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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


愛しい人の壊し方 〜見つけて・・〜






□■□オープニング□■□

 『例え姿を変えようとも、何度転生しようとも、幾ら貴方でなくなっても・・・。見つけ出すよ、何度でも、何度でも。 そして手に入れるよ、貴方を。・・・もう今では貴方はいなくなってしまったけれども、貴方の面影を残す今の器を。』


 「見ぃつけたぁ。ほら、また見つけちゃった。俺ってばてぇんさぁ〜い。」
 ビルとビルの谷間の上空に、黒い影が浮かんでいた。
 フワリと、そこに至る一切の過程を無視し、なおかつ重力すらも無視していた。
 「今度は俺の手に落ちてよね。何度も拒まれてきたけど、今度は絶対に手に入れて見せるよ。」
     “華月(かづき)姫”
 にやりと、口の端を上げる。
 そしてカレは姿を消した。残ったのは、一陣の風だけ・・・。

■□■

 「それじゃぁ、行ってきます!」
 「気をつけて行ってらっしゃい。」
 京谷 律は、玄関の前で微笑みながら手を振る沖坂 奏都に満面の笑みを見せると、駆け出して行った。
 向かうは草間興信所・・・それは武彦からの誘いだった。
 急な事件の調査依頼に、律は嫌な顔ひとつせず、興信所へと向かった。
 いつもお世話になっている武彦の役に立つ事は本望と言っても良いものであり、また、人が多く集まる場所を律は好んだ。
 道の先に興信所が見え始めた時・・・律の肩を後から誰かが叩いた。
 「え?」
 まったく気配をさせずに近づいてきたのは、一人の男だった。20代半ばか、それくらいの・・人の良い笑顔を浮かべた男だった。
 「京谷 律さん・・・ですね・・?」
 「そうですけど?貴方は?」
 「貴方の夫になるはずの人物ですよ。」
 律は眉根を寄せて、小首をかしげた。夫と彼は言うが、律は正真正銘男だった。いくら儚くって女の子みたい〜と言われようとも、男は男だ。
 「あの・・・。」
 言いかけた律の口を塞ぐと、男は歪んだ微笑を律に向けた。ゾクっと、背筋が冷たくなるのが分かる。
 ドロドロと絡みつく気配・・これは、あちら側の気配だ・・・!いつの間にか引き込まれてしまった冷たい世界に、律は焦りを感じていた。
 あちら側に人を引き込むことが出来るほどの力を持つこの男に、どうして気がつかなかったのか・・。全身からあふれ出すようにこの場を支配する、あちら側の気配を・・!
 「愛してるよ、華月姫。本当に、俺の全身全霊をかけて愛してる。・・・このまま、殺してやりたいほどに・・。」
 叫ぶ間もなく、律はあちら側へと引きずり込まれ・・その意識を手放した。

□■□

 草間 武彦は、依頼報告書を書きながら時計を見つめた。午後9:00丁度・・。
 なぜか騒ぐ、嫌な予感。それは朝、目が覚めた時から少なからず感じていた。虫の知らせとでも言うのだろうか?
 それが確かな確信を秘め始めたのは、この依頼のために呼んだ一人の少年がここを訪れなかった事だ。
 「・・サボるわけはないしな・・。」
 それはあまりに少年の性格とは相反していた。
 電話をかけてみようか・・そう思った時、ジーパンのポケットに入れたままだった携帯が派手に振動した。
 画面に浮かぶ『夢幻館』の文字・・。
 「もしもし、律か・・?」
 『いえ、沖坂です。武彦さん、本日そちらに律さんが向かったはずなのですが、まだそちらにいますでしょうか?ここを出たきり帰ってこなくて・・。』
 「いや・・こっちには来てないぞ?」
 『そうですか。・・・律さんはどこかに出歩くような方ではないですし・・。何もなければ良いのですが・・。』
 「一先ず、こっちも人を集めて探してみる。何も、なければ良いんだが・・。」
 纏わりつく嫌な予感。何もなければ良いと言いながら“何か”は確かに確信を帯びてきた。
 『こちらも探してみます。・・よろしくお願いいたします。』
 武彦は電話を切ると、そのままアドレス帳を引っ張り出し、つかまりそうな人物に電話をかけ始めた。
 「もしもし・・・人を捜してほしいんだが・・。」



