コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


□ 堕ちゆく魂 Heaven+Hell 〜天獄〜 □



+opening+

「依頼よろしくお願いします。あ、これここに来る途中、美味しそうなケーキがあったので買ってきたんです。よろしかったらどうぞ。ちゃんとイートインして確かめてきましたから、味は確かです」
 草間武彦にケーキの箱を差し出し、にこやかに笑みを浮かべるのは、依頼人であるソフィア・ヴァレリーだ。
 ウェーブのかかった銀髪を微かに揺らすと、満足げに頷く。
 ケーキの味でも思い出しているのだろうか。
「ああ、すまない。ありがたく頂く」
 草間はソフィアに席を勧め、話を促した。
 お仕事を思い出したのか、早速話し出す。
「天が属と獄が属という二つの陣営があるのですが、ここ数日で幾人か入り込んできています。彼らが関わると、何処かで犠牲が出ます。その方法は千差万別で、今回は直接的な手段に及んだようです」

 内容はこうだった。
 新興宗教の教祖が行う講演会に、少年少女達が通う姿が多く見られるようになったのだ。
 講演会を聞き終えた少年達は、夜になると更に同年代の少年達を取り込み、講演会へと誘う。
 教祖の何に惹かれるのか、引き寄せられるようにその数は着実に増えていた。
 宗教にはまった少女の異常に気付いたのは、母親だった。
 数日、元気がないと心配して、様子を見ているだけに留めていたのがいけなかったのか、少女の症状は悪化した。
 身動き出来ないくらいに悪化した少女の側に置かれていたのは、なんの変哲もない白い錠剤。
 教団の事務所に問い合わせ聞いてみても、そのような錠剤は販売していないといわれ、原因が全く分からないまま少女は現在も入院しているという。
 同じような症状で入院している少年も居るらしい。

「その原因を解明するのが仕事の内容だな?」
「そうなりますね」
「母親でもないのに、依頼をしてくるというのは随分と変わり者だな」
「そうですか? これも仕事の一環なんです」
 何の仕事だ?と問うてみたくなったが、それは依頼主の都合だ。
 依頼内容を調査するのが探偵の仕事だと本分を思い出す。
「まぁいい。依頼料さえ支払ってくれれば上客だしな」
 ソフィアが去ると、草間は暫く考えていたが、受けてくれそうな調査員に連絡を取った。



+interval1+

 常に茜色の空を見せている天獄の世界。
 それは互いの世界でも不変の空。
 天が属、獄が属の緩衝地帯にある天秤は緩やかに変化しようとしていた。
 鐘楼の上階に設置され、変化があれば両陣営に伝えられるが、今は微かに発光するのみ。
 ……未だ、世界は眠りについている。



+1a+

 天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)は小梅が散らされた清楚な和服に身を包み、すっかり寒くなった空を見上げた。
 曇り空の下、ふうっと吐く白い息が、より一層寒く感じさせる。
 祖父のお遣いとして無事に用を済ませ、撫子は草間興信所の近くを通って貰うようにお願いをして、途中、運転手に降ろして貰ったのだ。
 いまだ遭遇していない何かを感じたのかも知れない。
 後ろで緩く結わえた艶のある長い黒髪を、不意にふいた風に乱れたのを手で撫でつけ、忍ばせている妖斬鋼糸を確かめた。
 懐にも忍ばせてあるのを確認する。
 ふと、撫子は草間興信所の貧窮具合を思い出す。
「何かお持ちしましょう」
 と、美味しそうな和菓子のお店に寄ると、最中を買い興信所へ繋がる道へ足を向けた。



+1b+

「美味しいです」
 久良木・アゲハ(くらき・あげは)は、公園のベンチでコンビニで買った豚の角煮まんを堪能していた。
 中華風の動きやすい服装に、同系色のケープを掛けている。
 行き交う人を眺めながら、この後は草間興信所にお邪魔しようと考えていた。
 草間にお土産でもと思ったが、生憎とお小遣いの余裕はなかった。
 月末も近く、色々と散財していたので。
 クリスマスに贈るプレゼントの為に、取り置いているということもあったが。
「さて、と!」
 美味しく角煮まんを食べ終わり、アゲハは立ち上がると、ゴミをゴミ箱に捨てに行く。
 三つ編みにされた長い銀髪が馬の尻尾のように背中で跳ねた。
「あの娘たち何処に行くのでしょう、今日はお休みなのに」
 同じ方向に自分と同じくらいの年齢の少年少女たちが向かうのを見て、この先に何かあったでしょうかと考えたのだが、アゲハの記憶には無かった。
 中には制服姿の子たちもいたので少し不思議に思ったのだ。
「時間があれば今度確かめてみましょう」

