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東郷大学奇譚・嵐を呼ぶ学園祭 〜夕方・夜の部〜
〜 宴・本番 〜
東の空にあった日が空のてっぺんまで昇り、西に傾きかけても、学園祭はまだまだ続いていた。
いや、むしろ、東郷大学「らしい」学園祭は、これからが本番と言ってもいいだろう。
比較的――あくまで比較的、だが――落ち着いていた昼間とは異なり、逢魔が時を経て、夜のとばりが辺りを包む頃になると、日のあるうちは猫を被り、その本性を隠していた連中が、徐々にその真の姿を現し始めるのだ。
この大学に集う天才や奇才や変態たちが存分にその力を発揮できる年に一度の場。
そこに居合わせるリスクは限りなく高いが、不思議や刺激を求める者であれば、それに十二分に見合うリターンを得られることだろう――。
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〜 行き倒れ 助けてみれば 巻き込まれ 〜
講義棟での大騒ぎの後。
久良木アゲハ(くらき・あげは)は、その騒動のどさくさで手に入れた羽根つきカエルを抱えてあちこちを歩き回っていた。
中にはよくわからないものもあるが、ここにはいろいろ面白いものがある。
構内を練り歩く大名行列とか。
屋根の上から道ばたに置かれた空き缶を狙い撃つ狙撃部とか。
道ばたに倒れている行き倒れとか。
得体の知れないキノコが入った茶碗蒸しとか……。
……行き倒れ?
「あ、あの! 大丈夫ですか!?」
一瞬さらっと流しそうになった自分に驚きながら、アゲハは慌てて倒れている青年のもとに駆け寄った。
「た……助けて、助けて下さい……」
息も絶え絶えといった様子で、苦しげに手を伸ばす青年。
その手を握って、アゲハはこう尋ねた。
「わ、わかりました、けど……どうすればいいんですか?」
と。
青年は突然立ち上がって、嬉しそうに笑った。
「では、俺についてきて下さい」
先ほどまでは今にも死にそうな顔をしていたのに、いつの間にかすっかり元気になっている。
「え? あの、ひょっとして元気なんですか?」
唖然とするアゲハに、青年は満足げにこう言った。
「ええ。今のは研究の成果を披露していただけですから」
いったい、今の「行き倒れのフリ」のどのあたりが研究の成果だというのだろう。
とはいえ、よく確認もせずに「助ける」と言ってしまったのは自分である。
(次からは、もう少し用心深くなった方がいいかな)
そんなことを考えながらも、アゲハはおとなしく彼の後に続いた。
彼に案内されたのは、部室棟の隣にあるプレハブの建物であった。
中は簡単な仕切りで区切られており、そのあちこちにサンドバッグやらガットギターやらカセットコンロやら何ら関連性の見いだせないものが置かれている。
と、そのカセットコンロの置かれていた小部屋から、一人の女子学生が顔を出した。
「あ、誰か手伝ってくれそうな人は見つかった?」
その問いに、青年は力強く頷く。
「ああ。この人が助けてくれるよ」
こうなってくると、いよいよもって断りにくい。
ここは、これ以上逃げ道をふさがれる前に、手伝えることかどうかだけでも聞き出しておいた方がいいだろう。
「それで、私に助けてほしいことって、なんですか?」
アゲハがそう聞いてみると、青年は真剣な表情でこう言った。
「もうすぐアリーナの方で『学内最強団体決定戦』が始まるんですが……それに出てもらえないでしょうか?」
「学内最強団体決定戦」の話は、アゲハも聞いている。
確か、「団体の代表者一名が、『その団体の活動に関係のあること』で強さを競う」というむちゃくちゃな大会だったはずだ。
そうなると、問題はこれが一体何の団体なのか――つまり、大会で何ができるのかということになる。
「ここは、いったい何の団体なんですか?」
アゲハがそのことを質問してみると、二人はおそるおそるといった様子でこう答えた。
「えーと……俺が、行き倒れ研究会で」
「私が、創作料理研究会で」
「まあ、早い話が寄せ集めです。他からは弱小連とか言われてます」
なるほど、どうやらこの建物は部室棟からも押し出されたような弱小団体が共同で利用している建物らしい。
納得しているアゲハに、二人はこう続ける。