 夢と現実、現実と夢、そして・・現実と現実が交錯する館・・夢幻館。
 奏都は大きな硝子窓からを外を見つめた。暗く落ち込む空に、月明かりが煌々と灯っている。
 押さえきれない微笑を口の端に浮かべながら、奏都は1人、暗い室内に立っていた。
 「気をつけて行ってらっしゃいって、言いましたよね?律さん。」
 クスクスと、小さな笑い声が部屋に響く・・・。
 耳を澄ませば聞こえてくる、あちら側の世界の声。どこに律が連れ去られたのか、どうして攫われたのか、奏都は全てを知っていた。知っていた上で、笑っているのだ。
 彼の意識がもうない事も、もうじきカレによって取り返しのつかない事になろうとしている事も・・全て、全て・・・。
 「大丈夫です、皆さんが間に合えば良いだけの話。間に合わなければ、さようなら、律さん。」



■□■火宮 翔子■□■

 どんよりと、雲は低く空を覆っている。
 粘つく風が普段とは違う空気を運んでくる・・・。
 火宮 翔子は、興信所へと急いでいた。
 良く知った顔の少年を思い描きながら、いくつもの仮定を作っては壊し、作っては壊す。
 カレはどうしていなくなってしまったのだろうか?
 自発的に行方をくらますと言う事はまずありえない。
 カレの性格からして、そんな事は絶対にあり得るはずがない・・・。
 だとしたら、事故か事件か。
 事故の可能性はほとんどない。
 カレが姿を消してから既に時計の針は文字盤の上を何度も回っている。
 夢幻館と興信所の情報網はそんなに甘いものではない。何時間も、人一人探せないような・・・。
 翔子は興信所の前に来ると、ふと足を止めた。
 夜の闇に沈む、部屋の明かりだけがまぶしい。
 翔子はほんの少しだけ考えると、光に向かって歩き始めた。
 ・・・その直ぐ後ろにあった街灯が、数度瞬いた後消えた。

 『闇が支配する。
  世界を侵食する。
  そうしてこちら側はあちら側に引き込まれる。
  ゆっくりと、ゆっくりと、知らないうちに、自覚の無いうちに・・・。
  こうして世界は動いてゆく。
  静かに、ゆっくりと・・だが確実に。』


