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プリーズ・ゲット・シンキング
□Opening
「片付かないもんだねぇ」
半壊の建物を前に、碧摩・蓮はちょっとばかりイラついていた。
と、言うのも。ある競技で使用した建物の解体が、思う様にはかどらないのだ。一度の競技に使うアトラクションなのに、必要以上に丈夫に作ってしまったのが敗因か。
その建物は、運動会ではポイントゲットと言う競技に使われたものだ。
特にアトラクション内部の看板など、綺麗に作られた小物の処分にも困っていた。捨てるには大きく、燃やすには忍びない感じなのだ。
「ねぇ、いっそ、希望者を募って持って帰ってもらったら良いんじゃない?」
碇・麗香が、そっと蓮に耳打ちした。
その言葉に、蓮の眉がぴくりと動いた。蓮の吐き出す煙が、暮れかけた空に昇っていく。
「そうだね、このアトラクションも今日限り、最後の最後まで遊んでもらおうじゃないか」
この決定により、建物の取り壊しはそこで止まった。
「どうせだから、アトラクション内は競技中のルール適用で周ってもらいましょう」
麗香も調子に乗ってきた。早速、取り払った競技ルールも再び貼り出す。
┏─┳━┳─┳━┳─┓
|子|□|丑|-1|寅|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
┃□┃■┃-2┃■┃+0┃
┣─╋━╋─╋━╋─┫
|卯|-3|辰|□|巳|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
┃+1┃■┃*2┃■┃
┣─╋━╋─╋━╋─┫
|午|+2|未|-1|申|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
┃+1┃■┃-1┃■┃+2┃
┣─╋━╋─╋━╋─┫
|酉|+0|戌|□|亥|
┗─┻━┻─┻━┻─┛
●貴方は、外側の部屋から始まり外側の部屋へ抜けなければならない。
●貴方は、同じ部屋を二度と通る事が出来ない。
●貴方は、同じ通路を二度と通る事が出来ない。
●貴方は、隣接する部屋を縦横にしか移動出来ない(【巳】→【申】間は通路断絶のため通行不可)。
●条件を満たせば、何部屋通っても構わない。
●ポイントをより多く取った者は勝者の気分を味わえる。
○持ち帰り希望の看板を申告せよ。
○同じ看板の申告があった場合には、ポイントの多いものが持ち帰る手筈。
貴方は、建物内部で何を思うのか? 参戦を待つ。
□01
半壊の建物の前に、四つの影。
ぱらぱらと、壊れた壁から小さな粉が舞っているようだけれど、それ以外は特に問題は無さそうだ。
「じゃあ勝者の気分を求めて挑戦しましょうか」
由良・皐月は、一度大きく息を吐きシュライン・エマに笑いかけた。
「折角だから、私は前回通らなかった干支の部屋を通ってみようかしらね」
シュラインは、皐月のその言葉に意味ありげな笑顔で返した。
「……なーんか、んんー?」
漠然と、なのだけれども。何か引っ掛かりを覚え、皐月が詰め寄る。
「へぇ、何だか面白そうじゃないかい」
その話に、碧摩・蓮ものっかかって来た。シュラインは二人に悪戯っぽく微笑み、歩き出す。
「まず、【卯】から【子】を目指すわ」
その後ろから、蓮が続く。どうやら、シュラインが何を考えているのか確かめるつもりらしい。残された皐月は、結局強く問いかける事も無く、自分の目指す先へ向かった。どうせ、そのうち分かる事だろう。
「あなたは、どこから?」
碇・麗香の問いかけに、にこやかにこう返した。
「【申】から【亥】かな」
そう言うわけで、各々ポイントを求め、再びアトラクション内部へと姿を消した。
■02
シュラインは、【卯】から内部へ侵入し、【子】を目指す。
「点数表示が無いと、寂しい通路ね」
天井から双方の壁へ視線を動かし、そんな言葉が口からこぼれた。
「この辺から解体をはじめたからね」
その言葉に、蓮も頷き辺りを見まわす。
確かに閑散としたものだ。点数の表記も無ければ、二人以外の足音も聞こえない。
「【卯】から【子】、次は【丑】しか無いねぇ」
蓮は見取り図を見ながら確認する。
┏─┳━┳─┳━┳─┓
|子|□|丑|-1|寅|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
┃□┃■┃-2┃■┃+0┃
┣─╋━╋─╋━╋─┫
|卯|-3|辰|□|巳|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
通った事の無い部屋を選ぶにしても、【丑】の次にはマイナスしかないわけで……。
だと言うのに、シュラインはふふと微笑み、止まる事をしなかった。気が付いていないのか? いや、そんなはずが無いではないか。
わざと、だ。
蓮は、シュラインの背後で口の端を持ち上げた。
「いけなかったかしら?」
【子】に到着しても、それは静かなものだった。一息立ち止まり、シュラインが振り返った。
「いやいや、何をおっしゃるか、ねぇ」
これは、競技では無いし、例え本当は競技であったとしても、何を楽しむのもそれは個々の自由なのだから。
