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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


一日お姫様体験

オープニング

「ホストじゃダメなんですか」
 草間の質問に、「ダメなんです」と答えた男の名は神田冬彦と言う。
 彼の企画した「一日お姫様体験」のメンバーを用意して欲しいと言う依頼だ。
 色とりどりの花に囲まれた郊外の洋館。そこにやってやって来る女性一人に仕える従僕が必要なのだそうだ。
 うちは人材派遣屋じゃないぞと思うのだが、神田の示した金額には正直目が眩んだ。
「ホストクラブに通うよりはるかに安い値段で大勢の従僕にかしずかれるんですよ。試しに募集をかけたら、何と依頼がありましてね……。ただ、あてにしていたメンバーに急用が出来てしまって。女性と男性、合わせて5〜6人必要なんです。衣類はこちらで用意します。ただ、客の女性をお嬢様、お姫様と扱って言うことを聞いてくれたらそれで良いんです。勿論、いかがわしいことは一切ありません。これが簡単な要望リストです」
 神田が差し出した紙には次のような希望が並べてあった。

・お姫様だっこ
・ベッドで朝食
・庭を一緒に散歩する
・髪をといてほしい
・靴を履かせてほしい
・楽器を演奏して欲しい(CDでもいいけど、一緒にゆったり聞いてほしい)
・一日、ゆーがに過ごしたい

「……従僕は靴は履かせるかも知れませんが、お姫様だっこはしませんよ?」
 草間が言うと、神田は少し笑った。
「まぁ、つまり男の従僕イコール王子様と言うことですよ。出来れば、男女ともにそれなりの顔の人がいれば良い。この客は一泊ですからね……、どんな我儘な客でも、一日の我慢です。蝶よ花よと大事に扱ってくれたら良い。仕事に疲れたOLが一夜だけ夢のような生活を送ると言うわけですよ。土曜の夕方から、日曜の夕方まで。どうです?」
 面白い仕事があるもんだと草間は内心笑った。しかし、行方不明のハムスターを探せなどと言う二束三文且つ面倒くさい依頼よりははるかにましだ。面白がってやりたがるヤツもいるかも知れない。
「いいですよ、引き受けましょう」
 もう一度、神田の示した料金を目で確認しつつ、草間は頷いた。


「うーん、いい。いいですねぇ〜」
 ずらりと並んだ7人を見て、神田は満足気に何度も頷いた。
 メンバーが揃ったとき、あらかじめ簡単な履歴書をファックスで受け取り、その時点で合格だと思っていたが、こうして全員を生で見ると、予定していたメンバーよりも見栄えがいい。
 神田は用意した衣服に着替えた7人を、履歴書の順に並べて見た。
 左から順に、シオン・レ・ハイ。履歴書には27歳と書いてあるが、嘘だろう。本当の年齢は分からないが、激しく老けているわけではなく、ワイルドな体格だが余裕のある物腰はエレガントで、本人の希望する執事役に相応しい。
 次に、シュライン・エマ。スマートで知的な女性だ。男性陣と同じデザインの黒いスーツを着ているとどこか近寄りがたい雰囲気だが、話をしてみると柔らかい口調でかなり印象が良い。今回、女性陣は2人だけなので細やかな気遣いを期待する。
 その隣が真名神慶悟。本人曰く、よくホストに間違えられるのだそうだ。実際、黒いスーツを着た姿はすぐにでも働けそうだ。しかし目が真面目そうな印象を与えるので全く王子様に向かないとは、神田は思わない。今回の仕事での唯一の心配事は煙草が吸えるかどうか、だそうだ。姫のいない場所で始末さえきちんとして貰えれば問題はないと答えておく。
 次に海原みなも。7人中でもっとも若い。セーラー服で現れたときは黒いスーツは可哀想かと思ったが、本人の希望で皆と同じスーツを着用した。可愛らしい顔つきに似合うものかと心配したが、これがなかなか麗人だ。シュライン同様、女性らしく少女らしい気遣いを期待する。
 次がセレスティ・カーニンガム。年齢が725歳となっているが……、草間興信所の紹介だ、深く追求しないでおこう。もし事実なら、メンバー最年長者だ。そして、もっとも「王子」と言う称号が相応しい気がする。お姫様抱っこと靴を履かせる以外なら出来るとのことだが……、居間のソファにでも腰掛けていて貰えれば十分存在価値がある。
 隣が九竜啓。初めは少女かと思ったほどの可愛らしい顔の持ち主だ。黒いスーツがいかにも借り物と言った様子になるが、可愛らしさ故に笑って許せてしまいそうな雰囲気を持っている。とろとろとした喋り方が、なかなか女性受けするのではないかと思う。小柄故、お姫様抱っこは期待出来ないが、シオンとセレスティ同様ピアノが弾けるらしいので音楽方面を任せたい。
 最後がアドニス・キャロル。こちらも年齢が719歳となっているのが少々気にかかるが……、外見は合格だ。女性受けの良さそうな顔だ。集合時間は午前10時だったが、どうも眠そうに見える。朝に弱いらしく、早朝は勘弁して欲しいとのことだ。優雅さを求めるのならば宝石類を貸し出そうかと申し出てくれたが、もしものことがあっては困るので丁重にお断りしておく。

