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幽霊信用調査?
【オープニング】
その日、草間興信所にやってきた客は、珍しく――と思いたくはないのだが――スーツをパリッと着こなし、黒ブチの眼鏡をかけた、いかにも営業マン風の男性だった。
(こりゃ、久しぶりにマトモな依頼かね)
幽霊だの怪奇現象だのはたくさんだ。常々そう思っているから、草間武彦は愛想よくその男性をオフィスに迎え入れた。
しかし――颯爽と男性が取り出した名刺を見て、ぎょっと引きつる。
――亜間咲[あまざき]ビルディング管理人 亜間咲成人[なりひと]――
(あの有名な幽霊雑居ビル!)
「こちらは、基本的には何でも調べて頂けると伺いまして」
ソファに座り、亜間咲は真剣に言い出す。
微妙に間違っていることを否定する気力もなく、はあ、と気の抜けた返事をすると、
「では、ぜひお願いしたい」
合間に零が出したコーヒーには一切手をつけず。
「当ビルに住み着いている幽霊が、どのような人物かを調べて頂きたいのですよ。人柄、経歴、人間関係……」
つらつらと並べられていく言葉に、「はい?」と草間はすっとんきょうな声をあげる。
亜間咲の眼鏡の奥の瞳が、きらりと光った。
「――ですから幽霊の、『信用調査』を行って頂きたいのです。やって下さいますよね?」
■□■□■
「『管理者たる者、住人のことは知っていてしかるべきです』……ねえ」
亜間咲が帰ってから、草間は彼の言った調査の動機をしみじみつぶとやいていた。
「管理人ってのは、そこまで住人を調べなきゃならんもんかね?」
「さあ、どうかしら」
パソコンの前で早速インターネット調査を始めたシュライン・エマが、ふうと呆れたようにため息をついた。
「そんなに不審がるならもう少しちゃんと問い詰めれば良かったじゃないの、武彦さん」
「いや……あまりにとっぴな依頼だったもんでな。つい」
「つい、で事件調査を引き受けないでちょうだい」
悪かった悪かった、と草間がシュラインの鋭い視線に逃げ腰で謝っているところへ、興信所のドアが勢いよく開いた。
「っちわ! 元気ー草間さんっ!」
入ってきたのは中学生、くせのある茶髪をした草摩色[そうま・しき]である。
彼はこの事務所に――というより草間になついて、学校帰りにたまり場代わりとしてよくここへ来る。
色はシュラインが真剣にパソコンのディスプレイを見つめているのを見て、「あれ?」と首をかしげた。
「なに、仕事? 珍しいじゃん!」
「珍しい言うな!」
草間はくわえタバコが飛んでいきそうな勢いで怒鳴った。
シュラインが冷たくつけたす。
「珍しくないわよ。怪奇現象系の仕事ですもの」
「え? なになに?」
――『幽霊信用調査』。
そんな言葉を聞いて、色は目を輝かせた。
「なんだよ。それ俺の得意分野じゃね? ねえ、手伝ってやろっか?」
「いや……今、助っ人も呼ぶところだし」
電話に手を伸ばしていた草間がこめかみをかきながら言う。
「いいじゃない。手伝ってもらったら?」
あっさりとそう言ったシュラインは、早くもデータをプリントアウトし始めていた。
「例のビルの管理者、持ち主名も確認したわ。――今の亜間咲さんになったのは、たった三ヶ月前のようね。というか、亜間咲さんご自身、東京へ出てきてからまだ半年も経っていないようよ?」
「うん……? そうなのか?」
まずひとり目に電話を終えた草間が反応する。シュラインは続けた。
「亜間咲さんご自身が霊……ってことは、なさそうね。念のためね」
そして彼女は、匿名掲示板怪奇現象スレッドを確認し、そこで亜間咲ビルディングでの怪奇現象について、どんな情報があるかを見ていった。
草間はもうひとりの助っ人に電話をしながら、一方でシュラインの読み上げる情報に耳を傾ける。