「本当は、今回は我流武術研究会の人が出てくれるはずだったんですけど、講義棟での事故に巻き込まれてしまったらしく、連絡が取れないんです」
その話を持ち出されると、多少とはいえ事件に関わっている身としては、ますます断りづらい。
「俺たちが出ても、一回戦であっさりやられるのは目に見えてます。
だから……どうかお願いします!」
我流武術研究会などというものが混ざっているのなら、わりと自由に動けそうな気がしないこともない。
それに、特に他にやることがあるわけでもないし、このイベントはそれなりに面白そうだとも思っていたから、ただ見るだけでなく参加してみる、というのもありかもしれない。
「わかりました。私でよければ」
アゲハはそう答えると、二人とともにアリーナへと向かった。
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〜 激闘! 学内最強団体決定戦 〜
アリーナにたどり着いてから、数分が経って。
「で、この『学内最強団体決定戦』ってのは、いったい何やんだよ」
ようやく少し元気を取り戻した守崎北斗(もりさき・ほくと)は、隣に座る比嘉惣太郎にそう尋ねてみた。
「各団体の代表が、その団体の活動に関係のある方法で戦うのだ。
まあ、百聞は一見にしかずだ、見ていればわかる」
「そんなもんかねぇ」
プロレスのリングを四倍に引き延ばしたようなでかいリングを見ながらそんなことを話していると、いよいよ最初の試合が始まった。
「第一回戦第一試合は、猿回し部と悪の美学研究会の対決です!!」
のっけから、何ともとんでもないカードである。
猿回し部の選手は、迷彩服を着てサングラスをかけたどちらかというと軍人っぽい見かけの男。
その前方には、完全武装の猿数匹がきちんと整列している。
対する悪の美学研究会の選手は、時代劇に出てくる悪徳商人のような人相の男が一人。
特に武器のようなものも持っていなければ、仲間がいる様子もない。
「これで、どうやって戦うんだ?」
素直な疑問を口にする北斗に、惣太郎はにやりと笑った。
「まあ見てなって」
試合開始を告げるゴングの音とともに、早速猿回し部の選手が動く。
「総員、構え!」
その合図で、猿たちが一斉に背中の銃――まさか、本物ということはあるまい――を構える。
「ってーっ!!」
このかけ声で、猿たちが一斉砲火を放ち、一気に勝負を決める、はずだった。
が。
何を思ったか、突然猿たちはくるりと向きを変え、猿回し部の選手に銃口を向けたのである。
「な、なんだお前たち、こっちじゃない! あっちを撃つんだ!!」
予期せぬ事態にパニックを起こす猿回し部の選手に、悪の美学研究会の選手が悪党そのものの笑みを浮かべてこう言いはなった。
「兵隊の待遇というのは大事ですなあ。
少し多めの食料と寝床、そして若いメスザルを提供するということで、話はついてるんですわ。
さ、わかったら撃たれる前に降参したらいかがです?」
肝心の猿が寝返ってしまっては、猿回し部に戦う術はない。
猿回し部側のコーナーから即座にタオルが投げ込まれ、試合はこれにて終了となった。
「猿回し部は猿で戦い、悪の美学研究会は悪知恵で戦う。
まあ、基本的にはこんな感じだ」
なるほど、確かにこれは聞くより見た方がわかりやすい。
北斗もようやくこの大会のルールを理解し……そこで、ある嫌な予感に襲われた。
「……ってことは、和之は?」
「決まってるだろう。絵で戦うんだよ」
「一回戦第五試合は、小規模団体連合と前衛芸術部の対決です!」
そのアナウンスを聞いて、アゲハは頭を抱えた。
なんだかんだで「小規模団体連合」の助っ人をやることになってしまった彼女であったが、まさか一回戦から顔見知りと、それもよりにもよって笠原和之と当たるとは思ってもみなかった。
和之の方もそれに気づいたらしく、少し怪訝そうな表情を浮かべている。
「おや? あなたは……」
「別人です」
一応口元だけは隠しているので、完全に顔バレすることはない……はずだったのだが、さすがにこれでごまかすのには無理があるかもしれない。
和之は全く納得していない様子だったが、やがて、ぽつりと一言こう言った。
「別人ですか。それなら、手加減は無用ですね」
そして。
試合開始のゴングが鳴るのと、和之がスケッチブックを開いたのとは、ほとんど同時だった。
そのスケッチブックの中から、頭の八つある巨大なムカデのようなものが飛び出してくる。