□■□

 「よぉ。」
 「・・魅琴さん・・?」
 興信所の扉を開けると、そこには神崎 魅琴が静かにソファーに座っていた。
 その周りには、夢宮 美麗、夢宮 麗夜、片桐 もな、沖坂 奏都、紅咲 閏、リディア カラス、梶原 冬弥の夢幻館メンバーが集合していた。
 そしてその前には眉根を寄せた武彦が、神妙そうな顔つきでテーブルの上に置かれた紙を見つめていた。
 「どうぞ、こちらにお座りくださいませ。」
 美麗がすっと、魅琴の隣の席をその白く繊細な手で指し示す。
 「どうもありがとう。」
 翔子は1つ、礼を言うとそこに腰を下ろした。
 「それで・・・律さんの行方は・・解りそうなの?」
 「・・あぁ。」
 武彦は低く頷くと、視線を宙に彷徨わせた。
 翔子は、武彦の横顔を眺めながら、思ってもいなかった反応に戸惑った。
 律の行方が分かる。
 武彦はそう言った。
 それならばどうして動かないのだろうか?
 律の居場所が分かるなら、そこに保護、ないし助けに行くのが普通だろう。
 「何か面倒な事でも起こっているのね・・・?」
 すぐには動けない理由が・・・。
 「・・・あぁ・・・。それが・・・」
 「俺が説明した方が早いですね。」
 武彦の話を割って、奏都が口を挟んだ。
 ・・その瞳は、どこか不思議な輝きをたたえている。
 「単刀直入に言いますと、律さんはあちら側の世界に引き込まれてしまったのです。」
 「あちら側の世界って・・・」
 「こちら側の世界とは、対の世界。無方向地帯の事です。」
 「無方向地帯・・・?」
 「あちらとこちらの境界線・・と言いましょうか。」
 「異なるものが存在する世界よ。」
 もなはそう言うと、瞳を伏せた。
 「しかも、かなり濃く、酷い世界です。すべての念が集まり、渦巻く狂気の世界です・・・。」
 「なんで、そんなところに律さんが?」
 「攫われたんだよ。なんか、変なヤツにな。」
 魅琴はそう言うと、すいと美麗に視線を向けた。
 「分かりましたわ。少し、頭が痛くなるかも知れませんが・・・。」
 美麗はそう言うと、翔子の額に指で何かをかきつけた。
 瞬間、目の前の風景が一変した。
 目の前を走る律、その背後から近づく黒い影。
 無音の映像の中で、律はその姿を暗い闇の向こう側に消してしまった。
 「・・・大丈夫ですか??」
 チカチカと、白黒に回る光の中から、柔らかに美麗の声が響く。
 「ゆっくりと力を抜いて・・・瞳を開いてくださいませ・・。」
 美麗の言葉に誘われるように、翔子は身体の力を抜くと、ゆっくりと瞳を開いた・・・。
 「御気分はいかがですか?」
 心配そうに覗き込む美麗の顔。
 ほんの僅かだけ、頭が痛む。
 「えぇ、大丈夫よ・・。それより、今のは?」
 「過去の出来事ですわ。ほんの対先刻の過去。わたくしの未熟な力では音までは再生できませんでしたけれども・・・。」
 「夢の扉の中から拾ってきたんだとよ。」
 魅琴はそう言うと、肩をすくめて見せた。
 「さっきの黒い影は何だったの・・?」
 「それは、わたくしにも良く分からないのです。ただ、あちら側の世界に属する者。それも、強大な力を持った・・・。」
 「まだこの辺り一帯にも、あちら側の雰囲気が漂っているでしょう・・?もなには感じる・・・。」
 もなが眉根を寄せて視線を彷徨わせる。
 ・・・そうだろうか?
 確かに言われて見れば普段の興信所の雰囲気とは僅かばかり違っているような気がする。
 けれど、それは誰かに言われてから気をつけて感じないと分からないほど僅かなもので・・・。
 「とにかく、律を探さない事にはなんとも言えないわ。」
 「リデアの言うとおり。アイツの体力じゃ、そんなに長くは持たないかも知れない。」
 冬弥はそう言うと、壁にかかった時計を見つめた。
 11:00・・・。
 「律がいなくなってから、もうかなりの時間がたってる。」
 「・・なんとか、今日中には見つけてあげたいわね。」
 「2手に分かれて行動するか。」
 武彦はそう言うと、すいと立ち上がった。
 「律の居場所の、大体の見当はついているんだろう?」
 「えぇ。わたくしが思うに、大方間違いはありませんわ。」
 「よし。それじゃぁ、律を捜す方と・・あの影の正体を探る方に分かれよう。」
 「私は、律さんを捜すわ。」
 そう言うと、翔子はすっとリディアを見つめた。
 「お願いできるかしら。」
 「えぇ。」
 リディアは頷くと、下においてあった大き目のバッグから拳銃を取り出した。
 それが電球の光を受けてぬらりと光る。
 「こうしようぜ。俺と、リデアと魅琴ともなと翔子が捜す。だから、奏都と武彦と美麗と麗夜と閏は影の正体を探ってくれ。」
 「分かった。」
 「それでは、皆様を律様のいる場所までお送りいたしますわ。」
 パァっと、淡い光が瞬いたと思った瞬間、興信所に1つの豪華な扉が誕生していた。
 夢への扉・・・。美麗が司る、この美しい扉のなかは・・・美しくなんてない・・・。
 美しいものなんてひとつもない。もしも、美しいと感じるものがあるとすれば・・・それはまやかしだ。
 薔薇には棘があるように、この中にある美しいものは全て何かがある。
 美しくはないなにかが・・・。
 美麗はその扉をゆっくりと開けた。
 隙間から光があふれ出し、部屋全体に広がる・・・。
 「どうか御武運を。」
 美麗の言葉を最後に、辺りは光に包まれた。



