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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時空図書館 〜綾錦の苑〜

【オープニング】
 すっかり秋らしくなった、ある日の夕暮れ時。
 草間武彦と零は、連れ立って買い物から帰って来たところだった。
 事務所の中には夕日が射し込み、テーブルもソファもデスクも、全て茜色に染まっている。だから、二人とも最初はそれに、気づかなかった。
「紅葉……?」
 小さく目をしばたたいて、低い呟きを上げたのは、零の方だ。
 室内と同じ色に染まった紅葉の、小さな枝が一本、同じ色の封書と共に、事務所の壁に止めつけられていた。
 事務所のドアにはむろん、鍵がかけてあったはずだ。
 なのに、いったい誰が――と思いながら、草間は封書と紅葉の枝をはずして、封書の中身を読む。
 それは、お茶会への招待状だった。
『ご無沙汰しています。
 明日、三時より、紅葉と秋の味覚を楽しむ、お茶会を開きたいと思います。つきましては、ご友人方をお誘いの上、お越し下さいますようにお願いいたします。
 もちろん、お茶やお菓子の差し入れは、歓迎いたしますよ。
 それでは、みなさんのお越しを、お待ちしています』
 最後の署名は、「時空図書館 管理人・三月うさぎ」となっている。
「お茶会の、招待状だとさ」
 言って草間は、それを零に渡す。
 零は招待状を読み下し、顔を輝かせた。
「お兄さん、もちろん、行ってもいいですよね?」
「ああ」
 うなずく草間も、すでに頭の中で、誰に声をかけようかと、友人・知人のリストを繰り始めていた。

【綾錦の苑へ】
 軽い眩暈が治まって、綾和泉汐耶は顔を上げた。あたりを見回して、思わず声を上げる。
「すごい……!」
 周囲は、赤や黄、オレンジに色づいた紅葉、楓、銀杏、楡、桜が埋め尽くしていた。足元は、緑の芝生におおわれているが、その上にもそれらの葉が散って、目も綾な錦を織り上げている。
 そこは、一見すれば豪勢に整えられた日本庭園のようだった。すぐ傍には、小さな築山が作られ、橋が掛かっていたが、その下には小川が流れている。その小川にも、やはり色づいた葉がいくつも浮かび、なんとも目に美しい。
(ここの庭園の美しさには、いつも驚かされるわ)
 汐耶は、目を見張ったまま、胸に呟いた。
 今日はちょうど代休で、古書店に行こうかと思っていたのだが、草間からの誘いを受けて、予定を変更したのである。本日彼女が持参したのは、和三盆を使った落雁だった。紅茶ならば、洋菓子の方がいいだろうかとも思ったのだが、なんとなく、和菓子にした。紅葉と栗を形取ったものの二種類があって、栗の形のものは、ほんのりと栗の風味がする。
 同行者は、草間と零のほかに、三雲冴波、シュライン・エマ、セレスティ・カーニンガムの三人だ。シュラインとは友人で、冴波とセレスティも知らない仲ではない。
 彼女たちは、招待状に指定されたその日の午後三時より少し早い時間に、草間の事務所に集まった。そして、招待状に触れることでそれを扉として、今ここにやって来たというわけだ。
 と、橋の向こうから、二十代半ばと見える青年が一人、彼女たちの方へとやって来た。ゆったりした白い中国風の衣服に身を包み、薄紅色の髪と目をしている。髪の間からは、羽根のようなものが覗いていたが、それはどうやら耳だった。
 彼こそが、時空図書館の管理人、三月うさぎである。
「本日は、ようこそ」
「こちらこそ、招いていただいて、ありがとう」
 笑顔で彼女たちを迎える三月うさぎに、一同を代表するように返したのは、シュラインだ。
 彼女は、汐耶より三つ年上の二十六歳。長い黒髪を後ろで一つに束ね、秋らしい渋い茶色のパンツスーツに長身の体を包んでいる。胸元には、色つきのメガネが下がり、手には大きめのランチボックスを提げていた。本業は翻訳家だが、普段は草間更新所の事務員をしている。
「いえ。また会えてうれしいですよ、シュラインさん。セレスティさん、汐耶さん、そしてもちろん、草間さんや零さんもね」