「あそこは五階建て……幽霊目撃情報はいくつもあるわ。霊は複数みたい。どこまで本物かは分からないけれど――少なくとも、ひとりではなさそうね」
――夜中にずっとぼんやり灯りがついている。
――時間を問わず、なぜかリズミカルな音楽と女性の笑い声が聞こえる。
――一日中、カリカリと何かを書いているような音がする。
――階段を昇っていくと、突然何かが飛びかかってくる。
「は〜。本当に『幽霊雑居ビル』なんだな」
色がディスプレイをのぞきこんで感心したように言った。
「ネットで分かるのはこれくらいかしら……? あとは新聞記事と……ビルの周辺の住人に直接聞き込みに行きましょう。あの周辺で亡くなった方々のこととか――さすがにご遺族に話を聞きに行くのははばかられるわね。何とか、分かる範囲で――いいわよね、武彦さん?」
ああ、と草間は電話を終えて、首筋をかきながら苦笑した。
「仕方ないさ。死んじまった人間のことを……根ほり葉ほり聞くもんじゃないしな」
シュラインは優しい目で草間を見た。そして、
「ねえ、お祓いじゃなく身辺調査と言うくらいだから、依頼人は優しい方なのかもね。……穏やかな霊だと、いいわね」
と微笑んだ。
■□■□■
シュラインと、ただの野次馬でくっついてきた色の二人は、ビルの周辺で聞き込み調査を行っていた。どうやら助っ人二人よりも早くついてしまったらしい。
亜間咲ビルディングは、あまり立地条件のいい場所にはない。その上、いかにもすぎるドロドロとした雰囲気を全体からかもしだしていて、とてもじゃないがあまり近づきたくない場所だ。
だが、人とはいつでも野次馬であるもの。一度はテレビ調査さえ入ったらしい。
「でもね、そのテレビは中止になったんだよ。なんでもみんなビビッちまったとかで」
ビルの近くに住む、いかにも噂話の宝庫なおばさんは、少し尋ねただけでマシンガンのように次々と情報をくれた。
「なんでもね、階段をあがっていくと突然大きな音がするとか――襲われた、とかって話もあるんだけどね。それで次々とスタッフが階段から転げ落ちて怪我してリタイア! まあそんな感じでね」
「それ以外の怪奇現象はないんですか?」
シュラインが問う。おばさんは、「そりゃもう、ネタはつきないよ!」と言った。
「気づいたかい? このあたりの他のビルは人気が少ないだろう? あの亜間咲ビルからねえ、夜な夜などころか真昼間から、うるさい音楽と女の笑い声がするんだそうだよ。みんな気味悪がるというよりは、『うるさい』っていう理由でビルから出ていっちまうんだよ」
「はあ」
「ああ、あとは夜にも灯りがついてるね。これはあたしも見たことがあるわ」
――ネットの情報と、ほぼ違いがない。
「ということは、やっぱり本当に起こっている現象なのかしらね」
もうすぐ日が落ちる時間帯。空を見上げながら、シュラインはつぶやく。
「分かんねーぜ? ああいうおばさんの言うことってほとんどアテになんねーじゃん。むしろあのおばさんが広めてる噂って線もあるしさあ」
頭の後ろで手を組んだ色が、肩をすくめた。それもそうね、とシュラインは苦笑した。
それから彼女は色に向き直った。
「ビルに入るのは、助っ人二人が来てからにしましょう――その間に、私は神社でお神酒をもらってくるわ。あなたは、とりあえず武彦さんに連絡を入れてくれる?」
司令塔とかいう名目で、草間は事務所に残っている。いいよと色がうなずくと、シュラインは「お願いね」と言って足早に駆けていった。
色はすぐに草間に電話をかけた。
一通りの連絡をすませると、『そうか……』と草間のどこか困惑したような声。
「どうかした? 草間さん」
『いや……どうもあの依頼人が気になってな。幽霊信用調査なんて、やっぱりおかしいだろう』
「引き受けたの自分のくせに」
『それを言うな。まあとにかく、引き続き調査頼むぞ』
そう言って、電話は切れた。
