は何も見てない……」
 啓斗はそう呟くと、直ちに回れ右をした。





 一方そのころ。
 不城鋼(ふじょう・はがね)は、また別の理由で講義棟を訪れていた。

 研究棟の裏で襲ってきた襲撃者から聞き出したところによると、この学園祭の裏で「ミスコン出場者をはじめとする美女たちを拉致し、コスプレパーティーに強制参加させる」という恐ろしくもアホらしい陰謀が進行中であるらしい。
 そして、それに荷担しているいくつかの組織を締め上げた結果、その首謀者である「悪党連合」の仮本部が、この講義棟の三階、307講義室だということが明らかになったのである。

 ところが、辿り着いてはみたものの、講義棟の入り口という入り口は片っ端から風紀委員会によって閉鎖されており、とても中には入れそうもない。
「いったい、なにがあったってんだ……?」
 開いている入り口がないかどうか、念のために鋼は講義棟の回りをほぼ一周し、「肝試し研究会」と啓斗の待つ裏口へと辿り着いた。

「ここからなら、中に入れるのか?」
 風紀委員の姿がないことを不思議に思いながらも、一同にそう尋ねてみる鋼。
 すると、その言葉に反応した啓斗がにこやかに笑いながら答えた。
「ああ。もちろん入れるとも。ここの肝試しは本当に楽しいからやっていくといい」
 肝試しなどやっている場合ではないのだが、中に入るためにはそう思わせておいた方がいいかもしれない。
 そう考えて、鋼は啓斗ににっこりと笑い返した。
「そうか。じゃ、いっちょ試してみるかな」
「ああ。そうしろそうしろ」
 その啓斗の態度に微かな不信感を抱きつつ、鋼は裏口から中に入り――足下に地面がないことに気づいたときには、もう遅かった。





「さ、さて……次は、どこに行こうか」
 背後から聞こえてきた悲鳴については一切聞かなかったことにして、啓斗は裏口のドアを閉めた。
「今のコで百人目……『勇者の証』を置きにいったはずのヤツも含めて、誰一人帰ってこないなあ」
 そんな声も、当然、啓斗の耳には入らなかった……ということにして。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 謎の男 〜

 講義棟を離れて、啓斗は再び前衛芸術部の部室へと向かった。

 先ほど来たときと同じように、部室の中には誰もいない。
 中に入って調べてみても、和之はおろか、香苗が戻ってきた形跡すらありはしなかった。

 やはり、まだ戻ってきてはいないか。
 そう考えて、啓斗が外へ出ようとしたとき。

 黒服の男が、部屋の出口をふさぐように立った。

「講義棟の中で何を見た」
 開口一番、男は一言そう訊いてきた。
「何も見てない」
 認めたくもないし、思い出したくもない。
 啓斗は回答を拒否したが、男は小さく笑ってさらにこう続けた。
「お前が異変が起きたとき講義棟の中にいたのは知っている。
 さらに、脱出できた人間の中で唯一、もう一度現場に戻っていることも」
 どうやら、何もかも知られているらしい。
 だが、だからといって、あんなことを答えてやる必要はないし――そもそも、どうやって説明しろというのだ?
「俺は何も見ていない」
 しらを切り続ける啓斗に、男はなおもたたみかけてくる。
「あれ以来、中に入った人間が誰一人戻ってこない。いったい中で何が起きている」
 ということは、先ほど啓斗が放り込んだあの少年(少女?)も、出てきてはいないということか。
 悪いことをした――とは思うが、それならなおのこと答えるわけにはいかない。
「俺は知らない」
 あくまで啓斗がそれで押し通そうとすると、男は一度小さくため息をつき、それからこう尋ねてきた。
「なぜそうまでして口を閉ざす」
 この質問ならば、答えられないこともない。
「思い出したくないからだ」
「何を?」 
「……答えたくない」
 結局は、そこで行き詰まる。