 彼は言って、それぞれの顔を見回した。そして、つと冴波の方へ歩み寄る。
「はじめまして、三雲冴波さん。私がこの時空図書館の管理人、三月うさぎです」
 冴波は、シュラインと変わらない年だろう。茶色の肩までの髪に黒い目の、ややとっつきにくい感じのする女性だ。建築系の会社で、事務員をしているという。Vネックの黒い長袖Tシャツに、デニムのタイトスカートという、ラフなかっこうだった。
 手を差し出されて、彼女は少し怪訝そうな顔をしながら、三月うさぎの手を取る。きっと、なぜ名前を知っているのか、不思議だったのだろう。
 やがて汐耶たちは、三月うさぎに案内されて小さな橋を渡り、大きめの築山の上に造られた洋風の四阿(あずまや)にたどり着いた。白亜の四阿は、蔦におおわれ、不思議と日本風の庭園にマッチしている。中には、大きな丸テーブルと椅子が据えられ、翡翠色の髪とドレスの女たちが、ワゴンにお茶と菓子の用意をして待ち構えていた。
 彼女たちは、三月うさぎに椅子を勧められ、それぞれ腰を下ろす。そして、差し入れとして持参して来たものを、披露した。
 シュラインは、サツマイモのジャムとマスカットムースのタルト、栗の渋皮煮を、セレスティは、マロンを使ったロールケーキと和栗を使った羊羹を、そして零は胡桃入りのバターケーキを持って来ていた。
 汐耶ももちろん、落雁の入った箱をテーブルの上に広げる。
 最後に、冴波が幾分おずおずと、テーブルの上にロールケーキを置いた。
「冴波さんも、ロールケーキを持って来たんですか?」
 セレスティが、それへ尋ねる。
 彼は、一見すると二十代半ばだが、実際は七百年以上も生きている。本性は人魚だ。長い銀髪と青い目、白皙の美貌の持ち主で、視力と足が弱いため、今日も車椅子だった。身にまとったゆったりとしたオフホワイトのシャツと黒いスラックスが、よく似合っている。
「あ……。ええ。ここの店のロールケーキは、とてもおいしいから。秋だし、マロンクリームがたっぷり入ったものを買って来たんだけど……なんだか、重なってしまったみたいね」
 問われて、冴波が言った。
「いえ、どうぞ、お気になさらず」
 すかさず口を挟んだのは、三月うさぎだ。
「作った人が違えば、同じロールケーキといえども、皆、味や食感は違いますからね。食べ較べてみるのも、一興です」
 言って彼は、他の者たちにもにこやかに礼を言った。
 汐耶たちが持参したものを披露している間に、テーブルの上にはスコーンとサンドイッチをそれぞれ盛った大皿が置かれ、紅茶のカップが並べられる。
 一方、彼女たちが持って来たものは、翡翠色の髪の女たちによって持ち去られ、ほどなく、それぞれが大皿に盛り付けられて、これもテーブルの上に並んだ。
 そうして、和やかにお茶会が始まる。
 汐耶は少しだけ迷って、セレスティと冴波のロールケーキを、一切れづつ皿に取ってもらった。そして、三月うさぎの言ったとおりだと、うなずく。
 セレスティのロールケーキは、生クリームの中に細かく砕いた栗のかけらが入っていて、その食感がなかなかよかった。
 一方、冴波の方は中身がマロンクリームで、芳醇な香りと舌にとろける味わいが素晴らしい。
「三月うさぎさんの言うとおりね。同じマロンのロールケーキでも、全然違うわ」
 彼女は、思わず言った。
「そうですね。冴波さんのは、マロンをクリームにしてあって、それがとてもたっぷり入っているので、風味が豊かで味わいがあります」
 セレスティもうなずく。
「味と趣向の違うロールケーキを二種類食べられて、かえって特した気分になるな」
 草間も言った。
 冴波は何も言わないが、彼女自身もセレスティのものを食べたようだ。周りの反応に安堵したのか、ゆっくりと紅茶を口にしている。
 それを見やって汐耶は、マスカットムースのタルトとスコーンを新たに取り分けてもらった。タルトはヨーグルト風味で、マスカットの味を引き立てており、なかなかのものだった。また、スコーンにはかぼちゃが練り込まれていて、ほんのりと甘い。クロテッドクリームとリンゴジャムが用意されていたので、一つ目はその両方を塗って食べ、もう一つは少し考えて、サツマイモのジャムを塗る。
