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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時空図書館 〜綾錦の苑〜

【オープニング】
 すっかり秋らしくなった、ある日の夕暮れ時。
 草間武彦と零は、連れ立って買い物から帰って来たところだった。
 事務所の中には夕日が射し込み、テーブルもソファもデスクも、全て茜色に染まっている。だから、二人とも最初はそれに、気づかなかった。
「紅葉……?」
 小さく目をしばたたいて、低い呟きを上げたのは、零の方だ。
 室内と同じ色に染まった紅葉の、小さな枝が一本、同じ色の封書と共に、事務所の壁に止めつけられていた。
 事務所のドアにはむろん、鍵がかけてあったはずだ。
 なのに、いったい誰が――と思いながら、草間は封書と紅葉の枝をはずして、封書の中身を読む。
 それは、お茶会への招待状だった。
『ご無沙汰しています。
 明日、三時より、紅葉と秋の味覚を楽しむ、お茶会を開きたいと思います。つきましては、ご友人方をお誘いの上、お越し下さいますようにお願いいたします。
 もちろん、お茶やお菓子の差し入れは、歓迎いたしますよ。
 それでは、みなさんのお越しを、お待ちしています』
 最後の署名は、「時空図書館 管理人・三月うさぎ」となっている。
「お茶会の、招待状だとさ」
 言って草間は、それを零に渡す。
 零は招待状を読み下し、顔を輝かせた。
「お兄さん、もちろん、行ってもいいですよね?」
「ああ」
 うなずく草間も、すでに頭の中で、誰に声をかけようかと、友人・知人のリストを繰り始めていた。

【綾錦の苑へ】
 軽い眩暈が治まって、セレスティ・カーニンガムは顔を上げた。あたりを見回して、思わず声を上げる。
「すごいですね……!」
 周囲は、赤や黄、オレンジに色づいた紅葉、楓、銀杏、楡、桜が埋め尽くしていた。足元は、緑の芝生におおわれているが、その上にもそれらの葉が散って、目も綾な錦を織り上げている。
 そこは、一見すれば豪勢に整えられた日本庭園のようだった。すぐ傍には、小さな築山が作られ、橋が掛かっていたが、その下には小川が流れている。その小川にも、やはり色づいた葉がいくつも浮かび、なんとも鮮やかだ。
 それらが、視力の弱いセレスティの目には、さながら色の洪水のように見えた。鋭い感覚で補っているため、それが実際はなんなのかも理解できてはいるが、どちらにせよ、ただ吐息をつくしかない光景ではある。
(ここの庭園の美しさには、いつも驚かされますね。本当に)
 セレスティは、目を見張ったまま、胸に苦笑して呟いた。
 前に来た時には急ぎで呼ばれたため、なんの用意もできなかったが、今日は違う。なので、しっかりと差し入れの菓子も用意して来た。秋の旬の味覚といえば、やはりマロン――栗だ。ということで、それを使ったロールケーキと、和栗を使った羊羹を持参した。一つを羊羹にしたのは、洋菓子が苦手な人間がいるかもしれないと配慮してのことだ。
 本日の同行者は、草間と零の他に、三雲冴波、シュライン・エマ、綾和泉汐耶の三人だ。冴波と汐耶は知人で、シュラインは友人だった。
 彼らは、招待状に指定されたその日の午後三時より少し早い時間に、草間の事務所に集まった。そして、招待状に触れることでそれを扉として、今ここにやって来たというわけだ。
 と、橋の向こうから、二十代半ばと見える青年が一人、彼らの方へとやって来た。ゆったりした白い中国風の衣服に身を包み、薄紅色の髪と目をしている。髪の間からは、羽根のようなものが覗いていたが、それはどうやら耳だった。
 彼こそが、時空図書館の管理人、三月うさぎである。
「本日は、ようこそ」
「こちらこそ、招いていただいて、ありがとう」
 笑顔で彼らを迎える三月うさぎに、一同を代表するように返したのはシュラインだ。