 すると、男はもう一度ため息をついて、それから少し声のトーンを落とした。
「答えてもらう、と言ったら?」
 腕ずくでも聞き出そうと言うことらしいが、啓斗にしてみれば、こんな下らない理由で喧嘩を始める気はさらさらない。
「答えたところで、信じられるものじゃない。自分の目で見てくればいいだろう」
 そう言い放つ啓斗に、男は黙って首を横に振り――。

 次の瞬間、夜空がぱっと明るくなった。
 おそらく、啓斗の弟の守崎北斗(もりさき・ほくと)が打ち上げた花火か閃光弾の類に違いない。
 男は黙ってその様子を見ていたが、やがて啓斗に背を向けた。
「始まったようだな。悪いがそれは後にさせてもらおう」
 そう一言言い残して、男はいずこかへと去っていく。

 啓斗はしばしの間その後ろ姿を見つめていたが、すぐに気を取り直して北斗のいるであろう場所へ向かった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 バトル・オブ・ミスコン 〜

 東郷大学学園祭の中でも、最も注目されるイベントの一つが、メインステージで行われる「ミス東郷大学コンテスト」である。

 とはいえ、このイベントが注目される理由は、実はそう単純ではない。

 このミスコンは、ステージジャックを狙う連中の格好のターゲットなのである。

 ミスコンの時にステージジャックをすると目立つので、ステージジャックが多発する。
 ステージジャックが多発すると、ミスコンを見に来た人間以外にも、ステージジャック目当ての野次馬が集まるようになる。
 野次馬が集まると、注目度が上がるので、ますますステージジャックに狙われる。

 このスパイラルを数回繰り返したところに、今日のにぎわいがあるのであった。





 そして、今年のステージジャックの一番槍は、なんと北斗と三沢治紀の「忍者&幽霊コンビ」だったのである。

「さて! 皆様ミスコンが始まるのを心待ちにしていらっしゃるようでございますが、あいにく準備が終わるまでにはまだしばらくの時間が必要なようでございます」
「っつーわけで、それまで俺たちの漫才でも見て暇をつぶしてもらおうかと!」

 とは言ったものの、別に台本があるわけでもない。
 とりあえず客層のことも考えて、北斗は無難な形で話を切り出してみた。
「で、ミスコンだよ。治紀も楽しみだよな?」
「いやあ、僕はちょっとこういうのは」
「そうか? 男ならたいていのヤツは興味あると思うんだけどなぁ」
「いやいや、僕は『妹萌え〜』とか、そういう趣味はありませんから」
 ボケのクオリティーは……まあ、相変わらずといえば、相変わらずである。
 かくなる上は、やはりツッコミの激しさで笑わせる、もしくは驚かせるしかあるまい。
「そりゃミスコンじゃなくてシスコンだろ!」
 ツッコミとともに、景気よく煙玉をばらまく。
 ついでに閃光弾による光のツッコミも追加すると、見守る大勢の観衆から驚きの声が上がった。

 このなかなかのリアクションに、治紀の方もますますノってくる。
「電車もあんまり興味ないですしねぇ。ノッチアップとかやってますけど」
「それはマスコン!」
「ああ、そういえばネッシーっていなかったんですよねぇ」
「それはネス湖だろ! って、そもそもいつの話をしてるんだよっ!!」