試合が決まったのは、その直後だった。
「そこまでっ!」
リングの上に残されたのは、事態を把握できずに呆然と立ちつくすアゲハと、奇声を上げている巨大ムカデのみ。
肝心の和之本人は、ムカデを出した反動でリングの外に押し出されてしまっていたのだった。
かくして試合は終わった……が。
「うわっ! ムカデがこっちに来る!!」
「何だ!? 切ったら増えたぞ!?」
「ぎゃあぁ! 口から糸を吐いた!?」
暴走して客席に乗り込んだ巨大ムカデ駆除のため、大会は十数分間に渡って中断された。
その後も、アゲハは着実に勝ち進んだ。
陸上部の投げる砲丸とハンマーをかわし、声楽連合のガラスというガラスを叩き割る超音波シャウトに耐え、ついに準々決勝まで勝ち残った。
ところが、その辺りから、急に「小規模団体連合」の面々の態度がおかしくなってきたのである。
「えーと……次、俺が出ますから、アゲハさんは休んでて下さい」
「大丈夫ですよ。まだまだ行けます」
なぜか、急に選手交代を申し出るもの。
「ここまで来たら、もう十分だと思うんだけどなあ」
「そんなことありませんよ。まだまだ上は狙えます」
突然、「もう十分」などと弱気なことを口にし始めるもの。
やはり、これは何かがおかしい。
まるで、誰もがこれ以上勝ち進むことを望んでいないようでさえある。
そんな中、一人だけはっきりとそのことを批判してくれる者がいた。
先ほどの、「創作料理研究会」の女子学生である。
「そんなこと言っちゃダメですよ。アゲハさんは私たちのために頑張ってくれているんですから」
彼女は仲間たちを一喝すると、アゲハの方に向き直ってにっこりと微笑んだ。
「特製のスープです。これを食べて、次も頑張って下さいね」
準々決勝の相手は、優勝候補の一角とも噂される強豪・諜報部だった。
代表の七野零二は格闘術や銃器の扱い、心理戦に長け、ここまで全く危なげなく勝ち上がってきている。
今度ばかりは、さすがに厳しい戦いを覚悟しなくてはならない。
気を引き締めて、アゲハはリングに上がり――その瞬間、不意に視界がぼやけた。
がくりと、その場に膝をつく。
身体が動かない。力が入らない。立っていられない。
――まさか?
どうにかこうにかリングサイドの方に視線を向けると、先ほどの女子学生が目に涙をいっぱいためて何度も何度も謝っていた。
――謀られた。
先ほどのスープに薬が混ぜられていたことは、ほぼ間違いない。
それにしても、一体何のために……?
アゲハは懸命に立ち上がろうとしたが、かえってバランスを崩し、そのままうつぶせに倒れた。
身体がとてつもなく重く、もう腕を持ち上げることすらできない。
当然、この状態で試合などできるはずもなく、試合は諜報部の不戦勝となり、アゲハは直ちに担架で担ぎ出されるハメになった。
「諜報部をヘタに追いつめると、何をバラされるかわかったモンじゃないんだ。
あなたには本当に悪いことをしたと思っている。でも、こうするより他なかったんだ」
本当に申し訳なさそうな「小規模団体連合」の面々の顔を見ていると、なんだか怒る気も失せてくる。
そこへ、対戦相手となるはずだった零二が歩み寄ってきた。
「君とは正々堂々戦ってみたかったが、あいにく我々も負けられない理由があるのでね」
そう呟いた彼の顔は、どことなく寂しげだった。
そんなこんなで、今年の「学内最強団体決定戦」は終了した。
優勝は「暴動鎮圧用パワードスーツ」を駆る風紀委員会で、昨年から二連覇。
準優勝はこれまた「試作型歩行戦車拾弐号」を駆る戦術兵器研究会で、こちらも二年連続の準優勝である。
その一方で、大会中の「観客を含めた」負傷者は例年を大きく上回ったと言われているが、その実態は定かではない。
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〜 キノコは豚に探させる、事件は誰に探させる? 〜
「学内最強団体決定戦」の後。
「先端医療研究会」や「白魔術研究会」、「民間療法研究会」などの面々の懸命な治療によってか、それともただ単に薬の効き目が切れたのか、アゲハは一時間もしないうちにすっかり元通りに歩けるようになっていた。
とはいえ、せっかくの時間をかなりロスしてしまったことにかわりはない。
それを取り戻せるような、何か効率のいい楽しみ方はないだろうか?