色はひとりでにやにやしながらつぶやいた。
「そーゆーのも『怪奇探偵の勘だろ』って言ってやったら、怒るんだろうなあ草間さん」
■□■□■
梧北斗と門屋将太郎がビルに到着するのと、シュラインがお神酒のついでに花も抱えて帰ってきたのとは、ほぼ同時だった。
北斗と将太郎に、今までの情報を伝える。
シュラインの手腕で集まったネットや新聞記事、聞き込みでの調査によれば、このあたりで怪奇現象が始まるのと死亡時期が重なる周辺での事件は十件ほどあった。
「そのうちいくつが霊に変わってんだろうな」
北斗がシュラインの手によるリストをのぞきこんで、しみじみとつぶやいた。
何度見ても人が死んだのなんだのの話を聞くのは悲しいものだ。まして霊として現世にとどまってしまっているならなおさら。
「信用調査なわけだから」
草間興信所でも一番古参のシュラインが、仕切るような口調で言い出した。
「依頼内容にも、経歴や人間関係、人柄を調べろとあったわ。経歴と人間関係は――」
「俺がやってやるって」
相変わらず頭の後ろで手を組んだままの色が、あっさりと言った。
彼には特殊能力がある。今はカラーコンタクトをしていて分からないが、彼の本来の瞳の色は銀だ。その瞳を持ってすれば、人間でも幽霊でも、過去が見える。
過去が見えれば、経歴と人間関係など軽く分かってしまうことだ。
「いいの? あんた」
「いーよ。でも人柄は知らねえぜ?」
「それはやっぱり、直接会ってみるしかないだろう」
と将太郎が言った。
相手は幽霊だ。生身の人間ならば、人柄は他人からの評判で分かるだろうが、霊では直接見て判断するしかない。
「よっし。じゃあ俺、ビルに特攻してやる」
北斗が気合を入れる。「俺も行くよ」と将太郎。
「私も行けるわ。念のためお神酒もってきたから」
とシュライン。
「結局全員じゃん」
けけ、と色が楽しそうに笑った。
問題がある階は、一階と三階、そして四階から五階へと昇るための階段の三箇所――
四人は役割分担をして、それぞれの場所を調べることにした。
■□■□■
一番厄介そうな四階から五階へとつながる階段。担当はシュラインと色――
――そこでね、大きな音がするとか、襲われたとかで、階段を転げ落ちる人が――
「あんたは踊り場にいろよ」
色は軽い口調でシュラインに言う。
「二人が一緒にあがって、一緒に落っこっちまったら話になんねえしさ」
分かったわ、とシュラインが花とお神酒を手にうなずく。
時刻は、もう夕焼けの見える頃。踊り場が赤く染まる。
色は階段の上を真顔で見た。それから慎重に――一歩一歩階段を昇り始めた。
『ワッ!!!』
「――っ!!」
思った以上の大音声が階段を震わせて、色は危うく本当に階段を転げ落ちるところだった。
しかし、体勢を立て直すか立て直さないかというタイミングで再び、
『ワッ!!!』
色はとうとう階段を転げ落ちた。
「危ない!」
シュラインが慌てて駆け寄った。
「草摩君、大丈夫?」
「つつ……や、大丈夫……」
まだ七段ほどしか昇っていないところでの出来事で助かった。体を起こし、色はほうと息をついた。
「すごい音だったわね」
ビルの反響も利用して、がんがんと脳の奥に響きそうな音。
やっぱりこれかしら、とシュラインはリストを取り出した。ちょうど一番下にある名前。
小さな子供だ。
――階段で人に驚かされて転げ落ち、頭を打って死亡してしまったという少年……
死亡場所はここではなく他のビルなのだが、そのビルが現在なくなっているので、こちらに移ってきたのだろう。そもそもこのビルが、その類を寄せつけやすいに違いない。
「ちぇっ」
色は不機嫌な顔で、打ちつけた頭をなでた。
「そーゆーヤツはどうやって話聞くんだよ。――あ、あれか? ひょっとして」
ふと階段の上のほうを見ると、陰からうかがうように何かがのぞいている。
シュラインが声をあげた。
