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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


Gの復讐


 とある人気の高い住居区にある、一つの一軒家。駅も近く、周りにはコンビニやデパートを初め、様々な店もある、立地条件も素晴らしい家である。だがその家は、ある理由によって、数年間買い手の付かない売り家であった。
 その日、一人の不動産屋がその家の下見にやって来ていた。彼は家の中へ入ると、何かを恐れるように忙しなく周りを見渡す。そして、キッチンまでやって来たとき、彼の耳に何かが這いずり回るような音が届いた。
 彼はビクッと肩を震わせ、その場に立ち尽くす。そんな彼を笑うかのように、音は少しずつ近付き、その姿を彼の前に現した。
 それは天井すれすれまである、巨大な……



「く、黒い化け物がー! 化け物がー!」
「あー、判った、落ち着け。落ち着けって」
 草間・武彦(くさま・たけひこ)に言われて、溢れる涙と鼻水をハンカチで拭き取りながらソファに座ったのは、不動産を営んでいるという男性だった。ひっくひっくとしゃっくりを上げながら、話し出す。
「あの家は、数年前から化け物が出るって言うんで、誰も買い手が付かなかったんですけど、僕はそんなことは根も葉もない噂だと思って、気にしてなくて、でも先日行ったら、ホントに化け物がいて、ガサガサガサッて、ガサガサガサッてー!」
「で? そいつを退治して欲しいっていうんだな? あんたは」
「そうなんですー! お願いしますー! このままじゃ僕はあの家を売ることが出来ないんですー!」
「何か、どっかの編集部にいる奴に似てんな……」
 わーわーと泣く男性に溜息を吐きつつ、草間は片耳を塞ぎながら電話をかけた。
「ああ、すまん。俺だ。ちょいと気の進まない仕事があるんだが……」



 巨大な楕円形。二つの細長い触覚に、六本の細い足。背中には羽。
「それって、ゴキブリじゃないの?」
 ガシャンッと音がして、草間興信所に集まった人々が一斉に振り向く。そこにはお盆を取り落として呆然としているシュライン・エマの姿があった。
「……大丈夫ですか? シュラインさん」
「……はっ! い、今一瞬気が遠く……だ、大丈夫……多分……」
 茶碗を出した後でよかったと、モーリス・ラジアルに言われて、シュラインがぎこちない笑顔で返す。その様子を見ながら、先程草間の説明に対して口を挟んだ由良・皐月(ゆら・さつき)が溜息を吐いた。
「それにしても、その依頼人。男のくせに泣き喚くなんてだらしがないわね」
「でも、そんなに大きいのだったら、俺も逃げちゃうかも……」
 皐月の言葉にぽつりと呟いたのは九竜・啓(くりゅう・あきら)である。それに悟・北斗(あおぎり・ほくと)もうんうんと頷いて「飛ばれでもしたらダッシュで逃げるぞ、俺」と呟いた。
「まあ、確かに気の進まない仕事だが。しようがねぇから助けてやるか」
「すまんな……」
 肩を竦める門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)に、草間が頭を下げる。
「とりあえず、対象に効力のありそうなものは一通り揃えてあるから、使ってくれ」
「そんじゃ、行くかー」
 北斗の気の抜けた号令に合わせて、集まったメンバーが腰を上げ、ぞろぞろと興信所を出て行った。その背中を見送り、最後まで行くか行くまいか逡巡していたシュラインも、思い切って興信所を飛び出した。



 数十分後。問題の一軒家の前に着いたメンバーは、それぞれの思いを胸に建物を見上げていた。
「シュライン、おまえ、大丈夫なのか?」
「……一人でいたら、ずっと考えちゃいそうで、それも嫌なのよ……」
 微かに震えながら腕にしがみ付いて来るシュラインに草間が心配そうに問う。それにモーリスが振り返った。
「退治したら褒めて頂けます?」
「褒める。凄く褒めるわ」
 コクコクと頷くシュラインに、モーリスがにっこり笑い、草間が肩を竦める。そんな中、皐月が恐る恐る一軒家のドアを開いた。ひんやりとした空気が外に流れ、家の中に光が差し込む。
「……やっぱり。だいぶ汚れてるみたいね。埃だらけだわ」
 玄関を覗き込んだ皐月が洩らした言葉に、門屋も首を伸ばした。続いて、北斗と啓もそろそろと覗き込み、ぐるりと廊下を見渡す。確かに、何ヶ月も放置したがごとく、そこここに埃やゴミが溜まっているのが見えた。
「そ、それじゃ、私は騒音が漏れたときのために、近所に挨拶周りして来るから……」
「ああ」
「はい、これ、ホウ酸団子。沢山作ったから。それから、殺虫剤とか色々買ってあるから。じゃあ、宜しくね」
 一気に言って、シュラインは持っていた道具をドサドサと草間に渡すと、そそくさと挨拶回りへ向かって行った。道具を押し付けられた草間とシュラインが顔を見合わせる。
「おらー。入るぞー」
 どうやら他のメンバーは既に家の中に入っているらしく、門屋がドアの向こうから顔を出して二人を呼ぶ。その声に草間が軽く手を上げて、答えた。
「行くか……」
「そうですね」



