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秋深し、寿天苑
空が高い。つけっぱなしのテレビからは、紅葉だの秋の行楽だのと楽しげな言葉が聞えてくる。中庭に面した縁側に寝転んだ少女は、ふう、と溜息を吐いた。
「秋…なんじゃろうなあ、やっぱり」
池に居た白い川鵜がこちらを向いて首を傾げたのは、多分、少女の声がやけにつまらなそうだったからだろう。天鈴（あまね・すず）は、実際かなり退屈していた。理由はいくつかある。最近これと言った事件がおきない事。この寿天苑の管理人としての仕事である、『散逸した収蔵品回収』がちっとも進んでいない事。だが。一番彼女を退屈させているのは…。
「いつも春じゃと言うのも、これまた風情の無き事よ」
ふうむ、と考えていた彼女だったが、ひょこりととび起きると、軽い足取りで蔵に向って行った。
「ふっふっふ。便利な品も、使わねば単なるお荷物ゆえ」
戻った鈴が手にしていたのは、大きな『すごろく』一式だった。その名も、『四季の旅すごろく』。身代わりコケシを使って遊ぶ、不思議の『すごろく』なのだ。春、夏、秋、冬の四つの盤が収められた箱から、鈴は迷わず秋の盤を取り出した。だが、当然ながら一人では遊べない。どうしたものかと思っていると、良くしたもので、桃の木々の向うから、知った声が聞こえてきた。木々の結界を抜けて入ってきたのは全部で3人。シュライン・エマにセレスティ・カーニンガム、そして鈴の弟、玲一郎だ。
「丁度良い！」
一声叫んでぴょん、と庭に飛び降りて駆け寄ると、3人は目を丸くして顔を見合わせた。
「と言う訳で、双六じゃ。決まりはお分かりかの？」
挨拶もそこそこに、鈴はちゃぶ台の上にばん、と盤を広げた。
「決まり…って言うか、ルールなら知ってるけど」
盤を覗き込んだ、シュラインの言葉に、セレスティも頷いた。だが、この盤は変っている。どうやら、何か不思議な気配がするのだ。シュラインも気づいたのだろう、
「これ、普通のとちょっと違うんじゃない？」
と言う彼女に、鈴が無論じゃ、と頷いた。触れてみると、中央に大きく秋乃盤と書かれたこの双六盤、古めかしいのもそうだが、奇妙な目がいくつもあった。
「そうじゃのう。一人一人でやるよりは、二組に分かれるが良いやも知れぬ。わしの組と、玲一郎の組じゃ」
鈴の提案に従い、シュラインは鈴と、セレスティは玲一郎と組む事にして、ゲームが始まった。鈴に渡された小さなこけしに、言われた通りに息を吹きかけて最初の目に置く。サイコロは二つ。まずはわしらから、と鈴がサイコロを手に取り、シュラインに渡した。
「振って下され」
「…うん」
ごくり、と唾を飲み込みつつ、サイコロを振る。出目は３と５だ。途端に
「八進ム！」
と厳かな声がして、シュラインと鈴のコケシがすすすと八つ進んだ。目には何も書いていない。
「ふうむ、飛ばしたか」
鈴が呟いたのは、何か書いてある、所謂イベント目を飛ばしたからだろう。今度はセレスティがサイを振った。出目は、６と５。やはり厳かな声が、
「１１進ム！」
と言い、セレスティと玲一郎のコケシが進む。止まった目には、何やら文字が書いてあった。何だろう、と身を乗り出したシュラインが、
「…紅葉乃塔…？」
読んだ声はふっと虚空に消えた。空気が変ったのだ。
「玲一郎さん。ここは…」
ひんやりとした風が、頬と髪を撫でていく。
「紅葉乃塔です。…わかりますか？」
「…ええ、素晴らしい」
それは不思議な場所だった。どこまでも続く山並みを見下ろす、高い高い塔の上に、二人は居た。森も草原もはまだ夏の深い緑で、大地を覆う柔らかな絨毯のようだ。これのどこが紅葉乃塔なのだろうかと訝しく思っていると、玲一郎が、来ますよ、と囁いた。確かに、何かの気配が反対の地平から近付いてくる。何だろうと振り向きかけたその時だった。森や草原を渡る風の音が、変ったのだ。
「秋の、始まりですよ」
