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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 20 featuring シュライン・エマ

 そのおでん屋台の――AMラジオから聞こえて来る歌声はそれなりに艶のある演歌歌手のものだった。昨今演歌と言えばあまりぱっとしない向きもあるが、そんな逆境の中、ひっそりと芽を出した比較的若手の歌手らしい。何故なら歌い終えての拍手と共にされた再びの紹介によれば、曲名も歌手名もあまり聞き覚えはなかったから。…ベテラン歌手であるなら、普段演歌を知らない人間であっても案外わかるもの。…そもそも声が何だか若い上、具体的にはそう言わないながらも司会他出演者の方々からもばっちり若手扱いされていた。
 そんなラジオを聞きつつ、いまいちだな…と少々難しい顔で呟いていたのは屋台の客の方。ポン酒をやりつつ味の染み込んだおでんの大根を突付いている男が客として一人だけ居た。額がやや後退気味で、歳は不惑程度。そして何と言うか――やくざ風。…とは言え、やくざと言うにも微妙に違和感がある男でもあった。…それは黒服黒眼鏡の時点では別に必死になってそれを否定する程の材料とは言えないが――それでも何だかやくざとは違う気がした。
 この男がやくざだとしたら、何回塀の向こうに御世話になっているかわからないような印象。…新法後、昨今のやくざにしては肝の座り方が確りし過ぎているとでも言えばいいのか――行き過ぎと言えばいいのか。暴力沙汰を完全に厭わないのではないか、そんな感じがある。…何回塀の向こうに御世話になっているかわからないような印象だと述べたが、その罪状は暴行やら傷害どころか殺人も余裕で入っていそうに見える。それでいて――この男の場合は分別無くあからさまに獣染みた血の臭いを撒き散らしているような事はまったく無い。…何と言うか、『それ』は日常の事、普段からしているごく普通の事であって何も特別ではない、と基本的な部分で肚を括っているのではないかと言う気がする。故に、おでん屋台でのんびりしているような今、特別危険な印象を他者に与える事は無いのだろう。…血の臭いを無駄な威嚇に使う気が無い。
 でもだからこそ、逆に――ただその場に居るだけで既に人間とは違う生き物であるような、格の違う静かな凄みもあるのだが。
 そんな男の呟きに、うちの大根に文句付ける気かい、と低い声で返していたのが屋台の親父。その親父は客の持つ奇妙な凄みもまったく意に介していない。元々気付いていないのかそれとも知った上で気にしていないのかは不明だが、少なくとも親父が客に付けた因縁は、充分気安い範疇で。常連もしくは元々の知人ででもあるのかもしれない。
 この屋台の親父、何となく神経質そうな勘気の強そうな見た目で、サービス業的な対人の仕事に就くには少々不利な印象を与える親父である。…無造作に煙草を銜えているが何故かそこに火はついてない。
 そんな親父に、客は緩く頭を振り、苦笑混じりに否定した。…大根の事ではない。
「違ェますって。…今時の奴ァどうも深みがねェ」
「…ああ、今の歌か。仕方ねェだろよ。今流れてた奴歌ってた女、確かまだ二十代だったと思ったぜ?」
 それ程味が出る訳ねェよ。…早過ぎら。
「それにな、年の問題以前に――今の時代じゃ演歌歌手にとっちゃ完全に冬、それも先の見えない氷河期だ。苦労してねえからどうやったって歌が真に迫れねェ。幾らやっても白々しくなっちまう。若手っつやァお軽いアイドル染みた奴ばかりで――霧嶋の旦那の眼鏡に適うようなのがそうそう出るわきゃアねェ」
 …おっと、鬼鮫の旦那っつぅべきだったか。
 霧嶋の旦那。客に対してそう言ってしまってから屋台の親父は改めて言い直す。客人――鬼鮫はンなこたァどうでも良いとつまらなそうに言いながら、大根の最後の一欠片を口に放り込む。注文追加。味付け玉子とはんぺんが和芥子の付いた小皿に出された。
 と、そこで。
 うー、さむさむ、と手を擦り合わせつつ、はー、とそこに息を吹き掛けながら屋台の暖簾をひょいと潜って来る女性が居た。赤いスーツがすぐ目立つ。長い黒髪を後ろで一括りしているのか、その先端が揺れた。首飾りの如く首に淡い色の付いた眼鏡を下げているのも見えた。らっしゃいと親父の声。鬼鮫は特に何も反応無し。振り返りもしない。…別に席を詰める必要も無い訳で。屋台の客は鬼鮫一人だけだった。少ない席はまだ充分過ぎる程空いている。
 で。