 それは、どこにでもある内装だった。特に洒落ているわけでもなく、粗末なわけでもなく。広さも、一家族が住むのに丁度良い大きさだ。
「へー。なかなか良い家じゃん。床は汚いけど」
「あ、皆ー。こっちにキッチンがあるよー」
 きょろきょろと部屋を見回しながら北斗が呟く。そのとき、先に進んでいた啓と皐月が奥にあったキッチンに気付いて他のメンバーを呼んだ。
「ゴキブリがいるとすれば、やっぱりキッチンでしょ」
 言ってガタガタとそこらのものを引っくり返してゴキブリを探す皐月に、門屋が部屋の電気を点ける。電気は通っているらしく、スイッチを入れると部屋はすぐに明るくなった。
 途端、一度点いたはずの電気がチカチカと点滅し始め、バチリと音を立てて消える。それにキッチンの中を見渡していたメンバーが一様に動きを止めた。
「……いるぞ」
 ぽつりと北斗が呟く。すると、キッチンの隅からずるりと黒い靄のようなものが這い出し、それが楕円形の形になると、ゆっくりと立ち上がった。天井すれすれまである大きな黒い楕円形からにょきりと細い足が六本現れ、そのうちの上部にある二本が揃って大きく数字の『2』を描く。どこかで見たようなポーズだ。
『俺の名前は、G(ジー)!』
「Gー!?」
 広い場所に響いているような不思議な声で声高に自らの名を叫んだ黒い楕円形もといGに、驚きの声が揃った。そんな中、門屋がGに指を突きつける。
「何だそりゃ! ゴキブリのGか!?」
『ちっがーうっ! GはGodのGだ!』
「ゴキブリの神さまかよ!」
 思わずツッコミを入れた北斗に、細い足が振り翳された。風を切って唸る足を辛うじて避け、草間に近付く。
「草間! 道具寄越せ、道具!」
「お、おう!」
「これでも食らいなさい!」
 草間から道具を受け取る北斗の横から、皐月が両手に持った二つの殺虫剤をGに向かって発射した。白い霧がGの身体にかかり、Gが怯む。
「家の方は後で僕が直しますので、存分にやっても大丈夫ですよ」
「なら思いっきりやるぜ! おら、G!」
 殺虫剤を撒きながらにこにこと笑って言うモーリスの言葉に、門屋が気合を入れて食器洗い用の中性洗剤が入ったボトルを握った。洗剤は勢い良く発射され、Gの足に絡みつく。
「中性洗剤は油を落とすからな。これで素早い動きは出来ねぇだろ!」
『ぐぬぬぬ……俺は貴様ら人間なんぞには負けんぞ! 今まで人間に殺されて来た、数多き仲間たちの無念の為にも!』
「悪ぃな! こっちも切実なんだよ!」
「ご、ごめんねー」
 ぶんぶんと振り回される足を避けつつ、北斗と啓もホウ酸団子をべちべちと投げ付けた。
「もー! デカイだけあってなかなか死なないわね。全く、さっさとくたばりなさいよ!」
 Gのタフさに苛立った皐月が、近くにあったモップを掴み、Gの腹を思いっ切り突いた。『ぐぶぅ!』という気持ち悪い声と共に、Gの身体がよろめく。
「あ……確かゴキブリって、引っくり返ると動けなくなっちゃうんだよねぇ?」
「それだ!」
 啓の閃きに、北斗が氷月を構えて、Gの腹に向かって射る。それに合わせて門屋が皐月からモップを受け取り、Gに足払いをかけた。上と下から同時に攻撃されて、Gは抵抗も出来ずに背中から倒れる。


 その頃、外で挨拶回りを終えたシュラインは、家から聞こえてくる騒音に、無意識に身を固めていた。
「は、入らなくて良かった……頑張って、皆……」
 想像するだけでも震えて来るシュラインは、皆の無事をただ祈り、騒音から耳を塞いだ。