「じゃ、全員揃ったところでお客様の説明をしましょう」
 と、神田は全員にプリントアウトした紙を渡した。そこには今日、ここに姫として迎える女性のプロフィールが記してある。
 名前は秋野実理(あきのみのり)、27歳のOLだ。小さい写真で体型は分からないが、色が白く、大人しそうな雰囲気だ。
 好きな食べ物は甘い物。コーヒーより紅茶、肉より魚が好きらしい。アルコールはあまり飲めない。好きな色はピンク、水色、白。好きな音楽はあまり詳しくないそうだが、クラシック。可愛いものや綺麗なものが好き。1日の体験中に希望することは、草間にも見せた通り、お姫様だっこ、ベッドで朝食、庭を一緒に散歩する、髪をといてほしい、靴を履かせてほしい、楽器を演奏して欲しい、の6点だ。
「呼び方はどうすれば良いのでしょう?お姫様、お嬢様……それとも、名前で?統一した方が良いのですよね?」
「そうですね、統一しましょう。募集では『一日お姫様体験』と銘打ってありますから、やはりここはお姫様で行きましょうか」
 シオンの問いに、神田が答える。続けてアドニスが眠たそうに口を開いた。
「優雅ってのは……、どんな優雅さなんだ?」
「この客の場合は、特に高級志向ではないようです。ただ、男性や女性の召使に囲まれてのんびり過ごしたいと言うだけで。ですから、希望を全部叶えることに集中せず、お客の動きにあわせてのんびりやって下さい。全部クリア出来なくてもOKらしいですから」
「食事などはどうするのかしら……、勿論、必要ならばこちらで出来るけれど……」
 今朝、興信所を出る前には一晩分の食事を冷蔵庫に準備してきたシュライン。ここに来てもまず気にかかるのは食事方面らしい。
「これはお客から特に希望がなかったのでこちらで準備します。後でデパートの地下にでも行って出来合いのディナーを買ってきますよ。ある程度の食材なら、台所に揃っています。皆さんの食事は何時でもお腹のすいた時に料理して食べて下さって構いません」
 どちらかと言うと和食が得意なシュライン。こんな洋館に来て味噌汁に焼き魚、煮物ではお姫様もご立腹だろう。簡単なディナーなら作れないこともないが、準備時間がかかりそうなのでそちらは神田に任せて、メンバーの食事とお姫様のお茶や朝食を世話することにした。
「では、少し中を案内しましょう。従僕が家の中で迷子になったのではいけませんからね」
 言って、神田は見取り図を配る。
 今、全員がいたのが玄関を入ってすぐ左手にある客間だ。そこを出て、居間に向かう。広々とした居間は庭に面していて、隅にグランドピアノが置いてある。中央には豪華そうなソファとテーブルのセット。大きな暖炉と小物類を並べたチェストがあるが、テレビはない。その隣が食堂。
 次に台所。食料庫と隣り合っていて、様々な食器と食材が用意されている。コーヒーやお茶の種類だけでもかなりのもので、食品もパンや米に始まりインスタント麺、冷凍ピザまでそろえてある。
「こちらが皆さんの寝室です」
 1階の一番奥まった部屋に案内して、神田は部屋割りを告げた。シュラインとみなもは窓のある一番明るい部屋で、あとの男性陣は2人部屋と1人部屋を好きに割り振って使って良い。
「バスルームはお客の使う部屋以外に2箇所ありますので、共同で使って下さい」
 バスルームへ案内し、使い方を説明する。
 1階、2階、部屋は沢山あるが、1日で使うのは知れている。場所だけ見取り図で確認し、メインであるお客様専用の部屋に向かった。
「……良い部屋ですね」
 と、入るなりセレスティが口を開く。内装や広さではなく、雰囲気が良いと言う意味だ。
「可愛いお部屋ですね。それに、何だか良い香り」
 明るい花模様の壁紙に、薄いピンクのシーツをかぶせたベッド。窓辺のソファには水色の洋服を着たテディベアが並べてあり、テーブルには砂糖菓子の入った陶器が置いてある。
「ピンクと水色と白が好きだと言うことなので、揃えてあります」
 因みに、お姫様体験中の衣類は下着以外全て貸し出しなのだそうだ。コルセットを使うような豪勢なドレスは流石にないが、普段の生活では滅多に着用しないようなドレスやワンピース、ネグリジェなどが揃えてある。これはお客の希望に合わせてシュラインとみなもに準備して欲しいと神田は言った。
 続けて庭。広すぎず、狭すぎずの庭にはあちこちに花が植えてあり、特に周囲を取り囲むように咲いた色とりどりの薔薇が美しい。居間の窓辺に面したあたりに白いカフェテーブルのセットが置いてある。庭の花は好きに取って構わないとのことで、シュラインとみなもは早速、居間に置く薔薇を何輪か切った。
「まぁ、初めてのことで戸惑うことも多いと思いますが、お客の方も始めてなのでそんなに緊張せず気楽にやって下さい」
 神田の言葉に、全員が頷く。
「普段の生活とあまり大差ないように思います。可愛い恋人にはそう言った接し方をしますし……。他の女性だと要望も変わると思いますし、モニターでもするつもりで参加させて頂きますよ。人のお世話をした経験はあまりないので勝手が分からないかも知れませんが……、基本は楽しませて差し上げる気持があれば出来るものだと思いますので」
「あたしも、演技にならないように、心の底から大切にもてなしたいです。臨機応変に。誰かに特別扱いされたいのは、気持として分かりますし。頑張ってみますね」
 セレスティとみなもが言うと、慶悟が少し笑った。
「お姫様抱き以外は何とかなりそうだな。年末に向けては物入りで金が要る。少々難儀を感じそうだが、一日だけなら何とか……なるだろう。お姫様によっては血管を浮かすこともあるかも知れんが……、そこは堪えて真摯且つ紳士的に……努力しよう」
「うん。どんな子か分かんないけど、草間さんからのお願いだし、一日だけ……だし、その子のために頑張るよぉっ。俺に出来る事だったら、なんでもやってあげたいなぁっ」
 啓もにこりと笑う。……にこりと言うにはどこかふんにゃりした感じだが。
「ハイ。それじゃ、頑張りましょう。私のことは、皆さん、執事と呼んで下さいっ」
 表情を引き締めて、シオンが言う。着る物や場所が違うと人はこんなにも変わるのだろうか……と感心してしまうほどのエレガント振りだ。
「ま、出来る限りやってみようか。……それにしても、OLの一日体験か……。料金踏み倒されたりしてね」
 くすっとアドニスは笑った。
 この洋館が誰の持ち物なのか分からないが、そこそこ規模で立派な建物だ。庭や建物の手入れにはそれなりに金がかかるだろうし、用意された調度品や食品、衣料も質の良いものばかりだ。
 客であるOLがどれほどの料金を支払うのか知らないが、草間に提示された依頼料はなかなかのものだったと聞く。踏み倒されたりしてね、と言うアドニスの言葉は前科多き草間興信所に於いては少々、笑うに笑えぬ言葉だった。