■□■侵食ノ足音■□■
 
 「・・・ここは・・・?」
 瞳を開けたそこは見慣れた風景だった。
 学校の近くにある公園。その先には真っ直ぐに伸びた坂道。
 「これはどう考えてもこっちの世界じゃねぇか。雰囲気が・・若干、違う気もするけどな・・。」
 冬弥はそう言うと、確かめるように空気を吸い込んで吐き出した。
 「ここは時間が捩れてるんだよ。ほんの少しだけ、普通の世界よりもあちら側の世界に傾いた空間なんだよ。」
 もなはそう言うと、膝丈のスカートの裾をめくり、すっと太ももを撫ぜた。
 その手には小さな拳銃が握られている。
 「ここはあちら側の世界に近いこちら側。あちらとこちらが混ざり合った空間なんだよ。」
 「・・・なんだって・・?」
 「あちら側の世界がこちら側の世界に近づいてきているんだよ。早く・・・しないと・・・。」
 くるりと背を向けると、もなは坂道の方に向かって走り出した。
 「あ、こら、もな・・・!?てめぇ、どこ行くん・・・って、もう行っちまったか。」
 冬弥の呼びかけも虚しく、もなの姿は坂道の向こうの闇に溶けて行ってしまった。
 「しかたねぇ。2手に分かれるか。っつー事で、俺は魅琴と行くから・・・。とりあえず、もなの後を追ってみる。」
 「分かったわ。私達は反対を探してみる。」
 「・・あぁ、頼んだ。」
 「了解。」
 「冬弥さん達も、気をつけて。」
 「あぁ。」
 冬弥と魅琴は頷いて、片手をあげて挨拶をした後で、走って行ってしまった。
 「それにしても、おかしなところね。」
 翔子はそう言うと、リディアにチラリと視線をうつした。
 「・・捩れてるからね。」
 ずきん。
 僅かに頭が痛んだ気がした。
 ・・・いや、痛んだのではない。
 キシキシと、僅かな音を立てて・・・。
 「翔子さん?顔色悪いけれど・・・大丈夫?」
 「・・・えぇ・・・。」
 頷いてはいるが、多少頭がクラクラする・・・。
 「美麗を呼んで向こうに引き上げましょうか??」
 「・・いいえ、大丈夫よ。」
 「そう?」
 コクリと首をたてに振ると、翔子は住宅街を真っ直ぐに進んだ。
 真っ暗な闇に、浮かぶ街灯。
 どこか世界が不思議に見えるのは、ここが捩れた空間だからだろうか?
 どこか、世界が赤く染まっているような気がするのも、ここが、捩れた空間だからだろうか・・・?
 「それにしても・・・誰もいないのね。」
 明々と光が漏れる家々。
 けれどそこからは人の気配らしい気配はしない。
 「誰も・・か、どうかはわからないわよ。」
 リディアはそう言うと、左足の太ももをすっと撫ぜた。
 掌サイズの拳銃が握られている・・・。
 「これ、渡しておくわ。」
 そう言って、それを翔子の方に差し出す。
 「え・・でも・・」
 「まさか、使い方が解らないって事はないでしょう?」
 「えぇ。」
 翔子は頷くと、安全装置をはずし、真っ直ぐ構えた。
 中々良い拳銃だ。
 手によく馴染み、軽く、この分だと反動もそれほどなさそうだ。
 「私ように作ってもらったものだから、翔子さんに合うかは解らないけれど・・・。」
 「いいえ、とても良い物ね。」
 「ありがとう。」
 リディアは軽く礼を言うと、先を急いだ。
 歩く・・・。
 2人の足音が、いつの間にか増えているのを感じた。
 それはもしかしたら、この閑散とした住宅街の何処かを人が歩いていて・・それが、反響して聞こえているのかもしれなかった。
 右に、左に、路地はいくつもある。
 「これ・・・。」
 2人は足を止めた。
 背中合わせになり、周囲に気を配る。
 トス・・・トス・・・トス・・・
 それは決して走っている音ではなかった。
 それどころか、重たい足取りにさえ聞こえた。
 「靴の音じゃないわね。」
 翔子の呟きに、リディアが頷く。
 「・・・2人・・?」
 足音が増える。
 誰の足音なのかはわからない。
 とりあえず・・・“仲間”のものでない事だけは確かだった。
 「3人・・・4人・・5人・・」
 数が増えてくる。
 その音は四方八方から聞こえ、丁度2人を取り囲むようにして迫ってきているようにさえ聞こえる。
 それぞれの路地に視線を配る。
 影すらも見えない。それは、音だけの緊張・・・。
 「来た・・・!」
 リディアが知った瞬間、翔子の視線を影が掠めた。
 よろよろと重い足取りでこちらに来る人物・・。
 背中を丸め、手をダラリと下におろし、1歩1歩と近づいてくる人・・・。
 その瞳は赤く濁り、口は力なく開いている。
 「なに・・・あれ・・・。」
 「来るわ!」
 リディアが鋭い声を発する。
 翔子は途端に神経を集中させた。
 そこかしこの路地から、やってくる人影・・・。
 服装はまばらだ。けれど、みな一様に重たい足取りで、こちらにやって来ている。
 1歩、1歩と近づく相手の呼吸を意識する。
 そして、ゆっくりと瞳を閉じ・・・開くと、翔子は真っ直ぐに拳銃を構えた。
 「囲まれたわ・・・。」
 そこには・・人人人人人人人人人人人人人人人・・・・・・。
 濁った瞳、だらりと垂れた腕そして・・・開いた口からは言葉にならないなにかが零れ落ちている。
 「本当、完全にね・・・。」
 「これだけ数が多くちゃ、一度に戦うのは無理ね。ひとまず、どこか一箇所、退路を作ってそこから一旦退きましょう!」 
 「解ったわ。」
 段々と狭まってゆく輪。
 リディアの背中と翔子の背中が合わさる。
 「私が退路を何とか作るから、翔子さんは援護をお願い。」
 「解ったわ。」
 翔子はキッと前を見据えた。
 リディアの方から、乾いた音が響く・・・。
 それを皮切りに、翔子も引き金を引いた。
 3点をしっかりとあわせ、歯を食いしばる。
 やはり思ったとおり、反動はそれほどキツクない。
 真っ直ぐに飛んだ弾は、見事敵に命中に、クタリとその場に崩れ落ちる。
 そしてそれを踏み台に、後から後から敵がこちらに迫ってくる。
 役目は、援護。
 こちらから迫り来る敵を、撃つ事・・・!
 「翔子さん!こっちの路地に行けるわ!」
 退路をひり開いたリディアはそう叫ぶと、そちらに走った。
 そちらからは誰も来ていない・・・。
 翔子は1発だけ振り向きざまに撃つと、走った。
 走って走って・・・住宅街をめちゃくちゃに疾走する・・・。

