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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


箱の中(小判先生 番外編)

その日、彼がもっとも心奪われた競技は「借り物競争」だった。
四角い箱の中に手を突っ込んで紙を一枚引っ張り出すと、選手がどこからか素敵な物を持ってきてくれる。恐らくあの箱の中には願い事を叶えてくれる神様がいるのだろう。
「箱の中へ入れば、お願いが叶うの」
きっと神様が、おなか一杯食べさせてくれる。
 三時間後、運動会が終わった本部では後片付けの指示を出し終えた草間武彦が机の上に足を投げ出して煙草を吹かしていた。その机の上へ音もなく一匹の猫が飛び乗ってくる。
「小判先生。来てたんですか」
爪先だけ足袋を履いたように白い、あとは真っ黒な毛皮を持つ金色の瞳の猫は人間の言葉で武彦に答えた。
「お主、てん助を知らぬか」
「てん?いや、見てませんけど。俺はここでずっと、運動会に使った道具を倉庫へ片付けてましたよ」
後は扉を閉めるだけだと武彦は銀色の鍵を手の中でチャラチャラと鳴らす。
「あいつが運動会を見たい、というので連れてきたんじゃが人の中ではぐれてしまってな」
てん助、てんというのは小判先生が面倒を見ている白い仔猫である。無邪気で可愛らしいのだが、食い意地の張っているところがたまに傷だった。
「いろいろ探したんじゃが、残っているのはあの倉庫だけでな」
「まさか、道具の中に紛れちまったのか・・・」
人間、嫌な予感というものは大体的中するものである。

 小判先生がてんを見失ったのは、競技場の外だった。最初にいないと気づいたのは観客席だったが、ある程度のところまでは匂いを辿って追えたのだ。
「しかし外は、な。今日はとくにややこしい匂いが充満しておる」
出店で売っている食べ物の匂いだった。焼きそばだの綿菓子だのフランクフルトだのあの仔猫なら虜になること間違いなしという誘惑的な顔ぶれ、しかしその分匂いがきつくて神経質な小判先生には耐えがたかった。
「ああいうものには添加物が多いから、猫の体には毒なのに・・・」
「でも、そういうものほど美味いんだよなあ」
的を射た意見である。
「というわけで、じゃ。お主ら、てんを頼むぞ」
鉛筆のように尖った黒い尻尾で、先生は集まった有志にてきぱきと指示を出す。実に鮮やかな、人使いの荒さ。
「そこのでかいのとちっさいのは奥のほうを探せ」
でかいの、と呼ばれた門屋将太郎とちっさいのと言われた鈴森鎮は顔を見合わせる。先生が一度会った人間の名前を忘れるはずはないのでわざとに決まっている。
「お主らはあやつの好きそうなものをみつくろってきてくれ」
食べ物に弱いてんのことである、空腹になれば嫌でも出てくるはずだがその前に餌で釣り出す算段だ。わかりました、と答えるのは初瀬日和に白姫すみれ。
「それから・・・残ったのは適当にそこらを探せ」
「先生、なんだよそれ」
後回しにされた上になんというぞんざいな扱いかと、羽角悠宇が不満を上げる。第一てんを見失ったのは先生じゃないかと痛い指摘をぶつけようとした、だがシュライン・エマから静かに止められた。
「先生、てんちゃんのことで頭がいっぱいなのよ」
「・・・・・・」
まさか、と言いかけてそっか、と言い直す。いつだって飄々としている小判先生だが、こういうときにはやはり尋常な反応もするのだろう。ただそれが、普段からかぶっている仮面に隠れて見えにくいだけなのだ。
「探そう」
全員、与えられた仕事をこなすために別れた。

 この中だろうかと、悠宇は玉入れの紅白をざっとひっくり返した。大量のお手玉が雪崩れのように、シュラインの足元へまで広がっていく。あらあらと呟きながら一二歩後退りして、それでも追いかけて転がってきた赤い玉を蹴り返す。
「おーい、ちび?どこだ?」
「・・・いないみたいね」
いたら、箱をひっくり返した時点で痛いとかなんとか泣き声が上がるはずである。いくらてんという仔猫が白いお手玉に似ていても、そこまで大人しく黙ってはいないだろう。
「ちぇ、じゃあこっちかなあ」
黒い玉と青い玉の入っているほうを悠宇は手でかき回す。今回の運動会は五組に分かれていたので玉の色も五色、あともう一つの箱に黄色い玉が入っている。
「こっちでも、ねえなあ」
「羽角くん?」
嫌な兆候である。シュラインがこのように慇懃な声音を使うときは、校則に厳しい女教師に似ていた。首を絞めるための真綿を、首へ巻きつけようとしている。
「足の踏み場がないわ」
「・・・はい」
片付けろという意味だった。もちろん、ひっくり返したのは自分なので否はない。うっすら埃のつもったコンクリート床ではあったがジャージをはいていたので汚れることは構わない、あぐらをかくと悠宇は白い玉を一つ一つ拾っては空にした段ボールへ放っていく。軌跡は見事で、的を外さない。
「武彦さんも、手伝って」
シュラインは赤い玉を、やはり悠宇と同じように箱へ放りながら入口で煙草を吹かしている管理責任者を手招きする。久しぶりの紫煙を胸に吸い込んでいた武彦は、邪魔されることを渋っていたが三度繰り返されると重い腰を上げないわけにはいかなかった。
「ほら、働くの」
「へいへい」
二人に倣って、とばかりに武彦も玉を一つ拾って箱へ放った。が、武彦のだけはなぜか段ボールの三十センチばかり右をすり抜けていった。てん、てんと薄暗いほうへ転がっていく。
「あれ?」
おかしいな、ともう一投。今度は逆へ二十センチ違った。そこへ両脇からあざ笑うように悠宇とシュラインが同時に紅白の玉を放り、二つとも見事に段ボールへ吸い込まれる。
「・・・案外、っていうか予想通り不器用だな草間さん」
「サ、サングラスのせいだ」
外しても変わらないでしょうとシュラインの追い討ちが飛んだ。けなされるとむきになるのが武彦のハードボイルドになれない理由の一つ、汚名返上とばかりに力を込めて投げた三球目は隣の段ボールへ命中し、ぐらりと傾いた拍子に青の玉と黒の玉がざっとこぼれ出す。
 武彦のこの失態に、シュラインの真綿がきつく締め上げられたことは言うまでもない。
「武彦さん?」