(美味しい)
 サツマイモのジャムというのは初めて食べたが、驚くほどそのスコーンによく合った。
(このジャム、他の果物と同じように、ただサツマイモに砂糖を入れて煮詰めればいいのかしら。……なんにでも合いそうだし、後でシュラインにレシピを教えてもらってもいいわね)
 そんなことを思いつつ、彼女はその風味を楽しみながら、ゆっくりとスコーンを咀嚼した。

【散策の途中に】
 汐耶は、二杯目の紅茶を飲み干して、思わず小さな溜息をついた。
 同行者らが持参した菓子を、彼女は一通り味わってみた。どれもなかなかに美味で、甲乙つけがたい。それに、彼女が持参したものも、好評だった。
 が、さすがに少しお腹が重い。
 ふと見ると、いつの間にか冴波がいなくなっていた。一人で、散策にでも出かけたのだろうか。
(私も、庭園を散策して来ようかしら。それで、よさそうな場所を見つけたら、そこでしばらく読書するのもいいわね)
 四阿の外に目をやって、そんなことを考える。読書にあまり夢中になって、時間を忘れてはいけないと思い、持参したのは薄い詩集だった。
 一方、シュラインも似たようなことを考えたのか、草間と零をふり返って声をかけている。
「私、少し庭園を散策して来ようと思うけど、武彦さんと零ちゃんもどう?」
「もちろん、ご一緒します」
 零がうなずいて立ち上がる。
「俺も、腹ごなしに歩くかな」
 冗談っぽく言って、草間もうなずいた。
「私も、一緒に行っていいかしら」
 それを見やって、汐耶は声をかけた。
「私はいいけど……」
 言って、シュラインは草間と零を見やる。
「俺たちもかまわないぜ」
「じゃあ」
 うなずく草間に、汐耶はカップの紅茶を飲み干して、立ち上がった。
 それを見やってシュラインも席を立ち、三月うさぎをふり返った。
「それじゃあ、私たちは庭園を散策させてもらうわね。あ……そうだ。落ち葉を何枚か、気に入ったものがあったら、持ち帰ってもいいかしら」
 思いついたように尋ねる。
「もちろん、かまいませんよ。ゆっくり散策を楽しんで来て下さい」
「ありがとう」
 彼女は、穏やかにうなずく三月うさぎに礼を言った。
 その彼女や草間たちと共に、汐耶はそこを後にする。
 四阿を出て、彼女たちは来た時とは別の方向に行ってみることにした。
 築山を降りると、ほどなくレンガ色の石畳が敷かれた小道に出た。四人は、その道を歩き始める。ここもまた、どこも赤と黄、オレンジの色に染まり、溜息が出るほど美しい眺めだった。
 汐耶は、それらを堪能しながら歩いて行く。シュラインが、時おり石畳の上に落ちた葉を拾っていた。持ち帰って、料理や菓子の飾りにしたり、栞にするつもりなのだという。たしかにこれだけ見事なのだ。そういう利用法も悪くないだろう。
 道は真っ直ぐ続いていたが、途中に一本だけ、脇にそれる小道があった。その先は、どうやら少し開けた場所になっていて、一面に芝生が敷き詰められているようだ。
「私、あそこで少しゆっくりして行くわ。シュラインたちは、先に行ってちょうだい」
 読書するのにちょうどいい場所だと感じて、汐耶は言った。
「わかったわ。じゃあ、先へ行くけど、ここは時間の流れがないんだってこと、忘れないでね」
「ええ」
 シュラインの忠告にうなずいて、彼女は三人と別れ、小道の方へと足を踏み出した。
 行ってみると、そこは本当に読書のためにあるような場所だった。とても静かで、芝生は座り心地がよく、しかも木の幹にもたれるように座れば、背中が疲れることもない。
 彼女はさっそく一本の紅葉の根方に座ると、持って来た詩集をバッグから取り出した。広げて、読み始める。
 持って来た詩集の中身も、自然の木々や花々、月や星のことなどを詠ったものが多く、たちまち彼女の心はその詩の世界に入り込んで行った。
 あたりに満ちるのは、時おり紅葉の葉が地上に落ちるかすかな音と、どこか遠くから聞こえて来る小川のせせらぎだけだ。そしてそれらが、かえって彼女の集中力を高めて行く。
 都会でくらしている人間にとって、こんなふうに本当に自然の物音だけを聞く機会というのは、実はめったにあることではなかった。