 微妙なボケに過激なツッコミ、そして派手な演出。
 その絶妙のコンビネーションが大観衆を魅了……するかと思われた、まさにその時だった。

「見つけたぞ!」
 不意に、ステージ脇から現れたGジャンを着た少女――いや、鋼が、北斗に殴りかかってきたのである。
「うわっ!? な、なんだいきなりっ!?」
 どうにかこうにか身をかわす北斗に、鋼は怒りを露わにしてこう叫んだ。
「とぼけるな! さっきはよくも俺をあんなわけのわからないところに放り込んでくれたな!?」
 もちろん、北斗にはそんなことをした覚えはない。
「な、なに言ってんだよ!? 俺はそんなことした覚えは!!」
 北斗はそう弁解しようとしたが、鋼は全く聞く耳を持ってはくれなかった。
「やかましいっ!
 どうせそうやって客の目を引き寄せておいて、その隙に別働隊が参加者を拉致する計画だろ!」
 濡れ衣の上に、また濡れ衣。
 しかし、それが濡れ衣かどうか判断する材料をもたない観客たちからは、一斉に責めるような視線が浴びせられる。
「だああっ! そんなワケねぇだろ!? 治紀も何とか言ってくれよ!」
 その視線に耐えかね、たまらず治紀に弁護を頼んだ北斗だったが、これは完全な失敗だった。
「そんな! 北斗さんがそんなことをする人だったなんて!!」
「だああっ! こんなところでボケるなあぁっ!」
 ものの見事に墓穴を掘ったところで、鋼が再び大声を出す。
「まだ言い逃れするつもりか!? こうなったら力ずくでも……!!」

 状況は、明らかに悪い方へ悪い方へと転がっている。
 とはいえ、こんなところで誘拐犯の汚名を着せられたまま逃げるわけにもいかない。
 北斗は救いを求めて辺りを見回し――ステージ脇に止められていたトレーラーが、ゆっくりと動き出そうとしているのを見つけた。
 確か、あのトレーラーは、ミスコン参加者の控え室代わりになっていたはずだ。
 それが動き出したということは――どうやら、参加者を拉致する計画自体は、実際にあったらしい。
 だとすれば、一緒にそれを阻止することこそ、濡れ衣をはらす一番の方法だろう。

「お、おい、あれっ!」
 北斗の声に、全員の視線がトレーラーに集中する。
 トレーラーは慌てて逃げようとしたが、たちまち野次馬に囲まれて身動きがとれなくなってしまった。





 トレーラーの逃走が阻止されたのを見て、鋼は安堵の息をついた。
「悪党連合」の本部を叩けなかったのは心残りだが――もっとも、あの状態で本部が無事だとも思えないが――なんにせよ、連中の計画を阻止することだけはできそうだ。

「さあ、ここを開けてもらおうか」
 すっかり観念したのか、鋼に言われるまま、トレーラーの扉が開く。
 けれども、そこから降りてきたのは、ミスコンの参加者などではなかった。

「こんなこともあろうかと、試作機を一台借用しておいたんだよ。もちろん無断でな」
 トレーラーから降りてきたのは、なんと、昼間見たものとよく似た真紅のパワードスーツだったのである。
「さあ、痛い目を見たくなかったら道を空けてもらおうか!」
 パワードスーツの操縦者の声に、野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 このままでは、トレーラーの逃走を許してしまう。

「逃がすかよっ!」
 鋼はトレーラーの前に回り込もうとしたが、機動力で勝るパワードスーツに行く手を阻まれる。
「ちっ」
 とりあえず一度蹴ってみたが、びくともしない。
 見たところ、昼間見た実験機のような武装はないようだが、強度と出力に関してはほぼ同等、もしくはそれ以上のようだ。
 だとすれば、これをどうにかするのは、相当難しい。

「っきしょう、どうすれば……?」
 歯ぎしりする鋼の目の前で、トレーラーがゆっくりと動き出し……そして、いきなり止まった。





 トレーラーの動きを止めたのは、北斗だった。
 このままトレーラーに逃げられては濡れ衣をはらすのが不可能になると思って、とりあえずタイヤを手裏剣で撃ち抜いておいたのである。

 が。
「貴様! 裏切ったのか!?」
 パワードスーツの男にそんなことを言われて、結果的に疑惑がますます濃くなってしまった。
「裏切るもなにも、俺はもともとお前らの仲間じゃねぇっ!!」
 見事に目論見を外され、絶叫する北斗。
 そこへ、啓斗が駆けつけてきた。
「どうした、北斗!?」
 ただならぬ気配を察知して駆けつけてきてくれたのだろうが、「どうした」と聞かれて一言で説明できるほど事態は単純ではない。
「どうしたもこうしたも、変なヤツにいきなり突っかかられるわ、誘拐犯の仲間にはされかかるわ、パワードスーツは出てくるわで……どうなってるのかこっちが聞きてぇよ!」
 北斗がそうまくし立てると、啓斗は鋼とパワードスーツの方を向いて……鋼と視線が合ったらしく、なぜか双方とも固まった。