 


□■□貴方ヲミてイル□■□

 相変わらず住宅街は死んでいるようだった。
 全ての家には灯りがともされ、揺れている。
 しかしその揺れは、温かさを微塵も含んでいなかった。
 「とりあえず、追っ手は来ないわね。」
 リディアはふっと、息を吐いた。
 その吐息は、甘く宙に溶け消えた。
 翔子は何かを言おうとして、ふと、ソレに気がついた。
 「・・あら?リディアさん、その腕・・・。」
 そう言うと、リディアの腕を取った。
 右腕の上の方、小さいが引っかかれたような傷が3本ついており、そこからは血が滲んでいる。
 「・・・大丈夫よ・・。痛みもないわ・・・。」
 しかし、そう言うリディアの表情はあまり良くない。
 暗がりで、しっかりと見えはしないが、青ざめているようにさえ見える。
 「でも・・・」

 『クスクス・・・』

 「・・え・・?」
 「なに?」
 「リディアさん。今の声・・聞こえた?」
 「・・何の事?」
 「・・・小さい女の子の笑い声が聞こえたのだけれど・・・」

 『クスクス・・』

 「ほら!今・・・」
 「私には何も聞こえないけれど・・?」
 辺りを見渡す。
 闇に沈む町の街灯は、心なしか暗い。
 人の姿はない。
 人の気配すらも、この町からは感じられない。
 ・・・気のせい?
 そう思いかけた翔子の耳に、その声は再び聞こえてきた。

 『クスクス・・・』

 段々と、声が鮮明になって来ている気がする。
 「・・誰?」
 これは幻聴なんかではない。
 確かに翔子の耳元に、少女の吐息を感じる。
 生暖かい息が、耳に甘くかかり、ため息交じりの笑い声は、耳に刺さるくらいに近い。
 「・・翔子さん・・?」
 「ちょっと待って・・・!」
 その剣幕に、リディアが思わず押し黙る。
 「貴方は誰・・・?」

