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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・南瓜」



「ふわ〜……」
 店を飾るオレンジと黒。なんだかワクワクしてしまう色だ。
 今日はハロウィンという日らしい。
「あら。お嬢さん、これどうぞ」
 菓子店の前を通りかかると、そこで配布されていたキャンディを橘穂乃香は受け取る。
 かわいいカボチャのマークの入った包み紙だ。
(かわいいです……)
 頬を赤らめて歩く穂乃香は、カボチャのランタンが飾られている店の前で足を止めた。
「あ、ひなちゃん」
 見間違いでなければ遠逆日無子その人のはずだ。
 だが、彼女はいつものリボンをしていないし、私服だった。
 ショートの髪の彼女は穂乃香の呟きに反応してこちらを見遣る。店を眺めていたらしい彼女は無表情だったがすぐに微笑んだ。
「こんにちは、橘さん」
 ほ、とする穂乃香。
 日無子はドキっとする表情があるので怖くなる。そう、今のような……。
(機械みたいな、かお……)
 だがすぐに微笑まれると日無子なんだと安心することができる。
「こんにちはです、ひなちゃん」
 照れ臭そうに微笑むと、彼女は「ちは」と、また挨拶してくれた。
 日無子が袴姿ではないというのはちょっと驚きである。どうもあの衣装の印象が強い。
「今日はお洋服ですね」
「ん? まあ今日は仕事ないからね」
 フレアスカート姿の日無子は地味ながらもよく似合う衣服を着ていた。
「あの、こんなところでなにをしてたんですか?」
「んーっと……」
 ちょっと考えていた日無子は「あ」と呟いて穂乃香に微笑む。
「今日、暇?」
「え?」
「言い直す。今晩、暇?」
「……なにかあるんですか?」
 尋ねると日無子はチケットを二枚出してひらひらと揺らした。
「これ、タダ券なの。パーティーの」
「えっ!? パーティーですか?」
「そ。ハロウィンパーティーのね。ペアで行かなきゃいけないんだけど」
「うわあ……! はい! 今晩は空いてます!」
 喜び勇んで言うと、日無子は「そっか」と笑顔で言う。そして穂乃香にチケットを渡した。
「じゃあ誰か誘って行ってよ。あたしは誘う相手がいなかったからちょうどいいし」
「え……でもこれ、ひなちゃんの……」
「いいよ気にしなくて」
 穂乃香は貰ったチケットと日無子を交互に見る。そして、日無子が見ていた店に視線を遣った。
 ハロウィンの貸衣装をしているという紙が貼られているのが目に入る。
(あ……)
 笑顔の日無子をもう一度見た。別に惜しいという顔はしていない。
 だけど……だけど。
「あの……ひなちゃんは、お暇ですか?」
「え?」
「今晩暇だったら、穂乃香と一緒にこれに行ってください……!」
 震える手でチケットを差し出すと、日無子は驚いたようにきょとんとしていたが、ややあってにやっと微笑んだ。
「なぁんだ。橘さんは誘う男とかいないの?」
「っ!? え、あ、いえ、その」
「いいよ。あたしで良かったらお姫さまをエスコートしようか?」
 不敵な笑みで言われて穂乃香は真っ赤になる。
 日無子がさっぱりしている性格だからなのか、そこらにいる男よりもかっこよく見えた。
(いえ、たしか、に……ひなちゃんは顔も綺麗ですけど……!)
 遠逆の人はみな、こんなに素敵なんだろうか? どうなっているんだろう?
 戸惑ってる穂乃香はこくこくと何度も頷いてみせた。



 妖精の格好をした穂乃香は自身を見下ろした。背中にある半透明の羽が蝶のようだ。
 淡い黄色のドレスは動きやすいもので、スカートがふわっと広がっている。
(ひなちゃん、待ってるでしょうか)
 慌てて屋敷の外に出ると、門柱に背をあずけていた日無子がこちらに気づいて姿勢を正した。
「や。ちょっと早く来ちゃったかな」
 片手を挙げる日無子の格好に度肝を抜かれた穂乃香はその場で硬直してしまう。
 長めの横髪を黒いピンで留めた日無子はタキシード姿だ。それがまた、異様なほど似合っている。
「ひ、ひな、ちゃん……?」
「あれ? おかしかった? 女の子をエスコートするからこの格好にしたんだけど」
 くるりと一回転してみせる日無子。男装の少女はぴた、と回転を止めて穂乃香を見た。
「橘さんは妖精の格好か。かわいいね」
 にっこりと笑顔で言うので穂乃香は照れ笑いをする。
「ひ、ひなちゃんもお似合いです! かっこいいです、とっても!」
「ありゃ。褒めてくれるの? それは嬉しいな」
 素直に言う日無子に対して、なぜか穂乃香のほうがまた照れてしまった。

