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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


未来だけが知っている


 紙の上のミミズは体操に疲れて、寝に入っている。
こんな文字をどうやって読めばいいというのだろう。
遠夜は密かに途方にくれてため息を付いた。
「……『そこにいたのは』……『いるのは』、か?」
「どうしたの? あら、この原稿」
 マニキュアをした指が遠夜の見つめる紙を奪った。見上げれば、碇の姿がある。キャリアウーマンにも見えるこの女性は、月間アトラス編集部の編集長であった。
 碇が差し出す手に原稿を渡すと、碇は一人の編集部員を招いて原稿の入力を指示した。戸惑う遠夜にやや申し訳なさそうに口を開く。
「アレは専門家じゃないとちょっとムリだわ。お詫びにそこでコーヒーでもどう?」
そこ、と指示されたのは打ち合わせようの応接セットであった。
「ついでにネタになりそうな話をお茶受けにして貰えると嬉しいわ」
雇われの身としては頷くしかない。話をするのはあまり得意じゃないんだけど、と思いつつも遠夜は思いつくままに幾つかの事件について語った。
「――じゃあ、どれも解決済みなのね」
「はい」
 陰陽師が関わっていて、事件を放置しておいては問題がある。そう考えつつ首肯した遠夜を見ながら、碇は頬に細い指を当てた。
「でも、記事にするとなると解決済みっていうのはちょっとねえ……、あ、そう言えば」
ぽん、と手を打った碇に嫌な予感を覚えたが、逃げ場はない。仕方なく遠夜は聞き返した。
「そう言えば、なんですか?」
「企画で『お薦めのミステリーデートスポット』と言うのがあるんだけど、どう?」
 何がどうなんだろう。
例えば季節はずれですね、とか、そんな所にデートする人がいるんですか、というツッコミを期待しての事ではないのは判るが、それ以上、何かを思いつかない。
「誰か誘える子はいる?」
「誘える子……」
その瞬間思い出したのは、いつも明るい笑顔の持ち主だった。
ミステリーデートスポットに誘ってもな、と思い直すより先に碇は満足げに頷いた。
「いるのね。じゃあ行って来て。勿論女の子にもバイト代は出すから安心していいわ」
「……は?」
話の展開についていけずに、遠夜はやや間の抜けた声をあげる。
 それはミステリースポットめぐりのデートをしろ――しかも、取材として!――と言う事だろうか。しかも誘うのは雨。
いくらなんでも無理がありすぎる。何より勝手に話を進めすぎだ。
声に出せない抗議を聞き取ったのか、碇は特上の笑みを浮かべた。
「榊クン、今うちのバイトよね? これも仕事よ。今日はもう上がって、誘いに行ったらどうかしら。帰る前に私のデスクまで資料を取りに来てね」
「待ってください。いきな」
「あ、大丈夫。直帰なだけで、バイト料はきちんと支払うから。それじゃよろしくね」
 駄目だ逆らえない。
抗議の言葉も最後まで口にする事すら出来ないような相手にどう対抗すればいいのか、遠夜にはさっぱり判らなかった。
 諸手を上げて降参するより他なく。遠夜は力なく頷いたのだった。


 駅前のファーストフード店に呼び出された雨は、ホットコーヒーを片手に遠夜の手元を覗き込んだ。
「ふぅん、これが、その編集長さんのファイルって訳ね」
青いファイルの表紙には『ミステリーデートスポット』と手書きされた黄色い付箋が張られている。雨が手を伸ばすと遠夜がファイルを手渡した。
まずページを捲ると『万聖節になると妖精が見える公園』と書かれている。
「夏場には良さそうだね。あ、季節物もあるんだ。ねえ、万聖節って何?」
「さあ」
「調べなくちゃ。これは行く日が決まってるのね。次は……カップルになれるって、ミステリーって言うよりおまじないっぽくない?」
遠夜としては頷くしかない。『そこに行くと誰でもカップルになる湖』としてボート乗り場の写真がある所を見ると多分、ボートに一緒に乗れ、と言う事だろう。
「寒そうだね」
言葉少なく返事をすると雨が確かに、と深く頷いた。さらにページを捲れば、『手を繋ぐには最適! 深夜の廃墟ビル』の文字がある。
 遠夜は本気で頭を抱えたくなった。
 なんだってこんなラインナップなんだろう。
「足元が不安定だから確かに手を繋ぎたくなるわね、うん」
「……ゴメン」
「何で謝るの?」
「なんだか妙な事に巻き込もうとしてるみたいで……断ってもいいよ」
 雨に降りると言われて困らないかと言えば嘘になるが、それでも遠夜はそう言った。
他に誘う宛てはない。しかし、降りられても仕方がない内容だと思う。
それ故しっかりと頭を下げた遠夜だったが、しばしの間を置いて雨がくすりと小さな笑い声をたてるのを聞いて恐る恐る顔をあげる。
「小石川さん?」
「ゴメン。でも、これがオカルト雑誌にどんな記事として載るのかなって思うとおかしくて。面白そうだし、いいよ。いつも付き合ってもらってるもんね」
 目が合った少女はいつも通りの明るい笑顔だ。ほっとして、遠夜はようやく口元にわずかばかりの笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「ううん。一緒に頑張ろうね」
 雨の言葉に、何を頑張ればいいのだろう、とふと思ったりもした。