 汐耶は、殊に読書に関しては、かなりの集中力を発揮する。それは、普段の彼女の生活圏が常に人工的な音に満ちていて、本気で本の世界に没頭するためにはそれだけの集中力が必要であるため、自然と訓練されたものだともいえた。しかし、ここでは驚くほどすんなりと本の世界に入り込める。きっと、分厚い古書など持って来た日には、時間を忘れて読み耽ってしまうだろう。
 おかげで彼女は、静かに話しながら、二人の男女がこの場に近づいて来たことにも、まったく気づかなかった。
「汐耶さん」
 声をかけられ、初めて顔を上げる。そして、目の前に立つ男性を見やって、彼女は目をしばたたかせた。そこにいたのは、三月うさぎの友人、妹尾静流だったのだ。
「妹尾さん」
 彼女は、驚いて立ち上がる。
 彼は見慣れない女性と一緒だった。
 汐耶より、いくつか年上だろうか。長身の彼女よりやや背が高く、黒く直ぐな髪を市松人形のように長く伸ばしている。黒っぽいベルベットのワンピースに身を包み、手には小さな紙バッグを提げていた。
「妹尾さんも、お茶会に?」
 汐耶が尋ねると、静流はかぶりをふった。
「管理人に急に呼び出されて、銀杏並木の脇道で待っているよう言われたんですが……そこにいたら、この方が迷っているようなので、管理人のいる四阿まで案内して行くところなんです」
 言って彼は、その女性を秋築冬奈だと紹介した。職業は司書――汐耶と同じだった。
 汐耶も名乗って、お茶会に招待された草間と共に来たことを告げる。そして、付け加えた。
「草間さんたちと、庭園を散策していたのだけれど、いい場所を見つけたんで、少しゆっくりして行こうと思って読書していたの」
「それじゃあ、お邪魔してしまいましたか」
 彼女の手の詩集に気づいたらしい静流に言われて、汐耶はかぶりをふる。
「いいえ。そろそろ読み終わるところだったし」
 そして、思い出してパンツの尻をはたく。
「私も戻ることにして、ご一緒してもいいかしら」
「ええ、どうぞ」
 うなずいて静流は、尋ねるように冬奈を見やる。彼女も、慌てたようにうなずいた。
 そのまま彼女は、静流たちと一緒に小道を戻り、草間たちと別れた道へと出た。彼女たちはその道を、周囲の鮮やかに色づいた木々に目を遊ばせながら、四阿へと向かう。
 静流と冬奈は、汐耶と出会った場所に来るまで、本の話題に興じていたらしい。
 話題の中心は、もっぱら静流が手にしている本の作者のことだ。海外では何度も賞をもらっていて高名なファンタジーの書き手の一人なのに、日本では今一つ知名度が低く、翻訳本も少ない。それは、とりもなおさずファンタジーというジャンルへの日本人の認知度の低さの証明である、といったようなことや、その作家の作品の持つ独特の雰囲気のこと、それが特徴でもあるが、日本で受け入れられにくい原因の一つでもあること、などを二人は話しながら歩いて来たのだという。
 そのうち、二人の話す内容は、次第にその作家のことのみではなく、日本におけるファンタジーというものの概要や、なぜそれを「女子供の好む安っぽいもの」といまだに考える人々がいるのか、などといった考察にまで移って行った。そして、そのあたりで二人はあの汐耶がいた場所にたどり着いたというわけだ。
 二人が話題にしていたそれは、汐耶にとっても興味深い内容だった。なので彼女も話を再開した二人に加わり、それについての自分の考えなどを口にする。そうやって、彼女たちは鮮やかな木々に色どられた道をたどって行った。

【再び四阿へ】
 そして。幾分喉の渇きを覚え始めたころ、汐耶たちは四阿へとたどり着いた。
 中にいるのは、セレスティと三月うさぎだけだ。草間たちも冴波も、まだ戻って来ていないようだった。
 先に立って四阿の中に入った静流が、三月うさぎに声をかける。そして、冬奈に彼を紹介した。冬奈は、三月うさぎとセレスティの二人と挨拶を交わす。その後、三月うさぎが、半ばは汐耶や静流、セレスティに説明するかのように言った。
「冬奈さんは、以前にこの図書館へ足を踏み入れたにも関わらず、迷うことなく、自分の場所に帰ってしまわれた、稀有な方なのですよ。それで、以前から一度、お招きしたいと思っていたんです」