 注文するまでもなく駆け付け一杯とばかりに新たな客人の彼女――シュライン・エマの前にもコップ一杯のポン酒が置かれ、適当に見繕ったおでんを乗せた小皿も続けて出された。出されたそれを見、親父に向け随分サービス良いじゃねぇかと呟く鬼鮫。そりゃこの寒い中来てくれりゃァサービスもするさと屋台の親父。いい女だしな、とも悪戯っぽく続け、つか冷え込んで来てるからな、折角だと鬼鮫の方にもポン酒の瓶の口が差し出されていた。それを見、鬼鮫の方でもやや嬉しげに親父の方に空いたコップを差し出す。当然のようにおかわりが注がれていた。コップの縁までなみなみと注がれる。おっと、とばかりに鬼鮫はコップの縁に口を付けた。零れないようそのまま啜る。
 …そんな遣り取りをしている中。
 ふと、シュラインはそこに居る先客に目を留めた。後ろから見てでは記憶にある人間かどうかは咄嗟に出て来なかった。それは幾ら聴音に優れている耳を持つとは言え、年がら年中何にでも耳を澄ましている訳でもないから――あまり気にしていなければそこに居るのが知人だとは、さすがにすぐには気付けない。
 屋台の親父さんにお酒とおでんを出されたその席、シュラインは親父さんにお礼を言いながらその席こと先客の横に座ろうとしたところで――横顔を見て初めて気が付いた。
「…あ」
「ん?」
 鬼鮫の方も自分が見られている事に気付いてその顔を漸く見返す。と――複雑そうに表情が変わった。
「お前…確か」
「鬼鮫…さんでしたよね」
「おう、知り合いかい。そりゃよかった」
「…いや」
 良かったと言うか何と言うか。…鬼鮫としては複雑である。ぶっちゃけ、『気に食わねェ野郎』の女。とは言え彼女本人に関しては別に嫌いでもなんでもない。普通に知り合いである。…但し、彼女との間で辛うじて話題になりそうなのがその『気に食わねェ野郎』の事くらいになるので…そこだけが引っ掛かる。
 一方のシュラインとしては、奇遇なので取り敢えず鬼鮫に対し丁寧にぺこりと御挨拶。…そして武彦さんが御世話になってます。ときっぱり。そう言われ、鬼鮫の方は眉間に皺寄せてああとか何とか有耶無耶に誤魔化していた。いきなりピンポイントで『気に食わねェ野郎』の事が出された為に少々かちんと来る。…とは言え、シュラインがしたのは別に含み無しの丁寧な挨拶である以上、目の前の彼女を怒る事でも無い訳で。
 当たりどころが無くて表情が険しくなっている。と、その時点でシュラインもすぐに気付いた。
「…あ、武彦さんの事出したら気分害されますね」
 でもきっと武彦さんも鬼鮫さんにはいつもお世話になってると思いますから…。
「もういい。…つぅかその名前出すな」
「…すみません」
 小さくなって謝りつつ、シュラインは改めて――頂きますと両手を合わせ、お酒とおでんに手を付ける。もち巾着にごぼう巻に大根。冷めない内に食いなと親父さんの声。立ち上る湯気だけでも温まりそうで幸せである。
「こんな時間に一人かい」
「ええ。仕事帰りで――」
 本業の方の。…出版社となれば結構時間的には適当だ。そして用が済み外に出たら――夜の帳は下り冷え込みがそろそろきつい。そんな訳で少しお腹に何か入れて温まって行こう、と通りすがりに偶然見付けたおでん屋台に足を向けてみた訳で。
 そうしたら――鬼鮫さんが居たと。
 その辺りの事情を簡単に説明しつつ、コップのお酒を頂く。俺の方も仕事帰りだと鬼鮫。とは言え――荒事にはなっていない程度のパトロールレベルのお話で、仕事とは言え大して波乱万丈な事にはなっていない。そちらの話もすぐに済んだ。
 …で、お互いそこまで話すと――今度は暫し無言が続く。
 微妙に気まずい。
 と、そこで――思い付いたように鬼鮫が口を開いた。
 シュラインは俄かに驚く。…まさかこの鬼鮫の方から何らかの話を始めるとは思わなかったらしい。
「…あー、お前、歌、上手いっつぅ話だよな」
「…そんな事を何方から?」
「…」
「…武彦さんですか」
「…名前出すなって」
 折角何とか別の話題を持ちだそうと努力しているのに。鬼鮫はぼやいて小さく嘆息。あ、すみません、と反射的にシュライン。…どうもこの鬼鮫、武彦さんの名前を聞くだけでも嫌であるらしい。
 それは確かに草間武彦、自他共に認める時代逆行ヘビースモーカーではあるが。
「私は…聴音や声帯模写が得意なだけです」
「じゃ上手いだろ。…あのよ、こう言う連中知ってるか」
 と、幾つか往年の名演歌歌手の名を挙げたところで――こちらもシュライン同様俄かに驚きながら聞いていた親父の方がおいおい、と肩を竦める。
「…歌わせようとすんなって」
 そもそもこのお嬢さんもさっき手前がいまいちっつってた若手と同じくらいの歳にならねぇか?