 客である秋野実理の到着は6時。
 それまでの時間をそれぞれは思い思いの場所で過ごした。庭や家の中を見回る者がいれば、あてがわれた自室で眠る者もいて、お姫様にとって心地よい環境作りに余念のない者がいれば、台所にこもって料理に励む者もいた。
 そして、午後6時。お姫様はタクシーでやって来た。
 小さな写真で見た通りの色白の顔。化粧は薄く、服装も仕事帰りにそのまま来たので紺色のスーツだ。ショルダーバッグの他に、小ぶりのボストンバッグを抱えている。
「お帰りなさいませ、お姫様。お荷物を」
 玄関に入るなり、シオンが手を差し出して荷物を受け取った。実理姫は少々戸惑ったようだが、言われるままに荷物を渡し、ずらりと並んで迎えた従僕に頭を下げた。
「1日、宜しくお願いします」
 姫は従僕に頭を下げたりしませんよ、と微笑しつつセレスティが全員の名を紹介した。
「心を尽くして、お仕えさせて頂きます」
 啓が言うと、そのほんわりした喋り方が良かったのだろうか、実理姫はようやく笑顔を浮かべた。
「お疲れでしょう。お部屋でお召し替えをどうぞ。先にお風呂になさいますか?」
 みなもが言うと、実理姫はお風呂を希望した。
 みなもが部屋へ案内し、その後ろを荷物を持ったシオンが付いて歩く。3人が階段を登ってしまうと、シュラインは大急ぎで台所に向かった。
 神田が買い揃えて来たディナーを暖めなおし、食器に盛り付けるためだ。
「誰か、テーブルをセットして貰えないかしら?」
 シュラインが言うと、アドニスが快く引き受けた。
「それじゃあ、食事の間は俺がピアノ弾こうかな……、難しくない曲なら出来ると思う……」
 啓が言い、指慣らしにピアノに向かう。
「では、私はお酒を選びましょうか?あまり飲めないそうですから、女性向けの甘いリキュールでも。手伝って頂けますか?」
 セレスティが言い、慶悟が頷く。
「俺達も後で飲もう」