 冬奈が、それへ小さく肩をすくめて答える。
「それはどうも。でも、だったらもう少し、わかりやすい場所に出してほしかったわね」
「彼女、庭園の中を迷っていたみたいなんです」
 横から静流が口を挟んだ。
「そう思って、あなたに迎えに行かせたんですよ、静流。ちゃんと、会えたでしょう?」
「管理人、それならそうと、最初から言っておいて下さい」
 三月うさぎに言われて、静流は眉をしかめた。どうやら彼も、何も聞かされていなかったようだ。
「たまには、アクシデントも必要でしょう?」
 三月うさぎは、それへ笑って言うと、改めて冬奈に席を勧めた。
 彼らが話している間に、汐耶は疲れたので自分の席に腰を下ろしていた。その彼女と三月うさぎの間に、翡翠色の髪の女たちが、冬奈と静流の席を用意している。
 静流は、当然のように三月うさぎの隣に座を占めた。冬奈も、黙って残る一つに腰を下ろす。それから、思い出したように提げていた紙バッグをテーブルの上に置いた。中から出て来たのは、紅葉饅頭の包みだった。
 その後、彼女たちは再び本の話に興じた。ここまで来る間に、話題は海外の今ではすでに古典となったSFやファンタジー作品のことへと移っている。セレスティも加わって、話は弾んだ。
 翡翠色の髪の女たちが、新しい紅茶を出してくれたので、汐耶はありがたく口にした。それから、なんとなく空腹を覚えたので、サンドイッチを一つ取り分けてもらう。中身はチーズとハムとトマトで、一口サイズだった。美味しいだけでなく、そのあたりもなかなか気が利いている。
 そうこうするうち、冴波が戻り、やがて草間と零、シュラインの三人も戻って来た。
 草間たち三人は、静流と冬奈を見ると歩み寄って来て、静流と挨拶を交わし、冬奈とも互いに自己紹介し合った。
 やがて、その三人が席に着いたのを見計らうように、新しいお茶と菓子が運ばれて来た。
 菓子は、さっき冬奈が三月うさぎに渡した、紅葉饅頭だ。
 一方、お茶の方は紅茶ではない。淡い金色で、嗅ぎなれた甘い香りがした。
(これは……金木犀?)
 軽く目を見張って胸に呟き、彼女は一口、含んでみる。途端、口中にまぎれもない、金木犀の甘い香りが広がった。しかし、後口はすっきりしている。
「美味しい……」
 隣で、冴波が呟くのが聞こえ、汐耶もそれにつられるかのように、深い溜息をついた。
「金木犀のお茶っていうのは、今の季節にぴったりだけど、これもここで採れたものなの?」
 シュラインが、三月うさぎに尋ねた。
「もちろん、そうですよ。秋の花ばかりを集めた庭もありますからね。……今年のお茶は、なかなか美味しくできました」
 三月うさぎがうなずいて、満足げに答えた。
(ああ、やっぱりこれも、ここで作ったものなのね)
 汐耶は改めて納得しながら、二口目をすする。
 それから紅葉饅頭と、少し考えて栗の渋皮煮を取り分けてもらった。紅葉饅頭は、餡子とリンゴジャムとチーズが入ったものがあり、彼女はリンゴジャム入りのにする。
 どれも、なかなか美味だった。
 彼女は、取り分けてもらったものを堪能しながら、冬奈や静流と変わらず本の話に興じる。冬奈とは、いかにして古書の管理を徹底するか、というようなことをも話した。さすがに、同業だけあって悩みにも近いものがあるようだ。静流は、そんな二人のやりとりに、興味深げに耳を傾けている。
 が、汐耶はふいに口をつぐんで、三月うさぎの方を見やる。
 彼女たちが本の話題に熱中している間、シュラインが散策の途中で出会った、踊りの稽古をしていた白い髪と着物の子供について、三月うさぎに尋ねたらしい。それへ彼は答えた。
「ああ、その子供は、見習いの踊り子ですよ。……しばらく、ここを留守にすることになりそうなので、その間の代理の者の無聊を慰めるために、踊り子を置くことにしたのですが、なかなか、数も質もそろわなくて。少しでも早く上達させるために、見習いには課題を出して、それに合格できるよう、修練を積ませているのです」
 彼女たちの耳を捕えたのは、その「しばらくここを留守にする」の一言だった。
(留守って……そんなに用意をしなければならないほど、長く?)