「草間さん?」
 扉を開けて興信所の奥にある机の向こうの椅子に座り、アゲハを見た草間は、
「女子高生だったよな?」
「はい?」
 ちょっと草間がそういう趣味に目覚めたのかと、再び開けかけた扉のを半分閉じかけ覗き込むように、じっと見る。
「なんだ、その迷える子羊のような眼はっ! 依頼だ依頼!」
 アゲハに違う方向へ誤解されたのを感じた草間は言い訳をすべく、焦った声でいった。
「女子高生が必要な依頼って何ですか……?」
 草間はがくりと机の上に突っ伏すと、
「頼む、女子高生から離れてくれ……」
 しくしくと、嘘泣きする草間を見て、仕方ないのですと優しくいうと、依頼内容について聞いた。



+1c+

「どうしたの? 武彦さん、変な顔してるけど」
 シュライン・エマは興信所に入ってすぐに、草間武彦が変というか微妙な表情を浮かべているのをみて、思わず声をかけた。
「いや、まぁ、それはいいんだがな……って、それほど変な顔してたか?」
 思わず、いいのね?と突っ込んでみたくなったが、そこはそっとしておいてあげようと流すと、そうねと呟いた。
「そういや、依頼人のソフィアに会ってきたんだったな」
「ええ。気になったところ、教えて貰ってきたの」
 そういうと、シュラインは草間にも話し始めた。

 何か買ってくる物が無いかと、草間に確認の電話をした時に依頼を受けたことを聞いたシュラインは、既に興信所を後にしていたソフィアに聞きたい事があると携帯電話の番号を聞き、本人に連絡を無事取ると、外で待ち合わせた。
 草間が何かいいたげだったのは気のせいだろう。
 依頼人なのだから大丈夫なのに。
 ソフィアが指定してきたのは、美味しいと評判の喫茶店だった。
 ウェイトレスに通りから見えやすい席に案内して貰うと、シュラインは珈琲とチーズケーキを注文した。
 せっかくの待ち時間なのだから、ケーキを堪能しない訳にはいかない。
 草間が聞けば俺の分っ!、とか聞こえてきそうだった。
 評判通り美味しければ、後で買って帰っても良かった。
 カランと扉のベルが鳴ったのを聞き取り、此方に向かってくるのが分かり振り向いた。
「初めまして、草間興信所の調査員さんですね。ソフィア・ヴァレリーと申します」
「シュライン・エマよ。よろしくね、ソフィアさん?」
 シュラインはソフィアを向かいの席に勧めると、さっそくだけど、と話を切り出した。
「草間さんにお話ししたことですね? あ、それ美味しそうですね、同じものお願いします」
 と、ウェイトレスに同じメニューを注文すると話し始めた。