「っ!?」
「お前はっ!?」

 ということは、ひょっとすると?
 北斗の疑問を肯定するかのように、鋼がこう尋ねてくる。
「……ってことは、別人か?」 
 これで、どうやら決まりのようだ。
「双子だよ。しかし、これでようやく謎が解けてきたな。
 兄貴、いったいそいつに何やったんだ?」
「いや……それは、だな」
 啓斗がここで言葉を濁すということは……鋼の言っていたこととも考え合わせると、おおかた講義棟の中に押し込んだりでもしたのだろう。

 二人がそんなことを話していると、鋼が明らかに苛ついた様子で怒鳴った。
「済んだことはいいから、こいつらの仲間じゃないなら手伝えよっ!」

 あれだけのことを、「済んだことはいいから」で流してもらえるチャンスは、恐らくこれをおいて他にない。
 となれば、二人にもはや選択の余地はなかった。





 戦場と化したステージ周辺。
 逃げまどう野次馬たち。
 そんな中、果敢にカメラを回し続ける者たちがいた。

 もちろん、スクープ映像部を初めとした報道各部の学生たちである。

「3カメ向こう回れ! こっちに固まるな!!」
「2カメはあのGジャンのコを追いかけろ! いい絵になるぞ!」
「誰かパワードスーツアップで! 操縦者見えないか!?」

 そんな中、荷物持ちとしてついてきていた久良木アゲハ(くらき・あげは)は、一人どうすることもできずにおろおろしていた。

 このままでは、みんなが危ない。
 どうにかして助けなければ。

 でも、どうやって?

 アゲハが悩んでいると、不意に、誰かが彼女の隣に立った。
「『TG-236H』……高機動試作型か。あまり旗色は良くないようだな」
 どこかで聞き覚えのある声。
 振り向いてみると、そこには弓を背負った七野零二の姿があった。
「零二さん?」
 驚くアゲハに、零二は背中の弓と、銀色に鈍く光る矢を手渡しながらこう尋ねる。
「弓の扱いは?」
「それなりには」
「謙遜するな。それなり程度ではないだろう」
 今日初めて会ったはずの相手なのに、すでにそんなことまで見抜かれているとは。
「あの試作型は出力こそ高いが熱管理に大きな問題がある。
 この矢で背中の放熱フィンを射抜け。そうすればヤツの動きは鈍くなる」
 しかも、パワードスーツの弱点までしっかり調査済みのようである。
 その情報収集能力に改めて感心しつつ、アゲハは静かに弓を構えた。
「もし外せば、向こうはこちらの狙いに気づくだろう。おそらく、チャンスは一度きりだ」

 的は決して大きくないが、アゲハの腕前なら当てられないことはない。
 それよりも、問題は矢を放ってから命中するまでのタイムラグである。
 その間に振り向かれたり、大きく動かれたりすれば、せっかくのチャンスも水泡に帰す。

 よく狙って。
 相手の動きを読んで。
 そして、できる限り早く。

 落ち着いて。
 落ち着いて。
 落ち着いて。

 三人が反撃に出たところを見計らって、アゲハは矢を放った。





 パワードスーツの攻撃を、鋼は必死でさばいていた。
 操縦者の技術がまだまだ未熟なせいか、パワードスーツの性能に本人の反射神経がついていっていないらしく、攻撃はきわめて単調なパンチやキックくらいしかこない。
 とはいえ、そのスピードと威力は人間の限界を遙かに超えており、一発でもまともに食らえば大変なことになるのは目に見えている。
「この……っ」
 もちろん、とても反撃に転じる隙などない。
 守崎兄弟も、鋼とパワードスーツの距離が近すぎることもあって、なかなか攻撃を仕掛けられずにいるようだ。
「はははははっ! おとなしく降伏すれば一緒に連れていってやらんこともないぞ!
 もちろん、鑑賞する側ではなくされる側として、だがな!!」
 勝ち誇ったような表情を浮かべるパワードスーツの男。
 それがなんとも腹立たしいが、その薄笑いを消してやるような術は――。

