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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・南瓜」



 店先に貼られた紙を、じっと見つめているのは鈴森梛だ。
 噂の店は今日は休み。
「…………む」
 小さく呟いて顔をしかめる。
 ハロウィン限定のコース。しかも、タダで食べられる。
 派手に宣伝されているそれには、「ただしチケットが必要です」と赤い文字で書かれていた。
 チケットの配布は会員限定のものらしい。日頃の感謝のかたち、ということだろう。
 もちろんそれは会費などもとらないし、ポイントがつくだけだ。来店の数だけスタンプ、というものなのである。
 ハロウィンのコースの料理がまた微妙に可愛らしい。
(これは……なんだ? カップル限定なのか?)
 そういうわけでもないとは思うが。
 仮装であることと、ペアでの来店が必須条件らしい。
「仮装か……。面白そうだが」
 呟いて梛は歩き出す。
 どちらにせよ、自分はチケットを持っていない。食べられはしないのだ。
 だが、名残惜しいのはデザートだ。
 あの宣伝ポスターのデザートはかなりそそられる。
 綺麗で可愛くて……。
(美味しそうだったな……。はっ。違う違う。あれは宣伝のための写真で、実物とは違うはずだ。惑わされるな)
 自分に厳しく言い聞かせ、梛は仕事へと向かったのであった。



 帰り道、ちょうどコンビニから出てきた人物に梛は目を丸くする。
「と、遠逆……さん」
 あの深い紫の制服は見間違えようがない。
 しかしこんな深夜に彼はコンビニで買い物か?
「あれ? やあ、鈴森さん」
 彼は梛に気づくとにこーっと笑って挨拶してきた。
 やはりだ。
(……むぅ。遠逆さんは、なんというか……女たらしの香りがするな)
 少しだけ身構える梛は足を止めて軽く頭をさげた。彼もそれに倣ってぺこっと可愛く頭をさげる。
「こんな夜中に女の人が一人なんて危ないね」
「心配は無用だ」
「そっか」
 あっさり引き下がるので梛は疑問符を浮かべた。女たらしではないのかもしれない。
「遠逆さんは、こんなところでなにを?」
「買い物」
 そういえば、片手にビニール袋を持っている。何が入っているかはわからないが、雑誌があるのだけはわかった。
 しかし時間が時間だ。
(もう深夜の2時過ぎだぞ……? なぜ彼はこんなにケロっとしているんだ?)
 夜行性なのだろうか、もしかして。
「ああそうだ」
 欠月はごそごそと何かを取り出した。チケットだ。
 チケットに記されているマークに梛は少しだけ目を見開く。
(あれはあの店のマーク!)
 内心どきどきしてしまう梛だったが、それを顔には出さない。
「これ、あげるよ。ボクは使わないから」
 受け取ったチケットを見ると、やはりだ。ハロウィン限定のチケット!
「こ、れ……」
 どうしてという目で欠月を見る。
 彼は肩をすくめた。
「仕事のお礼で貰ったんだけど、一緒に行く相手もいないからね。良かったら貰ってやってよ」
「…………」
 思案している梛に欠月はケラケラ笑う。
「なにか心配?」
「いや……べつに」
「なんか裏があるってわけじゃないから安心してよ。邪魔だからあげるだけだから」
「邪魔って……これは滅多に手に入らないものなんだが」
「あれ? そうなの? んー。でも、やっぱりいらない。相手もいないから、ボクが持ってたらゴミになるのがオチだしね」
「……いないのか? 一緒に行きたい相手は」
 静かに尋ねた梛の言葉に、欠月はあっさり頷いた。
「東京に知り合いはいないんだよ。あ、一人いたの忘れてた。そうそう、鈴森さんが居たね」
 あまりな言い方に梛は欠月を観察する。
 悪気があって言っているようには見えない。彼はただ事実を述べているのだろう。
 そう、梛は彼にとって友人ではなく、知り合い、なのだ。
「知り合いがいないとはまた妙なことを。どうやって仕事をしているんだ?」
「実家から連絡が来るから、それでやってるよ。ということは、鈴森さんは東京でのツテで仕事でもしてるの?」
「ちょっとだけな」
「そう。色々大変そうだね」
 笑顔で言う欠月は片手を挙げて立ち去ろうとする。
 梛の手にはチケットが二枚。
 一瞬、梛の脳裏に友人の姿が浮かぶ。遠い昔の話だ。
 すぐに打ち消して欠月の背中に声をかけた。
「これは受け取っていない」
 彼は不思議そうに振り向く。
「これの所有権はまだ遠逆さんのものだ」
「いらないって言ってるじゃない」
「相手がいないのなら…………」
 間をとったのは、ガラにもなく緊張したからだ。欠月は自分の様子には気づいていないようなので、安心した。
「私が行こう。無駄にするのは勿体ない」
「…………」
 ぽかーんとする欠月の様子に梛は少し困惑する。
 なにか間違っていただろうか?
 いや、言い方は確かにいつものように冷淡だったが間違ってはいないはずだ。
 ほんのちょっぴり不安になって、言い換える。
「私でよければ、だが」
 今度の言葉も間違っていないはずだ。
 梛は欠月を見る。彼の口がゆっくりと開くのが、暗闇でも見えた。
「そりゃ……ボクは構わないけど」
「そうか。では日時を決めよう」
「…………」
「どうした?」
 欠月は軽く首を傾げる。
「……んー……。まあいいか」
「まあいいか? 気になる言い方だな」
「いや。鈴森さんも物好きだなあと思って」
「私が? 物好き?」
「そ。だってわざわざボクなんて誘わなくても、いっぱいいるでしょ?」
「……それほど交友関係は広くない」
 視線を伏せる梛に、欠月は「ふぅん」と洩らした。