「天獄というのは、いまでは他にも様々な異界が発生していますが、その内の一つだと思って頂いても構いません。天が属、獄が属は種族としての根元は同じですが、エネルギーであるマナを得る方法が違います。一つの国に生活手段の違う種族が住んでいると考えて頂ければ分かりやすいかと思います。マナの得る方法が違うのは、マナの質が自身に沿う、といいますか、上手く取り込めるのかどうかにかかります。このマナは互いの領域で満ちています。無限ではないんですけどね。有限である以上は、常にそのエネルギーであるマナを供給しなければなりません。異界として安定するまでですが。少ないマナで更なるマナを生み出す能力に長けている人、もしくはマナ効率の良い人はそれほどマナを必要としないのですが、どの世界にも極普通に生活する一般人はいるものです。人口自体はこの現界と同様、爆発的増加をしている訳もありませんから、必要分のマナを入手することが出来れば問題ないのです。ただ、そのマナを得る為のプロセスが現界に住まう方達にとっては、迷惑といいますか、随分と良いとは言えないものだと思います。ああ、そういえば例えば、天が属に生まれながら獄が属が得ているマナを必要とする場合は、中立である緩衝地帯で引き渡されています。そうしないと、いずれは領域内で拒絶反応を引き起こし死亡してしまいますから。有る程度の親和性があれば、それも大丈夫なのですが、適正が高いのは現界の住人の方々ですね。どちらにも傾きやすい魂をお持ちですから。だから捕食対象となってしまうのですけれど」
 運ばれてきた珈琲に口をつけ、シュラインの顔を見る。
「ここまでは何となくでも分かります?」
「ええ。異界を維持する為にこの世界の人達が必要だと、そういうことね?」
「最近になって出てきたので、多分マナの減少が原因だと思うのですけれど……」
「けれど? 他に何か、心配事でもあるのかしら?」
「天獄は統制の取れた階級社会なので、今回のような散発的な行為というのはちょっと不意に落ちないのですよ。安定期に飽いた天獄の住人が現界に現れて手を出しているのかも知れません」
「でも、統制を取れているのなら、規律を乱した人が居たなら、処罰はされないのかしら?」
「どうでしょうね? 結果的に成功であれば責を問わないかも知れません。それに、今の現状も予想範囲である場合があるので」
「上層部に把握されているということ?」
「はい」
(上層部としては些末なことに目を向けていられないということかしら。とはいえ、それに振り回されて調査することになっているのよね……)
 ソフィアはチーズケーキにフォークを入れて口に運び、美味しそうに笑みを浮かべた。
 内容はちょっと殺伐としているのに、気にもせずに食べている。
「少年少女が新興宗教の集会に集って、参加した少女が入院しているのも、マナを取り出されているということになるのかしら……でも、区別はどうやってするの?」
「一番分かりやすいのは標的になった人達の状態ですね。天が属の場合には凄く満たされて死を迎えるのです。獄が属は、周りに影響を与えて死を迎えるので、こちらの場合は分かりやすいかも知れません。被害がどうしても大きくなるので」
「と、いうことは今回の件は天が獄の人達が原因ってことかもしれないのね」
「他に何か気になることがあったら、連絡して下されば分かる範囲でお答えしますよ」
「ありがとう。その時には遠慮無く連絡させて貰うわね」
 最後の一切れを口に放り込み、じゃぁ、と席を立った。
 レシートを持って行ったソフィアに、「あっ」とシュラインは呼び止めようとしたが、結局は経費で彼に請求するのだと考えると、まぁ、いいかしらと再び席についた。
 調査することを頭の中で整理して、新興宗教についてまずはネットで調べた後に取材。
 集会に参加させて貰えるようにアポイントを取ることに成功すると、時間までは調べ物に費やすことにした。



+2ab+

「こんにちは」
 草間の応答を聞いて扉を開けると、撫子は優雅な仕草で紙袋を手渡す。
「どうかなさいましたか、草間様」
 紙袋を受け取り有り難く頂くと、書類で山積みの机の上に置く。
「依頼が来ていてな。天薙は詳しそうだから、一つ引き受けてくれないか」
「わたくしが詳しそう、ですか?」
 なんでしょう?と 撫子は小首を傾げる。
 草間はソフィアから依頼された内容を話すと、
「そのような内容でしたら、新興宗教に関しては天薙の名を使えば、すぐに分かると思います。錠剤については今から病院に伺って、お持ちでしたら一つ頂いて調査に回したいと思います。病状が心配ですから、様子も見てみたいと思いますし」
 宗教にはまりこんで、入院してしまうくらいに病状が悪化するのは、人の思いを無下にしていると思う。
 まして思想は違えど信仰する心は同じであるはずなのに、心を満たすべき拠り所であるものが、不幸にしてしまうのは許せるものではない。
 だが、先に見るべきは入院している少女のこと。
 苦しみを解放できるのならば、解放して差し上げたかった。
 聞いている内容から察するに、通常の病には思えない。
 龍晶眼で見てみれば、原因も分かるでしょうと、心の中で呟く。
「そうか、それは助かる。さっき、もう一人調査員が居たんだが、家に一度戻ってる。じき来るだろうから、一緒に行動してくれるか」
「わかりました。それでしたら、もう一方が来られるまでに、調査の連絡を致します」
 撫子は鞄から携帯電話を取り出すと、祖父の伝手で調査に長けた人物へと電話をかける。
「天薙撫子です。ご無沙汰しております。早速ですが、調べて頂きたいことがありまして、お願いできますか?」
 向こうの電話口で淡々と喋る声が微かに聞こえる。
「それではお願いします」
 と、報告の方は、病院にいる間に連絡が入ってはいけないので、興信所のファクシミリに送って貰えるようにお願いした。
 病院では携帯電話の電源を切っておくのがマナーですから、病院に入る前に一度連絡をします、と草間にいう。
 撫子は扉が開いたので振り返ってみると、黒髪の少女が立っていた。
「アゲハだよな?」
 少し自信なさげに草間が呟く。
「そうです。似合いますか?」
 アゲハは同じ調査員の撫子にぺこりと会釈した。
 茶色のカラーコンタクトまで入れてかなり本格的だ。
 病院に行くにしても、自身の目立つ容姿では、「生命樹」人の眼に触れて覚えられてしまうし、行動に移しにくいと思ったので、変装することにしたのだ。
「天薙と並んで見ると姉妹のようだぞ」
「いきましょう」
 撫子はアゲハを促す。
「はい。面会時間もありますものね」
 撫子とアゲハの二人は、病院に向かった。