 二十六歳になる彼女は、長い黒髪を後ろで一つに束ね、長身の体には、秋らしく渋い茶色のパンツスーツをまとっている。本業は翻訳家だが、普段は草間興信所の事務員をしていた。手には、大きめのランチボックスを提げている。
「いえ。また会えてうれしいですよ、シュラインさん。セレスティさん、汐耶さん、そしてもちろん、草間さんや零さんもね」
 彼は言って、それぞれの顔を見回した。そして、つと冴波の方へ歩み寄る。
「はじめまして、三雲冴波さん。私がこの時空図書館の管理人、三月うさぎです」
 冴波は、シュラインと変わらない年だろう。茶色の肩までの髪に黒い目の、ややとっつきにくい感じのする女性だ。建築系の会社で、事務員をしているという。Vネックの黒い長袖Tシャツに、デニムのタイトスカートという、ラフなかっこうだった。
 手を差し出されて、彼女は少し怪訝そうな顔をしながら、三月うさぎの手を取る。きっと、なぜ名前を知っているのか、不思議だったのだろう。
 やがてセレスティたちは、三月うさぎに案内されて小さな橋を渡り、大きめの築山の上に造られた洋風の四阿(あずまや)にたどり着いた。白亜の四阿は、蔦におおわれ、不思議と日本風の庭園にマッチしている。中には、大きな丸テーブルと椅子が据えられ、翡翠色の髪とドレスの女たちが、ワゴンにお茶と菓子の用意をして待ち構えていた。
 草間たちは、三月うさぎに椅子を勧められ、それぞれ腰を下ろす。セレスティは足が弱く、車椅子を使っているので、そのまま席に着く。そして、それぞれに差し入れとして持参して来たものを、披露した。
 シュラインは、サツマイモのジャムにマスカットムースのタルト、それに栗の渋皮煮を、汐耶は紅葉と栗の形の落雁を、そして零は胡桃入りのバターケーキを持って来ていた。
 セレスティも、もちろん膝に乗せたバスケットの中身を見せる。
 最後に、冴波が幾分おずおずと、テーブルの上にロールケーキを置いた。
「冴波さんも、ロールケーキを持って来たんですか?」
 セレスティは、重なってしまったことに驚きつつ、尋ねる。
「あ……。ええ。ここの店のロールケーキは、とてもおいしいから。秋だし、マロンクリームがたっぷり入ったものを買って来たんだけど……なんだか、重なってしまったみたいね」
 問われて、冴波が言った。
 セレスティは、少し返事に困る。
「いえ、どうぞ、お気になさらず」
 それへすかさず口を挟んだのは、三月うさぎだ。
「作った人が違えば、同じロールケーキといえども、皆、味や食感は違いますからね。食べ較べてみるのも、一興です」
 言って彼は、他の者たちにもにこやかに礼を言った。
 彼らが持参したものを披露している間に、テーブルの上にはスコーンとサンドイッチをそれぞれ盛った大皿が置かれ、紅茶のカップが並べられる。
 一方、彼らが持って来たものは、翡翠色の髪の女たちによって持ち去られ、ほどなく、それぞれが大皿に盛り付けられて、これもテーブルの上に並んだ。
 そうして、和やかにお茶会が始まる。
 セレスティはさすがに気になったので、冴波の持参したロールケーキを最初に手にした。が、断面を見て安堵する。彼女のそれは、モンブランの上などに乗っているようなマロンクリームだったのだ。ちなみに、彼が持参したものは、生クリームに細かく砕いた栗のかけらが入っている。
 食べてみると、そのロールケーキは芳醇な香りと舌にとろける味わいが、なんとも素晴らしかった。
「三月うさぎさんの言うとおりね。同じマロンのロールケーキでも、全然違うわ」
 食べ較べてみたらしい汐耶が、言うのが聞こえた。
 彼女は、二十二、三歳ぐらいだろうか。短い黒髪に、銀縁メガネ、長身でスレンダーな体に紺のパンツスーツがよく似合う。どこか華奢な青年のようにも見える彼女は、都立図書館の司書だった。
「そうですね。冴波さんのは、マロンをクリームにしてあって、それがとてもたっぷり入っているので、風味が豊かで味わいがあります」
 セレスティもうなずく。
「味と趣向の違うロールケーキを二種類食べられて、かえって特した気分になるな」
 草間も言った。