「よしっ!」
『ぎぇっ! き、貴様らー!』
 作戦が上手く行き、北斗が拳を握ると、Gはじたばたともがく足を止め、背中の羽を開いた。ばばばばば、という羽音と共に、Gの身体が微かに浮く。
「と、飛んじゃうよぉ!」
「その前に!」
 飛ぼうとするGに怯える啓の横から、モーリスが殺虫剤をGの顔に噴射する。続いて、北斗がホウ酸団子をばしばしと叩きつけ、門屋は燻蒸タイプの殺虫剤を炊いてGの顔に押し付け、その上から皐月と啓が泡で閉じ込めるタイプの殺虫剤でGの顔を覆った。
「夜中に突然現れるんじゃねーよ! ビビんだろが!」
「てめぇらはもう俺ん家の台所を縦横無尽に横切るんじゃねぇ! だから、家は汚いとこだと勘違いされるんだこの野郎!! 掃除してるっつーの!!」
「そうよ! 迷惑なのよ! 迷惑!!」
「わーん、Gも皆も怖いよぉー」
『げぶぶぶぶぶ』
 それぞれに秘めていた怒りをぶつけられ(約一名、どちらに対しても怯えているものもいるが)、Gはろくな抵抗も出来ない。そのうち、蠢く足に力が無くなり、殺虫剤とホウ酸団子と泡でデロデロになった顔から、か細い声が聞こえた。
『ぐぶぶ……やはり我らは人間には勝てぬのか……すまん、あに、じゃ……がくり』
 声が途切れたのと同時に、六本の足の動きがぴたりと止まり、固まる。そして、動かなくなった足先がキラキラと光り、粒子となって宙へ消えて行った。
「……死んだのか?」
「おそらく、そうだろう」
 問う北斗に、門屋が答える。それに皐月が眉を寄せて、首を傾げた。
「ねぇ、最後、何か言ってなかった?」
「うん……でも、よく聞き取れなかった……」
「まあ、なんにせよ。これで任務完了だ」
「そうね。ああもう、身体が殺虫剤臭くなっちゃった。お風呂入りたいわ」
 皐月の言葉に不安そうな顔をする啓を景気づけるように、門屋が明るく話す。皐月もすぐに気持ちを切り替え、他の皆と共に殺虫剤塗れの部屋を出て行った。



「本当に有難う御座いました!! 本当に、何とお礼を申したら良いのか……!」
「いえいえ。大した作業ではありませんでしたから」
「てめぇ、途中から逃げてやがったくせに」
 泣きながら感謝する依頼人に笑顔を返す草間の後ろで、北斗が恨みがまし気に睨み付ける。
「建物の方も全く損傷もなく、感謝の限りです!」
「綺麗に直しましたからねぇ」
 言ったのはシュラインの入れたお茶を啜るモーリスだ。あの後、殺虫剤やら何やらで大変なことになっていた部屋を、能力を使って元通りに戻していたのだった。本来あるべき姿に戻った家は、清潔な状態で住居者を待つことが出来るだろう。
「全く、臆病にも程があるっていうか馬鹿馬鹿しいというか、だいたい管理がしっかりしてないからこうなるんでしょ。掃除くらい入れなさいよね。会社の信用問題でもあるんだから。やだやだ、客を捕まえる網にでっかい穴空けて放置してるようなモンだわ。ホント、しっかりしなさいよ!」
「は、はい! 肝に銘じておきます!」
 いまいち頼りにならない依頼人に皐月がくどくどと説教をする。その横で、啓は依頼人の持って来たお菓子をパクつきながら、一人幸せな気分になっていた。
「美味しいよー?」
「おまえは呑気だな……」
「でも、皆よくアレを退治してくれたわ。私からもお礼を言いたいくらい」
 お菓子を食べながら小首を傾げる啓に、北斗が呆れたように呟くと、シュラインが皆に向かって笑みを零す。そして、依頼人に対応している草間をチラリと見ると、ひっそりと溜息を吐いた。
「これで、武彦さんも部屋を掃除してくれるようになればいいのだけれど……」



 汚い部屋にはGが来るかもしれない。掃除は大切に。










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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2318/モーリス・ラジアル/男性/527歳/ガードナー・医師・調和者】
【1522/門屋・将太郎/男性/28歳/臨床心理士】
【5201/九竜・啓/男性/17歳/高校生&陰陽師】
【5696/由良・皐月/女性/24歳/家事手伝】
【5698/梧・北斗/男性/17歳/退魔師兼高校生】



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           ライター通信         
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こんにちわ、ライターの緑奈緑です。
今回は『Gの復讐』にご参加下さいまして、有難う御座いました。
そして遅延申し訳ありませんでした。
頑張って執筆致しましたので、楽しんで頂ければ嬉しいです。