最後にガラクタ……いや、競技の名残を持って帰ってくれればそれで良いんだと、蓮は笑顔で返した。
二人は、肩を並べて歩き出す。次に目指すは【丑】の部屋。通路に計算式が無いのだから、ポイントは加減無しだった。
★シュライン・エマ
☆【卯】→【子】→【丑】:0pt
■04
【丑】の部屋を抜け、次にシュラインが目指したのは【寅】の部屋だった。ポイントはついにマイナスへ。
「マイナスな所だけ通ってみようかなぁって」
ひらひらと、シュラインは手を振る。
その横で、蓮は静かに煙を吐き出した。
「次は……【巳】だね」
┏─┳━┳─┳━┳─┓
|子|□|丑|-1|寅|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
┃□┃■┃-2┃■┃+0┃
┣─╋━╋─╋━╋─┫
|卯|-3|辰|□|巳|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
現在の【寅】は、角部屋。と言う事は、『+0』の通路を通り【巳】へ向かうのだろう。【巳】から【申】への通路は封鎖されているので、その次には【辰】の部屋だ。
シュラインは、にこやかに頷き点数を確認した。
★シュライン・エマ
☆【寅】→【巳】→【辰】:-1pt
「いや、競技を通して、マイナスになったのはアンタが初めてだよ」
その特別が面白い。
蓮の言葉に、シュラインは少しだけ首を傾げ微笑んだ。
□06
さて、シュラインと皐月、お互いが次に顔を合わせたのは『*2』の廊下だった。
シュラインは【辰】から【未】に、皐月は【未】から【辰】に、それぞれ向かう所。
「やっほ、調子はどう?」
皐月の問いかけに、シュラインは頷いた。
「私は、あと部屋二つで終了よ」
得点が二倍になるこの廊下を抜け、【未】へ。その後、外側へ面している部屋から外へ出ると言う事なのだろう。
「そっかー、私は次の部屋を入れて三部屋かな」
シュラインの言葉に、皐月は指折り部屋をカウントする。
「ところで、どうしてアンタ、そんなガラクタ抱えてるんだい?」
二人の後ろから、蓮が皐月の手元を覗き込んだ。
と言うのも、皐月の片腕には、通路のそこかしこに散らばっているような瓦礫が抱かれていたのだ。
「そう言えば、貴方達は今から【未】なのよね」
┣─╋━╋─╋━╋─┫
|卯|-3|辰|□|巳|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
┃+1┃■┃*2┃■┃
┣─╋━╋─╋━╋─┫
|午|+2|未|-1|申|
┣─╋━╋─╋━╋─┫
手元の見取り図を確認しながら、麗香が当たり前と言えば当たり前の事を呟いた。
「【未】の部屋には、何かあるの?」
何故、このタイミングでそんな事を? シュラインは、そこに引っかかった。
「いえ、むしろ、何も無いわよ、ねぇ?」
麗香は、同意を得ようと皐月を見る。肝心の皐月は、その僅かな間に『*2』の看板の位置を丁寧に直していた。いつの間にか、抱えていた瓦礫は通路の片隅にかためられている。
「まぁ、誰も居ない様だし、静かだと思うよ」
ぱんぱんと、服の埃を払いながら、皐月が答えた。良く見てみると、皐月の通って来た通路は、目立った瓦礫がどこにも無かった。
「まさか、片付けながら……回ってるのかい?」
その満足そうな笑顔に、蓮も一瞬、言葉を無くす。代わりに、無言で頷いたのは麗香だった。
「シュラインさん、ポイントが、楽しい事になってそう」
それはそうと、皐月がふと呟いた。
入場前の様子、【辰】から【未】へ向かう道筋、和やかな雰囲気の二人。この状況と、実際に顔を合わせてみた感じ、何か、ピンと来たのだ。
「あら、ええと、それはその後のお楽しみと言う事で」
つい、自分のポイントを言いたくなってしまうが、そこはぐっとこらえてシュラインが微笑んだ。勘が良いのだろう、的確な指摘にどきりとする。
「ふふふ、じゃあ、また後で!」
あまり深く追求する事も無く、皐月は手を振った。
本当に、思いつきの一言だったのか? そのさっぱりした様子に、シュラインも自然と笑顔がこぼれる。
「ええ、また、後で」
手を振り、目指す部屋へ向かった。
皐月は、『*2』を通り【辰】へ、シュラインは【未】へ。お互い、ゴールは目の前だった。
★シュライン・エマ
☆【辰】→【未】:-2pt
■07
「お疲れ様」
壁をぽんと叩き、シュラインはアトラクションの外を回っていた。
【未】から『-1』の通路を通り【戌】の部屋へ辿り着いた彼女は、そのまま外へ出たのだ。皐月の姿が見えるまで、せっかくだからアトラクションの外も見て回っている。
解体半ばと言う事もあり、そこここにヒビや割れ目があるのだが、建物自体は競技のあった頃のままだった。あっという間の競技だったが、その早さも競技の醍醐味なのかもしれない。
心地良い風が、アトラクションの横を吹きぬけた。
その風に、蓮の紫煙がさらわれる。
シュラインの競技(……?)は、こうして静かに終了した。
★シュライン・エマ
☆【未】→【戌】:-3pt:終了
□Ending
四人は、アトラクション前に集合した。競争ではないので、厳格な得点表は無い。お互いのグループの自己申告だった。
「へー、加算ポイントが全部マイナスなんだ」
感心した様に、皐月が声を上げた。