 冴波は何も言わないが、彼女自身もセレスティのものを食べたようだ。周りの反応に安堵したのか、ゆっくりと紅茶を口にしている。
 それを見やってセレスティは、マスカットムースタルトと胡桃入りバターケーキを取り分けてもらった。タルトはヨーグルト風味で、マスカットの酸味にそれがよく合っている。また、バターケーキも食感がいい。
 彼は、少し考えてから、バターケーキにサツマイモジャムを塗ってみた。これが、意外とよく合う。互いの味を引き立て合って、なかなかに美味だ。
(サツマイモのジャムは初めて食べますが、意外となんにでも合いそうですね)
 胸に呟き、彼はゆっくりとそれを咀嚼する。それから、静かに紅茶を口に含んだ。こちらは、相変わらずの絶品だ。
(こういうのを、至福の味わいというのかもしれませんね)
 彼は、そんな呟きを胸に落として、一つ吐息をつくのだった。

【飛天の舞】
 セレスティは、二杯目の紅茶を飲み干して、カップを置いた。
 同行者たちが持参したものを、一通り口にしてみたが、どの菓子も皆なかなかに美味で、味わい深かった。それに、彼が持参したものも、好評だ。
 四阿に今いるのは、彼と三月うさぎの二人だけだった。
 隣に座していた冴波は、いくつかの菓子を口にした後、そっと席を立って四阿を出て行った。他の者は、いつ彼女が出て行ったのか気づかなかったようだが、セレスティは鋭い感覚でそれを察知していた。
 一方、シュラインと汐耶、草間と零の四人は、庭園を散策すると言って、さっき出て行ったところだ。
 セレスティも、もう少し日射しが弱ければ、外を散策するのも悪くはないと思う。が、ここのいつまで経ってもくれることのない空は、青く晴れ上がり、彼には日射しが強すぎた。なので、この四阿から、周囲の景色を堪能する。
「相変わらず、素晴らしい趣向ですね」
 ややあって、彼は口を開いた。
「そう言っていただけると、うれしいですよ。たまには、日本風な庭もいいかと思いましてね」
 三月うさぎは、穏やかに笑って返す。そして、ふと思いついたように訊いた。
「ところで、セレスティさんは、踊りなどはいかがです? 見て楽しんだりされますか?」
「専門的なことはわかりませんが、楽しみとしては、たしなみます」
 言って、彼は小さく首をかしげる。
「ですが、踊りと一口に言っても、いろいろありますよね? バレエもそうですし、能やソシアルダンス、ジャズダンスなども踊りの一種だと思いますが」
「ああ、それはそうですね。……でも、お嫌いではないのなら、見ていただく方が、早いかもしれませんね。外の世界のジャンル分けは、私にはよくわかりませんし」
 笑って言うと、三月うさぎは、隅に控えていた翡翠色の髪の女たちの一人に、何事かを命じた。そして、立ち上がるとセレスティの後ろに回る。
「申し訳ありませんが、少しおつきあい願いますよ」
 断ってから、車椅子を押し始めた。
 彼らは、四阿を出ると来た時に通った橋の傍へと向かう。ただし、そこから橋は渡らず、レンガ色の石畳を敷かれた小道にそれた。頭上は鮮やかな色に染まった木々の梢におおわれ、さながらトンネルの下を行くかのようだ。
 やがてその小道が途切れた先に、白い大理石で組まれた空間が広がった。あたりを飾るのは、さっきからと同じく、赤や黄色に色づいた紅葉や楓などだ。が、石畳やあたりに立てられた円柱などは、西洋風の建築様式だった。なのに、違和感がない。ここでは、和と洋がうまく溶け合い、不思議な空間を作り上げているのだった。
 三月うさぎは、その円柱の中に入ったところで、足を止める。セレスティの車椅子も同時に止まった。それへ、待ち構えていたかのように、翡翠色の髪の女が一人現れて、セレスティの上に大きな日傘を差しかけてくれる。
「これは……。気を遣わせてしまって、申し訳ありません」
 彼は、驚いて言った。
「いえ。お気になさらず」
 三月うさぎは、穏やかに返す。
 彼らの正面には、紫色の髪とドレスの女たちが、それぞれ楽器を手に椅子に陣取っていた。楽器は、セレスティには見覚えのない東洋風の弦楽器や打楽器ばかりだ。
