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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・南瓜」



「どうした、こんなところで」
 物部真言はそう声をかける。
 チケットを片手に溜息をついていた遠逆日無子は、真言を見て「ありゃ」と呟いた。
「物部さん、なにしてるの?」
「…………遠逆は、ひとの話を聞いてないな」
 先に問い掛けたのはこちらなのだが。
 日無子にティッシュを渡す。
「ポケットティッシュは無駄にはならないからな。遠慮なく貰ってくれ」
「ははあ。ティッシュ配りのバイトか」
 変なところで察しがいい。
 日無子は真言から受け取ったティッシュを見て、ああそうだと呟く。
「物部さんて暇?」
「……あんた、目玉はついてないのか?」
 暇に見えるのか? バイト中だと自分で言ったくせに。
 日無子はケラケラと明るく笑う。
「今すぐの話じゃないわ。よかったらこれあげるわよ」
 差し出されたチケットを見る。ハロウィンの仮装をするのが絶対条件の食事券と書いてあった。
「あ。この店知ってるぞ。美味いって噂になってるだろ」
「そうなの? ふうん」
「なんで自分で行かないんだ?」
「相手がいないもの」
 肩をすくめる日無子。
 真言は不思議そうにした。
 日無子は誰が見ても可愛い女の子だ。着ている衣服の奇抜さを除けば。
「女友達でもいいんじゃないのか?」
「…………」
 片眉を少しあげる日無子は不思議そうにしていたが、やっとなにかに気づいた。そして笑う。
「ごめんごめん。そっか。物部さんは知らないんだっけ」
「なにが?」
「あたし、東京の人じゃないの。今は仕事でこっちに来てるだけなのよね」
「ああ……そうか。それで誘う相手がいないのか」
 いつ頃に来たのかわからないが、すんなりと誘える相手はいないのだろう。
 真言はちょっと思案し、提案した。
「相手がいないっていうんなら、俺でもいいのか?」
「は?」
「とは言っても、仮装とかしたことないからな。遠逆が衣装を決めてくれるなら俺が一緒に行くが」
「…………」
「なんだその顔は……」
 哀れむような日無子の視線に、真言は表情を渋くする。
「物部さん、彼女さんとかはいないの?」
「え……?」
「そっか……。うん、あたしでよければ一緒に行こう!」
「…………涙を拭う演技をするな、遠逆」
 青ざめて言う真言を前に日無子は「だってさー」と唇を尖らせる。
「若いお兄さんが高校生くらいの小娘を相手にするのって物悲しくない?」
「……十分許容範囲だろう? 10も20も違うわけじゃないし」
「なるほどー……。物部さんはふところが深いのね」
 うんうんと頷く日無子はにかっと笑った。
「ま、いっか。じゃああたしと行こう」
「仮装しないといけないんだろ? どういうの着るんだ?」
 日無子はちょっと考えて、にやっと笑う。
「まあそこは、あたしに一任してよ」



 用意された衣装を着た真言は、無言だ。
 目の前に立つ日無子は魔女の格好だ。後頭部のリボンは赤色で、衣服は真っ黒。つばの広い帽子も黒一色だ。
「……で、俺はなんなんだ……?」
「透明人間!」
 ビシっ! と日無子が親指を立てた。
 ロングコートに帽子。サングラス。包帯で肌のほとんどを覆っている状態だ。
「なるほどね……」
 多少食べ難い感じもするが……。まあ被り物をするよりはいいだろう。
(しかしなぜ透明人間なんだ……?)
 日無子が魔女の格好をするのは違和感はないが……。
「遠逆は魔女の格好だが……どうやって選んだんだ?」
「ん?」
 彼女はにっこり微笑む。
「本当はね、この格好じゃなかったの」
「は?」
「最初に選んだのは吸血鬼だったのよ。前髪全部あげて、男装だっけ? あれしようかなって思ってて」
「…………」
「店員さんがこっちのほうが似合いますよってこれを出してきたからこれにしたの」
「すんなり変えたんだな」
「いや、吸血鬼の衣装も適当だったの。店先にあったのを、入ってすぐに『これでいーや』って指差しただけだから」
 ……ものすごく適当だ。
 では真言のぶんをどうやって選んだのだろうか?
(訊くのが怖い気もするが……)
 おそらくは真言の衣装も適当に選んだのだろう。そう予想される。
 きっと目に入ったものを「これ!」と指差したに違いない。

