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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


新米招き猫、がんばる!

 仕事から帰ってきた武彦は、事務所のソファでぐしぐしと泣いている白い猫に足を止めた。
 こんな猫を飼った覚えはない。
「迷い猫か……?」
 呟き、そんなはずはないと言い聞かせる。
 戸締りはしっかりとしていたはずなのだ。
「にゃう〜」
 白い毛並みに緑の瞳。赤い首輪に金の鈴をつけた猫は、涙にぬれた瞳で武彦を見上げた。
「にゃ、にゃ〜!」
 ぺたし、と。
 机の上におかれた無駄にでかい紙に前足を載せる。
 出かける時にはなかったものだ。
 見て、そしてその紙がなんであるのかを目に留めて、武彦は思わず声を上げていた。
「おいおい。貴重な地図を……」
 なんてことない、ここらの地図なのだが、地図は案外高いのだ。ああ、何箱かタバコを諦めて、地図を買いなおさなければ。
 そんなことを思いつつも、でかいマジックで書かれたミミズののたくったような文字を読む。
『おいら、大福。まねきねこなの』
 自己紹介から始まる文章は、誤字脱字だらけで読みにくかったが、要点はわかった。
 わかった、のだが。
「練習中に失敗して招き寄せた貧乏神をどうにか追い払ってほしい、か」
 こっちこそ、興信所にとりついてるだろう貧乏神をどうにかしてほしいところだが。
「ふにゃーーーんっ」
 これを引き連れたままでは、家に帰れないと嘆く――これも紙に書いてあった。どうやらこいつは、どこかの飼い猫らしい――大福に武彦は軽く手を振った。
「うちはよろず相談所じゃないんだ」
 妖怪がらみなら他に行け、と言いかけた口が途中で止まる。
「兄さん、ひどいです……。この子、ずっと兄さんが帰ってくるのを待ってたんですよ!」
 台所から猫飯を手に出てきた零の非難の視線。
「それに……」
 零は、気まずそうにデスクの方へ目を向けた。
「それに?」
 視線を追って、武彦もデスクに視線をやったその先に。
 デスクで寛ぐ貧乏神らしき者の姿があった。
「ここはなかなか居心地が良いのう」
 目が合った瞬間、人の良い笑顔でとんでもないことを言った貧乏神に、武彦はその場で倒れてしまおうかと思った。


 武彦に少し遅れて部屋に入ってきたシュラインは、その猫に見覚えがあった。
「……あら? もしかしてマンションにいたコかしら」
 シュラインの呟きに、大福はにゃあん、と一声鳴いて擦り寄ってきた。
「――て、武彦さん、大丈夫?」
 足元の猫に気を配りつつも、その場にしゃがみ込んでしまった武彦の背中をさすり、デスクの上の貧乏神に目を向ける。
「でも確かに困ったわよねえ……」
 怪奇現象に慣れているとはいえ、シュライン自身は心霊的なスキルがあるわけではない。
 どこか他の場所を紹介しようかしら、などと思いつつ。手を貸してくれそうな人を頭の中でリストアップするのであった。


* * * 


 まずやってきたのは、梧北斗と由良皐月だった。
「貧乏神……ねえ」
 興信所の様子をぐるっと見てから、皐月はなまぬるーく笑ってため息をついた。
「招き猫に貧乏神……ホント正反対なもんが居付いたな」
 北斗も実際に目にしたそれらに少々驚きの様子。
 テーブルの上で丸い緑の瞳を涙に濡らして項垂れていた白い猫を抱き上げたのは、北斗であった。
「ふにゃああああんっ!」
 北斗に懐きまくって泣き声をあげた大福の様子に再度のためいきをつきつつ、皐月は武彦の方へと向き直った。
「も、いっそこのまま興信所で引き受けてやれば?」
「……それは、ちょっと……」
 こめかみに手をやりつつ、呟いたちょうどその時。
「ここに大福はいるか?」
 扉が開くと同時に声がした。