玲一郎が言った。深い緑一色だった森が、黄色や赤に染まっていく。常緑樹の緑を点々と残して、森が色を変え、草原が少しずつ乾いていく。それらはとてもゆっくりなようでいて、早く、殆ど瞬間とも言えるくらいの速度だったと気づいた時には、全ては色を変えていた。それと同時に…足元にあったはずの塔は消えており、セレスティと玲一郎は、ふわりと空に浮いていたのだ。重力は感じない。風も、感じない。さっきまで僅かながらに靡いていたセレスティの長い銀髪も、今はゆうらりと空で揺らめいているだけだ。空気はひんやりと静まり返っており、とても心地よかった。が、それは長くは続かず。気づいた時には、再び寿天苑に戻っていた。
「どうやら、僕らの番になったようですね」
と、玲一郎が言ったが、さっきまでそこに居たはずのシュライン達の姿が消えている。
「彼女たちも、行ったんですよ。ほら、コケシが動いているでしょう？」
盤に触れてみると、確かにシュライン達のコケシが動いている。その後を辿ったセレスティは、思わず笑みを浮かべた。
「収穫乃秋、ですか…。彼女らしいですね」
「今頃、秋の味覚を堪能してらっしゃると思いますよ。ここに止まると、次は１回休みになりますけど。…はい、セレスティさん」
玲一郎に渡されたサイコロを、ころんと振った。出たのは、５と４。最初と同じように、厳かな声が、１１進むと告げ、動き出した二つのコケシが止まったと同時に、再び景色が変った。
「…玲一郎さんっ！…これは…！」
珍しく大きな声で言ったのは、そうしないと聞えないと思ったからだ。実際、いつもの口調では全く聞えなかっただろう。何しろ雨も風も激しくて、時折聞える雷くらいしか聞えない。
「ここは！秋乃嵐の目です!!!」
答える玲一郎も、同じように大声だ。二人とも髪も身体もびっしょり濡れて、激しい風に煽られた雨はたたき付けるよう降り、痛いくらいだった。さっきの目とは随分な違いだと思っていると、目の前がぱーんと明るくなり、巨大な人影が二つ、どん！と降りてきた。
「我は雷神なり！」
「我は風神なり！」
大きな鬼のような姿をした彼らは、それぞれに名乗ってから、ぎょろりとセレスティたちを見下ろし、声を合わせて言った。
「いざ勝負!!!」
「勝負…ですか」
一体何の、と思っていると、玲一郎が
「賽の目勝負ですよ、セレスティさん。丁、半の、あれです」
と教えてくれた。
「その通り！」
と叫んだのは、雷を背負った雷神の方だ。
「当たれば運ぶぞ！」
と、風神。
「外せば戻すぞ！」
と、雷神。
「なるほど。当たればひとッ飛びにゴールって訳ですね」
セレスティが言うと、玲一郎が頷いた。そこで風神の方がサイコロと壷を取り出した。
「入るぞ！」
普通より少々大きめのサイコロを入れると、風神はばん！と床に壷を伏せた。
「丁か半か！」
と叫んだ彼に、セレスティは少し、考えてから、
「丁、で」
と微笑んだ。雷神が半！と叫び、風神がえいや、と壷をどけた。
「三、六の半！」
風神が叫び、雷神が
「わしの勝ち！」
と声を上げる。玲一郎がくすっと笑って、
「負けちゃいましたね」
と言い、セレスティも
「そのようです」
と頷いた、次の瞬間。凄まじい風が吹いた。風神が、肩に担いでいた袋の口を、開いたのだ。
「二つ戻れ!!」
腹の底から響くような風神の声と共に、セレスティと玲一郎の身体が舞い上がる。そして、気づいた時には見知らぬ山の中に居た。乾いた、それでいて柔らかな地面。寿天苑では、無い。
「今度は、どこです？」
セレスティが聞くと、玲一郎は胸ポケットから小さな板を取り出して渡してくれた。小さいが、鈴がちゃぶ台に広げた、あの『秋乃盤』と同じものだ。触れてみると、盤上には小さな点が四つ、今は同じ場所で点滅していた。
「なるほど、これで現在位置がわかる、と言う訳ですか。面白い。…それで、今は…おや、収穫乃秋ですか」
さっき、シュライン達が止まった目だ。ええ、と玲一郎が頷き、
「二つ戻ると丁度ここなんです。我々も１回休み、と言う事になりますから…今頃、シュラインさん達がサイコロを振ってる頃だと思いますよ」
と言った。
「ここからだと、出目によってはゴールまで一直線かも知れませんね」
目を辿ったセレスティが言った。と、その時。収穫乃秋の目で点滅していた残り二つの点が、すすすっと動き出した。一つ、二つ、三つ…。
「おやおや、嵐の目は飛ばしてしまったみたいですね」
シュライン達は、風神、雷神には会えなかったようだ。更にまた点は進み…。
「何だか、セレスティさんが言われた通りになったみたいです」
