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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


白き静寂に

 ステージイベントに出ない者は殆どが観客席か或いは自らの催し物の最終点検に出ている。
 治貴・圭登(はるき・けいと)は自分に割り当てられた仕事の殆どを終え、あとはステージイベント後クラス全体の催しである喫茶に戻りウエイターをするだけとなって現在は女子達が丁寧に作りこんだ制服を着、美しくスポットライトの光るその中で話し、そして観客を楽しませる夏軌・玲陽(なつき・れいや)の姿を眺めていた。

(やっぱり玲陽はああいう役が合ってるんだな…)
 眩いライトとそれに光るアクセサリーと玲陽の薄茶色の髪がステージに舞い、言葉のように掴み所の無い風のような印象すら与え、周囲の歓声を更に盛り上げるようにして響く。
 この文化祭の始まりを告げるステージイベント当初、圭登は舞台に上がったばかりの玲陽の様子が少しばかり堅く、何かに怯えるような眼差しを一瞬観客席の方へ投げた気がしたがこの歓声とその当人の声がこれ程までに人を盛り上げているのだ。自分の勘違いだろうと苦笑しながら一度口を噤み。
「人気者…だな」
 歓声に時折玲陽の名を呼ぶ声が聞こえ、当人も嬉しそうに手を振っている。
 何故だろう、そんな風に振舞う玲陽にだろうか声をかける観客にだろうか、酷く同様し時折ライトの色に染められた黒い瞳を観客席に投げている圭登が居るのは。
(妬いているのか…?)
 まさかと思う思考は夏の日、勢いで重ねた唇の感触を思い出す。あれはただ玲陽を思ってと言い訳をして逃げようと試みるというのに何処かあのまま時間が止まっていればと願うもう一人の自分も否定は出来ない。

「ステージイベントがもうすぐ終わります。 各クラスの担当者は速やかに教室に戻ってください」

 思考に惑う時間すらあまり与えずに進む時間はどうやら圭登の出番を催促しているらしい。一度ステージに居る玲陽が言葉を切ると観客席に居る学校生徒にアナウンスが入り、担当者の一人である自分も明るく光る舞台を何度か振り返りながら喫茶へと向かっていった。



「ねぇ、治貴君。 一緒に写真撮らない?」
 クラスの喫茶店が始まってまだ間もないというのにもう他のクラスや交代前のクラスメイトがどっと圭登の元に訪れる。
 圭登の為だけ、という事では無いが今居る客のほぼ半分はそうであろう。友人とそして日頃自分の側に居る女子生徒、はたまたその女子が連れてきた他校の生徒までが学校内の人気者を取り囲んでいる状態だ。
「っ、おい。 お客さんも居るんだぞ? ちょっと待っててくれ…」
 まだ学生としては珍しいウエイター服を着た圭登は格好の写真媒体だ。この学校内で憧れを抱く生徒なら矢張りその濡れたような黒い髪にモノトーンの制服姿を拝んでみたい。いや、折角喫茶などしているのだから文化祭を楽しませてくれるホストとして尽してもらいたい。
 何故かそういう妙な気持ちさえ宿った生徒が来ているのだ、圭登がどけろと柔らかく言ってそうそう引いてくれる人だかりではない。
 ただ、一度困ったようにしている自分に。

「おいおい、治貴が困ってるだろ。 どいてやれよ」
 さも可笑しいといったようにお腹を抱え、手に巻いたブレスレットの擦れる音を響かせた玲陽が入ってくるまでは。
「夏軌君! 夏軌君も一緒に撮ろう!?」
 いかにも暴れてきましたという玲陽の髪は少し乱れ、ダンスの余韻が残っていたがそのせいもあってか生徒達からの人気はいつもの二倍だ。すぐさま圭登の隣に連れられ並ばされると。
「ん、いーけど? 何、治貴と撮るの?」
 お願い、と何人もの生徒達に頼まれ玲陽は屈託の無い笑みを浮かべる。
 ステージイベントも終わって一休み、とはいかないようで圭登の助け舟だった筈がいつの間にか玲陽の人気も重なり二人の写真を、と言う生徒が出てきたのだ。
「ステージイベント、終わったのか?」
「ん、終わった終わった。 って、もうちょっとにこやかに笑えよー付き合い悪いぞ治貴」
 人だかりが狭い教室の中で何度も騒ぐものだから早く撮るものを撮ってもらわないと教員が来るのは目に見えている。だからここですぐに玲陽と写真を撮るというのは得策、なのだがどうにも笑えないのだ。
 ステージで笑う玲陽に酷く嫉妬心を覚えた自分。だというのに生徒達の言葉に乗った玲陽の腕は圭登の腕に回されどことなく怯えのような震えすら感じる。
(人ごみが苦手…の筈は無いな)
 今まで玲陽にも人気があり、しかもその中心で笑いを振りまいてきたのだ、回した腕に震えがきているなどというのはまずあり得ない。
(ステージイベントか…?)
「おい、治貴! もう…写真くらい笑えって!」
 玲陽の事を考えているというのに、気付かないのか当の本人は友人達の声に煽られ酷く乗り気で圭登に笑顔を作らせるべく何度か揺さぶりながらも相変わらずのトークを続ける。
「あ、ああ…」
 光の雨を浴びる中、玲陽の腕が声とは反比例するように震えている。が、今この状況でどうする事も出来ずにただ誰にも分からないようにとその腕を強く抱き締めた。
「治貴?」
 ふと、それに気付いたのか玲陽から安堵か、それともただ不思議だという視線がカメラの方に向いたまま宙を彷徨ったが、結局聞けずじまいにあらかた撮影の嵐は過ぎ、教師の乱入という形で圭登の担当時間は過ぎていったのである。