「大丈夫! 私たちは少し話がしたいだけよ……! だからそっちに行かせて――」
『ワッ!!!』
――通じなかったようだ。
色はカラーコンタクトを取る。そして、陰からのぞいている霊を視た。
……ごく普通の小学生。過去の行動にもなんの問題もない。
ただ――あまりにも普通だったから、最期の瞬間だけが鮮明すぎたのだろう。
「とりあえずさあ、俺らは幽霊相手っての得意じゃないし?」
色はシュラインに提案した。ずきずきする頭をさすりながら。
「他の二人、呼ぼう。草間さんにも報告して。どうするか決めようぜ」
■□■□■
「一階の幽霊は、信用度としては問題ないぞ」
と将太郎が言った。
「……三階の幽霊も、騒がしいけど……悪い子じゃなかった」
と北斗が言った。
「じゃあとにかく階段の子ね……二人に説得頼めるかしら?」
OK、と二人は応じる。シュラインが二人に、お神酒と花を渡した。いざというとき何かの役に立つように。
色が、草間に携帯で電話をしていた。
「それでさ、草間さん。今から助っ人二人にその一番厄介なのの相手をしてもらおーと思ってんだけど」
『ああ……気をつけてな』
草間の応答は、やはりどこかぼんやりしている。
色は少し無言になった。それから、言った。
「まだ気にしてんの? 依頼人のこと」
“なぜ信用調査なのか”引っかかっていると言った草間。
『まあ、な』
気まずそうな声音で言う草間に、色はあっけらかんと応えた。
「じゃあ、俺その亜間咲とかって人に会いに行くって。そいつのこと調べりゃすぐ分かんだろ」
『……色』
「ダメなのか?」
『いや……』
「依頼人のところにいくの?」
電話の話を聞いていたのか、シュラインが口を挟んでくる。「なら私も同行するわ。どのみちここでは、もう私の役目はなさそうだしね」
「んじゃ、二人で行こう」
電話を切り、そして色はシュラインに尋ねた。
「で、その肝心の依頼人はどこにいんの?」
■□■□■
依頼人はその後の捜索により、不動産屋にいることが分かった。
色とシュラインは急いでその不動産屋へ向かった。そしてちょうど亜間咲成人が建物から出てくるところを見つけた。
二人はとりあえずの作戦を立てる。亜間咲と直接話をするのはシュラインだけ、それを陰から色が見るのだ。
亜間咲の『過去』を。
「亜間咲さん。草間興信所の者です――」
呼び止めて、シュラインと亜間咲、そしてひっそりついていく色の三人は、近くのファミリーレストランへ入る。
できるだけ奥まった席を選んで座ると、シュラインは早速切り出した。
「単刀直入にお尋ねします。このたびはなぜ、信用調査などなさる気になったのでしょう?」
亜間咲は相変わらずのビシッとしたスーツ姿で、難しい顔をした。
「だから説明しましたでしょう。たとえ霊と言えど、住人ですから。知っておきたかったのです」
「住人とは言え、信用調査までするというのは行きすぎではありませんか。たしかに“問題の多い住人”ではあるのでしょうが――どうか、正直にお答え下さい」
そうして頂けなければ、調査がうまく進みません。シュラインは脅しをかけた。
元々よく分からない依頼である。「じゃあ他を当たります」と言われたところで、労力の無駄ではあったが痛くもかゆくもない。
色は――ちょうど亜間咲を背後から見つめられる場所の席を取った。
亜間咲はうめいている。色はカラーコンタクトをはずす――
そして、視た。
(……うわー……)
それから色はコンタクトを戻し、のんきにシュラインの隣の席へと移った。
亜間咲が突然現れた中学生に驚いたような顔をするが、すまし顔で無視。シュラインが、「彼も我が事務所の一員です」と説明する。
「子供ではありませんか」
亜間咲は憤然とした顔をしたが――
色は、哀れみのこもった顔で紳士を見た。
「ねえ、東京暮らしってそんなにつらいですか?」
ぎくり、と亜間咲が硬直する。
色は続けた。