アゲハがそんなことを考えていると、なにやら大荷物を担いだ集団が走っていくのが目に入った。
よく見ると、腕に校章と「PRESS」という文字の書かれた腕章を着けている。
おそらく、彼らは報道関係の研究会や部活動に所属しているのだろう。
……ということは。
彼らと一緒に行動していれば、効率よく面白そうな場所、もしくは何かが起きている場所を回れるのではないだろうか?
そう考えて、アゲハは彼らに声をかけてみることにした。
「すみませーん」
「お? 俺らになんか用かい?」
威勢良く振り向いたのは、サングラスをかけた口ひげの男だった。
見た目からは年齢がよくわからないタイプで、学生なのかそうでないのか今ひとつはっきりしない。
ともあれ、そんなことはどうでもいい。
「もしよかったら、私を同行させてくれませんか?
荷物持ちくらいしかできませんが、それでよければお手伝いしますから」
アゲハがそう申し出ると、彼は不思議そうな顔をした。
「別にいいけど、俺たちだってそう特別なところに行くわけでもねぇぜ?」
どうやら、プレスだけが入れる場所というのは、あまりないらしい。
が、まあ、それならそれで構わない。
「それでも、取材ということは何かが起こっているところ、あるいは面白そうな所に行くわけですよね?
私、そういうところをなるべく効率よく見て回りたいんです」
アゲハが意図を説明すると、男は納得したように二度ほど頷いてからこう言った。
「なるほど。
ま、それならそれでもいいが、これから行くところは本命中の本命、ミスコン会場だ」
「ミスコン、ですか?」
ミスコンくらいなら、別にここの学園祭でなくてもありそうなものだ。
それよりも、もっと東郷大学ならではのものが他にあるのではないだろうか?
アゲハがそんなことを考えていると、それを察したかのように男がこう続ける。
「まあ、ミスコンったって、ミスコンそのものを見に行くワケじゃねぇ。
あそこは毎年何かが起きるってんで、これからそこに張りに行くんだよ」
なるほど、そういうことならば、行って損はなさそうだ。
アゲハは早速彼らについていくことを決め……ふとあることに気づいて、彼にこう質問してみた。
「ところで、これはいったい何部なんですか?」
「報道部の花形、スクープ映像部だ。今回もいいネタが撮れてるぜ」
アゲハがほんの少しだけ後悔したことは言うまでもない。
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〜 バトル・オブ・ミスコン 〜
東郷大学学園祭の中でも、最も注目されるイベントの一つが、メインステージで行われる「ミス東郷大学コンテスト」である。
とはいえ、このイベントが注目される理由は、実はそう単純ではない。
このミスコンは、ステージジャックを狙う連中の格好のターゲットなのである。
ミスコンの時にステージジャックをすると目立つので、ステージジャックが多発する。
ステージジャックが多発すると、ミスコンを見に来た人間以外にも、ステージジャック目当ての野次馬が集まるようになる。
野次馬が集まると、注目度が上がるので、ますますステージジャックに狙われる。
このスパイラルを数回繰り返したところに、今日のにぎわいがあるのであった。
そして、今年のステージジャックの一番槍は、なんと北斗と三沢治紀の「忍者&幽霊コンビ」だったのである。
「さて! 皆様ミスコンが始まるのを心待ちにしていらっしゃるようでございますが、あいにく準備が終わるまでにはまだしばらくの時間が必要なようでございます」
「っつーわけで、それまで俺たちの漫才でも見て暇をつぶしてもらおうかと!」