 みなもが選んだ百合の香りのお風呂に浸かって少々リラックスした実理姫は、これまたみなもが選んだ白の部屋着に着替えて食堂にやって来た。化粧を落としても殆ど顔が変わっていない。
「こちらへどうぞ」
 すかさずアドニスがテーブルの椅子を引いた。横から慶悟が小さなグラスを差し出す。セレスティの選んだ薄いピンクのリキュールだ。
一口飲んだところで、啓のピアノが始まった。隣の居間から聞こえてくるピアノの音は遠すぎず、近すぎず、耳に心地よい。
照明を落とし、シオンが蝋燭に火を灯した部屋、小さなグラスのリキュール、シンプルな皿に盛り付けられた料理、聞こえてくるピアノ。
普段、1人暮らしの狭いマンションで小さなテーブルにつき、テレビを見ながら食事をしていると想像すれば、十分に優雅だ。大勢に見られながらでは食べ難いだろうと、給仕をするシュライン以外、席を外したのも良かったらしい。
「……問題はこれからだな」
 と、小声で慶悟が言った。
 時間はまだ8時を少し過ぎたところだ。どんなにゆっくり食事をしても9時。何時に就寝するつもりか分からないが、3時間なり4時間なりを、どう過ごさせるか。
 ピアノの演奏ばかりではつまらない。かと言って、居間にテレビはない。普通、女性は自宅でどのように時間を過ごすものだろうか。
「あたしは、テレビ見たり宿題したり、お友達と電話したりですけど……」
 みなもが答えると、全員が首を振った。OLに宿題はなかろうし、電話で仕事の愚痴や恋人の話をしたのでは普段の生活と変わりなさ過ぎる。本ならば別室に雑誌から小説まで用意されていたが、果たして実理姫は読むだろうか?
「でも何もないよりはマシだろう。一応、何冊か準備しておいたらいいんじゃないか?」
 アドニスに言われて、みなもが本の選別に向かう。
「私たちはどうしましょうか?」
 セレスティが言うと、シオンが紙を広げる。実理姫の要望を書いたリストだ。
「ピアノの演奏ならやっていますが、一緒に聞いてませんからねぇ。食事が終わったら改めて何か演奏して、それを一緒に聞きましょう。髪をとかすのも、そのとき一緒に出来ませんか?」
 全部達成出来なくても構わないと言われたが、どれも達成出来ないのでは問題だ。
「分かった、それは俺がやろう。急がず慌てず、ゆーがにだな、ゆーがに」
 アドニスは言って、洗面所に向かう。確か、櫛やブラシがそろえてあったはずだ。