 交代時間といえどそれはただの休憩時間にすぎず、結局は喫茶等の店を回る事が出来ない生徒を無くす為にもうけられたものなのだ。

 圭登も交代時間のアナウンスの後すぐにウエイター姿のまま、休憩時間中という事を見分ける為に作られた勤務表示のネームプレートを外し薄茶色と軽い普段着の後姿を追う。
「玲陽! ちょっといいか?」
 狭い教室の中だというのに随分と遠く感じた玲陽の後姿。それは一瞬ぴくりと動いた気がしたが、すぐに振り向くと勢い良く話しかけてしまった圭登に向かって微笑んだ。
「ん、何? 治貴も休憩時間だろ? 敵情視察にでもいかないの?」
 敵情視察。つまりは他クラスの値上げなりただ茶化しに行くだけなのだが、今まさにそれをしに行きそうな玲陽は普段どおりおどけてステージの事も、ましてや先ほどの怯えた色すら見えなく。
「敵情視察…か、いいや流石にそこまではしないが。 …玲陽、一緒に見てまわらないか?」
 玲陽の明るい言葉は圭登をも明るくさせる。先ほどの事を忘れたわけではなかったが、今こうして目の前の彼が笑っているならそれでも良いと思えるのが不思議だった。
「んー、治貴とねぇー…。 よっし! おーけー、行くか!」
 付け加え夏にあった出来事もまるで無かったように自分の方へ微笑みかける玲陽に救われる反面、何も思われていないのだろうかという霧の立ち込めたような不安。
「敵情視察は無しでな」
 皆頑張っているんだから、と付け加えれば多少不満そうな顔が膨れて見せ、本当に何も無く文化祭を楽しんでいるようにも見えた。
「じゃあ最初どこ行くんだよ? まっさか俺達のクラスじゃないだろ? たこ焼き屋…とか?」
 それじゃオーソドックス過ぎないですか治貴君。と肩を竦めて見せる玲陽に微笑み。
「そのオーソドックスで行きましょう、玲陽君」
 と、自分も少し乗り気で答えてやれば、奢りでとちゃっかり付けられてたこ焼き売り場をやっているクラスへと玲陽は走る。勿論、廊下は走らずという規則の為早歩きではあるが十分その速度は速く、圭登も追いつくにはある意味至難の業だ。

「玲陽、ちょっと早いぞ。 少しは待てって…おい!」
 歩く玲陽の姿は見えるのになかなかそこには追いつけない。
 それは行き来する生徒達の群れが圭登を阻んでいるのも一つの理由だが矢張り玲陽の足が速いというのが元であり、たこ焼き屋の前で止まり店員と何かを話して多少微笑んだ彼がふと、別の方向を見て表情を凍らせたのを、追いついたと同時にまるで映画のスローシーンのように黒い瞳は捉えて。
「どうした?」
 玲陽に追いついた圭登の手が自然に肩に触れる。
 その動作は本当にごくごく自然な友人に対するものだというのに玲陽から伝わる震えはまるで幽霊にでも触れられたかのようにびくりと跳ね。