 店内で向き合っているのは梛と欠月だ。食事が運ばれてくるまでは、二人は暇である。
 梛は白い着物姿だ。
「鈴森さんの格好はなに?」
「雪女郎のつもりだ」
「…………雪女じゃなくて?」
 欠月にそう言われて梛はちょっと眉をひそめる。
「なにが違うの。雪女郎と雪女って」
 さらに彼は問いかけてきた。
 言われてみれば、なにが違うんだろうか。響きか?
 梛は少し考えてみる。
 雪女郎と雪女に違いなどないはずだ。同じものの、はず。
「同じものじゃないのか」
「ほんとに?」
 にやにやと笑う欠月の態度に梛は冷たい表情になる。
 この男はわかっていてやっているのか?
「まあ退魔士のボクにとってはどちらも同じカテゴリーになる妖魔だけど。一般的にも同じ?」
「……遠逆さんはどちらをよく使うんだ?」
 欠月はきょとんとしてからさらっと言う。
「雪女」
「…………」
「ごめんごめん。意地悪しちゃったね。気にしないで」
「気になる」
「まあ根本的なものは一緒だと思うよ。ボクも詳しいわけじゃなから」
「どうしてわざわざ訊いてきたんだ?」
「耳慣れない単語だから」
 これまたあっさり欠月は言った。
「少なくとも、ボクにとってはね」
「そうか……。まあ、子供に読み聞かせるものも雪女と表示しているものが多いし……有名なのは雪女かもしれないな」
「まあ子供はジョロウって使わないからね」
「そう言われればそうだな」
 発音しにくいだろう。だいたい、女郎の意味もわからないので余計に混乱しそうだ。
「ボクの知識では『女』っていう広いジャンルだからね。氷雪系の妖魔の女が若かろうが老いてようが女にかわりはない」
 女郎には女という意味もあるが、婦人や若い女という意味もある。
 確かに……もしかしたら老いた雪女もどこかに存在しているかもしれない。勿論老婆では男を惑わせないとは思うが。
「なるほど。だから『雪女』と呼んでいるのか」
「でもま、鈴森さんにも違いがわからないならこれでいいのか。
 ちょっと気になっただけなんだよ。ごめんね」
 くすりと笑う欠月を、梛は怪訝そうにうかがう。
「……なぜ謝るんだ?」
「うるさく細かいこと言うのは好きじゃないんだよ。だいたい今の会話はボクが心の中で『ああ、雪女のことね』って思えば済むじゃないか」
「まぁ……そうだな。確かに」
 にこにこと笑顔の欠月を見て、梛は微妙な表情を浮かべた。
 そうか。大きな違和感は欠月の格好にあったのだ。
(……天狗から、雪女について聞いているようなものだからな)
 そう。欠月の格好は天狗なのだ。随分と鼻の低い天狗である。
(だが、なぜ天狗なんだ……)
 祭の夜店で売っているような天狗のお面を頭につけている欠月は、運ばれてきた料理を見遣る。
 梛も料理へと視線を向けた。
(う。あのポスターの写真より美味しそうだ)
 はっとすると欠月はすでに口へと料理を運んでいた。
 梛は料理を食べてみる。かなり美味しい。
 じんわり感動する梛であった
「鈴森さんは、どうして今回の仮装を和物にしようとしたの?」
「いや、洋物ではないほうが新鮮で面白いかなと思っただけだ」
「はぁ……なるほどね。言われてみればドラキュラやフランケンシュタインだって、西洋の妖怪と言えなくもないしね」
 妖怪、と言われるとなんだか変だ。
「別に妖怪にこだわっていたわけではないんだが……」
 素早く料理を口へ運ぶ欠月に梛は声をかける。
「遠逆さんは妖怪には詳しいのか?」
「え? まさか。ボクのは聞きかじりかな。最低限なのしか知らないよ」
「最低限か」
「そ。実家で教えられたことと、あとは知り合いに教わった嘘とか」
「知り合い?」
「ちょっとした、同業者ってとこかな。神出鬼没でね、最初はひどかったもんだよ。平気で嘘を教えてくれるんだもん。人が記憶喪失だと思って……まったく」
 最後の小さな呟きに梛は疑問符を浮かべた。
「記憶喪失だったのか?」
「今もね。ああ気にしないで。べつに困ってないから」
 もしかして、さっきの雪女で質問してきたのは……。
(耳慣れない単語……、か)
「わかった。気にしない。
 しかし神出鬼没の友人なら、食事には誘えないな」
「誘えないっていうか、アイツを誘おうなんて思わないよ」
 肩をすくめる欠月。
 どうやら欠月はその人物があまり得意ではないようだ。

「デザートになります」
 その声に梛はハッとした。いつの間にかもう最後とは。
 結局それほど喋りはしなかったように思う。料理に集中してしまって。
「……なんか、少し嬉しそうだね」
 欠月の言葉に表情は動かなかった。
 デザートのケーキを口に運ぶ。甘酸っぱくて、美味しい。
(うん……美味いな)
 しみじみ思っていると、目の前で欠月は驚いたような顔をしていた。
「やっぱり嬉しそうじゃないか」
 と、彼は言ったが何も応えなかったのである。デザートに夢中だったからだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5222/鈴森・梛(すずもり・なぎ)/女/21/封印師】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鈴森様。ライターのともやいずみです。
 和物な仮装、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!