とは言ったものの、別に台本があるわけでもない。
とりあえず客層のことも考えて、北斗は無難な形で話を切り出してみた。
「で、ミスコンだよ。治紀も楽しみだよな?」
「いやあ、僕はちょっとこういうのは」
「そうか? 男ならたいていのヤツは興味あると思うんだけどなぁ」
「いやいや、僕は『妹萌え〜』とか、そういう趣味はありませんから」
ボケのクオリティーは……まあ、相変わらずといえば、相変わらずである。
かくなる上は、やはりツッコミの激しさで笑わせる、もしくは驚かせるしかあるまい。
「そりゃミスコンじゃなくてシスコンだろ!」
ツッコミとともに、景気よく煙玉をばらまく。
ついでに閃光弾による光のツッコミも追加すると、見守る大勢の観衆から驚きの声が上がった。
このなかなかのリアクションに、治紀の方もますますノってくる。
「電車もあんまり興味ないですしねぇ。ノッチアップとかやってますけど」
「それはマスコン!」
「ああ、そういえばネッシーっていなかったんですよねぇ」
「それはネス湖だろ! って、そもそもいつの話をしてるんだよっ!!」
微妙なボケに過激なツッコミ、そして派手な演出。
その絶妙のコンビネーションが大観衆を魅了……するかと思われた、まさにその時だった。
「見つけたぞ!」
不意に、ステージ脇から現れたGジャンを着た少女――いや、不城鋼(ふじょう・はがね)が、北斗に殴りかかってきたのである。
「うわっ!? な、なんだいきなりっ!?」
どうにかこうにか身をかわす北斗に、鋼は怒りを露わにしてこう叫んだ。
「とぼけるな! さっきはよくも俺をあんなわけのわからないところに放り込んでくれたな!?」
もちろん、北斗にはそんなことをした覚えはない。
「な、なに言ってんだよ!? 俺はそんなことした覚えは!!」
北斗はそう弁解しようとしたが、鋼は全く聞く耳を持ってはくれなかった。
「やかましいっ!
どうせそうやって客の目を引き寄せておいて、その隙に別働隊が参加者を拉致する計画だろ!」
濡れ衣の上に、また濡れ衣。
しかし、それが濡れ衣かどうか判断する材料をもたない観客たちからは、一斉に責めるような視線が浴びせられる。
「だああっ! そんなワケねぇだろ!? 治紀も何とか言ってくれよ!」
その視線に耐えかね、たまらず治紀に弁護を頼んだ北斗だったが、これは完全な失敗だった。
「そんな! 北斗さんがそんなことをする人だったなんて!!」
「だああっ! こんなところでボケるなあぁっ!」
ものの見事に墓穴を掘ったところで、鋼が再び大声を出す。
「まだ言い逃れするつもりか!? こうなったら力ずくでも……!!」
状況は、明らかに悪い方へ悪い方へと転がっている。
とはいえ、こんなところで誘拐犯の汚名を着せられたまま逃げるわけにもいかない。
北斗は救いを求めて辺りを見回し――ステージ脇に止められていたトレーラーが、ゆっくりと動き出そうとしているのを見つけた。
確か、あのトレーラーは、ミスコン参加者の控え室代わりになっていたはずだ。
それが動き出したということは――どうやら、参加者を拉致する計画自体は、実際にあったらしい。
だとすれば、一緒にそれを阻止することこそ、濡れ衣をはらす一番の方法だろう。
「お、おい、あれっ!」
北斗の声に、全員の視線がトレーラーに集中する。
トレーラーは慌てて逃げようとしたが、たちまち野次馬に囲まれて身動きがとれなくなってしまった。
トレーラーの逃走が阻止されたのを見て、鋼は安堵の息をついた。
「悪党連合」の本部を叩けなかったのは心残りだが――もっとも、あの状態で本部が無事だとも思えないが――なんにせよ、連中の計画を阻止することだけはできそうだ。
「さあ、ここを開けてもらおうか」