やはりと言うか、本当に? と言うか。シュラインは、マイナスの所だけを選んだと言うのだ。その言葉に、シュラインは、一度頷き微笑む。
「はい、じゃあお互いこれで良いわね」
その二人の隣で、看板を台に、麗香が簡単な表を書き上げた。
☆一位 由良・皐月 【申→亥→戌→酉→午→未→辰→巳→寅】 10pt
☆二位 シュライン・エマ 【卯→子→丑→寅→巳→辰→未→戌】 -3pt
「おめでとう、アンタが一番だよ」
ポイントを確認し、蓮は皐月へ向き直した。競争ではないけれど、こう言う所はきちんとしたい。
「ふふふ、ありがとう、ありがとう」
拍手をする面々に、皐月は多少大袈裟に笑顔で答えた。そして、それに答えるのが、心意気と言う物だった。
「じゃあ、アンタから、持って帰る物を聞こうか」
一通り挨拶が終わると、どれでも好きな物をと、蓮は皐月に詰め寄った。看板や資材は有り余るほど有る。当初の目的は、きっちりと果たさなければならなかった。
「んーと、出来ればルール説明の看板欲しい」
皐月が一番に指差したのは、アトラクション前のルール説明看板だった。木製のそれは、何とか頑張れば持って帰れないことも無さそうだ。
「こんな大物が無くなれば、随分楽……いえ、大切に使ってね」
これ幸いとばかりに、麗香が笑顔で地面に突き刺さっていた看板を引っこ抜いた。
「説明の手間省けて……まさか漢字読めない事もないわよねあの子達」
ぶつぶつと、何かを呟きながら皐月はそれを受け取った。
自分の番は済んだと、皐月が背を向けた時だ。
「で、他には? まだ、山ほどあるよ?」
と、蓮が皐月を引き止めた。確かに、彼女達の背後には、廃棄を待つだけの資材がまだまだ山と残っている。
「え? じゃあ、『*2』の看板とか、有れば全体図とか?」
ルール説明の看板を肩に寄りかけながら、皐月が提案した。その言葉に、蓮はにやりと微笑んだ。
「勿論だよ、早速、お持ち帰りセットを作るから」
とにかく、一刻も早く、資材を何とかしたかった。
次の瞬間には、皐月の手元に看板が届く。どれも、一度きりのアトラクションには勿体無いような、丁寧な木製の看板だ。
「ありがと、じゃあ、貰って行く」
皐月は、結局、それらも笑顔で受け取った。
「さて、アンタもお疲れ様」
皐月に品物を渡し終わると、次はシュラインだった。
マイナスポイントにはビックリだけどね、と。蓮の言葉に、シュラインが微笑んだ。
「私は……、【卯】【寅】……かなぁ」
と、蓮の言わんとした事がわかったのか、シュラインは早速希望の看板を申告する。
「他には?」
麗香も、後ろから追い討ちをかけた。
こうなれば、一枚でも多く看板を持って帰って欲しい。
「んー、余ってたなら【巳】かしら」
その様子に、シュラインも苦笑いをしながら、一枚追加希望を出す。
早速、お持ち帰りセットが手渡された。
「ともあれお疲れ様、占いの結果楽しみねぇ?」
にやり、と。皐月が口元を持ち上げる。
「ええ、お疲れ様」
その、大きな看板は大丈夫なのだろうか? 皐月の抱えるルール説明の看板を気にしながら、それでも、シュラインは笑顔で答えた。
美しい乙女達に見送られながら、今ようやく、ポイントゲットのアトラクションはその全ての役割を終えた。
それは、建物として、とてもとても幸福な事であろう。
……………………。
…………。
……多分、きっと。
<end>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/組】
【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/白】
【5696/由良・皐月/女性/24/家事手伝/白】
(※:登場人物一覧は発注順で表示させていただきました。)
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■ ライター通信 ■
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と言うわけで、皆様、お疲れ様でした。ライターのかぎです。この度は、『プリーズ・ゲット・シンキング』へのご参加ありがとうございました。
今回は、競争と言うわけではなかったので、厳密に部屋の移動時間を区切りませんでした。また、何度も図を見返すのは面倒かなと思い、本文中に見取り図を書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
□は集合描写、■は個別描写です。□■後ろの数字は大まかな時間の流れを現しますので、他の参加者様がどう言う感じだったのか、ご確認下さい。
競技と言うほどぴりぴりするでもなく、すべてまったりと言うわけでもなく、そんな不思議な雰囲気でしたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
■シュライン・エマ様
いつもご参加ありがとうございます。今回は、マイナスを狙ってと言う所が非常に面白く感じましたので、殊更その辺を押し上げて描写させて頂きました。いかがでしたでしょうか?
それでは、また機会がございましたら、よろしくお願いします。
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