 女たちの一人が、軽く拍子を取り、演奏が始まる。インドかネパール、中近東あたりのような、不思議な音楽が流れ出した。それと共に、円柱の外から白い髪と白い衣服の女たちが小走りに入って来て、音楽に合わせて踊り始めた。動きは緩やかだが、手や足が、独特の形にくねり、なんとも不可思議な空間をそこに描き出す。
 女たちの動きは、セレスティにヒンドゥー教の神々の像を思い出させた。何本もの腕や頭を持ったそれらの神々は、なよやかな仕草で印を組み、法具を持つ。女たちの手足の動きは、どこかそれに似ていた。
 その独特の音楽を聞きながら、女たちの踊りを眺めていると、意識がそこに引き込まれ、朦朧として来る気がする。
(音楽も舞踊も、もともとは宗教儀式ですが……これはまさしく、そのものなのかもしれませんね)
 セレスティは、ふと胸に呟き、苦笑した。
 それでも踊りは次第に激しいものへとかわり、最後には音楽と共に、まるで雪崩落ちるような終焉を迎えた。
 途中までは、苦笑する余裕さえあったセレスティも、さすがにこのころには完全に意識をそちらに引き込まれ、全てが終わって女たちが一礼し、立ち去った後も、しばし呆然としていた。
「いかがでしたか?」
 三月うさぎに、そっと声をかけられて、やっと我に返る。
「ああ……。素晴らしい踊りでした」
 言って、遅ればせながらに拍手を送る。
「どうやら、気に入っていただけたようですね」
 それを見やって、三月うさぎは薄く笑うと言った。
「今、思うところあって、踊り手をそろえているのですが、なかなか思うようにいかなくて。ようやくどうにか形になったのが、今の女たちなのですよ」
「そうでしたか」
 うなずいて、セレスティは思わず吐息をつく。
「本当に、ここにあるものは、なんでも一級品ばかりなのですね。今の踊りは、しばらくは夢に見そうですよ」
「そんなふうに言っていただけると、うれしいですね」
 三月うさぎは、本当にうれしそうに笑うと、「そろそろ、戻りましょうか」と声をかけ、彼の車椅子を回した。そのまま、来た時と同じ歩調で、静かにそこを後にした。来た道を逆にたどり始める。
 道すがら彼は、三月うさぎが他に、日本舞踊とモダンダンスのグループもそろえようとしているのだと聞かされた。
「それは楽しみですね。……踊りだけでもすばらしいでしょうけれど、オペラやミュージカルなども、やってみたら面白いかもしれませんよ」
 セレスティはそれへ、ふと思いついて言った。が、三月うさぎは、苦笑する。
「残念ながら、それは無理ですね。あの女たちは、口が利けませんので」
「ああ……」
 言われて改めて彼は、翡翠色の髪の女たちのことを思い出した。たしかに、彼女たちがしゃべるところを、彼は一度も見たことがない。
「そうでしたか。……ですが、そう、踊りだけでもあれほど素晴らしければ、誰もが称賛を惜しまないでしょう」
「ありがとうございます」
 改めて言うセレスティに、三月うさぎは礼を言った。

【新来の客】
 二人が元の四阿へ戻って、再びお茶を飲みながら、今度は紅茶談義に花を咲かせていると、汐耶が戻って来た。だが、出て行く時に一緒だったはずのシュラインと草間、零の姿はない。かわりに、三月うさぎの友人・妹尾静流ともう一人、見たことのない女性を伴っていた。
 女性は、秋築冬奈というらしい。
 二十六、七歳というところだろうか。市松人形のような長くて直ぐな黒髪と黒い目の、大人しげな女性だ。長身で、汐耶よりもやや背が高い。黒っぽいベルベットのワンピースに身を包んでいた。
 彼女はどうやら、三月うさぎがセレスティたちとは別に、今日のお茶会に招待した人間のようだ。といっても、初対面らしいが。
「冬奈さんは、以前にこの図書館へ足を踏み入れたにも関わらず、迷うことなく、自分の場所に帰ってしまわれた、稀有な方なのですよ。それで、以前から一度、お招きしたいと思っていたんです」
 三月うさぎが、半ばはセレスティや汐耶、静流に説明するかのように告げる。