すっかり観念したのか、鋼に言われるまま、トレーラーの扉が開く。
けれども、そこから降りてきたのは、ミスコンの参加者などではなかった。
「こんなこともあろうかと、試作機を一台借用しておいたんだよ。もちろん無断でな」
トレーラーから降りてきたのは、なんと、昼間見たものとよく似た真紅のパワードスーツだったのである。
「さあ、痛い目を見たくなかったら道を空けてもらおうか!」
パワードスーツの操縦者の声に、野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
このままでは、トレーラーの逃走を許してしまう。
「逃がすかよっ!」
鋼はトレーラーの前に回り込もうとしたが、機動力で勝るパワードスーツに行く手を阻まれる。
「ちっ」
とりあえず一度蹴ってみたが、びくともしない。
見たところ、昼間見た実験機のような武装はないようだが、強度と出力に関してはほぼ同等、もしくはそれ以上のようだ。
だとすれば、これをどうにかするのは、相当難しい。
「っきしょう、どうすれば……?」
歯ぎしりする鋼の目の前で、トレーラーがゆっくりと動き出し……そして、いきなり止まった。
トレーラーの動きを止めたのは、北斗だった。
このままトレーラーに逃げられては濡れ衣をはらすのが不可能になると思って、とりあえずタイヤを手裏剣で撃ち抜いておいたのである。
が。
「貴様! 裏切ったのか!?」
パワードスーツの男にそんなことを言われて、結果的に疑惑がますます濃くなってしまった。
「裏切るもなにも、俺はもともとお前らの仲間じゃねぇっ!!」
見事に目論見を外され、絶叫する北斗。
そこへ、守崎啓斗(もりさき・けいと)が駆けつけてきた。
「どうした、北斗!?」
ただならぬ気配を察知して駆けつけてきてくれたのだろうが、「どうした」と聞かれて一言で説明できるほど事態は単純ではない。
「どうしたもこうしたも、変なヤツにいきなり突っかかられるわ、誘拐犯の仲間にはされかかるわ、パワードスーツは出てくるわで……どうなってるのかこっちが聞きてぇよ!」
北斗がそうまくし立てると、啓斗は鋼とパワードスーツの方を向いて……鋼と視線が合ったらしく、なぜか双方とも固まった。
「っ!?」
「お前はっ!?」
ということは、ひょっとすると?
北斗の疑問を肯定するかのように、鋼がこう尋ねてくる。
「……ってことは、別人か?」
これで、どうやら決まりのようだ。
「双子だよ。しかし、これでようやく謎が解けてきたな。
兄貴、いったいそいつに何やったんだ?」
「いや……それは、だな」
啓斗がここで言葉を濁すということは……鋼の言っていたこととも考え合わせると、おおかた講義棟の中に押し込んだりでもしたのだろう。
二人がそんなことを話していると、鋼が明らかに苛ついた様子で怒鳴った。
「済んだことはいいから、こいつらの仲間じゃないなら手伝えよっ!」
あれだけのことを、「済んだことはいいから」で流してもらえるチャンスは、恐らくこれをおいて他にない。
となれば、二人にもはや選択の余地はなかった。
戦場と化したステージ周辺。
逃げまどう野次馬たち。
そんな中、果敢にカメラを回し続ける者たちがいた。
もちろん、スクープ映像部を初めとした報道各部の学生たちである。
「3カメ向こう回れ! こっちに固まるな!!」
「2カメはあのGジャンのコを追いかけろ! いい絵になるぞ!」
「誰かパワードスーツアップで! 操縦者見えないか!?」
そんな中、荷物持ちとしてついてきていたアゲハは、一人どうすることもできずにおろおろしていた。
このままでは、みんなが危ない。
どうにかして助けなければ。
でも、どうやって?