 食事を終え、居間に移動した実理姫を、今度はセレスティのピアノがもてなす。
「疲れたよぉ〜」
 延々弾き続けた啓が指を揉みながら食堂に行くと、後片付けをしていたシュラインが声をかける。
「ご苦労様。今のうちに、私たちも食事しときましょ。後で交代ね」
 実理姫が食べたディナーほどではないが、良い食材を使った洋食を2人分、テーブルに並べた。声を掛けられたらすぐに中断できるよう、簡単なものばかりだが、味は完璧だ。
「おいし〜ぃ。本当に料理上手ですね」
「ありがとう」
 啓が言うと、本当に美味しそうに聞こえるのでシュラインは嬉しくなった。
 その頃、居間ではセレスティがピアノを弾き、アドニスが実理姫の髪を梳かしていた。湯上りにみつあみにしていた長い髪を毛のブラシで艶が出るまでじっくりと梳いたあと、再びゆるやかなみつあみに戻す。
その間、実理姫は雑誌に目を通し、片手をみなもに任せてマニキュアを塗ってもらった。
 何曲かの演奏を終えて、セレスティはシオンと共に選曲してBGMをCDに変える。
 紅茶と焼き菓子を運んできたシュラインと入れ替わり、慶悟が食堂に向かう。食事の前に取り敢えず煙草が吸いたかった。
「ところで、お姫様だっこは誰がやるんだ?」
 深く吸い込んだ煙を吐き出して、慶悟は言った。
「うーん?誰がやるんだろう?俺、出来るかなぁ?抱っこくらいなら出来るかも……?」
 そう言う啓を見て、慶悟は首を振った。
「やめとけ」
 実理姫は小柄だが、啓が抱っこをしたのではお互いが抱きついているようにしか見えないだろう。
「私も無理ですね……」
 と、セレスティ。
「あたし……結構力があるんです。だから、出来るとは思いますけど……」
「やめた方が良いわね。階段で転んだりしたら大変だもの。それに、やっぱりお姫様だっこって男性にして貰いたいものでしょ?」
 ひざ掛けを取りに来たシュラインが言って、すぐにみなもは却下される。
「となると、シュラインさんも無理だし……、3人の誰か」
 慶悟とシオン、アドニスだ。
「俺は無理だぞ」
 慶悟はすぐに言って、服が煙草臭いことを理由に上げたが、本当のところは「出来ない」より「やりたくない」の方が強い。
 啓は自分の皿を下げ、実理姫の左右に控えて何やら談笑しているシオンとアドニスを呼びに行った。
「お姫様だっこ?ああ、そう言えばそんな要望があったな。別に、やっても良いけど」
 アドニスは酷く面倒くさそうに言った。
「私がやっても構いませんが……、執事はお姫様を抱っこしますかねぇ?」
 ……しないだろうと言うのが全員の一致した答えだった。