 冬奈は、それを聞いて小さく肩をすくめた。
「それはどうも。でも、だったらもう少し、わかりやすい場所に出してほしかったわね」
「彼女、庭園の中を迷っていたみたいなんです」
 横から静流が口を挟む。
「そう思って、あなたに迎えに行かせたんですよ、静流。ちゃんと、会えたでしょう?」
「管理人、それならそうと、最初から言っておいて下さい」
 三月うさぎに言われて、静流は眉をしかめた。どうやら彼も、冬奈のことは何も聞いていなかったようだ。
「たまには、アクシデントも必要でしょう?」
 三月うさぎは、それへ笑って言うと、改めて冬奈に席を勧めた。
 見れば、いつの間にか翡翠色の髪の女たちが、彼女と静流の席を用意している。三月うさぎと汐耶の間だ。静流は当然のように三月うさぎの隣に腰を降ろし、冬奈も黙って空いている椅子に座る。それから、思い出したように差し入れだと言って、紅葉饅頭の包みを三月うさぎに差し出した。
 その後、彼らは話題は本のことになった。どうやら、冬奈はずいぶんと本好きらしい。それで、静流や汐耶と気が合ったのだろう。セレスティもけして嫌いではないので、会話は弾む。
 そうするうち、姿を消していた冴波が戻って来た。
「おかえりなさい。散策でもしてらしたんですか?」
「ええ、まあ……」
 新来の二人に驚いているらしい彼女に、セレスティが声をかけると、曖昧にうなずく。そして、気になるのか、汐耶たちの方を見ているので、彼は冬奈のことを教えてやった。
 そこへ、今度はシュラインと草間、零の三人が戻って来る。彼らも静流と挨拶を交わし、冬奈とは彼同様初対面なのか、互いに自己紹介をし合う。
 そうして三人が席に着いたころを見計らうように、新しいお茶と菓子が運ばれて来た。
 菓子は、さっき冬奈が三月うさぎに渡していた、紅葉饅頭だ。
 一方、お茶の方は、紅茶ではない。淡い金色で、嗅ぎなれた甘い香りがした。
(これは……金木犀ですね)
 軽く目を見張って胸に呟き、彼は一口、含んでみる。途端、口中にまぎれもない、金木犀の甘い香りが広がった。しかし、後口はすっきりしている。
(なかなか、いけますね)
 胸に呟き、セレスティは微笑む。
「美味しい……」
 隣で、思わず呟く冴波の声が聞こえた。
「金木犀のお茶っていうのは、今の季節にぴったりだけど、これもここで採れたものなの?」
 シュラインが、三月うさぎに尋ねる。
「もちろん、そうですよ。秋の花ばかりを集めた庭もありますからね。……今年のお茶は、なかなか美味しくできました」
 三月うさぎがうなずいて、満足げに答えた。
(本当に、いろんなお茶を作っているんですね)
 そのやりとりに、セレスティはいささか感心しながら、もう一口、お茶を含む。それから、紅葉饅頭とスコーンを取る。紅葉饅頭は、餡子とリンゴジャムとチーズが入ったものがあり、彼はリンゴジャム入りのにした。スコーンは、生地にかぼちゃが練り込んであるのか、ほんのりと甘い。クロテッドクリームをたっぷり乗せた後、サツマイモジャムも乗せる。
 どちらも、なかなか美味だ。
 彼は、それらを堪能しながら、聞くともなしに周りの会話に耳を澄ませる。汐耶と冬奈、静流の三人は、相変わらず本の話題で盛り上がっているようだ。が、彼が口を挟むには、いささか内容が濃くなりすぎているようだ。汐耶と冬奈は、どちらも司書ということで、話はいかにして古書の管理を徹底するか、というようなことにまで及んでいる。
 一方、シュラインたちは散策の途中で、踊りの稽古をしている白い髪と着物の子供に出会ったようだ。その子供が何者なのか、三月うさぎに尋ねている。
「ああ、その子供は、見習いの踊り子ですよ。……しばらく、ここを留守にすることになりそうなので、その間の代理の者の無聊を慰めるために、踊り子を置くことにしたのですが、なかなか、数も質もそろわなくて。少しでも早く上達させるために、見習いには課題を出して、それに合格できるよう、修練を積ませているのです」
 三月うさぎが、穏やかに答えた。
(え?)