 目の前ではチョコレートのたっぷりかかったクレープを雨が食べている。遠夜のクレープは雨お薦めのフランクフルトが入ったタイプだ。
 水辺のレストハウスで、二人はゆっくりと過ごしていた。ボートに乗れば寒いだろうとクレープの他にホットコーヒーも並んでいる。
「まさか、1時間待ちなんてね」
「随分、混んでるな。それに男女の2人連ればかりだ」
 湖畔に浮ぶボートを見ながら、遠夜は肩を竦めた。まさか平日にこれだけの人が集まってるとは思わなかった。
「それだけご利益があるって事かな。妹達が聞いたら喜んで来そう」
「そういうものなのか?」
「女の子ってそういうのが大好きだからね」
説明されても遠夜には今一つぴんと来ない。そういうものなんだ、と納得するだけだ。そろそろ1時間経った事を確認すると、雨に時計を指し示す。
「もう時間? ね、ここのクレープが美味しいのって記事になるかな?」
「一応写真は撮って置いたけど、どうかな、一応オカルト記事だしね」
その場合、取材許可はいるのだろうか、と考えていると雨が、小さな声をあげた。
「アヒルの船」
「それには絶対乗らないから」
 結局さらに10分待って、ボートで漕ぎ出した湖は風が寒くて。二人はコーヒーを飲んでおいてよかったと心底思ったのだった。


 ハロウィンの夜。お化けの子供達に見送られて雨の家を出た二人は電車を乗り継いで、目的のビルまで辿り着いた。
さすがにこんなに人気のない場所では、仮装した人には出くわさない。その事に雨は安堵していた。こんな場所で突然お化けカボチャに出くわしたら悲鳴の一つもあげてしまいそうだ。
 少し先を歩く遠夜の背中を眺めながら、そんな醜態を見せる訳には行かない、と雨は決意も新たにして声をかけた。
「ねえ、あのビルだよね? なんかいかにも出そうな雰囲気」
「出ないよ」
 振り返りもせずに遠夜はそう言いきった。
「そういう霊気は感じないから安心していい」
「そうなの? それじゃあ」
安心だな。そう言いかけて雨は口を閉ざした。それじゃまるで怖いみたいだ。
黙ってしまった雨を気遣うように遠夜が振り返った。雨はなんでもないと笑ってみせる。
「ミステリースポットじゃないなあって。あ、懐中電灯持って来てない」
「大丈夫」
 遠夜はコートの内ポケットから白い紙を取り出すと目を閉じた。すぐに白い紙は小さな蛍のような灯りに変化する。
「懐中電灯よりは暗いけどね。……こけたら危ないから」
 躊躇うような間を置いた後、遠夜がそっと手を差し伸べた。雨は素直に自分の手を重ねる。
 怖い訳じゃない、ただ、はぐれたりしない為の保険だ、と自分に言い聞かせながら――。


「万聖節ってね、諸聖人の日なんだって」
 手にしたメモに目を落としながら、雨は言う。しかし、遠夜は首を傾げるばかりだ。
「キリスト教ってね、毎日誰か聖人の日になってるんだ。その中でも今日は全ての聖人の日で、それが万聖節なんだって。死人が帰ってくるとも言われるらしいよ」
「なんだかお彼岸みたいだね」
「そうね。……ところでどこで妖精って見えると思う?」
 ようやく理解したらしい遠夜の言葉に頷いてから、雨は辺りを見回して言う。
多分妖精と言うからにはそう大きくはないのだろう。となると見つけるのが大変そうだ。
「判らない。とりあえず、霊気が偏ってる場所を探してみようか」
「そうね、他に手掛かりないし……あ!」
「何?」
突然大声を出した雨が指差す方を見れば、柔らかな光がふわふわと漂っているではないか。知覚を凝らせば、確かに不思議な霊気を感じる事が出来る。
 同じ輝き漂うものでも、火の玉と勘違いしないのはその暖かな柔らかい輝き故、だろうか。
取材しなければいけない事を二人はすっかり忘れて、その輝きに見入った。
「見えてる?」
「ああ」
「綺麗だね」
「ああ、綺麗だ」
 二人はその輝きが大きな木に吸い込まれるのを静かに見守った。


 あれから一週間。二人は何度も待ち合わせて、記事を書き上げた。
 二人で提出して、碇の裁可を待つ。程なく、碇が顔をあげた。
「記事の方だけど、大体良いと思うわ」
「大体、ですか?」
 遠夜が問うと、碇は笑った。その笑みはにっこりとにやりが半分づつ。
「レポートが一つ抜けてるのよ」
「そんな! 全部まわりましたよ!」
「ええ、それは勿論」
「だったらどうして!」
 むっとする雨と困惑する遠夜に向かって碇は一つの記事を示した。
「だって、ほら、結果が出てないじゃない」
「ボートの記事?」
「……あ!」
 碇の意図に気付いた遠夜は彼にしては珍しく、僅かに頬を染め、口元を覆った。
「どれ位の時間がかかるのかしらね。是非報告してちょうだいね」
「あ、あーーっ!」
 真っ赤になって叫んだ雨にとうとう碇は大笑いを始めた。

 ――『そこに行くと誰でもカップルになれる』湖の噂が果たして本当なのかは未来だけが知っている。




fin.