 病院に向かう途中、アゲハは撫子に依頼を受ける前にみた少女達ももしかして、「生命樹」に関わっているのかも知れないですと話した。
 場所を聞けば、それなりの収容できる建物があったことを撫子は思い出した。
「そうですか、その場所は本部なのかも知れませんね」
「依頼人はソフィアさんなので、本当は少女のことは助けなくてもいいはずなのですけど、できたら事件も解明して、救ってあげられたらいいと思うのです」
「ええ、それは勿論です」
 事件解明だけなら、記者でいい。
 だが、草間興信所にソフィアが依頼をしてきたのは、特異な能力を持つもの達が多く調査員として活動し、その能力を生かした調査で他の類を見ない結果をもたらすのを知っているからだ。
 能力に見合う、とまではいわないが、関わった以上は最善の解決方法を模索する。
 撫子とアゲハは暗黙の内に理解し合うと、近づいてきた敷地内に足を踏み入れた。
 草間に連絡を取るが、まだ調査結果は届いていなかった。
 天が原記念病院、と書かれている看板を横目に、広いエントランスを抜け、エレベーターホールに向かう。
 休日の診療時間は既に終えて、人の姿は既に無い。
 灯りは落とされ、非常灯だけが鮮明に見える廊下を歩く。
 各階の案内板を見て、少女が収容されている部屋を確認した。
 最上階に近い七階だ。
 音もなく開くエレベーターのボックスに入り、七階のボタンを押す。
 普段重篤な入院患者か、各階のベッド数が満たされて入りきらなくなった患者をこの階に収容しているらしかった。
 ナースステーションで、部屋の患者のことを聞こうと思ったのだが、電話中だった。
 広さに比べて随分とナースが少ない。
 今はそれほど入院患者が居ないのだろう。
 時間を割いて貰うのも悪いと思い、少女の病室へと向かうことにした。
 「随分と端にある病室なんですね……」
 さっき見た案内地図をみて、アゲハは他にも空き室があるのに端っこの部屋にしなくても、と思う。
「病名の分からない患者をできるだけ目につかないようにしているのでしょう」
 そう撫子は答えた。
 歩くにつれて、空気が何度か下がったような気がして、アゲハは腕をかき抱く。
 撫子さん、寒くないですか?と聞こうとして目線をあげれば、撫子は立ち止まり、扉の開いた病室を見ていた。
 目的の病室だ。
 誰か面会者がいるのだろうか。
 病室の扉を開けて面会するのには、今の季節は寒すぎる。
(誰なのでしょう)
 自分には分からなかったが、撫子には分かっているのかも知れなかった。
 このまま立ち止まったまま、どうするのだろうとアゲハは考えたが、もし何かあれば撫子を守るつもりだった。
 守らなくても、自分自身で守れる強さを持っていることは分かったが、手に何も持っていなかったので、時間を稼ぐことはできるだろうと思う。
 撫子は帯に潜ませてある妖斬鋼糸をいつでも使えるように指を添える。
 そして何事もないように、変わらぬ優雅さで病室へと近づいた。
 アゲハが撫子の後を追う。
 病室のネームプレートに三井美佳(みつい・みか)と書かれた名前を確かめ、複数の気配が感じられる病室の入り口に立った。
 ベッドで眠る美佳の側に立っていたのは、黒いロングコートに身を包み、長い黒髪を持つ男性だった。
 印象的なのは気難しそうな表情と、片眼鏡だ。
「面会者の方でしょうか?」
 撫子は黒髪の男に声をかける。
「……答えずとも、分かっているのだろう」
 男は撫子とアゲハに眼を向けた。
「美佳さんから離れて下さい」
 アゲハは男を睨み付け、強くいう。
 ベッドのシーツの白さに紛れて分かり難かったが、美佳の周りには沢山の白い錠剤が散らばっていた。
 気付いた時にはその形が無くなり、シーツの白さに溶け込んだようだった。
「何をしたんですか!?」
 前へ一歩踏み出そうとしたアゲハを撫子は腕をあげて、制止する。
「危険です」
「えっ!」
 驚いたようにいうアゲハに、撫子は前を見たままいった。
 霊眼である龍晶眼でもって見ていた撫子には、男と二人の間に、次元の断層があるのが見えていた。
 もし、ふれれば何があるのか分からなかった。
 無闇に触れるのは危険だが、どうにかしないといけない。
 その向こうに美佳がいるのだ。
 男は最後の白い錠剤が消えたのを確かめる。
 その後、二人に向かってきたようにみえたが、男は次元の断層へと姿を消した
「……閉じました」
 撫子は次元が閉じたのを確かめると、そのまま美佳の様子を見るべく、ベッドに近づいた。
 美佳の様子は表面上何も変わりないように思えたが、先ほどの白い錠剤が気になった。
 目覚めていない美佳には必要がないのに、散らばっていた白い錠剤。
 さっきの男が白い錠剤を消してしまったので、調べる為にどうしましょうと、アゲハは考え込む。
「美佳さん、どこか悪いのか表面上わかりませんね。顔色は悪いのですけれど」
 素直に思った事をいう。
「……分かりました。あの白い錠剤は美佳さんの記憶なのです」
「記憶ですか?」
「はい。一度口に含めば、嫌な記憶を全て白い錠剤にして、体外にはき出してしまうのです。そして残るのは、楽しい記憶だけです」
「それじゃ、楽しいことだけを夢に見ているのですか?」
「ええ」
「残った楽しいことも、何度も見れば楽しく感じなくなるのではないでしょうか」
 少なくとも、アゲハは違った出来事に出会うから楽しいと思うのだ。
 同じことの繰り返しは何か違うと思った。
 それでは悪夢と同じだ。
「止めることはできるのでしょうか」
「体内に残る白い錠剤の効果を打ち消し、目覚めを促すことはできますが、流れ出てしまった記憶はもう戻らないでしょう」
「でも、目覚めれば、また楽しいことや悲しいことに出会って記憶は増えていきます」
「そうですね、美佳さんと後もう一人、少年のほうも近くの病室に居られると思いますから、一緒にできるだけの事をして、一旦興信所の方に戻りましょう」
「はい」
 元の状態に戻してあげることは出来なかったが、道が途絶えてしまうことは無いのだから、これが今できる最善だった。