 汐耶は、思わず胸に呟いた。
「留守って……管理人さん、どこかへ行かれるんですか?」
「こうやって俺たちをお茶に招いてくれるのも、最後だ、とか言わないよな?」
 零と草間が、口々に尋ねる。
「ほんのしばらく留守にするだけですよ。それに、今すぐという話ではありませんし」
 三月うさぎは、二人に笑って返した。
「本当に、また帰って来ますよね?」
 零が、それでもまだ心配げに尋ねている。
「ええ、帰って来ますよ」
 三月うさぎも、うなずいた。
 その言葉に、ようやく汐耶は安堵した。見ればセレスティやシュラインもホッとしたようだった。ただ静流は、平然としてさほど心配しているふうではない。きっと、以前に三月うさぎが留守をする話を聞かされていたのだろう。
 その様子に汐耶は、三月うさぎの言葉を信じていいのだと改めて感じた。そして、苦笑する。
(私たち、意外と彼のことを、気に入っていたということなのかしら)
 胸に呟きつつ汐耶はカップの残りを飲み干し、翡翠色の髪の女に、二杯目を所望した。

【エンディング】
 汐耶たちが草間興信所に戻った時には、あたりはとっぷりと日がくれてしまっていた。
 今までもそうだったが、時空図書館の庭園は、どれだけ時間が過ぎても晴れて明るいままだ。が、こちらではしっかり時間が過ぎている。
 とはいえ、お茶も菓子も風景も、全てが素晴らしかったのだ。なんの不満もない。それに、思いがけず本好きの人間と出会えて、いろいろ話せたのも楽しかった。汐耶と静流は、冬奈と携帯電話の番号とメールアドレスを交換した。静流は冬奈に件(くだん)のファンタジー作家の本を貸してもらう約束をしていたし、汐耶も彼女が職場へ遊びに来るというのを快諾した。
(さすがに、三月うさぎさんが興味を持った人物だけはあるわね。いろいろと、有意義な話ができて、楽しかったわ。もちろん、お茶やお菓子も美味しかったし)
 汐耶は、今日のことを思い返しながら、胸に呟く。
 シュラインにも、サツマイモジャムのレシピをしっかり教えてもらったので、こちらは近いうちに作ってみようと考えていた。
 後日。草間から写真の束が送られて来た。なんでも、冴波が撮ったものだという。写真に収められているのは、あの庭園の風景だ。彼女が見たようなものもあるが、中には大理石の鳥居がまるで伏見稲荷のように、ずらりと並び、そこに緋色の紅葉の枝が覗いている、不思議な光景もあった。
(これが、シュラインの言っていた場所ね。女の子が、踊りの稽古をしていたっていう……。でも、それじゃあ、冴波さんも同じ所へ行ったのね)
 それらを見やりながら、汐耶はシュラインから聞いた話を思い出す。
 それにしても、まさかあの庭園の風景を、写真に収めることができるとは思わなかった。
(冴波さんもここへ行ったのなら、その女の子というのを見たのかしら)
 ふと気づいて、汐耶は胸に呟く。
(もし出会っていて、写真に撮っていたとしたら――)
 そこまで考え、彼女は小さく肩をすくめた。
 あの翡翠色の髪の女たちもだが、なんとなく人間には思えない部分がある。だからもし写真を撮ったとしても、写っていない可能性の方が高い気が、彼女にはした。
 それよりも。
(読書週間が終わって、もう少しのんびりできるようになったら、あんな風景がきれいで静かで、お茶とお菓子の美味しい場所に、読みたい本を持って旅行というのもいいわね)
 ふと思い、彼女は苦笑する。いっそ、あの庭園にしばらく滞在させてもらえればいいのだ。が、それは彼女には無理な話だ。
 いつでもあそこへ行けるという静流のことを、少しだけ羨ましく思いながら、彼女は改めて写真を眺めやるのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1449 /綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや) /女性 /23歳 /都立図書館司書】 
【4424 /三雲冴波(みくも・さえは) /女性 /27歳 /事務員】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 /財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5391 /秋築冬奈(あきつき・ふゆな) /女性 /27歳 /区立図書館司書】

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■         ライター通信          ■
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●綾和泉汐耶さま
いつも参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
庭園でのお茶会は、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いします。