 結局、実理姫はアドニスのお姫様抱っこでベッドに向かい、夜伽こそなかったが、何故かひたすら頭をなでて貰いながら眠りに就いた。
「う〜……、眠いよぉ〜」
 午前6時半。台所で啓は目を擦りながらシュラインの入れた濃い目のコーヒーを飲んでいた。
 就寝前、実理姫は何時に起床するとは言わなかった。まさか5時や6時に起きるとは思えないが、姫が起きたときに従僕が眠っているわけにいかない。
 決して起こしてくれるなと言って眠りについたアドニスを除く6人が何をするでもなく実理姫の目覚めを待っている。勿論、起きたらすぐお世話が出来るよう、慶悟の式神を部屋に控えさせている。
「今日は、ベッドで朝食、庭の散歩と、靴ですね」
 こちらもまだかなり眠そうなシオン。瞼と瞼が今にもくっつきそうな執事は、昨日ほどエレガントではなかった。
「……庭の散歩は協力しよう……、朝食と靴はどうにかしてくれ」
 更に眠そうな慶悟の声。早朝の陰陽師は間が抜けて見えると全員が思ったが、口には出さないでおく。
「運ぶのを手伝って頂ければ、朝食は私がお世話しましょう」
 セレスティが答える。声も顔もサッパリしているが、どこか疲れた様子だ。
「もぅ、大丈夫ですか?コーヒーより梅干湯か何かの方が良いんじゃないですか?」
「本当ね。しっかりして頂戴。すぐに用意するから」
 しゃきっと目覚めているのはみなもとシュラインだけだ。
 それもそのはず、未成年の啓を除く男性陣は昨夜、実理姫が眠りに就いたあと、酒宴を開いたのだ。あまるほど、酒がある。料理せずに食べられる肴も腐るほどある。となれば、ちょっとくらい飲みたいと思うのも無理はない。ちょっとのつもりが、うっかり飲みすぎたのだが。
 シュラインが朝食の準備を休めて男性陣用に梅干湯を作る。単に寝不足の啓も同じものを飲んだ。

 実理姫が目覚めたのは8時だった。もっとゆっくり眠りたかったらしいが、何故か目が覚めてしまったのだと言う。
 シュラインに手伝って貰い朝食のワゴンを運んだセレスティが、見えていないとは思えない手つきでカップにコーヒーを注ぐ。
 熱々トーストにマーマレードに薔薇のジャム。カリカリに焼いたベーコンと半熟の目玉焼き。赤く熟れたトマトとレタスのサラダ。
 みなもにショールを掛けて貰った実理姫は、「こぼさないように食べるって、大変ね。ベッドでの食事って、思ってたほど優雅じゃないわ」と苦笑した。
 食事を終える頃、啓がまだ僅かに朝露の残った薔薇を切ってやって来た。
「おはようございます、お姫様。とってもいいお天気ですよ。後で庭を散歩しませんか?」
 実理姫は頷き、ベッドを出る。すかさずシュラインが室内履きを出し、着替えの為に男性陣は部屋を出る。着替えが終わる頃、ようやくどうにかベッドを出たアドニスがやって来て、髪を梳いた。
「ご希望通りに、お嬢様」
 と、何冊かカタログを渡と、眠そうなアドニスに気を使ったのだろうか、実理姫は簡単な髪型を選んだ。
 シュラインと共に選んだワンピースを纏い、髪を結い上げた実理姫は白いパンプスをみなもに履かせて貰って庭に出る。
 日差しはまだ強くなかったが、すぐにシオンが日傘を差し掛けた。薔薇や、今朝開いたばかりの花を愛でる実理姫。
「花や秋の彩りはいずれは散るが……我が御前にて映る大輪は心の中に永久に咲く……だ」
 シオンと共に実理姫について歩く慶悟が言うと、庭の隅々から様子を伺っていた従僕達が、慶悟の言葉に我が耳を疑い顔を見合わせる。そうと知ってか知らずか、
「ほら、頑張れお前たち!」
 慶悟は庭の隅に向かって小声を掛ける。すると、笛や太鼓の奇妙で不器用なクラシックが始まった。
 首を傾げる実理姫。
「人が作り紡ぎし楽曲も……香と共に風に乗り我が耳と鼻を擽る姫様の言の葉には到底及ばない……」
 慶悟は慶悟なりに努力をしているのだが、どうしても平静を保とうとするあまり、真顔になってしまう。
 彼は頭に虫がわいちゃったの?と、啓が身振りで尋ねる。大笑いしたいのを懸命に堪えて、アドニスは首を振った。
 