+2c+

 シュラインはインターネットカフェに立ち寄り、最近の宗教や白い錠剤について検索し、そして噂になっているのかも知れないと、ゴーストネットOFFにも目を通した。
 あがっている内容は、新興宗教の教団名が「生命樹」といい、教団の代表者が中村章博(なかむら・あきひろ)ということが分かった。
 カバラ思想の生命の樹から取ったようだ。
 精神の成長とともに安らぎを共有する世界を作ることが目的とあるが、いまいち分からなかった。
 健全な思考をしているシュラインにとっては理解しがたいのかも知れなかった。
 まだ出来て間もないらしく、本部だけの小さなものらしい。
 集会自体は本部のホールで週に3回行っており、明日が定例の集会の日だ。
 代表者はかなり見目が良いらしく、その効果もあって低年齢の少年少女に支持されているのだろう。
 その他は詳しい内容については書かれていなかった。
 気になる白い錠剤については、ゴーストネットの方に書き込まれていた。
 最初に貰うのは一錠だけでも、何処からともなく数が増えている。
 ただ、その白い錠剤を貰って服用した子がいうには、嫌なことが消えて無くなり、気分が良くなって止められなくなるらしい。
 死者は幸いなことにまだ出ていないのが救いだった。
(死者が出ればマスコミも取り上げるだろうけれど、それじゃ遅いものね)
 嫌なことの大小は分からないが、小さなことでも消えて無くなればそれは気分は良いだろうと思う。
(嫌なことがあっても、それにまさる楽しさを見つけられれば良いのだけれど、こういうのに目を向ける子達にとっては我慢が出来ないのね、きっと)
 錠剤については取材の時に入手出来れば、伝手を使って調査しようと、知り合いに連絡を取った。