 『アタシ?アタシが誰かってきいているの?』

 甘い甘い声。
 声自体は10歳かそこらの子供のような声だった。
 「えぇ、そう。貴方は誰?どうして貴方の声は私にしか聞こえないの・・??」

 『アタシが誰なのか、それはアタシも知らない。アタシは此処に存在する数多の念の1つだから。アタシはアタシ。』

 少女はそう言うと、1つだけため息をついた。
 声は10歳くらいなのに、話し方は艶やかな女性を連想させる。

 『貴方にしかアタシの声が聞こえないんじゃないの。彼女にアタシの声が聞こえないのよ。』

 「どう言う事?」

 『ねぇ、人が壊れ行く瞬間を、見た事がある?』

 ゾワリ、背中に何か冷たいものが走った。
 それは背骨から全身に広がり、翔子の体温をゆっくりとだが確実に奪ってゆく。

 『この世界ではね、人は壊れて行くのよ。ゆっくりと、けれど確実に。徐々に徐々に、まるで真綿で首を絞めるかのように・・ゆっくりと、本当にゆっくりと・・・』

 クスクス・・

 クスクス・・・クスクス・・・。

 『ねぇ、貴方はいつまで壊れないでいられるかしら・・・?』

 全身の血が、冷却される。
 言い知れぬ恐怖が全身を包み込み、やがてそれは確実な闇となって襲ってくる。

 『アタシは貴方を見てる。ずっと、ずっと、壊れ行く瞬間を、甘美なまでに美しい・・壊れ行く瞬間を・・・。』

 ふっと、少女の気配が消えた。
 その瞬間に、全身に熱い何かが戻ってくる。
 闇が・・遠くへ行き・・光が、目の前で飛び交う。
 「・・どうしたの?急に青い顔をして。」
 「いいえ・・・なんでも・・なんでもないわ。」
 言おうかどうしようか、少し迷った後に、翔子は頭を振った。
 胸騒ぎがする。
 なにかが起きる予感がする。
 翔子は感じていた。
 この世界の空気が僅かに変わり行くのを。
 「・・あ、翔子ちゃんと・・・リデアちゃんだぁ・・・。」
 馴染み深い声が背後から翔子とリディアの名前を呼ぶ。
 振り返ると、そこにはツインテールの愛らしい少女が立っていた。
 右手には銀色に光る拳銃を握り、顔には笑みを浮かべ・・・。
 心なしか、その笑みは普段とは違って見えた。
 瞳の輝き方も、普段とは若干色を違えている様にさえ見えた。
 「もなじゃない。どうしたの・・?」
 「あのね、もなね、りっちゃんを見たの。でも・・・1人だと、不安でしょう・・・?」
 「・・律が・・・?もな、そこまで案内して!」
 「うん、わかった・・・。」
 ゾワリ。
 何かが背中を這いずり回る。
 どこかぼやけた色のこの世界で、見知った友達までもが、なぜか恐ろしい。
 「ほら、翔子ちゃん・・・なにしてるのぉ・・?」
 もなに腕を掴まれ、翔子ははっと我にかえった。
 普段どおりのもなの微笑。
 ・・・気のせいなのかしら?
 この感覚は、この予感は・・・言い知れぬ胸騒ぎは・・・?
 「早く行きましょう?急いだ方が良いわ。」
 「あ・・えぇ。」
 もなが翔子の手を取り、走り出す。
 その手に引かれながらも翔子は拭えぬ予感を抱いていた。