 噂の洋食店の中はほとんどが仮装したカップルで埋まっていた。
 自分たちは浮いているのではないかと真言は少し心配になったが、日無子はまったく気にしていない様子だ。
「こちらのハロウィンコースになります」
「はいはい」
 ウェイトレスに笑顔で応える日無子は帽子をとる。
 真言は料理が運ばれてくる間、日無子に話し掛けることにした。
「仕事で東京にいるって言ってたが……親の都合か?」
「親? ううん、あたしの都合かな」
「……遠逆の事情?」
 そういえば彼女は自分を退魔士だと言っていたはずだ。
「まさか、一人で!?」
「そんなに驚くことでもないでしょ」
 笑顔できょろきょろと店内を見回している日無子は運ばれてきた料理を見て嬉しそうにはしゃぐ。
 一人で東京に来ているのだ、彼女は。
(そうか……。俺が放っておけないと思った理由がわかった)
 危なっかしいのだ。
 いや、それは真言から見ればの話なのかもしれないが。
「高校はどうしてるんだ?」
「行ってないけど?」
「行ってない!?」
 仰天する真言に、日無子はもぐもぐと食べながら頷く。
「それは……東京滞在が短いからか?」
「そうじゃないよ。あたし、高校には行ってないの、元々」
「……受験しなかったのか?」
「…………うーん」
 日無子はぽりぽりと頬を掻く。
「どうなのかな。前のあたしがなに考えてたのかわからないし……」
「???」
「あたし、記憶喪失なの」
 さらっと、事も無げに日無子は言った。
 唖然とする真言。
「記憶、喪失?」
「そう。一年より前が思い出せないんだよね」
「そ……れは、大変じゃないのか……?」
「大変? なにが?」
「困るだろ、色々と」
「なんで?」
 怪訝そうにする日無子であった。
 真言からしてみれば、日無子の言動はよくわからない。
「べつに困らないけど。忘れてることで不安にもなってないから、あたしは」
「だが……思い出がないと辛くないか?」
「辛い? なんで? 思い出せないのに辛いも楽しいも関係ないじゃない」
 不思議そうにする日無子は続けて言った。
「べつに無理してまで思い出そうとしてないし。記憶なんてなくてもこうして生活できるからね」
 にへっと笑う日無子は、この間会った時とは別人のような気さえしてくる。
 この間は、まるで闇に溶け込むような雰囲気を持っていたのに。
(……そうか。じゃあ受験したかもわからないってことか)
 受験をする気だったのか。それとも元々する気はなかったのかさえ、彼女にはわからないのだ。
 しかし日無子はそれを悲しむ素振りがない。
「……戻って欲しいと思ってないのか?」
「え? そりゃ、戻ればいいなとは思うけど」
 え……? どっちなんだ?
 真言が疑問符を浮かべると、日無子はへらりと笑う。本当によく笑う娘だ。
「なくてもいいけど、思い出せればそれはそれでオッケーだと思うの。それだけよ」
「……能天気というか……」
「頑張って無駄だった時、なーんかショック受けるでしょ?」
「……そうかもしれないが」
 もしも思い出す内容に、思い出したくないものまで混じっていたらとか……思っているのだろうか?
(そんなふうには見えないけどな……遠逆は)
 もぐもぐと口を動かす日無子は小柄のくせにかなり食べるのが早い。
(大食いというわけではないようだが…………よく食べるな)
「好きなものばかりなのか?」
「ん?」
「料理。すごい勢いで食べてるから」
 真言の言葉に日無子は手を止めた。
「んー……特に好きってわけじゃないよ?」
「は?」
「あたし、こういう綺麗なのよりは大衆食堂のメニューのほうが好きだし」
 え?
 真言はまじまじと日無子を見つめる。年頃の娘の発言にしてはおかしい。
「コンビニのお弁当も手軽でいいよね」
「…………いや、あれは……あまり美味いとは思えないというか」
「お手軽さで言ってるだけよ。味は普通で十分だもの」
「…………」
 変わっている。かなり。
 運ばれてきたデザートのケーキを見て真言は顔をしかめる。
 生クリームが、たくさんのケーキだ。フルーツがたくさん乗せられているが。
(う……)
 胸やけがする。このクリームの量は。
 真言は日無子のほうへ皿を押した。
「? どうしたの?」
「遠逆にやるよ」
「え?」
「俺は生クリームのものはあまり好きじゃないんだ」
 日無子は皿のケーキを見てから真言に視線を向ける。
 彼女は「へえ〜」と呑気な声をあげた。
「甘いの苦手なの?」
「そういうわけじゃない。菓子類は好きだから」
「生クリームが苦手なんだ〜。じゃあパフェとかも食べられないね」
「……いや、男は普通そういうのは食べないだろ」
 好きな男もいるだろうが堂々と食べる勇気は真言は持てない。なにより生クリームが大量にのっているパフェ類など注文したことなどないのだ。
 日無子はちょっと驚いたような顔をした。
「え? あれは、男の人は食べないものなの?」
「そういうことはないだろうが…………一般的に見て、女の子が食べるもののイメージが強いな」
「そうなんだ……」
 心底感心している日無子は自分のケーキにフォークで切れ目を入れて食べ始める。
 またも素早く口に運ぶ日無子に真言はうかがうように言った。
「そんなに急いで食べなくても、なくなったりしないぞ?」
「む?」
 日無子は飲み込んでからにっこり微笑んだ。
「違うよ。あたし、普段からこのくらいのスピードで食べるの。ちゃんとよく噛んでるよ?」
「いや、噛んでるとかいう問題じゃなくて……」
「じゃあこれ、いただきまーす」
 真言のケーキを自分のほうへ引き寄せて彼女はす、とフォークを構えた。
 それを見ていた真言はやれやれと肩を落として嘆息する。
(まあ……遠逆が十分変わってることは、わかったぞ)
 嬉しそうにケーキを頬張る日無子を眺めて真言はそう思ったのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男/24/フリーアルバイター】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、物部様。ライターのともやいずみです。
 まだまだ友人未満な感じですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!