+2d+

「くっさまー元気に生きてるっ?」
 草間の応答が返る前に月見里千里(やまなし・ちさと)は元気よく扉を開けて入ってきた。
「おまえなぁ……、」
 草間は何かいおうと考えたが、その後が続かなかった。
「あ、美味しそうなお菓子あるー、食べても良いよね」
 撫子が置いていった最中を包装を解いて、一つ摘む。
「食べる?」
「……頂く」
 緑茶を淹れてきた千里は、草間にも湯飲みを差し出し、
「誰も居ないなんて珍しいよね? 何か調査中?」
「ああ、おまえなら知ってるんじゃないか? 最近流行の新興宗教「生命樹」だっけか」
 草間は撫子が伝手を使い頼んでいた調査書に眼を通していた。
 教団の簡単な説明は先ほどシュラインからも連絡が入り聞いていた。
 教団本部に行くのは、明日ということになりそうということだった。
 撫子が依頼していたの調査書を見ると、教団を動かしているのは代表の方ではなく、妹の中村奈津樹(なかむら・なつき)の方だった。
 中流家庭の兄妹として生まれ、何不自由なく生活をしていたが、兄の章博は教団が出来る少し前に事故にあっている。
 大きな事故ではないとされているが、病院関係者から聞いた所によれば、章博はいつ死んでもおかしくない病状のまま強制退院を奈津樹はさせたらしい。
それから活動が始まった所をみると、章博は生きているのかどうかあやしい。
ただ、章博は教団本部以外から出て活動をしているということを聞かないことから、何か仕掛けがあるのかも知れなかった。
 その辺りは明日集会に出席すれば分かるだろう。
「あたしもその話聞いたことあるけど、っていうか、今日誘われちゃったんだよね。断ったけど」
「おいっ、それはその子、明日、集会に行くってことか?」
 誘われた千里にも驚いたが、明日集会に行くというその子も気になった。
「うん、そういってたよ?」
 最中を食べ終えて、お茶を口にする。
「そこで止めないのか……」
「だって、いくいかないは本人の気持ち次第だし」
 悪い?と千里はいう。
「まぁ、そうなんだが、今調査してるのがその教団がばらまいている白い錠剤でな」
「っていうことは、潜入調査ってやつ?」
 全く集会には出る気は無かったのだが、潜入調査と聞いて少しやる気が出てきた。
「草間、集会に潜入して欲しい? あたしって、女子高生だから最適だし」
「そりゃ、参加してくれれば嬉しいが……何かありそうなんだよな、おまえが気前よくいうと」
「必要経費は落ちるよね? 潜入といえばカメラだし! 高性能のCCDカメラを仕込んで潜入してみたかったんだよね」
「んなもんあるか」
 思わずふて腐れていう草間に、千里はふくれる。
「経費で後で返してくれればいいよー?」
 千里はボーイッシュな少年に見えるが、こうみえても良家のお嬢様だ。
 一人暮らしをする家には通いの家政婦がいる。
「交渉してみるが、期待するなよ?」
「駄目だったら、借金ってことで」
 げ、とうーんうーんと唸っている草間をそのままに千里は善は急げと、集会に誘ってきた子に携帯電話で連絡を取った。
「あ、あたしだけど、気が変わったから明日一緒に行くね」
 千里は待ち合わせ場所と時間を約束すると通話を切った。



+3abcd+

 翌日の夕方、一旦興信所に集まり、情報交換をする。
 教団へは、各自潜入するときは無関係を装って入るということにした。
 シュラインは取材。
 千里は誘ってくれた子と一緒に出席。
 撫子とアゲハは別々に出席した。

「取材に応じて頂いてありがとうございます」
 シュラインは取材用に使っている名刺を差し出し、代表者の妹である奈津樹に挨拶をする。
「取材を通して、私達の活動を理解して頂ければ嬉しいと思いますし、取材は歓迎します」
 年齢の割に随分と手慣れた対応に、内心驚く。
「まず簡単にお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
 さっそく話を聞こうとシュラインはペンタイプのICレコーダーを分からないように電源を入れる。
「ああ、それは後にして頂けますか? 集会の時間が迫ってきていますので。それが終わってからでしたら、十分時間を取ることが出来ます」
「そうですか……、でしたら集会を側で見学させて頂いても?」
「勿論それは構いません。スタッフの者に伝達をしておきます」
「ありがとうございます」
「舞台袖でお聞きになりますか?」
「お願いします」
 奈津樹の心音は何も異常はない。
 ということは、集会に現れる代表者の章博だろうか。
 もうじき開始時間だった。
 他の調査員は大丈夫かと身を案じたが、上手くすれば見渡せる場所に居られると思い、スタッフに案内されてシュラインは別室に移った。