 『クスクス・・・。人はね、音を立てて壊れて行くの。けれど、すぐには壊れない。徐々に徐々に、段階を踏んで、ゆっくりと・・・壊れて行くのよ。』

 クスクス・・・。
 クスクス・・・クスクスクス・・・。



■□■壊レユくヒト■□■

 もなの先導で、3人はだだっ広い丘の上にやってきた。
 ねっとりと、絡みつく風は、どこか気持ちが悪い。
 「それで、律はどこにいるの?」
 「ほら、すぐそこに。見えるでしょう?」
 もなが指差した先、1本の大木。その根元で、律は真っ青な顔をして座り込んでいた。
 その隣には見た事のない男がいた。20代半ばかそれくらいの・・・。
 「貴方が律を連れ去ったの!?」
 リディアの言葉に、男はゆっくりとこちらを見据えた。
 白く濁った瞳がリディアの全身を駆け巡り、そして翔子に注がれる。
 なんて冷たい瞳なのだろうか?一切の感情を排除したそれは、まさに氷のようだった。
 しかし、氷のような透明さは微塵もない。
 「連れ去った・・・?俺が?はは、冗談じゃない。」
 男がさも面白そうに笑い、身をよじる。
 狂っている。
 翔子は直感でそう思った。
 「俺は、愛しているんだ。華月姫をね。」
 「華月姫・・?」
 「俺の愛している人だよ。この子の魂の、元の姿だ。俺の、愛しの・・・はは・・・。」
 やけに耳に響く笑い声は、すでに正気のものではない。
 ・・・全てが狂っている。
 「華月姫って、それは律さんよ!」
 翔子の言葉に、男が真顔でこちらを見つめる。
 その瞳は刺さるように痛い。なぜだか、全てが飲み込まれてしまいそうな感覚に陥る・・・。
 「律さんは、律さんでしかないの。他の誰でもないわ。」
 冷たい瞳が、翔子の心に刺さる。
 その瞳を、きっと睨み返す。
 「・・れが・・・した・・・?」
 掠れた男の声。
 瞳が赤く燃え上がる。
 あまりの殺意に、思わず肩がビクンと跳ねた。
 「それが・・・どうした・・・!?それがどうしたって言うんだ!!??」
 風が吹く。それは、あまりにも強く周囲を傷つける。
 赤い光が空から注ぐ。
 ・・この場所に来た時から気付いていた。ここの色のおかしさ。
 どこか赤を含んだような淡い光。
 どうして気がつかなかったのだろうか?
 あの赤の光りはあんなに強く空に浮かんでいたのに・・・。

 『赤い月・・それは、まるで血の赤さ・・・』

 「俺は、愛していたんだ!殺したいほどに、強く、強く・・・!!貴様らに何が分かる!?この愛を、邪魔するものは・・・。」
 風が小さな刃となって襲い掛かってくる。
 「翔子さん、危ないっ・・・。」
 リディアが横から走ってきて、翔子を突き飛ばした。
 そしてその刃は・・・敵を見失い・・・真っ直ぐに・・・もなに襲い掛かった・・・。
 「・・・きゃぁぁぁぁぁっ・・・!!!!」
 「もなちゃん・・・!」
 「もなっ・・・!!」
 全身に刃をあびたもなの、赤い鮮血が、赤い月光に照らされて、美しく光る。
 細かい傷を全身につけながら、それでももなはその場に立ち尽くしていた。
 ドクン
 心臓が力強く脈打った。
 嫌な予感が全身に纏わりつく。
 先ほどの少女の声が、耳元で聞こえてくる。

 『この世界ではね、人は壊れて行くのよ・・・』

 「も・・・もなちゃん・・・?」
 「・・ふっ・・・。」
 もなの肩が大きく揺れる。
 ゴムが解け、長い髪が肩に落ちる。
 サラサラと揺れる髪は、月明かりに照らされて赤く光る。
 「あはっ・・・あはは・・・。」
 笑いながら顔を上げたもなの瞳は、赤紫に変色していた。
 狂気を含んだ瞳に・・・。
 「あはははははははははははっ・・・!!!!」
 もなの右手に握られた拳銃から、小さな鉄の玉が飛び出してきた。
 それは翔子の右頬をかすって後方に飛び退った。
 「・・・壊れていく・・・?」
 翔子の言葉が虚しく宙に浮かぶ。
 「・・このままじゃ・・・。どうすれば・・・。」
 リディアの声が苦々しく響く。
 笑い続けるもな。
 しかしその手に持った拳銃は確かに2人を狙っている・・・。
 翔子は混乱していた。
 どうしてこうなってしまったのか、これはなんなのか・・・。

 『翔子様!リディア様・・!こちらへっ・・・!早くっ!』
 
 空から美麗の声が聞こえたかと思うと、辺りが光りに包まれた。
 誰かが翔子の腕を掴み、引き上げる。
 あまりに力強いその腕に、翔子はほんの僅かに顔を歪めた・・・。
 
 