 と。
『危険! 危険! 放熱システムに異常、内部温度上昇中!
 操縦者の安全を最優先し、出力を低下させます!』
 突然、パワードスーツの内側からそんな声が聞こえてきた。
 それと同時に、いきなりパワードスーツの動きが鈍くなる。
「なっ……ど、どうなってんだ!?」
 男の顔から余裕の笑みが消え、攻撃からもかすかに残っていた正確さが綺麗さっぱり消え失せる。
 これなら、十二分に反撃に転じられそうだ。

 守崎兄弟に目配せして、一旦大きく後ろに跳ぶ。
 パワードスーツが追いかけてこようとしたところへ、すかさず左右から啓斗と北斗が足払いをかけた。
 すでに自重を支えることすら精一杯になりつつあるパワードスーツは、必死にバランスを取ろうとするも及ばず、無様に尻餅をついた。

 その顔面に、鋼が必殺の回し蹴りを叩き込む。
 自慢の装甲でも衝撃までは殺しきれなかったらしく、パワードスーツは思い切りその場に倒れ、後頭部を地面に打ちつけてそのまま動かなくなった。





 こうして、無事にミスコン襲撃計画は阻止された、のだが。

 実は、その後にもう一波乱あった。

 なんと、この騒ぎを聞きつけて、学長の東郷十三郎が自ら乗り込んできたのである。

 身の丈、軽く二メートル以上。
 齢七十歳を超えてなお、その全身には修羅の闘気と覇王の風格が充ち満ちている。

 風紀委員たちを従えて姿を現した彼は、パワードスーツとトレーラーから引きずり降ろされた「実行部隊」の二人を黙って見下ろし、一瞬の後に、構内全域に響くかというような声でこう一喝した。
「何だ、この惨状は! 貴様らそれでもこの東郷学園の学徒か!?」

 確かに、彼らがひどく叱責されても仕方のないことをしたのは、全員の意見の一致するところだ。
 けれども、学長による叱責の理由は、北斗たちが考えていたものとは全く違っていた。
「このような騒ぎを起こしたあげく、よりにもよって学外の者に不覚を取るとは!」
 この場合、学外の者、つまり北斗たちがどうにかしなければ、彼らの野望は果たされていた可能性は高いのだが、はたしてそれでいいのだろうか?
 その当然の疑問を、学長の次の言葉が吹き飛ばす。
「何事であれ、為した以上は必ず為し遂げよ!
 それこそ東郷大学に籍を置くものの務めと知れ!!」

 ことここに至って、一同はどうしてこの大学に「天才と奇才と変態」が大量に集い、そのまま純粋培養されていくのかをほぼ完璧に理解した。
 個別の生徒がどうの、個別の教師がどうのではなく、要するに、全てこの学長の思想のせいなのである。

「悪党連合には、起こした騒ぎの大きさも勘案し、一ヶ月の間強制強化合宿を命じる」
 厳しいのか厳しくないのかさっぱりわからない処罰が言い渡され、二人が風紀委員に引き立てられていく。
 それを見送ると、学長は次に北斗たちの方に視線を走らせた。
「さて、そこの三人」
 真っ正面から見つめられているわけでもないのに、ものすごい眼力である。
「俺ら……か?」
 北斗が答えると、学長はおもむろに一度大きく頷いた。
「うむ。見事な戦いであった」
 どうやら、彼はこの戦いの最初から――いや、彼らの計画が動き出した頃から、全てを知っていたのだろう。
「なかなか見所のある漢よ。我が校はいつでもお主たちを歓迎しよう」
 それだけ言うと、彼は北斗たち三人になにやら入学案内のようなものを手渡し、残っていた風紀委員たちを引き連れて悠々と引き上げていったのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 逃げ道はどっちだ 〜