「千里、前は嫌だっていってたのにどういう風の吹き回し? ま、いいんだけどね。一緒にいってくれた方が心強いし」
 入場に際して、ボディチェックも何も無かったのに拍子抜けしたが、昨日家電量販店で手に入れたCCDカメラを忍ばせて入るのに成功した。
 千里は集会が始まる前に、ざっと周囲を見渡しある物を探していた。
 先に草間がいっていた白い錠剤だ。
 シュラインと撫子が分かったことを教えてくれていたが、実物を手に入れて見たいとおもったのだ。
 誰だって辛いことや悲しいことを忘れてしまいたいと思うことはあると思うのだ。
 誰かに自分のことを忘れてしわまれたりすると、この悲しみを緩和してくれるのだと思うと保険代わりに手に入れたいと思った。
 実際に使い分けではないし。
 そう千里が考えていると、休憩室があるのに気付いた。
 大っぴらにしていないのなら、ああいう所で渡しているのかも。
 千里は友達にちょっとトイレ行ってくると断り、休憩室に向かう。
 そろそろ始まる時間で、休憩室には誰も居なかったが、目的の物はあった。
 透明なフィルムにキャンディのように包まれ、籐製の籠に可愛らしく入れられていた。
 白い錠剤は、多分これだろう。
 千里は、二つ手にしてポケットに入れる。
(使うわけじゃないし、保険よ保険)
 一つは草間にサンプルとしてあげるかなぁと考えて、千里は友達が待つ席に戻った。

 アゲハは目にとまらなさそうな隅っこの席に座ると、周りにいる少年少女に眼を向けた。
(本当に同じ年齢の人達ばかりです……)
 少し不安になるが、遠くに同じ調査員を見つけ安心する。
 シュラインは舞台袖にいたので、無事取材は成功なのだろう。
 初めて参加する人は少ないのか、きょろきょろと辺りを見回しているのはあまりいない。
(こういう宗教って、すぐにのめり込む人は少ないと思うのです。誘われたら、一回だけとお愛想に出席する程度だと思いますし。本心で通っている人もいると思うのですが……)
 不安そうにしているアゲハが気になったのか隣の椅子に座る少年が、キャンディのように包まれた白い錠剤を乗せた掌を差し出した。
「不安を取り除けるキャンディあげるよ。僕は沢山持っているから、君にあげる」
 一瞬、躊躇したがアゲハは受け取る。
「ありがとう」
「寝る前に食べると効果高いよ」
 と、簡単に説明をする。
 後は興味を失ったように舞台に眼を向けている。
 とろんとした表情で。
 錠剤の効果だろうかとアゲハは間近に見て心配になる。
 今は言葉を交わすことができるが、いずれは美佳のようになってしまうのだろうか、と。
 それを阻止しようとここにいるのだと思い出す。
 軽やかな室内音楽と共に、アナウンスの声が聞こえる。
 ホールを満たす少年少女達は、すぐに静かになった。
 集会の開始時間だった。

 撫子は開始時間ギリギリに入室し、一番後ろの席に着いた。
 全体を見渡せる席を敢えて選んだのだ。
 それは相手にも見えやすいということでもあったが、目的の上で必要なことでもあったので別段問題は無かった。
 手荷物検査のような物も無かったので、錦の刀袋に収められた御神刀『神斬』を手にし入っていた。
 やがて、舞台だけライトが照らされ、全体的には照明が落とされる。
 現れた男性はなるほど、少女が夢中になりそうな綺麗な容姿をしていた。
 柔らかい容姿のせいなのか、なにもかも受け入れるような奥深さを感じられる。
 カリスマ、とまでは行かないまでも十分に素質はあった。
 現にこれだけの少年少女を魅惑しているのだから。
 講演を続ける章博を龍晶眼で見た撫子は、美しい眉を寄せて内心溜息をついた。
(彼は既に死人なのですね……)
 本体は舞台の地下にあるようだった。
 話は続き、熱心に聞いている。
 途中、誰も立ち上がる者も居ない。
 そろそろ講演が終わるのが分かると、撫子はす、と立ち上がると扇を手にし、神霊力を解放する。
 扇に神霊力を乗せるようになだらかな円を描くように、流し込む。
 音一つせずに染みこんでいくように広がる力。
 それは体内に取り込まれた白い錠剤の効果を無力化する。
 目覚め、ここにいることが不思議だと気付いた者も居たが、同時に眠さも誘発するように体力の回復を促進させるよう加減していた。