アゲハが悩んでいると、不意に、誰かが彼女の隣に立った。
「『TG-236H』……高機動試作型か。あまり旗色は良くないようだな」
どこかで聞き覚えのある声。
振り向いてみると、そこには弓を背負った零二の姿があった。
「零二さん?」
驚くアゲハに、零二は背中の弓と、銀色に鈍く光る矢を手渡しながらこう尋ねる。
「弓の扱いは?」
「それなりには」
「謙遜するな。それなり程度ではないだろう」
今日初めて会ったはずの相手なのに、すでにそんなことまで見抜かれているとは。
「あの試作型は出力こそ高いが熱管理に大きな問題がある。
この矢で背中の放熱フィンを射抜け。そうすればヤツの動きは鈍くなる」
しかも、パワードスーツの弱点までしっかり調査済みのようである。
その情報収集能力に改めて感心しつつ、アゲハは静かに弓を構えた。
「もし外せば、向こうはこちらの狙いに気づくだろう。おそらく、チャンスは一度きりだ」
的は決して大きくないが、アゲハの腕前なら当てられないことはない。
それよりも、問題は矢を放ってから命中するまでのタイムラグである。
その間に振り向かれたり、大きく動かれたりすれば、せっかくのチャンスも水泡に帰す。
よく狙って。
相手の動きを読んで。
そして、できる限り早く。
落ち着いて。
落ち着いて。
落ち着いて。
三人が反撃に出たところを見計らって、アゲハは矢を放った。
パワードスーツの攻撃を、鋼は必死でさばいていた。
操縦者の技術がまだまだ未熟なせいか、パワードスーツの性能に本人の反射神経がついていっていないらしく、攻撃はきわめて単調なパンチやキックくらいしかこない。
とはいえ、そのスピードと威力は人間の限界を遙かに超えており、一発でもまともに食らえば大変なことになるのは目に見えている。
「この……っ」
もちろん、とても反撃に転じる隙などない。
守崎兄弟も、鋼とパワードスーツの距離が近すぎることもあって、なかなか攻撃を仕掛けられずにいるようだ。
「はははははっ! おとなしく降伏すれば一緒に連れていってやらんこともないぞ!
もちろん、鑑賞する側ではなくされる側として、だがな!!」
勝ち誇ったような表情を浮かべるパワードスーツの男。
それがなんとも腹立たしいが、その薄笑いを消してやるような術は――。
と。
『危険! 危険! 放熱システムに異常、内部温度上昇中!
操縦者の安全を最優先し、出力を低下させます!』
突然、パワードスーツの内側からそんな声が聞こえてきた。
それと同時に、いきなりパワードスーツの動きが鈍くなる。
「なっ……ど、どうなってんだ!?」
男の顔から余裕の笑みが消え、攻撃からもかすかに残っていた正確さが綺麗さっぱり消え失せる。
これなら、十二分に反撃に転じられそうだ。
守崎兄弟に目配せして、一旦大きく後ろに跳ぶ。
パワードスーツが追いかけてこようとしたところへ、すかさず左右から啓斗と北斗が足払いをかけた。
すでに自重を支えることすら精一杯になりつつあるパワードスーツは、必死にバランスを取ろうとするも及ばず、無様に尻餅をついた。
その顔面に、鋼が必殺の回し蹴りを叩き込む。
自慢の装甲でも衝撃までは殺しきれなかったらしく、パワードスーツは思い切りその場に倒れ、後頭部を地面に打ちつけてそのまま動かなくなった。
こうして、無事にミスコン襲撃計画は阻止された、のだが。
実は、その後にもう一波乱あった。
なんと、この騒ぎを聞きつけて、学長の東郷十三郎が自ら乗り込んできたのである。
身の丈、軽く二メートル以上。
齢七十歳を超えてなお、その全身には修羅の闘気と覇王の風格が充ち満ちている。
風紀委員たちを従えて姿を現した彼は、パワードスーツとトレーラーから引きずり降ろされた「実行部隊」の二人を黙って見下ろし、一瞬の後に、構内全域に響くかというような声でこう一喝した。
「何だ、この惨状は! 貴様らそれでもこの東郷学園の学徒か!?」
確かに、彼らがひどく叱責されても仕方のないことをしたのは、全員の意見の一致するところだ。
けれども、学長による叱責の理由は、北斗たちが考えていたものとは全く違っていた。
「このような騒ぎを起こしたあげく、よりにもよって学外の者に不覚を取るとは!」
この場合、学外の者、つまり北斗たちがどうにかしなければ、彼らの野望は果たされていた可能性は高いのだが、はたしてそれでいいのだろうか?
その当然の疑問を、学長の次の言葉が吹き飛ばす。
「何事であれ、為した以上は必ず為し遂げよ!