「いっつもスーツ着て背筋伸ばして生きなきゃって思ってるんですね。三ヶ月前に、友達に騙されてあのビルもらっちゃって……でもこれくらい自分でどーにかしなきゃ東京では生きていけないと思うなんて、けっこう根性あるのか、ただの素直すぎるおバカさんなのか」
「草摩君」
シュラインがたしなめるが、色はそしらぬ顔。
「あなたが正直に言えば、俺らだって協力しますよ。言えばいいじゃないですか。なに無理してるんですか?」
「………」
長い沈黙があった。とても長い――
やがて、
亜間咲は重い口を開いた。
「分かった。そこまで調べがついているのなら――正直に申しましょう」
そしてなぜかバンと片手でテーブルを叩き、もう片方の手は強く拳に握って、
「私はあのビルを――!」
亜間咲氏は……力説した。
■□■□■
もうそろそろ陽が落ちきる時間帯だ。
将太郎と北斗が、依頼人をさがしにいった二人を心配しながら亜間咲ビルの入り口で待っていると、やがて遠くからシュラインと色が歩いてきた。
依頼人と一緒ではないようだ。
戻ってくるなりシュラインが、ビル待機組の二人の姿を見て眉をよせた。
「二人とも、大丈夫? 怪我してるじゃないの」
「ははっ。さすがに一度は転げ落ちたもんでな」
将太郎は照れ笑い。北斗は頬を赤くしてそっぽを向く。すりむいた傷がずきずきする。
しかし、やがて笑顔になった。
「うまく行ったぜ。シュラインからあずかった花がいい効果を生んだみたいだ」
と将太郎は満足そうに言った。北斗もほっとしたような表情で、
「花なんてビルにいると見ないだろ? それに子供だから――あれを見せたら、少し落ち着いたみたいだったから、そこで一気に話をつけた」
「かわいい子供だったな。悪意のかけらもない」
本人は怪我をさせるつもりでやっていたわけじゃない。
ただ、記憶に強く残っていた“それ”を、意味もなく繰り返してしまっていただけなのだ。
「んで、そっちはどーだったんだ?」
北斗が尋ねる。
シュラインと色は顔を見合わせ――そして、二人で目をそらした。
「何なんだよ」
将太郎も北斗もいぶかしそうに二人の顔を見比べる。
「……依頼人の本音、聞いてきたわ……」
シュラインがつぶやいた。
「おー。まぎれもない本音だったよな」
色がしみじみとつぶやいた。
そして意を決したように、紅一点の凛々しい女性は、その事実を告げた。
「亜間咲氏はね。このビルを“観光名所”にしたいのですって」
………。
沈黙。どうしようもない沈黙。
やがて、
「――はあっ!?」
初めて聞かされた二人が大声をあげた。
色が頭の後ろで手を組んで、
「これだけ話題性があるんだったら、いっそ観光地にしちまえって思ったんだってさ。だから、今いる幽霊たちには働いてほしいってこと。お化け屋敷のお化けって感じ? シャレになんねえけど。だから、雇用主としては“信用調査”なわけ」
「じょ――」
将太郎が顔を真っ赤にした。「冗談じゃないっ!!」
「それ、つまり見世物って意味だろ……!?」
北斗も憤然として聞き返す。そうね、とシュラインは疲れた顔でうなずいた。
「武彦さんにももう連絡したわ。……電話の向こうでひっくり返ったみたい。怪我したかしらね、あの人も」
「冗談じゃねえよ! いっくら幽霊だからって見世物なんて!」
「そうだ! 幽霊には拒否権さえないんだぞ! 金だってもらったところで仕方ないしよ!」
「でもさ、亜間咲さんもなかなかに気の毒なお人だったんだなあこれが。友人に騙されてあのビル手に入れちまって、でも東京では強く生きなきゃいけないとか妙な方向に根性出して、いっちょうらのスーツを毎日自分で手入れ。背筋ピンと伸ばして、堂々と胸を張るように気をつけて。だけどビルには住民が入らない。借金だらけなんだぜ、実は」
気色ばむ北斗と将太郎を相手に、色は淡々と依頼人の状況を並べ立てた。
「だ、だからって……」