 セレスティは思わず目を見張り、カップを運ぶ手を止めた。
(それでは、さっきの踊り子たちも、そのために? でも、ただそのためだけにしては、なんだか……)
 驚いたのは、他の者たちも同じだったようだ。
「留守って……管理人さん、どこかへ行かれるんですか?」
「こうやって俺たちをお茶に招いてくれるのも、最後だ、とか言わないよな?」
 零と草間が、口々に尋ねる。見れば、汐耶たち三人も、話をやめて聞き耳を立てている。
「ほんのしばらく留守にするだけですよ。それに、今すぐという話ではありませんし」
 三月うさぎは、二人に笑って返した。
「本当に、また帰って来ますよね?」
 零が、それでもまだ心配げに尋ねている。
「ええ、帰って来ますよ」
 三月うさぎも、うなずいた。
 その言葉に、シュラインと汐耶は安堵したようだ。
 セレスティも、ホッとする。
(そうですね。あれだけ素晴らしい踊り手たちを、ただ他人の無聊を慰めるためだけに育てるなど……彼らしくないように思います。きっと、本当の理由は、他にあるのでしょう)
 そう考えを巡らせてから、彼は小さく苦笑した。
(それにしても、私は思ったよりも彼や、ここで過ごす時間が、気に入っているようですね)
 そして、改めてカップを口に運ぶのだった。

【エンディング】
 セレスティたちが、美味しいお茶と菓子、そして美しい風景にすっかり満足して草間興信所に戻って来た時、あたりはずいぶんと暗くなってしまっていた。
 セレスティは、迎えの車の中で、通りを流れて行くテールランプの群れを見詰めながら、庭園での時間を脳裏に反芻していた。殊に、あの不思議で素晴らしい踊りは、しばらく忘れることができないだろう。
 後日。草間から写真の束が送られて来た。時空図書館の庭園の風景を撮ったもので、なんでも撮影者は冴波だという。
「驚きましたね。あそこの風景を、写真に収めることができるとは……」
 今まで考えつかなかったことだけに、セレスティは驚かずにはいられない。しかも、指先で読み取った情報では、かなり鮮明に撮れているようだ。
(もしかしたら、あの時の踊りも、こんなふうに写真やビデオに収めることが、できたのでしょうか?)
 ふいに彼は、そんなことを思う。もしそうなら、次に行く時にはビデオを持参して、三月うさぎにもう一度踊りを見せてくれと頼んでみようか――という衝動が胸に湧いた。が、すぐに彼はかぶりをふる。
(いえ……。たぶんこれは、風景だからこそ写すことができたんでしょう。あの女性たちは人間ではないようですし……。だったら、写らない可能性の方が、高いと思えます)
 それに、ああしたものは、記録にとどめておくことができないからこそ、素晴らしいのだとも彼は思った。
(写真やビデオに頼らなくとも、この目と心に、しっかりと焼き付けておけばいい……。そういうことですね)
 彼は胸に呟くと、一通り目を通した後、鮮やかな木々の映える写真の束を封筒に戻すと、机の引き出しの奥へと、しまい込んだのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 /財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5391 /秋築冬奈(あきつき・ふゆな) /女性 /27歳 /区立図書館司書】
【1449 /綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや) /女性 /23歳 /都立図書館司書】 
【4424 /三雲冴波(みくも・さえは) /女性 /27歳 /事務員】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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●セレスティ・カーニンガムさま
いつも参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
庭園でのお茶会は、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いします。