 部屋の中には、四人と一匹と神様一人。
 そして今、入ってきたのは二人――うち一人は、もとより呼ばれていた者だ。
「にゃああああんっ!!」
 残りの一人は……皆が考え込んだその一瞬に、大福は北斗の手から飛び出していった。
「大福。黙って外泊をされると心配する」
「うにゃああん」
 ぽろぽろと涙を零しながら、大福は地図の白い部分にまたのたくたと文字を書き始める。
『スイ、しんぱいした? ごめんなさ。でもおいら、びんぼーがみつれてかえれない〜』
「なんだ、知り合いか?」
「ああ。私が居候している家の飼い猫だ」
 北斗の問いに、スイは淡々とした声音で答える。
 一瞬皐月の脳裏を、だったら貧乏神ごと飼い主が引き取ったらどうだと思ったが、よく考えてみれば貧乏神を寄せてしまったのはこの猫だが、貧乏神が気に入っているのはこの場所だ。
 大人しく離れてくれるかどうかは微妙に怪しい。
「凄いな、字が書けるのか。しかもなかなか達筆じゃないか。たいしたもんだ」
 周りの騒ぎを気にする様子もなく、スイは大福の頭を撫でて抱き上げた。
 横で北斗が少々うらやましそうに見ているが、なにやら考え込んでいるスイは、それに気付く様子もなかった。
「……確かにここも酷いもんだがあいつの家も相当なものだろう。別にそいつ一人持ち帰っても問題ないんじゃないか?」
 スイなりのフォローであったのだが、大福はぶんぶんと首を横に振って返答する。
「まあ、とにかくだ。このまんまじゃまずいわけだよな!」
「そうねえ……三下君の部屋を紹介するのは……あんまりかしら」
 ぼそりと呟いたシュラインの言葉は、すぐ隣にいる武彦にしか届かなかったが、武彦はすでに意気消沈状態で、答える気力もないらしい。
「ここは正々堂々、説得してみましょう!」
 スローテンポながらも頼りがいのありそうな声で告げたのは、スイとともに入ってきた加藤忍だ。
「それで聞いてくれるのか? そうだ、お前一応招き猫なんだろ? だったら福を招いて貧乏神撃退さしちまえよ。ほら、大福って立派な名前があんじゃん? お前ならできるって!」
 北斗の言葉には、大福は不安そうに見上げるばかりだ。――大福、と聞くといかにも福を呼びそうだが、名前の由来は和菓子である。
「まあ、神様を無理やり追い出すのもなんだし、説得してダメだったらにしましょう」
 シュラインの一言により、方針が決まった。

 まず最初に貧乏神の前に立ったのは、清く正しい義賊の志を受け継ぐ忍だ。
「お控えなすって、私は姓は加藤、名を忍というけちな野郎でござんす」
 えらく古めかしい自己紹介に続いて、これまた古式ゆかしきといった――丁寧な口調で言葉を続ける。
「此度、神様の中でも力の強い貧乏神様に物申します。この事務所は清貧に耐え、世の為人の為働いています。この猫もご主人の為、力の強い方をと招いたのが貴方様という事で。昔話では貧乏神が福の神に変わる、というのもありますが、貴方様の本来の仕事は、金を持つべきでない人間を懲らしめる為と存じます。商売柄そういう奴は知ってますので、そちらを懲らしめてやって下さい」
 しかし貧乏神が退く気配はなく、そこにスッと割り込んできたのはスイである。
「おい貧乏神とやら。こんな貧乏閑古鳥な事務所じゃあこれ以上没落しようがないだろう。どうせなら『アクダイカン』や『エチゴヤ』のような金持ちのところに行ったほうが憑き甲斐があるんじゃないか? 行きたいなら協力しないでもないぞ?」
 前の発言が古めかしい物言いだったせいか、いまどきないだろうという悪代官やら越後屋という発言にはツッコミ入らず。
 貧乏神がぴくりと反応したのを良いことに、今度は皐月が押しにかかる。
「もしかして、自信がないとか? そうねえ……どうせ『貧乏な気配の強い相手を更に貧乏にしか出来ない』ような『格の低い』貧乏神様でしょうし? どうせならどこぞのあくどい稼ぎ方してる会社でも没落させてきたらどう? ほらほらほら」
 貧乏神がむっとし始めたところを、シュラインが慌ててフォローに口を挟んだ。
「居心地が良いといっても、ココには社長等、富のある方もよく訪れるし、常時気持ちのいい場所ではないと思うの、と貧乏神様に。お掃除好きも多いし落着かないと思うの。古めで人の出入りも激しくなく、居心地の良さそうな場所紹介出来ますけれど?」
 言いながら、あやかし荘ぺんぺん草の間の写真なんぞを見せてみる。
「紹介、してくれるんだな?」
 なぜか妙にえらそうに、貧乏神がそう聞いてきた。こうなればもう、こっちのものだ。
「武彦の貧乏は俺もわかってる、でも大福の為に別の居場所を探してくれ」
 説得になってないだろう真正面すぎる説得にしゃがみこんでいた武彦がとうとう床とお友達になってしまったが、シュライン以外に気にかける者はいなかった。
「そこまで言うなら移動してやろう。ただし、ここより居心地の良い場所を紹介するのじゃぞ」
 貧乏神のその一言に、大袈裟なまでに喜び頷いた武彦に、少々哀れみを感じてしまう一同だった。


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

3304|雪森・スイ   |女|128|シャーマン/シーフ
5696|由良・皐月   |女|24|家事手伝
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5698|梧・北斗    |男|17|退魔師兼高校生
5745|加藤・忍    |男|25|泥棒

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         ライター通信          
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 こんにちわ、日向 葵です。
 いつもお世話になっております。
 このたびは大福くんを助けていただき、ありがとうございました!

 説得しよう! という方が多かったので、後半はえらい台詞だらけになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
 楽しんでいただければ幸いです。


>シュラインさん
 武彦さんを気遣ってくれるのがシュラインさんしかいなくて……書いててどんどん哀れになっていく武彦さんの唯一の救いと言いましょうか(笑)
 三下さん紹介しちゃうのっ!? とちょっと笑かせていただきました。
 楽しかったです、ありがとうございましたv