 てんはなかなか見つからなかった。居眠りでもしているのか、声も立てない。大抵の物陰は探し尽くしてしまったので、残っているのは競技に使用された小道具の着ぐるみだの小箱だのの中くらいだった。
「気をつけろよ、日和」
「うん」
知っている人の指だから噛みついたりはしないだろうけれど、それでも真っ暗な箱の中へ手を入れるのは勇気がいる。特に日和は指を命と同じくらい大切にしているので、その決断はことさらであった。横で別の箱を探っている悠宇も、気が気ではない。
「あら、なにか柔らかいものが・・・」
すみれが手を入れた小道具の中に、ぐにゃりとした暖かな感触。これはと思って引っ張り出してみると、それは確かに小さな生き物だったが茶色い毛皮の鼬、鎮とペットのくーちゃん。ぶらりとつながって出てきた。
「なにすんだよう」
ごめんなさいともう一回突っ込んでやったら、暗闇の中からもう一度なにすんだようという声が聞こえた。出してやればいいのか、入れたままにしておけばいいのか。
「ねえ、あれはなにかしら?」
棚の上のほうを見上げていたシュラインが、正方形の箱を指さした。借り物競争に使われていた箱だ、と誰かが言った。長身の将太郎が長い腕を伸ばし、片手で箱を引っ張り出す。
「・・・ん?なんだ?」
借り物競争の箱だから中身は紙だろうと予測していたのだが箱は案外に手ごたえがあった。なにが入ってるんだと軽く振ってみると、中でにゃあという悲鳴が聞こえた。
「おい、今の声」
将太郎は手にした箱をひっくり返す、と中から真っ白な仔猫、てんが鞠のように転がり落ちた。咄嗟にシュラインがふかふかのタオルを広げて受け止めなかったら、猫のくせにコンクリートの床へ頭を打ちつけていただろう。
「てんちゃん」
「こんなところにいたのか」
「・・・あれ?せんせ、みんな、どうしたの」
名前を呼ばれ、ようやく夢から覚めたような顔でてんが全員の顔を見回す。鼻の頭に埃がくっついていた。
「このちび、心配させやがって」
埃を取ってやるついでに、ピンク色の鼻をぎゅっとつまんでやる。いたい、と飛び上がったてんは将太郎の大きな手に爪を立てる。懲らしめるつもりが逆に痛い目を見た。すかさず、カメラを構えていたすみれがシャッターを切る。
「なあなあ、俺たちも撮ってくれよ」
「いいわよ」
体操服姿の鼬とイヅナに両脇を挟まれた仔猫は、フラッシュの瞬間に大きな欠伸を一つ。それからのんきな声で
「おなか、すいたの」
どんなときも、大物を予感させる仔猫であった。
「お前なあ。こんなところで寝てたら魚屋だって閉まっちまうぞ?」
「さかなやさん、おわりなの?」
「終わったかもしれないわね。でも、缶詰ならあるわよ」
「おいしいの、たべるの」
勝手に行方不明になって皆を心配させて、見つけてもらってもお礼よりお腹をいっぱいにするほうが先で。子悪魔のような、可愛らしい仔猫であった。
「次はなにをしでかすか、楽しみね」
「なあ、先生」
シュラインと武彦に顔を覗き込まれた小判先生は、怒ったような顔で前足を舐めていた。だが本当に怒っているのではなく、心配しすぎて表情が戻らないのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/白組
1522/ 門屋将太郎/男性/28歳/臨床心理士/赤組
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手/青組
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生/黄組
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生/黄組
3684/ 白姫すみれ/女性/29歳/刑事兼隠れて臨時教師のバイト/黄組

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
オープニングを書いている時点で、てん助はなんて頭悪い猫
なんだろうなあと我ながら呆れてしまったノベルです。
さらにシュラインさまのプレイングを拝見していると、この
お馬鹿さん加減にいいお母さん具合でほのぼのしてしまいました。
そして今回のノベルで、武彦さんの野球オンチが
決定的なものになった気がします。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。