「いや、あのニコチン中毒野郎の女なら浅薄じゃもたねェよ」
「そう言えば…親父さん、煙草銜えてらっしゃいます…よね?」
 鬼鮫は大の嫌煙家である。
 …なので――煙草を銜えている店主を前にして、それで鬼鮫さんが特に不機嫌では無い――それどころか何となく気安い間柄のように見えるのが少し引っ掛かる。ニコチン中毒野郎との言でふと気付き、シュラインは親父さんに振ってみた。
「ん、これか? …ただの癖だな。火ィつける気ァ無ェんだが」
 今ンとこ。
「この親父にゃ何言っても無駄だ。…煙がねェだけマシと思う事にしてら」
「…」
 付け加えられた説明に思わず、シュラインは鬼鮫のその顔に目を遣る。
 …この人にしては――何だかとっても物分かりが宜し過ぎて不気味な発言だ。と、それを聞いた時点で――にやにやしながら親父さんの方が呟いている。
「不審がられてるぞ鬼鮫の旦那」
「るせぇ。元はと言やァお前がおでん屋台の親父なんぞやってるからややっこしいんだろうが。…いつ手帳返しやがったこの野郎」
「…もっと飲むか?」
「要らん」
「手前に言ってねェっつの。…お嬢さんにだ」
「え? あ、頂きます」
 言った通りに親父さんはいつの間にかまた一升瓶を持っている。促されるようにシュラインがコップを差し出すと、とくとくとくと丁寧に注ぎ足された。
「つぅか、俺だけじゃなくこちらのお嬢さんが居るから手前のペースになれねェだけだろ鬼鮫よ。…手前も結構丸くなったもんだなあ」
 IO2ってな人格矯正にも役立つモンとはなぁ。名前の方ァ性質悪そうになりやがったのにな。
 しみじみ言う屋台の親父。
 が、本来の鬼鮫は――性質悪そうな名前の通り、現場では激しく問題視されてるくらい超常能力者を殺しまくっている狂気の男である。屋台の親父の発言通り、今この場では彼とシュラインが居るからこそ――大人しくしているだけであって。それは元々堅気さんには手を出さない奴ではあったが、だからと言って堅気さんに好んで関っていた訳でも無い。
 …それがのほほんパンピーの皆さんとおでん突付きながら一杯やってるなんて方が、むしろ冗談に近いと言うのが真実だろう。
 その筈だ。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■NPC
 □鬼鮫(霧嶋・徳治)
 ■屋台の親父/常磐・千歳(…)
 □草間・武彦(=ディテクター)/話題にだけ

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          ライター通信
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 いつもお世話になっております。今回も発注有難う御座いました。
 漸くのお渡しです。
 …ところでこういう「おまかせ」ものって…やっぱり案外需要があるんでしょうか(考)

 と、それは置いておきまして。
 今回は…何となくおでん屋(?)にしたくなったので、屋台の方を採用させて頂きました。
 …何やら妙な人物が屋台の親父やってましたが…そんな訳で(?)鬼鮫の反応もやや挙動不審です。
 全体的なノリはちょっぴり渋めで(たぶん)
 それから、ディテクターと鬼鮫が組んでる事が前提っぽい割にやけに平和な雰囲気、ディテクター=草間武彦の件も知れている感じになってます。

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。20とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