それこそ東郷大学に籍を置くものの務めと知れ!!」
ことここに至って、一同はどうしてこの大学に「天才と奇才と変態」が大量に集い、そのまま純粋培養されていくのかをほぼ完璧に理解した。
個別の生徒がどうの、個別の教師がどうのではなく、要するに、全てこの学長の思想のせいなのである。
「悪党連合には、起こした騒ぎの大きさも勘案し、一ヶ月の間強制強化合宿を命じる」
厳しいのか厳しくないのかさっぱりわからない処罰が言い渡され、二人が風紀委員に引き立てられていく。
それを見送ると、学長は次に北斗たちの方に視線を走らせた。
「さて、そこの三人」
真っ正面から見つめられているわけでもないのに、ものすごい眼力である。
「俺ら……か?」
北斗が答えると、学長はおもむろに一度大きく頷いた。
「うむ。見事な戦いであった」
どうやら、彼はこの戦いの最初から――いや、彼らの計画が動き出した頃から、全てを知っていたのだろう。
「なかなか見所のある漢よ。我が校はいつでもお主たちを歓迎しよう」
それだけ言うと、彼は北斗たち三人になにやら入学案内のようなものを手渡し、残っていた風紀委員たちを引き連れて悠々と引き上げていったのだった。
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〜 縁の下の大冒険? 〜
かくして、悪党連合の計画は阻止された。
ステージ前での死闘は、報道各部によって編集され、今回の学園祭のハイライトとして後々まで語り継がれるはずだ。
だが、その陰にアゲハと零二の活躍があったことを知るものは、恐らくそう多くはないだろう。
学長たちが訪れるより前に、二人は一足早くその場を離れ、すっかり人のいなくなった中庭に移っていた。
「『学内最強団体決定戦』ではすまなかったな。
あの時は、我が諜報部の面子のためにも、手段を選ばず勝ちに行かなくてはならなかったのだ」
改めて謝罪する零二。
「いえ、もう気にしてませんから」
アゲハがそう答えると、彼は突然こんな事を言い出した。
「だが、今なら決着がつけられる。そうは思わないか?」
「え?」
「あの時の続きをやろうじゃないか。
今ならば、お互い賭けるものも背負うものもない」
どうやら、彼はあんな勝ち方で勝ったことに満足できないらしい。
しかし、アゲハにその申し出を受ける気はなかった。
「今の私には、零二さんと戦う理由もありません」
話せばわかる相手と信じて、正直にそう答えてみる。
すると、零二は一瞬目を丸くしたが、やがて小さくため息をつくと、少し自嘲気味に笑った。
「……それもそうか。
すまんな。勝手なことを言ったようだ」
と、その時。
不意に、近くで何かが弾けるような大きな音が聞こえた。
「講義棟の方か……先行したメンバーは失敗したようだな」
小さく舌打ちをする零二。
そういえば、あの時講義棟から逃げてきて以来、あの建物には近づいていないが……ひょっとしてあそこはずっとあんな状態だったのだろうか?
「えーと、講義棟って、ひょっとしてまさか……」
おそるおそるアゲハがそう訪ねてみると、零二は軽く笑ってこう言った。
「よければもう少しだけ力を貸してくれないか。
君もあの騒動についてある程度は知っているようだしな」
「あはは……気づいてたんですね」
こうなった以上、アゲハにノーと言えるはずもなかった。
その後。
呑気にデートをしていた和之を見つけ出し、彼を講義棟まで連行してくるのにおよそ二十分。
さらに、アゲハ、零二、和之、そしてその他の諜報部員数人からなる突入部隊が異空間と化した講義棟内へと突入し、無事に棟内を元の状態に戻すのには、さらにまるまる二時間以上の時間を必要とした。
その異空間での冒険は、それこそ学園祭で見聞きした物事よりもはるかに衝撃的だったのだが――まあ、それはまた別の物語である。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)
0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
3806 / 久良木・アゲハ / 女性 / 16 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
・このノベルの構成について
今回のノベルは、基本的に六つのパートで構成されています。
今回は二、三、四、六番目のパートに複数の種類がありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(久良木アゲハ様)
「朝・昼の部」に引き続いてのご参加ありがとうございました。
アゲハさんの描写ですが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
プレイングにあったカエルの件ですが、あれは、カエルです。
使いようによってはイヤガラセや攪乱にはなりますが、基本的に戦闘能力は皆無です。
それから、異空間の中の様子につきましては、鋼さんに納品したノベルにいくらか描写がありますので、その辺りを参考に……は、あまりならないかもしれませんが、まあいろいろと想像してみて下さい、ということで。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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