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黄昏時の後悔〜それからまた後の総帥様は。
…兎月君の気持ちはわかってますから気になさらないで下さい。
と、ベッドの上で暖かくして大人しく休みながら、兎月君御本人に言ったは言ったのですが。
どうも、何度も何度も謝ってくる兎月君は――その事で、余計落ち込んでしまったようなのです。
むしろ――私に自分を気遣わせてしまった、と思ってしまったらしく。
…どうしましょう。
それは、実際に風邪を引いてしまった以上まったく説得力はないのですが、後から言うよりは先に言っておいた方が堂々巡りをしてしまうのを防げるかと思ったのですが――そうでもなかったようです。
風邪を引いたのは別段自分のしでかした事ですから、兎月君が落ち込む必要はまったく無いのですが。
ですが――兎月君は既に落ち込んでしまっていて、慰めるにしてもなかなか浮上しそうにありません。
部下に訊けば、殆ど――私室に引きこもってしまっているようです。
…どうしましょう。
私としましては、気遣った訳でも何でもなく兎月君には――至らないと謝られるどころか、逆に風邪を引かないように色々と思い付く限り考えてくれたのですから、その事には素直に感謝している訳で。…いえ、説得力が無いのはわかっていますが。
それでもですね、とにかく、褒める事はあっても叱る事は無いのです。
無いのですが――兎月君は私の風邪が自分のせいだと思ってしまってらっしゃってるんですよね…。
この場合自業自得、明らかに私のせいなのですけどねぇ…。
当て付けて言っているつもりもまったくありません。
本心なのですけれど…それでも兎月君が落ち込んでしまっている事には変わりなく。
うーん。
…どうしましょうか?
説明するのに寝室に呼び付けてしまっては…それこそ、怒られると勘違いされそうですし。
それでは困ります。
どうしましょう。
考えます。
考えますが――大人しく寝ているところでの事なので、その内、うとうとと眠気に囚われてしまいます。それは体力回復の為にもこのまま安静にして眠った方がいいのはわかっているのですが…それでも気になります。
うーん…兎月君の事…どうしましょう…?
■
…ふと目が覚めると、何となくサイドテーブルに意識が向きました。
鼻腔を擽るよい香りがすると思えば――温かい飲み物が置かれていました。私の体調を考えてのもの。トム・アンド・ジェリー。ブランデーとホワイトラム、卵に砂糖。それとお湯。…滋養があり温かい為、風邪を引いた時に薬代わりに飲まれる事も多いカクテル。
ついさっきそこに置いたばかり。できたて、と言った感じです。
…ですが。
ふと窓や時計に目をやれば――夜です。
結構時間が経っているようです。
そして私は――こんな体調と言う事もありますし、いつ起きるとも知れなかった筈です。
なのに温かいとなると、これは――結構こまめに取り替えてくれていると言う事にもなりそうな?
私の目がいつ覚めても、すぐに温かいものが飲めるように。
…こんな事をしそうな心当たりは。
まず、我が屋敷の可愛いうさぎさんですね。
思わず、微笑ましく思えてしまいます。
で、その気持ちを有難く頂きつつ。
また少し考えてみました。
そうですね。そろそろ睡眠も充分取れましたし…まぁ、大丈夫…構いませんでしょう。
と、ひとり頷き、ベッドから下ります。
…少々悪戯を思いつき。
■
厚めのガウンを着込んで、屋敷の別棟にある兎月君のお部屋までそーっと向かいます。
こんこん。
扉を叩くと――廊下にそのノックの音も響きます。
と。
どちらさまで御座いましょうか、と部屋の中からはいつもより元気のない兎月君の声。それと共に――扉に歩み寄る音。
そして、扉が開かれます。
と。
兎月君が顔を出し――私の姿を認めた途端。
きょとん、とした顔になったのは一瞬の事。それから殆ど時を措かず、私室に来訪したのが私――セレスティ・カーニンガムだとわかると、兎月君は。
「あ、あああああ主様っ!?」
泡を食って慌てていました。
…驚かせてしまったようです。
「はい。…来てしまいました」
「えっ、あ、あああの、こんなむさくるしいところにまで…ではなく風邪をお召しになっているのにいつまでもそんなお寒いところにいらっしゃってはいけませんっ!! えと、あの、と、取り敢えず、せめて中へお入り下さいませっ!!」
お早く、と、兎月君は慌てて私を自分の部屋に招き入れます。言われた通り入室しますと――兎月君はばたばたと自分の羽織やら上着やら毛布やらを次々運んで、私に手渡して下さったり、肩に掛けて下さったり。
…で、素直にそれらを受け取ったり被ったりしている内、気が付くと…ぐるぐる巻きにかなり着膨れてました。
で。
そこまでなってから、兎月君は――私と入れ替わるように廊下へ向かいます。お迎えの方をお呼び致しますので! と言い置いて、逃げるように部屋を出掛かります。
が。
逃がすつもりはありません。
…ここで逃げられてしまいましては、折角ここまで来た甲斐が無いじゃないですか?
そんな訳で。
逃げ腰なうさぎさんをちょっとお待ち下さいと捕まえ、背中からぎゅーっと抱き締めてしまいました。…兎月君は絵皿の九十九神さんですから、風邪が感染るような事も無いでしょう。
兎月君は腕の中でわたわたと慌てています。
「逃げないで下さいって。ね?」
「で、で、ですが主様、わたくしめは主様をお守りし切れず…何のお役にも…」
「そんな事無いですよ?」
「…ですがわたくしめはっ…」
「そんなに自分を卑下しないで下さい。色々考えて下さった兎月君の気持ち、本当に嬉しかったんですから。私が風邪を引いたのは本当に自分のせいですし。…私の言葉も信じて下さいって。ね?」
そこまで言ってから腕を伸ばして、抱き締めて捕まえていた兎月君を解放します。
「ですから――どうぞ今までと変わらずに、お願いしますね」
と。
そこまで言ったところで――くしゅん。
くしゃみが出てしまいました。
…兎月君はその音だけでも驚いた様子です。
びくっ、と飛び上がって私を振り返っていました。そして、私のくしゃみだと気付くと、心底心配そうな顔が目の前にありました。主様わたくしめの事などよりやはりお休みになりませぬと、と必死な顔で訴えてきます。…うーん。また心配させてしまいそうです。
睡眠は確り取りましたが、やっぱり本調子では無いんでしょうね。兎月君の仰る通り寒かったのかも知れませんか。思いながら――取り敢えずおねだりを。
「…はいはい。わかりました。ですがその前に…何か温かい飲み物用意して頂けますか?」
それを頂いてから、大人しく休もうと思います。
にっこり笑ってそう言いますと、兎月君は暫しお待ち下さりませ、只今お持ち致しますっ、と真っ赤な顔でぺこりと頭を下げつつ、部屋を飛び出して行きました。
…早いです。
取り敢えず…転んだりしなければ良いのですけれど。
…でもいつも、本当にいつも有難う御座います。
君の存在にはいつも助けられているんですよ? 兎月君。
【了】
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