 動いているのは興信所の調査員と章博と奈津樹だけだ。
 異常に気付いた奈津樹は舞台袖から姿を消す。
「あっ、待って!」
 一番近くにいたシュラインが追いかける。
 千里は友達が眠り込んだのを支えて床に寝かせる。
 初めてといいながら、友達は一度お試しで白い錠剤を貰って服用していたのだろう。
「つい、やってしまおうというのは分かるんだけどね」
 後で戻ってくるからとそのままにして、奈津樹を追いかける。
 アゲハはシュラインが奈津樹に声をかけた時、既に走っていた。
 撫子は刀袋から御神刀『神斬』を取り出し、美しい刃紋を見せる刀身を鞘から抜く。
 未だ舞台上にいる章博を斜め切りにする。
 まるで紙を切るようなあっけなさで消滅した。
 同時に地下から叫ぶ奈津樹の声が聞こえた。
 追いついたシュライン、アゲハ、千里は奈津樹が突然叫び、倒れたのに驚いた。
「奈津樹さん!」
 床に打ち付けそうになるのをアゲハがギリギリで受け止める。
「夢は夢なのね……」
 微かに聞こえる声はそういっていた。
 奈津樹が事切れると一瞬、空間が膨張し、奈津樹を構成していた魂は次元の狭間に取り込まれた。



+interval2+

 鐘楼に設置された天秤が微かに傾く。
 それを黒豹はじっと見つめていた。
 他に何者かが存在する気配が感じられる。
 目に見えないくらいの微かな傾きだが、天秤に変化をもたらした。
 黒豹は変化を見届けた後、外へとすらりとした身体を踊らせると、飛び降りた。



+ending+

 興信所に現れたソフィアは報告書を受け取る。
 詳細に書かれた内容に満足すると、報酬と細長い包みを差し出した。
「何だ?」
 怪訝そうに受け取る草間に、
「カステラですよ、カステラ。そのまま食べると美味しいですよね。朝食に丁度いいとおもいまして」
「朝食にカステラはちょっとな……」
 さすがに同意しかねる草間だった。

 中村章博は中村奈津樹によって生かされていた。
 事故で章博が死亡してしまったのを、受け入れることが出来ずに居た時、思いが強かったのか天獄の扉を開けたのだ。
 白い錠剤は章博の身体から生まれたものだった。
 奈津樹は白い錠剤を取り込み、必要な章博の記憶だけを残し、共有することを望んだ。
 奈津樹の一部から生まれている白い錠剤は、少年少女達の無意識に奈津樹の思いに共有していた。
 錠剤は少年少女達の身体から消えて無くなったが、奈津樹の記憶が何処かに眠っているのかも知れない。



End

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【受注順】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【親和値:天が属+0・中立+1・獄が属+1】

【3806/久良木・アゲハ/女性/16歳/高校生】
【親和値:天が属+0・中立+2・獄が属+0】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【親和値:天が属+0・中立+2・獄が属+0】

【0165/月見里・千里/女性/16歳/女子高生】
【親和値:天が属+1・中立+2・獄が属+0】

【公式NPC】
【NPC/草間・武彦】

【NPC】
【ソフィア・ヴァレリー/男性/記述者】
【ブラッド・フルースヴェルグ/男性/獄が属領域侵攻司令官代理・領域術師】
【クラーク・マージナル/男性/天が属領域侵攻司令官・占術師】

【中村章博/男性/25歳/新興宗教「生命樹」教団の代表者】
【中村奈津樹/女性/23歳/章博の妹】
【三井美佳/女性/16歳/入院中の少女】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めましてのPC様、再び再会できたPC様、こんばんは。
竜城英理と申します。
初めての異界依頼でしたが、如何でしたでしょうか。

天が属、中立、獄が属へとマナが流れ込んだ結果、1〜6の数値に填め込まれたのが、1が天が属、2が中立、3が獄が属、4が中立、5が天が属、6が獄が属、となっていますので、マナ値は【天が属+0・中立+3・獄が属+1】になります。

文章は皆様共通になっています。
では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。

>シュライン・エマさま
再びのご参加ありがとう御座いました。
草間さんはお菓子ばかり食べて待っていたと思われます。
ソフィアにつっこんで頂いてありがとう御座いました。
お気に召したら、幸いです。