玲一郎がくすっと笑った。シュライン達は、ここから真っ直ぐゴールしてしまったのだ。
「勝負には、負け、と言う事ですね」
と言うと、玲一郎も
「そのようです」
と頷き、でも折角ですから、と案内してくれたのは、果樹園と言うか、果物の森だった。
「どうです？お一つ」
玲一郎はすぐ傍の木から、梨を一つもいで、セレスティに渡した。
「どうも」
木の根元に腰掛けて、手渡された梨を齧る。普段、こんな風に果物を食べる事は無い。だが、何だかいつもよりも美味しく感じた。すごろくの中の世界とは言え、瑞々しさや歯ごたえは変らない。足元の柔らかな大地も、木の触感も、さらさらとした風も、とてもリアルだ。梨の果汁に手を汚しながら食べ終えて、ふと、シュライン達の事を思った。彼女たちは今頃、何を見ているのだろう。
「さて」
玲一郎は、自分も梨を片手にセレスティの隣に座ると、空を見上げた。
「もうすぐ、始まりますよ。…いえ、終わる、と言った方が正しいですね。この双六では、誰か一人が上がると、盤の季節そのものが終わるんです」
「この盤の場合は、秋が終わる、と言う事ですか」
「そうです。秋の終り、冬の訪れ。すごろくの勝者は、それを空から見る事が出来るんです」
玲一郎はそう言って、梨を一口、齧った。
「空…ですか。あの紅葉乃塔のような？」
「似てますね。同じ、とも言えるかも知れません。『時のうてな』と呼ばれています」
「時のうてな、ね…良い名前だ」
呟くと、玲一郎も、ええ、と微笑んだ。
「それにしても、今日はありがとうございました。こんな遊びにもお付き合いいただいて。姉もきっと、楽しんだと思います」
セレスティが、いや、と首を振った所で、廻りの空間が揺らいだ。どうやらゴールのイベントが終わったらしい。気がつくと、二人は寿天苑の座敷に戻っていた。目の前にはすごろく盤を広げたちゃぶ台。隣にはシュラインが戻っていた。どうやらまだ、『秋の終り』の余韻から醒めないで居るシュラインに、
「どうやら、中々素敵なモノを見ていらしたようですね」
と言ってやると、シュラインは少し遠くを見るようにして考えてから、そうね、と頷いた。玲一郎が何時の間にか茶を淹れて来てくれていた。湯のみはほんのりと温かく、口に含むと、さっき食べた梨の残り香がふっとかすめたような気がした。苑を出れば、街は丁度秋の最中だ。だがそれもここひと月かそこいらの事。すぐに冬が訪れる。
「私にも、見えるかしら」
シュラインがぽつりと言って、セレスティは玲一郎と顔を見合わせた。だが、何の事かは分からない。だが、多分…。セレスティは何も言わず、皿の桃に手を伸ばした。シュラインの言葉に答えたのは、鈴だ。
「きっと、見えるであろ。シュライン殿ならば」
そう言った鈴の向うで、桃の木々はゆっくりと薄紅の花びらを降らせていた。
＜終り＞
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【１８８３ ／ セレスティ・カーニンガム ／ 男性 ／ ７２５歳 ／ 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【0086／ シュライン・エマ ／ 女性 ／ 26歳 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
＜登場NPC＞
天 鈴（あまね・すず）
天 玲一郎（あまね・れいいちろう）
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■ ライター通信 ■
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セレスティ・カーニンガム様
この度は、ご参加ありがとうございました。すごろく勝負秋の盤、お楽しみいただけましたでしょうか。すごろく及び賽の目勝負、どちらにも負けてはしまいましたが、イベント目には一番沢山止まっていただけたかと思います。玲一郎も申しておりましたが、鈴のワガママにお付き合いいただきまして、ありがとうございました。それでは、またお会い出来る事を願いつつ。
むささび。
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