 立食パーティーらしく、他にも様々な仮装の人たちがいた。
 カップルもいれば、子供もいる。
「そういえば、ひなちゃんはどうやってこのパーティーのチケットを?」
「ああ。仕事のお礼にもらったのよ」
 皿にがつがつと食べ物を乗せていく日無子は穂乃香を見もせずにそう答えた。
 仕事というと一つしかない。退魔のものだ。
「あ? 背、足りる? とってあげようか?」
 すっと手を出してくる日無子に、穂乃香は嬉しそうに皿を渡した。
「嫌いなものは?」
「特には、ないです」
「そう。じゃあ」
 日無子は目を細めて素早く食べ物を皿に乗せる。獲物を狙うような速さだ。
(は、はやいです……!)
 ひょいひょいと皿に乗せた日無子は「はい」と穂乃香に渡した。
「あ、ありがとうございます……」
 あ、と気づく。デザートのところで見たカボチャの旗が立ったプリンが一つしかない。食べたかったが、もう誰かが手を伸ばして――――。
 日無子の視線が唐突に変わった。
 冷たい目で手を軽く動かす。いや、動かしたのは誰にも見えていない。
「あ、あれえ?」
 忽然と目の前から消えたプリンに驚く女性。
 反対に、目の前に掲げられたプリンに驚く穂乃香。
 器用に箸で器を挟んでいる日無子は「ん」と穂乃香に差し出してきた。
「え? ええ?」
 どうやってあの距離を? というか、いつの間に???
 受け取った穂乃香は目を丸くする。
「あれ? いらなかったの? 欲しそうにしてたから、つい取っちゃったんだけど」
「いえ、いります!」
「そっか。なら良かった」
 にかっと笑う日無子はがつがつと食べ出す。一度に口に運ぶ量は少ないのに、次から次へと食べていくのでみるみる皿の上が減っていった。
(ひなちゃんはよく食べますね……)
 ぽかーんとしている穂乃香に気づき、日無子は「ん?」と見てくる。
「あの、少食かと思ってました」
「え? どうして?」
「ひなちゃん、細いから」
「仕事は肉体労働だからね、しっかり食べないと」
 ああ、それで。
 納得する穂乃香であった。
 退魔の仕事は見た目以上にハードなのだ。こんなに細身の日無子でさえ、スタミナがある。
 もぐもぐと食べていた穂乃香は、再び皿に料理を盛っている日無子に尋ねた。
「ひなちゃんは、嫌いなものはないんですか?」
「嫌いなもの? あるよ」
「えっ? ピーマンですか? それともセロリ?」
「…………」
 日無子は手を止めてから「ああ」と呟く。
「食べ物の話か。まああるにはあるけど……」
「あ、言いたくないならいいんです。好きなものは?」
「牛丼」
「…………え?」
 ギュウドン?
 イメージが合致しない。
「天丼も好きね。カツ丼も親子丼も」
「ど、丼ものばかり……」
「定食も好きよ?」
 テイショク?
 疑問符をたくさん浮かべる穂乃香であった。
(なんだか……メニューを読み上げてるみたいな感じでしたけど……)
 うう〜ん……。
 微妙に会話がかみ合っていないのでは……?
「まあなんでも食べるし、特にこれ! っていうのはないかもね」
「甘いものはどうですか?」
「うーん……甘いのは好きだけど、買ってまで食べようとは思わないかなあ」
「そうですか」
「パフェは大好きだけど」
 ぼそっと呟いた日無子。空耳かと思われるほど小さな声だった。
 一緒に食べながら、穂乃香は嬉しそうに微笑む。
 こんなふうに誰かと一緒にこんな場所に来たかった。こうして食事したかったのだ。
 夢が、叶った。嬉しい。
「ひなちゃんは、とってもかっこいいです」
 改めて褒めると、日無子はにへらと笑う。
「そんなに褒めてもなにも出ないよ〜?」
「体術とかも得意ですか?」
「まあ訓練は受けたしね。下手な不良なんて蹴りの一撃で終わるよ」
 この格好で日無子が蹴りを放つのを、ちょっと見てみたかった。絵になるに違いない。
「うわあ! 見てみたいです!」
「そお? でもあたしの蹴りって高いから、見てると痛いかもよ?」
「痛い?」
「鼻を狙うの」
 というか、顔。頭。
 怖いことを平然と言う日無子は「あ、美味しい」と料理を急いで食べる。
(…………ひなちゃんなら、ほんとにやりそう……)
 嘘を言っているとは思えない。
 しかも。
(…………なんだか、グーで相手を殴りそう……)
 違和感がないのが恐ろしい。



「きょ、今日はありがとうございました!」
 屋敷の前でぺこっとお辞儀をすると、日無子は「いいって」と手を振った。
 この細くて小柄な体のどこに、あれほどの料理が入るのか不思議だ。
 よく食べるんですねと言ったら、「食べられる時に溜める」とワケのわからないことを言われた。
「あ、あの!」
 穂乃香は慌ててキャンディを渡す。日無子はきょとんとしてそれを受け取った。
「これ、飴玉?」
「はい。せっかくのハロウィンですから」
「…………ふーん。よくわかんないけど、くれるっていうなら貰っておく」
「パーティー、楽しかったです」
「そう。なら良かった」
 笑顔の日無子はぴくんと反応する。視線が一瞬鋭くなるが、すぐに元の笑顔になった。
「? どうかしましたか?」
「ん? べつに」
 にこーっと微笑む日無子。
「じゃあね。ほら、さっさとお屋敷に入った入った」
「あ、は、はいっ」
 押されるように門の中に入る。振り返ると日無子が手を振ってくれた。
(もしかしてさっきの……憑物の気配なんでしょうか?)
 穂乃香の知っている遠逆の退魔士ならば、もう駆け出しているはずだ。だが日無子は動かない。
 穂乃香を心配しているわけではないようだ。彼女は穂乃香に優しいが、それだけなのだから。
(ひなちゃん……?)
 不安そうに見る穂乃香の視線に彼女は怪訝そうだ。
 そしてゆっくりと歩き出す。本当にゆるりと。
 どこかへ駆けつけるような足取りではない。
「………………」
 まさか、と思った。
「ひなちゃん!」
 大声をあげて呼び止めるが彼女は片手を軽く振っただけで足を止めなかった。
 ――止めなかったのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 妖精の格好をしていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!