将太郎は、自分が見つけた受験勉強中だった少年幽霊を思い出す。
あの真面目な雰囲気。見世物になどしたくない。第一勉強の邪魔だろう。邪魔をされたら、あの少年だって悪霊に変化するかもしれない。
北斗は踊りの好きだった女の子の霊を思い出す。
あの天真爛漫な笑顔。たしかに音楽や笑い声はうるさかったのかもしれないが、だからと言ってあの明るさを見世物になどしたくない。
そして階段の子供。
――一番見世物にするに相応しくない。
「……いっそ除霊しちまったほうが、やつらのためになるかな……」
退魔師である北斗がつぶやく。
「いや。除霊するのも……なんだかな……」
将太郎が応える。そうだよな、と北斗が小さくうなずいた。
「どうしましょうね」
シュラインが柳眉をよせて腕を組んだ。
結局野次馬でしかない色が、とてものんきな調子で口を開いた。
「だったらさ。ここの霊を説得してこのビルから離すとか――周りに迷惑かけないていどにおとなしくさせるとかして、そんでここに住んでくれる住民さがしてやれば? そうすれば除霊もしなくていいし、亜間咲さんの仕事もなんとかなるし、一石二鳥〜」
「そんな簡単なことじゃないわよ?」
シュラインがため息をつくが、
「――いや」
「俺、そうしたい」
将太郎と北斗が、真顔でうなずいた。
「草間さんに許可もらって、その方向でなんとかできないか努力する」
「待って二人とも、はっきり言って難しいわよ? 大体そんな資金がどこに――」
「それでも除霊はしたくないし、見世物にもしたくねえ!」
北斗は思わず怒鳴り、はっと我に返って「あ、いや……し、したくないから……その、あがいてみたいなと」
――実はひそかにシュラインに憧れている北斗である。
「俺もこいつに賛成だ。無意味でもあがいてみたい」
将太郎が言葉をつぐ。
シュラインが――
ため息をつき、
「……分かったわ。その代わり、これからもうちの仕事手伝ってよ?」
そして、にこりと微笑んだ。
【エピローグ】
「……おいシュライン。なんだこの今月の赤字のひどさ……」
帳簿を見た草間は、青くなって事務員に尋ねた。
シュラインは草間を見ることさえせず、忙しくパソコンのキーボードを叩きながら、
「例の亜間咲さんのビルのことで。北斗君と門屋さんが走り回っているからその出費」
「ぜ、全部うちに回ってきてるのか……っ!?」
「当然でしょう。北斗君なんて、高校生なんだから」
「そりゃそうだが……」
そこでシュラインは初めて草間のほうを向き、唇の端を吊り上げた。
「二人の働きのおかげで幽霊たちも多少はおとなしくなって、物好きな住人も見つかりそうなんですって」
「そりゃよかったな……」
「まあ、そんな友達を持った武彦さんの運命ね」
いい友達だと思うわよ、とシュラインは囁いた。
草間は苦笑して肩をすくめ、そして事務所の古臭い家具たちを見つめて、「これらを買い換えられる日はいつくるんだろうか……」と小さくつぶやいた。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】
【2675/草摩・色/男/15歳/中学生】
【5698/梧・北斗/男/17歳/退魔師兼高校生】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様
初めまして、初心者ライターの笠城夢斗です。
このたびは依頼にご参加くださりありがとうございました!
紅一点、きびきびとしたお姉さまは動かすのが大変楽しかったです!
なお、他のキャラクターさんへの納品作品を見れば他の幽霊たちの詳細も分かりますので、よろしければごらんくださいね。
本当にありがとうございましたv
またお会いできる日を願って……
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