 昼近くまで庭の散歩と従僕達との談笑を楽しみ、庭のベンチで一休みした後にシュライン手製の昼食を食べる。昼食後にはCDをBGMに、セレスティに誘われて簡単なダンスを踊った。
 昼を過ぎると不思議なほど時間の経過が早くなり、焼きたてのシフォンケーキが出た3時のお茶を終えると、もう期限の6時が近い。
 最後まで心を抜かずにお世話を、とみなもが言い、時間が迫れば迫るほど何か1つでも多く満足して貰おうと思いつく限り手を尽くす。腰掛ける際には椅子を引き、階段の昇り降りには手を添えて、香を炊いてリラックスを促す。
 そして6時。1泊3食付のお姫様体験が終わった。
「1日、有難う御座いました。素敵な方たちに囲まれて、お世話して貰ってとっても楽しかったです。いっぱい気を使って頂いて、本当に有難う」
 そう言う実理姫は既に来た時と同じ灰色のスーツに着替え、髪も戻して姫のいでたちではない。食事やお菓子の味を褒め、ピアノの演奏、ダンスのリード、髪を梳かす優しさ、エスコートを褒め、演技と思わさない心尽くしを褒める。
「お姫様って呼ばれて、男性にも女性にも特別扱いして貰えるって素敵!癖になりそうでしたよ」
 迎えのタクシーに乗り込んで、全員に笑顔を残し、1日だけのお姫様は去っていった。
「終わりましたね」
 何故か名残惜しそうにシオンは言った。昼間エレガントに戻っていた顔つきが、ふにゃっと歪む。
「ああ……、眠いな……」
 予定より早く起きたアドニスは豪快に欠伸をして蝶ネクタイを外した。
「結構面白かったですよね?凄いせりふも聞けたし」
 啓が笑うと、慶悟は頭を抱える。
「あれは忘れてくれ……」
「いえ、女性には常にあれくらいの態度でいなければいけませんよ」
 セレスティが言うと、シュラインは少し首を傾げた。
「この労働に、何の違和感も感じなかったのは何故……?」
「シュラインさんったら……。大丈夫、何時か草間さんもお姫様だっこしてくれますよ」
 草間はどんな顔でシュラインを抱き上げるだろう?みなもが言うと、全員が笑った。


End




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3356/シオン・レ・ハイ    /男/42/びんぼーにん+高校生?+α
0086/シュライン・エマ    /女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389/真名神・慶悟      /男/20/陰陽師
1252/海原・みなも      /女/13/中学生
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い
5201/九竜・啓        /男/17/高校生&陰陽師
4480/アドニス・キャロル   /男/719/元吸血鬼狩人
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■         ライター通信          ■
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この度はご利用有難う御座います。少しはお楽しみ頂けましたでしょうか?
気がつけば、こちらでお世話になり初めて丸3年を迎えようとしています。
月日の経過って早いものですね。
……全然成長しないのが(むしろ退化しているのが)辛いところです。
ではでは、また何かでご利用いただければ幸いです。