□■□ツヅク ウタゲ□■□

 光が落ち着き、瞳を開いた。
 そこには見慣れた風景が存在していた。
 どこかのオフィス・・・興信所の、風景。
 「あ・・・」
 「間に合って良かったですわ・・・。」
 目の前にいた美麗が、ほっと胸を撫ぜ下ろすと、その場にしゃがみ込んだ。
 その瞳は潤んでいる。
 背後から、麗夜が優しく美麗の頭を撫ぜる。
 「おい、お前ら・・大丈夫だったか?」
 翔子の背後から冬弥の声がして・・・その時、翔子は気付いた。
 先刻彼女の腕を取って引き上げてくれたのは・・冬弥だったと言う事に・・・。
 「私は大丈夫・・・。でも、もなちゃんが・・・。」
 「全てはわたくしの力によって知っていますわ。・・・もっと、早くに気がついていれば・・・。」
 「美麗さんのせいではありませんよ。」
 奏都が優しく言い、美麗の肩を叩いた。
 「あれはなんだったの・・・?急に、もなの様子がおかしくなって・・・。」
 「壊れたんですよ。あちらの世界に、飲み込まれたんです。」
 やけに事務的な奏都の声に、翔子は違和感を感じていた。
 いつもの・・・奏都とは違うような・・・。
 「正気をなくしたんですよ。それにしても、あちらの世界で良かったですね。こちらの世界で壊れてしまった場合・・・少々厄介ですから。」
 「なにを・・・」
 「冬弥さん。今は貴方の良い子ちゃん考えに付き合っている暇はありません。もし、あちら側とこちら側が接してしまった場合・・・世界は狂気に飲み込まれます。」
 「この捩れが、合ってしまった場合・・・あちらがわの世界が、こちら側の世界を飲み込むんだよ。」
 閏はそう言うと、ついとカレンダーを指差した。
 「期限は1週間後。それまでに、あちら側の親玉を倒して、律を連れ戻さないと。」
 「・・もなもだろう?」
 「いいえ。もなさんは、殺してしまって結構です。」
 時が止まる。
 奏都の声が、言葉を紡ぎだし・・・しかしそれはまったく意味をなさない言葉のように聞こえた。
 「・・・なんだって・・・?」
 「もなさんは、殺してしまって結構です。壊れてしまった人は、もう元には戻りませんから。」
 「奏都・・・てめぇっ・・・!」
 冬弥が奏都に殴りかかろうとするのを・・・美麗がすいと止めた。
 「なにを・・・」
 「奏都様のおっしゃるとおりなんです。壊れてしまった方は、もう元には戻りません。・・・元に戻すには、殺すしかないんですわ。」
 「だけど、大丈夫だよ。俺達の力で蘇生が出来るから。何もなかった事に出来るんだ。殺してさえくれれば・・・。」
 どこかで、あの予感が疼いた。
 いまいち整理できない脳内に、1つの言葉が回っていた。
 『殺す』
 そうすれば、人は壊れから解放される。
 「なんだって・・・。」
 「仕方がないの。世界が、狂ってきているから。」
 閏の瞳がかすかに揺れる。
 興信所の窓の向こう、道路を挟んだ向かいの街灯が微かに瞬いた後で・・・。


 フッ・・と、消えた。


      〈END〉

□火宮 翔子  段階 『0』


 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター

  NPC/リディア カラス/女/17歳/高校生


  NPC/京谷 律/男/17歳/神聖都学園の学生&怪奇探偵
  NPC/片桐 もな/女/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
  NPC/沖坂 奏都/男/23歳/夢幻館の支配人
  NPC/梶原 冬弥/男/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
  NPC/夢宮 美麗/女/18歳/夢への扉を開く者
  NPC/夢宮 麗夜/男/18歳/現実への扉を開く者
  NPC/紅咲 閏/女/13歳/中学生兼夢幻館の現実世界担当
NPC/神崎 魅琴/男/19歳/夢幻館の雇われボディーガード

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 ■         ライター通信          ■
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  この度は『愛しい人の壊し方』シリーズ第一話『見つけて・・・』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
  そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 

  さて、如何でしたでしょうか?
  今回、一番最初に壊れてしまったのはもなでした。今はまだ、完全に壊れてはいないものの、段階が徐々に上がってきているNPCは他にもおります。
  壊れ行く世界と言うことで、文体も普段と違うように意識して執筆いたしましたが如何でしたでしょうか?
  不思議で艶なる恐怖を描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしましたらよろしくお願いいたします。