「なんでもない…。 いや、マジごめん…たこ焼きうけとっといて…それじゃ…ッ!」
「玲陽? おい―――ッ!」

 すぐ近くでたこ焼き屋の店員をしている生徒がお待たせしましたと商品を持ってくる声がする。受けとらなければ、という思考の先に身体が動き圭登は玲陽の後を追う。
 今度は早歩きでもなんでもない、玲陽の後ろ姿を時折見失いそうになりながらも圭登は走った。走りに自信がないわけではない、持久力ならば自分の方が断然上。
 だが、そんな事よりも玲陽を放ってはおけなかった。
「ねぇ、夏軌君ってさ…中学時代結構ヤバかったんだって?」
 ふと、走る圭登の耳にそんな声が飛び込んでくる。それは誰が発したとまでは特定できずただ玲陽が一度見て表情を凍らせた方角の誰かだという事だけ。
(玲陽…)
 元々性格が好かれる時とそうでない時とで分かれる玲陽だ、嫌な噂くらい多少は流れそうなものだが今回は違う。
 いつもならば嫌いという事だけが先走った内容だというのに今聞こえた内容は明らかに玲陽の中学時代、あまり彼の語らなかった時代の物でそれが原因だと思うと尚更圭登の足は速まった。

 何故いつもと違うと気付いていたのになんでもないだろう、の一言で片付けてしまったのか。何故その場で気遣ってやれなかったのか。
 それよりもなによりも、どうしてここまで自分は玲陽の事が気にかかるのか。

 学校を出て少し外れの公園に何もせず、ただ下を向いて立ち竦む玲陽の姿を確認して圭登の心はそれらの『何故』から解放された。
 都内にから見れば多少緑も多く、遊具も多い公園の一番隅。影が大きく伸びる木の下で薄茶色の髪が時折木漏れ日に照らされもっと薄く、金に近い色にも見える。
「治貴…」
 何も言わず近づく圭登に玲陽の瞳がその姿を映す。
 自分が何に怯えているか、どうしてこんな事になってしまったのか、それを全て知っているのだろうと圭登を見つめる瞳は力こそ無いもののしっかりと現状を映し出していて。
「何も言わなくていいから…玲陽……」

 思わず抱き締めた玲陽の肩が強張る。
 抵抗はしない、けれど気を抜いていないという証の力。それでも圭登は離れる事無く、ただその肩の力がほぐれる様に自分にだけは我慢せずに縋って欲しいと言う様に背中を撫で、少し低い位置にある首筋に顔を埋めた。
「好きなんだ…」
「嘘付け」
「…嘘じゃない」
 小声だが聞こえるこの距離での口論。
 一度だけ跳ね返された圭登の告白は二度目の更に押すような一言で玲陽の声はそれ以上何もいう事は無く、肩で息をするその淡い風が自分の心に入ってくるように吹き抜けていく。
「なんでお前みたいなのが好きなのかわからない。 自分勝手で我が侭で…明るくて優しい」
「ばっか。 …途中で褒めてんじゃん」
 少しづつ抜けてくる玲陽の力に安堵するのは圭登の方で、慰めているのは玲陽ではなく自分の方であると知らされる。
「今日も頼ってもらえて嬉しかった…。 だってそうだろ? 少なくともついてきてくれた…」
 玲陽の言葉をまるで遮るように出てくる声の一つ一つが圭登の脳内を麻痺させ、次第に腕の力を強めて自分でも信じられない程言葉だけが先走っていくのだ。
「俺に頼ってくれていい、いや、頼ってくれ…。 隠したい事があるなら俺も一緒に隠してやるから…」
 呪文のように紡がれる言葉はある種の強みがあった。
 玲陽の秘密を共有するという強み。それは抱き締めた肩を震わせるのには十分過ぎて、力こそ抜けているものの困ったように震える肩が迷走した後の吐息が、なんとも言いがたい元親友への思いを語っている。
「はるき…俺は…ッ」
 言葉にしようにも出ない過去の思い出、そして吹っ切れたように口付けてくる圭登の唇の感覚に息を忘れ眩暈が玲陽を襲う。
 圭登でさえ衝動を抑えきれないのだ。今までずっと別の人間を好きだと思われ、そして玲陽への思いに気付いた現在、今目の前に居る人間に好意を表現するという事がどれだけ難しいか、或いはそんな事すら考えずに想う相手の息遣いを感じて居たかったのかも知れない。

「俺が守ってやるから…」
 耳元で囁いた言葉はあまりにも小さすぎて玲陽を守るというよりは圭登の心が彼の存在によって守られるという縋りつきに近い物だったのかもしれなく、静かに身体ごと離せば自分と同じ黒い瞳が今までずっと見開かれていたのだろう。何度か瞬きして安堵と悲しみを現すかのように顰められた。

 ただの親友として居られた数ヶ月前がアルバムの中の一枚のように剥がれ、消えて。
 後に残るのは白く切り取られた静寂だけとなった。


END