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俄かの袋小路
噂があった。
『俄かの雨の降る日其の路地に迷い込むと、抜け出す事が出来ない』
幾度歩もうと、幾度戻ろうとも、何度も何度も同じ道。
――すると、不意に声を掛けられる。
「探し物ですか……?」
女性の声。
パラパラと聴こえる、傘に撥ねる雨音。
振り返っても、返事をしてもいけない。
『連れて行かれてしまうから』
そんな神隠し騒ぎが、数日前から学園の中でも幾度と無く耳に入って来た。
其の女性は今に似た雨の日に、此の道で何かを落として、探して居る処を視界の悪くなって居た車に撥ねられ其の儘亡くなってしまったのだと言う。
「探し物ですか……――?」
背中に貼り付いた声は、何時迄も心身に響き渡る。
応えてはいけない。
彼女の求める物。
消えて行った者達の御霊。
其の想いを昇華する為に今、自分は此処に居るのだから。
* * *
菊坂・静(きっさか・しずか)は今、一つの傘を手に、静閑とした路地の中を独り彷徨い歩いて居た。
高校生乍らに大人びた雰囲気を纏い、白のハイネックとジーンズに、黒のジャケット。其れ等の出で立ちが、更に印象を惹き立てて居る様に思える。
彼の目的は一つ。
此の閉ざされた抜け路地で、此処で命を落としたと言う女性の求める物を探し出し、成仏させる事。
高校生の名分の裏に存在する、自身に課した『気狂い屋』。其の更に根源に息衝く『死神』としての役目を、全うする為に――。
「ねぇ」
「探し物、ですか……?」
何処か力無い、けれど脳髄へと直に突き抜ける様な声は、何処迄も静の中に響く。
幼少の頃に襲われた事故に因り、家族を失い。其の魂に死神を宿した静は、一般人よりも対人対魔への抵抗力と親和性が遥かに高い。
とは言え、先程から静の心身を覆う異常な虚脱感からは、如何に遮断を試み様とも到底逃れ得る物では無く。
位置付けるならば、自縛霊として大した深みを感じさせぬ彼女に、如何して斯様な力がある物かと……。納得に至るのは、静が此の路地に赴いて数刻程の事だった。
「此れ、か……」
軈て不確かな、けれど強い確信を胸に。静は路の端に呟くと、片膝を突き壁と壁の隙間に隠れる様に落ちて居た其れに手を伸ばす。
「貴女は……此れを、探して居たんですね?」
然うして静の指の先へと触れた物は、一枚の、掌程であろう古びた写真。
奇跡的にも殆ど汚れの見られ無い其れをそっと払い、静は其の時、始めて彼女の下へと振り返り。
――そして、写真を手渡した。
眼前には、鮮やかな朱色の傘を差した、何とも生前の愛らしさを思わせる女性が、緩やかに其の写真へと手を伸ばして。
手に取った感触一つ一つを確りと確かめる様に、幾度と無く其の表面を指で辿り。
軈て、彼女の瞳からはらはらと落ちた雫と共に……。
本の僅かに――顔を綻ばせた。
「――あぁ……」
丸で彼女こそが、何かから解放された様に。安堵の溜息を漏らし、胸元へと強く写真を抱き締める。
「……お父さん……お母さん……」
其処に映るは、彼女の幼き頃であろうか。両親に添われ屈託無く笑顔を溢す、少女の姿。
其れは彼女が幼くして死に別れた両親と、子供であった彼女が写って居る唯一の形だった。
「貴女は……此れを求める為に。ずっと、此の場所へ留まって居たんですね」
静は極めて緩やかに、柔らかく彼女へと問い掛ける。
世に蔓延る悪性とされたあやかしに比べ、ちっぽけな霊体である彼女が此処迄の能力と騒ぎを引き起こす事が出来たのは、其れが紛れも無く彼女の、両親への想いの表れであるから。
静自身も又、両親を失った――。無意識下に家族を求める者として、彼女を無下に咎める事等出来様筈も無かった。
「僕が貴女を送ります……両親の元へ」
そして、静がそっと右手を差し出すと。僅かに微笑みを湛えた彼女が、誘われる儘其の手を取って。
静も又、満足気に微笑みを浮かべると、促す様に僅かに頷き――二人。
解き放たれた路地を抜け、待つべく動き出した時間の其の先へと、何時しか消えて行った……。
――二人を閉ざして居た雨の檻は、何時の間にか曇りも無く止んで居た。
翌日、神隠しに遭った者達が、遠く離れた山奥、或いは各々の自宅付近で発見される事と為る。
酷く衰弱して居る者は見られる物の、辛うじて皆が一命を取り留めたのが、不幸中の幸いか――。
斯うして噂の袋小路は、一人の少年の手に因り。
――俄かの儘に、其の幕を永遠に下ろす事となった。
【完】
■登場人物(此の物語に登場した人物の一覧)■
【5566 / 菊坂・静 (きっさか・しずか) / 男性 / 15歳 / 高校生/「気狂い屋」】
■ライター通信■
菊坂・静 様
こんにちは、初めまして。
今回、「俄かの袋小路」へ御参加頂き誠に有り難うございました、ライターのちろと申します。
小柄で、礼儀正しい高校生である菊坂様の、「気狂い屋」、更には「死神」と言う職と魂に、とても楽しくノベルを執筆させて頂きました。
神隠しにあった方達に関しまして、両親である家族を想う彼女の起こした事件であるならばと、生存の方向にてお話を進めさせて頂きました。
又、菊坂様と彼女が多く言葉を交わす機会はありませんでしたが、死神として彼女の魂を送り、同じ境遇が故の菊坂様の想いが、僅かでも適っていれば幸いです。
機会がありましたら、其の時には再度のお付き合いを頂ければ大変嬉しく思います。
それでは、再三となりますが……。
ノベルへの御参加、有り難うございました。
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