 かくして、悪党連合の計画は阻止された。

 ……が、それよりもっと厄介な問題がそのままになっていることを、守崎兄弟はよく知っていた。
 もちろん、あの講義棟の件である。

 講義棟の中が今も異次元になっている可能性は、限りなく高い。
 そして、啓斗が何らかの形でその一件に関与していることがすでに知られている以上、ここに長居をしていては、いつ何時再びあの騒動に巻き込まれるかわかったものではない。

 三十六計、逃げるに如かず。
 そう考えた二人は、学園祭のどさくさにまぎれて裏庭から逃げ出すことに決めた。





 裏庭にはほとんど人気もなく、節電のためか、ライトも多くが消灯したままになっていた。

 その暗闇の中を、啓斗と北斗はただひたすらに走った。

 ……と。

 不意に、後ろで何かが弾けるような大きな音が聞こえた。
 そのすぐ後に、湿った音とともに、啓斗の後頭部に「何か」が直撃し、そのまま張りつく。
「な……何だ?」
 嫌な予感に襲われつつ、啓斗が「それ」を引きはがしてみると……張りついていたのは、夜光塗料でも塗ってあるかのようにぼんやりと光る、全ての触手の先端が人間の手のような形になったイソギンチャクだった。
「……何だ、これは」
 呟く啓斗に、イソギンチャクは全ての手で一度Vサインを作り、それから一斉に啓斗の背後、やや斜め上を指さした。

 嫌な予感がする。
 絶対に振り返ってはならない、そんな気がする。

 だから、啓斗は振り返らなかった。

 しかし、北斗はつい反射的にイソギンチャクの指し示す方に視線を向けてしまい、たちまち真っ青になる。
「あ、あああ兄貴っ!! なんかものすごくヤバいことになってんだけど!!」

 まだまだ甘い。
 このイソギンチャクを見た時点で、その程度のことは推して知るべしだ。

「走るぞ、北斗」
 そう言うなり、啓斗はイソギンチャクを放り出して全力で駆けだした。
「ま、待ってくれよ兄貴っ! ええい、寄るなっこのナマモノめっ!!」
 後ろから、北斗の声と煙玉の煙、そして閃光弾の光が追いかけてくる。

 それでも啓斗は振り返ることなく、走って、走って、走って……。





 それから、どれくらい経っただろうか。
「なぁ、ここ、どこだろうな?」
 不意に、啓斗がぽつりとそう呟いた。

 すでに、背後にナマモノの気配はない。
 というより、背後にも、前方にも、何の気配もない。

 いったい、ここは、どこなのだろう?

「もう少し走れば、そのうち外に出られるだろう」
 啓斗はそう答えて、もう一度前に向かって走り出した。




 
 ところで。
 二人はナマモノの方に気を取られてすっかり見逃していたようだが、東郷大学の裏庭に向かう道には、実はこんな立て札があった。

「注意! この先『東郷大学七不思議 その四・丘バミューダ』
 原因不明の失踪事件多発中につき、無許可のものの立ち入りを禁ず」

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2239 /  不城・鋼   / 男性 /  17 / 元総番(現在普通の高校生)
 0568 /  守崎・北斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)
 0554 /  守崎・啓斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)
 3806 / 久良木・アゲハ / 女性 /  16 / 高校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

・このノベルの構成について
 今回のノベルは、基本的に六つのパートで構成されています。
 今回は二、三、四、六番目のパートに複数の種類がありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(守崎啓斗様)
「朝・昼の部」に引き続いてのご参加ありがとうございました。
 講義棟内は異空間にするかナマモノハウスにするか迷っていたのですが、啓斗さんのプレイングのおかげで見事異空間に決まりました。
 そして、放り込まれるのが別のPC様というのも、またお約束ということで。
 ちなみに、今回のノベルは大昔に私が執筆させていただきました「消えた部室の謎」と合わせてお読みいただくとよりお楽しみいただけます。
 異空間の中の様子や、香苗が啓斗さんになついた理由など……。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。